ご挨拶
このブログは、管理人拓庵が運営しているブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」の記事を、テーマ(カテゴリ)毎に整理して、読みやすくするための、専用の索引(リンク)集として立ち上げました。
立ち寄られた方は、ぜひ、本文をどれか、お読みいただければと思います。
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将棋の世界は、150人余のプロ棋士がしのぎを削る勝負の世界。強ければ勝ち、弱ければ負ける。その実力の世界での、棋士たちの生き様には興味がある。
将棋について書いた記事をまとめてみた。
(関心ある記事があれば、記事のタイトルをクリックすると本文が開きす)
(1)名人戦騒動に関する記事
2006年の将棋界は、名人戦を主催する新聞社を毎日新聞社から朝日新聞社に移すかどうかで、棋士を二分する騒ぎとなり、マスコミからも注目を浴びた。
2006年8月2日:将棋名人戦、朝日新聞に
→8月1日の棋士総会で、101対90で毎日新聞とは契約しないとの結論に。当然、名人戦は朝日に移ると思ったが…。
2006年9月20日:将棋名人戦、朝日・毎日の共催へ協議開始
→名人戦共催の協議開始との報道。この騒動は、結局何だったのか?
2006年12月30日:将棋名人戦、毎日・朝日両新聞社の共催の詳細固まる
→年末に28日に共催案の詳細が発表された。この騒動の背景を考えてみた。
(2)タイトル戦あれこれ
2006年6月19日:第64期将棋名人戦
→名人在位3期の森内俊之名人に十七名人の資格を持つ谷川浩司九段が挑戦。
2006年12月23日:第19期(2006年)竜王戦-佐藤康光棋聖及ばず、渡辺竜王に立ちふさがる最後の壁は羽生3冠
→将棋界の最高位のタイトル戦竜王戦では、若い渡辺明竜王に、最強の挑戦者佐藤康光棋聖が挑戦。激闘の末、涙を飲んだ。
2007年1月8日:佐藤康光棋聖、5連続タイトル戦挑戦者
→佐藤棋聖は竜王戦の敗退にもめげることなく、年末年始の挑戦者決定戦で、王将、棋王のタイトルの挑戦者となり、5タイトル戦で連続して挑戦者となる新記録を樹立。自身の持つ棋聖の防衛戦も含め、7タイトル戦のうち名人戦以外の6タイトル戦に登場するとになった。
2007年2月3日:将棋永世名人位の重み
→同一タイトルを長期間獲得した棋士のみに与えられる永世称号についてまとめた。
(4)順位戦に関する記事
2006年4月26日:『将棋世界』5月号
→最初に書いた将棋の記事。将棋連盟発行の月刊誌『将棋世界』の5月号には毎年、前期順位戦の結果が掲載される。
2007年1月17日:佳境を迎える将棋A級順位戦、郷田真隆九段へのエール
→名人挑戦者を決めるA級順位戦の7回戦終了時点で、私が贔屓にする郷真隆九段が6勝1敗で単独トップ。
2007年2月2日:祝・郷田真隆九段、A級最終戦を残し、第65期棋名人戦での森内俊之名人への挑戦権獲得
→A級順位戦8回戦で郷田真隆九段が名人挑戦権を手にした。
2007年2月3日:第65期将棋A級順位戦8回戦の詳細
→A級順位戦8回戦の結果と残る1人の降級者となる可能性がある棋士を検証。
2007年3月3日:将棋界の一番長い日、将棋第65期A級順位戦の最終局の結末
→最終戦の結果、A級2人めの降級者は誰に?
2007年2月10日:将棋第65期順位戦B級1組第12回戦の結果分析とB級2組での渡辺竜王の昇級確定
2007年3月10日:第65期将棋B級2組順位戦、最終戦の結果
2007年3月17日:将棋第65期順位戦B級1組の最終戦が終了し、順位戦全日程終了
2007年4月20日:将棋A級棋士のA級順位戦での通算成績(5)郷田真隆九段について
2006年11月18日:郷田真隆九段の揮毫「晩成」
→私が郷田九段のファンになった理由
2006年2月3日:郷田真隆九段、父の死を知らず
→名人挑戦を決めた日の朝、郷田九段の父は亡くなっていた
2006年2月12日:「名人は選ばれたものがなる」-郷田真隆名人待望論
2007年6月18日:郷田真隆九段にとっての第65期名人戦第7局の持つ意味
→1998年の王座戦の挑戦者決定戦での谷川浩司竜王(当時)との戦いでのトン死を機に調子を落としていた郷田真隆九段にとって、名人戦を制する意味は?
(6)棋士の姿
2006年8月27日:米長邦雄将棋連盟会長の『不運のすすめ』
→米長邦雄会長の老後の生き方論
2006年9月9日:森内俊之名人から見た羽生善治3冠
→『将棋世界』2006年10月号掲載の森内名人のインタビューから
2007年3月13日:将棋プロ棋士の2006年得賞・対局料(2006年)ベスト20に思う
2007年6月17日:第65期将棋名人戦最終局を前に、羽生三冠との対戦成績から棋士の序列を考える
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2007年1月に歌人・松村由利子さんの『物語のはじまり』(中央公論新社)を読んで以来、松村さんの作品に関する記事をずいぶん書いたので、関係の記事をまとめてみた。(記事のタイトルをクリックすると本文が開きます)
松村由利子さんのブログ:「そらいろ短歌通信 松村由利子の自由帳」
(1)短歌エッセイ『物語のはじまり』について
2007年1月17日:『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う
→短歌と俳句の違いについて
2007年1月18日:『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う・その2
→一緒にごはんを食べることについて
2007年1月21日:『物語のはじまり』(松村由利子著)を読み終わる
→買い置きをしない「仮の生活」
2007年3月8日:『物語のはじまり』(松村由利子著)は誰に、どう読まれているか(リンク集)
→『物語のはじまり』の感想が書かれたブログ記事のリンク集
(2)第1歌集『薄荷色の朝に』、第2歌集『鳥女』
2007年1月24日:松村由利子さんの歌集『薄荷色の朝に』、『鳥女』届く
→松村さんはサラリーマンでもあった
2007年1月27日:第7回現代短歌新人賞受賞作『鳥女』(松村由利子著)を読み終わる
→井戸ひとつ吾の真中に暗くあり激しきものを沈めて久し
20071月29日:歌集『薄荷色の朝に』(松村由利子著)を読み終わる
→近づけど決して交わらざる思い人の心は放物線に似る
(3)現代短歌新人賞
2007年2月7日:『ミセス』3月号の第7回現代短歌新人賞『鳥女』の選評と作者松村由利子さんのインタビュー
→「短歌のすばらしさを伝え、言葉の力で人を幸せにしたり、励ましたりできればと思っています。」
2007年3月12日:第7回現代短歌新人賞表彰式での松村由利子さんの様子
→「人の心に届くうたをつくっていきたい」
(4)新聞・雑誌・テレビ
2007年2月16日:『物語のはじまり』(松村由利子著)、読売新聞書評に登場
2007年3月3日:『物語のはじまり』(松村由利子著)、週刊新潮に取り上げられる
2007年3月8日:松村由利子さん、本日テレビ出演
→告知のみの記事
2007年3月11日:松村由利子さん、『物語のはじまり』の作者として日本経済新聞の読書欄に登場
→文藝春秋4月号にも松村さんの短歌8首「花の色」が掲載
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昨年、映画『ゲド戦記』の公開前に、ゲド戦記の原作シリーズ6冊を読んだ時の感想と、映画を見ての感想など書いたので、まとめてみた。(タイトル名をクリックすると本文が開きます)
(1)原作についての感想など
スタジオジブリで『ゲド戦記』が映画化されるのを機に、原作の翻訳書を出版している岩波書店が、廉価なソフトカバー版を発売したこともあり、6冊セットを購入し、読み始めたもの。
2006年6月20日:ゲド戦記6冊セットと第1巻『影との戦い』
→「人は誰も、自我に目覚め、己の内なる深淵をのぞきこんだその日から、負の部分である影との戦いを始めます」(岩波同時代ライブラリー版『影との戦い』の訳者あとがきから)
2006年6月22日:『影との戦い』
→「青年期の課題である本当の自分を知るということを、象徴的に描いた作品だと思う。」
2006年6月26日:ゲド戦記第2巻『こわれた腕環』
→「第2巻はアルハという少女の自己発見の物語である。」
2006年6月30日:ゲド戦記第3巻『さいはての島へ』
→「今回、語られるテーマは「生と死」であるが、同時に青年アレンの成長の物語でもあり、それを支えるゲドとアレンの関係は、親子を象徴しているようにも読める。」
2006年7月5日:ゲド戦記第4巻『帰還』
→「中年となったテナーが、自分とは何かを模索する話で、女性の中年の危機を扱っている話のように思える。」
2006年7月9日:ゲド戦記第5巻『アースシーの風』
→「今回は、生と死というものが大きなテーマとしてあって、西洋的な幽霊・霊魂的なものと、仏教的な輪廻転生というものが対比されている。また、言葉、民族・国といったものも、テーマとしてあり、重層的な話に仕上がっている。」
2006年7月16日:ゲド戦記別巻『ゲド戦記外伝』
→「この別巻は、(中略)、第1巻『影との戦い』から第5巻『アースシーの風』までのメイン・ストーリーに対して、(中略)5つのサブ・ストーリーと著者自身によるアースシー解説からなっている。」
(2)映画『ゲド戦記』に関して
映画の出来については、「毀誉褒貶」様々であった。ここでは、私個人の宮崎吾郎監督の思いを紹介し、私の感想を書いている。
2006年8月5日:『ゲド戦記』宮崎吾朗監督のメッセージ
→「私は、「いま、まっとうに生きるとはどういうことか?」という自分自身の問いを「ゲド戦記」に投げかけ、ハイタカをはじめとする多くの登場人物たちの声に耳を傾け、再び問い返すということを続けてきました。それが、この映画の主題になっていることは間違いありません。」(宮崎吾朗「演出ノート 人間の頭が変になっている」より)
2006年8月13日:映画『ゲド戦記』を見て
→「原作を読まないで見た方には、原作6冊を読むことを勧めたい。今、原作を読んでいて、まだ映画を見ていない人は、原作を全て読み通してから、映画を見た方がいいだろう。原作を途中まで読みかけで、映画を見るのだけはやめた方がいい。どちらも、中途半端になってしまうだろう。」
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河合隼雄さんの本は、学生の頃から読んでいて、かれこれ、20年以上の付き合いになる。その、河合さんが2006年8月、文化庁長官在職中に脳梗塞で倒れた。その後は、後任の長官の選任、任期満了に伴う退任の時にニュースになった程度で、今の容態がどうなのか、依然としてよくわからない。気がかりな状態が続いている。
河合隼雄さんについて書いた記事をまとめてみた。(記事タイトルをクリックすると、ブログの本文が開きます)
(1)容態・消息に関する記事
2006年8月24日:気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態
→脳梗塞で倒れられた1週間後に書いた記事。ブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」の記事のなかで、もっともアクセスの多い記事である。『大人になることのむずかしさ』から偶然と必然について書かれた一節を引用した。
2006年9月5日:気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態・その2
→当時の小坂文部科学大臣が、見舞いに訪れ、主治医から容態の記者発表があり、ニュースになった。『大人の友情』から白洲正子さんが危篤状態から回復した時のエピソードを引用した。
2006年11月1日:河合隼雄文化庁長官、休職
→河合長官の後任として近藤信司文部科学審議官が発令された
2007年1月23日:河合隼雄文化庁長官、退任
→1月17日に任期満了で文化庁長官を退任。
(2)著作に関する記事
2006年3月7日:『中年クライシス』
→このブログのメインテーマは「中年クライシス」をどう乗り越えるかである。『中年クライシス』と『対話する人間』に絡めて、中年クライシス(中年期の危機)について考えた。
2006年9月1日:『明恵 夢を生きる』を読み始める
2006年9月7日:『明恵 夢を生きる』を読み終わる
→『明恵 夢を生きる』は名著として名高い作品だが、読破していない数少ない著作の1冊だった。文庫を買い直して、再度挑戦し、読了した。
2006年9月8日:90年代後半の世相を語る『縦糸横糸』を読む
→1996年5月から2003年5月まで産経新聞大阪版に連載されたコラム72編を書籍化したもの。9月に新潮文庫入りした機会に読んだもの。
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