ご挨拶

「栄枯盛衰・前途洋洋」をお訪ねいただきありがとうございます。

このブログは、2006年2月26日から書き始めました。当時、私は45歳。社会人となって20年余、なんともいえない行き詰まり感を抱えていました。40代半ばで多くの人が遭遇すると言われる「中年期の危機(中年クライシス)」をどう乗り越えていくかを、自分自身の問題としてとらえ、その日々の試行錯誤の足跡を記すことで、同じような悩みを抱える同世代の読者の参考になればと始めました。

個人としての心の問題、これからの生き方、働く場としての職場のこと、ともに暮らす家族と家庭のことなど中年クライシスを取り巻くいろいろなテーマに加え、ネット社会のおける技術進歩が個人の生活にどう影響するかなども関心事です。ご関心のあるテーマがある場合は、左下のカテゴリーから該当するものをクリックしてみて下さい。

タイトルの「栄枯盛衰・前途洋洋」の由来については、2006年2月26日の「四字熟語」の記事をご参照下さい。私の書いたもののどこかひと言でも、ご来訪された方の、役に立てばと思っています。

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2009年7月 9日 (木)

将棋第80期棋聖戦五番勝負第4局は羽生善治棋聖が苦しい将棋をしのいで木村一基八段を破り2勝2敗に

挑戦者の木村一基八段が2勝1敗で、タイトルに王手をかけた第80期棋聖戦。木村八段は、棋聖戦を戦っている間に、王位戦の挑戦者決定戦でも橋本崇載七段を破り深浦康市王位への挑戦を決め、またネット将棋最強戦でも決勝進出を決めるなど好調。その勢いに乗って、一気に棋聖位奪取を果たしたいところだ。

第4局は、今日(2009年7月9日)、静岡県伊東市で行われた。戦型は後手木村八段が一手損角換わりを選択、途中は木村優位と伝えられる場面もあったが、苦しい将棋をしのいで羽生棋聖が逆転。戦績を2勝2敗とし、棋聖位のゆくえは、7月17日の松山市での最終第5局で決まることになった。

羽生四冠のタイトル防衛戦は、昨年(2008年)9月に同じ木村八段を挑戦者に迎えた第56期王座戦を3連勝で防衛した以降は、今年(2009年)1月~3月の第58期王将戦(挑戦者深浦王位)、4月~6月の第67期名人戦(挑戦者郷田真隆九段)と4勝3敗のフルセットでの防衛が続き、今回の棋聖戦もどちらが勝つせよフルセットということになった。
かつての圧倒的強さはなくなったと考えるべきなのか、やはり土壇場に追い込まれた時の強さはさすがで、タイトルの取り方、守り方にたけており、やはり別格と考えるべきなのか、難しいところだ。

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2009年6月30日 (火)

茂木健一郎著『セレンディピティの時代』を読み終わり、上橋菜穂子著『獣の奏者』を読み始める

数日前に紹介した『クラウドソーシング』を読み終わったあとは、ちょっと趣向を変え講談社文庫の2009年6月の新刊『セレンディピティの時代』(茂木健一郎著)を読んだ。「月刊KING」という雑誌の連載記事に手をいれて、新たな章も加え、文庫化したものだ。サブタイトルが「偶然の幸運に出会う方法」。『会社に人生を預けるな』に続いて読んだ勝間本の『起きていることはすべて正しい』にも「セレンディピティ」という言葉が使われていた。自分で行動し、何かに出会い、そのことに気づき、その結果を受け入れていくことが、幸運をつかむきっかけになるというもの。作者は、何かの出会ったことに気づく「心の余裕が必要」と語っている。

セレンディピティの時代―偶然の幸運に出会う方法 (講談社文庫)

このブログを書き始めた頃取り上げた、河合隼雄著『大人になることのむずかしさ』の中の一節「深い必然性をもったものほど、人間の目には一見偶然に見えるといってもよく、そのような偶然を生かしてゆく心の余裕をもつことが、(中略)必要であろう。」とも通じる部分があり、興味深かった。

獣の奏者〈1〉 (講談社青い鳥文庫)

『セレンディピティの時代』のあとは、久しぶりに上橋菜穂子ファンタジー『獣の奏者』を読み始めた。もともと2年ほど前ハードカバー上下2冊で出版され、NHKでアニメ化もされた人気作。通勤電車で読むには分厚く重たいので、文庫化されるのを待っていたら、講談社青い鳥文庫で上下2冊を4冊に分けて文庫化された。4冊が出揃ったところでまとめて買い、第1巻だけずっと鞄に入れていたが、いよいよ、今日から読み始めた。
さっそく、上橋ワールドに引きこまれ、第1巻の半分ほど読んだ。しばらくは、楽しめるだろう。

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2009年6月29日 (月)

1日インターネット難民になった

このところ、しばらく毎日ブログの更新を続けてきたが、昨日で途切れてしまった。本人は、更新する気は十分あったのだが、本人の努力外のところで更新ができなかった。

昨日、外出から戻ると、長女から報告。我が家のインターネット回線の接続元であるケーブルテレビ会社の職員が訪ねてきて、本ケーブルから我が家の屋内に回線を引き込む分配器にトラブルがあるらしい。インターネット、併せて契約している固定電話の両方ともが夕方から不通になっていた。
昨日は、東京は午後から雨になって作業には危ないこと、私も妻も家におらず、両親のいない家に上がり込むわけにもいかないということもあったようで、トラブルの連絡だけしてケーブルテレビ会社の職員は、帰ったということだった。

家の中のLAN回線のトラブルなら、まだ自分でもなんとかやりようがあるが、屋外の本線から屋内への引き込みのところの機器のトラブルとなるとさすがに素人では手に余る。

結局、今日、再度、修理に来てくれるまで、インターネットと固定電話のつながらない生活を強いられることになった。固定電話の方は、携帯電話という代替手段があるので困らないが、インターネット接続の部分でトラブルがあって繋がらないとどうしようもない。

電子メールも打てず、もちろんブログの更新もできない。今日、修理が無事終わり、また元通り繋がるようになったが、大したトラブルにはならなかったが、これが長く続けば、諸連絡や調べ物に事欠くようになるのは目に見えている。
1日の不通とはいえ、自分の生活がすでにインターネットに大きく依存しているのを痛感した1日だった。

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2009年6月27日 (土)

将棋第80期棋聖戦五段勝負第3局は挑戦者の木村一基八段が相矢倉戦で羽生善治棋聖を破り2勝1敗とし、初タイトルに王手

第67期名人戦七番勝負決着の余韻をさめやらぬ中、第80期棋聖戦五番勝負の第3局を迎える。対局場所は、名人戦第7局と同じ、愛知県豊田市、会場のホテルまで同じである。あるいは、名人戦が第7局までもつれ込んだ場合の、羽生名人・棋聖の移動の負担をなくすという配慮だったのかもしれない。羽生棋聖は、名人戦後東京の自宅には戻らず、そのまま豊田市に逗留し、今日の棋聖戦を迎えた。

第80期棋聖戦は、第1局が後手羽生棋聖の勝ち、第2局が後手木村八段の勝ちの1勝1敗で今日の第3局となった。勝った方が、棋聖位に王手をかけるという重要な1局である。第2局で、タイトル戦での連敗をようやく止めた木村八段としては一気にタイトル獲得に王手をかけたいところだ。
(第3局の棋譜中継は→http://live3.shogi.or.jp/kisei/kifu/80-03.html)

戦型は、相矢倉。羽生棋聖が最初に攻め、木村八段の矢倉囲いの端攻めを敢行するが、攻めごまが足りない。「千駄ヶ谷の受け師」木村八段は徹底して受けに回り、羽生棋聖の背攻めを途切れさせ、反転攻勢を狙う。
控え室の解説陣からは、90手目あたりで、先手木村八段優勢、100手目あたりでは羽生棋聖がいつ投了してもおかしくないとのコメントも出たが、そこから羽生棋聖が粘りを見せ、140手目あたりまで細い攻めをつなげる。
しかし、やはり劣勢はいかんともしがたく、反転攻勢に出た木村八段は羽生玉を守る矢倉城を横と上から攻撃。木村八段の155手目羽生玉の玉頭への銀打ちの王手を見て、羽生棋聖が投了した。
これで、木村八段の2勝1敗。念願の初タイトルまで、あと1勝と迫った。これまで、実力はありながら、、羽生世代の壁をなかなか突破できずタイトルに手が届いていなかった羽生世代の少し下の世代が、一昨年の深浦康市八段の王位獲得に続き、今年3月の久保利明八段の棋王獲得と頭角を現してきた。木村八段もタイトル挑戦すでに3回を数え、そろそろ挑戦者からタイトルホルダーに昇格したい時期であろう。残り2局で、羽生棋聖からあと1勝あげられるだろうか。

羽生四冠(名人・棋聖・王座・王将)は、昨年夏の第55期王座戦五番勝負こそ、今回の棋聖戦の挑戦者木村八段を3タテで一蹴したが、その後の防衛戦は、深浦王位の挑戦を受けた第58期王将戦七番勝負、終わったばかりの郷田真隆九段の挑戦を受けた第67期名人戦七番勝負とも、ともに挑戦者に先に3勝目をあげられ、カド番に追い込まれている。そして、今回の第80期棋聖戦五番勝負も、カド番に追い詰められた。今回も、前の2棋戦同様これから2連勝で逆転防衛となるのか、上り調子の木村八段の前に、屈することになるのか、興味のあるところだ。

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2009年6月26日 (金)

ようやくETC車載器を注文

高速道路の休日1000円化政策と購入助成金制度政策のため、あっという間に市場から消えてなくなったETC(=Electronic Toll Collection System)車載器。「いつでも買えるだろう」と高をくくっていたら、どこのカー用品店でも、インターネット通販でも、在庫が払底し、買い損なってしまった。

いずれ生産が進めば、市場に出回るだろうと思っていたが、購入助成金の打ち切りもあって、メーカー側も様子見なのか、さっぱり出てこない。一度、2ヵ月ほど前に、あるネット通販サイトで某月某日の夜9時から限定販売を受け付るという情報を得て、夜9時ちょと過ぎにアクセスした時にはもう完売だった。

その時、またいずれその通販ショップが販売を再開するかもしれないと、お気に入りにリンクを登録しておいた。
たまたま気になってアクセスしてみると、いつもは5~6種類あるETC車載器のすべてが「在庫なし」表示なのに、今日は1機種だけ「在庫なし」表示がない。表示の間違いかとおもつつ「注文ページ」へ進むと注文可能となっている。他のサイトで注文可能かどうか調べているうちに売り切れても困るので、その場で即「注文」ボタンを押して、権利を確保した。

後は、ショップ側から在庫確認の上、振込額の詳細がメールされてくれば最終確定である。15000円ほどの投資だが、妹が千葉の袖ヶ浦にいて、アクアラインを利用する機会もあるので、数回高速道路を利用すれば元が取れるだろう。クレジットカード会社から、ETCカードは入手済みなので、あとは車載器である。
はたして、本当に在庫はあるのだろうか。

ETC総合情報ポータルサイト

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2009年6月25日 (木)

お酒に弱くなった

このところ、飲み会が続いた。

先週金曜日(6月19日)が、昔出向していた官庁の当時の課長を囲む会。20年以上前の仲間が集まり、昔話に花が咲く。この時は、ビールに加えて、冷酒。日本酒の冷酒は効く。翌日の土曜日は一日、頭がボーッとしていた。

昨日(6月24日)は、高校時代の同級生数名で集まる。近々、東京地区の同窓会支部の総会があり、我々の代の出欠状況の確認。1年上が16名、1年下が30名以上という出席予定に対し、我が学年は10名に満たないとのことで、私も、勧誘の手伝いをすることに。親しいメンバーだったこと、ちょうど、朝の激しい雨が一転午後から晴れて蒸し暑くなり、ビールがおいしく感じられたこと、おまけに途中で将棋の名人戦で応援する郷田九段が早々に投了して羽生名人の防衛が決まったことがわかりやけ酒の混じり、ビール・酎ハイと杯が進む。
今日は、職場で朝からやはり朝から体調が今ひとつ。なんとか、一日の仕事を終える。

しかし、スケジュールのいたずらで、今日も飲み会。各界の諸先輩との勉強会で、昨日ほど深酒はせず、ビールだけに、勧められた焼酎のお湯割りはお断りし、途中からはウーロン茶と多少コントロールしたが、さてどうだろうか。

50代が目前になり、明らかにお酒には弱くなった。「楽しいお酒も、ほどほどにしておかないと」と自戒した1週間だった。

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2009年6月24日 (水)

将棋の第67期名人戦最終第7局は、羽生善治名人が挑戦者郷田真隆九段を降し、4勝3敗で名人位防衛を果たす

羽生善治名人、挑戦者郷田真隆九段とのそれぞれ3勝ずつをあげ、最終第7局となった第67期の将棋の名人戦。最終決戦の場所は、愛知県豊田市。

昨日(2009年6月23日)から始まった第7局は、改めて振り駒となり先手が羽生名人となった。相矢倉模様の出だしで始まったが、郷田九段が囲いに組まず、左美濃に構える趣向を見せる。
初日の昨日は、開始直後に郷田九段が1時間以上の長考ををみせ、左美濃を選択。しかし、その後の羽生名人の応手が、郷田九段の想定外の手だったようで、再び郷田九段が長考。消費時間に差がついた。
立会人の石田和雄九段、衛星放送の解説の渡辺明竜王、新聞観戦記の解説に副立会人の先崎学八段と杉本昌孝七段が控え室で形勢を検討するが、初日から総じて羽生名人がやや優位かとの見方だった。
ずっと、反撃の機会をうかがっていた郷田九段が2日目午後、飛車取りの角打ちを放ち、一時は挑戦者が盛り返したのではとの観測も出たが、そこから羽生名人の攻めが途切れず、郷田九段は羽生玉に王手をけけることさえなく、81手で投了となった。

これまでの6局の中に何局かあった、終盤ギリギリまで1手違いのハラハラさせられる勝負と比べると、終始羽生名人ペースで郷田九段の良さは出ないままで終わった感じである。郷田九段完勝に終わった第5局のお返しをされたような印象である。

郷田九段にとっては、本局は記念すべき1000局目の対局で、勝って名人位につけば、1000局目で名人というキャッチコピーが作れたが、幻に終わった。
7局を通してみれば、郷田九段にも十分に名人獲得の可能性はあった。第3局での劣勢の将棋を終盤逆転したにもかかわらず、自らの錯覚でほぼ手中にした勝利を取り逃したことが、一番大きな逸機といえるだろう。単純な星勘定で言えば、あそこで勝っていれば、4勝1敗で郷田名人の誕生であった。(もちろん、3局目で2勝1敗とリードしていたら、4局目、5局目の連勝があったかはわからないが。)
もう一つの逸機は、第6局の最終盤、お互いギリギリの剣が峰の勝負で、羽生名人の王手が続く中、郷田九段が△8三玉と逃げたところを、△8二玉と逃げていれば、郷田勝ちもあったかもしれないというところであろう。羽生陣もとても盤石とはいえず、受け切れれば、郷田九段の勝ちという局面だった。第7局終了後の羽生名人のインタビューでも、第6局の終盤がきわどく、7局の中で一番印象に残る1局と語っている。
「タラレバ」は意味がないと思うが、郷田ファンとしては、あの時、△8二玉としていたらと、どうしても考えてしまう。

郷田九段は、2度A級から1期で降級という辛酸をなめながら、3度目の昇級でA級に残留を果たし、その翌期の第65期に名人挑戦を実現した。そして今期第67期が2度目の挑戦。A級への挑戦同様、名人位も3度目の挑戦でものにしてほしい。

今期第68期の名人挑戦者を争う第68期のA級順位戦は、名人戦と同時並行ですでに始まり、6月11日井上慶太八段●×三浦弘行八段○、6月12日木村一基八段●×谷川浩司九段○、6月18日丸山忠久九段●×森内俊之九段○の3局がすでに終了している。
郷田九段の初戦の相手は藤井猛九段。来期第68期での羽生名人への再挑戦に向け、気持ちを切り替えて、エンジン全開で臨んでほしいものである。

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2009年6月23日 (火)

米国での新たな動きを紹介し、ネット社会の現在と未来を語るハヤカワ新書juiceの第1作『クラウドソーシング』

ミステリなど海外の文学作品の翻訳が特色の早川書房が2009年5月に新書の分野に参入した。「ハヤカワ新書juice」。その記念すべき1冊目No.1がこの『クラウドソーシング』である。

クラウドソーシング―みんなのパワーが世界を動かす (ハヤカワ新書juice)

巻末にある「ハヤカワ新書juice」の創刊の意義について語った紹介文には、「まずは時代の一歩先をゆく海外作品を」との小見出しのもと、次のように書かれている。

「いまでは、情報網・流通網の発展により、海外で生まれたコンセプトやアイデアはすぐに日本の誰かによって紹介される時代になりましたが、それが生まれた背景や文脈、そこから発する空気感や微妙なニュアンスはしばしば削ぎ落とされてしまいます。早川書房では、これまでの翻訳出版のリーディングカンパニーとしての経験を生かして、ハヤカワ新書juiceでもまずは先端的な翻訳出版からスタートします。とくにネットカルチャーやビジネス、サイエンス、エコなどの分野における海外の動向をいち早くお伝えしたいと思います」

本書の『クラウドソーシング』のサブタイトルは「みんなのパワーが世界を動かす」で、まさにネットカルチャー、ネットビジネスの世界で最先端ともいえる米国で今何が起こっていて、将来にどうつながっていくのかを見定めようとするものである。

現在では、技術革新による各種のソフトウエアや機器の低価格化・普及により従来、資本力のある企業や組織でしか行えなかったことが、個人やその集団であるコミニティが行えるようになった。さらにそこにインターネットの普及が加わり、クラウド(CROWD=群衆)の力が、インターネットを通じて集約さら個々人の力は小さくても、まとまれば大きな変化が起きているというのが本書の趣旨である。

研究開発企業が、自社の研究者だけでは解決できない課題をネットを通じ、個人に問題を投げかけ、日常は別の職業についている科学に愛好家だちが、自分の空いた時間に、実験や研究を行って解決策を提示する。
バードウオッチングを趣味とする人たちが、各自が自分たちが見た鳥の目撃情報を、ネットを通じて発表し、それが集約されることで、鳥の生息分布状況が明らかになり、鳥類学者は研究に専念できる時間が増えた。
膨大な特許申請の審査作業の一部をネットを通じ、個人に公開したところ、過去の類似特許の情報が寄せられ、特許の審査業務の負担軽減につながった。
地方新聞が、インターネットの自社サイトに地元の情報を扱う記事や掲示板を、地元の主婦に取材をさせ書かせることで、地元に密着し、読み手が知りたい情報が書かれるようになり、サイトのアクセスが急増し、そのサイトが広告媒体として価値を持つようになり、またそのサイトを運営している新聞社の新聞も売り上げが伸びた。
など、米国での多くの事例が紹介され、日本の現状と比べ、やはりネット先進国に米国はその名の通り、相当先を進んでいるという印象を持った。

それは、従来の経済学の基本的な考え方を否定するものでもある。本書の冒頭のはしがきには、次のように書かれている。

「人間はかならず自分の利益を考えて行動するものだと昔からいわれるが、クラウドソーシングはそうとは限らないことを証明している。クラウドソーシングを用いたプロジェクトに参加する人びとは、その報酬がたいていスズメの涙ほどか、まったくないかのいずれかだが、金額には関係なく、労を惜しまず貢献する。これまでの経済学のレンズを通せばこういう行動は筋が通らない用に思えるが、報酬はドルやユーロに換算できるとは限らない。(中略)その動機の中には、大規模なコミニティのために何かを作りたいという欲求や、自分の得意なことをする純粋な楽しさが含まれていた。(中略)人びとは、自分の才能を養うことや、自分の知識を誰かに教えることには大きな喜びを感じる。クラウドソーシングでは、共同作業そのものが報酬になるのである」(『クラウドソーシング』25ページ)

まだ全体の半分ほどを読み終えたところだが、米国の様々な事例に比して日本の動きは遅れていると痛感している。日本では、各種ソフトウェアやハードが低価格化し普及していること、インターネットが普及し何かをやりたいクラウド(CROWD=群衆)が存在することは、おそらく米国と同様だろう。しかし、そのクラウド(CROWD=群衆)のパワーを活用する仕組みはまだまだ少ないように思う。
本書でも書かれているが、あらたな動きは痛みを伴うものでもある。既得権益者にとっては、手放しで喜べる事ばかりでもないだろう。
しかし、やがては何らかの形で日本にも影響は及んでくるだろう。その時、自分がどう関わるのか。あるいは、一歩先取りして、日本で変化を起こすためには、どうしたらよいのか考える上で、格好の参考書になる本だと思う。

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2009年6月22日 (月)

いよいよ明日から第67期名人戦最終第7局、将棋の神様はどちらに微笑むのか

4月から始まった将棋の第67期名人戦七番勝負も羽生善治名人、挑戦者の郷田真隆九段がそれぞれ3勝ずつをあげ、第7局を迎えることになった。最終決戦は、愛知県豊田市。

郷田ファンのひいき目でみれば、今回の七番勝負の内容は郷田九段が第4局、第5局と快勝したのに対し、羽生名人の勝った第3局は郷田九段の錯覚によるもの、第6局も劣勢だった郷田九段が終盤相当追い込んで、羽生名人の王手の連続で決着したものの、途中の郷田九段の玉の逃げ方次第では、勝つ可能性があったようだ。
勝ち星の内容から見れば、郷田九段の内容の方が上回っているように見える。

こんな七番勝負の時、「将棋の神様」はどちらに微笑むのだろうか。
シリーズ前に、「名人になるもよし、ならぬもよし」と「将棋世界」のインタビューで語った郷田九段。羽生名人は、郷田九段の順位戦での戦いぶりに「余裕・ゆとり」を感じている。
シリーズ6局を通じ、郷田九段はその「余裕・ゆとり」を保つ続けているように思う。自分の力を信じ、最後まであきらめることなく、そして観戦しているファンに、わかりやすいが、プロらしい内容であるように心がけて指していれば、自然と結果はついて来るのではないだろうか。

郷田名人の誕生を心から願っているし、今回の戦いぶりなら十分それは実現可能だと思う。

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2009年6月21日 (日)

自然の営みの偉大さを改めて教えてくれる『ハチはなぜ大量死したのか』を読み終わる

先週から読み始めた『ハチはなぜ大量死したのか』を昨日読み終わった。米国で発生したミツバチの大量死を扱ったサイエンス・ノンフィクションである。作者のローワン・ジェイコブセンは、食物や環境に関して新聞や雑誌、ウェブサイトなどに記事を書いているライターということらしい。

ハチはなぜ大量死したのか

2006年の秋から翌年の春にかけて米国各地で起きミツバチの大量死。それまでのミツバチの総数の四分の一ほどが、巣箱に戻らず失踪したという。米国では、こにミツバチの大量失踪死は、「峰群崩壊症候群(ほうぐんほうかいしょうこうぐん)=Colony Collapse Disorder」、頭文字を連ねて「CCD」呼ばれている。

本書は、筆者が養蜂家やミツバチの研究家を取材し、その原因を解き明かそうとする過程をまとめたものである。
本書では、何が異常なのかを明確にするため、本来の健康、健全なミツバチの生態について、詳しく説明した上で、丹念に原因と思われる様々な事象に迫っていく。
米国のミツバチ(セイヨウミツバチ)の天敵であるミツバチヘギイタダニ、ミツバチの躰を蝕む各種の細菌やウィルス、乱開発による生存に適した地域の減少、工業化された農作物生産の中で使用される農薬、またその工業化された農作物生産の大量生産の一環をなす受粉のため酷使されるミツバチ、様々なものがミツバチの生活を脅かしている。
研究者も、養蜂家も「CCD=峰群崩壊症候群」の原因を特定できいるわけではない。むしろこれらの要因が複合的に重なりあったことで、ある限界を超え、精密機械のようなミツバチの生態に狂いが生じ、大量の働きバチが、帰巣途中に息絶えたというのが実態のようだ。

本書は、ミツバチの危機を語ることで、我々を取り巻く自然環境に大きな危機が忍び寄っていることに警鐘をならすものである。ミツバチが働くことができなくなれば、ミツバチに受粉を頼る多くの作物も実らなくなる。
自然は、自ら復元力を持っているが、人間が経済的合理性のみで、それに手を加えたことで、生態系の弱い部分の連環が途切れようとしているのではないか。このミツバチの大量死も、自然の復元力のなせる技なのか、すでに人為的な力があまりにも加わりすぎて、復元不可能なところまで来てしまったのか、結末がわかるのはこれからというところだろう。

本書の解説を『生物と無生物のあいだ』や『できそこないの男たち』などで話題の青山学院大学の福岡伸一教授が書いている。彼が専門とする「狂牛病」と比較しながら、CCDを語っている。
本書によれば、ヨーロッパでは、「CCD」を「狂蜂病」と呼んでいるという。牛も蜂も狂わせてしまった自然の摂理を無視した工業的な農業は、もうとっくの昔に行き詰まっていたということだろう。
それは、私には、米国の低所得者向けの住宅ローンであるサブプライムローンを証券化した資産運用商品の組成、販売、購入に狂奔した現代の資本主義経済と重なって見える。

「デファクトスタンダード (de facto standard)=事実上の(世界)標準 」という名のもtに押しつけられてきた「アメリカンスタンダード」に日本がなびく時代は終わったのだと思う。

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