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2006年3月25日 (土)

担任の先生は選べない

子供が親を選べないのと同じように、親も子供も学校の担任の先生を選べない。どんな担任の先生に巡り会うか、それは運としか言いようのない面がある。

昨日、小5の長男とつくばエクスプレスに乗りながら、学校のことも聞いてみる。3学期の通知表をもらったばかりの彼は、2学期より成績が多少上がっているので、機嫌が良い。普段は家に帰ってきても、学校の書類など、妻から言われなければ出しもしないのに、終業式の日は、自分から「はい、通知表」といって見せたほどだ。

長男は、小学校3~4年の2年間、男の先生が担任だった。この先生は、かなり厳しい先生で、短所を厳しく指摘し、矯正しようとするタイプだった。長男は、親のしつけも不十分だったせいもあって、だらしない面も多かった。靴のかかとを踏んで歩く、字を書くのも乱雑。その先生には、いちいち、気にくわなかったようで、いつも学校で怒られていた。
かけ算九九を覚える時に、腕に書いて覚えようとしたことがあった。暗唱しようとして、わからなかっら、腕をまくって答え合わせをするというものだ。彼なりの工夫である。いかし、先生はそれを見つけて、そんなのはダメだと頭ごなしに烈火のごとく怒ったという。
妻も、面談等ではお宅の子は、頭はいいかもしれないが、努力せず、楽しようとするから将来絶対伸びないと決めつけられていた。父親である私も、一時は教員も将来の選択肢に加え、中学・高校の教員免状取得し、教育実習にも行ったという自負もあり、怒り方に納得がいかず、よほど直談判しようか考えたこともあった。

幸い、その担任の先生は、5年生になる時のクラス替えで長男のクラスの担任ではなくなった。今の担任は女の先生で、長男の積極性を認めてくれている。ほめてくれているようだ。(ちょっと買いかぶりすぎではと逆に心配だが…)。いつの間にか、長男は靴のかかとも踏まなくなったし、字も少しは丁寧に書くようになったようだ。それは、もちろん、先生が代わったことだけが理由でもないと思うが、やはり、最初から自分の行動・存在を否定的に見られているのと、認めてもらった上で叱られたり、指導されたりするのでは、生徒の側の受け入れ姿勢も違ってくるだろう。

小学校最終学年を迎えるに当たって、今の担任の先生が持ち上がってくれることを、願っている。

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