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2006年3月 1日 (水)

厄年の後の本当の災難

去年の今頃、私は北海道の病院のベッドで横になっていた。四字熟語のところで書いた通り、骨折で入院していたのだ。東京では3月に入れば、春間近で、「もうすぐ春ですね」というところだが、北海道には、まだ冬将軍が居座っていた。

40歳を過ぎ、厄年を迎えると、周りからは気をつけろと言われる。(特に、口うるさく言うのは、すでに厄年を終えたた先輩諸氏である)。曰く、「厄除けのお払いを受けた方が良い」「厄年に家は買わない方がよい」。
他人は好きなことを言うが、その結果について責任を負う訳ではない。所詮、他人は無責任な評論家なのだと、思っている私は、諸般の事情を勘案した上で、厄年に家を買った。結局、前厄・本厄・後厄と、大過なく過ぎた。

ところが、44歳になったところで、北海道に転勤、単身赴任。それから、4ヶ月したところで、転倒・骨折。レアケースだったことから、最初は医者も、明確な診断ができず、実際の転倒(骨折)から、手術まで約1ヶ月かかってしまった。そして、手術から約3週間の入院。手術・入院は、幼稚園の時期に、扁桃腺の手術をして以来。まして、骨折など、生まれて初めてである。きっと、自分にとって何か大きな意味があるに違いないと、ベッドに寝ながら考えていたが、入院期間中に、何かを悟ることはなかった。

退院から半年近くたち8月も終わる頃、1冊の本を見つけた。『こころを癒すと、カラダが癒される』(チャック・スペザーノ他著、VOICE)。

チャック・スペザーノ博士のこころを癒すと、カラダが癒される
チャック・スペザーノ博士のこころを癒すと、カラダが癒される

この本の著者は、病気や怪我は、潜在意識の中でで処理しきれない問題が、体を通じて、表に現れたものだという。病気や怪我の種類、それが体のどこで発生したかで、何が問題になっているかわかるというのだ。
またしても、「本当か?」と思いつつも、調べてみる。「骨の問題は人生の枠組みに関して葛藤や困難がある…。」「肩に問題がある時、感情面で背負うには大きすぎる、重すぎるものを背負っているのかもしれない…、右肩に問題があれば、キャリアやビジネスに関係したこと…。」
当時、私はある支店のNo.2のポストいた。しかし、合併会社でもあり、支店の雰囲気にはなじめてはいなかった。精神的には相当なストレスだった。もちろん、好んで転んで骨折したわけではない。体の方が、休息を求めていたということなのだろうか…?

大学卒業まで22年。就職に当たり、いろいろ悩むことも多く、自分なりに心の整理をつけて社会人になった。それから22年。社会人としての転機を迎えているということだろう。次の22年を生きる哲学を見つけなくてないけない。簡単ではないと思うが…。

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