« 『中年クライシス』 | トップページ | ひと休み »

2006年3月 8日 (水)

親と子の連鎖

長女が生まれた時、全然よろこばなかったと言って、今でも妻に恨まれている。TVドラマによくある、初めての子どもが生まれて大はしゃぎする父親を期待されていたらしい。
決してうれしくなかったのではない。しかし、この子をこれから一人前になるまで育てていかねばならないという責任の方をより感じて、はしゃぐ気にはなれなかった。

確かに、生物学的には親になったのかもしれないが、そうなって初めて、自分が親としてどう振る舞えばよいのか、まったく手探りであることに気がついた。手本は、自分の父、母しかないのだ。

私は、子どもと無邪気に遊ぶということができなかった。(これも妻に恨まれている)
突き詰めて考えると、自分が父に遊んでもらった記憶がほとんどない。新聞記者だった父親は、朝の出勤が遅い分、夜帰ってくるのも遅く、土日も出勤ということが多かったし、土日が休みの時は疲れていたのか家で寝ていることが多かった。
記憶をたどっても、幼い頃一緒にプラモデルを作ったことが一回、中学生の時、家族で熊本まで日帰り旅行したことが1回。将棋は何回も指したが、キャッチボールなどはした覚えは全くない。自分が遊んでもらったことがないので、どうすれば子どもがうれしいのか、実感がわかないのだ。

子どもが小さい時の遊び相手は、保母の資格も持っている妻に任せきりだった。唯一、私がやったことは、北陸で暮らした5年間(ちょうど長女の小1から小6まで)、家族でよく旅行したことぐらいだ。北陸一円はもとより、佐渡、上高地、北海道、奈良、伊勢志摩、夏休み山陰路を車で福岡まで泊まりながら帰ったこと。これとて、子どもの見聞を広めることもあったが、それ以上に自分がいろいろなところに行きたかったということがあった。

一方、父は、仕事柄、家族の前で、時事解説のようなことをよく話していた。世の中の出来事には、必ず裏がある。子ども心にそう感じていた。その父は、私が結婚した年の9月、妻のお腹の中の初孫の名前は考えてくれたが、顔を見る前に亡くなった。これから、親の先輩として教えてほしいことが、山ほどあったのに…。

結局、自分も、子どもたちに語ることしかできない父親になってしまった。子どもたちが、思春期を迎え、進学や就職で悩むこれからが、父親としての自分の出番ということで、妻とは役割分担している。これから、存在意義が問われる父である。

|

« 『中年クライシス』 | トップページ | ひと休み »

育児」カテゴリの記事

家族」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 親と子の連鎖:

« 『中年クライシス』 | トップページ | ひと休み »