『生きる意味』と『マトリックス』
東京工業大学の助教授に上田紀行という文化人類学の先生がいる。1958年生まれ、私より2才年上だ。
昨年(2005年)の1月に、岩波新書から『生きる意味』という本を出している。
私は、1ヵ月ほど前、行きつけの書店で、タイトルに惹きつけられてられて、手にした。本の帯のキャッチコピーには「本当に欲しいものが分からないあなたへ~著者渾身の熱いメッセージ」とある。
これまで、漠然と自分が感じていたことを見事にえぐり出して書いてくれている本だった。上田先生の主張を私なりに要約すれば、
「これまでの高度成長時代、日本人は、周りのみんなが求める求めるものを、求めるように仕向けられてきた。三種の神器や3Cといわれた「モノ」を求め、教育も、ひたすらより良い学歴を求めることを目指すように仕向けられてきた。その結果、誰もが同じような生き方をしてきた。高度成長で全体が成長し、誰もがそのパイの拡大の恩恵に与れたた時代には矛盾は生じなかったが、バブル崩壊後のリストラの嵐の中で、周りと同じ生き方をしてきた我々は、突然、あなたの代わりはいくらでもいるよと、言われ、自分がかけがえのない存在であると思うことができず、多くの人が生きる意味を模索しているが、見つけられていない」
「経済成長は、日本人の生活を豊かにするための手段であったはずなのに、不況が続く中、経済成長そのものが目的化され、我々一人一人が、経済成長に貢献するための一要素としての常に経済合理性を求めて行動するカタカナの「ヒト」として扱われている」
関心があれば、詳細はぜひ本書を読んで欲しいが、そもそも人生の中で転機に当たる中年の時期に、このような状況に遭遇した我々の世代は、より生き辛く、生きる意味が見つけにくくなっていると思う。
私は、ふと、この本を読みながら、しばらく前に流行った『マトリックス』という映画を思い出した。近未来の世界では、人間はコンピューターを動かすための発電の道具として、羊水のような液体の入ったカプセルの中に入れられている。その中で、コンピューターの作り出す仮想現実の世界を見せられて、眠っている。大多数の人間は、そのことにさえ、気づいていない。コンピューターの征服を免れた、一握りの人類だけが、地球の地下深くで逼塞した生活を送っている。そこに、ネロという救世主となる主人公が登場し、コンピューターの手先となっている仮想現実の世界の人々と戦う。そのアクションシーンの斬新さが、『マトリックス』のヒットの要因ではあると思うが、そのヒットの背景には、観客が、自分たちも、現実世界で幻想を見せられて管理されているだけという思いがあったのではないだろうか。
では、上田先生は、生きる意味を見つける特効薬を示しているのか?否である。自分を見つめ、自分に気づき、自分にしかできないことを探し、自分自身が内的成長をしていくこと。他人とは交換できない自分であることを感じられるようにすることという、極めて当たり前であるけれど、でも簡単ではないことを書いているだけだ。
だからと言って、この本の価値が下がるとは思わない。この本は、我々がこれまで、どういう時代を生きてきたかを気づかせてくれる本である。それをヒントに、自分の「生きる意味」を考えることは、自分の問題であり、人任せにはできない。
私は、同世代といえる昭和30年代生まれに、上田氏のようなオピニオンリーダーが登場したことを誇らしく思う。団塊の世代やそのジュニアの世代には、量では叶わない。彼らはマスで行動し、時代の流れを作ってしまう。なかなか抗しがたい。せめて、我々の世代は、考えることで、オピニオンリーダーになることで、対抗していきたいと考えている。
著者が、本書の姉妹編として書いた『がんばれ仏教!』(NHKブックス)もお勧めだ。
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