« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006年4月の記事

2006年4月30日 (日)

羊山公園の芝桜見物顛末記

西武線の沿線に住んでいると、四季折々の沿線の観光PRで、春の秩父の芝桜、秋の高麗の巾着田の曼珠沙華(彼岸花)がいやでも目に飛び込んでくる。しかし、5年近くまだ行ったことがなかった。

今日は、天気も良さそうだし、ちょうど見頃との情報もあり、家で宿題をしなければならないと言った高3の長女を残し、私、妻、次女と長男の4人で、羊山公園の芝桜を見るため、8時半すぎに家を出た。飯能での乗り換えのない、直通の快速急行に何とか間に合ったものの、社内は、いかにも皆、見物に行きますという人ばかり。通勤ラッシュと見まごうばかりの人混みの中で、立ちつくすこと1時間余。
Dscn0167a_2 飯能から先の西武秩父線沿線は、いくつかハイキング・トレッキングにふさわしい山もあるのだが、ほとんど下りる人はなく、羊山公園の最寄り駅である「横瀬」で大半の人が下りた。 我々も横瀬で下りて、畑の中のあぜ道を歩く。途中、大きな鯉のぼりがはためいて季節を感じさせてくれる。

15分ほど歩いて、10時半頃にようやく目的地に到着した。

Dscn0179a 確かに、丘の斜面のピンク、白、うす紫の芝桜が見頃で、芝桜を手前に従Dscn0177a_1えた秩父のシン ボル武甲山の姿はなかなか絵になるのだが、なにせ、斜面の通路や、ベンチには人、人、人。これでは、芝桜より、人を見に来たようなものだ…。

小6の長男は電車で1時間立たされて機嫌が悪いし、中3の次女は私に似たのか人混みが嫌い、自然をこよなく愛する妻は去年の夏北海道で見た美瑛のパッチワークの丘のような壮大なスケールを期待していたようで期待はずれ、言い出しっぺの私は誰からも支持されることなく、デジカメで、来たことの証拠になる写真を何枚か撮り、公園には10分ほどいただけで、もう一つの最寄り駅である西武秩父駅へ向けて出発した。

Dscn0186a 駅までの道の途中、妻は今関心を持っている天然酵母を使ったパンの店を目ざとく見つけ、立ち寄っていた。秩父駅で食事をするでもなく、11時半過ぎの飯能行きの電車に乗り、飯能で快速に乗り換え、1時間半かけて戻ってきた。

往復の電車に乗っていた時間約3時間、羊山公園滞在10分という、本日の家族小旅行であった。芝桜だけでなく、春のうららかな日差しと、心地よいそよ風に吹かれたことが、今日の収穫と考えることにしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月28日 (金)

ブログ2ヶ月、キーワード検索の不思議

気がついたら、このブログも2ヵ月を経過。3ヵ月めに入った。最初は、毎日書くことを目標にしていたが、さすがに、続かない。それでも、極力、努力はしたいと思っている。

最近は、キーワード検索で、このブログに訪問してくれる人も増えてきた。記事を書けば書くほど、そしていろいろな話題を取り上げ、数多くの言葉、単語を使うほど、検索サイトのキーワード検索でヒットする可能性が増えてくるということだ。
さすがにキーワード1つでは難しいが、例えばグーグルの検索で、「喫茶店」と「マスター」という2つの言葉を間にスペースを入れて並べて検索をすると、このブログがトップに表示される。トップにはならないまでも、キーワードの組み合わせ次第では、グーグルの1ページ目(トップ10)に登場することもある。やはり、自分のブログが、上位に登場するのは、うれしいものだ。

グーグルでは、そのサイトがどれだけ他のサイトからリンクされているかの数の多さで、コンピュータが瞬時にサイトの重要度を判断し、並べているらしいので(グーグルの検索の仕組みについてご関心のある方は、『ザ・サーチ』(ジョン・バッテル著、日経BP社)をご参照)、読んでくれた人がこのブログを「お気に入り」や「ブックマーク」に登録してくれているおかげだ。

これからも、読んでくれた人に、読み続けてもらえるような記事を書くことを心がけたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月26日 (水)

『将棋世界』5月号

今日、帰りに立ち寄った駅前の書店で、『将棋世界』の5月号を買った。プロ棋士の団体である日本将棋連盟が発行している月刊誌だ。

プロ棋士は、各種の棋戦に参加し、その対局料で生計を立てている。棋戦の中でも、最も重要なものが順位戦である。実力に応じて、A級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組というヒエラルキーが形成されている。毎年4月から翌年3月までの1年間、年間10局程度の対局の勝敗の順位で、昇級・降級が決まる。最上位のA級の優勝者が、名人への挑戦者となる。
毎年5月号は、3月に終わった順位戦の最終戦の模様が特集されているので、今年は誰が名人挑戦者となり、誰が昇級・降級となったのだろうという、悲喜こもごもの人生模様に興味があって買っている。
今年は、A級はともに名人経験者の谷川浩司九段と羽生善治三冠のプレーオフとなり、谷川が勝ち、森内名人への挑戦権を得た。

私自身の将棋の腕前はヘボ将棋の域を出ないが、棋士の生き様を見るのが好きで、長年応援してきたのは、今や将棋連盟の会長となった米長邦雄氏である。
ちょうど、将棋を覚えて友達と一生懸命指していた小学生5、6年の頃、将棋界では、永らく名人に君臨していた大山康晴を、若干24歳の中原誠が破って新名人となったばかりだった。その中原の永遠のライバルとして、一時は4冠を制したこともある米長邦雄。単に、将棋界にとどまらず、ひとりの人間としての生き様をさらけ出し人生論を語る米長の颯爽とした姿にいつもあこがれていた。50歳を目前にして、ライバル中原を下し、名人となった時には、ファンのひとりとして快哉を叫んだものだ。

今年の挑戦者谷川は、阪神・淡路大震災で被災した経験を持つ。どんな勝負となるか楽しみだ。

*将棋に関する記事(2006年)
4月26日:
『将棋世界』5月号
6月19日:第64期将棋名人戦
8月2日 :将棋名人戦、朝日新聞に
8月27日:米長邦雄将棋連盟会長の『不運のすすめ』
9月9日 :森内俊之名人から見た羽生善治3冠
9月20日:将棋名人戦、朝日・毎日の共催へ協議開始
11月18日:郷田真隆九段の揮毫「晩成」
12月23日:第19期(2006年)竜王戦-佐藤康光棋聖及ばず、渡辺竜王に立ちふさがる最後の壁は羽生3冠
12月30日:将棋名人戦、毎日・朝日両新聞社の共催の詳細固まる

*上記記事を含め、このブログの将棋に関する記事の一覧はこちら→アーカイブ:将棋

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月23日 (日)

『下流社会』を読んで②~男女雇用機会均等法の影響

ブログやネット上の書評を見ると『下流社会』(三浦展著、光文社新書)に厳しい評価のものが多い。参考にした統計データが少ないということだろう。私は、あくまでこの本は、マーケッティングを生業としている著者の一つの仮説だと考えるべきだと思う。いくつかのデータから、あるカテゴリーの顧客層を想定し、そこに向けた商品・サービスを企画しをセールスしていく。仮説である顧客層の想定が、正しいかどうかは、商品・サービスが売れたかどうかで、検証される。

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書)
下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書)

前回、書けなかった『下流社会』を読んで、視点としてなるほどと思った点のもう一つは、1985年(昭和60年)6月に公布された『男女雇用機会均等法』の影響である。この法律を受けて、翌1986年(昭和61年)から、いわゆる女性の総合職の採用が始まったと思う。すでに、それから20年。均等法直後に、男子に混じって採用された女性総合職の中には、その実力を発揮して、サラリーウーマンとして成功し、管理職として活躍している人も出てきている。著者は、そのような女性達が上流社会の一端を担っていると分析する。高学歴の女性達は、企業社会の中で、自分と同じような高学歴の男性と結婚する。当然、2人で働けば収入も高く、高学歴の女性が子供を産めば、自分の子供に高学歴を求めるのは自然な流れになる。

『男女雇用機会均等法』は、能力ある女性に実力を発揮するチャンスを与えたという点では大きな変化だった。もちろん、現実には、男中心の会社組織の中で、数々の辛酸をなめ、挫折した女性もたくさんいる。それでも、そこに一つの流れが始まったのは、間違いない。

私が社会に出た1983年(昭和58年)は、いわば『均等法』前夜、夜明け前という時期だが、その時点でも、女性にとっては、短大や高校を良い成績で卒業し、一流企業に就職し、社内結婚でいい相手を見つける方が、有利という風潮があったように思う。

同級生の中の優秀な女性達は、大学を出ても総合職として就職できた人は少なかった。彼女達には実力に見合った企業は門戸を開いておらず、実力に見合った処遇を受けられなかった。『均等法』前までは、女性の世界は実力主義にはなっていなかったのだ。

逆の見方をすれば、当時は、結婚という手段を通じて、女性の中では階層の流動化が起こりえる機会があった。今や、『均等法』後の社会では、男性も女性もその実力・それまでの努力の結果によって、社会に迎えられるようになり、当然、社会に出た彼ら・彼女らは、自分と話のあう相手を求め、同じような学歴のカップルが生まれる。

それが、階層化の始まりの一つだということを、枠組みとして示されたことが、自分にとっては新しかった。

『下流社会』関連記事
4月16日:『下流社会』を読んで
4月23日:『下流社会』を読んで②~男女雇用機会均等法の影響(本編)

| | コメント (7) | トラックバック (0)

リハビリと減量のため

先週は、当面の仕事の区切りがついて同僚と飲みに行ったり、高校時代の恩師が5月下旬に上京する機会に実施する同窓会の幹事を引き受けることになってその連絡やら店の下見などとしているうちに、ブログに向かう時間が取れないまま、過ぎてしまった。

右肩を骨折し毎週土曜の朝病院に行き、理学療法士の先生にマッサージをしてもらっているが、骨折してからすでに1年以上経過していることもあって、状態は急に良くなるわけでもない。上に向けてまっすぐに手を上げようとすると、左はすんなり上がるが、右はやはり肩ののところに違和感というか引っ掛かりがあって、180度上がるが、左よりは重い。それでも、退院直後は、肩の高さと同じ高さの90度のレベルに右手を上げるのさえ無理だったことを思えば、相当の改善であり、よほど重たいものでも、持たなければ、日常生活に支障はなくなっているが、このままでは不安だ。

ブログを始めた頃に一度書いた減量も全然進んでいない。むしろ、3月は一時70kgを超えることもあり、最近、ようやく、2月末の時点の68kg台後半と69kg台前半のレンジまで戻ってきた。2年前は、10kg痩せられたはずなのに、どうして今できないのか?どうも、前回に比べて気合いが不足している。あと、前回は、ダイエットを始めてしばらくして、オフィスが本社の建物に移り、昼食の後、食堂のある11階から自分の仕事場のある28階まで階段で上っていた。今思えば、これが結構効果があった。今の仕事場はビルの3階で、食堂は4階にあり、もちろん階段で上り下りするが、効果は知れている。

リハビリも新たな展開が必要だし、減量もこのままでは効果が見込めないので、肩の訓練にもなり、減量にも効果が期待できることとして、水泳を始めることにした。家から車で5分ほどのところに、市のスポーツセンターがあり、そこに屋内温水プールがある。2時間300円と安い。今日は、朝食のあと、しばらくしてから、久しぶりに泳ぎに行き、最初に水中歩行50m(25m×2)のあと、25mを10往復(500m)泳いだ。主に平泳ぎで、途中クロールも少し。クロールでは、右肩の回りがいまひとつなので、やはり平泳ぎよりは負担感がある。その間、ちょうど1時間。できれば、週に1回は通って、リハビリとダイエットの一石二鳥を狙いたい。

去年の暮れに同窓会に出たときは「太ったね」といわれたので、今回はあと1ヶ月「痩せたね」と言われるのが目標だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月16日 (日)

『下流社会』を読んで

三浦展(1958年生まれ)という人の書いた本『下流社会』(光文社新書)を読んだ。80万部も売れており、タイトルからして受け狙いのような気がして、今ひとつ読む気になれずにいたが、最近気になっている世代論を考える上で、避けて通れないと思い、手に取った。

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書)
下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書)

これまで、香山リカ(1960年生まれ)の『貧乏クジ世代』のほかに、島田裕巳(1953年生まれ)著『宗教としてのバブル』(ソフトバンク新書)山口文憲(1947年生まれ)著『団塊ひとりぼっち』(文春新書)などを続けて読んだが、得るところがあったのは、『貧乏クジ世代』とこの『下流社会』である。

『団塊ひとりぼっち』は団塊世代のアウトローである著者が、団塊世代を同時代人でありながら、やや距離もおいたところから第三者的に語ったもの。『宗教としてのバブル』は、宗教学者であり、団塊直後の世代である著者がバブルを一種の宗教ととらえ、その熱気を経験したことがある世代全体をバブル世代としてくくり、その経験のない現在の10代はそれを知らないこともあり、浮ついたところがなく極めて堅実と分析する。しかし、あまりあっと驚くような新しい知見を得るといったほどでもなかった。

一方、三浦氏の『下流社会』は、世代をひとまとまりの集団として分析しているわけではない。まず、世代を大きく①昭和ヒトケタ世代、②団塊世代、③新人類世代、④団塊ジュニア世代に分け、各種のアンケートで、自分の現在の暮らしを上流・中流・下流のどれと考えるかとの回答を軸に、さらにそれを世代別・男女別にブレークダウンして分析し、世代の特徴を分析しようとしている。
あくまで数少ないアンケートによる仮説としてではあるが、団塊ジュニア世代で自らを下流と評価する人の特徴は、自分らしさを求め、ひとりでいることを好む、人とコミュニケーションをとることが不得、などとしている。このような層にフリーター、ニートといわれる層も多く、所得も少なく、結婚もしていない(あるいはできない)。やや、乱暴にまとめるとこういったところだろうか。

かつての日本は、下流・下層の人でも、努力して勉強すれば、中流・上流へとステップアップするチャンスもあり、またそれを目指して、下層・下流の人にやる気と意欲もあったが、今の自分を下流と考える人たちには、将来の上昇に向けた意欲ややる気もなく、自分らしい生き方という言葉が、現状に甘んじる言い訳になってしまって、もし親になっても、子供にも「同じような生き方をすればいい」と育てることで、階層社会が固定化してしまい、日本全体の活力が低下することを著者は懸念している。

一方で、高学歴、高収入の自らを上流と考える人達は、子供にも、高いレベルの教育を受けさせ、自らの生活水準を維持しようとする。同じ生活水準・知識水準でないと、話が合わないので、結婚相手も自然と同じようなレベルの人を求めるので、ますます階層の固定化が進むのだ。

この議論では、どの階層であれ、それぞれの個々人が、それで本当に内面的に充実しているのか、満足しているのかという、心の問題には触れていない。

とはいえ、これまでの自分の親としての教育を振り返った時に、個性的であれと強調するあまり、より良い人生を送るため、しっかり勉強するということ・いい成績をとるということについて、こだわること、貪欲になれということは、あまりうるさくは言わずに来たのではないかということに気がついた。果たして、子供たちのためには、それで本当に良かったのか?考えさせられた一冊だった。(それで良かったと言える人生を、子供たちが送れるようサポートするしかないのだが…)

もう一つ、これまで気がつかなかった、視点があったが、それは次の機会に書くことにしたい。

『下流社会』関連記事
4月16日:『下流社会』を読んで(本編)
4月23日:『下流社会』を読んで②~男女雇用機会均等法の影響

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2006年4月13日 (木)

通信教育終了で最初の一歩

先週から集中して取り組んでいた通信教育、昨日の夜、最後の第7回を終え、今日、ポストに投函し、ようやく一段落した。久しぶりに、集中して勉強した。まだ、添削結果は返って来ていないので、最終的に「○○士補」に認められるのは、もう少し先になりそうだ。詳しく調べてみると「○○士補」に認定されても、有効期間は2年ということで、その間に「○○士」の資格試験を受験して合格しろということらしい。「○○士補」というのは、単に正式資格の2年の期限付きの受験資格を得るだけのことで、本試験に合格しなくては意味がない。半年に1回の本試験は3月に終了したばかりで、次回は10月だ。

もう一つの国際資格の試験も11月なので、今年はそれまで、30代前半に税理士試験を受験した時以来の勉強だ。(税理士試験は5科目の合格が必要だが、3年間、土日や夜に専門学校に通って挑戦したものの、結局1科目しか合格できず、そのうち仕事が忙しくなり挫折した)

合併があり、職場環境が大きく変わったこともあって、この5年ほど、自分の将来像が描けないまま、漫然と過ごしてきた。気ばかり焦って、どこに行って仕事をしても、何となく居心地が悪い。時間だけは容赦なく流れて、時間の経過とともに、確実に歳を取っていく自分がいるだけだった。
前の職場の時は、何年か先にはこんな仕事をしてみたい、あんな上司や先輩のようになりたいというイメージが、漠然とはいえあって、あまり意識はしていなかったが、それに向かって進んでいたように思う。

よく、ライフプランと称して、何年後何歳の時には、こうなりたい目標を明確に立て、それに向かって、どうやれば実現できるかを考えながら進めていくと実現の可能性が高くなるいうようなことが言われている。(例えば、久恒啓一『図解で考える40歳からのライフデザイン』
私は、明確なプランニングが苦手で、いつもその手の本を買って計画を作ろうと思うだけで、一度も実現していない。(上記の久恒氏の本も買ったが、結局、ブックオフ行きとなった)

そうは言いながら、多分10年先くらいにはこうなるかもしれない、なれればいいなという程度の漠然としたものは必要なようだ。結局、人は、なりたいと思った自分にしかなれないのだと思う。

当面、将来の漠然とした姿への最初の第一歩が、今回の通信教育だ。ここから、二歩、三歩と漠然としたものに近づき、具体化できるかどうか、すべて「私の努力と実力次第」と言うことだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月11日 (火)

厄落とし

今日、職場からの帰り、情けない話があった。

自宅最寄り駅で降りて、駅前の自転車置き場から自転車に乗り、家路に着く。途中、閉店間際のドラッグストア前を通ると、トイレット・ペーパー12個パックが168円という表示に目に入った。これは安い!間違いなく安い!そう言えば、そろそろ我が家のトイレット・ペーパーがなくる頃だと思い出し、小雨の中だったが、4個だけ残っていた特売のパックのうち、2個を買った。

道路を渡って、家族に頼まれていた玉子を買いにスーパーへ。トイレットペーパーのパックを持って店内を歩くわけにもいかないので、一個は自転車の前カゴに、一個は荷台に付けている後ろのカゴに入れて店に入った。何となく嫌な予感がしたのだが、10分も経たずに戻ってみると、見事に後ろのカゴに入れたパックがなくなっていた。

いかにも取って下さいと言わんばかりに、無防備に置いていた自分も悪いが、いったいどんな人が、たかだか200円程度のトイレット・ペーパーのパックを盗んでいったのだろうかと思うと、悲しいやら情けないやら。日本人もここまで堕ちたのかと怒る気にも、なれなかった。

4~5年前、仕事で福岡に出張した。ちょうど12月で、冬のボーナスが出たばかり。天神で4万円ほど下ろして、財布にいれ、会社の人と取引先に向かいプレゼンをした。終わったあと、取引先の社長と私を呼んでくれた会社の人と一緒に、中洲のスナックに誘われて飲みに行った。背広を脱いで、店のクローゼットに預ける。財布を入れたままにしておいたのが、いけなかった。帰ってみると、どうもお金が抜かれている。店には、片言の日本語でしゃべるアジア系の女性もいたので、彼女にやられたのかもしれない。その店は、取引先の社長の行きつけだったので、ケチをつけるようなことを言うのも、はばかられ、そのままにしておくしかなかった。以来、財布を背広に入れたまま預けることはしなくなったが…。

前置きが長くなったが、中洲で現金を抜かれ不愉快ではあったが、その取引先へのプレゼンは社長にそれなりに評価してもらい、その後の自分の仕事の柱の一つになったので、4万円を抜かれたことを我慢した分くらいの見返りは十分あった。4万円の見返りに運をもらったと思うことにした。多分、その時、私の財布からお金を抜いた主は、きっといい目にはあっていないのではないだろうか。

今日の話も、盗んでいった犯人が私の厄も一緒に貰っていってくれて、厄落としになったと考えようと思う。4万円に比べると、あまりにせこい話なので、御利益(ごりやく)も小さいかも知れないけれど。(今頃、犯人はくしゃみでもしているだろう…)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 9日 (日)

我らの世代論~すべては努力と実力次第?

最近、世代論について考えている。
団塊の世代の人々の定年退職を間近に控えていること、バブル経済崩壊後の長い不況にも、そろそろ終わりが見えてきたこともあって、団塊世代とバブル経済を座標軸に、世代論が語られることが多いようだ。

1960(昭和35)年に生まれ、1983(昭和58)年に社会人となった自分は、どういう世代に属すると考えるべきなのか、団塊の世代と、団塊ジュニア世代の狭間にあって、どんな特徴があるのか、いつも考えているがなかなかうまく整理しきれていない。

貧乏クジ世代―この時代に生まれて損をした!? (PHP新書)
貧乏クジ世代―この時代に生まれて損をした!? (PHP新書)

先日、読んだ70年代生まれの団塊ジュニア世代について書かれた『貧乏クジ世代』の中で、著者の精神科医の香山リカ女史(1960年生まれ)は、自分たちの世代について、次のように書いている。

私たちの世代では、偏差値が成績評価に導入されたり、大学入試センター試験の前身である共通一次試験が始まったり、徹底的に「すべてはあなたの努力と実力次第」という価値観を植えつけられた。「勝っても負けても自分のせい」だ。

この本では、団塊の世代は「勝てば自分の実力、負ければ社会のせい」と自己肯定感が強く、私たちの世代より少し下の世代は、バブルの盛りに社会に出たので「なんでもうまくいく」という根拠のない自己肯定感をもち、分析対象の70年代生まれの団塊ジュニアは「勝てばまぐれ、負ければ自分のせい」と自信が持てないと分析している。

自分の上下の世代のあり方、行動パターンについては、もう少し考えて整理してみようと思っているが、我らの世代についての「すべて、努力と実力次第。勝っても、負けても自分のせい」という主張には、同じ時代・同じ時間を生きてきた者として、『なるほど、そう言われればそうかも知れない』とものすごく納得してしまった。

私は、世代の特徴を形成する要素は、①親が子供に対してどういう教育をしたか、②本人が社会人になった後の数年間がどういう経済状況であり、そこで何を学んだかの2つだと考えている。①の親の教育の影響は言うまでもないが、②は言わば、新人時代にどういう社会人教育を受けたかということである。おそらく、入社後3年間くらいで、その人の社会人としての思考パターンの基礎は固まり、その後の行動に影響を与えると考えている。

不景気な時代に社会人生活をスタートさせた世代は、若い時から、厳しい現実を見聞きして、自ずと堅実な行動パターンになると思うし、逆に好景気からスタートすると、一番、考えなくてはいけない時期に、深く考えなくても物事がうまくいってしまうので、よく言えば楽天的、悪く言えば脇が甘い社会人になってしまう。ここでも、「三つ子の魂百まで」ということ言えるのではないだろうか。

我らの世代が社会人になったのは、大学卒であれば昭和58年、59年が中心であり、日本経済はオイルショック後の総需要抑制策による不況からようやく立ち直りの兆しが見え始めた頃だった。バブル景気が始まるまでには、まだ数年かかった。可もなく、不可もないニュートラルな時期だったと思う。
結果として、社会人になったからといって、従来の価値観が大きく変わることはなかった。「すべては、努力と実力次第。勝っても、負けても自分のせい」という学生時代からの価値観で、その後の社会人生活も過ごしてきたような気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 8日 (土)

テンプレート変更と『フォトバイブル』の話

今日からテンプレートを変更した。2月の下旬にブログを始めた時は、吉祥寺駅の西側のガード下のイラストをベースにした『ガード下』。3月に入ったところで、『ノート』、今回は新学期も始まったということで、また替えてみることにした。今回は『メタル』。いずれも、ココログのリッチテンプレートから選んだ。自分の好きな形のものも作れるようなので、いずれは、自分でデザインをしたいと思っている。また、今回から2列表示を3列表示にした。最近、ブログペットや時計、自分をイメージした写真等、サイドバーに表示するものが増えてきたので、左右に分けてみた。

この自分の分身君は、『フォトバイブル』という著作権フリーの素材集から選ばせてもらった。「働くお父さん」をイメージしてみた。この素材集、今、日本で一番売れている素材集と言ってもいいと思う。北海道にある(株)データクラフトという会社から出されている。多少パソコンでの画像処理などに興味があって、家電店やパソコンショップのソフト売場に行ったことのある人なら、『素材辞典』という写真素材集を見たことがあると思う。現在、160以上のテーマがすでに発売されていて、1テーマにつき200点の著作権フリーの写真が納められている。『フォトバイブル』はその『素材辞典』のVol.1からVol.100までの合計2万点の写真全てが640×480ピクセルのサイズでCD-ROM4枚にぎっしり詰まっている。

パソコンソフトのうち、イラストや写真を総称してクリップアートというが、(株)データクラフトという会社は、90年代に誕生した新興企業であるにもかかわらず、このクリップアートの分野で、『素材辞典』での質の高い製品作りがユーザーから支持されたのだろう、先発企業の中に割って入って着実にシェアを伸ばし、2003年には、BCNランキングによる年間のマーケットシェアがほぼ1/3(2003年32.3%)に達し、とうとう業界トップに踊り出た。その後も、着実のシェアを伸ばしていて(2004年39.5%、2005年43.3%)、瞬間風速ではシェア50%を突破している(BCNランキング06年3月13日~19日、50.6%)。

私は、北海道にいた時、縁あって、データクラフトの社長と知り合い、その真面目なもの作りの姿勢と真摯な仕事ぶりに心打たれてファンになり、当社製品の集大成ともいえる『フォトバイブル』を購入し、今に至っている。社長には迷惑かもしれないが、私設応援団だと勝手に思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 7日 (金)

通信教育

4月1日に、受験の季節を迎える2人の娘に、その自覚をもってもらうという思いもあり、原宿まで連れ出して、食事をし、それなりの話もしたのだが、私も思うところあって、仕事の関係で始めた通信教育を真面目にやることにした。

今、受けている通信教育は、一応7回分教材があって、3月からの受講開始で、月1回提出のスケジュールなので、そのスケジュール通りやれば、9月末が最終期限だ。幸か不幸か、7回分の教材が最初にまとめて送られてきているので、その気になれば、どんどん進められる。
3月末に、1回めを提出した後、残り6回分を4月半ばまでに終えると目標を立て、今週、はじめに第2回を提出。昨晩、第3回を仕上げ、第4回に取りかかった。第4回は、今日中に仕上げ、土日はなんとか1日で1回分を仕上げ、来週前半に第7回まで終えてしまおうと考えている。勉強に時間を取られる分、ブログを書く時間が減っているが、仕方ない。

今受けている通信教育は、7回分を締め切りまでに提出し、60%以上の正答率だと、「○○士補」という資格が認定される。さらに、これを主催する協会の試験を受けて合格すると補が取れて「○○士」という資格になるようだ。
その上には世界共通の上位資格があって、こちらは4科目の試験が、年2回、5月と11月にある。現在の最終目標は、11月の試験に合格し、国際資格まで取得することだ。

娘たちにも、父も、今年は受験生だと宣言した。今年は、家族で勉強する1年にしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 4日 (火)

ブログ・ペットのヨイショ

ブログ・ペットを飼ってみることにことにした。サービスはKDDIがやっている。飼えるペットは、パンダ、ウサギ、イヌ、ネコ、ネズミの5種類のうちの1つ。自分が「ねずみ年」生まれということもあって、ネズミを選んだ。

このペットは、飼い主のブログを全部読んでいるらしい。ブログのサイドバーにあるブログ・ペットをクリックすると吹き出しが出て、何やらコメントをする。また、ブログへの投稿を許可すると、飼い主の指定した周期で投稿するということで、早速、投稿してくれた。

ヨイショという名前のは、次女が小学校6年生の学芸会で、『冒険者たち』という劇をやった時の役の名前だ。町のネズミが、イタチに襲われて絶滅寸前の島のネズミを助けにいく冒険物語で、主人公の名前がガンバ。カンバの相棒でちょっと頼りになる兄貴分がヨイショだ。次女は、学年のオーディションに合格して、この準主役の役を射止め、本番でも堂々の演技だった。本人にも、充実感と達成感があったようで、中学では演劇部に入ることになった。

『冒険者たち』の原作は斎藤惇夫という作家の書いた児童文学の名作で、最後まで手に汗握る冒険物語である。現在は、岩波少年文庫に収められている。

冒険者たち―ガンバと15ひきの仲間 (岩波少年文庫 (044))
冒険者たち―ガンバと15ひきの仲間 (岩波少年文庫 (044))

1975年に『ガンバの冒険』というタイトルでTVアニメにもなった。この記事を書きながら、アマゾンを検索していたら、この4月にアニメがDVD化されるとのことで、根強い人気があるようだ。

わがブログ・ペットのヨイショ君が、これからどんな投稿をしてくれるのか、楽しみだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 3日 (月)

ハードディスク付きDVDレコーダー購入

Lupin_drmx102週間ほど前に、ハードディスクの付いたDVDレコーダーを買った。

これまでは、VHS録画にDVDの再生だけの装置だった。DVDの再生ができなくなっていたものを、年明けに修理したばかり。とにかく、子供達が、自分の見たい番組を、VHSに録画するというので、その都度、テープを入れたり出したりと落ち着かない。3人それぞれが、録画用に何本かテープを持って、順次使っているのだが、時々、自分用のテープに空きがないと、兄弟のを借りたり、時には、間違って、まだ見ていないものを消されたと言って、兄弟喧嘩が起きたりと、たかがTV番組の録画を巡って、結構小競り合いがある。また、見終わったあとのテープが、TVの周りに散乱していたりと、父親としては、あまり愉快な話ではなかった。

地上波デジタル放送が始まり、従来のアナログチューナーだけが付いたレコーダーが少し価格が下がったこともあって、思い切って、ハードディスクの付いたDVDレコーダーを買った。子供が小さかった時は、私が操作方法を覚えなければ、ならなかったが、最近はこの春6年生の長男がAV機器類の操作を覚えてくれるようになったので、無精をして任せきりにしている。

当たり前の話ではあるが、使ってみるとやはり便利だ。とりあえず、見たい番組は、ハードディスクにどんどん録画しておけばいい。番組表も、取り込んでくれるので、録画の予約も、簡単に終わる。何より、よけいなテープもいらないし、子供達の録画を巡るトラブルもなくなった。
そう言えば、以前、同窓会の時に、某氏が、「あれは便利だ」と話していたのを思い出す。地上波アナログチューナーしか付いていないので、地上波のアナログ放送が終了する2011年には、ほとんど商品価値がなくなるが、これから5年使えば、買い替えのサイクルとしてもちょうど良いので、とことん使い切るつもりだ。

DVDの録画・再生はもちろん、VHSの録画・再生機能もついた、3in1機なので、もう少し使い方になれてきたら、長女が生まれた頃、録画したままお蔵入りになっているVHS-Cビデオを再生してDVDに録画するといった用途にも利用しようと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 2日 (日)

ブックオフで本を売る

3月28日のメンテナンス以降、夜になると、ココログの管理ページへのアクセス、管理ページ内でのアクセスが途端に重たく遅くなる。先週は、いざ記事を書こうと、夜、パソコンに向かうと、なかなか、新規記事の作成ページまでたどり着かず、待ちきれずに寝てしまったことが、何日か続いた。今日もまだ、続いているようだ。

今日は、朝、ブログを書いた後、午後、次女と一緒にブックオフに本を売りに行った。彼女は少女マンガ、私は、この半年ほどで買ったもので、読み終わり、もう1回は読む気にはならない本、あるいは、買ったものの、結局、読まずじまいで、これからも読みそうにないものを、10冊ほど持って行った。

もともと、本が好きなので、転勤族で社宅暮らしの間は、建物は古いが収納スペースには比較的恵まれた社宅が多かったこともあって、就職以来買っていた本を、読まなくなって箱に入ったままのものも含め、ずっと、引っ越しの都度、常に持って行っていた。しかし、家を買い、終の棲家に引っ越すことになると、収まらりきれないのは明らかだった。妻からの厳しいプレシャーもあり、泣く泣く、近くのブックオフに売りに行った。200~300冊はあったと思うが、1万円くらいは手元に戻ってきたように記憶している。

それ以来、本を売ることに抵抗がなくなって、本当に、必要なもの、何回も読み返す本を除いて、売ることにしている。まだまだ当分家の住宅ローンの元利払いは続く。収納スペースにも、金利を払っていることになるわけで、本に限らず、使っていなくて余計なスペースを取るものは処分した方が、家全体の効率は良くなるのだと考えることにしている。

売りに行ったブックオフで、代わりに『貧乏クジ世代』(香山リカ著、PHP新書)という本を買ってきた。私と同じ1960年生まれで、精神科医の著者は、1970年代生まれを、バブルの恩恵に浴せなかった貧乏クジ世代として分析している。来週の通勤電車の中で読むことにしよう。

貧乏クジ世代―この時代に生まれて損をした!? (PHP新書)
貧乏クジ世代―この時代に生まれて損をした!? (PHP新書)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新年度を迎えて、~原宿散策~

昨日は4月1日。新年度が始まった。私自身は、社会人になって23年が過ぎ、24年目を迎えたことになる。

3人の子供たちも、高3、中3、小6となり、上の2人は受験モードに切り替えてもらわなくてはならない。私より少し年上の妻は、50歳を見据えて、子育て後の自分のあり方を模索中で、パン教室を終えたあとは、料理教室に行こう、手話も勉強してみようと考えているようだ。新たな職場で半年が過ぎた私は、仕事で必要とされる資格を取るため、何年ぶりかの通信教育を始めた。このブログをどのように続けていけるかも、テーマの一つかもしれない。

年度替わりに合わせて、区切りをつけようと、以前から長男が中華料理が食べたい、北京ダックが食べたいと言っていたこともあって、普段は行かない原宿まで家族で行き、同潤会アパートの跡地に再開発で誕生した表参道ヒルズを見学し(完全にお登りさんだ)、代々木公園で満開の桜と、花見に興じる人々を眺めた。

Pict1240 Pict1243a Pict1246a 表参道ヒルズも、代々木公園も、たくさんの人であふれていて、いつもは吉祥寺にしか行かない我が家にとっては、too muchだった。

最後に南国酒家の原宿本館で行き、家族で中華料理のテーブルを囲み、長男お目当ての北京ダックも注文し、1時間半ほどのんびり食事をして、帰って来た。これからはファミレスだけではなく、たまには、きちんとしたレストランに連れて行くのも、広い意味では、躾け・教育の一環かなと考えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 1日 (土)

「風のハルカ」の猿丸さんはスナフキン?

今日で、NHKの朝ドラの「風のハルカ」が終わった。それほど、熱心に見ていたわけではないものの、舞台が九州の湯布院であることと、妻がいつも、いいところで終わる言っていたので、妻が子供達に録画してもらっていたビデオを、登場人物がわかる程度には、見ていた。

最終回は、めでたくヒロイン・ハルカのゴールインで幕を閉じたが、この結婚相手の猿丸さん、最初に登場した時は、なんだか薄汚い緑色のマントを着て、何をやっているのか氏素性も知れず、なんとも実在感のない設定だと思っていた。しかし、ある時、これは、スナフキンのパクリではふと思い、そう思って見始めると、彼は、世界中を旅していて、突然現れて、突然いなくなる。スナフキンそっくりだ。ムーミンならぬハルカさんは、彼の帰りを待っている。湯布院はムーミン谷に、由布岳はおさびし山に見えない事もない。ハルカのお父さんが作ったレストランが、ムーミン屋敷?

ムーミン一家の場合、パパとママは、一応夫婦円満に暮らしていて、離婚してしまったハルカの両親とは違うので、すべてが同じとはいえないけれど、きっとこの脚本家は、どこかで影響を受けているよなと思って見るのも、面白かった。

ムーミンの物語は、フィンランドの女流作家トーベ・ヤンソンの作。最初の作品は、第二次大戦直後の1945年に書かれ、昨年は60周年だった。(ムーミン公式サイトに詳しい)

日本で、翻訳が紹介されてからでも、すでの30年以上。主要な作品だけでも、8冊。講談社文庫にも収められている。フジテレビとテレビ東京でアニメにもなった。今やスナフキンは楽天トラベル(「旅の窓口」時代から)のイメージキャラクターだし、ミイが渡辺満里奈とCMに登場したり、ミイの姉のミムラを名乗る女優も登場するなど、日本でも浸透している。

私がムーミンの物語を好きなのは、そこに登場する人々(?)が、スナフキンを始め、みな個性的だからだと思う。それぞれが個性的でありながらも、皆、相手を尊重していて、個性が輝いて、その個性が織りなす数々のエピソードが、ほほえましくありながらも、深い示唆に富んでいる。そこには、成長や自立の物語があり、友情があり、家族や夫婦の物語もある。まだ、読まれたことのない方は、ぜひ一読を。(「ムーミン谷の彗星」は、小学生くらいの男の子にはお勧め)

ムーミン谷の彗星 (講談社文庫 や 16-2)
ムーミン谷の彗星 (講談社文庫 や 16-2)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »