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2006年5月28日 (日)

高校時代の思い出、「男子クラスと男女クラス」

私が卒業したのは、地方の県立高校。今は違うらしいが、当時は男女比がアンバランスで、私の学年は、定員450名の内で女子生徒が約120名ほどで、残る330名は男子生徒であった。男女比は3:1。当時のクラス編成は、1クラス45名の10クラス編成だったが、各クラス男女比3:1ということにはならず、大まかに言えば、男25:女20の共学クラスが6クラス、45名全員が男子というむさ苦しいクラスが4クラスという構成だった。

思春期まっただ中の高校時代、男子校に入学したならいざ知らず、男女共学の高校に入って、男ばかりのクラスに入った男子生徒は浮かばれない。毎年、4月のクラス替えの時は、男子生徒にとっては、体育館に張り出されるクラス分けのリストのどこに自分の名前が載るかを食い入るように眺めたものだ。そして、悲喜こもごもの人間模様が展開される。

私は、幸か不幸か入学から2年間、男ばかりの男子クラスだった。女性と接する機会は、所属していた陸上部の練習の時だけで、しかも、女子部員は先輩が1人、同級生がわずか2人だった。おかげで、脇目もふらず勉強に集中することが出来た(わけがない)。

高校2年の夏に、学校の3大イベント(春の文化祭、秋の運動会、冬の予餞会)のうち、運動会の運営委員長を引き受けることになり、同じクラスの友人に副委員長を頼んだところ、彼が女性の委員を数名捜してきてくれて、それから運動会本番まで夏休みを挟んだ2ヵ月ほど、各委員で仕事を分担し、本番の運動会の成功に向けて一生懸命だった。運動会が終わった後も、全員で打ち上げをしたり、休みの日に遊園地に遊びに行ったりと、一緒に仕事をしたことで、メンバー全員が親しくなり、男子クラスにいたものの、あまり男子クラスの悲哀を味わわずに済んだ。その頃が一番、勉強もしたようにに思う。2年の3学期の模擬試験が、高校の2年間の中で一番成績がよかった。

そして迎えた3年生の春、進学先のよって、文系・理系と教科の選択が分かれ、文系に進んだ私は、3年目にして、幸運?にも、ようやく男女クラスとなった。(我々の学年は、理系希望の女子生徒が多かったのか、例年、男子クラスのない文系に男子クラスが誕生していた。)
しかし、「禍福はあざなえる縄のごとし」で、3年最初の試験こそ、2年の3学期の余勢をかって、そこそこの成績だったが、中学以来3年ぶりに同じ教室の中に女子生徒がいるという環境にすっかり心を乱されて、その後は勉強の面では低迷、目標の地元国立大に行くには浪人必至という状態から抜け出せないまま、受験を迎えることになった。

結果は、このブログの2回目の記事「四字熟語」のところで書いた通り大どんでん返しの結末で、なんとか今の自分があると思うが、それでも、3年の春の時点に戻り、男子クラスか男女クラスのどちらでも選べるけれどどうする?と聞かれれば迷わず「男女クラス」を選ぶと思う。まあ、今更書くのも気恥ずかしい、今は昔の話だけれど…。

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