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2006年6月の記事

2006年6月30日 (金)

ゲド戦記第3巻『さいはての島へ』

ゲド戦記第3巻『さいはての島へ』を読み終わる。

ゲド戦記 3 さいはての島へ (ソフトカバー版)
ゲド戦記 3 さいはての島へ (ソフトカバー版)

第3巻では、ゲドはローク島の魔法学院の大賢人となっている。しかし、アースシーの周辺部では、魔法が使われなくなり、ものの名前が忘れられ、人々は無気力になっている。世界の均衡にほころびが生じている。ゲドは、それを伝えに来たエンラッド国の王子アレンとともに、世界のほころびを生じさせている原因を突き止める旅に出る。アースシー世界の海を何日も航海し、南へ、西へと彷徨う。どこの島でも、魔法は忘れられ、人々は自分の幸せのみを求め、魂をなくし、死んだようになっている。最後に、さいはての島セリダーで、その原因を作り出していた敵をみつけ、対決する。

今回、語られるテーマは「生と死」であるが、同時に青年アレンの成長の物語でもあり、それを支えるゲドとアレンの関係は、親子を象徴しているようにも読める。ゲドは、旅の途上では、アレンに対し、決して多くを語らない。アレンは、時として、疑心暗鬼になりながら、自分で懸命に考え、答えを見いだしていく。
このあたりは、子育てにおいて、親が簡単に答えを教えてしまうのではなく、子どもが自ら学んで行くことを、我慢して見守ることの大切さを教えているようにも思える。
読む人の、年齢、経験や立場によって、幾通りもの読み方ができそうで、ひと言では到底語りきれない。

スタジオジブリのアニメ映画『ゲド戦記』は、この3巻がベースになるようだ。
均衡を失ったアースシー世界の人々の姿は、今の過去の日本人の美徳を忘れ、自分で考え、判断することを忘れ、自分さえ良ければいいという、現在の日本人の姿にそのまま重なるようにも読めて、アメリカで1972年に書かれたものでありながら、そのまま、今の日本人への問いかけにもなっていると思う。制作者側にも、それを問いかけたいという思いもあるようだ。
読み手の経験と感性で、いかようにも読める、深みのある作品を、映像化し、ひとつのイメージを作り上げてしまうことについての、賛否は当然あるとは思うが、映画にならなければ、ゲド戦記の世界にふれることのなかった多くの人々が、これを機会に、原作の世界に足を踏み入れることになれば、そのプラス効果の方が、より大きいと思う。1ヵ月後に、公開される映画の方も楽しみである。

*関係する記事
6月20日:ゲド戦記6冊セットと第1巻『影との戦い』
6月22日:『影との戦い』

6月26日:ゲド戦記第2巻『こわれた腕環』
6月30日:ゲド戦記第3巻『さいはての島へ』(本編)

7月5日:ゲド戦記第4巻『帰還』
7月9日:ゲド戦記第5巻『アースシーの風』
7月16日:ゲド戦記『ゲド戦記外伝』
8月5日:『ゲド戦記』宮崎吾朗監督のメッセージ
8月13日:映画『ゲド戦記』を見て

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2006年6月29日 (木)

パン教室の先生

今日、妻が通っていたパン教室の講師の認定試験があり、なんとか合格した。とりあえず、家族一同ほっとしている。(多分、妻本人が一番ほっとしていると思うが)

試験の課題は、「食パン」と「あんパン」を焼くこと。試験が近づいた先々週あたりから、いま習いに行っている教室の先生からは、「食パンを100斤焼きなさい」と言われ、介護のパートの傍ら、夜遅くまで、食パン作りと格闘していた。(結局100斤には届かず、30斤くらいだったようだ)
なかなか、うまく焼けないようで、落ち込む日も多々あり、以前、「田舎で小さな喫茶店を開き、自分がパンを焼くので、あなたはおいしいコーヒーを淹れて」と言っていた威勢の良さは影を潜めていた。
最近では「自分は専用オーブンに、発酵器も持っているのに、持っていない(教室の他の)人より出来が悪い」「自分は、パン作りの才能ないかもしれない…」「パン作りに向いていない…」と弱気発言の連発で、しまいには、「あのパン教室の教え方は変だ」と言い出す始末で、なだめるのに一苦労だった。

まあ、人に教える資格をもらうのだから、そう簡単には行くはずもなく、「教室の先生は、同じ食パンを何回も焼くことで、均等な品質でパンを焼くことの難しさを、身をもって体験してさせようという事なのだろうな」と、端からみている私などは思うのだが、渦中にいる当事者は、それどころではないようだった。

練習で焼いた食パン、あんパンのうち、いくらかは我が家で自家消費したが、毎日のように2斤、3斤と焼かれる食パンを食べきれるはずもなく、近所に配るにも限度があり、焼かれたパンの半分以上は捨てられてしまったようだ。もったいないというか、申し訳ないというか……。

捨てられたパンたちの供養のためにも、妻にはこの資格を今後の人生の中で是非有効に活用して欲しいと思っている。(私のコーヒーの方は、当分、進みそうにないけれど)

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2006年6月28日 (水)

ブログ4ヵ月経過、最近の状況

ブログを始めて、既に4ヵ月が経過した。徐々に、アクセス数も増加して、自分が書いた記事を確認するのに、自分でアクセスする分などもカウントには入っているが、多い日は1日80アクセスを超える日も出てきた。通常の日でも、40~50アクセスになっている。次の目標は、1日100アクセス達成に置いている。

他のブロガーのブログはわからないが、私のブログの場合は、直近の記事だけでなく、結構過去の記事にもアクセスしてもらっている。特に、最近は検索サイトを通じての、アクセスが増えている。ココログでは、日々、記入したブログを、個別の記事、月別の記事、カテゴリー毎の記事という形で、何通りかの区分でファイルしている。検索サイトからは、それぞれが、独立した1つの情報として扱われるようで、私のように、1つの記事を、いくつかのカテゴリーで登録しておくと、複数の検索ワードで検索された場合、1ヶ月分の記事や、1つのカテゴリーの中の記事のどこかに、検索ワードが該当すると、対象として上がってくるらしい。

以前、同じような話で「喫茶店」と「マスター」という言葉でグーグルで検索をすると私がブログを始めた頃の記事が結構上位に出てくることを書いたが、「頭痛」「微熱」「風邪」の3語をグーグルで検索すると、今日の時点では、5月14日に私が書いた『ブログの大敵「頭痛と微熱」』が上から3番目に登場する。これなどは、検索した人は、治療法など全く別の情報を期待して検索したのだろうなと思うと申し訳ない気がする。

また、記事を書けない日が数日続くと、やはり確実にアクセスは減る。ここのところ、2週間近く、毎日書き続けているので、これをどこまで続けられるか、もう少し頑張ってみるつもりだ。

何かの縁で、私のブログをのぞいてくれた人が、もう一度訪れてくれる気になるかどうかは、やはり、内容次第だと思うので、テーマである中年をキーワードに、これからも読んでもらえるものを書いていきたい。

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2006年6月27日 (火)

海の霧

今日は、平日休暇を取った。午前中、都心まで出て、会合に出たあと、昼過ぎに自宅に戻る。リビングでテレビをつけると、各地の天気を伝えていて、北海道では霧に包まれる釧路市の幣舞橋(ぬさまいばし)の映像が登場していた。

北海道では、何度か霧に遭遇した。最初は海の霧だ。
去年(2005年)の5月29日、桜で有名な日高地方の静内二十間道路に向かった。静内町は競走馬の産地としても、有名で、昨年、吉永小百合の主演映画として話題になった『北の零年』も静内が舞台だった。
札幌から道央自動車道で、南に下り、苫小牧東ICで日高自動車道に乗る。シシャモで有名な鵡川で自動車道は終わり、あとは、海沿いの国道235号線を走った。地図を見るとわかるが、国道235号線は、途中から海岸線を沿うように走っている。静内に向かっては、右手に太平洋、左手は至るところの日高の馬牧場を見ながら車を走らせる。

Photo_1晴れていて、気温も暑すぎず寒すぎず、快適なドライブと喜んでいたら、静内の隣町の新冠に近づいたところで、突然、海から霧が湧いてきた。海の方から、陸に向けてあとからあとから、霧が湧き出してきて、瞬く間に道路を覆っていった。最初はうっすらだったが、どんどん濃くなっていく。視界も、どんどん悪くなる。車のスピードも落とさざるを得ない。とりあえず、いったん新冠(にいかっぷ)の道の駅で休む。(写真は道の駅で。銅像の馬はハイセイコー、写真の後方の建物は霧に霞んでいる。)
霧はすぐ収まる気配もないので、残り5~6kmということもあり、再び出発。程なく、静内の町に着いたので事なきを得たが、もっと手前で霧に遭遇していたら、行くのをあきらめていただろう。
二十間道路は、町中から少し山手に上がったところだったので、霧もそこまでは追いかけてこず、ゆっくり見物はできたが、桜の方は盛りは過ぎかなり散り始めていて、一部は葉桜になっていた。
帰りは、安全を考えて、少し遠回りだったが、途中まで山間部の道を走った。帰り、鵡川の道の駅「四季の館」で、ひと休みしていたら、こちらにも霧が迫ってきた。霧から逃れるように、札幌に向かったのを思い出す。

先日、紹介した『楽しい気象観察図鑑』(武田康男〔文・写真〕、草思社)には、

海でも、親潮(北海道の東側から房総沖にかけて北から南に流れる寒流)などが流れる冷たい海では、空気が冷やされて霧が発生しやすくなります。海で発生する霧は範囲が広く、視界が悪くなるので、船の航行にはたいへん危険です。(以下略、同書15ページ)

とある。急に冷たい親潮が、沿岸付近まで流れて来たのだろうか。天気も悪くなかったので、暖められていた海上の湿った空気が、急に寒流で冷やされ、海から霧が湧き出したように見えたのだろう。やはり、自然の力は侮れない。

楽しい気象観察図鑑
楽しい気象観察図鑑

余談だが、まっったく別件で検索をしている最中に、『楽しい気象観察図鑑』の作者の武田康男さんのインタビュー記事をみつけた。経歴を見て、自分と同じ1960年生まれということで、さらに親近感を覚えた。「SKYPAGE」というホームページの写真も素晴らしい。

二度目の北海道の霧体験は、また改めて書くことにしたい。

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2006年6月26日 (月)

ゲド戦記第2巻『こわれた腕環』

ゲド戦記第2巻『こわれた腕環』を読み終わる。

ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)
ゲド戦記 2 こわれた腕環 (ソフトカバー版)

今回は、まず、ゲドの物語世界であるアースシーの中にあるカルガド帝国の大巫女「アルハ」が登場する。彼女は、先代の大巫女が亡くなった日に生まれたことから、大巫女の生まれ変わりとして、両親から引き離され、その本来の記憶は闇の世界の生き物に生け贄として捧げられ、”喰らわれし者”となり、闇の世界に仕える大巫女として育てられる。大巫女は墓守であり、彼女の住む館の地下には、墓所の地下迷宮があり、その奥まで立ち入るのが許されているのは、大巫女だけである。
物語の前半は、アルハの日常の生活が淡々と語られ、ゲドはなかなか出てこない。物語の半ばにさしかかる頃に、ようやくケドらしき人物が登場する。彼女の地下迷宮への闖入者として。話は、常に、アルハの目から語られ、最初はゲドらしき人物は第三者でしかない。
彼女は、その怪しい男を迷宮の中に閉じこめ、葬り去ろうとするが、一方で、この闖入者に無関心ではいられないし、結局、悪者として葬り去ることもできない。
ついに、迷宮を支配する大巫女として、闖入者に声をかけ、ここから物語はアルハだけの話から、アルハとゲドの物語への変わっていく。ゲドは、「テナー」というアルハの本当の名前を知っていて、彼女に本当の名前で呼びかける。そこから、彼女が少しずつ自らに目覚めていくが、その間、数々の危機や試練が待っている。

この第2巻『こわれた腕輪』も、第1巻『闇との戦い』に劣らず、深淵だ。第1巻が、ゲドという青年の自己発見の物語とすれば、第2巻はアルハという少女の自己発見の物語である。見方によっては、現代版「眠れる森の美女(いばら姫)」とも思える。少女から女性へという成長の中で、少女(王女)を眠りから解放する王子の役目をゲドが担っているようにも思う。

また、少女の成長という側面だけでなく、本来の自分を亡くし、闇に”喰らわれし者”となって、生きている人間への警鐘の物語にも読める。(ものには、そのものがもつ本当の名前があるというのが、1・2巻を通じたテーマのひとつである。)

さらに、第2巻では、アルハ(テナー)のゲドへの信頼ということが、特にゲドの口から語られる。ゲドも全知全能の魔法使いではなく、アルハの支え、アルハが信頼してくれたからこそ、魔法使いとしての力を発揮できたと語る。

おそらく、全6巻を全て読み終わって初めて見えることが、たくさんあるのだと思う。今日から、第3巻『さいはての島へ』を読み始めることにしよう。

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2006年6月25日 (日)

ステップ・アップ

先週の金曜日に郵便が届いた。待っていた資格の認定書だ。資格は「金融内部監査士補」。
4月の7日13日のこのブログの記事にも書いたが、本来、9月末が最終提出期限だった7回分の通信教育の添削課題を第1回を3月末に提出してから、集中してやって、4月半ばには、7回分を出し終わった。ゴールデン・ウィーク明けには、最終回の添削課題の採点結果が返却され、5月下旬に通信教育の修了証が届いた。そこから、改めて、日本内部監査協会というところに、5250円を支払って資格申請を行い、協会から認定書が届いた。通信教育を実施している会社と、資格認定の協会が別ということもあり、時間がかかってしまった。
「監査士補」の資格を取ると、「金融内部監査士」試験の受験資格が得られる。次は10月にある「監査士」試験の申込だ。さらにその勢いで、国際資格の試験も受験するつもりでいる。

米国でのエンロンやワールドコムの会計不正事件が頻発したこと、日本でもカネボウやライブドアの不正事件、それをチェックできなかった監査法人と、なるべく多くのい利益を上げ、株価を上げ、株主価値を極大化するということも、行きすぎると一線を踏み越え、ルール違反、不正、犯罪に繋がる。なんとか、組織の中にあって、それをチェックするのが、内部監査の役目。これまでは、あまり重んじられていなかったが、米国でも法規制が強化され、日本でも同様の規制強化が議論されている。日本の法整備が実現する数年後には、さらに重要度が増すと思うので、いまのうちに勉強して、とれる資格は取っておこうと思う。その第一歩が、ようやく終了。次に向けてステップ・アップだ。ブログで、合格報告ができるよう頑張らなくては…。

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2006年6月24日 (土)

「団塊の世代」論の自分なりの総括、由紀草一著『団塊の世代とは何だったのか』を読みながら考えたこと

昨日、ある会に参加するために麻布へ行った。地下鉄の白金高輪駅で降りて、桜田通りを少し歩くと、小ぎれいな古本屋がある。麻布での会は、月に1回程度あるのだが、いつも前を通り過ぎていたのだが、先月、ちょと探したい本があって、足を止め、店内に入り棚を丹念に探すと見つかった。

その時探していたのは、しばらく前に関心を持って読んでいた世代論で、団塊の世代を取り上げた『団塊の世代とは何だったのか』(由紀草一著、洋泉社新書)だった。

団塊の世代とは何だったのか (新書y)
団塊の世代とは何だったのか (新書y)

出版から2年あまり経っていて、私がふだん行くいくつかの書店の新書コーナーでは、置いてあるところはなく、ネットでわざわざ注文するほどでもないと思って、そのままになっていたのだ。著者はポスト団塊とも言える1954年生まれの高校の先生で、読んでみると、かなり辛口の団塊批判になっている。カバーの折り返しには、次のように書かれている。

過剰意味づけ、うるさい、自分の主張を押しつける、せっかち、リーダーシップなし、責任を取らない、被害者意識ばかり、…
いまや団塊世代をバッシングする言葉は何らかの緊張感なしに垂れ流されている。
しかし、誰にそう言い切れる資格があるのか?
純粋戦後世代第一号たるこの世代を論じることは、とりもなおさずこの国の戦後が無意識に追求してきたものを論じることに他ならない。
好悪の感情でなく、自分を論じるように、この世代を論じ切ることは、じつに戦後を、身勝手に正当化するだけのろくでもない代物にするか生きる根拠とするか、の分かれ目である。

私がここしばらく、世代論を読んできた結果の、団塊の世代についての自分なりの考えをまとめると、団塊の世代の大多数の人々は、青年期、中年期の不安や危機を、自らの心の内に向け考えることをせずに、その数の力に任せた、外向けの大衆行動の中で、解消してきたのではないかということである。
大学卒業間際の「自分は社会に出て何をするのか?」という課題には全共闘運動による体制批判で、中年期の「自分はこのままでいいのか?このまま人生を終えていくのか?」というミドル・エイジ・クライシスの時期には、バブル経済期の「買うから上がる、上がるから買う」という思考停止の中で、それを推進する現場の担い手の中心として、どちらも「みんなで渡れば怖くない」という数の論理で推し進めてきたのではないか。(「みんなで渡れば怖くない」の言葉をツービート時代に世に流行らせたビートたけしも、1947年生まれの団塊世代である)

私は、団塊の世代は、好き勝手なことをやって責任を取らず、そのツケを次世代の我々に残したと考えてきた。確かに、あまたの団塊批判はそのような論調が中心である。

しかし、最近、そうやって団塊世代を批判しても、自分自身にとって何のプラスにもならないような気がしてきた。

いくつか理由があるが、まず第一は団塊の世代が、前後の世代に比べて人口が極めて多いのは、彼らの世代の責任ではないこと。その直接の原因は、日本という国が戦争を行い、多くの人を戦場に送り、死なせてしまったこと。そして、運良く生き残った人々が、戦後、自らの愛情欲求を満たすべく、パートナーを求め、愛情を確かめ合った結果として、団塊の世代が誕生した訳で、その時代に生まれたのは、彼らの責任ではない。

第二に、いくら他の世代が団塊批判をやったところで、すでに60年近く生きてきた人たちの思考パターンが急に変わるわけでもなく、バッシングや批判は、それを語る人の自己満足にしか過ぎないこと。もちろん、納得できない面はあるが、それを所与のものとして、考えざるを得ないこと。

第三に、団塊の世代のマイナス面ばかりをあげつらっているが、周りの世代も団塊世代にただ乗りしてきた部分もあること。日本がオイルショック等を経ながらも、ある時期まで経済成長が維持できたのも、マス消費世代としての彼らの存在があったからだろう。そういった目に見えないプラス面を評価しないのは一方的過ぎる。

上記の引用文でも書かれているように、この世代を論じることは自らもその一員であった「この国の戦後が無意識に追求してきたものを論じること」であり、それは、とりもなおさず、自分の歩いて来た道を論じること通じるのだと思う。

我々の世代に必要なのは、批判することではなく、団塊世代が依然として社会のマスを占める存在としてある中で、それを前提に、これからの社会あり方や個人の生き方を考えることではないか、一人ひとりがそれを考えていかない限り、社会は、世の中は良くならないのではないかということである。

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2006年6月23日 (金)

ワールドカップ予選、日本完敗

先ほど、ワールドカップの日本対ブラジル戦が終了。前半こそ、33分に玉田が1点先制し、リードしたようだが、前半のロスタイムにロナウドに1点取られ、同点に追いつかれたとのこと。4時に目覚ましをかけていたのに、起きられず、5時に起きて、ちょうど後半開始直後から中継を見始めたが、直後の後半8分に強烈なミドルシュートを食らい、逆転。あとは、見る気がしなかった。結局、その後も2点追加され、1-4で完敗した。

1次予選で、1分2敗。クロアチア-オーストラリア戦は、2-2で引き分けなので、グループFからは、ブラジルとオーストラリアが決勝トーナメントに進出することになる。

最後まで日本らしいサッカーが見られなかったのが残念だ。ドイツ入りした直後の、ドイツー日本戦がピークだったのかもしれない。

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2006年6月22日 (木)

ゲド戦記第1巻『影との戦い』を読み終わる

ゲド戦記第1巻『影との戦い』を読み終わった。この本の主題は、かなり哲学的で、児童文学というには、少々レベルが高いと思う。

ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)
ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)

魔術師の素養を持つ、少年ケドは魔法学院で、自らの尊大さやねたみから、自分に力を過信し、死者の霊を呼び出し、それとともに死者の国から、彼を狙う影を、現世に呼び込んでしまう。その影は、彼を追いかけ、彼を虜にしようとする。ケドは、逃げ続けるが、影は執拗に追いかけてくる。彼は、少年時代に自分を育ててくれた故郷の恩師のもとに帰り、そこで、その影に向かい合い、今度は自ら影を追いかけることを決心する。

おとといの記事で取り上げた、「訳者あとがき」に書いてある通り、自我の影の部分を自らに取り込み、統合する過程を描いた作品といえるだろう。まさに、青年期の課題である本当の自分を知るということを、象徴的に描いた作品だと思う。

以前、同時代ライブラリー版の『影との戦い』を読んだ時も、おぼろげに感じ、今回も読んでいて感じたことだが、この作品は、読んでいて、どこか無機質で、透明で、乾いた印象を受ける。どうしてだろうと考えて見ると、他の児童文学とは違い、主人公であるゲドを筆頭に、登場人物の発言や会話が少ないような気がした。主人公の行動を、著者が淡々と記録しているのだ。

明日に悩む大学生や、中年世代にお勧めだと思う。

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2006年6月21日 (水)

季節の節目、「夏至」

今日は「夏至(げし)」だったそうだ。
美しい日本の言葉を集めてベストセラーになった『美人の日本語』(幻冬舎)を書いた山下景子さんが、季節のことばを集めて『美しい暦のことば』(インデックス・コミュニケーションズ)という本を書いている。その中で、「夏至」を探してみると、

「夏至」は一年で一番昼の時間が長い日です。
また、太陽が最も高くまでのぼる日でもあります。
正午の時間帯では、ほとんど真上から照らされているような形になるので、影も一番短くなります。
日が沈んでからもしばらくはまだ明るさが残っているほどの、太陽のパワーを実感できる日ですね。
ところが、だいたいの地方が、梅雨の真っ最中。太陽の姿さえ見ることができないかもしれません。
(以下省略、『美しい暦のことば』89ページ)

そういえば、TVのニュースで、影が短いということをアナウンサーが言っていた。この本を読んでいたのかもしれない。

もう1冊、『NHK気象・災害ハンドブック』(NHK放送文化研究所、NHK出版)で、「夏至」を調べると、

夏至〔ゲシ〕6月21日ごろ、太陽の黄経90度
1年中で一番昼が長い。梅雨に入り、田植えで農家が最も忙しいころ。しょうぶが咲き始める。
(『NHK気象・災害ハンドブック』111ページ)

東京は、太陽のパワーを感じる日だったような気がする。午後7時過ぎでも、まだ薄明るかった。

季節の変化にもっと敏感になり、気象の変化の仕組みにより詳しくなりたいと『楽しい気象観察図鑑』(武田康男〔文・写真〕、草思社)なんていう本も買い込んでいるが、まだ活用しきれていないのが実態だ。このブログでも、折りにふれて取り上げていきたい。

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2006年6月20日 (火)

ゲド戦記6冊セットと第1巻『影との戦い』

先日、岩波新書の『魔法ファンタジーの世界』(脇明子著)を題材に、記事を書いたが、その中で、何回も取り上げられていたのが、魔法ファンタジーの代表作ともいえるル=グウィンの「ゲド戦記」シリーズ。来月(2006年7月)には、スタジオジブリのアニメ映画が公開される。

前から一度、全作読んでみようかと思っていながら、進んでいなかったので、岩波書店から読みやすく廉価なソフトカバー版が発売されたこともあり、6冊セットで購入。今日から読み始めた。

ゲド戦記 全6冊セット

ゲド戦記の第1巻『影との戦い』(清水真砂子訳)が翻訳され、児童書として岩波書店のハードカバーとして発売されたのが1976年(原作の米国での発表は1968年)で、今年でちょうど30年になる。1992年には第1巻の『影との戦い』が、大人向けの文庫である岩波同時代ライブラリーから発売され、99年には物語コレクションと称して大人を意識した装丁にして大判のソフトカバーで再刊され、さらに映画化を受け、今回は言わば全世代対応でサイズも小型化したソフトカバー版で、装いも新たに登場している。

当初、シリーズは1972年に第3巻『さいはての島へ』の原作が米国で発表され、1977年に日本で翻訳されて以降、長らく全3巻であったが、原作者ル=グウィンは、第3巻発表から18年経た1990年に第4巻『帰還』の原作を発表し、主人公ゲドの青年から壮年、老年までを5冊で描き、6冊目はゲド戦記の世界アースシーを舞台とする5つの物語を『外伝』としてまとめている。

ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)
ゲド戦記 1 影との戦い (ソフトカバー版)

実は、私は、第1巻の『影との戦い』が同時代ライブラリーから出た時に、読んだのだが、当然、その後の巻も同時代ライブラリーから文庫として出されるのだろうと思っている内に、結局、文庫は出ないまま終わり、私の「ゲド戦記」経験も1巻止まりになっていた。

今回のソフトカバー版からは省かれているが、同時代ライブラリー版の巻末には1976年発行時時の「訳者あとがき」が再録され、さらに同時代ライブラリー版のあとがきも追加されている。

76年時の「訳者あとがき」には次のように書かれている。

アメリカの作家で、すぐれた批評家としても知られるエリノア・キャメロンは、この『影との戦い』を論ずるにあたって、心理学者ユングの説をひき、ゲドを苦しめた”影”はふだんは意識されずにある私たちの負の部分であり、私たちの内にあって、私たちをそそのかせて悪を行わせるもの、本能的で、残酷で、反道徳的なもの、言いかえれば、私たちのうちにひそむ獣性ともいうべきものではないかといいました。
もちろん、これはひとつの解釈にすぎませんが、たしかに人は誰も、自我に目覚め、己の内なる深淵をのぞきこんだその日から、負の部分である影との戦いを始めます。それは、否定しようにも否定しえない自分の影の存在を認め、それから目をそむけるのではなく、しかと目を見開いてその影と向かいあおうとする戦いであり、さらにその影を己の中にとりこんで、光の部分だけでなくこの影の部分にもよき発露の道を与えてやろうとする戦いです。困難な戦いですが、おそらくはそれを戦いぬいて初めて私たちの内なる平衡は保たれ、全き人間になることができるのでしょう。
こう考えていきますと、この『影との戦い』は私たちひとりひとりの内なる世界を、その心の成長を象徴的に描いた作品ということができるかと思います。(岩波同時代ライブラリー版『影との戦い』325~326ページ)

このシリーズが、いったん3巻の大賢人となった壮年ケドの活躍で終わったはずのものが、18年を経て90年代の米国で、老年・晩年のゲドが書き継がれたということは、90年代の米国で、ミドル・エイジ・クライシスが問題になっていた事と無関係ではないように思う。ゲドの一生の中で何が描かれ、何が語られるのか、じっくり読むことにしたい。

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2006年6月19日 (月)

第64期将棋名人戦

第64期の将棋名人戦は、森内名人3勝、挑戦者谷川九段2勝のあとの第6局が、15日(木)・16日(金)の2日にわたって行われ、先手番の森内名人が勝って、4勝2敗で名人位を防衛した。
これで、名人位通算4期となり、永世名人の資格を得るまでにあと1期となった。羽生善治王将も通算4期で、中原16世名人、谷川17世名人の後の18世名人の資格をどちらが得るかも楽しみになってきた。

個人的には、40代で同世代の谷川浩司九段の健闘を期待していたが、一歩及ばずだった。

角川書店の角川oneテーマ21という新書から、谷川九段が2000年に『集中力』という本を、羽生善治王将が2005年に『決断力』という本を、出している。読み比べると2人の考え方の違いがわかっておもしろい。どちらの本にも、それぞれ集中力と決断力の大切さは書かれているのだけれど、そこは出版社の商魂のたくましさだろう。

*追記(2006年8月27日)
タイトルを当初の「将棋名人戦」から「第64期将棋名人戦」に変更しました。

*将棋に関する記事(2006年)
4月26日:
『将棋世界』5月号
6月19日:第64期将棋名人戦
8月2日 :将棋名人戦、朝日新聞に
8月27日:米長邦雄将棋連盟会長の『不運のすすめ』
9月9日 :森内俊之名人から見た羽生善治3冠
9月20日:将棋名人戦、朝日・毎日の共催へ協議開始
11月18日:郷田真隆九段の揮毫「晩成」
12月23日:第19期(2006年)竜王戦-佐藤康光棋聖及ばず、渡辺竜王に立ちふさがる最後の壁は羽生3冠
12月30日:将棋名人戦、毎日・朝日両新聞社の共催の詳細固まる

*上記記事を含め、このブログの将棋に関する記事の一覧はこちら→アーカイブ:将棋

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2006年6月18日 (日)

デザイン変更、支笏湖と風不死岳

Photo_2
6月も半ばを過ぎ、久しぶりにブログのデザインを変更した。これまでは、ココログの出来合いのリッチ・テンプレートから選んでいたが、今回は、少し自分でカスタマイズしてみた。

タイトル画面は、支笏湖と1103mの風不死(ふっぷし)岳(右)、左奥が樽前山で平べったく見えるのが樽前山の溶岩ドームだ。去年の5月29日にデジカメで撮影した写真を、ブログのタイトルの大きさにあわせて、上下をカットし、バーチャル・ペインターというソフトで加工した。

支笏湖は、札幌から車で1時間ほど。空の玄関「千歳空港」からは、もっと近く車で30分程度だ。先日、東京で盛大なお祝いの会をしたN先生が、一昨年の11月半ばに、札幌に来られた時は、飛行機が到着するお昼時に、車で空港まで迎えに行き、その足で、支笏湖にご案内し、地元では有名な丸駒温泉にお連れして、夕方、札幌に戻った。

11月の支笏湖は、冬の到来間近で、風も冷たかったが、半年後の5月に再度訪ねた時は、風も気持ちよかった。

「支笏・洞爺国立公園」の一部であるが、地図で見ていると、近そうに見える支笏湖と洞爺湖も、100Kmは離れているのと思う。近いと思って車で走り、なかなか辿り着かなくて、参ったことを思い出す。北海道は広い。

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自分らしく生きること、自己実現

前回に続き、海原純子著『こころの格差社会』(角川oneテーマ21)を題材に考えてみる。

こころの格差社会―ぬけがけと嫉妬の現代日本人 (角川oneテーマ21)
こころの格差社会―ぬけがけと嫉妬の現代日本人 (角川oneテーマ21)

『他人に振り回されてへとへとになったとき読む本』(青春出版社、2003年)は、女性を読者層に想定した、自分らしい生き方をテーマにしたものだったが、その後、この3年ほど、内面的な成長・充実といったことは十分議論されることはなく、人から見た基準での「勝ち組・負け組」論が横行していること、ベストセラーとなった『下流社会』(三浦展著、集英社新書)の中で、「自分らしく生きる」ということが、「自分の世界に閉じこもり、上昇努力を放棄した下流の人々の行動パターン」のような形で否定的に書かれていることもあって、この本では、本当の意味での「自分らしく生きること、自己実現」とは、何かを改めて問いかけている。

『下流社会』では、上流と言われる人が、内面的に充実しているのかどうかは、全く議論されていない。上流とは、高学歴、高所得とのイメージであり、世間的でいう成功者であり、勝ち組である。『下流社会』の著者の意図は、彼の言う「自分らしく生きる」ことに逃げこみ、階層上昇のための努力を放棄し下流に甘んじる人々に対して、「本当にそれでいいのか?」と警鐘を鳴らすことにあったと思うが、「下流=負け組」との受け取られ方をされ、一般には、「勝ち組・負け組」議論を助長した本と思われている。

私も、自分の子どもに、「自分らしく生きる、自分の好きなことを見つける」ということを強調するあまり、社会で生きていく基本を身につけるために、学校ではきちんと勉強し、成績が少しでも上がるよう地道に努力するということの大切さを教えることが疎かになっていたのではないかと、『下流社会』を読んで、少々反省した。

『こころの格差社会』の中で、著者は、自分らしく生きること・自己実現というものは、本来そのようなレベルのものではないと説く。著者は「マズローの欲求レベル」を引き合いに、人間の欲求レベルを説明する。

1.「生理的欲求」-最も基本的な欲求、ものを食べる、排泄する、性欲など
2.「安全欲求」-安全な住まい、マイホームがほしいなど
3.「愛と所属の欲求」-愛し愛され、家族を持ち、よりどころを持ちたい
4.「社会承認欲求」-社会の中で職業を持ち、認められたい
5.「自己実現欲求」-自分らしい固有の人生を送りたい

4.の社会的承認欲求までが、自分の外側に向かって求める条件、5の自己実現欲求は、自分の内側に潜むものを実現しようという願い、まさに自分らしく生きるということである。

今回、この本を読んで、自分の中で整理できたことがあった。本当の意味での「自分らしさ」を求めるようになるまには、時間がかかるということである。著者は次のように語る。

自己実現欲求というのはその前段階の4つの欲求、「生理的欲求」「安全欲求」「愛と所属の欲求」「社会承認欲求」が満たされた上でないと生まれないもので、自己実現欲求が生じたにしても、それを満たすために行動するには、前の4段階をクリアしていないと土台がぐらついたものになる。(中略)
「自分らしく生きる」というのは、まず条件として、「生理的欲求が満たされていて、住む場所があり、平和で、社会参加し、家族や、家族がいなくても愛する人や動物がいることが必要なのである。
この段階までをクリアするのにはある程度時間がかかる。(中略)だからまずは、この社会的承認欲求までを満たすべく努力するのは間違いではないだろう。
今の日本の多くの人々が行き詰まって満足感がないのは、各々立場や環境は異なっても、みなが全員ベクトルを外側にむけつづけ「個人のなりうるもの」を達成していないからである。ベクトルを外にむけ、外的条件を求めつづけるから不満が起きているのである。(『こころの格差社会』171~172ページ)

「社会的承認欲求」が満たされて初めて、「自分らしく生きる・自己実現」ということが、問われてくるということを考えれば、それには程遠い子どもをつかまえて、「自分の好きなことをみつけ、自分らしく生きる」ことを求めることが、性急過ぎたことがわかる。
(もちろん、子どもにも、自分が何をしている時が楽しく、何が好きなのかを考えさせることは、無駄なことではないと思うが、その前に、規則正しい生活が送れ、社会的常識を身につけ、自分ひとりでも生けていける力を養うことの方が、より重要だろう。)

「中年の危機」(ミドル・エイジ・クライシス)は、ある程度「社会承認欲求」が満たされているからこそ、生じてくる問題なのだろう。

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2006年6月17日 (土)

夫在宅ストレス

おととい、海原純子著『こころの格差社会』(角川oneテーマ21)を読み終わった。

こころの格差社会―ぬけがけと嫉妬の現代日本人 (角川oneテーマ21)
こころの格差社会―ぬけがけと嫉妬の現代日本人 (角川oneテーマ21)

著者は、心療内科医。以前から、臨床体験などをもとに、周りに振り回されずに自分らしく生きることをテーマにした『他人に振り回されてへとへとになったとき読む本』(青春出版社、2003年)などを多くの著作を世に出している。

この本は、「自分らしく生きるとは、自己実現とは何か」をテーマに書かれており、それについては、改めて書くとして、今日は、この本の中で著者が引用していた詩が大変おもしろかったので、少々長くなるが、孫引きして、紹介したい。

「夫の定年後」
作者:ジュディス・ヴィオースト(アメリカ)

わたしが掃除を終えると、
夫はほこりが残っている箇所を指摘する。
わたしが炊事をしていると、
夫は味付けの失敗に目を光らせる。
わたしが植木に水をやっていると、
夫はそばで指導する。
ありがたく思え、と夫は言う。
ありがたすぎて熱が出そう。

わたしが食事のあとフロスを怠ると、
夫は蔑みの目で見る。
わたしが500グラムでも体重を増やすと、
夫は警告を発する。
わたしが猫背で歩くと、
夫は背筋をぴんと伸ばせとたしなめる。
せめておれがいっしょのときは、と夫は言う。
今じゃ、四六時中いっしょにいるじゃない。

わたしが本を読んでいると、
夫は話しかけてくる。
わたしが、電話で友だちと話していると、
夫は横でしゃべる。
わたしがスーパーに買い物に行くと、
夫は必ずついてくる。
ひとりじゃ不便だろう、と夫は言う。
ふたりじゃもっと不便よ。

わたしが眉毛を整えていると、
夫は隣に座る。
わたしが髪をブローしていると、
夫はとなりに立つ。
わたしが足の爪を切っていると、
夫は爪を切りたがる。
”苦楽をともにする”って、
そういうことじゃないと思うんだけど。

わたしが一秒一秒をどう過ごしているか、
夫は常に観察している。
わたしが服にどれだけお金をかけているか、
夫は把握している。
定年がくる前、わたしは夫に、
何か趣味を持ちなさいと勧めた。
だからって、なにも
妻を趣味にすることは内ないじゃないの。
(『晩恋』菜畑めぶき訳・ランダムハウス講談社)
(『こころの格差社会』151~154ページ)

会社人間として生きてきた夫が、「社員」というアイデンティティーを失うと、他に「自分」というものが見つけられないのに対し、子育てを終えた妻は、ひとあし先に、失った「いい母」というアイデンティティーの穴を埋めるため、いい妻、いい母以外の自分を見つけ始めている。その精神面での夫と妻のギャップの中で、家にいて何もしない夫を前にして、妻が抱えることになるのが、「夫在宅ストレス」ということらしい。

このような夫にはならないよう、今からいろいろ考えておかなくては…。

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2006年6月14日 (水)

桜島の噴火

桜島が噴火しているらしい。12日(月)に福岡管区気象台と鹿児島地方気象台の連名で2000年10月以来の臨時火山情報が次の通り発表された(見出し部分のみ)。

桜島の昭和火口付近の噴火活動が活発化しており、今後、従来の南岳山頂火 口で発生していた噴火と同じような噴火が発生する可能性が高くなっていま す。 南岳山頂火口に加え、昭和火口付近での新たな火口の噴火活動に注意してく ださい。 <火山活動度レベルを2から3に引き上げました。>

鹿児島を訪ねれば、市内の至るところから錦江湾に浮かぶ桜島の雄姿を、眺めることができ、貴重な観光資源になっている一方で、地元の人達にとっては、厄介ものでもある。
私が就職直後の勤務は、地元でもある福岡にある支店。九州一円を担当する支店だった。3年目に、熊本・鹿児島を担当することになった。月に2回ほど出張がある。
私は、通常の場合は、1泊2日の行程を組んでいた。初日早朝、博多駅からJR九州の特急に乗車、朝9時に熊本に入り、1日熊本市内を回る。夕方5時過ぎに再びJRの特急に乗り、8時過ぎに鹿児島に入り、宿泊。翌朝一番から鹿児島市内を回り、1日取引先を回った後、今度は、市内から高速バスで1時間ほどかけて鹿児島空港に向かい、飛行機で福岡空港に戻るという行程だった。

鹿児島で、今ぐらいの時期から夏場にかけて悩まされたのが、桜島の灰(=火山灰)だった。桜島にも、活動が活発な時期と穏やかな時期があり、一定の周期でそれを繰り返している。私が中学2年の修学旅行で鹿児島を訪ねた時は、灰など全然降っていなかったのに、仕事で通った1985年~86年の頃は、活動期だったらしい。

ある時など、桜島の火口から噴煙が上がったと思うと、みるみるうちに、鹿児島市内の方に噴煙が流れてきて、10分もしないうちに、バラバラと灰が降ってきた。普段、身の回りで目にする灰というよりは、褐色の砂という感じである。激しい時は、それが、雨のように頭の上から降ってくるのだ。砂場の砂よりも、少し油っぽい感触で、髪の毛や顔につくと、べとついて気持ちが悪い。厄介なことに、雪とは違って溶けないので、溜まる一方である。勿論、灰を吸い上げる清掃車が掃除をして回るのだが、全部の灰を吸い取ることは不可能で、残った灰は、建物や道路の隅や角の凹んだところに溜まっていく。風が強いと、頭の上から今噴火している灰が降ってきて、下から街中のあちこちに溜まっていた灰が、風で巻き上げられるという上と下からの灰攻撃を受ける時もある。

活動の周期のほか、風向きもにも影響されていて、夏場に鹿児島市内に灰が降るのは、東の大隅半島側から薩摩半島側の鹿児島方面に向けて風が吹くかららしい。冬場になると、今度は風が西から東へと吹くので、鹿児島市内は灰の被害から免れるらしい(その分、冬は大隅半島側の人々が苦労されているのだろう。)

臨時火山情報まで出されたということは、これからしばらくは活動期に入ると言うことだろう。夏場に、鹿児島に行く予定のある方は、念のため、灰よけとして、折りたたみ傘を1本鞄にいれておくことをお勧めする。

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2006年6月13日 (火)

応援団長

先々週の土曜日、小6の長男の運動会だった。彼からは、「白組の応援団長になった」と言われていたが、不勉強な父である私は、自分の通っていた高校の運動会を思い出し、白組全体を統率するリーダーである団長が別にいて、更に応援を専門にやる応援団があり、あくまでも応援専門の応援団長なのだろうと勝手に思っていた。

いざ、当日、出かけてみると、別にリーダーを務める団長がいるわけではなく、応援団長は、全体のリーダーをも兼ねる存在だった。開会式では、昨年の優勝旗を紅組の応援団長が、準優勝のトロフィーを白組の応援団長である我が長男が、それぞれ校長先生に返還し、運動会の競技が始まった。

いつもは、家でアニメやお笑い番組にうつつを抜かし、2年前から通っている剣道も最近はさっぱりヤル気が感じられず、もちろん熱心に勉強をするわけでなく、親としてもどうしたものか?と考えることが多かった。地道に努力しない割には、目立ちたがり屋で、以前このブログでも書いたように(3月25日「担任の先生は選べない)、3~4年の時の担任の先生からは、何かと否定的に見られていた。

しかし、今回は白組の1年生から6年生までのメンバーの先頭に立って、大きな声を張り上げ、一生懸命に応援し、時には、おちゃらけて笑いも取りながら、堂々の団長ぶりだった。
何よりも、親としてうれしかったのは、彼が本当に楽しそうに団長の仕事をしていたことだ。
その甲斐があってか、対抗戦では、4年ぶりに白組が勝利。長男は、閉会式で優勝旗を受け取ることができた。

いくら、本人が応援団長をやりたいと言っても、先生や周りの同級生達が、おまえなら任せても大丈夫と思ってくれなければ、できないだろう。団長になれたということは、なんとか、周りに認めてもらえるだけの力量と人望があったということだろうし、無事、その役目を果たせたことは、本人にとっても得難い貴重な経験だったと思うし、自信もついたのではないかと思う。
親としては、任せてくれた先生方や周りの同級生の皆さんに、感謝の気持ちで一杯だ。

その後も、長男の日常生活に大きな変化があったわけではないが、この経験の中から、人生にとって大切ないろいろなことを学んでくれているに違いないと思っている。

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2006年6月12日 (月)

残念、日本完敗

先ほど終わったワールドカップ予選、残念ながら、日本はオーストラリアに1-3で完敗。
前半は1-0リードで折り返したが、後半、追いつかれてから、浮き足だった感じで、あっという間に逆転され、同点に追いつきたいロスタイムに更に1点取られてしまった。
再三、ゴールキーパーの川口のファインセーブに救われていた面があったので、実質はもう少し差があったかもしれない。選手には、あとの2試合腐らずに、納得できる試合をして欲しい。

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2006年6月11日 (日)

雨の日の漢字検定

東京も、6月9日(金)に梅雨入りということらしい。(気象庁:「平成18年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」

去年の梅雨時には、単身赴任で札幌にいて、梅雨とは無縁の生活だった。北海道には梅雨がないからだ。
週末になると、車で、道の駅と温泉巡りをしたり、札幌市内を一望できる531mの藻岩山に1時間かけて登ったりと、快適な週末を過ごしていた。

今年の東京は、五月晴れといえるような晴れの日が平年より少なかったのではないだろうか。肌寒い曇り空と小雨の日が多かったような気がする。五月晴れに振られ続けて、気づいたら梅雨というのが、今年の実感だ。

我が家の6月は、先週3日(土)が小6の長男の運動会、昨日10日(土)が中3の次女の運動会と続き、今日は、数年前から家族で受検を始めた漢字検定の平成18年度の第1回の試験日だった。朝から、雨が降る中、朝は長女、昼は次女、午後は長男と、それぞれの受検級に応じて、小平にある受検会場に向かった。私の記憶にある限り、これだけ雨に降られた漢字検定は初めてだったように思う。

漢字検定は、6月、10月、2月の年3回試験があり、今や年間240万人を超える志願者数だそうだ。10級から1級まで、小学校では学年に応じた級の設定があり、5級で6年生終了レベル、4級、3級が中学レベル、準2級、2級が高校生レベルで、2級が常用漢字全てと人名漢字285字が出題範囲で、社会人としては2級がひとつの目安だろう。準1級から上は、日常生活では使わない漢字も出てきて、受検者も極端に少なくなる。なお、準2級までは、正解率70%が合格の目安だが、2級以上は80%になる。

受検を始めた時は、いずれは家族全員が2級取得を将来の目標に、その時点の自分の実力にあわせて、受検を始めた。
漢字にはそれなりに自信を持っている父(私)は、準2級から受け始め、2級まではすんなり合格。1回休んだあと、1ランク上の準1級に挑戦。2度不合格の屈辱を味わった末、3回目にしてようやく合格。1級はあまりに難易度が高いので、とりあえず準1急で満足している。
あまり漢字に自信がなかった妻は、5級から受検を始めも、準2級までは順調に進んだが、2級の壁が厚かった。何度も涙をのみ、昨年の10月にようやく2級の壁を突破し、目標到達。
私の単身赴任中は、3人の子供たちは、鬼の居ぬ間の何とやらで、母親が2級突破に必死になっているのを横目で見ながら、なんやかやと理由を付けては、試験を受けていなかった。
私が、家に戻り、それは許さないと、半ば、受検を強要し、今回は、高3の長女が2級、中3の次女が3級、小6の長男が6級を受けた。結果が出るには、3週間。長女と次女は、早々と白旗を揚げていて、捲土重来を期す必要がありそうだ。

子供たちに、漢字検定を無理にでも受けさせてきたのは、「読み、書き、そろばん(計算)」と言われるように、何を学ぶのにも「読みと書き」が基礎となることが一番だが、学年に応じて級が設定されており将来にわたり長く続けられること、スタートの段階で子供だけに受けさせるのではなく、親も一緒に参加できたからである。 自分たちが日常使っている、漢字の世界に興味を持ってもらい、正しく使える大人になって欲しいというのが、親の切なる願いである。いつか、気がついてくれることを信じて、また10月も、3人の子たちの受検の申込をするつもりだ。

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2006年6月 8日 (木)

愚痴りたい女、解決したい男

結婚して20年近くになるが、未だに夫婦の会話の中で、うまく噛み合わないことがある。
だいたいにおいて、妻が自分の身の回りのことに様々な不満があって、愚痴を言い出すのが始まりだ。
話かけられた私は、つい職場での思考パターンで「妻はその不満な状況・状態を何とか改善・解決していたいと思って、私に意見を求めているのだろう」と考え、「こうしたらどうだろう?」、「ああすれば、良いのではないか」となり、テンションが上がってくると「こうするべきだ!」と断定口調になってくる。
そうすると、妻の方は、「ただ、私は話をきいてもらえれば、それでよかったのに」と、多少しらけ気味になってくる。だったら、最初からそう言ってくれればいいのに、と思うのは私だけだろうか?

そんなことを考えていたら、最近読んだ集英社新書の5月の新刊『大人のための幸せレッスン』(志村季世恵著、サブタイトル「自分を幸せにする31の方法」)の中で、幸せレッスン12として「<悪口>と<問題解決>を区別する」という一文に出会った。

セラピストである著者のところには、様々な人が訪れる。レッスン12で登場するTさんは、少々うつ病ぎみ。伝統ある旧家の本家の嫁として、姑、小姑と同居し、しきたりや体面ばかりが重んじられる生活の中でストレスも多い。自分のうつの解決のヒントを求めて通院しているはずなのに、来院すると、夫ををけなし、姑や義姉妹をののしるばかりで、本来の問題解決について考える前に、カウンセリングが終わってしまうことが続く。そこで著者は、自らの経験の託して問いかける。

「私もね、ときどき自分の心の中の悲しみや苦しみを、誰かにわかってもらいたいときがある。解決の糸口やアドバイスが欲しいのではなくて、愚痴に付き合ってほしいと思うことがあるから。あなたも、そういうのと同じで、ご主人に嫁として頑張っていることをねぎらってもらったり、愚痴に耳を傾けてほしかったのではないかなって思って」(『大人のための幸せレッスン』84ページ)

その言葉に泣き出してしまったTさんは、

「カウンセリングを受けていても、自分の気持ちを見つめるよりも、主人への、<苦情や悪口>を聞いてもらいたいって、そう思っていました」(同書85ページ)

と語り、自分の心の動きに気づいていく。著者は、<苦情や悪口>モードと<問題解決>モードを区別し、人に話すときも、自分がどちらのモードなのか明らかにすることを勧める。

なぜなら、この二つのモードは向かっている方向がまったく異なるからです。<苦情や悪口>モードは自分をわかってほしいほうに向いている。これは解決とは違う方向です。この二つのモードに同時に入ろうとすると、どちらにも進めずに苦しむことになるのです。(同書88ページ)

実は、この本は、最近少々疲れ気味の妻にと思って買ってきたのだが、大学受験を控えた長女の方が先に読んで気に入り、ならばと私が読み、2人で妻に勧め、現在、妻が読んでいるところだ。

これから、妻に「ねえねえ、きいてよ」と声をかけられたら、こちらも、お互いの時間を無駄にしないためにも、「愚痴を聞いて欲しいだけ」なのか「問題の解決策を考えて欲しい」のか事前に確認するようにしよう。

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2006年6月 6日 (火)

リメイク版「Shall we dance?」が描こうとしたもの

「Shall we ダンス?」の周防正行監督は『小説版Shall we ダンス?』(幻冬舎文庫)では、映画とは違った結末を描いているのだが、この文庫は、リメイク版が日本で公開されるタイミングで増刷されたようで、私の手元にある本の表紙はイラストではなくリチャード・ギアとジェニファー・ロペスが踊っているリメイク版の1シーンがコラージュしてある。
(日本版のファンで、まだ小説を読んでいない方は、ぜひ一読を勧めたい。映画では、直接、表現されていない背景のディテールや監督の思いが随所に散りばめられている)

監督自身の「あとがき」も2種類あって、本来の「あとがき」に加え、増刷の際に追加されたと思われる「アメリカ・リメイク版によせて」という文章がある。 監督がカナダにリメイク版の撮影の見学に行った時、主演のリチャード・ギアから、次のように言われたという。

「オリジナルは日本文化が重要なキーになっている。つまり、日本では、見知らぬ男女が人前で抱き合って踊ることはタブーだ。しかし、アメリカではタブーではない。それでは、どうやってオリジナルのストリーをアメリカに移し替えるか。そこで、アメリカ人にとってタブーは何かと考えた。それは、自分が不幸であると表現することだ。」(『小説版Shall we ダンス?』幻冬舎文庫版315ページ)

それは、どう表現されたのか。監督は次のように語る。

(前略)離婚もしておらず、経済的にも恵まれていて、郊外の一軒家に素行に問題のない子供たちと一緒に住んでいるという状況、これはまさに現代アメリカの理想の家族だ(ということらしい)。その理想の家族の夫が、ある日、(中略)ダンスを習い始める。
 なぜか?
それは、自分でも気がついていなかった「不幸」が自分の中にあるということだった。ダンスを習いながら、アメリカの理想の夫はそのことに気づくのだ。(中略)隠さなければならなかったのは、ダンスを習う理由だった。
(同書315、316ページ)

だからこそ、ダンス会場から立ち去る妻と娘を追いかけて、理想の夫は必死で弁解しようとしたのだろう。

アメリカのタブーが破られた時、夫婦は別れてしまうのか?
いや、そうではない。タブーが破られることで、却ってより深くお互いを理解しようとし、その結果、絆が強まってゆく。そういった夫婦の再生の物語がリメイク版アメリカ映画の目指したところであるようだ。(同書316ページ)

リメイク版の製作が決定する以前、日本版のオリジナルをアメリカで公開したとき、監督は決まって2つのことを訊かれたという。

「どうして奥さんはパーティーに一緒に行かなかったのですか」
「このあと、夫婦はどうなるのですか」
実は、この質問に答えることが、アメリカ・リメイク版のテーマだったと、いうこともできるかもしれない。

ちなみにアメリカ版は、二つの質問の答えをはっきりと示して終わる。いや、夫婦のこれからだけではない。主要登場人物のその後までも見せてくれるのである。  アメリカ人がリメイクしてまで見たいと思ったもの。それは、幸せな隣人たちの囲まれた、幸せな家族の姿だった。

リメイク版は、やはり主人公とその妻の関係のあり方、その変化が最大のテーマだったということだろう。確かに、妻の描かれ方と反比例するように、日本版オリジナルでは、あれだけ存在感のあるダンス教室の先生(舞)は、リメイク版(ポリーナ)では影が薄い。

オリジナルでは、主人公と舞との関係も、主人公と妻昌子の関係も、これから、まだどうなるかわからないというところで終わっている。しかし、果たして、現在、同じテーマで日本で映画化した時、同じ描かれ方になるだろうか?

「中年の危機」というテーマは、それなりに普遍性があると思う。オリジナルでは、役所広司演じる主人公杉本の危機が描かれているが、裏を返せば、それは原日出子演じる妻昌子の「中年の危機」とも言える。
日本でも女性の意識は、この映画が作られた10年前とは大きく変化している。現在なら、主人公の妻は昌子のように黙ってはいないだろう。

映画としては、その感情表現の繊細さ含め、日本版オリジナルの方がはるかに味わい深く余韻が残る作品だと思うが、描かれる夫婦の姿は、(現実とは違う理想の姿かもしれないが)アメリカの方が一歩先を行っているように思う。

これまでの「Shall we ダンス?」関連の記事はこちら
5月6日:「Shall we ダンス?」を見る
5月13日:周防監督が書いた「『Shall we ダンス?』アメリカを行く」
6月5日:ハリウッド・リメイク版「shall we dance?」と日本の「shall we ダンス?」の違い
6月6日:リメイク版「Shall we dance?」が描こうとしたもの(本編)

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2006年6月 5日 (月)

ハリウッド・リメイク版「shall we dance?」と日本の「shall we ダンス?」の違い

先日、書きかけながら消えてしまった、ハリウッド・リメイク版の「shall we dance?」と日本版の本家「shall we ダンス?」との違いについて、改めて考えてみる。 (MovieWalkerのリメイク版とオリジナルの比較はこちら) 

大筋で日本版のストーリーを踏襲しているリメイク版の中で、違いが際だつのが、主人公の妻のあり方だ。

日本版の主人公杉山(役所広司)の妻昌子(原日出子)は専業主婦だが、リメイク版の主人公ジョン・クラーク(リチャード・ギア)の妻ビヴァリー(スーザン・サランドン)は部下も持つキャリア・ウーマンとして描かれている。その違いは、そのまま夫との関係の違いにもなる。 昌子とビヴァリーの違いを示す映画の場面はいくつかあるが、印象的だったのは、以下の5つである。

(1)映画の始まりのところで、描かれる2人の姿は、対照的だ。日本版の妻昌子を見て、「三食・昼寝付」という言葉を思い出した(いまやそんな言葉は誰も使わないが…)。夫抜きでは、彼女は生活できず、経済的に夫に依存している。住宅ローン返済のため、パートを始めたことが語られるが、働き始めたことが、昌子にどういう影響を与えたのかは、映画では描かれてはいない。 一方の、ビヴァリーはキャリア・ウーマンと妻・母をこなす活動的な女性。相応の収入もあると思われ、もし離婚するようなことになっても十分生活していく経済力はある。経済的に夫から独立している。

(2)途中、夫の素行調査を私立探偵に依頼するところは、同じだが、ビヴァリーは探偵に対し、「人はどうして結婚すると思う?それは自分の人生の証人がほしいからよ」と語る。夫婦がお互いに相手の人生の証人になっているという点で、対等であることをあらわしていると言えよう。日本版では、このような人生論めいたことは、妻は一切語らない。ただ、夫が何をしているのか心配しているだけである。

(3)夫が家族に隠れて出場したダンス競技会に、探偵に教えられやってきた母と娘。娘の応援に主人公が動転し、他のペアと接触し、パートナーのスカートを破いてしまう。その後、母と娘は会場から出て行くが、リメイク版では、主人公は妻を駐車場まで追いかけ、必死に弁解する。「いまでも十分幸せなのに、さらに何かを求めたことが恥ずかしい」と。 日本版では、妻を追いかけることはせず、その日の夜の自宅のリビングでの夫婦の会話に場面になる。日本版では、主人公は言葉少なく、「なぜダンスなの?」という妻の質問には直接答えず、「所詮、自分には似合わないから、もうダンスやめる」とだけ語る。

(4)主人公のあこがれた女性(日本版の舞、リメイク版のポリーナ)がイギリスへ出発する前の送別パーティに、日本版では妻は参加しないが、リメイク版では、主人公が妻ビヴァリーを連れて行き、ポリーナとビヴァリーは対面する。(リメイク版では、妻がパーティに来ることになるところが見せ場の一つだが、さすがにまだ映画を見ていない人に悪いので、ここには書かない)

(5)映画の本編が終わったあとの、エンディングで、リメイク版では、登場人物のその後を示すシーンがいくつか登場する。その中で、主人公と妻ビヴァリーがキッチンで楽しそうに踊るカットがある。日本版では、将来の夫婦の姿は全くわからない。

これを、日米の文化の違いとのみ考えるのか、日本の夫婦の将来像としてリメイク版を見るかは、意見の分かれるところだと思う。

この先を書きあぐねていたら、周防正行監督自身が書いた『小説版Shall we ダンス?』(幻冬舎文庫)のあとがきの中に、その答えらしきものを見つけた。今回も長くなってしまったので、それについては、次回、改めて書くことにしたい。

「Shall we ダンス?」関連の記事はこちら
5月6日:「Shall we ダンス?」を見る
5月13日:周防監督が書いた「『Shall we ダンス?』アメリカを行く」
6月5日:ハリウッド・リメイク版「shall we dance?」と日本の「shall we ダンス?」の違い(本編)
6月6日:リメイク版「Shall we dance?」が描こうとしたもの

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2006年6月 4日 (日)

最近の本の読み方「ポスト・イット見出し用を使う」

今から、4年ほど前に、『声に出して読みたい日本語』で一躍有名になった齋藤孝氏が、角川書店から『三色ボールペンで読む日本語』という本を出した。自らの読書法を開陳した本で、

まあ大事なところに青の線
すごく大事なところに赤の線
おもしろいと感じたところに緑の線

という解説が外箱に書いてあり、さらにパイロット社特製のの3色ボールペンがセットで販売されるという珍しい本だった。(さすがに、文庫化されたものにはボールペンは付いていないようだ)

三色ボールペンで読む日本語
三色ボールペンで読む日本語

三色ボールペンで読む日本語 (角川文庫)
三色ボールペンで読む日本語 (角川文庫)

なかなか、おもしろいと思って、さっそく何冊か3色ボールペンを片手に線を引きながら、読んでみたが、結局、続かなかった。本にボールペンで線を引くということに、どうしても抵抗があって、結局、仕事関係のノウハウ本や、お手軽な新書類で試していたのが、かえって良くなかったのかも知れない。

二度、三度と読み返すほどの内容でもないとなると、以前書いた様に、収納スペースの狭い我が家では、ブックオフ行きの対象になる。ブックオフでは本の内容は関係なく、発売されて間がなく、汚れていないほど高く買ってもらえるという仕組みなので、お手軽な新書は、汚さないようにさっさと読んで、大した内容でなければすぐ売るというのが、効率的な訳で、3色の線を引いて徹底的に本を汚す齋藤式は、我が家の実情には、あわなかった。

最近は、3Mの「ポスト・イット」の一番小さい「見出し用」(50mm x 15mm)を本と一緒に持ち歩き、おもしろいと思ったり、気になったりしたところに、とにかくペタペタと貼るようにしている。ブログも、読んだ本をネタに書くことも多くなり、引用なども多くなって、何も手がかりがないと、また本をめくり直さなくてはならなくなり、それが面倒で、結局、書かないということになってしまう。

『魔法ファンタジーの世界』を題材にしたブログはそうやって書いた。これなら、我が家に実情にもあっているし、続けられそうな気がする。グーグルで、「ポストイット」で検索したら、すでに、そういう使い方を紹介したホームページがあったので、敬意を表してリンクを張らせていただくことにする。(「ちびポストイットを使おう」)

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2006年6月 3日 (土)

ファンタジー全盛の中で考えること(3)-「善」と「悪」の戦い?

前々回前回と『魔法ファンタジーの世界』から、長々と引用させてもらったが、私が最近、子供たちが見ているアニメを見ていて、感じていたこととすごく近い気がしたからだ。

魔法ファンタジーの世界 (岩波新書)
魔法ファンタジーの世界 (岩波新書)

最近、子供たちの間で流行っているアニメは、我々が住んでいる現実世界とは、違うルールで動いている別の世界での話が多くなっているような気がする。

それが、いわゆるこれまでファンタジーと呼ばれてきた範疇に入るものなのかどうかは何とも言えないが、別の世界は、霊界であったり、未来社会らしきところであったり、いずれにせよ、現実世界とは違うルールで動いており、しばしば魔法や超能力のようなものがまかり通り、闇の世界の支配者や絶対悪のような存在がいる。

一方、主人公には、常人にはない超人的な能力や霊力が潜在している。悪役に窮地に追い詰められた主人公は、最後は、潜在的に持つ超能力や霊力で、窮地を脱するし、それはしばしば、相手を殲滅し殺戮という形で終わる。見ていて、何の得るところも無いし、楽しくもない。

作者は、心を病んでいるのではないか?自分の中の、不安やいらだちを、そのような形で漫画として表現しているだけではないか?それを喜んで読むファンがいて、それがアニメとなり更に多くに見られるようになる。どこか、間違っていないか?
我が家では、TVゲームは買っていないので、ゲームの世界の話はわからないが、似たりよったりだろう。

著者は言う。

そもそも、なぜこれほど恐ろしいもの、グロテスクなもの、血みどろなものが求められるようになったのだろう。ここでは、その謎にまで踏み込んでいく余裕はないが、現在の魔法ファンタジーがそういう需要にも支えられたものだということは、気にかけておかねばならない。魔法ファンタジーによくある「善」と「悪」の戦い、「光」と「闇」の戦いとはいう構図には、たしかに人間の暴力への欲求、だれかを痛めつけることへの欲求を、野放図に解き放ってしまいかねない恐ろしさがあるのだ。(同書98ページ)

優れた良質のファンタジーは、そのようなものではないはずだ。ファンタジーという枠組みだけを借りた、単なる俗悪なファンタジーもどきがはびこっていないか?リアリズムの作品であれば、到底受け入れられないものが、蔓延していないか?自分の身の回りをもう一度、見直す必要があると思う。何を読み、何を見るべきか(あるいは見るべきでないか)、親として子供たちに対しても、語りかける必要があるだろう。

ちなみに、『魔法ファンタジーの世界』という本では、私がとりあげたような話題は、そのほんの一部であって、その大部分は、優れた良質なファンタジーについての評論であり、特にそのルーツである、ヨーロッパ各地の伝説や神話について語っている部分は一読の価値があると思うので、念のため。

『魔法ファンタジーの世界』関連記事
6月3日:ファンタジー全盛の中で考えること(1)-何でもありの世界
6月3日:ファンタジー全盛の中で考えること(2)-「正義」だと信じるあやうさ
6月3日:ファンタジー全盛の中で考えること(3)-「善」と「悪」の戦い?
6月20日:ゲド戦記6冊セットと第1巻『影との戦い』

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ファンタジー全盛の中で考えること(2)-「正義」だと信じるあやうさ

前回、リアリズムの世界が制約があって書けないことも、ファンタジーであれば書けてしまうというところまで書いたかが、これによって新天地が開かれたのが、冒険物語であると著者は語る。

19世紀の冒険物語は基本的にリアリズムで、ヴェルヌの空想科学小説が異色だが、20世紀に入ってこのジャンルが急速に衰退した理由ははっきりしている。その理由のひとつは、主人公の行く手をはばむ敵として、人食い人種、インディアン、敵国の人間などを気楽に使えなくなったことであり、もうひとつは、(中略)交通手段、通信手段が便利になりすぎて、「ジャングルの中で行方不明」といった状況がリアリティを感じさせにくくなったということだ。(『魔法ファンタジーの世界』68ページ)

(中略)新天地の可能性が明らかになるにつれて、以前ならリアリズムの冒険物語作家になったはずの人たちが、大挙してファンタジーの世界になだれこんでくることになった。(同書69ページ)

ここで、問題が生じて来る。

リアリズムの冒険物語における敵は、どんなに凶悪でも人間は人間だし、ライオンや大蛇の場合は危険なだけで悪とは言えないわけだが、ファンタジーにおける敵は、場合によってはもっとおそろしい「絶対悪」になることもある。「絶対悪」が相手なら、それを倒すためにどんな手段を使ってもいいじゃないか、ということになりかねない。(同書69ページ)

一方、著者の懸念は以下の通りだ。

最近、ひとつ気になっていることがある。それは、最近のファンタジー的な読み物、アニメ、ゲームの類に、「しかえし」や「こらしめ」の欲望を魔法で満たすというものが、目立って増えているように思えることだ。それらが歓迎されているのだとしたら、「しかえし」や「こらしめ」の欲望に共感をいだく読者が増えているということになる。たしかに、「しかえし」や「こらしめ」は、主人公や自分が善で相手が悪であることに何の疑問も持たなければ、すかっと気分のいいものではある。しかし、そんな気分の良さに身をゆだねているのは、とても危なっかしいことではないだろうか。(同書39-40ページ)

自分が正義の側にいると信じることの恐ろしさは、悪の側にいる物をどんなに厳しく処罰してもかまわないように思えてしまうことだ。(中略)最近の子供たちに人気のあるアニメ、ゲーム読み物などのなかには、殺すことも含んだ血なまぐさい「こらしめ」が、ふんだんに盛り込まれていいるようで、その恐ろしさは言語に絶する。(同書96、98ページ)

我々自身、日常の生活の中で、自分の方が正しい、正義であると思い、相手を「こらしめる」ことを正当化していないか。物事は、何事も二面性があり、絶対的な正義も、絶対悪も本当は、存在しないのではないだろうか?そんなことを考えさせられた。(長くなったので、更に次回へ)

魔法ファンタジーの世界 (岩波新書)
魔法ファンタジーの世界 (岩波新書)

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6月3日:ファンタジー全盛の中で考えること(1)-何でもありの世界
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ファンタジー全盛の中で考えること(1)-何でもありの世界

岩波新書の新赤版が1000点を突破したとのことで、赤版に変化はないもののカバーのデザインや装丁がリニューアルされ、4月、5月は例月より多く新刊が10冊ずつ出版された。そのうちの1冊に脇明子著『魔法ファンタジーの世界』がある。著者は、大学教授として比較文学を研究する一方、翻訳家として数々の児童文学を翻訳している。

魔法ファンタジーの世界 (岩波新書)
魔法ファンタジーの世界 (岩波新書)

トールキンの「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」やC.S.ルイスのナルニア国ものがたりの第1巻『ライオンと魔女』が映画化されヒットをしており、さらにスタジオジブリもル=グウィンの「ケド戦記」をアニメ映画化するなど世を上げてファンタジーブームの中で、岩波書店もなかなか商魂たくましいなと思いつつも、ファンジーにも昔から興味はあるので、さっそく読んでみた。

「指輪物語」、「ナルニア国ものがたり」、「ゲド戦記」などにたびたびふれている(何故か「ハリー・ポッター」については、まったくふれられていない)のは当然だが、そのことよりも、私が最も関心を持ち、共感したのは、著者が、現在のファンタジーブームに懸念を示している部分だ。

著者は、ゲームやアニメでファンタジー全盛の中で、児童文学でのファンタジーの名作は必ずしも、子供たちに届きにくくなっているのではないか、読まれても十分理解されていないのではないかと懸念している。ファンタジーに対比されるものは、リアリズム作品。これは、現実の世界を舞台したものである。著者曰く

リアリズムの場合は、設定に矛盾がなく、出来事の筋がきちんと通っていること、登場人物の言動にリアルな一貫性があることが、いい作品の最低条件だ。それを満たしていないダイジェストや、ご都合主義のライトノベルの類が、読むに値しない本であることは、かんたんに説明できる。物語の世界や人物たちにリアルな一貫性がないと、思考力を働かせて理解していくことができないし、想像力もうまく働いてくれないのだ。(『魔法ファンタジーの世界』4ページ)

まったく、その通りだろう。これは、なにも児童文学に限らず、小説も含め、現実世界を舞台にした作品全般に言えることだろう。一方、ファンタジーについては、

ところが、ファンタジーはそうはいかない。現実にありえないことを書いてこそファンタジーだから、矛盾はどうしたって避けられないし、矛盾が少なければ少ないほどいい作品だとも決められない。(同書5ページ)

結果として、何がいいファンタジーかという尺度がないことが、著者の感性ではいいと思っても、論理的に説明できないもどかしさ、ジレンマを抱えているようにみえる。

また、現実にありえないことを書くのがファンタジーということを逆手に取ると、リアリズムの世界で書こうとすると数々の制約があって書けないことも、ファンタジーでは書けてしまうことになる。著者のもどかしさと懸念も、そのことと不可分に結びついている。(以下、長くなるので次回へ)

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2006年6月 1日 (木)

リーダーとマネージャー(2)

前回、『最高のリーダー、マネージャーがいつも考えているたったひとつのこと』(マーカス・バッキンガム著、日本経済新聞社)で書かれたリーダーシップとマネージメントについて書いたが、その後に読み始めた『人が育つ会社をつくる』(高橋俊介著、日本経済新聞社)の中で、著者の次のような言葉に出くわした。

人が育つ会社をつくる―キャリア創造のマネジメント
人が育つ会社をつくる―キャリア創造のマネジメント

私はマネジメントというのは、部下を使って課題を達成する能力であり、これに対しリーダーシップというのは、部下ではない、つまり命令権限がない人を説得し、納得させ、協力を仰がなければ絶対に実現できない課題を達成する能力であると定義している。(同書、202ページ)

その前後の説明の中で、「日本の大手企業のマネージャークラスのマネジメント能力は高いが、自分の部下でない人を動かすことは不得意なことが多く、そういう人が部門長などのポストに就くと、部下を使って解決できることしかやらず、他部門と関わるような問題は権限がないとできないと放置してしまい、部門最適のタコツボ型組織、ムラ組織になってしまう。そのような事態を避けるためには、若いうちから、部門横断的な仕事をする場を与え、他部門の仕事を理解し、新たなネットワーク(人のつながり)を構築し、課題を乗り越えることで、個人として成長し、リーダーシップ能力を身につけることにつながる」という主旨のことを述べている。

個人的には、前回書いたマーカス・バッキンガムのリーダーシップ論の方が好きだが、実際の組織の中で、リーダーの立場で成果を上げるとなると、上に引用したように、自分の部下でない人をいかに動かせるかにかかってくるのだと思う。

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