ファンタジー全盛の中で考えること(1)-何でもありの世界
岩波新書の新赤版が1000点を突破したとのことで、赤版に変化はないもののカバーのデザインや装丁がリニューアルされ、4月、5月は例月より多く新刊が10冊ずつ出版された。そのうちの1冊に脇明子著『魔法ファンタジーの世界』がある。著者は、大学教授として比較文学を研究する一方、翻訳家として数々の児童文学を翻訳している。
トールキンの「指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)」やC.S.ルイスのナルニア国ものがたりの第1巻『ライオンと魔女』が映画化されヒットをしており、さらにスタジオジブリもル=グウィンの「ケド戦記」をアニメ映画化するなど世を上げてファンタジーブームの中で、岩波書店もなかなか商魂たくましいなと思いつつも、ファンジーにも昔から興味はあるので、さっそく読んでみた。
「指輪物語」、「ナルニア国ものがたり」、「ゲド戦記」などにたびたびふれている(何故か「ハリー・ポッター」については、まったくふれられていない)のは当然だが、そのことよりも、私が最も関心を持ち、共感したのは、著者が、現在のファンタジーブームに懸念を示している部分だ。
著者は、ゲームやアニメでファンタジー全盛の中で、児童文学でのファンタジーの名作は必ずしも、子供たちに届きにくくなっているのではないか、読まれても十分理解されていないのではないかと懸念している。ファンタジーに対比されるものは、リアリズム作品。これは、現実の世界を舞台したものである。著者曰く
リアリズムの場合は、設定に矛盾がなく、出来事の筋がきちんと通っていること、登場人物の言動にリアルな一貫性があることが、いい作品の最低条件だ。それを満たしていないダイジェストや、ご都合主義のライトノベルの類が、読むに値しない本であることは、かんたんに説明できる。物語の世界や人物たちにリアルな一貫性がないと、思考力を働かせて理解していくことができないし、想像力もうまく働いてくれないのだ。(『魔法ファンタジーの世界』4ページ)
まったく、その通りだろう。これは、なにも児童文学に限らず、小説も含め、現実世界を舞台にした作品全般に言えることだろう。一方、ファンタジーについては、
ところが、ファンタジーはそうはいかない。現実にありえないことを書いてこそファンタジーだから、矛盾はどうしたって避けられないし、矛盾が少なければ少ないほどいい作品だとも決められない。(同書5ページ)
結果として、何がいいファンタジーかという尺度がないことが、著者の感性ではいいと思っても、論理的に説明できないもどかしさ、ジレンマを抱えているようにみえる。
また、現実にありえないことを書くのがファンタジーということを逆手に取ると、リアリズムの世界で書こうとすると数々の制約があって書けないことも、ファンタジーでは書けてしまうことになる。著者のもどかしさと懸念も、そのことと不可分に結びついている。(以下、長くなるので次回へ)
『魔法ファンタジーの世界』関連記事
6月3日:ファンタジー全盛の中で考えること(1)-何でもありの世界
6月3日:ファンタジー全盛の中で考えること(2)-「正義」だと信じるあやうさ
6月3日:ファンタジー全盛の中で考えること(3)-「善」と「悪」の戦い?
6月20日:ゲド戦記6冊セットと第1巻『影との戦い』
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