「北軽井沢」についての追記
先週、「北軽井沢」の地名の由来について書いた(*)が、今日、職場の同僚と話していたら、すでに廃線になった草軽電鉄(草津~軽井沢間を結ぶ鉄道)に「北軽井沢」という駅があったというので、さっそく調べてみた。(*8月8日記事:軽井沢と北軽井沢)
草軽電鉄は、大正元(1912)年10月に、草津軽便鉄道として設立。大正4(1915)年に、新軽井沢~小瀬温泉間が開業。大正15(1926)年8月には、草津温泉駅までの全線が開通している。北軽井沢駅は、大正7(1918)年6月に「地蔵川」駅として開業、全線開通の翌年(1927年)に「北軽井沢」駅と改称されている。東急グループの傘下入りするが、旅客の減少と相次ぐ台風被害もあり、昭和37(1962)年に全線廃業している。会社は、現在、乗合バス事業等を行う草軽交通として存続している。
全線廃業とともに、北軽井沢という駅名も消滅したが、地域名としては残っていたようだ。そして、先週書いたように、昭和62(1987)年に地名として大字北軽井沢が復活している。『ウィキペディア(Wikipedia)』には、その際、長野県の軽井沢町の住民からは強い反対があったと書かれている。
やはり、調べればいろいろと由来があるものだ。軽井沢~草津間も、箱根や伊豆と同様、東京周辺の観光地として、西武と東急が覇を競ったようだ。
軽井沢駅の南側にある「軽井沢72」ゴルフコースはプリンスホテルの経営だし、浅間山麓の鬼押出し園もプリンスホテルの経営だ。草軽電鉄の系列化は、東急側の西武対抗策の一つであったようだ。
(今日の記事の内容は、草軽交通ホームページの「草軽電鉄物語」、『ウィキペディア(Wikipedia)』の草軽電気鉄道」、「北軽井沢」、プリンスホテルホームページの「日光・上信越in春~秋」を参考にした)
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