« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年12月の記事

2006年12月30日 (土)

将棋名人戦、毎日・朝日両新聞社の共催の詳細固まる

2006年の将棋界を揺るがした伝統のタイトル「名人戦」の主催新聞社の移管問題。3月に、将棋連盟が毎日新聞社に対して第66期以降のと名人戦主催契約の継続をしないことを通知したことを契機に、毎日新聞社の自らの紙面で将棋連盟を非難するキャンペーン を開始したこともあって、将棋連盟と毎日の関係も悪化した。しかし、8月の棋士総会で、毎日単独主催案が否決されたことを受け、将棋連盟の米長会長は、毎日と朝日に対して両社での共催を提案した。毎日側は、これまで落ち度なく名人戦を主催してきたのに、突如、契約継続せずとの通知を受け、顔に泥を塗られるに等しい仕打ちをされたことを考えれば、拒否するだろうという大方の見方に反し、9月に共催案を受諾した。その後、具体的な内容について、連盟と毎日、朝日の間で交渉が続けられていたが、27日にまとまり、28日の新聞紙上で発表された。

主な内容は、
①名人戦の契約金は3億6000万円(両社で各1億8000万円、なお毎日単独開催時の契約金額は3億3400万円)で期間5年
②両社は実行委員会を組織して運営にあたり、棋譜(対局での指し手の記録)はウェブも含め両社が独占的に掲載
③毎日がスポーツニッポンと共催で行っている7大タイトル戦の一つ「王将戦」は、従来通り継続(契約金7800万円は変更なし)
④朝日が主催している準タイトル戦の「朝日オープン選手権」(1億3480万円)は契約金が8000万円の棋戦に衣替え
⑤さらに将棋普及のための協力金として両社で年1億1200万円を5年間、連盟に対して支払う

一時、将棋連盟は4億円以上の契約金を提示しているとの報道も見たような気がするが、さすがにそれは、両社が難色を示したのだろう。

今回の騒動の背景には、将棋連盟の収支状況の悪化ということがある。前々期は赤字であったという。細かい収入と費用の内訳は知る由もないが、連盟の運営を行う理事会のメンバーは、全員現役ないし引退した棋士が行っている。彼らは。将棋のプロではあっても、経営のプロではない。その中で、現在の米長邦雄会長は、数少ない経営感覚を持った棋士であろう。現役時代、史上最年長で名人になった時、1年間主催者である新聞社の新聞の販売増に努めるのは当然と言い、全国の販売店を回るということを行った。将棋界が、その勝負を関心を持って見つめるファンのおかげで成り立っていること、そのファンに対して将棋界の情報を伝える媒体として新聞は欠かせないものであること、それらのことが、よくよくわかっていたからこその行動であろう。

しかし、かつて将棋盤を挟んで将棋を指して遊んでいた少年たちは、いまやTVゲームやインターネットに多くの時間を割いている。少年時代に、将棋に親しまなかった人が、成人して将棋ファンになるとは思えない。将棋ファンは明らかに減っているだろう。さらに、バブル崩壊後の長引く不況の中で、多くの企業が、ファンが減って相対的にPR効果が減少した将棋の棋戦のスポンサーを降り、これまで親しまれていた棋戦のいくつかが廃止された。将棋界を支える最大のスポンサーである新聞・テレビ業界とて、インターンネットの出現で、そのあり方が根底から問われている。

結果的に見れば、今回の解決策は、連盟と2社にとって、三方一両損的な妥協案であるが、見方を変えれば、時代の必然だったのかも知れないという気もする。いまや、伝統ある名人戦という大タイトル戦は1新聞社で支えるには重すぎ、スポンサーの側から見れば費用対効果の点で折り合わない。連盟の側から見れば、より多くのファンに名人戦とその予選であり、棋士の生活の中心である順位戦をより多くの人に伝え、減り続けるファンを引き留め、少しでも増やすべくPRしていくには、全国紙2社の力が必要だったということではないのだろうか。将棋連盟としては、今後5年間、両社から支払われる1億円余の普及協力金を有効に使えるかどうかであろう。また、以前にも書いたが、現役の棋士たちが、ファンが手に汗握るような名勝負を繰り広げ、1人でも多くの人にプロの将棋の勝負の世界を知ってもらうことであろう。

*将棋に関する記事
4月26日:
『将棋世界』5月号
6月19日:第64期将棋名人戦
8月2日 :将棋名人戦、朝日新聞に
8月27日:米長邦雄将棋連盟会長の『不運のすすめ』
9月9日 :森内俊之名人から見た羽生善治3冠
9月20日:将棋名人戦、朝日・毎日の共催へ協議開始
11月18日:郷田真隆九段の揮毫「晩成」
12月23日:第19期(2006年)竜王戦-佐藤康光棋聖及ばず、渡辺竜王に立ちふさがる最後の壁は羽生3冠
12月30日:将棋名人戦、毎日・朝日両新聞社の共催の詳細固まる

| | コメント (1) | トラックバック (2)

2006年12月29日 (金)

父の冬休み

私の職場はカレンダー通りであれば、年末年始の休みは年末30日・31日、年始は三が日の5連休である。しかし、お客さんと直接、接する現場ではないので、今日と1月の4、5日は休みをもらい、今日から1月8日までの11連休をもらうことにした。ちょっとした「父の冬休み」である。

今年は、ずいぶん、たくさん資格試験を受けた1年だった。いずれも、仕事に関係していて、このブログでもいくつか書いたが、ブログを始める前の2月の中旬に受けたのを皮切りに7月、10月、11月、12月と1年に5回受けた。10月の金融内部監査士と11月の公認内部監査人(CIA)は、このブログでも書いた通りだ。まだ、結果の出ていないCIAを除き、なんとか合格でできているのも、ありがたい。人には、スケジュール面で無理があるのでは、とも言われることもあったが、それぞれに重複する部分もあり、まとめて一気に勉強した方が効率いいはずと考えて、やって来た。結果的には、ほぼ目論見通りになった。

今年は、これからの新しい10年のスタートの年で、これからの10年の基礎固めとして、なんとかいいスタートきれたと思う。来年は、まだ残っているいくつかの試験を受けつつ、今年取得した資格を結果・成果に結びつけていく1年にしていきたいと思う。

今年の試験疲れを癒し、来年への英気を養う「父の冬休み」にしたい。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月26日 (火)

「定期入れ」紛失騒動

昨日の朝、いつも通りに家を出て、最寄り駅に向かう。改札口で、背広の胸ポケットから定期券を出そうとすると、いつもそこにあるはずの「定期入れ」がない。少し、あわてていたので、家に忘れてきたらしい。しかたなく、券売機まで戻り、1000円のパスネットを買った。

きっと、土日に出かけた時に来ていた服のポケットか、休みの日に身につけているウエスト・ポーチに入れたままだろうとさして気にもしていなかった。昨日の夜は、忘年会で少し、お酒を飲んだこともあって、「定期入れ」を探すことなど、すっかり忘れて、寝てしまった。

今朝、家を出る前、改めて探す。なんと、見つからないではないか。週末の来ていたダウンジャケットのポケットにも、ウエスト・ポーチにも入っていない。会社に持って行く鞄の中にも見あたらない。

「困った…」。見当たらなくなった「定期入れ」には、定期券の他に、Suicaカード、使いかけのパスネットといったJR・私鉄の何にでも乗れるように備えた一揃えを入れているだけでなく、運転免許証、会社のIDカード(本社ビルの入館証兼用)、電子マネー「Edy」カードとして使っているANAのクレジットカード1枚も一緒に入れてあった。

しかし、出勤間際にいつまでも、いつまでも家で定期入れを探しているわけにもいかないので、家を出る。今朝は、雨。かなり強めに降っている。いつもなら歩くところだが、捜し物で、家を出るのが少し遅れたこともあり、傘を片手に自転車に乗る。駅で、また1000円のパスネットを買い、電車に乗った。

さすがに、今日は、どこでなくしたのか考える。先週金曜日は、定期券の家まで帰ってきたので、確かにあったはずだ。

では、土曜日は?1日を振り返る。車に乗って、こわれかけた洗濯機の買い替えに行ったり、散髪に行ったりと、結構出歩いている。どこかで、気がつかないうちに落としたか?そうだ、夜、家の近くの「ゲオ」までウオーキングを兼ねて歩き、前から借りたいと思っていた一青窈のベストアルバム『BESTYO』を借りたのだ。あのとき、ANAカードのEdyで払っている。

では、なくしたとすれば日曜日。日曜日は、市会議員選挙の投票日で、妻と2人投票に行き、その足で、通勤で乗る路線とは別の線の最寄り駅までウオーキングし、駅前でコーヒーを飲み、昼食の材料の買い物をした。夜は、車で出かけ、家族で外食した後、スーパーで買い物をして帰ってきた。しかし、朝、家を出る前に、車の中をざっと見たが見あたらなかった。

満員電車に揺られながら、頭のなかで2日間の行動をプレイバックしてみたが、あの時になくしたのではと思い当たるところは、なかった。これ以上、考えても思い出せそうにもないので、この件に関してはいったん思考を停止。家に帰ってから、必死で探すしかないと諦めた。

職場で仕事をしていてもどことなく、落ち着かない。見つからないとなると、①カード会社へクレジットカードの使用停止をかけ再発行の依頼②警察へ免許証の紛失の届けと再発行の依頼、③会社へはIDカードと定期券の紛失の届けとIDカード再発行の依頼、を行う必要がある。考えただけでも気が滅入る。おまけに、定期券はまだ4ヵ月残っていて、その分は当然自己負担せざるを得ないし、Suicaとパスネットは諦めざるを得ない。改めて、何でも1ヵ所にまとめておくことのリスクを痛感した。

職場での仕事も、半日が過ぎ昼食の時間。朝、雨に濡れたせいか、少し寒気がして、喉も痛いような気がする。食事が終わったら、風邪薬でも飲もう。食堂から、席に戻り、鞄の中にいつも入れている飲み薬や目薬、ハンドクリームなど入れている小さな巾着袋を取り出す。風邪薬を出そうと袋を明けると、なんと!その中から薬と一緒に「定期入れ」が出てきた。手品でも見ているようだった。未だに、いつどうやって巾着の中に定期入れをいれたのか思い出せない。昨日の忘年会で、若年性アルツハイマーが話題になっていた。人ごとと笑っていられないかも知れない。

見つかったのは幸運というしかない。風邪薬を飲もうと思わなければ、巾着袋をしばらく空けないままで、いろいろなところへ、紛失届けや再発行の届けを出したまも知れない。まとめて持つ事のリスクはいやというほど痛感したので、風邪薬を飲んだ後、雨の中だったが、会社の近くの文房具屋に行き、新しいパスケースを買い、とりあえず電車関係の定期券・Suica・パスネットのセットと、運転免許証、会社のIDカード、クレジットカードは2つに分けて持つことにした。ささやかなリスク軽減策である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月24日 (日)

ちょっと息抜き:「BligDing」というGameはいかが?

私が書いた河合隼雄さんの記事を一度転載してくれた「子育て応援なび はーぷるふぃんがー」というブログがあるのだが、そこで紹介されていたゲーム。彼女(「はーぷるふぃんがー」さん)も、別のブログで見つけ、転載したとのこと。私も、はまってしまい、もとのサイト(BlingJam)まで行って、コードを入手してきた。

ルールは簡単で、縦横で2つ以上隣あう同じマークをクリックして消していくというもの。定期的に最下段に新しい行が加わって来る。消すのが遅れ、どこかの列が天井に達したところで、ゲームオーバーになる。

やって見ると結構はまってしまう。ご来訪された方、一度お試しあれ。


Cool Stuff at BlingJam.com

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月23日 (土)

第19期(2006年)竜王戦-佐藤康光棋聖及ばず、渡辺竜王に立ちふさがる最後の壁は羽生3冠

おととい(2006年12月21日)、現在、将棋界の最高の棋戦と位置づけられている竜王戦(主催・読売新聞社)が幕を閉じた。一作年、現在の森内俊之名人から竜王位を奪取し弱冠22才の渡辺明竜王。挑戦者は、名人戦を除く、今年度のこれまでのタイトル戦にことごとく登場している佐藤康光棋聖(35才)。残る棋王戦、王将戦も挑戦者決定戦に駒を進めており、年間対局数の多さは群を抜いている。

しかし、自らタイトルホルダーである棋聖位こそ3連勝で挑戦者鈴木大介八段を退けたものの、王位戦はフルセットの末、王座戦では3タテで羽生善治3冠に敗れ、今回の竜王戦を迎えた。佐藤棋聖としては、竜王位を奪い2冠を持つことで、同世代の羽生3冠、森内名人・棋王と並び、名実ともに3強の一角を占めることを示す絶好のチャンスであった。10月10・11日のサンフランシスコでの初戦、10月31日・11月1日の富山・宇奈月での第2戦と連勝し、4連勝で渡辺竜王を一蹴するかに見えたが、他棋戦でも勝ち進むハードスケジュールが応えたのか、その後渡辺の逆襲にあい3連敗。6戦目のカド番を注文を付けた勝負でものにして、3勝3敗で12月20日からの最終戦に持ち込んだものの、最後は力尽きたのか、タイトル奪還には一歩及ばなかった。

一方、受けて立った渡辺明竜王は、竜王戦開始直前の『将棋世界』11月号でのインタビューで、その時点で、挑戦者決定戦に名乗りを上げていた、佐藤棋聖、丸山忠久九段(元名人)のどちらが挑戦者になったとしても、「世論(中立なファンの9割)は、挑戦者が勝つと思っているでしょう。でも、そうはならないと思います。」という趣旨のコメントし、将棋世界の編集者はそれをとらえ、このインタビュー記事に「私は下馬評を裏切るだろう」という刺激的なタイトルを付けた。結果的に、その自らの予言通りタイトル防衛を果たしたのだから、大したものである。

渡辺竜王は3強のうち、森内現名人から竜王位を奪取し、佐藤棋聖の挑戦を退けた。残るは、将棋界のスパースター羽生善治三冠である。羽生三冠には2003年に王座戦で一度挑戦し、3勝2敗で退けられている。タイトル戦で、羽生三冠に一矢を報いることができてこそ、羽生三冠の後継者、将棋界の次代のリーダーといえるだろう。これからの、羽生対渡辺の激闘が楽しみである。(個人的には、贔屓にしている郷田真隆九段にも、再度タイトルホルダーとなって、渡辺竜王を撃破してもらいたい。)

お詫び:当初、本ブログのタイトルを「第18期竜王戦」としていましたが、正しくは「第19期」でした。お詫びして訂正します。ご指摘下さったエバグリンさんありがとうございました。(2007年1月6日記)

*将棋に関する記事(2006年)
4月26日:
『将棋世界』5月号
6月19日:第64期将棋名人戦
8月2日 :将棋名人戦、朝日新聞に
8月27日:米長邦雄将棋連盟会長の『不運のすすめ』
9月9日 :森内俊之名人から見た羽生善治3冠
9月20日:将棋名人戦、朝日・毎日の共催へ協議開始
11月18日:郷田真隆九段の揮毫「晩成」
12月23日:第19期(2006年)竜王戦-佐藤康光棋聖及ばず、渡辺竜王に立ちふさがる最後の壁は羽生3冠
12月30日:将棋名人戦、毎日・朝日両新聞社の共催の詳細固まる

*上記記事を含め、このブログの将棋に関する記事の一覧はこちら→アーカイブ:将棋

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月22日 (金)

「冬至」の日の朝寝坊

今日は「冬至」。今年最後の二十四節気になる。一年で一番夜の時間が長い一日である。先週あたりから、明け方6時頃でも、暗く寒かった。なかなか、起きられず、朝のウオーキングもとぎれがち。そうしていたら、とうとう、今朝は、朝寝坊をしてしまった。

いつもは、6時には起きるのを目標にして、目覚まし時計もかけている。15分ほどウオーキングをして、余裕があれば6時半からのラジオ体操をし、その後、着替えて、6時50分くらいには朝食を食べ始め、7時15分には自転車で家を出て、23分頃には駅近くの駐輪場に自転車を止め、25分には駅に着き、7時27分の準急に乗るというのが、私の朝の理想的なスケジュールである。

しかし、今朝は5時頃一度トイレに起きたものの、まだ早いともう一度、寝床に入ったのが運の尽き。ねぼけまなこの妻が、隣のふとんで意識朦朧としながら、「ずいぶん遅くない?」と呟いているのに気がついて飛び起きたところ、時計は既に7時40分を過ぎていた。職場まではDoor to Doorで1時間余、始業は8時40分なので、すでに遅刻確定である。あわてて、顔を洗い、髭を剃って、着替え家を飛び出したが、すでに8時を回っていた。おまけに、昨日から私の自転車はパンク。次女の自転車を借り、駐輪場では代車の認定をしてもらわなくてはならず、余計な時間がかかる。結局、職場にたどり衝いたのは、9時15分頃だった。

これまで、停電や事故で電車が遅れて遅刻したことは何度かあるが、朝寝坊をして遅刻をしたのは、20年振りくらいではないだろうか。記憶にあるのは、まだ独身で、福岡勤務のころ。前日、飲み過ぎで、独身寮で目覚めた時は、その当時は、通勤時間は30分で、8時に出れば十分間に合うような場所に寮があったが、起きたのは8時半頃で、あわてて大通りまで出て、タクシーを拾ったが、9時を少し過ぎてしまった。 その後、朝寝坊で遅刻した記憶はない。

なんとも、情けない話である。明日からは、心機一転、早起きを心がけなくては。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月21日 (木)

2007年3月、PASMOスタート、Suicaと相互利用も

首都圏の地下鉄・私鉄で相互利用可能なパスネットを運用している各社で、来年2007年3月18日(日)から、JR東日本が導入している「Suica」と同じ非接触ICチップFeliCaの技術を利用したICカード乗車券「PASMO」(パスモ)が導入されることについて、正式発表があった。併せて、「Suica」との相互乗り入れも同時に実施するとのことで、来春からは、、「Suica」か「PASMO」のどちらかを持っていて、事前に券売機等で金額をチャージしておけば、首都圏の鉄道ネットワークは、1枚のカードで自由に乗り降りができるようになる。「PASMO」は「Suica」同様電子マネーとしても利用可能で、電子マネーとしても「Suica」と相互乗り入れをするとのことで、「PASMO」=私鉄版「Suica」といえる。

これまでは、鉄道での移動の際には、財布に「Suica」とパスネットを両方入れ、乗る線によって使い分けをしていたが、その手間が省けるようになる。

すでに、「Suica」とクレジットカード、銀行のキャシュカードが一体化した物もあり、そのうちプラスチックカード1枚あれば、大概の用事は片付くようになるだろう。あるいは、それがカードでなく携帯電話になる可能性もあり、しばらくはこの小口決済マーケットから目が離せない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月20日 (水)

作家高橋克彦の半生を語る『開封 高橋克彦』

今月の講談社文庫の新刊で『開封 高橋克彦』(道又 力著)という一風変わった本が出た。15年間、高橋克彦の秘書をつとめた著者が書いた、高橋氏の全作品の解説と生まれから作家デビューするまでの半生の伝記の2部構成になっている。

東北の岩手・盛岡を本拠に活動する高橋克彦氏の小説のうちは、主に東北出身の歴史上の人物・事件を取り上げた『風の陣』(奈良時代の橘奈良麻呂の乱、藤原仲麻呂の乱を生きた丸子嶋足)、『火怨』(蝦夷反乱の首領アテルイ)、『炎立つ』(前九年・後三年の役から奥州藤原氏)、『天を衝く』(秀吉に反旗を翻した九戸正実)という古代から近世までの一連の東北シリーズと元寇の時の鎌倉幕府の執権北条時宗を取り上げた『時宗』を読んでいるので、その人となりには興味があった。

第2部の小伝を読むと高校時代演劇部に属し、戯曲を書いていたこと。 実家は医院で、医者を継ぐつもりで、医学部入学のため浪人生活を続けていたが、文学や演劇への関心が強く、なかなか勉強に身が入らず、見かねた弟が、医学部を受験し医者を継ぐことになり、本人は4年浪人の末、早大商学部に進学したこと。作家デビューのきっかけとなった江戸川乱歩賞受賞作の『写楽殺人事件』は、地元の新聞記者だった中津文彦氏が『黄金流砂』で乱歩賞を受賞したことがきっかけで、過去の受賞作と選考委員の選考評を全て読み、傾向分析した上で、次回は自分が乱歩賞を取ると家族や友人に宣言して、本当に翌年、受賞したことなど数々のエピソードがちりばめられている。

また、弟の親しい友人(不慮の事故で亡くなった)の霊に何回も遭遇したり、自分やよその老婆の生霊にあったりと、霊感の強い人であるエピソードも載せられている。

最初に第2部の伝記を読み、第1部の作品解説に戻って読んでいるが、歴史物だけでなく、SF、ホラー、サスペンス、伝奇物とその作品は幅広い。まだまだ、面白そうな作品が多いので、解説を参考にもう少し高橋克彦の世界にも浸ってみることにしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月19日 (火)

気象庁ファンクラブ「地球ウォチャーズ」(気象友の会)の話

「地球ウォチャーズ」-気象友の会-という会がある。パンフレットでは、

「気象・海洋・地震・火山」など、地球をとりまく自然現象に関心ある方が集い、気象庁の仕事について理解を深め、気象庁職員との交流、会員相互の親睦を通じて、気象知識の向上、地球環境への関心と防災マインドの高揚を図ることを目的としています。

と説明されている。個人会員は入会金1000円、年会費3000円。少々お堅い文章で、いかにもお役所の人が書いたという感じで、これを読んですぐにでも入会したいと思う人も少ないだろう。

ただ、私個人としては、このブログでも、何回か気象関連の記事を書いたように、「気象知識の向上」という点には関心もニーズもある。

かつて、職場の部下から「拓庵さんは、謎解きが好きなんですね」と言われたことがある。大きなことであれ、小さなことであれ、自分の身の回りで起きている出来事が、どのような仕組みで起きているかについては、確かにとても興味がある。気象の世界は、当たり前のように目の前で起きているけれども、その仕組みを正しく理解し、説明できるかと言えば、心許ない。また、それだからこそ、正しく知りたいとも思う。謎解きとしては、地球規模のスケールでかなり大きい部類に入るだろう。

気象庁にいる知り合いから勧められたこともあり、入会してみようと思っている。入会時には、会員の生まれた日の天気図などもくれるらしい。会員になると、他にどんな情報が得られるのか、1年間試してみることにする。ブログのネタになるような情報があれば、どんどん紹介していきたい。

「地球ウォチャーズ」-気象友の会-のホームページはこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月18日 (月)

パソコンの情報セキュリティ管理の教科書『情報セキュリティ読本』(改訂版)

個人所有のパソコンの情報セキュリティ管理は、ついおろそかになりがち。大切なことはわかっていても、結局、ウィルスソフトをインストールして対策は完了として安心してしまっているところがある。

フィッシング詐欺やウィニーの利用者の個人のパソコンの保存されていた企業や役所の機密情報が流出したりと、個人も情報セキュリティに敏感でいないと、いつ被害者になるかも知れないし、下手をすると無自覚な加害者にさえなりかねない状況だ。

先週の金曜日の仕事帰り、電車の乗り換え駅で、よく寄る書店を歩いて回っていると、コンピュータのコーナーに『情報セキュリティ読本』(独立行政法人情報処理推進機構〔IPA〕編著、実教出版)を見つけた。

身の回りのコンピュータ、パソコン環境の中に、どのようなリスクが隠されているのか、その対策として取り得るものは何か。初心者向けに、平易に、それでいて、ある程度全体感がつかめるよう網羅的にもなっている。 普通に本にされれば1500~1600円程度の値段がつきそうな内容だが、政府系機関が編著者であり、情報セキュリティの啓蒙の意味もあってか、税込みで500円とも求めやすくなっている。まさしく、「教科書」として作られているのだろう(出版社の実教出版は、中学や高校の教科書を手がけていたはずだ)。

これまで、この手の話を敬遠気味だった人にも、ぜひ読んでもらいたい1冊である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月17日 (日)

畠中恵の『しゃばけ』ワールド第5作『うそうそ』を読み、シリーズ全体のテーマを考える

畠中恵の『しゃばけ』シリーズの第4作『おまけのこ』に続き、第5作の『うそうそ』(新潮社)を読み終わった。

タイトルとなっている「うそうそ」は「嘘々」のことだろうと思っていたら、さにあらず、本書の物語の前に「江戸語辞典」(東京堂出版)による語釈として

【うそうそ】
たずねまわるさま。きょろきょろ。うろうろ。(畠中恵『うそうそ』2ページ)

という解説が付されている。なるほど、と思ったところで、読者はすでに江戸日本橋の廻船問屋長崎屋を舞台にした『しゃばけ』ワールドに足を踏み入れている。

今回はタイトルの「うそうそ」に象徴されるように、主人公である若だんな一太郎が、江戸から離れ、箱根に湯治に行くという話である。第1作の『しゃばけ』の後の3作は、『しゃばけ』の世界に奥行きと広がりを持たせる数々の短編を綴った短編集だったが、今回は、日本橋を離れてからの道中と目的地の箱根で巻き起こる数々の出来事・事件を綴った長編である。

長旅で、若だんなのそばを離れることなど考えられない佐助・仁吉の二人の手代が旅の最初からいなくなり、読者は、道中で起こる不可思議な出来事に、一太郎とともに、わけもわからず旅をすることになる。やがて少しずつ、事件の意外な真相が明らかになっていくが、それは読んでのお楽しみということで、本の帯にあるキャッチコピーのみ記しておく。

若だんな、旅に出る!初めての旅に張り切る若だんなだったが、誘拐事件、天狗の襲撃、謎の少女出現と旅の雲行きはどんどん怪しくなっていき……。

締めくくりに、シリーズ5作を読み通してみての感想を少々。

『しゃばけ』シリーズは、江戸時代を舞台にしているが、きわめて現代的なテーマを扱っているように思う。主人公の若だんな一太郎は病弱で、生まれてからこの方、病で床にふせっている時間の方が長いのではないかと思われるほどである。両親は、近所でも評判になるほど、息子に対して大甘だし、お守り役の佐助・仁吉の二人の手代も、何をさしおいても、若だんなが一番大事ということで、一太郎は世間の荒波から二重・三重に守られた箱入り息子である。

しかし、彼自身は、その境遇に安住しているわけではなく、なんとか人の役に立つ自分でありたいと願っている。しかし、店の手伝いをしようとしても、風邪をひく、怪我をするといって2人の手代が何もさせてくれない。その中で、どうやって独り立ちし、一人前になっていくのか。一太郎に悩みは深い。今回、第5作で、日本橋の長崎屋の世界から飛び出して、お守り役の二人の手代もいない中(兄の松之助は一緒だったが)、旅に出たことは、彼の独り立ちへ向けた転機になるのではないだろうか。

そういった一太郎のけなげな姿が、結果として過保護に育てられ、親離れ仕切れない現代の若者(中年も含めて)の共感を呼び、シリーズ100万部を超えるヒットになっているのではないかと思う。 

*『しゃばけ』関連の記事
2006年12月8日:畠中恵の『しゃばけ』『ぬしさまへ』『ねこのばば』を読む
2006年12月13日:畠中恵の『しゃばけ』ワールド第4作『おまけのこ』
2006年12月17日:畠中恵の『しゃばけ』ワールド第5作『うそうそ』を読み、シリーズ全体のテーマを考える

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年12月16日 (土)

デザイン変更、「雪の真狩(まっかり)」

 雪の真狩ブログタイトル用2.jpg

今日から、ブログのデザインを冬バージョンに変更した。タイトル画像の元になった写真は、昨年の春休み、まだ札幌に単身赴任中に、家族を呼んで2泊3日で旅行をした時のもので、場所は羊蹄山の南の山麓にある真狩(まっかり)村である。歌手の細川たかしの出身地で、本人の銅像が建った記念公園があった。

この時の旅行は、仕事の都合もあり金曜日の夜、札幌を出発。その夜は支笏湖半の「支笏湖ユースホステル」に泊まり、翌朝、苫小牧に出て、太平洋岸を南下、白老(しらおい)、登別と車で走り、洞爺湖方面に抜け、ロープウェイで有珠山に登り、そこから洞爺湖の西側を北上し、2日めの宿である真狩村の「真狩ユースホステル」に入った。3日めは、真狩から北上して、石狩湾に面した余市(よいち)にあるニッカウイスキーの工場を見学し、小樽に寄って札幌に帰ってきた。「支笏洞爺国立公園」を駆け足で、ひと巡りしたというところだ。

当時は、北海道の冬の真実を知らなかったので、春休みの頃には、雪など残っていないだろうと簡単に考えていたが、まず、初日の夜の札幌から支笏湖に行く際に、少し遅くなるので宿のYH(ユースホステル)電話したところ、「近道である峠越えの国道(453号線)は凍結していると思うので、やめた方がいい。遅くなってもかまわないので、遠回りだが、千歳経由で来た方がいい」とアドバイスされる。夜の凍結した凍結路面を走る勇気はさすがになく、本来なら正三角形の一辺(札幌→支笏湖)を走れば足りるところを二辺(札幌→千歳→支笏湖)と走り、着いたのは夜の11時を過ぎていたと思う。支笏湖もカルデラ湖であり、言わば、山の上。翌朝、日の光の下で改めて周りを眺めると、まだ一面の銀世界であり、鹿の親子と遭遇した。

太平洋岸で、暖かい海流が通るのであろう、苫小牧、白老、登別の間はほとんど雪はなく、快適なドライブ。しかし、登別から洞爺湖に向かう際、海沿いに室蘭経由で行かずに、近道ということで、オロフレ峠という峠越えをしたところ、こちらも除雪はされているものの雪の壁の間を走る区間が続いた。ロープウェイで登った有珠山山頂も雪。そして、写真の通り、2日めの宿の真狩も雪が積もっていた。真狩は、札幌から見れば西南に方角にあるのだが、周りを山に囲まれた盆地で、2日間のドライブの間、雪に降られたわけではなかったが、3日めの真狩の朝は、雪が降っていた。

このブログでも、何回も書いているが、結局、この春の旅行で訪ねた支笏湖や真狩が、東京の感覚でいう「春」を迎えるのは5月に入ってからだった。知らないということは、実に恐ろしいことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月14日 (木)

冬の日比谷公園

Photo_4

今週は通勤の途中で、日比谷公園を通る。生い茂る木々は、晩秋の趣だ。 公園の中に雲形池という真ん中に鶴の噴水を配した池があるのだが、その周りが紅葉で美しい(写真は昨日の朝、撮影)。

黄色い落ち葉が道に敷き詰められ、神宮外苑のイチョウ並木ともいい勝負である。今年は、比較的暖かい冬のような気がする。朝、こんなところを通って、通勤できると少し得した気分になる。 

東京にお住まいの方は、この時期の晴れた日の日比谷公園を、一度、訪ねられると良いと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月13日 (水)

畠中恵の『しゃばけ』ワールド第4作『おまけのこ』

先週このブログでも紹介した畠中恵の『しゃばけ』シリーズの第4作『おまけのこ』(新潮社)を読んでいる。5話からなる短編集で、最後の1話を読んでいるところだ。

著者の畠中恵さんは1959年生まれ。一時は漫画家をしていたというが、都筑道夫の小説教室に通い、作家修業をしたという。小説教室通って、これだけの物語世界を作り出せるのなら、物書き志願者としては、定年後にでも、一度通ってみようかという気にもなる。

すでに、紹介してある『ぬしさまへ』『ねこのばば』の2つの短編集でもそうだが、最初の長編『しゃばけ』での登場人物やその後の短編でのちょい役で出てきた人々を取り上げ、その生い立ちや主人公である廻船問屋長崎屋の若だんな一太郎とかかわることになった背景が、少しずつ描き出される。話が進めば進むほど、一太郎を中心とした『しゃばけ』ワールドは、その奥行き・広がりを増し、そこに一つの世界が動いているような気がしてくる。

『ゲド戦記』の作者ル=グウィンは、「ゲド戦記の舞台であるアース・シーの世界を自分が創作したのではなく、すでにそこにあり、自分はその世界に行って、そこでの出来事を記録しただけだ」といいう趣旨にことをエッセイの中で語っているが、『しゃばけ』ワールドも作者の畠中さんにとって、同じような存在になりつつあるのではないだろうか。登場人物ひとりひとりが、勝手に動き出し、作者はそれを追いかけているだけという物語世界が、作り上げられている。

『しゃばけ』シリーズにはファンも多く、ブログでも多く取り上げられている。短編集の書評では、それぞれの書き手が、自分はこの話が好きというコメントも多い。『しゃばけ』ワールドの登場人物たちは、それぞれに過去や悩みをかかえながら、生きている。読み手が感情移入したり、応援したくなる登場人物がいること、そして回を経るごとに、その数が増え、ますます物語世界の奥行き・広がりが増していることが、多くのファンを惹きつけてやまない理由だろう。第5作の『うそうそ』も楽しみである。

*『しゃばけ』関連の記事
2006年12月8日:畠中恵の『しゃばけ』『ぬしさまへ』『ねこのばば』を読む
2006年12月13日:畠中恵の『しゃばけ』ワールド第4作『おまけのこ』
2006年12月17日:畠中恵の『しゃばけ』ワールド第5作『うそうそ』を読み、シリーズ全体のテーマを考える

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月12日 (火)

ジャンボ宝くじ

師走も中旬に入り、繁華街はクリスマスの飾りが光り輝き、行き交う人もどこかあわだだしげな今日この頃。そんな暮れの風物詩のひとつが「年末ジャンボ宝くじ」。私も頼まれて、20枚ほど連番で購入している。期待値50%を切るのだから、そう簡単に当たるわけはないのだが、少数だが当選者がいるのも事実。先日も、顔写真に実名入りで1000万円以上の高額当選者を紹介した新聞広告が出ていた。「買わなければ、当たりません」「夢を買いましょう」のセールス文句に、つい、今度こそはと淡い期待をかける。

しかし、その淡い期待が一度だけ少しだけ叶ったことがある。北海道に単身赴任中に朝の雪道で転倒し、肩の骨を骨折し、3週間入院したことは、このブログでも何回か書いたことがあるが、その頃の話だ。転倒して、右肩を殴打した時には、半日で、右肩から右腕にかけて内出血がひどく、真っ青になったが、整形外科でレントゲンを撮っても、最初はどの程度の怪我で、手術が必要かどうかもわからなかった。結局、いろいろと検査をした結果、日本でも過去7~8例しか報告されていない珍しい骨折で、早期に手術が必要という診断が出たが、入院する病院のベッドの空き具合や、執刀医のスケジュールの関係で、骨折から3週間後にようやく手術ということに決まり、手術のために入院するまで、三角巾で右手を吊って出勤し、仕事をしていた。

その時、不謹慎にも「日本人全体で7~8人しか遭遇していないような大怪我をしたのだから、こういう時に宝くじを買えば億万長者も夢ではないのではないか?」と思い、その時販売されていた宝くじを買った。多分、発売が始まったばかりの「グリーンジャンボ」だったのではないかと思う。10枚のくじの束を財布に入れる。その財布を持って、入院・手術を受けた。

手術後、3週間入院。その間は、宝くじのことなどすっかり忘れ、病院のベッドの上で、本を読む毎日で、それまで読んでいなかった「ハリー・ポッター」のシリーズの携帯版を買い込んで読んだりしていた。週末に退院し、土日に1人、月曜日からの職場復帰の準備をしている時に、ふと「そういえば、宝くじを買っていた」と思い出した。やおら、財布から宝くじの束を取り出し、インターネットで当選番号を調べる。

なんと下4桁が当たり番号と一致。「1万円」が当たっていた。これまで、下1桁の300円しか当たったことがなかっただけに、驚いた。私の目論見では、当選金の金額の「0」の数があと3つ(1000万円)か4つ(1億円)多いはずだったが、それでも、当てることを意識して買っていただけに、こんなこともあるのかという不思議な気がした。

3000円投資しているので、正味7000円の純益であるが、使い道は、3週間も仕事を休んで職場の皆さんに迷惑をかけたお詫びもかね「快気祝」として、お菓子を配る時の、軍資金の一部になった。

年末ジャンボで3億円当たったら何に使おうか、考えながら、大晦日の抽選日を待つことにしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月11日 (月)

ネタ枯れの月曜日

最近、月曜日のブログが書けない。先週は、ココログのメンテナンスだったが、遡って調べてみると、前回、月曜日に書いたのは10月23日(月)が最後だ。11月の月曜日まったく書けていないし、10月も23日だけで、それ以外の日は休業である。

土曜日・日曜日と続けて休んだ後で、月曜日は、まず仕事モードに心と体を切り替えることに集中するので、ほかのウィークデイに比べ、疲れているような気がする。10、11月とも月曜日には下書き止まりになっているネタも2件ある。ブログのネタを考えて、まとめきるところまで、頭が回らないというところだろう。

できれば、短くてもいいから、毎日続けいきたいと考えている。今回は、メンテ明けの7日(木)からだから、ようやく5日連続というところである。まずは、1週間を目標に、頑張ろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月10日 (日)

1万歩ウオーキング、途切れる

9月24日に歩数計(万歩計)を購入、翌日から1日の歩数を計測するようになり、以来、休日も何かと歩く機会を作り、毎日1万歩以上歩いてきたが、とうとう昨日(12月9日)で、途切れた。

土・日は、朝、妻と最寄りの私鉄の駅まで、片道30分弱、往復で1時間ほど歩き、6000歩~7000歩確保するのだが、昨日は朝から寒く霧雨模様だった事に加え、最近、パート先の都合で、土曜日の出勤増えてきて、昨日はその出勤日ということもあり、家の近隣を15分ほど歩いただけだった。その後、日中も冷たい雨は降り続いたし、来週、仕事の関係でちょっとした試験を受けなければならず、その勉強もしなければならず、結局、家の中で1階と2階を往復しするだけ。夜の11時過ぎで、やっと3500歩という状況だった。

外を見ると雨がやんでいたので、それでも少しでも歩こうと、よく行くレンタルビデオショップまで歩いたが、それでも片道15分。往復で30分、+3000歩程度で、昨日は6500歩で終わってしまった。

ウオーキング減量作戦のきっかけになった『医師がすすめるウオーキング』(泉嗣彦著、集英社新書)」では、1週間の中で、合計7万歩歩くことを目標にすれば良いということを書いているので、昨日の不足分は今日、明日くらいでカバーしておきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 9日 (土)

「金融内部監査士」認定書届く

10月に受験していた「金融内部監査士」試験。今日の午後、「金融内部監査士」の認定書が届いた。

今年の10月までは、通信教育を修了し、登録料(5250円)を払い申請を行うと「金融内部監査士補」に認定され、さらに「金融内部監査士」試験の受験資格を取得。4科目の「金融内部監査士」試験を受験して合格すると「金融内部監査士」資格を得て、登録料(7350円)を払って申請すると、「金融内部監査士」に認定されるという段取りであり、最後ステップの認定書が届いたということになる。

11月以降は、金融関係の監査の国際資格として、米国の「公認金融監査人(CFSA)」の試験が、日本でも日本語で受験できるようになり、それに合わせて、「金融内部監査士補」資格は廃止、「通信教育」修了者には国内資格として新「金融内部監査士」の資格が与えられ、その上位資格として「公認金融内部監査人(CFSA)」が位置づけられることになった。

経過措置として、旧制度での「金融内部監査士補」認定者は新「金融内部監査士」に横滑り、旧制度の試験に合格して「金融内部監査士」の資格保有者は、申請すれば国際資格の「公認金融監査人(CFSA)」として認定される。

受験時にも書いたが、私が10月に受験した「金融内部監査士」試験は、旧制度最後の試験で、これに合格できれば、旧「金融内部監査士」として認められ、「公認金融監査人(CFSA)」資格も得られるということで、3月から結構、真面目に勉強してきた。なんとか合格できて、旧「金融内部監査士」としての認定手続も無事終了したことになる。

次は、国際資格の「公認金融監査人(CFSA)」の認定書だが、こちらの方は、制度上は11月に、「公認内部監査人(CIA)」試験と同じ日に実施された日本での第1回の「公認金融監査人(CFSA)」試験の見なし合格者という扱いになるとのことで、来年の1月下旬に合格通知が来て、3月に認定書が来るということらしい。

当面の最終目標であった「公認内部監査人(CIA)」と今回の「公認金融監査人(CFSA)」の合格通知が1月下旬に合わせて届けられ、3月に2つの国際資格の認定書がもらえることになれば、2006年度の有終の美が飾れるのだが、CIAの方はどうなることだろう。あと、1ヵ月半、再び「人事を尽くして、天命を待つ」しかない。 

(お詫びと訂正)当初、米国のCFSA(=Certified Financial Services Auditor)につき、「金融内部監査人」と表記していましたが、日本での呼称は「公認金融監査人」でした。お詫びして、訂正します。(2006年12月11日記)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今回で200タイトル

7月16日の記事が100タイトルめということで、一度、記事を書いたが、数えると今日のこの記事がちょうど200タイトルになる。今年2月下旬にブログを始めて9ヵ月半、300日に少し足りないぐらいだろう。100タイトルから200タイトルまでの100件も5ヵ月足らず。平均すれば、3日で2件というペースは変わっていない。

アクセス件数も、おかげ様でしばらく前に20,000件を超え、来週中には25,000件の大台に達する見込みだ。日々のアクセス件数は、自分にとっても書き続ける励みになっている。やはり、アクセスが多い日はうれしい。一時、河合隼雄文化庁長官の容態についての記事にアクセスが多く、1日200件を超えた日が何日かあったが、最近は、100件前後で大きな変化はない。先週くらいまでは、試験が終わった直後ということもあってか、CIA(公認内部監査人)関係の記事へのアクセスが多かった。

自分の書いた記事への、グーグルなどの検索サイトを通じたアクセスの多寡で、世間で何が関心を持たれているのかが、垣間見える感じする。せっかく、アクセスして読んでくれた人が、何十秒かの時間をかけて、読むだけの価値があったと思われる記事になるよう、なにがしかの情報は折り込みたいと思い書いてはいるが、どうだろうか。

次の節目は、記事の数からいえば、300タイトルだが、まず来年2月のブログ開設1周年と30,000アクセスが次の目標である。できれば、1周年までに30,000アクセスが達成できればと思っている。そのためにも、質の良い記事を、書き続けることだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 8日 (金)

畠中恵の『しゃばけ』『ぬしさまへ』『ねこのばば』を読む

この1週間、新潮文庫の『しゃばけ』、『ぬしさまへ』、『ねこのばば』(いずれも畠中恵著、柴田ゆう挿画)を読んでいた。

   

『楊家将』を読んで、心理学や精神医学の新書も悪くはないが、たまには面白い小説を読むのもいいなと思い、書店の売り場をうろうろしていたら、妖怪変化を描いた怪しげなイラストに惹かれ、文庫になっていた3冊をまとめて買った。

話の舞台は、江戸時代。日本橋の廻船問屋「長崎屋」の若だんな「一太郎」の周りで起こる怪事件を、若だんなが解決していく推理ものなのだが、単なる推理小説というよりは、シリーズの1冊め『しゃばけ』の裏表紙のキャチコピーにある「大江戸人情推理帖」という説明がいちばんぴったりくるように思う。挿絵に出ている妖怪変化が、主人公の若だんなとどのような関係で、どんな活躍をするのかは、書きすぎると面白みがなくなってしまうので、読んでのお楽しみということにさせていただきたい。

シリーズ第1作めの『しゃばけ』は、2001年第13回ファンタジーノベル大賞(主催:読売新聞社、清水建設)の優秀賞受賞作で、若だんな一太郎が初登場の長編。その後の2冊は、若だんなと彼を巡る人々?を題材にした短編集で、廻船問屋「長崎屋」を舞台にした『しゃばけ』ワールドは、その奥行き、広がりをましており、読み手も、いつの間にかその世界に引き込まれてしまう。

さらに文庫化はされていないが、単行本で第4作『おまけのこ』(短編集)、第5作『うそうそ』(長編)と書き継がれており、さらに一太郎の少年時代を描いた『みぃいつけた』というイラストブック(絵本)も登場し、すでにシリーズで100万部を突破するヒット作になっているらしい。新潮社にホームページには、「しゃばけ倶楽部~バーチャル長崎屋~」というコーナーも設けられている。

新潮社の売れ筋の一つのようで、今回も『みぃつけた』の発売と『ねこのばば』の文庫化の機会に合わせ、キャンペーンを行っているようで、多くの書店で平積みで、このイラストが見えるように並べられているし、小説新潮の9月号では、著者のロングインタビューを掲載するなど、大変な力のいれようだ。

かくいう私も、文庫3冊を読んだところで、すっかり『しゃばけ』ワールドのとりことなってしまい、今日の帰り、残る2冊の単行本に、イラストブック、小説新潮まで買い込んできた。しばし、長崎屋の世界にひたるとしよう。

*『しゃばけ』関連の記事
2006年12月8日:畠中恵の『しゃばけ』『ぬしさまへ』『ねこのばば』を読む
2006年12月13日:畠中恵の『しゃばけ』ワールド第4作『おまけのこ』
2006年12月17日:畠中恵の『しゃばけ』ワールド第5作『うそうそ』を読み、シリーズ全体のテーマを考える

| | コメント (2) | トラックバック (6)

2006年12月 7日 (木)

今日は「大雪」、ココログのメンテナンスは失敗

今日、12月7日は二十四節気の「大雪(たいせつ)」。カレンダーに書いてあるコメントでは

朝夕には、池や川に氷を見るようになる。大地の霜柱を踏むのもこの頃から。山々は雪の衣を纏って冬の姿となる頃。(「ビックカメラ2006年カレンダー」より)

たしかに、朝、通りかかった近くの畑は、霜柱で白くなっていた。街は、一気に年末モードになり、クリスマスの飾りが輝いている。いよいよ冬本番である。

このブログのサービスをしているココログは、5日から7日までの3日間の予定で、メンテナンスを行っていたが、結局、うまくいかず、7日になってメンテ実施前の状況に戻して、サービスを再開した。その間、更新は全くできなかった。7月にサービスメニューの充実を行ってから、特段、問題も起こさずに来ていたが、再びつまずいてしまった。この1週間ほど、サーバーに繋がらない時も、数回あり、また、ユーザーからの不満が爆発しそうだ。 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月 3日 (日)

年賀状作りの季節

今年も、はや12月。残すところ、4週間である。毎年、この時期になると、気になってくるのが翌年の年賀状である。1年の間に、受け取った転勤や転居のハガキなどを整理して、リストを更新し、デザインを考えなくてはならない。

我が家では、結婚したときから、年賀状は家族全員の写真をメインにしている。家族全員で、お送りした方に、せめて写真で挨拶をするという意味をこめているつもりだ。

最初の頃は写真店にネガを持ち込み、デザインを選んで印刷を頼んでいたが、パソコン、カラープリンター、デジタルカメラが使えるようになってからは、自分で作るようにしている。最近は、プリンターとデジタルカメラの進化で、自作でも注文印刷に遜色ないものが作れるようになった。また、宛名書きも、パソコンとプリンターがやってくれるので、以前ほど年賀状作りに時間はかからなくなった。

その中で、最大の問題は、家族全員で写る写真をいつ・どこで撮るかだ。以前は、神宮外苑のイチョウ並木まで出かけていって、撮影したりしたこともあるのだが、ここ2年ほどは、家族全員で遠出をするだけのスケジュールの調整がつかないこともあり、自宅の前や、リビングでとお手軽にすませてしまっている。今年は、少しは気の利いたところで撮りたいと思っているのだが、長女は来週期末試験、次女は高校受験の追い込み時期と、そうそう連れ回すわけにもいかず、父親の腕が問われるところだ。来週末には、写真撮りをすませ、ハガキ作りの準備に入りたいと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年12月 2日 (土)

ウオーキング減量作戦途中経過、11月は足踏み

9月の半ばに思い立って、始めたウオーキング減量作戦。順調に減量は進み、11月の上旬には67kg台を3日連続で記録したことまでは書いたが、11月のひと月間を通して見ると、結果的には横ばいだった。

歩く方は、引き続き毎日最低10,000歩は確保し、多い日は16,000歩以上歩いた日もある。しかし、体重の方は、上旬の文化の日を含めた3連休の最終日の5日(日)に子ども達の希望もあり、家の近くのできた回転寿司店に食事に行き、子ども達のペースにつられて食べ過ぎてしまったこと、さらに翌6日(月)には、飲み会があり、どうしてもカロリー過多になってしまったことで、2日間で1kg以上増えてしまった。11月は、その増えた体重を11月の初めの水準に戻すので精一杯だった。結局記録を見ると、11月1日が68.3kg、1ヵ月後の12月1日も同じ68.3kgである。残念無念。

忘年会シーズンで、外での飲み会が多くなりがちな12月、なんとか食べ過ぎないようにしてせめて67kg台には、戻しておきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »