畠中恵の『しゃばけ』ワールド第5作『うそうそ』を読み、シリーズ全体のテーマを考える
畠中恵の『しゃばけ』シリーズの第4作『おまけのこ』に続き、第5作の『うそうそ』(新潮社)を読み終わった。
タイトルとなっている「うそうそ」は「嘘々」のことだろうと思っていたら、さにあらず、本書の物語の前に「江戸語辞典」(東京堂出版)による語釈として
【うそうそ】
たずねまわるさま。きょろきょろ。うろうろ。(畠中恵『うそうそ』2ページ)
という解説が付されている。なるほど、と思ったところで、読者はすでに江戸日本橋の廻船問屋長崎屋を舞台にした『しゃばけ』ワールドに足を踏み入れている。
今回はタイトルの「うそうそ」に象徴されるように、主人公である若だんな一太郎が、江戸から離れ、箱根に湯治に行くという話である。第1作の『しゃばけ』の後の3作は、『しゃばけ』の世界に奥行きと広がりを持たせる数々の短編を綴った短編集だったが、今回は、日本橋を離れてからの道中と目的地の箱根で巻き起こる数々の出来事・事件を綴った長編である。
長旅で、若だんなのそばを離れることなど考えられない佐助・仁吉の二人の手代が旅の最初からいなくなり、読者は、道中で起こる不可思議な出来事に、一太郎とともに、わけもわからず旅をすることになる。やがて少しずつ、事件の意外な真相が明らかになっていくが、それは読んでのお楽しみということで、本の帯にあるキャッチコピーのみ記しておく。
若だんな、旅に出る!初めての旅に張り切る若だんなだったが、誘拐事件、天狗の襲撃、謎の少女出現と旅の雲行きはどんどん怪しくなっていき……。
締めくくりに、シリーズ5作を読み通してみての感想を少々。
『しゃばけ』シリーズは、江戸時代を舞台にしているが、きわめて現代的なテーマを扱っているように思う。主人公の若だんな一太郎は病弱で、生まれてからこの方、病で床にふせっている時間の方が長いのではないかと思われるほどである。両親は、近所でも評判になるほど、息子に対して大甘だし、お守り役の佐助・仁吉の二人の手代も、何をさしおいても、若だんなが一番大事ということで、一太郎は世間の荒波から二重・三重に守られた箱入り息子である。
しかし、彼自身は、その境遇に安住しているわけではなく、なんとか人の役に立つ自分でありたいと願っている。しかし、店の手伝いをしようとしても、風邪をひく、怪我をするといって2人の手代が何もさせてくれない。その中で、どうやって独り立ちし、一人前になっていくのか。一太郎に悩みは深い。今回、第5作で、日本橋の長崎屋の世界から飛び出して、お守り役の二人の手代もいない中(兄の松之助は一緒だったが)、旅に出たことは、彼の独り立ちへ向けた転機になるのではないだろうか。
そういった一太郎のけなげな姿が、結果として過保護に育てられ、親離れ仕切れない現代の若者(中年も含めて)の共感を呼び、シリーズ100万部を超えるヒットになっているのではないかと思う。
*『しゃばけ』関連の記事
2006年12月8日:畠中恵の『しゃばけ』『ぬしさまへ』『ねこのばば』を読む
2006年12月13日:畠中恵の『しゃばけ』ワールド第4作『おまけのこ』
2006年12月17日:畠中恵の『しゃばけ』ワールド第5作『うそうそ』を読み、シリーズ全体のテーマを考える
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コメント
こんばんは。
トラバありがとうございます。
トラバ返し、させていただきました。
承認後ですので、無事到着を祈念しています。
決して体が丈夫じゃないけれど、
思いやりがあって凛々しい若だんな。
登場人物が優しいので、読んでいて和みます。
これから先も楽しみなシリーズです。
また合う記事がありましたら、トラバお気軽にどうぞ。
投稿: 藍色 | 2007年1月15日 (月) 00時12分
藍色さん、コメントありがとうございました。TBは、当然ながら、すぐ公開させていただきました。ブログを拝見するとアクセスが、既に35万件近く。まだ、私はその10分の1にも達していません。藍色さんを目標に、頑張らせていただきます。
投稿: 拓庵 | 2007年1月15日 (月) 00時29分