『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)(3)ドン
『一瞬の風になれ』の第3部ドンを読み終わった。
第3部は、主人公神谷新二と親友でありライバルでもある一ノ瀬連の2人の高校アスリートとしての最後の3年生のシーズンを描く。インターハイの地区予選から始まり、県予選、最後はインターハイ出場をかける南関東大会。
4月には、中学時代に全国大会で100m準決勝まで進んだ鍵山が新入生として入学する。春野台高校の4継(400mリレー)チームは、これまでのまとまりのある2、3年生メンバーで新シーズンに臨むか、タイムで1走の3年生根岸を上回る鍵山をメンバーに加えるかを悩む場面なども出てくる。一つのミスが命取りになる4継。一度、失敗すれば明日はない。最終的には、「鍵山を1走にしたチームであれば、全国制覇も夢ではない。大きな夢をみろ。」という根岸の言葉で、県予選からは鍵山が新たなリレーメンバーに加わる。
地区予選、県予選と春野台高校陸上部のメンバーはそれぞれの種目に挑み、敗れる者、次のステージへ進むもの悲喜こもごもである。主人公新二は、4継に加え、100m、200mとマイル(1600m、400m×4)リレーにエントリーする。
新二自身、誰もが目を見張る成長を遂げる一方、大きな失敗もしでかす。
そして、クライマックスは、インターハイ出場をかけた南関東大会の100mと4継。この場面を読んでいて、やはり思わずグッときて、涙目になってしまった。
新二が、地道な練習を続け、スプリンターとして着実に成長するとともに、部長として先輩として後輩を育て導いていく姿は素晴らしい。第1部で、サッカーのスーパースターである兄健一に追いつけず、自分をもて余し、いじけていた姿はそこにはもうない。
県予選で大きな失敗をした後、周りからの励ましを受けて、新二は次のように心の中でつぶやく。
人生は、世界はリレーそのものだな。バトンを渡して、人とつながっていける。一人だけではできない。だけど、自分が走るその時は、まったく一人きりだ。誰も助けてくれない。助けられない。誰も替わってくれない。替われない。この孤独を俺はもっと見つめないといけない。俺は、俺をもっと見つめないといけない。そこは、言葉のない世界なんだ―たぶん。
(『一瞬の風になれ』第3部ドン、246ページ)
走ることが、相手との戦いではなく、自分の持てるものを精一杯出し切るための自分との戦いであることに気づき、競技の上でも一段と成長していく。
私は、作者の佐藤多佳子さんは、陸上経験者であろうと書いたが、大ハズレだった。第3部の巻末には、「未経験の私に陸上のイロハのイから教えて下さった・・・」との謝辞が記されていた。いくら、現役の高校生選手や指導者が教えてくれたといっても、まったく経験もなく、ここまで陸上競技の神髄を描ききれるものだろうか。さすが、作家・小説家である。
完全に、この春野台高校陸上部の世界にハマってしまった私は、この感動を誰かと共有したくて、高校の時に一緒に陸上をやっていた仲間に、「この小説読んだ?」とメールしてしまった。まだ、読んでいなかったようで、「さっそく、本屋で探してみる」との返事がきた。近々、会う予定もあるので、その時に、感想を聞いてみたいと思っている。
第3部で終わってしまうのは少し寂しい。まだまだ、新二や連と一緒に、風になってトラックを走っていたい。そんなお話だった。
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1月31日:『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)(3)ドン
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