陸上部の青春を描く『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)の(1)イチニツク
先週、ある朝の通勤電車の中で、私はある本の広告をじっと眺めていた。
「王様のブランチ」2006年No.1、
「本の雑誌」2006年ベスト10第1位『一瞬の風になれ』佐藤多佳子
春野台高校陸上部。特に強豪でもないこの部に入部したスプリンター、新二と連。天才がいれば、凡人もいる。努力家も、努力の嫌いな人も。その先にあるのは、「勝ち負け」だけじゃない、もっと大きななにかなのだ。(講談社)
このキャッチコピーを見ただけで、この本は読まなくてはならないと思った。これまで、高校の陸上部が青春小説の舞台になったことなどあっただろうか。中学から大学まで、陸上部で過ごした私にとって、これは、必ず読まなければならない本である。
昨日の大阪出張の帰り、新大阪駅の書店で、とりあえず、1巻である(イチニツイテ)を買う。(ちなみに2巻は(ヨウイ)、3巻は(ドン))
帯には、次のように書いてある。
春野台高校陸上部。特に強豪でもないこの部に入部した二人のスプリンター。ひたすら走る、そのことが次第に二人を変え、そして部を変える-。
「おまえらがマジで競うようになったら、ウチはすげえチームになるよ」
思わず胸が熱くなるとびきりの陸上青春小説誕生。
昨日の帰りの新幹線で、(イチニツイテ)のほとんどを読み、今朝の通勤電車で残りを読み終わった。
あらすじは、キャッチコピーの通りだが、新二と連という2人の1年生スプリンターが走るのは、400mリレー。100mずつを4人で走り、400mトラックを1周する種目である。
主人公の新二は、兄がJリーグからスカウトされるような超高校級のサッカー選手、弟も兄に憧れ中学時代はサッカー選手だが、兄には及ぶべくもない。一方の、連は、中学2年の陸上全国大会で、100m7位入賞の経歴を持つスター選手だったが、3年の時には中学の陸上部をやめてしまう。
そんな2人が、回りの熱心な勧めもあり、春野台高校陸上部に入部するところから話は始まる。
先輩や他の同級生と400mリレーでインターハイの全国大会出場を目指すのだが、その間に巻き起こる高校生ならではの、家族との関係、恋愛等を織り交ぜながら、話は進んでいく。
陸上の試合の描写は、実によく描かれており、作者の佐藤さん自身が陸上の経験者ではないかと思う。
(イチニツイテ)の最後は、2人が1年生の秋の新人戦の県大会の場面。地区大会を最高の走りで勝ち上がり、南関東大会出場をかけた400mリレー決勝。1走新二と2走の連は、隣のレーンの県内強豪校に負けじと、これまでにない走りをする。決して負けていない、南関東大会は目の前と誰もが思ったとき、同じ1年生の3走根岸と2年生のアンカー守屋がバトンパスのタイミングが合わず、バトンゾーンをオーバーし、失格。根岸と守屋は、新二と連の2人前で、それぞれが自分のミスとうなだれる。
電車の中で、このシーンを読みながら、思わずグッとくるものがあり、目頭が熱くなった。
4継(ヨンケイ)とも呼ばれる400mリレー、バトンパスで4人の息があい、トップスピードだバトンを渡すことができれば、4人の実力を合算した以上のタイムを出すことが出来る。それがリレーの魅力であり、醍醐味なのだが、一歩間違えれば、バトンを落として置いてきぼりをくう、バトンゾーンをオーバーして失格するという地獄が口を開けている。どんな実力校であっても、逃れられないアクシデントである。
私のいた高校は、当時、まさに春野台と同じく、400mリーレーでインターハイ出場を目指し、実際に私が2年と3年の時にはインターハイに出場している。ただ、私自身は新二と連のようなスプリンターではなく、凡人の部類で、3年生の時、リレーメンバーの補欠として、同級生と後輩にインターハイに連れて行ってもらった。それでも、ここに描かれている気分は、私たちが高校の頃と一つも変わらない。それは、作者の佐藤多佳子さんが1962年生まれで、ほぼ同世代ということによるかも知れないが、まさしく陸上青春小説である。
残る2巻の(ヨウイ)と、3巻の(ドン)を今日の昼休み、三省堂の神田本店に行き買ってきた。
しばらくは、この『一瞬の風になれと』と昨日届いた松村さんの『鳥女』を鞄に入れて出勤である。
p>*関連記事
1月25日:陸上部の青春を描く『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)(1)イチニツク
1月28日:『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)(2)ヨウイ
1月31日:『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)(3)ドン
4月7日:2007年本屋大賞、『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)に決定
4月8日:佐藤多佳子さんが語る『一瞬の風になれ』執筆の舞台裏
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