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2007年1月18日 (木)

『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う

歌人の松村由利子さんが書いた短歌エッセー『物語のはじまり』を読み始めた。
著者は、1960年生まれ。私と同い年である。朝日新聞が15日(月)の紙面で、表外漢字の字体を変更するとの記事を出した際にも、歌人としてコメントを寄せている。

物語のはじまり―短歌でつづる日常

私は、同世代の人が、何を考え、何を書いているかについては、男女問わず関心があるので、朝日新聞の略歴欄に最新作として紹介されていたこともあり、手にとってみた。
更に、ひょっとすると作者は、高校の同級生かもしれないということも、読んでみようと思った理由にひとつである。これは、ご本人に確かめたわけではないので、同姓同名の別人かもしれない。

短歌エッセーと紹介されているが、自らの作品をエッセー風に解説しているわけではない。「短歌でつづる日常」というサブタイトルが示すように「1、働く」「2、食べる」「3、恋する」「4、ともに暮らす」「5、住まう」「6、産む」「7、育てる」「8、見る」「9、老いる」「10、病む、別れる」の10のテーマ毎に、他の歌人の短歌を引いて、新聞記者でもあった作者が、詠み手の境遇なども引き合いに出しながら、作者なりのそれぞれの歌の読み方を語っている。

各歌ごとの解説にも、作者である松村さん自身ののこれまでの生き様や人柄が透けてみえるが、ここでは、短歌と俳句の違いについて語った、下記の一文を紹介しておきたい。

短歌と俳句の違いは何であるか、時々考える。様々な論があるが、「物語」を含むかどうかも、その一つではないかと思う。五七五七七で構成される短歌は、下の句の「七・七」があるために、時間の流れを一首の中に取り込みやすい。俳句には一瞬を切り取り、短歌はある程度の長さの時間を追う。結果的に、短歌は物語を内包しやすいと考えられる。また、俳句は、その切れ味こそを大切にするから、嫋嫋とした物語をあえて持ち込むことを好まない面があるかもしれない。
(松村由利子『物語のはじまり』中央公論新社、14ページ)

言わば、この本は、他の歌人の歌の中に「物語」を見出し、作者自身の「物語」をも語るものである。作者は、20年勤めた新聞社を昨年辞め、著作に専念することにしたようだ。決意のほどを次のように記している。

ともあれ、四十歳を過ぎ、「ああ、折り返し点を過ぎたな」と感じ、それまでとは違うテンポで働きたくなった。短歌にかかわる時間を大事にしたいという思いもあった。会社勤めの忙しさを歌が作れない言いわけにするのは、あまり格好のいいものではないし、持ち時間は限られている。いい歌を作るには、逃げ場のないところに自分を追いつめなければならないだろうと、考えた。
(松村由利子『物語のはじまり』中央公論新社、33ページ)

1960年生まれも、今年の誕生日を迎えれば47歳。「折り返し点を過ぎたな」との感覚は、同世代なら多かれ少なかれ感じていることであろう。そうやって、自分を追いつめていこうとする作者にエールを送るように第7回現代短歌新人賞(さいたま市主催)の受賞が昨年12月に決まった。作者自身の歌人としての「物語」もこれから始まるということであろう。同世代の代表選手の一人として頑張ってほしい。

松村由利子さんのブログ:「そらいろ短歌通信 松村由利子の自由帳

*関連記事
1月18日:
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1月19日:『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う・その2
1月21日:『物語のはじまり』(松村由利子著)を読み終わる
1月24日:松村由利子さんの歌集『薄荷色の朝に』、『鳥女』届く
1月27日:第7回現代短歌新人賞受賞作『鳥女』(松村由利子著)を読み終わる
1月29日:歌集『薄荷色の朝に』(松村由利子著)を読み終わる
2月7日:『ミセス』3月号の第7回現代短歌新人賞『鳥女』の選評と作者松村由利子さんのインタビュー
2月17日:『物語のはじまり』(松村由利子著)、読売新聞書評に登場
3月3日:『物語のはじまり』(松村由利子著)、週刊新潮に取り上げられる
3月8日:『物語のはじまり』(松村由利子著)は誰に、どう読まれているか(リンク集)

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コメント

はじめまして、こんばんは。
トラックバックありがとうございました。

こちらの記事を読ませていただき、「自分がこう書きたかった」という気持ちを抱きました。

そうです、その通りです。「どうして自分はこんなふうに書けなかったんだろう?」と自問し、「人生と文章の修行不足に決まってるわ」と自答したことです。

ぜひまた訪問させていただきます。よろしくお願いいたします。

投稿: わくわくふわく | 2007年3月 5日 (月) 21時21分

わくわくふわくさん、コメントとTBありがとうございました。
私は、わくわくふわくさんの「短歌は、詠むほうにも物語があり読むほうにもまた物語があり、二つの物語がシンクロしたとき、感動が生まれるんだなあと思います。」とっても、素敵だと思います。

投稿: 拓庵 | 2007年3月 5日 (月) 23時28分

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