「人力検索はてな」をきっかけに考えた成長する「情報」
11月、公認内部監査人(CIA)の試験勉強もあり、ブログも書けない日が多かった。その結果、このブログへのアクセス件数も減り、それまで1日100件は超えることがほとんどだったのが、100件を切る日が増えた。年末から元旦にかけては毎日減る一方で元旦にはとうとう1日56件まで減っていた。その後は一転して増え始め、3日以降今日までは100件を切ることなく推移している。
ココログ・プラスの管理ページでは、一件一件のアクセスのリンク元がわかる。その多くは、私が自分の記事をトラックバックした先のブログのサイトから、そのトラックバックを経由してのアクセスか、グーグルなんどの検索サイトからキーワード検索でのアクセスが大半なのだが、ある時、「人力検索はてな」からのアクセスがあった。
(「人力検索はてな」とは、(株)はてなが始めたサービスで、会員が知りたいことを質問(有料ポイント制)すると、別の会員が答えを書き込み、満足できる回答の場合、質問者から回答者に謝礼ポイントが支払われるという仕組みのサービス)
そのリンク元をたどってみると、はてなのある会員から昨年の12月26日に「河合隼雄さんが倒れられて以降の病状の報道がなく、とても心配しています。ご存知の方は?」との質問が「人力検索はてな」にアップされていた。質問に対して5人が回答しているのだが、5人のうち2人が私のブログの記事へリンクを貼って紹介し、回答していた。その後は、その「人力検索はてな」のページから1日数件、コンスタントにアクセスがある。
私の全く知らないところで、私ブログの記事にリンクが張られ、中には、一部がそのまま引用されているものもある。なんとも、複雑かつ奇妙な心境だった。
取り上げられているのは、
9月5日:気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態・その2
11月1日:河合隼雄文化庁長官、休職
の2つ。
自分の書いたものが取り上げられたという点ではうれしいが、1人の回答者は、11月1日の記事にリンクを張り、一部は引用して、20ポイントの謝礼を受けている。オリジナルの記事を書いた私の立場・権利って何なのだろうか?という気もした。(ただ、ここでは、その点を突き詰めて考えるのが本旨ではないので、この程度にとどめて、機会があれば改めて考えることにする。)
このように、一度、ブログの記事として文章にして公開したものは、全て1つの独立した「情報」として、様々な人の目に触れ、評価され、今回のように、書き手とは別の人の手によって、紹介され、それにより、より多くの人の目に触れるようになるということである。それが、また新たな評価や紹介に繋がる。ある一定の線を越えると、書き手の意思とは関係なく、「情報」はひとり歩きし、独自に成長を始めるような気がする。
数あるブログの中には、あるテーマや話題の関するブログの記事を紹介するブログもあり、私の書いた『下流社会』の感想や、『ゲド戦記』シリーズの感想を紹介してくれたブログもある。
今回の「人力検索はてな」の件も、質問者の質問に対し、回答者が、私の記事がその質問に対する回答として紹介するのに有用な記事と評価・判断したからこそ、紹介されたのだと思うので、その点では、書き手としては喜ぶべきことだろう。
「人力検索はてな」で、関連記事が紹介されたことも影響したのだろうか、新年になってグーグルで「河合隼雄」でキーワード検索すると、このブログの8月24日の記事「気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態」がトップページの一番下(10番目)に表示されるようになった。書いてしばらくたった頃でも30~40番台だったような気がするが、いつの間にか543,000件のトップ10である。グーグルのトップページに載ることで、おそらく、アクセスは増えるだろう。
ブログは簡単に始めることが出来るが、実に奥深い世界である。成長する「情報」になれるか否かは、当たり前だが、オリジナルの記事の内容に尽きる。人が読んで価値を感じてもらえるような記事を書く努力を続けるのが、書き手の役目だろう。
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