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2007年3月 3日 (土)

訃報:『14歳からの哲学』の池田晶子さん死去

今朝の朝日新聞を見て驚いた。『14歳からの哲学』((株)トランスビュー発行)などの作品で著名な、池田晶子さんがさる2月23日に腎臓がんでなくなっていたという死亡記事が出ていたのだ。

14歳からの哲学―考えるための教科書

『14歳からの哲学』に「考えるための教科書」というサブタイトルがつけられているように、池田さんは、平易な言葉で、哲学を語り、考えることの大切さを説いてきた人である。
タイトルと語り口に惹かれて、数年前に『14歳からの哲学』を買ったところ、自分と同じ1960年生まれと知り、同世代のオピニオンリーダーとして遠くから期待していた見ていた人の一人だった。

記事は「昨夏、病気がわかり入院、いったん退院したが、今年1月に再入院した。亡くなる直前まで、週刊誌の連載執筆を続けていた」と締めくくられている。

『14歳からの哲学』の中には「死をどう考えるか」という章がある。

「死ぬ」ということは、本当はどういうことなのだろうか。人が生まれて死ぬということは、いったいどういうことなのだろうか。
生死の不思議とは、実は「ある」と「ない」の不思議なんだ。人は「死」という言い方で、「無」ということを言いたいんだ。でも、これは本当におかしな事なんだ。「無」といことは、「ない」ということだね。「無」とは「ない」ということだね。無は、ないから、無なんだね。それなら、死は、「ある」のだろうか。「ない」が、「ある」のだろうか。死は、どこに、あるのだろうか。死とはいったい何なのだろうか。
(『14歳からの哲学』50ページ)

2007年の日本に、確かに池田晶子さんの「死」はあった。しかし、池田さん自身にとって、「死」はあったのだろうか。それは、池田さんにしかわからないし、その答えが聞ける日が来ることはない。
同世代の貴重な才能が逝ってしまったことを惜しみ、謹んでご冥福をお祈りしたい。

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コメント

拓庵さん、初めまして。
TBとコメントありがとうございました。
池田さんは何も言わずに行ってしまいましたね。
自分の死について書き残したものが後から出てくるのかなあ、なんて思います。

投稿: robita | 2007年3月 6日 (火) 09時39分

robitaさん、コメントありがとうございます。
書いたものは、本人がなくなっても、形になって残る。そこに、本人の思いが宿っているのでしょう。池田さんの著作もそうやって残っていく作品になるのではないでしょうか。

投稿: 拓庵 | 2007年3月 7日 (水) 21時28分

週刊新潮のコラムを毎週読んでいたのに先週は「休載」となっておりご病気でもしているのかしらと思っていたところ、今週になって中吊り広告で亡くなったことを知り愕然。新聞を読まないので情報が遅れてしまいました。全ての著書を読んできたしこれからも読み続けるつもりだったので本当にショックです。埴谷雄高氏死去のときと同様、現在池田晶子さんの意識(以前池田晶子と呼ばれていたものの意識?)が何を感じ考えているのか知りたい!と切に感じます。

投稿: ユリカ | 2007年3月10日 (土) 22時22分

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» 人の死は悲しいのか  池田晶子の死  『人生のほんとう』  [試稿錯誤]
                                           「。。親しい人が死ぬと、当然「悲しい」という感情が起こります。ただ、なぜ悲しいのかなと少し距離を置いて考えてみると、おそらく第一に「もう会えない」という思いがあります。その次がたぶん、「かわいそう、気の毒だ」、「死んだひとは悲しいんじゃないか」、そういう思いもありますね。 でも、これはよく考えてみると、わからないんですよ。ひょっとしたらそれも思い込みではないかと考えることもできます。死んだ人が悲しい... [続きを読む]

受信: 2007年3月 6日 (火) 20時49分

» 14歳からの哲学 [Le Petit Royaume]
14歳からの哲学 読むのは2度目になるのですが、良い本であったと思います。著者の主張が全て正しいかどうかはわからないですが、考えるきっかけにはなるんじゃないでしょうか。極端に言うと、言葉があるから万物が存在しているとか自分がいるから万物が存在しているとい... [続きを読む]

受信: 2007年4月 8日 (日) 15時47分

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