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2007年3月の記事

2007年3月31日 (土)

松村由利子さんの連載、『毎日らいふ』で始まる

毎日新聞社が発行する健康をテーマした月刊誌『毎日らいふ』の4月号から、松村由利子さんの「からだの歌 こころの歌」と題した連載が始まった。(私設「松村由利子さんファン掲示板」を運営する「ろこ」さんの情報)

さっそく、家の近くの書店をのぞいて見ると、(毎月1日前後の発行ということらしいのだが)、すでに5月号が並んでいた。「からだの歌 こころの歌」の連載も2回目で、5月のテーマは「うつ」。本誌の特集記事『危険な「五月病」』の中で、五月病に潜む「軽症うつ病」の可能性を取り上げていることとも、連動しているようだ。

連載の内容は、著書である『物語のはじまり』と同じ短歌エッセイ。様々な歌人のからだやこころに関する歌を取り上げて、自分の経験や思いを織り交ぜて語る。今月のエッセイの冒頭には、さらりと自分のことが語られている。

朝の通勤電車の中で、突然ほろほろと涙があふれて止まらなくなったことがあります。ちょうど、5月ごろでした。「これって、以前に取材した”うつの初期症状”と同じだなあ」と気になり、心療内科を受診しました。医師にあれこれ話しているうちに何となく元気になり、結局、受診したのは1回きりでした。初めて、役職に就いた時のことです。
(『毎日らいふ』2007年5月号、94ページ)

第二歌集『鳥女』でも、役職に就いた時の戸惑いを思わせる歌が何首か詠まれている。組織の中では、少数派の女性の役職者。自分が手本とすべき先輩の女性役職者は少なく、後に続く、男女雇用均等法後に入社の後輩からは、自分たちの先人として道を切り開いて欲しいという期待があっただろう。いやでもプレッシャーを感じざるを得なかったに違いない。記者として、「初期のうつ」というものを知っていたことが、早期に心療内科を受診するという解決策につながったのだろう。

本誌の「五月病」の特集を読んだ上で、上に引用した松村さんの文章を読むと、より迫ってくるものがあり、最後までエッセイを読みたくなる。
編集者も上手いし、それの期待に応えるエッセイを書いた松村さんの力量も大したものだ。

これを機に『毎日らいふ』を、しばらく読んでみようと思っている。本誌の方の特集記事も、中年期の自分には何かと役に立ちそうだ。

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佐藤康光二冠(棋聖・棋王)、第34回将棋大賞で最優秀棋士賞受賞

日本将棋連盟では、毎年年度末に、過去1年を総括して、将棋大賞を発表している。

昨日(2007年3月30日)、第34回(2006年度)の将棋大賞の受賞者が、将棋連盟のホームページに掲載された。
最も活躍した棋士に贈られる最優秀棋士賞は、先日、棋王位を獲得し二冠となった佐藤康光棋聖・棋王が受賞した。
主な受賞者は以下の通り。

棋士名 回数
最優秀棋士賞 佐藤康光二冠
優秀棋士賞 羽生善治三冠
敢闘賞 渡辺明竜王
新人賞 糸谷哲郎四段
升田幸三賞 佐藤康光二冠
最優秀女流棋士賞 矢内理絵子女流名人 2回目
女流棋士賞 里見香奈恵女流初段

棋士名 記録 回数
最多対局賞 佐藤康光二冠 86局 2回目
最多勝利賞 佐藤康光二冠 57勝 2回目
勝率1位賞 阿久津主税五段 0.776
連勝賞 糸谷哲郎四段 14連勝

名局賞(今回より新設)
谷川浩司九段-羽生善治三冠
(第64期A級順位戦プレーオフ)

佐藤康光二冠は、(これまでも何度も書いているが)、2006年度の7大タイトル戦のうち、名人戦以外の6つのタイトル戦に登場。棋聖戦では、タイトルホルダーとして防衛に成功。残る5つのうち、4つは羽生、渡辺のタイトルホルダーの防衛を許したものの、最後の棋王戦で森内名人・棋王から棋王位を奪取。
さらに、JT主催の日本シリーズ(11月)で郷田真隆九段、NHK杯(3月)で森内名人・棋王を破り、優勝している。
「5連続タイトル戦挑戦」と2つの棋戦優勝だけでも、受賞資格は十分あったとは思うが、最後の棋王位獲得が決め手になっただろう。

あわせて、最多対局賞(86)、最多勝利賞(57)、升田幸三賞を受賞。最多対局賞と最多勝利最賞は、第21回(1993年度)以来13年ぶり2回目の受賞。1993年度といえば、まだ順位戦ではB級2組在籍で、現在の羽生三冠に竜王戦で挑戦し、初タイトルの竜王位を奪取した年である。

最多対局賞が80局を超えたのは、34回の将棋大賞の歴史の中で、5回しかなく、第28回(2000年度)の羽生善治(89局)、第8回(1980年度)の米長邦雄(88局)に次ぐ、歴代3位の記録である。最多勝利の57勝も、歴代7位である。

トーナメント戦が中心の将棋界では、対局数の多さは、勝ち進んでいることの証しである。勝つからこそ次の対局がある。今回の第2位は対局数、勝ち星とも勝率1位を獲得した阿久津主税五段であるが、こちらは対局数58、勝ち星45。対局数の多さでは佐藤二冠が群を抜いていることがわかる。

しかし、佐藤二冠も、これまでの棋聖に加え棋王も保有することになり、来期は棋王戦の予選には出場しなくなるので、来期の最多対局賞の受賞は今年度よりは難しくなるかもしれない。

また、升田幸三賞は新戦法、新手、妙手等を指した棋士に与えられる賞だが、常に新しい手を模索している佐藤二冠が初受賞というのは意外な感じがする。

2006年度を締めくくるに相応しい将棋大賞だったと思う。佐藤棋聖・棋王、おめでとうございます。

*将棋に関する記事(2007年)
1月8日:
佐藤康光棋聖、5連続タイトル戦挑戦者
1月17日:佳境を迎える将棋A級順位戦、郷田真隆九段へのエール
2月2日:祝・郷田真隆九段、A級最終戦を残し、第65期将棋名人戦での森内俊之名人への挑戦権獲得
2月3日:第65期将棋A級順位戦8回戦の詳細
2月3日:郷田真隆九段、父の死を知らず
2月3日:将棋永世名人位の重み
2月10日:将棋第65期順位戦B級1組第12回戦の結果分析とB級2組での渡辺竜王の昇級確定
2月12日:「名人は選ばれたものがなる」-郷田真隆名人待望論
3月3日:将棋界の一番長い日、将棋第65期A級順位戦の最終局の結末

その他このブログの過去の将棋の記事の一覧はこちら→アーカイブ:将棋

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2007年3月30日 (金)

ブログランキングドットネットで初の銅の王冠(日記:40代~)

昨日の1734アクセスではしゃいでいたら、うれしいことがもう一つ起きた。

1月の終わりに登録したblogranKing.net(ブログランキングドットネット)。登録直後の2月4日に、総合で1176位、日記のカテゴリで46位、日記カテゴリの中の「40代~」というサブカテゴリで4位になったと書き、目標は総合で三桁順位、日記:40代~で金・銀・銅の王冠が表示される3位内に一度は入ってみたいものだと書いたが、その後は伸び悩み、4位には何回かなったものの、3位には届いていなかった。

しかし、昨日の結果を今朝見ると、総合711位、日記カテゴリ30位、日記:40代~3位とようやく念願の3位に滑り込んだ。銅の王冠である。(blogranKing.netの栄枯盛衰・前途洋洋のページはこちら
このランキングは、1週間のユニークアクセス数の累計がベースになる。
この1週間のこのブログのユニークアクセス数は、総アクセス数と同様、23日211、24日238、25日141、26日173、27日305、28日705、29日1149のいう動きで累計2217。一昨日、昨日で急に伸びたのがよくわかる。
今日は、ここまでところ、一昨日・昨日の勢いはなく、総アクセス数で600、ユニークアクセスで335という数字である。

29日の数字が一巡するまでは、blogranKing.netにもそれなりの成績は残せるかもしれない。1日でも長く銅の王冠を維持できるように、頑張れねばならない。

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佐藤新棋王のおかげで、驚きの1700アクセス

昨日の深夜、3月28日のアクセス数が一気に1000アクセスを超えた(最終的には1030件)と書いたが、更に昨日3月29日のこのブログへの総アクセス数は1734件を記録した。さらに何人の人がアクセスしたかというユニーク・アクセス数でも前日の総アクセスを超える1149件だった。
他のブロガーでは、もっと多いアクセス数を記録する人はいるとは思うが、数日前まで500件だと記録的に多いと喜んでいた身からすれば、驚きの数字である。

このアクセス数の増加も、将棋の佐藤康光棋聖・棋王のおかげである。佐藤棋聖は、一昨日3月28日の棋王戦第5局で森内棋王に勝って、棋王のタイトルを奪取、二冠となったが、一昨日の夜の勝利の時点では、主催社共同通信の棋王戦ブログや将棋連盟のホームページなどで速報が流れただけで、一般に報道されたのは、昨日29日の朝刊である。
棋王戦の最終戦の日程まで気にして、棋王戦ブログなどをチェックしていた人は、一昨日の夜の時点で、タイトル奪取を知っただろうが、そこまで熱心ではないが、棋王戦の結果に興味を持つ将棋ファンは昨日の朝刊で結果を知った人も多いだろう。

一昨日28日に書いた「5度目の正直、佐藤康光棋聖、棋王位獲得」の記事も、共同通信社の棋王戦ブログ(「第32期棋王戦中継サイト」)にトラックバックしておいたので、昨日は、主に棋王戦のブログ経由で、その記事に816件のアクセスがあった。さらに「羽生善治三冠、永世王将に。永世七冠も射程に。」の記事にも280件アクセスがあり、この2つの記事だけで1096件となり、昨日の総アクセスの半分以上で、さらに一昨日の総アクセス数を超えるという集中度合いである。

それだけ、佐藤康光棋聖の棋王位奪取のニュースに将棋ファンの関心は高かったとのだろう。第一次情報源である棋王戦ブログにはアクセスが集中し、そのうちの一部の方が、トラックバックされた記事のタイトルを見て、私のブログにもアクセスしてくれたのだと思う。

よくよく、考えてみれば、将棋界の7大タイトルのうち、棋王戦以外の6タイトルうち5タイトルは、竜王戦が渡辺竜王3連覇、名人戦が森内名人3連覇、棋聖戦が佐藤棋聖5連覇、王位戦・王将戦は羽生三冠が3連覇、王座戦に至っては羽生三冠が15連覇とタイトルホルダーの防衛が続いており、3年以上タイトルの移動がない。
棋王戦だけが、昨日も書いた通り、この6年間、毎年挑戦者が勝つという巡り合わせになっている。特に、今回は、佐藤棋聖による5連続タイトル挑戦という超人的な記録の最後の締めくくりであったこと、今回の棋王タイトルの移動で、3強と言われる羽生三冠・森内名人・佐藤棋聖ののタイトル数が、①羽生三冠、②森内名人・棋王(二冠)、③佐藤棋聖(一冠)という序列が、②佐藤棋聖・棋王(二冠)、③森内名人(一冠)と入れ替わることも注目を集めた要素の一つであろう。
もちろん、7大タイトルといってもそれぞれのタイトルの格や重みもそれぞれなので、単にタイトル数だけで、序列を議論するのも短絡的かも知れないが、1年間に少なくとも保有するタイトルの回数分だけはタイトル戦に登場し、防衛ないし奪取したということは、強さの目安の一つにはなるだろう。

次のタイトル戦は、将棋界でもっとも伝統と格式をもつ名人戦である。私が応援している郷田真隆九段が、今回棋王を失い名人位のみとなった森内俊之名人に挑む。森内名人も、名人位も失うことになれば、無冠となるので背水の陣で臨んでくるだろう。しかし、それでも、郷田ファンとしては、ぜひ、郷田九段の名人位を奪取してもらいたい。
2人が争う第65期名人戦第1局は、4月10日~11日に山口県長門市で幕を開ける。

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2007年3月29日 (木)

おかげさまで、1日1000アクセス、累計5万アクセスを達成-佐藤新棋王さまさま

一昨日の記事で、3月中に5万アクセスが達成できるかも知れないと書いたが、今日に日付が替わってしばらくした2007 年3月29日の午前0時50分過ぎに記念すべき5万アクセスを記録した。

自分の思いとしては、一日300アクセスのレベルが続けば、月末の31日には、なんとか5万アクセスが記録できるのではないかと、期待していたが、目論見より2日早い達成となった。

一昨日、530アクセスを超えて1日のアクセス数の新記録更新と喜んでいたら、昨日は何と一気に1000アクセスを達成してしまった。自分でも、驚きである。

昨日は、記事にも書いた通り、将棋の棋王戦の最終局。森内棋王・名人の防衛にせよ、挑戦者の佐藤棋聖の奪取にせよ、決着がつく日である。

5連続タイトル挑戦という偉業を記録した佐藤康光棋聖が1つくらいはタイトルを取ってもいいのではないかという判官びいき的なの目で結果を見守っていた将棋ファンも多かったのではないだろうか。(5戦目の対戦相なった森内名人にとっては迷惑な話かもしれないが…)
棋王戦の結果を時々刻々伝える共同通信社の棋王戦ブログ(「第32期棋王戦中継サイト」)はアクセスが集中したのだろう。そこにトラックバックしていた私の「羽生善治三冠、永世王将に。永世七冠も射程に。」の記事にもアクセスが急増し、昨日1日だけで、このブログへのアクセス数のはぼ半分近い482件というアクセス数を記録した。私にとっては、佐藤新棋王さまさまである。

3月4日に4万アクセスを記録してから1ヵ月経たないうちに、5万アクセスを記録することが出来た。3月に入ってから、アクセスが増えており、今月の1日あたりアクセス数の平均は394件。
昨日のアクセス急増は、佐藤新棋王誕生に伴う一過性のものではあるとは思うが、それでもやはり1日の1000件を超えたことはうれしい。
これからは、1日1000件を新たな目標にして、1日でも多くそのバーをクリアできるように、1つでも多くの読んでもらえる記事を書き続けていきたい。

このブログを訪問され、記事を読んでいただいた方、その中でも、いつも読んでいただいている方ありがとうございます。

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2007年3月28日 (水)

5度目の正直、佐藤康光棋聖、棋王位獲得

2006年度の将棋界は、佐藤康光棋聖抜きに語れない。名人戦と、自らタイトルを持つ棋聖戦以外の5つのタイトル戦に挑戦者として名乗りを上げ、かつて羽生善治三冠が作った4タイトル連続挑戦を上回る、5タイトル戦連続挑戦という新記録を樹立している。

6月の始まった棋聖戦では、3戦全勝で挑戦者の鈴木大介八段を降し、5連覇で一気に永世棋聖の資格を手にしたが、その後7月からの王位戦は2勝4敗で、9月からの王座戦では3連敗に羽生三冠の防衛を許し、10月からの竜王戦では、20代の渡辺明竜王に2連勝しながら、3連敗。6戦目を制してフルセットに持ち込んだが、最終戦で力尽きた。

挫けることなく、年末年始には、王将戦で丸山忠久九段、棋王戦で深浦康市八段との決定戦を制し、挑戦者に名乗りを上げる。

しかし、1月から始まった王将戦では、羽生善治三冠を相手に、初戦を制したあと、3連敗したものの、2つ返し、第7局に持ち込んだものの及ばず、羽生王将は王将在位通算10期で永世王将資格を得た。

挑戦した5つのタイトル戦のうち4つはタイトルホルダーの防衛を許し、いよいよ残るは、2月から始まった森内俊之名人・棋王に挑戦する棋王戦のみとなる。王将戦と同時並行で進む中、全て先手番が勝つという珍しい結果で4局目までを終え、2勝2敗と最終局を迎えた。
棋王位を賭けた最終戦第5局は、今日(2007年3月28日)、東京の将棋会館で行われた。フルセットとなったタイトル戦の最終局は振り駒で先手・後手を決めるが、今回は佐藤棋聖が先手。
激戦の末、18時51分、105手で佐藤康光棋聖が、森内俊之棋王を破り、新棋王となった。
佐藤棋聖は、年間5度のタイトル挑戦がようやく最後に結実し、棋聖・棋王の二冠をつかんだことになる。本人も、5度目の正直に、安堵しているのではないだろうか。

棋王位は、1990年から2001年まで羽生善治現三冠が12連覇し、永世棋王も将棋界でただ一人資格を持っている。王座戦と並び羽生三冠の指定席の観があったが、その後2002年に丸山忠久九段が羽生棋王を破って棋王となってから、谷川浩司九段、羽生善治三冠、森内俊之名人と毎年、挑戦者がタイトルを奪うという棋戦になっており、今回も挑戦者佐藤棋聖が勝利した。来期、佐藤新棋王が、棋聖位と棋王位も二冠を防衛出来るかも、新たな見所になるだろう。

しかし、今日のところは、何はともあれ、佐藤新棋王おめでとうございます。

*将棋に関する記事(2007年)
1月8日:
佐藤康光棋聖、5連続タイトル戦挑戦者
1月17日:佳境を迎える将棋A級順位戦、郷田真隆九段へのエール
2月2日:祝・郷田真隆九段、A級最終戦を残し、第65期将棋名人戦での森内俊之名人への挑戦権獲得
2月3日:第65期将棋A級順位戦8回戦の詳細
2月3日:郷田真隆九段、父の死を知らず
2月3日:将棋永世名人位の重み
2月10日:将棋第65期順位戦B級1組第12回戦の結果分析とB級2組での渡辺竜王の昇級確定
2月12日:「名人は選ばれたものがなる」-郷田真隆名人待望論
3月3日:将棋界の一番長い日、将棋第65期A級順位戦の最終局の結末

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2007年3月27日 (火)

ニュースを反映する検索-青木新文化庁長官内定と将棋森下九段の入院

今日は、昨日の『なぜ勉強させるのか?』についての記事の続きを書く予定だったが、予定を変更して、今日の話題を取り上げる。

今日、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」への午後11時までの総アクセス数は508件、3月3日の528件を超えるかも知れない。この日は将棋のA級順位戦最終戦が前日に終わった直後で、将棋関係の記事へのアクセスが多かったことに加え、哲学者の池田晶子さんが亡くなったことが新聞で伝えられた日で、池田さんの記事にもアクセスが多く、それまでのピーク395件から一気に500の大台に乗せた。その後、1回500件を超えたことがあるが、この1ヵ月では平均346件で推移している。昨日も340件だった。

今日の総アクセス数の増加の要因は、河合隼雄さん関連の記事のアクセス数が急増したことである。何回か書いているが、これまで、このブログで最も読まれている記事は昨年8月24日の「気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態」という記事である。最近では、グーグルで「河合隼雄」で検索すると私のこの記事が、トップページの4~5番目に表示されるようになったとこもあって、毎日コンスタントに、河合隼雄さん関連の記事へのアクセスが20件~30件程度はあるが、今日は100件を超える。

これだけ、急にアクセスが増えるのは何かあったに違いない。河合さんの病状が悪化し、ニュースで伝えられたのだろうかと気になった。
改めて夕刊を見ると、「文化庁長官に青木保氏」との見出しで、政府が今日(27日)、4月1日付で文化人類学者で、早稲田大学客員教授の青木保氏を充てる人事をことを決定したことが伝えられていた。どのようなキーワードで検索され、このブログにアクセスしたかがわかるのだが、「河合隼雄」という言葉を含む検索で約100件のアクセスが記録されている。
新長官内定の報に接し、ではそもそも河合隼雄元長官はどうなっているのかと、多くの人が検索で情報を求めたのだろう。(最近の容態がわかる記事ではないので、アクセスしていただいた方には申し訳ないと思うが…)

もう一つ、検索の語句の組み合わせで、驚いたのが、「森下卓」または「森下九段」という語句と「入院」の組み合わせ。森下卓九段は将棋の棋士で、現在、将棋連盟の理事を務める。名人戦の移管騒動では、渦中の人となり、奔走していた。それが、今期の順位戦B級1組での成績にも表れたのか、ギリギリまで降級候補に入っていた。かつては、A級順位戦を制し名人挑戦者となったこともあり、今でもA級の実力は備えている。

入院というのは私自身、寝耳に水の話。このブログには、当然ながら、その答えはない。思い当たるところを探してみる。渡辺明竜王のブログに書いてある。渡辺竜王は、今日、棋聖戦の予選の準決勝で森下九段と対戦することになっていた。

※本日の対局は森下九段が入院の為、不戦勝になりました。複雑な気持ちです。(「渡辺明ブログ」より)

対戦相手が書いているのだから間違いないだろう。では、何で入院したのか。渡辺竜王のそに記事についたコメントの中に「腸閉塞」らしいとの書き込みが。ネタもとの駒音掲示板にマリオこと武者野勝巳六段が書き込みをしている。

私は、名人戦移管騒動が収まったので、森下九段も落ち着いて将棋に専念出来るはずなどと書いていたが、現在、もめている女流棋士会の独立問題でも、森下理事が苦労しているらしい。ストレスがお腹に来たのかもしれない。

青木新文化庁長官の話も、森下九段入院の話も、ブログを書いていなければ、こんなに早く気がつくことはなかっただろう。以前も書いたが、こんな小さなブログでも、社会の動きを知ることができる「のぞき窓」なのだと改めて思った。

この記事を書き終わったところで確認したところ、今日の総アクセス数は午後11時55分現在で、532件となり、1日のアクセス記録を更新していた。(ご訪問いただいた方、ありがとうございます)
5万アクセスの大台も、目前に迫っており、今月中にアクセス総数5万件を見ることができるかも知れない。

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2007年3月26日 (月)

『なぜ勉強させるのか?』(諏訪哲二著)を読んで思うこと-自立した個人になるために必要なもの

10日ほど前から読んでいる『なぜ勉強させるのか?』(諏訪哲二著、光文社新書)を読み終わった。

なぜ勉強させるのか? 教育再生を根本から考える 光文社新書

読み始めの時に書いた記事では、著者が学校の役割を「社会に適応できる人間形成の場」という形でとらえていると紹介したが、基本的に最後までその姿勢は貫かれている。

著者は、西欧近代では、絶対的な神の存在を前提に、市民社会における自立的な個人が形成され、その役割を負ったのが学校だと考えている。明治維新後の日本でも、明治日本は近代国家を形成するため、学校による教育制度を導入した。その市民社会における個人とは何かについて、今の日本の状況をどう捉えるのかを著者は次のように語る。

子ども(若者)がなかなか、おとなになろうとしない。子ども・若者たちは、なかなか一人前のおとな(社会人)にはなれないけれど、本人たちの意識では、すでに充分に一人前だと思っている。
一人前のありように対する認知レベルが違うのである。
近代的な個人である「私」(自己・「個」)の意識とは、「私」と同じ近代的人間である無数の「私」がこの社会には居て、「私」はその無数の「私」たちの一員であり、かつ、人類の一員であるという自覚(覚悟)であろう。
「私」独自の自己感情的なもの(「この私」の意識)は、「私」(自己)の社会的装いの下に隠して生き延びさせていかなければならない。一人ひとりが「この私」を表に出して生きていくわけにはいかない。
つまり、近代の「私」になることは大いなる跳躍であり、大いなる断念なのである。この跳躍と断念が日本の若者たちにはむずかしくなってきている。
(『なぜ勉強させるのか?』234~235ページ)

元高校の先生だけあって、倫理の教科書のような文章だが、自分が一番偉いし、自分は何でもわかっているという自分中心の「この私」でなく、自分も世の中の無数にいる「人」の一人に過ぎないことを、認め、受け入れるということが近代の「私」なるということであろう。
私がこれまで、考えてきたことと結びつければ、多くの「人」の中の自分に過ぎないことを受け入れている「私」が「大人」の姿であり、自分を客観視できず自分中心の「この私」に留まっている人は、たとえ何歳であっても精神的には「子供」ということだろう。

著者も次のようにも語る。

勉強することだけで、子どもを近代的個人にすることはできない。
勉強とは別のレベルで、「個」を自立させていかないと、単に成績がよくても、社会や自分に役立つ個人になることはできない。
そして、大事なことは、「個」が自立するということは、その「個」がひとりでは立てないということを自覚することなのである。
自立という言葉に反するような気もするかもしれないが、「私」は自立できないとわかったときが、自立のときなのである。
人間とはそういうものなのであろう。
(『なぜ勉強させるのか?』239ページ)

自分は、一人では生きていけない存在であることを悟った時、自立した個人となり、大人への一歩を踏み出すということだろう。

では、自立と勉強の関係については、稿を改めて次回、もう少し考えてみたい。

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2007年3月25日 (日)

気がかりな能登半島の地震の後遺症

今朝(2007年3月25日)9時42分頃、石川県の能登半島沖を震源とした地震が起きた。石川県、富山県を中心とした北陸地方で震度5から6の強い揺れを記録し、特に能登半島地域が震度6強、6弱といった強い揺れに見舞われた。

90年代後半の約5年を富山で暮らしたので、富山には知りあいも多いし、能登半島の先端部まで2度ほど泊まりがけで旅行したこともある。半島の中央にある能登島や七尾であれば、富山から車で日帰りできるコースだった。それだけに、人ごととは思えない。

北陸地方と言われるのは、通常、富山・石川・福井の3県である。新潟県を含むケースもあるが、それは中央から見たときの区分けであって、地元では普通、新潟は北陸には含まない。
人口では、富山県が111万人、石川県が117万人とほぼ同じくらい。福井県が82万人で、3県合計で300万人という人口規模であり、人口が多い地域ではない。(2005年国勢調査のデータより)

富山県がほぼ四角い県域の中心に富山市が位置するのに対し、石川県は、南北に細長く、半島部の「能登」地域と内陸の「加賀」地域の別れる。石川県117万人の人口分布は「能登」地域が約27万人、「加賀」地域に残りの約90万人が住んでおり、うち金沢市にその半分の約44万人が住んでいる。
この人口分布を見てもわかる通り、「能登」は過疎地域なのだ。特に、「奥能登」と呼ばれる能登半島の北部の輪島地区、珠洲地区などは65歳以上高齢者の比率も30%を超えている。(朝日新聞社『民力』2004より)
(なお、先日来、臨海事故の隠蔽で問題になっている北陸電力の志賀(しか)原子力発電所は、能登のうち加賀地域に近く「口(くち)能登」と言われる地域に位置する。)

今日のニュースを見ていても、休日だったことも相俟って、地震直後は被害の状況がわからず、時間の経過とともに、被害の大きさが明らかになっていった。過疎に加えて、高齢者も多いことから、自ら情報を発信する態勢にはなっていないのだと思う。役場などの悉皆調査が行われて、初めて被害の全容が明らかになると思われ、今後も被害は拡大するかも知れない。

私が富山に5年暮らした際の印象では、「能登」には漁業・農業以外にこれといった産業がなく、あとは国定公園に指定されるだけの雄大な自然と海の幸を素材とした観光だけである。輪島の「漆器」は名産だが、地域を支えるだけの力があるとは思えない。

今後、過疎地域なので、投資効率が悪いということになり、地震後の復旧工事が遅れることが一番の懸念事項である。行政に対しては、早期の復旧を期待したい。

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2007年3月24日 (土)

CFSA(公認金融監査人)の認定状届く

今日の午前中、昨年10月に受験した「旧・金融内部監査士」試験に合格したことで、有資格者となった金融監査の国際資格「公認金融監査人(Certified Financial Services Auditor=CSFA)」の認定状が届いた。

認定状は米国にある内部監査人協会(IIA)が発行するもので、世界共通。英文で書いてある自分の名前を見るのも、悪くない。認定状には、認定番号なるものも出ていて、6000番台だった。

資格を取ったからといって、それで急にその道のプロになれるわけではないが、試験のために学んだ基本的な監査に関する考え方というものは、これからの実践の中では、役にたつと思う。

残るは、「公認内部監査人(Certified Internal Auditor=CIA)」の資格。昨年11月に全4科目を受験し、PartⅠとPartⅢは合格したが、PartⅡとPartⅣは一歩及ばずだった。PartⅣは、CFSAの資格保有者は免除されるので、残るPartⅡをクリアすれば、CIAの資格も手にすることができる。毎年5月と11月の第3水曜日と木曜日が試験日である。
私が受けるPartⅡは5月16日(水)の午後。残り2ヵ月を切った。今度は、1科目だけなので、取りこぼさないよう集中して臨みたい。

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2007年3月23日 (金)

無欲恬淡

今日は、職場の飲み会。以前いた部署の部長が、4月に執行役員になるということで、かつて仕えたメンバー50人が集まった。サラリーマン社会にありがちな、義理で出る会ではなく、みんながお祝いしたいということで、幹事が声をかけたら、50人になったというものである。

合併会社なので、出身母体は様々だが、この部長は、分け隔てなく一人一人に声をかけ、気遣っていた。だからこそ、誰もがこういう人にこそ偉くなって欲しいと思うこと数年。
同期入社のメンバーがすでに何人か役員になり、年次から言えば今年が最後のチャンスだった。
もともと、本人は自ら猟官運動をするようなタイプではなく、恬淡としていて、そこがまた周りをやきもきさる。しかし、今回の人事を見て、私の奉職する組織も、まだ捨てたものでもないかなと、少しは安堵した。

そして、なんと、4月からはその部長が、いま私がいる部署の長になることになった。人の縁(えにし)は、不思議なものだ。以前、一緒に仕事をした時と比べて、成長したなと言われるように、気を引き締めて頑張らなくては。

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2007年3月22日 (木)

電子辞書と紙の辞書

第1志望の高校入学が決まった次女は、入学前の準備に忙しい。選択科目の芸術で、何を選択するのか、教科書や副読本の事前販売や、上履きの販売など、親の財布からは、何かと出費がかさむ。

英語や国語の辞書の斡旋販売のチラシもあった。学校推薦の辞書がそれぞれ4種類ほど指定され、市価よりは1割くらい値引きしてある。推奨される辞書の顔ぶれがずいぶん変わったものの
ここまでは、30年以上前の自分の高校入学時と大差はない。

しかし、チラシを1枚めくると、そこには電子辞書のパンフレットも挟まれていた。

高校生向けと銘打たれた推奨の電子辞書は、英和辞典、和英辞典、国語辞典の定番に加え、古語辞典、漢和辞典はもちろん、英英辞典、日本史と世界史の小辞典、四字熟語辞典に、ことわざ辞典、パソコン用語辞典とかゆいところに手が届く品揃えで、さらに生物・物理・化学の小辞典や百人一首も加わる。大学の受験勉強の時お世話になった、山川出版社の社会科の用語集が世界史B、日本史Bだけでなく倫理、地理、政治・経済、現代社会と全て収録されているという。
さらにイアフォンで英単語や古語の発音が聞け、手書きパネルが付いて漢字や英単語の書き取りにまで対応している。
収録コンテンツの総数は全部で56。およそ、高校3年間で必要とされるであろう辞書・辞典類は網羅されているといってよい。
それは、現在の日本で社会人として暮らすに必要な常識を網羅しているということと同義であり、親である私の方が使いたいくらいだ。

学校が、出入りの書店に、電子辞書を推奨販売を認める時代になったかと思うと、やはり30年の時代の変化を感じざるをえない。

自分の高校時代を思い返してみれば、重たい英和辞典を鞄に入れて登校し、重要な単語には赤線を引いたりしたものだが、そんなことを言っていると、古いと言われるのがオチだろう。

今年、高校を卒業した長女に、高校入学時に買い与えた、英和辞典や古語辞典は、ほとんど開かれることなく、新品同様で3年を終えた。
長女が、3年間使ったのは、私が会社の帰りに、たまたま家電量販店で格安で販売されているのを見つけて買った、コンパクトな電子辞書(英和・和英・国語・漢字・古語)だけである。それでも、高校を卒業できてしまったのだ。

紙の辞書で育ち学んだ父親は、辞書は、言葉を調べるという機能だけでなく、1冊の書物としての網羅性、一覧性、関係性を持っていることに意味があると思っている。
例えば、辞書には何万という言葉が記されているが、自分が調べるのはそのほんの一部に過ぎず、知らない言葉の方が遥かに多いことを、辞書は、その存在だけで知らせてくれる。
また、ある言葉を調べたついでに、周りの言葉にも、知らず知らずに目がいって、辞書を読むことで、英語であればルーツが同じ語群をまとめて眺めることができる。

電子辞書では、網羅性は目に見えることはなく、一覧性や関係性は捨象され、特定の言葉を調べることに特化している。それは、確かに、辞書の第一の機能であるけれど、残りの網羅性や一覧性、関係性を、本当に、捨象してしまっていいものなのだろうか?
それは、インターネットの世界が、何でも知りたいことを教えてくれるけれど、誰も全容を把握できないし、細切れに調べたことを統合し、再編集するのは、調べた側の仕事になるというのと同じことであろう。
電子辞書は、言わばミニ・インターネットなのだ。それは、知識の断片しか伝ない。細切れの知識の断片を、常に調べた側が、統合する作業をしておかないと、知識のコレクターに終わってしまう。
電子辞書は、便利なようで、実は不親切な機器なのだと思う。。

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2007年3月21日 (水)

羽生善治三冠、永世王将に。永世七冠も射程に。

将棋の第56期王将戦の第7局が昨日(2007年3月20日)、終了した。
羽生善治王将に、佐藤康光棋聖が挑む組み合わせは、昨年と同様3勝3敗となり最終局にもつれ込んだが、振り駒で先手番となった羽生三冠が、端攻めで優位を築き、粘る佐藤棋聖を振り切った。

羽生王将は、これで王将位獲得が通算10期となり、大山康晴15世名人に次ぐ、2人目の永世王将の資格を得た。他のタイトルの永世称号が、通算5期あるいは、連続5期または通算10期という条件が多い中、永世王将位は通算10期の条件しかなく、とにかく10回の王将戦7番勝負に勝たなければならない。16世名人の資格を有し、永世称号を5つ持つ中原誠永世十段も、永世王将は持っていない。

羽生三冠はこれで、現在開催されている7大タイトル戦の永世称号のうち、永世棋王、永世棋聖、名誉王座、永世王位、永世王将の5つの永世称号を獲得したことになる。
残るのは、名人位と竜王位。通算5期が条件の永世名人位については、すでに名人位4期であと1期、連続5期又は通算7期が条件の永世竜王位についても、すでに通算6期獲得しており、こちらもあと1期となっている。
4月からの第65期の名人戦については、すでに森内俊之名人への挑戦者は郷田真隆九段に決まっているが、10月からの第19期竜王戦での渡辺明竜王への挑戦者は、まだ予選の最中である。羽生三冠は最上位の予選クラス1組で準決勝に残っており、挑戦者決定の決勝トーナメントに進む可能性が高い。
早ければ、この秋にも、羽生三冠が永世位六冠めの永世竜王を目指す戦いが見られるかも知れない。

一方、5連続タイトル戦挑戦の新記録を樹立した佐藤康光棋聖は、王位戦、王座戦、竜王戦に続き、王将戦でも敗れ、残すところは、森内俊之棋王・名人に挑戦している棋王戦だけとなった。こちらは、2勝1敗でリードしている。また、先日のNHK杯の決勝では同じ森内名人と戦い、森内名人有利と思われた将棋を逆転で勝利し、初優勝を果たした。
三度目の正直ならぬ、五度目の正直で棋聖位に続く棋王位獲得で二冠となれるか、こちらは明後日(3月23日)が第4局である。

*将棋に関する記事(2007年)
1月8日:
佐藤康光棋聖、5連続タイトル戦挑戦者
1月17日:佳境を迎える将棋A級順位戦、郷田真隆九段へのエール
2月2日:祝・郷田真隆九段、A級最終戦を残し、第65期将棋名人戦での森内俊之名人への挑戦権獲得
2月3日:第65期将棋A級順位戦8回戦の詳細
2月3日:郷田真隆九段、父の死を知らず
2月3日:将棋永世名人位の重み
2月10日:将棋第65期順位戦B級1組第12回戦の結果分析とB級2組での渡辺竜王の昇級確定
2月12日:「名人は選ばれたものがなる」-郷田真隆名人待望論
3月3日:将棋界の一番長い日、将棋第65期A級順位戦の最終局の結末

その他このブログの過去の将棋の記事の一覧はこちら→アーカイブ:将棋

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2007年3月20日 (火)

「春分」を前に、東京では桜の開花宣言

明日は、「春分の日」。二十四節気の一つでもある。『美しい暦のことば』(山下景子著)には、次のように書かれている。

この日は、「秋分」とともに、昼と夜の長さがほぼ同じになるということと、もうひとつ、太陽が真東から登って真西に沈むというのが特徴です。
(『美しい暦のことば』41ページ)

二十四節気が使われ出したのは、古代中国の頃らしいが、どうやって夜と昼の長さが同じということを計測できたのだろうか、その頃正確な時計などなかったはずなのにと、改めて人類の知恵の奥深さに、頭が下がる。

「暑さ寒さも彼岸まで」とも言われるが、先日、観測史上最も遅い初雪が降った東京で、今日、桜(ソメイヨシノ)の開花宣言があった。気象庁が観測に使っているのは、靖国神社の桜で、今日六輪の花が咲いているのが確認され、開花宣言となった。東京の開花が全国トップというのは、珍しいらしい。

なんで、桜だけが開花宣言などするのと言う気もするが、日本人の桜好きは今に始まったことでもない。

世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし
(在原業平)

ひさかたの光のどけき春の日に 静心なく花の散るらむ
(紀貫之)

などといった和歌を思い出せば、平安の時代から日本人は桜を愛し続けて来たわけで、それはDNAに刻み込まれたものかも知れない。

我が家では、3人の子が長女はさる8日に高校を卒業し、次女が、今日、中学校の卒業式を終えた。残った長男が23日に小学校の卒業式を迎える。
春分と桜と卒業、4月に迎える入学式までのつかの間の自由な時間を子どもたちは、羽を伸ばしてエンジョイしている。「新しい学校への準備や心構えは出来ているの?」と小言を言いたくなるのを我慢している父親である。

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2007年3月19日 (月)

松村由利子さんの作品を語る『私設「松村由利子さん」ファン掲示板』登場

私も何度かコメントを書かせていただいた「言葉の泉」というブログを書かれている「ろこ」さんが、このたび、『私設「松村由利子さん」ファン掲示板』を開設された。

松村さんの作品について自由に語り合う場所として、作ったとのこと。

皆様がたのご感想やご意見、情報交換などの場としてご利用いただければ幸甚です。(「言葉の泉」より)

私も、さっそく、開設のお祝いを書かせていただいた。
松村由利子ファンの方は、ぜひ訪問し、コメントを書き込まれたらいかがだろうか。

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2007年3月18日 (日)

ICカード乗車券PASMO、サービス開始

今日(2007年3月18日)から、東京近郊の私鉄各社と地下鉄(東京メトロ、東京都営)などの鉄道ネットワークで、非接触型IC「フェリカ」の技術を利用したICカード乗車券PASMOのサービスが始まった。
カードの中に埋め込まれている非接触型のICチップに、券売機等でチャージした金額が記録され、乗車の都度、減額されるプリペイドのサービスである。

これまでは、私鉄や地下鉄の利用者は、プリペイドの磁気カード「パスネット」を購入していたが、PASMOにある程度の現金をチャージしておけば、電車に乗車する時や乗り換えのたびに、切符を買わなくてもいいし、パスネットもいらない。

同時に、同様の技術を利用しているJR東日本のSuicaとの相互利用も可能になり、東京近郊では、PASMOかSuicaが1枚あれば、電車のネットワークは原則どこでも利用できることになった。(一部バスも利用可能)

しかし、便利になるばかりのように見えるPASMOかSuicaなどのICカード乗車券にも弱点はある。
一番問題なのは、パスネットと違って、チャージした金額の残額がわからないことである。
私は、私鉄とJRの乗り換えでパスネットとSuicaを使っていたが、ラッシュ時の乗り換えの時に、Suicaの残不足で自動改札を通れず、後ろで並んでいる人の顰蹙をかったことが一度ならずあった。

それを回避するため、クレジットカードと紐付けされたオートチャージというサービスもある。改札通過時に時に残高が2000円以下の場合は、その時点で3000円クレジットにより自動的にチャージされ、他のクレジットカード代金とともに、クレジットの決済日に決済されるというものである。(この機能によって、本来プリペイド(前払)のサービスであったPASMOやSuicaがポストペイド(後払)の信用供与サービスに変換されることになる)

一方、定期券とPASMO(Suica)を1枚にセットにすることも出来る。私は、通勤は、私鉄と地下鉄を乗り継いでいるので、PASMO定期券の対象になる。PASMO定期券が1枚あれば、他には何もなくとも、東京近郊の鉄道は自由に乗り降りできる。
私にとっての問題は、①PASMO定期券にオートチャージ機能が着けられるのかということと、②オートチャージが着けられるとして、クレジット代金の支払日が揃うよう自分がメインカードとして使っているクレジットカード会社(JCB)を選べるのかという点だった。

①については、調べたところ可能なようだ。②についても、私が利用している私鉄系のカードはJCBがないが、地下鉄の方ではJCBをラインアップしていた。4月の下旬に今の使っている定期券の期日が来るので、それまでにPASMO用のクレジットカードの申込を行い、次の定期からは、オートチャージ機能付きPASMO定期券を使うことにしたい。

*関連する記事:2006年12月21日「2007年3月、PASMOスタート、Suicaと相互利用も

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2007年3月17日 (土)

将棋第65期順位戦B級1組の最終戦が終了し、順位戦全日程終了

昨日(2007年3月16日)、将棋の順位戦で最後に残っていたB級1組の最終戦6局が将棋会館(東京)と関西将棋会館(大阪)で行われ、順位戦の全日程が終了した。

結果は以下の通り。

勝ち 成績 負け 成績
高橋道雄九段 8勝4敗 鈴木大介八段 7勝5敗
森下 卓 九段 5勝7敗 行方尚史七段 8勝4敗
島  朗 八段 7勝5敗 中川大輔七段 5勝7敗
木村一基七段 9勝3敗 野月浩貴七段 3勝9敗
井上慶太八段 7勝5敗 森けい二九段 0勝12敗
畠山 鎮七段 7勝5敗 堀口一史座七段 6勝6敗

(注:下の2局が関西将棋会館で開催)

その結果最終成績は以下の通りとなった。

順位 棋士名 成績 来期
1 木村一基七段(4) 9勝3敗 A級9位昇級
2 行方尚史七段(7) 8勝4敗 A級10位昇級
3 高橋道雄九段(11) 8勝4敗 B級1組3位
4 鈴木大介八段(1) 7勝5敗 B級1組4位
5 井上慶太八段(6) 7勝5敗 B級1組5位
6 島  朗 八段 (9) 7勝5敗 B級1組6位
7 畠山 鎮七段(12) 7勝5敗 B級1組7位
8 堀口一史座七段(8) 6勝6敗 B級1組8位
9 北浜健介七段(10) 6勝6敗 B級1組9位
10 森下 卓 九段(2) 5勝7敗 B級1組10位
11 中川大輔七段(3) 5勝7敗 B級1組11位
12 野月浩貴七段(5) 3勝9敗 B級2組降級
13 森けい二九段(13) 0勝12敗 B級2組降級

3敗組でトップグループの2人うち、木村一基七段は最終戦も勝ち、自力昇級を決めた。行方尚史七段は、最終戦に敗れたが、上位で昇級の目が残っていた鈴木大介八段が敗れたため、A級行きの切符を手に入れた。

来期のB級1組は、昇降級者4名が抜け、残った7人にA級から深浦康市八段(B級1組1位)、阿部隆八段(同2位)の2人が戻り、B級2組から破竹の勢いの渡辺明竜王(同12位)と杉本昌隆七段(同13位)が上がってくる。
将棋連盟理事として名人戦騒動の矢面に立っていた森下卓九段も来期は将棋に専念できる態勢が整うし、元タイトルホルダーである高橋道雄九段も好位置に上がってきた。
誰が昇級してもおかしくない顔ぶれであろう。来期はB級1組も目が離せない。

そして、4月10日からは順位戦の頂点である、森内俊之名人と挑戦者郷田真隆九段による第65期名人戦7番勝負が始まる。

このブログの過去の将棋の記事はこちら→アーカイブ:将棋

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2007年3月16日 (金)

47年ぶりの遅い東京都心の初雪

暖冬だったせいもあって、3月に入ってコートを着るのをやめた。いまひとつ、暖かくなりきれないものの、慣れれば、さほど肌寒さも苦にならない。

今朝も、コートを着ずに出勤したが、さすがに寒かった。空もどんよりとしている。しばらく、自転車を走らせていると、空中を舞う白い小さい粒。「雪じゃないか」と思うが、本当にわずかに舞うという程度だったので、確信は持てなかった。

東京都心の降雪の観測地は大手町にある気象庁の前庭である。そこで、雪が観測されなければ、記録には残らない。はて、どうだったろうかと気になるが、職場では天気ばかりを気にしているわけにもいかず、確認できたのは帰宅してからだった。

朝日新聞の夕刊に、「春の初雪 都心、最も遅く」との記事。

16日朝、東京都心でこの冬初めての雪が降った。気象庁によると、統計が残る1876年以降で最も遅い初雪となった。
同庁によると、これまで東京都心で初雪が最も遅かったのは1960年の2月10日。47年ぶりに塗り替えた。
(2007年3月16日、朝日新聞夕刊)

1960年生まれの自分にとって、どこか親近感を感じる話である。ということは、自分も今年の誕生日を迎えれば47歳になるということ。だんだん、50の大台が近づいて来た。
中年期の次のことも考え始めなければならない時期が近づいているのかもしれない。

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2007年3月15日 (木)

サブ・ブログ「アーカイブ栄枯盛衰・前途洋洋」を立ち上げる

このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」をサポートするサブ・ブログとして「アーカイブ栄枯盛衰・前途洋洋」という新ブログをスタートさせることにした。

正月元旦の記事で「一年の計」」として、ホームページを立ち上げて、書きためたブログの記事を統一感を持って再編集するというのを目標の一つにしている。
しかし、いちいちホームページを作るより、ココログプラス残る空き枠1つを使って、テーマ毎の索引ブログ(リンク集)を作った方が、手早いと思い、方針を変更した。

各記事のタイトルが、グルーピングするテーマ(カテゴリ)で、本文をリンク集として使う。
従来のココログのカテゴリのように記事を書いた順に並べるのではなく、更にリンクを内容によって細分化し、内容毎にサブグループでまとめることにした。
単なるリンク集ではなく、大テーマ(カテゴリ)と個別の記事については、改めてコメントを添え、関心をもってもらえるように工夫したつもりだ。

第一弾は、「アーカイブ:河合隼雄」。今後、順次増やしていきたい。一度、のぞいていただければと思う。

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2007年3月14日 (水)

『なぜ勉強させるのか?』(諏訪哲二著)を読み始める

光文社新書の2月の新刊、『なぜ勉強させるのか?』(諏訪哲二著)を読み始めた。
著者の諏訪哲二さんは、1941年生まれで、埼玉県の県立高校の教諭を長く務め、2001年に定年退職された。現在「プロ教師の会」代表。この著書以外にも中公新書クラレで『オレ様化する子どもたち』など、教育現場での経験に根ざした教育論を提起している。

なぜ勉強させるのか? 教育再生を根本から考える 光文社新書

この本には、サブタイトルとして「教育再生を根本から考える」とあり、帯には、「学ぶ姿勢のない子ども、成績だけにこだわる親、学力以前に注目しよう」とのキャチコピーが書かれている。

まだ、全体の1/3ほど読んだところだが、著者は、現在の教育再生の動きは、単に「学力向上」偏重、教育への競争原理の導入に過ぎず、学校教育が本来持つべき「社会に適応できる人間形成の場」という意味あいが捨象されていると警鐘を鳴らしている。

これまで、読んだところでは、私自身、同意見であり、ひたすら学力向上だけに励み、いい学校に入ることで、人生の成功が全て約束されているかのような風潮の蔓延、お受験の過熱には首をかしげざるを得ない。
私自身の教育方針は、このブログを始めてすぐに一度書いたことがあるので、詳しくはそちら(2006年3月5日:受験生の親として考えること)をご覧いただきたいが、中学までは地元公立校で世の中の縮図の中でもまれ、高校も第一志望は公立高校、大学は行くか行かないかも含め本人が考える。親は、その選択をできる限りサポートするという方針である。

この教育方針が、本当にうまくいったのかどうかの答えは、私も妻も死に、3人の子ども達それぞれが、最期を迎える時に、それぞれで判断してもらうしかない。
簡単には答えの出ない問題だが、まず、親自身が「教育というものは、それだけ息の長い事業で、むしろ種をまいたら、適度な水と肥料はやるにせよ、芽が出て、花が咲くのをじっと待つしかないものだ」と考え腹をくくることだと思っている。
子供の人生は子供のもの、親が代わりに生きてやることはできない。ならば、3人の子が生き抜いていく力を身につけさせることしかないのではないか。もちろん、学力はその重要な要素の一つではあるが、それがすべてではない。学力競争が終わった後に始まる本当の競争の中で生き残っていく力を、どうやって身につけさせるかが本当の教育だと思う。

抽象的な議論になってしまったが、本書を読み終えたら、あたらめて整理したい。

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2007年3月13日 (火)

将棋プロ棋士の2006年獲得賞金・対局料(2006年)ベスト20に思う

先日発売された『将棋世界』の2007年4月号に2006年のプロ棋士の「獲得賞金・対局料ランキングベスト20」という記事が出ていた。
ベスト10は以下の通りだ。

順位 棋士名 金額(万円) 前年
1 羽生善治三冠 9,376 10,391①
2 佐藤康光棋聖 7,576 5,040④
3 森内俊之名人 6,536 7,117②
4 渡辺 明竜王 5,654 6,194③
5 谷川浩司九段 3,205 2,844⑤
6 丸山忠久九段 3,116 1,898⑫
7 藤井 猛九段 2,506 1,981⑨
8 鈴木大介八段 2,277 1,479⑮
9 郷田真隆九段 2,159 1,934⑪
10 森下 卓九段 1,989 1,622⑬

上位4名はタイトルホルダー、残り之ベスト10以内の顔ぶれは、昨年のタイトル戦の挑戦者や、その他棋戦の優勝、高額賞金で知られる竜王戦で活躍したなどである。

将棋界のスーパースター羽生善治三冠にしてようやく1億円に届くか届かないかといったレベルである。10位の森下九段で2000万円を下回り、20位の先崎学八段で1,152万円である。ゴルフや野球といったプロスポーツと比べると、ずいぶん少ないように思うのは私だけだろうか。20位の先崎八段クラスであれば、同年代(先崎八段は36歳)の一流企業のサラリーマンであれば、十分稼げる年収であろう。

まして将棋界には、150名を超える現役プロ棋士がいる。少年時代から、天才・神童と言われたような才能が、競い合ってプロになるための狭き門をくぐり抜けて、晴れてプロ棋士になっても、上位10人に入ってようやく賞金2000万円ということであれば、その明晰な頭脳を将棋にのみ使ってプロ棋士になることが、本人にとって本当に幸せなのだろうかなどと余計なことを考えてしまう。

一方で、所詮、将棋のタイトル戦もスポンサーあってのこと。今は、新聞社がメインのスポンサーだが、メディア・イベントとしての価値がある、購読者が注目する話題になるからこそ、多額の賞金を投じて棋戦を運営しているのだと思う。人口減少が進み始めた中、結局、将棋界、そして棋士ひとりひとりが一人でも多くの将棋ファンを作り、将棋人口を裾野の広げていかないと、イベントとしての価値も低下してしまい、ジリ貧になっていまう。まして、新聞という媒体の存在自体が、インターネットの存在によって、揺らいでいる。

そのあたりの構造変化に危機感を感じ、敏感に反応しようとしているのが、現在の将棋連盟の米長邦雄会長とそれを支える執行部であろう。タイトルホルダーと将棋ソフトとの対戦や、従来の対面式による対局ではなくインターネット対戦による棋戦の開始など、新しい試みを次々と打ち出している。

ファンの裾野を広げ、ネット社会で自らのポジションを確保できるかで、現役プロ棋士達の今後の年収も変わってくることだろう。当分、将棋界の動きはウオッチしていくつもりだ。

このブログの過去の将棋の記事はこちら→アーカイブ:将棋

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2007年3月12日 (月)

第7回現代短歌新人賞表彰式での松村由利子さんの様子

昨日(2007年3月11日)は、松村由利子さんが第二歌集『鳥女』で受賞した第7回現代短歌新人賞の表彰式が、さいたま市の大宮ソニックシティビルで行われた。

私は見に行けなかったのだが、ありがたいことに、先月から私のブログを読んでくれているというトロアさんが、表彰式を見に行かれたとのことで、昨日の「松村由利子さん、『物語のはじまり』の作者として日本経済新聞の読書欄に登場」の記事に、表彰式の様子について、コメントを投稿してくださった。ご本人の了解の上で、転載させていただく。

本日、さいたま市で行われた第7回現代短歌新人賞表彰式に行ってきました。
松村さんは、少し緊張しておられた様でしたが、さくら色のお着物に受賞作「鳥女」にちなんでか、鳥の柄の入った帯がとても良く似合っておられて、まぶしいくらい美しかったです。
受賞のあいさつの最後の「人の心に届くうたをつくっていきたい。」という言葉が印象的でした。想像していた通りの、知的で優しそうな方でした。
ちなみに、表彰式のお土産はミセス3月号でした。
(トロアさんのコメントより)

また、トロアさんからの追加情報で、第1回現代短歌新人賞の受賞者でもあり、松村さんと同じ「かりん」のメンバーである梅内美華子さんのブログにも、その様子が書かれているとのこと。
そちらには、リンクを張らせていただくことにする。

梅内美華子さんのブログ
「つれづれぱんだ 歌人・梅内美華子の気まぐれ日記」

会社を辞め創作活動に専念を始めた松村さんにとっては、この賞は、新たな門出を祝う何よりはなむけだろう。
松村さん、受賞おめでとうございます。

第二歌集『鳥女』、短歌エッセイ『物語のはじまり』に続く、次の作品が待ち遠しい。

松村由利子さんのブログ:「そらいろ短歌通信 松村由利子の自由帳

*関連記事
1月18日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う
1月19日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う・その2
1月21日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)を読み終わる
1月24日:
松村由利子さんの歌集『薄荷色の朝に』、『鳥女』届く
1月27日:
第7回現代短歌新人賞受賞作『鳥女』(松村由利子著)を読み終わる
1月29日:
歌集『薄荷色の朝に』(松村由利子著)を読み終わる
2月7日:
『ミセス』3月号の第7回現代短歌新人賞『鳥女』の選評と作者松村由利子さんのインタビュー
2月17日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)、読売新聞書評に登場
3月3日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)、週刊新潮に取り上げられる
3月8日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)は誰に、どう読まれているか(リンク集)
3月11日:
松村由利子さん、『物語のはじまり』の作者として日本経済新聞の読書欄に登場
3月12日:
第7回現代短歌新人賞表彰式での松村由利子さんの様子

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2007年3月11日 (日)

300タイトル超えに思う

先ほど書いた、「松村由利子さん、『物語のはじまり』の作者として日本経済新聞の読書欄に登場」の記事が、ブログ開設以来自分が書いた記事としては、300タイトルめにあたった。

200タイトル達成が昨年(2006年)の12月9日、300タイトルでの100件は、約3ヵ月で書いたことになる。100件達成まで、101件めから200件達成までにともに、約5ヵ月半かかっていたことを思えば、相当なスピードアップである。
今年の元旦以降は、毎日書いているし、土日などは題材と時間があれば、2件、3件とまとめて書くこともあるので、結果的に1日1ブログのペースを上回ることになった。

昨年の秋頃は、公認内部監査人(CIA)の受験のため勉強をしなければいけないということもあったが、自分自身、中だるみの感があり、ブログに何を書くかが、いまひとつ定まらないところがあった。自分では、CIAの試験が終わるまでは、そちら優先でと考えてはいたが、試験が終わったあとも、いまひとつブログを書くペースがつかめないまま、年末年始を迎えた気がする。

それに刺激を与えてくれたのが、松村由利子さんの『物語のはじまり』だった。
今朝の日経新聞の「あとがきのあと」の記事でも少し紹介されているが、松村さんの『物語のはじまり』は、他の歌人の短歌を解説しつつ、最後は自分を語っている。
私も、読んだ本などを題材に記事を書く時は、決して1冊の本を丸ごと評論するということはなく、自分の気に入った一節を引き、そこから自分の経験などに基づいた持論を展開するという書き方をすることが多かったが、とはいえスタイルとして完全に確立できていたわけでもなかった。

『物語のはじまり』を読んで、そのあたりのモヤモヤ感が吹っ切れた気がする。最後に語るべきは自分のこと。しかし、とことん、自分にこだわっていくと、それはどこかで、時代とか全体とつながって、読む人の共感を得られるのではないか。
松村さんを個人的に応援しているのも、そういう「気づき」を与えてくれたことへのささやかなお返しがしたいということなのかも知れない。

300タイトルは通過点に過ぎないが、この機会に、昨年秋に一度チャレンジして採用されなかったYahooのカテゴリ登録に再チャレンジしてみようと思っている。

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松村由利子さん、『物語のはじまり』の作者として日本経済新聞の読書欄に登場

今日(2007年3月11日)の日本経済新聞の朝刊の読書欄の「あとがきのあと」で、『物語のはじまり』(中央公論新社)の作者として、松村由利子さんが顔写真入りで取り上げられた。

物語のはじまり―短歌でつづる日常

作者のインタビューを織り交ぜた記事は次のように始まる。

食べる、恋する、住まう、老いる。日常生活の様々な出来事をうたった佳品を、エッセーに織り込んで紹介した。「短歌には、口ずさめば心が明るくなるような作品がたくさんある。一首が短いから小説ほど読むのにも時間は要らないし、忙しい人にこそ親しんでほしいと思った」。執筆のきっかけを語る。

この記事を書いている記者は、この本の本当の良さを理解していると思ったのは次の一節だ。

日常生活や取材での出会いなどから紡いだ経験談が短歌をやわらかく包みこむ。例えば「もろともに冬幾たびを籠もりつつきみこそもつと知りたきひとり」(今野寿美)を引きつつ、好きな相手の読んだ本を知りたくて図書館の貸し出しカードを片っ端からチェックした思い出を語るくだり。「こんなに自分をさらけ出すなんて、みっともない」と笑うが、そこが本書の魅力の源泉でもある。

この本が、ただ単に他の歌人の短歌を解説するだけの本であったら、おそらく短歌の世界の中だけの話題で終わっただろう。
読者は、短歌と主に語られる作者自身の姿に共感する。そこに語られるのは、あくまで作者個人の経験なのだけれど、同じ空気の中で生きてきた30代から50代前半ぐらいの人たちにとって、自分も「同じような経験、思いをした」ということが、そこここに散りばめられている。

図らずも、時代の代弁者になっていることが、TBSの「hito」という番組で「今を生きる人」として取り上げられ、今回、日経新聞でも取材を受けた理由ではないかと、私は思っている。

記事は、最後に作者の次の言葉と記者のコメントで締めくくられる。

「歌を詠むのは自分の心の地下室に下りていくこと。いい点悪い点含めていろんな面が見えるので、つらいこともある」。短歌とは苦楽あわせ持つ存在、つまり人生そのものなのだろう。

「心の地下室の下りていく」というコメントは、TBSの「hito」の中でも語られていた。一人で、自分の心の内側と向き合う作業、それが、歌を詠むということなのだろう。

昨日(3月10日)発売された、文藝春秋4月号では短歌欄に、「花の色」という題の松村さんの新作短歌8首が掲載されている。こちらも、ぜひご覧いただきたい。

松村由利子さんのブログ:「そらいろ短歌通信 松村由利子の自由帳

*関連記事
1月18日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う
1月19日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う・その2
1月21日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)を読み終わる
1月24日:
松村由利子さんの歌集『薄荷色の朝に』、『鳥女』届く
1月27日:
第7回現代短歌新人賞受賞作『鳥女』(松村由利子著)を読み終わる
1月29日:
歌集『薄荷色の朝に』(松村由利子著)を読み終わる
2月7日:
『ミセス』3月号の第7回現代短歌新人賞『鳥女』の選評と作者松村由利子さんのインタビュー
2月17日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)、読売新聞書評に登場
3月3日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)、週刊新潮に取り上げられる
3月8日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)は誰に、どう読まれているか(リンク集)
3月11日:
松村由利子さん、『物語のはじまり』の作者として日本経済新聞の読書欄に登場
3月12日:
第7回現代短歌新人賞表彰式での松村由利子さんの様子

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2007年3月10日 (土)

第65期将棋B級2組順位戦、最終戦の結果

昨日、2007年3月9日(金)は、将棋のB級2組順位戦最終戦(第11局)が東京の将棋会館と大阪の関西将棋会館でいっせいに行われた。
B級2組では、先月の第10局で、今期B級2組に昇級したばかりの渡辺明竜王が、9連勝で早々に昇級を決めており、最終戦の注目は、残る2人目の昇級者に誰がなるかであった。

候補者は、7勝2敗の杉本昌隆七段(今期の順位6位)と加藤一二三九段(同18位)、それに6勝3敗で今期の順位が3位と2人より上位の佐藤秀司六段の3人である。
杉本七段が勝てば、自力昇級。杉本七段が負けた場合は、最終戦で、残る候補の加藤九段と佐藤六段が対戦するので、二人のどちらが勝っても、負けた場合の杉本七段の成績を上回り、勝った方が昇級となる。

対戦成績は以下の通りだった。

勝ち 成績 負け 成績
先崎 学八段 6勝4敗 南 芳一九段 5勝5敗
土佐浩司七段 4勝6敗 青野照市九段 0勝10敗
屋敷伸之九段 7勝3敗 小野修一八段 4勝6敗
佐藤秀司六段 7勝3敗 加藤一二三九段 7勝3敗
泉 正樹七段 4勝6敗 中村 修八段 6勝4敗
渡辺 明竜王 10勝0敗 神谷広志七段 5勝5敗
飯塚祐紀六段 6勝4敗 内藤國雄九段 3勝7敗
杉本昌隆七段 8勝2敗 桐山清澄九段 4勝6敗
中田宏樹八段 5勝5敗 浦野真彦七段 3勝7敗
畠山成幸七段 7勝3敗 田中寅彦九段 4勝6敗
山崎隆之七段 7勝3敗 福崎文吾九段 0勝10敗

(注)上6局が将棋会館、下5局が関西将棋会館で対局

既に、昇級を決めていた渡辺竜王が最終戦の神谷七段戦にも勝ち10戦全勝。残る2人目の昇級者には、候補の1番手に着けていた杉本七段が、桐山九段を降して、自力で勝ち取った。来期2人は上位のB級1組の12位(渡辺竜王)と13位(杉本七段)を占めることになる。

来期(66期)のB級2組の順位表の上位10名は次のようになるだろう。

順位 名前 65期の成績
1 野月浩貴七段 B級1組より降級
2 森けい二九段 B級1組より降級
3 佐藤秀司六段 7勝3敗(3)
4 屋敷伸之九段 7勝3敗(8)
5 畠山成幸七段 7勝3敗(9)
6 加藤一二三九段 7勝3敗(18)
7 山崎隆之七段 7勝3敗(20)
8 先崎 学八段 6勝4敗(1)
9 飯塚祐紀六段 6勝4敗(10)
10 中村 修八段 6勝4敗(17)

( )内の数字は65期のB級2組での順位

来期は、この10名の中から昇級者が出るのか、C級1組からの昇級者が一気に駆け上がっていくのか、4月から新たな1年の戦いが始まる。

*将棋に関する記事(2007年)
1月8日:
佐藤康光棋聖、5連続タイトル戦挑戦者
1月17日:佳境を迎える将棋A級順位戦、郷田真隆九段へのエール
2月2日:祝・郷田真隆九段、A級最終戦を残し、第65期将棋名人戦での森内俊之名人への挑戦権獲得
2月3日:第65期将棋A級順位戦8回戦の詳細
2月3日:郷田真隆九段、父の死を知らず
2月3日:将棋永世名人位の重み
2月10日:将棋第65期順位戦B級1組第12回戦の結果分析とB級2組での渡辺竜王の昇級確定
2月12日:「名人は選ばれたものがなる」-郷田真隆名人待望論
3月3日:将棋界の一番長い日、将棋第65期A級順位戦の最終局の結末

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2007年3月 9日 (金)

山下景子さんの『しあわせの言の葉』(宝島社)

『美人の日本語』や『美しい暦のことば』などの著書がある山下景子さんが、新しく『しあわせの言の葉』(宝島社)を出版された。

今回のテーマは、日本の女性たちが残した言葉に、著者が感じたことを書き添えるというもの。69名の女性の72の言葉が、

花:心を愛で満たし、勇気を与えてくれる言葉
鳥:心を自由にし、気持ちを新たにしてくれる言葉
風:まわりの人に感謝し、やさしくなれる言葉
月:素直に自分と向き合い強くなれる言葉

の4つのテーマに分けて語られている。登場するのは、歴史上の人物では、額田王、清少納言、紫式部、北条政子など、最近まで存命だった人では、沢村貞子、越路吹雪などである。

ぱらぱらとページをめくりながら読んでいると、それぞれ惹かれる言葉があるのだが、ここでは「花」のテーマの2つめに載せられているいわさきちひろさんの言葉を紹介することにする。

大人というものはどんなに苦労が多くても、自分の方から人を愛していける人間になることなんだと思います。
(いわさきちひろ『ちひろのことば』より)

著者の山下さんは、この言葉に対して、次のようなコメントを寄せている。

誰かを支えている、役に立っている、必要とされている・・・。そんな自覚を積み重ねることで、人は真の大人になっていくのではないでしょうか。
(『しあわせの言の葉』23ページ)

人のために何ができるかに考えが至るようになって、初めて本当の大人と呼べるのだろうと考えてきた、私の思いを代弁してくれている言葉でもある。

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2007年3月 8日 (木)

『物語のはじまり』(松村由利子著)は誰に、どう読まれているか(リンク集)

松村由利子さんの『物語のはじまり』については、私も何回かこのブログで取り上げてきたが、グーグルの検索結果などを見ていると、ブログで取り上げてくれる人がふえて来ている。

物語のはじまり―短歌でつづる日常

検索結果には、ネット書店の販売ページや、図書館の新刊情報なども混じっているので、ここで、ブログに取り上げられた、感想をまとめた、リンク集を作ってみることにした。
(最終更新日:2007年4月14日)

まずは、著者本人が自分のブログに書いた記事から
1月7日 
 そらいろ短歌通信松村由利子の自由帳:『物語のはじまり』

以下掲載日順に紹介することにする

1月13日(歌人おおまつさんのブログ)
 something like that:『物語のはじまり』

1月16日(歌人東直子さんのブログ)
 とうすみ日記:短歌のたのしみ本

1月18日(管理人拓庵のブログ)
 栄枯盛衰前途洋洋:『物語のはじまり』に思う

1月26日(piricaさんのブログ)
 ・・・>ぴり・ぴり:松村由利子さんのエッセイ集

2月1日(書店の店主、会留府さんのブログ)
 えるふ通信:物語のはじまり

2月19日(morino77さんのブログ)
 森の中庭:物語のはじまり

2月22日(社民党福島みずほさんのブログ)
 福島みずほのどきどき日記:本をたくさん読んでいます

2月27日(歌人春畑茜さんのブログ)
 アールグレイ日和:『物語のはじまり』(松村由利子・著)を読む

3月2日(図書館司書ふわふわふわくさんのブログ)
 路傍の花:松村由利子「物語のはじまり」

3月6日(歌人近藤かすみさんのブログ)
 きまぐれ徒然かすみ草:物語のはじまり 松村由利子

3月16日(毎日新聞科学環境部の2人の記者のブログ)
 理系白書ブログ:深呼吸の必要

4月12日(読書ノート歴27年の大空の亀さんのブログ)
 「心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景」:心に響く言葉&心に響く本の紹介

それぞれの書き手のみなさんが、この本の中から何を取り上げているかも、それぞれである。それだけ、多様な人の心に訴えるものを持つ本だと思う。

*お詫び:当初、公開時、春畑茜さんの記事へのリンクが正しく張られていませんでした。現在は修正済みです。大変、申し訳ありませんでした。

*関連記事
1月18日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う
1月19日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う・その2
1月21日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)を読み終わる
1月24日:
松村由利子さんの歌集『薄荷色の朝に』、『鳥女』届く
1月27日:
第7回現代短歌新人賞受賞作『鳥女』(松村由利子著)を読み終わる
129日:
歌集『薄荷色の朝に』(松村由利子著)を読み終わる
2月7日:
『ミセス』3月号の第7回現代短歌新人賞『鳥女』の選評と作者松村由利子さんのインタビュー
2月17日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)、読売新聞書評に登場
3月3日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)、週刊新潮に取り上げられる
3月8日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)は誰に、どう読まれているか(リンク集)
3月11日:
松村由利子さん、『物語のはじまり』の作者として日本経済新聞の読書欄に登場
3月12日:
第7回現代短歌新人賞表彰式での松村由利子さんの様子

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松村由利子さん、本日テレビ出演

このブログでも何回か取り上げた歌人の松村由利子さんが、今日3月8日、TBS系列夜9時54分からのhitoという1分ほどの番組に出演されるとのこと。
ぜひ、ご覧あれ。

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2007年3月 7日 (水)

Windows Vistaようやく届く

今日、さんざん待たされたWindows Vista Home Premiumの優待アップグレード版が届いた。

注文の進捗状況を確認できるサイトがあるので、数日おきに確認だけしていたのだが、数日まえに「注文を受け付けました」という表示に変わったと思って安心していたら、翌日あらためて、注文番号などを入力して状況を確認しようとしたところ、いきなり

「続行できません。入力された申し込み番号は本システムでは使用されていません。こちらをクリックして、再度ご注文ください。」

という信じられない表示に変わった。1度なら、番号の入力ミスかとも思うが、何度やっても変わらない。「注文を受け付けてのではないのか?」と思い、問い合わせ先に抗議のメールを書き送信した。
そうしたら、今度は、私の出した抗議のメールと入れ違いに、下記のような書き出しの発送確認のメールが届いた。

「この度は、 Windows Vista Home Premium 32-bit DVD OEM をご注文いただきまして、誠 に有難うございます。お客様のご入金が確認されました。ご注文の商品を発送致しまし た。お客様のお手元には3週間以内にお届けさせていただきます。」

なんと、まださらに3週間もかかるのかと暗澹たる気持ちになっていたら、今日、仕事から帰ると封筒が届いていて、中にはWindows Vistaが入っていた。

届いたものの、今使っているWindows2000に上書きインストールはできないので、結局、もう1台パソコンを作るしかないかなと思っている。そうなると、夏のボーナスが出るまで、Vistaはお蔵入りである。
まあ、気長に準備しようと思う。

*関連する記事
2007年2月20日:Windows Vistaが来ない

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「啓蟄」に思う3人の子の進学

昨日、3月6日は二十四節気の「啓蟄(けいちつ)」だった。加えて、我が家の結婚記念日でもあって、それに長年敬愛する宮本輝さんの誕生日で還暦を迎えるとあって、昨日は何を書こうか考えたあげく、これまでブログであまり書いていない宮本輝さんのことを書くことにした。

とはいえ、ブログの中には、折々の季節感も盛り込んでいきたいので、二十四節気は、都度、取り上げたいと思っている。

いつも使わせてっもらう山下景子さんの『美しい暦のことば』(インデックスコミュニケーションズ刊)では、

暗い土の中でじっとうずくまっていた虫たちが、春の気配を感じてもぞもぞと活動を開始するころです。
(同書、33ページ)

とある。
二十四節気は、旧暦がベースになっているので、平年であれば、実際の気候としてはもう少しあとになると思うが、今年は、東京都心では雪が降らないまま3月を迎えていて、春の訪れも早く暖かいので、あまり違和感がない感じだ。

啓蟄を過ぎれば、いよいよ、春の本格的な春の到来。
我が家にとっては、子供3人がいっせいに、今まで通っていた学校を卒業し上級の学校に進学するので、どことなく「啓蟄」のイメージとだぶる気もする。これまでの学校から抜けだして、また新しい舞台で、成長することを願っている。

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2007年3月 6日 (火)

芥川賞作家の宮本輝さん、還暦を迎える

作家の宮本輝さんが、今日で還暦を迎える。1947(昭和22)年3月6日に神戸市で生まれ、今日が60歳の誕生日である。

私は、20年来の宮本ファンなのだが、さすがに誕生日まで意識したことはなかった。宮本輝公式サイトとして「The Teru's Club 」というページが開設されており、数年前に会員登録をしていた。数日前にサイトの運営事務局からメールが届き、登録会員が、還暦のお祝いを書き込めば、事務局が、ご本人に届けてくれるというのだ。もちろん、ささやかながらお祝いの言葉を書き込ませてもらったが、恥ずかしながら、その時初めて、3月6日が宮本さんの誕生日だと知った。

私が、宮本作品と最初に出会ったのは、まだ社会人になって間もない頃である。最初に読んだのが『春の夢』(文藝春秋刊)。新刊で、朝日新聞の書評を見て面白そうだと思い、福岡・天神の紀伊國屋書店で見つけ、購入した。
大学を卒業してホテルで働く主人公哲之、父は亡くなり、母とは別々に暮らしている。死んだ父が残した借金の取り立てに怯えながら生活だが、真面目にけなげに生きているという話だった。
部屋を引っ越した時に、暗い部屋で帽子を掛けるのにと釘を打ったら、そこにいた蜥蜴を気づかずに打ち抜いてしまい、部屋に帰ると釘づけにされた蜥蜴が蠢いているのだ。
釘に打たれた蜥蜴は、なかなか自分の境遇から抜け出せない主人公の分身でもあったのだろう。
しかし、決して暗い話というわけでもなく、そこには青春が描かれていたと思う。
公式サイトで調べてみると『春の夢』の発売は1984(昭和59)年12月、多分私が読んだのは年が明けた1985年の年初だったのではないかと思う。

その後、間を置かずに読んだのが『錦繍』(新潮社刊)である。離婚した男女が、数年ぶりに蔵王のゴンドラ・リフトの中で再会する。男は、やつれて風采が上がらない姿で、女は障害児を連れた母として。
話は小説の形ではなく、まず女から男へあてた手紙で始まる。そして、男からの返事。すべて、手紙のやりとりだけで、話は語られる。それぞれが、別れた時の自分を語り、その後の生き様を語る。時に相手を責め、詫び、悔いる。
しかし、手紙で語り続けていく中で、今の自分の姿は過去の自分の行いの結果であり、今の自分の行動の積み重ねからしか、将来の自分を変えていくことはできないことに気がついていく。過去を受け入れ昇華させる中で、今まで否定していた自分を受け入れ、お互い、それぞれの道を前向きに生きるようになる。
何回も繰り返して読み、人にも読めと勧めた。宮本輝の神髄が現れた作品だと思っている。宮本作品をどれか1冊だけと言われたら、今でも『錦繍』と答えたい。

宮本輝さんは、物語作家である。どうして、こんな話が語れるのだろうと思うほど、話を作ることが巧みだ。いつの間にか、作中世界に引き込まれている。
還暦は一つの通過点。これからも、物語作家として、ファンを楽しませる作品を世に送り出してほしい。

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2007年3月 5日 (月)

大人と子供を区別するもの、人の事を考えられるか

3月の入り、気温も上がり春めいて来ている。多くの企業では、2006年度の年度末を迎える。2月の下旬から3月の上旬は、新年度を控え、どこの企業でも大きな人事異動があるのでは、ないだろうか。私の職場でも、先日、人事異動があり、2人の転出と2人の転入につき、発令があった。

人事異動があるたび、職場での人間関係が、また少し更新される。いい関係が築けている人とも、あまり相性の良くない人とも、人事異動になれば、関係がリセットされる。自分が動く時も、相手が動くときも…。

どうやっても、うまく関係が作れない相手がいる。上手く歯車が噛み合わないことがある。こちらは、全く相手に対して悪意はないのに。そういう人が上司になると悲劇である。

どういう人と、上手く噛み合わないのだろう?などということは、あまり考えたことはなかったが、先日、妻と話していて思い浮かんだことがあった。共通するのは、それぞれみんな、「自分が一番大事」、「自分が一番かわいい」という思いを心の底に持った人だったのではないだろうかということである。
上司や先輩など、上に立つ人は、全体のことや、部下・後輩のことを考えるとは当然だと、私は信じているので、そうではなくて、「自分が一番大事」という姿勢が見え隠れすると、一気に興ざめしてしまう。

子供は、自分の事しか考えられない。いつも、自分が世の中の中心である。しかし、年齢を経るにつれ、人との関わりの中でしか生きられないし、人によって生かされているのを知る。それに気づいて、少しずつ大人になっていくのではないか。最近、そんな気がしてしている。

しかし、世の中を見回すと、体は立派な大人でも、心は子供のままの「自分が一番大事」な人もいる。どうすれば、いいのか。関わらなくて済むのなら、そういう人とは関わらないのが一番だということだ。人生折り返しを過ぎた、40代半ばの我々には、残された時間はまだあると思うけれど、無駄に使うのはもったいない。
もちろん、立場上、関わらざるを得ない時もある。その時は、やむを得ない。しかし、自分に選択の余地がある限り、より良い人間関係を求めていく努力をした方が、豊かな人生が送れるのではないだろうか。そして、より良い豊かな人生を送った方が、結局、世の中のため、人のためになる何かが生み出せるのではないか。自分の充実があってこそ、人のために何かできるというものであろう。
自分の生き方の線は、より良い線と交わらせたい。そう思うことは、わがままなのだろうか。

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2007年3月 4日 (日)

1日500アクセス突破と累計4万アクセス到達

昨日、今日と、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」にとって記念すべきことが2つあった。

まず、昨日、1日の総アクセス数が初めて500アクセスを超え、528アクセスになった。これまでの最高が2月10日の395アクセスだったので、400台を突破して、一気に500の大台に乗せたことになる。

最大の要因は、昨日書いた「将棋界の一番長い日、将棋第65期A級順位戦の最終局の結末」の記事。3月2日の将棋のA級順位戦の結果について、毎日インタラクティブに結果が報道されてすぐに、結果をまとめて、投稿したところ、この記事だけで100近いアクセスがあった。やはり、A級順位戦の最終局の結果については、関心が高い。将棋に関心のある訪問者の方は、私が書いた他の将棋の記事も読んでくれることが多いので、昨日は将棋関連の記事へのアクセスが一気に増えた。

もう一つの要因は、池田晶子さんの訃報の記事である。このことを話題にしている他のブログを見ても、朝の新聞を見て知って驚いたという記事がほとんどで、私のブログにも50件近いアクセスがあった。池田さんの死を、それぞれのブロガーがどう受け止めたのか、お互いに関心があると言うことなのだろう。

2つの記事は、昨日ほどではないにせよ、今日もアクセスが多い。個人のブログでも、世の中の関心を反映する小さな覗き窓なのだと改めて思う。

次に、タイトルにも書いた通りで、先ほど、アクセス数の累計が4万アクセスを超えた。先週、ブログ開設1周年を迎えたところ。3万アクセスを記録したのが、今年の1月20日だから約1ヵ月半で4万アクセスに達したことになる。
開設して最初の1万アクセスに約半年、次の1万アクセスは2ヵ月半足らず、2万から3万への1万アクセスにはほぼ3ヵ月かかっているので、直近の1万アクセスが一気にスピードアップした。
営々と書き続けていれば、いつかは到達するものとは思っていても、たくさんの読み手に訪問してもらい、思いもよらず、早く大台に達すると、書いている方としては、うれしい。いつもながら、読んでくださる方に感謝。ありがとうございます。

では、例えば1日のアクセス数がどこまでけば、満足するのか?始めた頃は、なんとか1日100アクセスと思っていたが、それがクリアできるようになると200アクセス、それもクリアすると300アクセスと望みは果てしない。今回、500アクセスは一時的で、まだ毎日コンスタントに500アクセスになることはないと思うが、一度超えた壁は、いつかは常態化するのも経験から言えることである。
次の目標は大きく持って、1日1000アクセス。1000アクセス目指して、引き続き書き続けたい。

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2007年3月 3日 (土)

『物語のはじまり』(松村由利子著)、週刊新潮に取り上げられる

週刊新潮の3月8日号に『物語のはじまり』が紹介されているとのことで、さっそく、確認してみた。TEMPOBOOKSというコーナーで、取り上げられていた。

物語のはじまり―短歌でつづる日常

松村由利子「物語のはじまり 短歌でつづる日常」

短歌・俳句という短詩のリズムは日本語の個性に深く根ざし、日本人の感受性の基底に刷り込まれている。暗唱できる短歌がひとつもないという人はまれだろう。
日本人にとってそれほど親しみのある詩型だが、しかし改まって短歌鑑賞ということになると、絵画や映画を見に行くほどには経験がないかも知れない。知っている短歌は、みなかなり前につくられたもので、作者は故人ばかりというのでは寂しい。いま、この時代を生き、同じ空気を呼吸している歌人たちが、三十一音で切り取った「現代」を覗いてみてはいかが。
本書は、現代短歌を初めて味わう人におすすめできる入門書だ。「食べる」「働く」「育てる」などのテーマ別に章がたてられ、かたくるしい批評ではなく、しなやかな随筆のかたちをとって数多い佳品が紹介されていく。現代短歌の実りを鑑賞するのに好適なだけでなく、これから短歌の実作に挑戦しようという人にも役にたつ。現代のうたびとたちは、こんなふうに生き、思い、表現しているのだと、心強い気分になれる。(中央公論新社・1890円)
(週刊新潮2007年3月8日号126ページ)

短歌をエッセイの中で語るという著者の語りのかたちが、大げさに言えば新しい文学・書物のジャンルを切り開いたということなのではないかと思う。

短歌を歌人の世界の中だけで語るのではなく、世の中に広めること。そして多くの人が、自分の好きな歌を口ずさみ、そこに癒しや明日への力を得ることが、著者が望んでいることであろう。松村さんは、『物語のはじまり』のあとがきにあたる「おわりに」で次のように述べている。

この本は、日々の生活を短歌で点描するといういっぷう変わった試みである。テーマごとに、愛唱してきた歌の数々を引用したが、古今の名歌を網羅したものではないから、物足りなく思われる方もいるかもしれない。作品を自身に引きつけ過ぎた解釈が多いというご批判もあろう。歌を読む喜びを多くの人に伝えたいという熱意のあまりゆえとお許しいただきたい。読んでくださった方の心に響く歌が一首でもあれば、うれしい限りである。
(『物語のはじまり』244ページ)

歌を「詠む」喜びではなく、歌を「読む」喜びとなっている。あまたある現代短歌の中に、きっと、それぞれの人にふさわしい歌がある。歌人すなわち「詠み手」であり、「読み手」でもある作者が、、自ら愛唱する歌を披露したのが、本書と言えるだろう。

松村由利子さんのブログ:「そらいろ短歌通信 松村由利子の自由帳

*関連記事
1月18日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う
1月19日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)に思う・その2
1月21日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)を読み終わる
1月24日:
松村由利子さんの歌集『薄荷色の朝に』、『鳥女』届く
1月27日:
第7回現代短歌新人賞受賞作『鳥女』(松村由利子著)を読み終わる
1月29日:
歌集『薄荷色の朝に』(松村由利子著)を読み終わる
2月7日:
『ミセス』3月号の第7回現代短歌新人賞『鳥女』の選評と作者松村由利子さんのインタビュー
2月17日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)、読売新聞書評に登場
3月3日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)、週刊新潮に取り上げられる
3月8日:
『物語のはじまり』(松村由利子著)は誰に、どう読まれているか(リンク集)
3月11日:
松村由利子さん、『物語のはじまり』の作者として日本経済新聞の読書欄に登場
3月12日:
第7回現代短歌新人賞表彰式での松村由利子さんの様子

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訃報:『14歳からの哲学』の池田晶子さん死去

今朝の朝日新聞を見て驚いた。『14歳からの哲学』((株)トランスビュー発行)などの作品で著名な、池田晶子さんがさる2月23日に腎臓がんでなくなっていたという死亡記事が出ていたのだ。

14歳からの哲学―考えるための教科書

『14歳からの哲学』に「考えるための教科書」というサブタイトルがつけられているように、池田さんは、平易な言葉で、哲学を語り、考えることの大切さを説いてきた人である。
タイトルと語り口に惹かれて、数年前に『14歳からの哲学』を買ったところ、自分と同じ1960年生まれと知り、同世代のオピニオンリーダーとして遠くから期待していた見ていた人の一人だった。

記事は「昨夏、病気がわかり入院、いったん退院したが、今年1月に再入院した。亡くなる直前まで、週刊誌の連載執筆を続けていた」と締めくくられている。

『14歳からの哲学』の中には「死をどう考えるか」という章がある。

「死ぬ」ということは、本当はどういうことなのだろうか。人が生まれて死ぬということは、いったいどういうことなのだろうか。
生死の不思議とは、実は「ある」と「ない」の不思議なんだ。人は「死」という言い方で、「無」ということを言いたいんだ。でも、これは本当におかしな事なんだ。「無」といことは、「ない」ということだね。「無」とは「ない」ということだね。無は、ないから、無なんだね。それなら、死は、「ある」のだろうか。「ない」が、「ある」のだろうか。死は、どこに、あるのだろうか。死とはいったい何なのだろうか。
(『14歳からの哲学』50ページ)

2007年の日本に、確かに池田晶子さんの「死」はあった。しかし、池田さん自身にとって、「死」はあったのだろうか。それは、池田さんにしかわからないし、その答えが聞ける日が来ることはない。
同世代の貴重な才能が逝ってしまったことを惜しみ、謹んでご冥福をお祈りしたい。

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将棋界の一番長い日、将棋第65期A級順位戦の最終局の結末

昨日(2007年3月2日)は、将棋の第65期A級順位戦の最終局である第9局が東京の将棋会館でいっせいに行われた。

既に、2月3日の第8局を終わった時点で、森内俊之名人への挑戦権は7勝1敗で、郷田真隆九段が獲得。一方、下位2名の降級争いのうち1名も、今期B級1組からの昇級組の一人阿部隆八段に決まっている。

最終局の関心は、残るもう一人の降級者が誰になるかである。候補者は8局終了の時点で、3勝5敗の3名。今期のA級順位の上から、丸山忠久九段、久保利明八段、深浦康市八段となる。同成績の場合は、順位が下位の者が、降級となるので、3人とも「勝ち」、あるいは3人とも「負け」の場合は、深浦八段の降級となる。順位が最も下の深浦八段は、とにかく自分が勝って、上の2人のどちらかが敗れることを期待するしかない。

3月3日の1時36分の毎日インタラクティブの記事には「4勝5敗6人、郷田九段は最終局に敗れて7勝2敗」とあるので、各局の結果は以下の通りとなる。

(第65期A級順位戦最終局)

勝ち 成績 負け 成績
谷川浩司九段 6勝3敗 藤井猛九段 4勝5敗
羽生善治三冠 6勝3敗 三浦弘行九段 4勝5敗
久保利明八段 4勝5敗 佐藤康光棋聖 4勝5敗
丸山忠久九段 4勝5敗 郷田真隆九段 7勝2敗
深浦康市八段 4勝5敗 阿部隆八段 2勝7敗

この結果、A級棋士10名の最終成績は次のようになるだろう。

順位 名前 成績 来期
郷田真隆九段(4) 7勝2敗 名人かA級1位
谷川浩司九段(1) 6勝3敗 A級2位
羽生善治三冠(2) 6勝3敗 A級3位
佐藤康光棋聖(3) 4勝5敗 A級4位
丸山忠久九段(5) 4勝5敗 A級5位
藤井猛九段(6) 4勝5敗 A級6位
久保利明八段(7) 4勝5敗 A級7位
三浦弘行八段(8) 4勝5敗 A級8位
深浦康市八段(9) 4勝5敗 B級1組降級
10 阿部隆八段(10) 2勝7敗 B級1組降級

*名前の後ろの( )は、第65期のA級での順位

深浦八段は勝ったものの、丸山九段、久保八段も勝ったために順位の差で、降級が決まった。深浦八段は、前々期初めてA級に昇級した際も、4勝5敗が5人という混戦の中、順位の差で涙を飲んだ。今期も、今一歩及ばなかった。しかし、今期、名人挑戦者となった郷田九段も2度の降級からはい上がり、3回めの昇級にしてA級定着を果たした。朝日オープンを制したこともある実力者深浦八段には、捲土重来を期し、三度めのA級入りを目指してほしい。

最終結果だけを見れば、今期の順位4位だった郷田九段が、1位に繰り上がり名人挑戦者となった以外は、今期の順位通りの成績となった。
(なお、佐藤康光棋聖は、四段昇段以来、順位戦での勝ち越しを続けていたが、今期で途切れることになった)

来期のA級昇級者2名を決めるB級1組の最終局は、2週間後の3月16日である。
現在、8勝3敗で並ぶ木村一基七段と行方尚史七段が勝ってすんなり昇級を決めるのか、前期のA級からの降級者でB級1組順位トップの鈴木大介八段が、7勝4敗から8勝4敗に星を伸ばし、先行する2名のどちらかの取りこぼしで1期でA級返り咲きを果たすのか、こちらも気になるB級1組の一番長い日である。

*将棋に関する記事(2007年)
1月8日:
佐藤康光棋聖、5連続タイトル戦挑戦者
1月17日:佳境を迎える将棋A級順位戦、郷田真隆九段へのエール
2月2日:祝・郷田真隆九段、A級最終戦を残し、第65期将棋名人戦での森内俊之名人への挑戦権獲得
2月3日:第65期将棋A級順位戦8回戦の詳細
2月3日:郷田真隆九段、父の死を知らず
2月3日:将棋永世名人位の重み
2月10日:将棋第65期順位戦B級1組第12回戦の結果分析とB級2組での渡辺竜王の昇級確定
2月12日:「名人は選ばれたものがなる」-郷田真隆名人待望論
3月3日:将棋界の一番長い日、将棋第65期A級順位戦の最終局の結末

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2007年3月 2日 (金)

路面電車の思い出

今日は、金曜日ということもあって、会社の帰り、乗り換え駅で、書店に寄り道をする。
そこは、3フロアに分かれていて、5階が児童書・コミック・参考書(小・中・高)、4階が専門書、3階が一般書、文庫、新書、雑誌等という構成になっている。たいてい、7階にあるパソコンショップに寄って、階段で5階、4階、3階とぶらぶらと新刊などを見て1時間ほど時間をつぶして帰る。本を買うときもあれば、買わないときもある。
今日は、3階まで降りて、もう帰ろうかと思った時である。黄色い表紙の『路面電車の走る町』(交通新聞社)という冊子が目にとまり、思わず手にとってしまった。

路面電車の走る町―「青春18きっぷ」で行く (旅の手帖MOOK 汽車旅selection)

改めて、考えてみると、これまで46年半、生きてきた中で、いつも自分の生活圏の中に路面電車があった。
地元の福岡では、高校卒業の頃まで、西鉄が路面電車を走らせていた。
社会人になって、そのまま福岡勤務となり、後半の2年は熊本・鹿児島によく出張した。熊本も鹿児島も、今でも路面電車が走る町である。
福岡から東京に転勤し、1年足らずで結婚し、入居した社宅は東京の駒込。少し歩くと、東京に残る唯一の路面電車、都電荒川線があった。結局、その社宅に8年暮らした。子供を連れて荒川線で、荒川遊園に遊びに行った。
当時は、鎌倉の腰越に会社の保養施設があり、年に2回くらいは泊まりに行っていた。JRと湘南モノレール、江ノ電に乗れるフリーパスを買って、週末に1泊2日で鎌倉巡りをしたものだ。腰越には江ノ電の駅があり、江ノ電にもよくお世話になった。(私の好きなバスケットのアニメ『スラムダンク』が10年くらいたってDVDになった時に見ると、いろいろな場面で江ノ電が登場し懐かしかった)

Photo_88年過ごした駒込から、北陸の富山に転勤。富山で約5年暮らしたが、富山にも、地元の私鉄富山地方鉄道の路面電車が走っていた。富山では、通勤に路面電車を使っていた。

富山から東京に戻り、半年ほど、以前住んでいた駒込の社宅に近い大塚の社宅に入る。JR大塚駅の下には、都電荒川線の駅がある。
大塚で半年ほど暮らしたあと、現在の東京郊外に自宅を購入、ついに路面電車のある生活とも縁がなくなったのだが3年ほど暮らしたあと、九州育ちには思いもしなかった、札幌Photo_9勤務の辞令。自宅に家族を残し、単身赴任したが、札幌も路面電車のある町だった。 ここでも、通勤は路面電車。転勤から4ヵ月ほどたった寒い冬の朝、路面電車の停留所にわたる横断歩道で足を滑らせて、転倒し、右肩を強打し、骨折する羽目になった。よくよく、路面電車と縁のある生活である。

一時、交通渋滞を招くと廃れる一方だった路面電車も、排気ガスを出すマイカーに比べ環境に優しい、低床式の車両の登場で、老人など交通弱者にも利用しやすいということで、見直しの機運もあるようだ。
『路面電車の走る町』で見ると、現在、路面電車が走るのは、18都市。うち、すでに乗っているのが、上述した熊本、鹿児島、東京、鎌倉、富山、札幌に加え、富山時代に富山の隣の高岡と、同じ北陸の福井の路面電車には乗っているし、広島と長崎は仕事や旅行で、訪ねた際に乗っている。すでに10都市は制覇していることになる。残っているのは、函館、豊橋、大津、京都、大阪・堺、岡山、高知、松山と、富山に新しくできたライトレールである。
今後の旅行プランとして、日本の路面電車全国制覇も悪くないと、地図を見ながら考えている。

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2007年3月 1日 (木)

次女の大芝居、我が家の受験モード解除

我が家には、子供が3人いるが、ちょうど3年おきに生まれているので、3年周期でいっせいに進学・受験が巡ってくる。今年は、長女が大学受験、次女が高校受験、長男が中学進学という最もピークの年である。

長女、次女とも中学校は地元に公立中学に通わせたので、3人めの長男も、姉2人と同じ中学に進学させることにしていたので、こちらは受験なし。
また、長女は、最近増えているAO入試という制度で、昨年の秋に、ある私立の女子大に進学が決まり、今後の授業料には頭が痛いものの、とりあえず、同級生がセンター試験で目の色を変えいる時に、のんびり過ごしていた。
問題は次女。我が家の家計を考えれば、次女まで、私立に行かれたのでは首が回らない。しかし、高校は必ず試験があるし、どこでも入れればいいというわけにはいかない。次女が自分の成績を見て、中学でのクラブの先輩の情報などから選んできたのが、我が家から電車で3駅ほど乗ったところにある、ある都立高校だった。

私も親として、次女と一緒に、学校説明会に行き、先生達の話や案内をしてくれていた在校生を見て、ここなら、雰囲気も自由で古き良き都立の伝統を残し、生徒も伸び伸びしていて、自立心旺盛な次女にはあっているだろうと思った。本人も気に入ったようで、それ以降、別の学校を探す様子もなく、そこ一本という感じだった。
しかし、模擬試験の成績は、「C」が1回あったくらいで、「D」とか「E」の方が多い。結局、安全圏といえるような成績を残すことがないまま、2月23日の学力試験に臨んだ。

そして、今日が都立高校の合格発表の日。発表を見に行った次女が、家で留守番をしている長女に電話をし、長女が私と妻の携帯電話に合否をメールで送るという段取りにしていた。9時半頃、長女からメール。「合格」。まずは、ほっと一息である。

しかし、家に帰ったあと、次女からとんでもない話を聞かされた。なんと、昨年の暮れに受けた最後の模試の結果は最低のE判定だったというのだ。「こんなこと、親に言ったら、志望校を変えろと言われるので言えない。自分が第1志望にしている高校以外に通う自分の姿は想像できなかった。」と、ダンマリを決め込んでいたというのだ。

判定結果を聞かされていたら、本人の意思を尊重する主義の私でも心配になっただろう、妻は志望校を変えるように言ったに違いない。
中学時代演劇部だった次女に、見事に大芝居をうたれてしまった。それだけ、第1志望の学校に行きたかったということだろう。E判定でも、最後は何とかなるだろうと思い、なんとかしてしまう、それこそセルフ・エフィカシー(自己効力感)そのものだと改めて感じた。これで、我が家の受験モードは解除。3年後まで、普通の生活が送れることになった。

セルフ・エフィカシー(自己効力感)については、2006年11月10日の同名の記事をご参照下さい。

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