佐藤多佳子さんが語る『一瞬の風になれ』執筆の舞台裏・その3
2007年の本屋大賞を受賞して佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』は、これまで以上に注目を浴びているが、作者である佐藤さんが、作品について語る機会も増えている。このブログでも、2回にわたる朝日新聞でのインタビューの一部を紹介したが、昨日、仕事の帰りの寄った書店で『本の雑誌』の増刊「本屋大賞2007」の中でも、大賞作品の作者として3ページにわたるインタビュー記事が掲載されていた。
大筋では、これまで2回の記事と変わるところはないのだが、インタビュー量が多い分、このあたりをもう少し詳しく知りたかったというところを詳しく語ってくれている。
なぜ、題材として数あるスポーツの中から陸上それもリレーを選んだのかについては、
数あるスポーツの中から陸上競技の短距離をモチーフにしたのは、リレーに惹かれたからです。スポーツの部活や趣味とは縁がなかった私ですが、小中学校の運動会では走って人に負けたことがなく、いつもリレーの選手でした。リレー独特のあの高揚感と、人より速く走れることの気持ち良さは、運動会レベルでは体験していました。4人という数字も、物語には向いていて、スピーディーな400mリレーなら、面白いスポーツ・ドラマが作れそうな気がしました。
(「本の雑誌」増刊『本屋大賞2007』5ページ)
どのような形で作品ができあがっていったかについては、
リアリティーのないものを書くのは絶対にイヤでした。取材でどこまで補えるかが勝負だったのですが、幸運にも作品のイメージにぴったりの気持ちのいい陸上部と、とことんまで付き合って下さった素晴らしい指導者の方と出会えました。
4年間、練習や試合に何度も足を運び、何人もの部員さんに時間をかけてインタビューしました。(中略)私はもともと取材好きで時間をかけて資料を集めたり読んだりするのですが、これだけ、「生」の濃い取材をしたのは初めてです。
そのまま書いてもすごいドラマになるようなエピソードがいくつもありました。(中絡)この取材でえたものがあまりに大きかったので、自分が受けた感動をできるだけ、そのまま物語に移せるように、徹底的にシンプルな構造のドラマ作りをしました。
(「本の雑誌」増刊『本屋大賞2007』5~6ページ)
と語っている。
作者自身のリアリティーへのこだわりによって、膨大なインタビューと取材が行われ、その中から、佐藤多佳子という繊細な感性によって濾過されて残ったエッセンスが、『一瞬の風になれ』という作品に結晶したということだろう。
このブログのその2の記事でも書いたように、その結果1冊の予定が3分冊の大作となる。
結果的に、1300枚の長きにわたり、少年少女がひたすら走りまくっている物語が出来上がり、そういうものが書きたかったにもかかわらず、いったいどんな人がおもしろがって読んでくれるのだろうという不安に襲われました。(中略)それでも、自分にできることはすべてやったという、諦めにも似た満足感はありました。これまで、スポーツ小説を読んできて、スポーツ・シーン以外のところでドラマが進行するものが多く不満を感じていたので、自分が書く時は、スポーツの中にすべてのドラマを集結しようと決めていたのです。
(「本の雑誌」増刊『本屋大賞2007』6ページ)
作者の「どんな人が読んでくれるのか?」という不安は杞憂に終わったのは、その後の展開が示す通りである。
少年少女がひたすら走る中にすべてのドラマが集結したからこそ、この作品のいのちといえる「リアリティー」に加え、読者も物語の登場人物とともに、あるいはその中の一人となって、トラックを走っているような「躍動感」が生まれたのだろう。
取材に応じた高校生や指導者たちと作者佐藤さんの思いが心の深いところで共振し、結びついて、そこに、単なるスポーツ小説の枠を超えた、若者がどうやって壁を乗り越え成長していくかという青春小説、青春のバイブルが生まれたのだと思う。
多くの読者を引きつけるのは、陸上・短距離・リレーという舞台を借りて、誰もが一度は通る青春というものを、見事に描ききったからではないだろうか。青春のさなかにいる若者にとっては、それは現在進行形での自分の物語である。かつて若者だった我々のような世代の人間にとっても、青春とは、年齢とともに、常にその意味を問い直すものだから…。
*関連記事
1月25日:陸上部の青春を描く『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)(1)イチニツク
1月28日:『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)(2)ヨウイ
1月31日:『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)(3)ドン
4月7日:2007年本屋大賞、『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著)に決定
4月8日:佐藤多佳子さんが語る『一瞬の風になれ』執筆の舞台裏
4月26日:佐藤多佳子さんが語る『一瞬の風になれ』執筆の舞台裏・その2
4月28日:佐藤多佳子さんが語る『一瞬の風になれ』執筆の舞台裏・その3
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