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2007年5月の記事

2007年5月31日 (木)

第65期将棋名人戦第5局、後手番の森内俊之名人が郷田九段を降し、3連勝で18世名人に王手

昨日、今日(2007年5月30日~31日)と第65期将棋名人戦の第5局が静岡県賀茂郡河津町で行われた。

郷田九段2連勝のあと森内名人2連勝の2勝2敗で迎えた第5局。勝った方が名人位に王手をかける大事な1戦。
奇数局が先手となる郷田真隆九段が先手。先手番が7割以上の勝率を示す2人の対戦なので、郷田九段としては確実に勝っておきたいし、森内名人としては、後手番で勝利し、その勢い次の先手番となる第6局で確実に勝ち、名人位防衛、名人位5期獲得で得られる永世名人(18世)の資格を一気に獲りに行きたいところ。

戦いは、序盤のつばぜり合いから郷田九段が角金交換で角を切り、一気に森内陣に攻め込むかに思えたが、森内名人がすかさず、手にした角で王手をかけ、一気に寄せに入った。
70手過ぎで、森内名人勝勢との解説陣のコメントが出たが、郷田九段も粘り、少し押し返せるのではではとファンとしては期待したのだが、結局、森内名人の縦横無尽の攻めに98手で投了。
振り返ってみれば、最終盤の郷田九段の粘りも70手そこそこで投了したのでは、名人戦という舞台に相応しくない、挑戦者として情けない棋譜は残せない、期待しているファンにも申し訳ないという郷田流の美学で、負けるにしてもそれなりの形を作ったのではないかという気がする。

郷田九段から見れば、2連勝のあと3連敗。一時は、近づいたかに見えた名人位だったが、もう後がなくなった。まして、第6局は森内名人の先手番。郷田九段の不利は覆いがたい。
しかし、ファンとしては、今日の終盤の粘りに郷田一刀流未だ死せずの強い思いを感じた。簡単に投了せず、最後まで戦った姿勢は、次につながるような気がする。森内名人とて人の子、永世名人位を前に、色気も出るかもしれない。
2連勝・3連敗から再び2連勝して当時の佐藤康光名人から丸山忠久八段(当時)が名人位を奪取した第58期(2000年)名人戦のような再逆転を期待したい。

頑張れ!郷田真隆九段

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2007年5月30日 (水)

増田直紀著『私たちはどうつながっているのか』を読み終わる

中公新書の4月の新刊のうちの1冊増田直紀著『私たちはどうつながっているのか』を読み終わった。サブタイトルが「ネットワークの科学を応用する」とあり、人と人との結びつきについて、ネットワーク科学の考え方を下敷きにして解き明かそうとするものである。

私たちはどうつながっているのか―ネットワークの科学を応用する (中公新書)
私たちはどうつながっているのか―ネットワークの科学を応用する (中公新書)

著者の増田直紀さんは1976年生まれ。東京大学工学部、同大学院と進み、現在は東大の大学院の講師をしている。専門は複雑ネットワークと脳の理論とのこと。

ネットワーク科学なる学問領域は1990年代後半以降、急速に発展・進化したようで、その背景にはインターネットの急速な普及があり、その研究の中で、ネットワーク論というものが、単にコンピュータのネットワークだけでなく、人間関係を考える上でも役にたつということで、著者はまえがきで「人間がなすネットワークを知り、活用することについて考えていく。期待と不安をかき立てるこの単語を生活に糧に変えるのが、本書の目的である。」と語っている。

例えば、「6次の隔たり」ということが紹介されている。私たちはまったく赤の他人とも、自分の友人・知人、その友人・知人と紹介してもらうことによって、平均6人程度で目的の人までたどりつくということが、実験の結果、出ているとのこと。100人、1000人と経なくても、せいぜい5から10人程度を介せば、世界中の人とつながっているということを称して「スモール・ワールド」という。

また、人間のつながりの一つの単位として三人がそれぞれ知り合いであるという人間関係の三角形を「クラスター」といい、いわば自分の属する集団、コミュニティの最小単位と考えている。

私自身の理解力が十分ではないので、本書のエッセンスを上手くここで要約できないのがもどかしいが、最新の理論をイラストや図・グラフ、そして平易な言葉使いで、誰にでもわかるように語ろうしている。

これまで、特に意識せずに集団や組織の中で行動してきたことをこうやって整理すれば、よくわかるという新しい物差し、物を見る視点を与えてくれる。一読の価値があると思う。

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2007年5月29日 (火)

佐藤多佳子著『スローモーション』を読んだ

本屋大賞作家の佐藤多佳子さんの初期の作品『スローモーション』(ジャイブ株式会社、ピュアフル文庫)について書こうと思う。

スローモーション (ピュアフル文庫)
スローモーション (ピュアフル文庫)

読み終わったのは、一昨日の27日(日)だったのだが、一昨日は映画「クィーン」の話、昨日は坂井泉水さんの突然の訃報があったので、今日改めて書く。

作品の系譜としては、デビュー作の『サマータイム』と悟とみのりの2人の高校生の交流を描いた『黄色い目の魚』の間に位置する作品である。

主人公は女子高生の柿本千佐。父親は小学校の教師、母は後妻。先妻が生んだニイちゃん(兄、一平)の4人家族。暴走族だった兄は、バイクの事故で足を骨折。今は、ニートのような何もしない生活をしている。兄一平は、両親にとっても、千佐にとっても厄介者である。
千佐は学校では、集団で行動する同級生になじめない。同級生の中で、何をやるにも遅くてのろまで、クラスの中で孤立し無視されている及川周子。父親が犯罪者という噂もある。しかし、どこか自立しているようにも見える周子は、千佐にとって気になる存在だが、周子と口を聞いたりすれば、自分もクラスの最下層に落ちるだけと、深く付き合うこともない。

この物語は、千佐と兄の一平、周子の3人を軸に展開していく。私なりにテーマを考えれば、「自分らしい生き方とは何か」ということだと思う。
そして、この思いは、『黄色い目の魚』の主人公のひとり村田みのりに引き継がれていく。

解説は、『空色勾玉』などを書いている同世代のファンタジー作家荻原規子さんが書いているが、次のように佐藤多佳子さんの姿勢を評している。

千佐は何事も決めつけることがない。
そして、相反する事態や自分の感情をきちんと感じとり、そのことにとても正直だ。兄を慕う気持ちも、うとむ気持ちも、周子を気づかう気持ちも、嫉妬する気持ちもぜんぶひっくるめて持っている。それらのすべてに、じれてとんがっているし、繊細でやさしくもある。
佐藤多佳子の作品が一番に提示するものは、この、対象をきめつけずにしなやかなに見つめるまなざしなのだと思った。
それは、「大人」が持つことのないまなざしだ。ものの輪郭に、よく知っているからといって安直に線を引かない。もう一度見つめなおして、自分に納得できるものだけを、コンマ数ミリ違う場所に引こうとする。
その努力をおこたらないから、彼女がつむぎだした言葉はこれほどみずみずしいのだろう。
(『スローモーション』177~178ページ)

柿本千佐、村田みのりと続く、なかなか家族や同級生となじめず、少しとんがっている女子高生の姿というのは、青春時代の佐藤さんの内面を取り出して見せたものなのかも知れないと思った。

新潮文庫から出ている4冊の佐藤作品は、現在、ある程度大きな書店なら置いてあると思うが、この『スローモーション』は、たまたまある書店で見つけたが、ほとんどのところでは置いていない。読んでみようと思う方は、見つけた時に買っておくのをお勧めする。
これで、買いためた佐藤多佳子作品5冊は読み終わったので、次は、これもTBSの「王様のブランチ」で話題になった佐藤多佳子さんと同い年でもある上橋菜穂子さんのファンタジーを何冊か読んでみようと思う。

このブログの佐藤多佳子さん関連の記事はこちら→アーカイブ:本屋大賞作家佐藤多佳子

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2007年5月28日 (月)

訃報:ZARDの坂井泉水さん死去

職場でネットのニュースを見ていたら、ZARDの坂井泉水さんが亡くなったというニュースが流れた。転落死ということらしいが、癌を患っていて手術もしたとのこと。最近出たベストアルバムをよく聴いていただけに信じられない。ご冥福をお祈りしたい。

(追記2007.5.28夜)
上の4行は、第一報をきいてモブログで携帯電話から投稿したものだ。改めて、続きを書き継ぐことにしたい。

90年代、ZARD・坂井泉水さんの歌声は意識することもないぐらい、我々の身の回りにいつもあったのではないだろうか。私は、その頃からファンだったというわけでもない。
好きでよく見ていたバスケットアニメの『スラムダンク』の何曲目かのエンディング曲に彼女の『マイフレンド』が使われた。それでも、そうかと思う程度で、真剣に聴くようになったのは、昨年秋にデビュー15周年記念と銘打った2枚組の「GoldenBest」が発売されてからである。
改めて彼女が歌った曲の数々を聴き、紛れもなく彼女が90年代の日本の歌姫だったことを知った。それから、通勤時の電車の中などで良く聴いた。
先の見えない90年代の日本で、彼女の繊細な歌声は、はかなそうではあったけれど、どこかで我々を励ましてくれていたように思う。むしろ、時代が彼女のはかなげな歌声を求めていたのかも知れない。
少しは、明るさが見え始めたようにも思える2007年の日本で、彼女がその人生を終えたというのは、なんとも皮肉な巡り合わせである。

手元にある「Golden Best」の前に出たベストアルバム「The Single Cllection ~軌跡~」に収められている曲のタイトルを見ていると、彼女は自分の将来を予言するようなタイトルばかり歌につけていたのではないかという気がしてくる。

最後に彼女の歌のタイトルを織り込んだ哀悼の詩を掲げ、ご冥福をお祈りしたい。

「負けないで」と歌い続けた坂井泉水さん
自らの「運命のルーレットを廻して」しまったのでしょうか

「君がいない」明日が来ることをニュースで知り
「もう少しあと少し…」その歌声を聴きたかったと
「揺れる思い」を抱えているのは私だけでしょうか

私たちは君を「きっと忘れない」
ZARD・坂井泉水、それは全ての人の「マイフレンド」
「永遠に」安らかに眠りたまえ

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2007年5月27日 (日)

英国エリザベス女王を描いた映画『クィーン(The Qeen)』

イギリスのエリザベス女王を描いた映画『クィーン』を見た。

1997年8月、すでにチャールズ皇太子と離婚していたダイアナ元皇太子妃が、パリで自動車事故で亡くなった。この映画はダイアナ元妃が亡くなってからの1週間のエリザベス女王と英国王室、その年の5月の総選挙に勝利して就任したばかりのトニー・ブレア首相を主な登場人物として描かれている。

皇太子と離婚し王室から離れたダイアナ元妃は、王室から見れば、公式には何の関係もない存在。唯一の関係は、チャールズ皇太子との間にもうけた2人の王子(将来の英国王)の母であることである。ダイアナの死に対し、公式なことは何もしようとしない王室。女王の夫エジンバラ公、チャールズ皇太子などのロイヤル・ファミリーの言葉のはしばしに、王室とダイアナ妃の間で確執があったことを窺わせるフレーズが登場する。一方で、ダイアナを慕う国民は、王室に不満を募らせる。新聞の1面にも、王室を非難する記事ばかりが載る。

国民と王室の間で、なんとか調整を図ろうとするブレア新首相。5月の総選挙での圧倒的勝利で首相となったブレアは、国民の意向を背景に、女王に翻意を促そうとする。頑として態度を変えない女王。
しかし、あることがきっかけで、ブレア首相も女王の強い意志と深い孤独を知り、なんとか女王を支えようとするようになる。

エリザベス女王を演じたヘレン・ミレンは、本作品でアカデミー賞主演女優賞を受賞した。容姿がよく似ているということもさることながら、一国の元首・女王の孤独感、深い悲しみの巧に表現していることが受賞の理由だろう。映画の中盤で登場する背中で泣くシーンは圧巻である。

英国王室の日常を語る物語でもあり、英国現代史の一面を語る物語でもあり、それを通じて1人の女王その人を描いた物語である。

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2007年5月26日 (土)

佐藤多佳子著『サマータイム』を読み終わる

佐藤多佳子さんの『サマータイム』(新潮文庫)を読み終わった。この作品は、1989年のMOE童話大賞を受賞した佐藤さんのデビュー作である。

サマータイム (新潮文庫)

この1冊の中に表題作の「サマータイム」「五月の道しるべ」「九月の雨」「ホワイト・ピアノ」の4つの短編が収められている。当初は、前の2作が『サマータイム』、後ろ2作が『九月の雨』のタイトルで出版され、それぞれ「四季のピアニストたち 上・下」というサブタイトルがつけられていた。

サブタイトルが示すようにこの作品では、ピアノが常に登場し、主要な登場人物はみなピアノを弾き、奏でる。
主人公といえる進、姉の佳奈、そして2人にとってそれぞれ重要な存在である広一。広一の母友子。

ある年の8月、小学5年生の進は台風が近づく中、市民プールに出かける。雨が降り出しそうな空の下、人がまばらになったプールで泳ぎ出す進。とうとう雨粒が、プールに水面を叩き始めた時、進は自分と同じように雨の中泳いでいる少年を見つける。進の方に泳いできた彼、広一は左腕がなく、右手だけで泳いでいた。これが、進と広一の最初の出会いである。
雨がひどくなりプールを追い出された2人。広一が進を自分の家に誘い、そこで進は広一が右手だけで弾くジャズの名曲「サマータイム」を聴き、その音色に魅せられる。
3日後、濡れた服の代わりに借りた広一の服を返しに行った広一の家で、進は広一の母でジャズピアニストの友子にあう。熱を出して肺炎で入院した広一の見舞いに2人で行くことになり、その途中、姉の佳奈に会い、3人で広一の病院に行くことになった。病室で佳奈と広一も出会う。

こうして、片手でピアノを弾く広一、ピアノを習っているが決して好きではない佳奈、広一の「サマータイム」を聴いてピアノを習い始める進、仕事としてピアノを弾く広一の母友子の四人のピアニスト達の物語が始まる。

メインストリーは、「サマータイム」だが、サイドストリーといえる他の3編もそれぞれに味がある。
「五月のみちしるべ」では佳奈の目から見た幼い頃の佳奈と進が語られ、「九月の雨」では引っ越して進・佳奈の2人と別れた後の広一と友子の母子が広一の目から語られる。「ホワイト・ピアノ」では、広一が引っ越して去ったあとの佳奈の思いが語られる。
その3編が春秋冬と描き分けられ、読み終わった夏の話の第1話の「サマータイム」に連なり、「サマータイム」をより深みのある物語にしていく。

思春期・青春時代のつかめそうでつかみきれない自分の気持ち、心象風景を掬い取るように描いて、読み終わったあとも余韻が残る作品である。20年近く前のデビュー時点で、これだけ繊細な物語を描いていた佐藤多佳子さんという作家の力に驚くばかりだ。
そして、これまで、佐藤作品を知る機会がなかったことを残念に思うとともに、出会うきっかけを作ってくれた『一瞬の風になれ』に感謝したい。

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2007年5月25日 (金)

次女と長男の中間試験を巡る騒動

今週は、高校1年生の次女と中学1年生の長男の初めての中間試験が重なった。ようやく、今日2人とも試験が終わった。

高校生の次女は、赤点を取ったらどうしようと心配しながら、遅くまで勉強していた。これぐらい危機感を持って、最初から臨んでくれれば、まあこれからもあまり心配しなくてもよいかなと、親としては思っている。

一方、中学生の長男は、試験1週間前になっても週末に友達と遊びに行くし、くだらないテレビ番組を見てヘラヘラ笑っているし、パソコンにかじりついてオンライン・ゲームにううつを抜かしている有様。
あまりにも安易に考えているように見える。まあ、一度痛い目にあって自分で気がつくまで、放っておくしか仕方ないと思ってはいるのだが、言うに事欠いて、誕生日が近いこともあり、試験で成績がよかったらi-podを誕生祝いに買ってくれ、デジタルの腕時計を買ってくれと虫のいい要求をし始める。
あまりの呑気さに、姉2人も業をにやし、それならばと「成績が悪かった時はおまえの使っているパソコンを使わないということなら考えてもいい」という対案を出した。大学に入ってアルバイトを始め、多少お金を持っている長女がスポンサーとなって、平均98点以上ならi-pod、95点以上ならデジタル腕時計を買う。ただし、平均85点に達しなければ、長男が使っているパソコンを当面使用禁止にするという交渉がまとまった。

今日、長男が初日に受けた理科の試験の答案が返却された。結果は86点。i-podはすでに実現不可能。時計も危うい。むしろ残り4科目次第ではパソコン召し上げの可能性も出てきた。危機と直感した長男は、「パソコン使用禁止は、85点でなく平均点以下の時にしてくれ」とはやくも条件引き下げ交渉に出てきた。当然のことながら、家族全員からダメ出しをくらう。ならば、全科目の結果が出て使用禁止が決まるまでは、やりたいだけオンラインゲームをやるぞと長男は宣言している。

パソコンは道具。子ども達が大人になる頃には、使いこなせて当たり前の時代が来ると思い、主に私が自作したものを順次1人1台使わせるようにしてきたのだが、長男を見ていると、ひょっとして教育方針を誤ったかなと思う時がある。
いつかは気がついて、パソコンに振り回されるのではなく、使いこなしてくれると信じているのだが、信じ続ける忍耐力もなかなか辛いものである。

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2007年5月24日 (木)

佐藤多佳子著『神様がくれた指』を読み終わる

昨日、佐藤多佳子さんの長編『神様がくれた指』(新潮文庫)を読み終わった。佐藤作品を『一瞬の風になれ』『しゃべれどもしゃべれども』『黄色い目の魚』を読み継いできて、4作目である。

神様がくれた指 (新潮文庫)

この作品は、これまでの読んだ3作とは趣を異にする。これまで読んだものの共通項が「青春」、「すがすがしい」であったのに対し、この作品の主人公マッキーこと辻牧夫はプロのスリである。

スリの現行犯で逮捕され、1年2ヵ月の刑務所暮らしを終えて出所するところから、話は始まる。
彼の育ての親とも言える早田のお母ちゃんが出迎えに来ている。2人で、西武新宿線の南大塚から早田家がある川崎大師まで帰る西武線の車内、辻の目の前で、男女4人の若者のスリ集団に早田のお母ちゃんが財布をすられる。辻は、最後の財布を受け取った若い男を追い詰めるが、西武新宿の駅の改札を出たところで、不意に投げ飛ばされる。男には逃げられ、自分は肩を激しく打ち脱臼してしまう。
その場に通りかかり、辻を助けたのが、タロット占い師「赤坂の姫」マルチュラこと昼間薫。一見、女性に見えるが実は男性という昼間は、美人で優秀な弁護士の姉がいて、かつては自分も司法試験に挑んでいたが、どこで道を間違えたのか、性別不詳の占い師となった。
昼間に助けられたことが縁で、このアウトローな2人が、昼間が赤坂で借りている仕事場兼住居の壊れそうな洋館で奇妙な共同生活を始める。
自分の目の前でスリをやってのけた若者達を見つけ出そうと探し回る辻。占い師昼間の元には、彼に悩みを聞いて欲しい様々な客が訪れる。やがて、全く関係のなかったはずの2人の生活がクロスすることになる…。

私もそうだったが、他の佐藤作品のキーワードである「青春」や「すがすがしさ」を期待して読んでいると、最後までそのキーワードは出て来ない。この作品はこの作品として、先入観なしに楽しむのがいいだろう。

個人的には、マッキーこと辻牧夫が生業とするスリの仕事(?)ぶりに関心を持った。マッキーは、電車・列車でのスリを専門にする「箱師」なのだが、その箱師の手口が次々と紹介される。
いかに巧に、背広の内ポケットやバックの中から財布を抜き取るか。そして、財布から現金だけを抜き、残った財布は足が着かないように、指紋を拭き取ってゴミ箱などに捨ててしまうらしい。

私は30代後半の約5年間北陸の富山勤務で、毎週のように金沢に出張していた。富山-金沢間は当時JRの特急雷鳥で約40分ほど。朝8時台に富山を出発し、9時から金沢で取引先を回る。1日、金沢を回って夕方富山に帰るというスケジュールだった。
ある時、金沢へ行く電車だったと思うが、財布をなくしたことがあった。どこで落としたのか、まったく心当たりはない。それでも念のため、金沢駅で遺失物届だけは出しておいたら、しばらくして、財布が見つかったとの連絡があった。電車の中のゴミ箱に捨ててあったとのことだった。現金はなくなっていたが、キャシュカードやクレジットカードは無事で、不幸中の幸いと安堵したことを思い出す。
この小説を読んで、あの時の一件はなくしたのではなく、マッキーのようなプロの箱師にやられたのだと合点がいった。
特急雷鳥は富山-大阪間を走る特急である。富山-金沢-福井-京都-大阪と走る。おそらく、大阪から富山まで通しで乗る乗客は少ないはずだ。客がどんどん入れ替わってくれ、被害に気がついても戻るわけにもいかない長距離の特急列車は箱師にとっては格好に仕事場だろう。
当時そんなことに全く無防備で無頓着だった自分が、よく一度の被害ですんだものだと今になって思う。

話が少々本題からはずれてしまったかもしれないが、スリと占い師というアウトローな2人の小説として読めば、十分楽しめる作品である。

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2007年5月23日 (水)

アウトプットをするためにインプットを続けることの難しさ

私が時々読ませてもらっているブログに今泉大輔さんの「シリアルイノベーション」というブログがある。

1年ほど前に『下流社会』についての記事を書いた時、やはり今泉さんが『下流社会』について記事を書かれていたので、TBしたところ、私の記事のコメントをもらったことがあり、それ以来、時々読ませてもらっている。

5月14日に「忘れるまで2年」というタイトルの記事が書かれているのだ。「日ベースで更新する個人のウェブページが旬でいられるのはおおよそ2年」という自説が展開されているのだが、納得する事が多く、少し長くなるかも知れないが引用させていただく。

以前に少し書きましたが、メディアでアウトプットを出し続けるには、インプットがなくてはなりません。立花隆が「知のソフトウェア」(知的生産のノウハウについて語った名著。梅棹忠夫氏の「知的生産の技術」に次ぐ)で言っていたことが正しいとすれば、インプットが多ければ多いほどアウトプットの質が高まる、インプットが少なければアウトプットの質もよくならない、ということです。

人間毎日24時間。この時間のなかで日ベースでアウトプットの質を高められるほどインプットを行うことができる人は、そういう職種であるか、そういう日ベースの日常ができているか、才能があるか、特殊な方か、といったところでしょう。多くの場合は、日ベースメディアのアウトプットにインプットが追いつかず、息切れになってしまいます。それは、そういうものだからです。あまり悲観する必要はありません。

インプットがなくてアウトプットを続けていると、おそらくは書く当人がつまらなくなってしまいます。「こんなもの出せない」。そういう投稿が多くなってきます。それは、しょうがないのです。インプットがたくさんないと、本来はアウトプットというものはできないのです。それが世のメディアの歴史的な真理です。このブログとて、その真理から免れることはできません。
(今泉大輔さんのブログ「シリアルイノベーション」5月14日より)

今泉さんが紹介している『知のソフトウェア』(立花隆著)は、以前読んだはずだが、内容はすっかり忘れてしまっているところが情けないが、「インプットが多いほど、アウトプットの質が高まる」というのはその通りだろう。

このブログも去年の2月から始め、去年は必ずしも毎日書いていたわけでもなかったのだが、今年の年頭にとにかく続けられる限り毎日書いてみようと1日1日と書き続け、今日までなんんとか毎日続けてきた。
しかし、最近やや息切れの感は否めない。
1~2月は、佐藤多佳子さんの『一瞬の風になれ』と、松村由利子さんのエッセイや歌集が昨年にはなかった新たなインプットだった。アウトプットもずいぶん、変わったように思う。
2月以降、将棋で私が応援する郷田真隆九段の名人挑戦が決まったことで、将棋への私自身の関心も深まり、将棋に関する記事(アウトプット)が増えた。将棋ファンが私のブログを読んでくれるようになったからだろう。アクセス数が一気に増えた。
しかし、最近、このブログの幅を一気に広げるような新たなインプットが乏しいのだ。

「多くの場合は、日ベースメディアのアウトプットにインプットが追いつかず、息切れになってしまいます。」
「インプットがなくてアウトプットを続けていると、おそらくは書く当人がつまらなくなってしまいます。」

毎日書くことを目標にしているとはいえ、何でもいいから書けばいいというものでもない。
少なくとも、自分が面白い誰かに伝えたいと思ったこと、この情報なら読んだ人にも何かの役に立つだろう(読んだ人にとってなにがしかのインプットになるだろう)と自分が思えるものを書きたいと思っていると、今日一日の中で何がネタになるかと考えるとハタと困ってしまい、キーボードを叩く指が止まってしまう。まさしく「アウトプットのインプットが追いつかない状態」になっているのだと思う。

何を新たにインプットして、アウトプットしていくのか、真剣に考えた方がいい時期に来ているのだろう。
また、一方でこれまでに蓄積のあるジャンルを、改めてブログ上で再開拓してみる必要があるかも知れない。

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2007年5月22日 (火)

梅田望夫・茂木健一郎著『フューチャリスト宣言』(ちくま新書)を読み終わる

『フューチャリスト宣言』をようやく読み終わった。先々週の週末にはあらかた読み終わっていたのだが、その後、本がどこかに紛れてしまって暫く行方不明になっていたのを、探し出して読み終えた。

フューチャリスト宣言 (ちくま新書)
フューチャリスト宣言 (ちくま新書)

前回の読み始めの時の記事では、「はじめに」に茂木健一郎さんが書いている文章から一部引用して紹介したが、今回は「おわりに」の冒頭に梅田望夫さんが書いている文章が、この本の底流をなす思いを簡潔に述べていると思うので、紹介しておきたい。未来を語るフューチャリストへの強い志向性をお互いの共通点として発見したと紹介した上で、次のように語る。

では私たちは、何のために未来を見たいと思うのか。
「自分たちはいま何をすべきなのか」ということを毎日必死で考えているから、そのために未来を見たいと希求するのである。
私たちはいま、時代の大きな変わり目を生きている。それは、同時代の権威に認められるからという理由だけで何かをしても、未来から見て全くナンセンスなことに時間を費やして一生を終えるリスクを負っているということだ。
同時代の常識を鵜呑みにせず、冷徹で客観的な「未来を見る目」を持って未来像を描き、その未来像を信じて果敢に行動することが、未来から無視されないためには必要不可欠なのである。
(『フューチャリスト宣言』207ページ)

未来の変化の方向を予測し、その上で現在の自分が何をすべきか考える。2人の対談での未来は遠く22~23世紀あたりまでを見据えているが、それは、これからの5年、10年を考える上でも変わらない物差しのように思う。
以前も書いたかも知れないが、5年前、10年前と比較して現在までの変化の度合いを考えれば、これから5年後、10年後もこれまでの変化と同じ程度に変化しても驚くには当たらない。

いまや携帯電話は、生活のなくてはならない必需品だが、10年前は、まだPHSも存在し、携帯電話のサービス会社は地域ごとにサービスを行っていた。パソコンによるインターネット接続も、電話回線を通じたダイヤル・アップ接続が主体であった。
TV放送までもが携帯電話で見ることが出来るようになると、10年前、一般人の何人が予測しただろうか。

それでありながら、同時代の常識に縛られて、あるいはそれにすがって生きている人が多いように思う。技術が進歩すれば、確実に生活環境が変わり、常識も変化する。廃れる産業がある一方、急成長する産業もある。なぜ、現在の常識を疑い、自分なりに未来を予測しないにだろうかと、あまのじゃくでへそ曲がりの私はいつも考えてしまう。

私たちの世代は、同時代の常識で生きても大した痛痒も感じないだろうが、私たちの子どもの世代には、間違いなく時代は変わり、常識も変わる。現在の常識など役に立たないだろう。
ならば、自ら時代の変化を読み取れる眼力と、それに適応できる柔軟性を身につけさせるしかない。
大人の安心のためでなく、子どもの未来のために、我々の世代が「フューチャリスト」にならなければならないのだろう。

本書では、巻末に梅田さんと茂木さんがそれぞれ中学生と大学生を相手にして語った講演録が付属しているが、暗にそのようなメッセージがこめられているのかも知れない。

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2007年5月21日 (月)

携帯電話を洗濯してしまった

一昨日の土曜日の午前中、2階の部屋でパソコンに向かっていると、階下で叫び声。
何事かと思って1階に降りると、妻が携帯電話を持ってしょげている。Gパンのポケットに携帯電話を入れたまま、洗濯してしまったらしい。変な音がすると思い、あわてて取り出したらしいのだが、時すでに遅し。手に持っている携帯電話は、水浸し。液晶画面にも水が入っている。当然、携帯は使用不能かつ、回復不能。

今年、長男の中学のクラスの役員を引き受けることになり、ようやく携帯電話に役員全員の電話番号とメールアドレスを入れたばかりだった。数日前に、「どこかにバックアップをとれないかな」と言われたばかりだった。

実は、妻には前科がある。2年前の夏休み。私が札幌に単身赴任していた当時、夏休みに家族を呼んだのだが、その時にも水の中に携帯電話を落としている。その時、機種交換で購入した電話機が今回、犠牲になった。

3人の子どもたちは、「またやった~」と冷やかしているが、本人は同じ過ちを2度やったこと、懸命に入力したデータをまた一から入力しなければならないということで、落ち込んでいた。
とりあえず、携帯電話が使えないと困るので、水没し使用不能と成った電話機を持って、携帯ショップに行き、再び機種交換。今回は、薄型、200万画素デジカメ付き、携帯音楽プレイヤー機能付を購入した。

いつ、どこで襲ってくるかわからない災難。備えあれば、憂いなしとはよく言ったものだ。せめて、「バックアップ」と言われた時に、パソコンにデータを読み込んでおけば良かったと少々申し訳ない気がした。

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2007年5月20日 (日)

今日は衣替え、明日は二十四節気の「小満(しょうまん)」

先週、当面の懸案だった公認内部監査人(CIA)の試験も終わり、この週末はほっと一息である。とりあえず、何かやらなければならないことがあるわけでもなし、気楽な2日間だった。

今日は、朝からいい陽気だったので、G.W.の大掃除の時はまだ多少冷え込むからと見送っていた冬物から夏物への衣替えをする。セーターやトレーナーをかたづけて、Tシャツや半袖のポロシャツ、短パンなどと入れ替える。
あわせて、こたつ用の掛布団や敷布を、風呂場で素足で踏んで洗う。洗い終わったあとは、洗濯機で脱水し、物干しで半日干すと、なんとなく全体にくすんで見えた布団が生気を取り戻したように見えた。乾いたあとに、こちらもかたづける。

明日、5月21日は二十四節気の「小満(しょうまん)」。愛読の山下景子さんの『美しい暦のことば』(インデックス・コミュニケーションズ)には、次のように書かれている。

本来は、麦の穂が実り、少し満ちてきたという意味だそうです。
転じてすべてのものが次第に成長し、天地に満ちはじめる時節という意味になりました。
草木も茂り、その色は一段と深みを増してきます。
「新緑」から「万緑」へ移り変わる季節といえるでしょうか。
(山下景子著『美しい暦の言葉』73ページ)

すべての物が天地に満ち始める季節。
仕事の面では、これから7月下旬までけっこう忙しくなりそうだが、自分の内側を気力で満たして、なんとか乗り切りたいものだ。

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2007年5月19日 (土)

佐藤多佳子著『黄色い目の魚』を読み終わる

先日の『しゃべれどもしゃべれども』に続いて、新潮文庫の佐藤多佳子さんの『黄色い目の魚』を読んだ。

黄色い目の魚 (新潮文庫)

幼い時に両親が離婚し母と妹と暮らす木島悟、両親と姉と暮らしながら家族となじめない村田みのり。
悟は一度だけ父テッセイと会い、絵に埋もれて暮らす父を通じて絵を描くことを知る。みのりも、自分の家にいるよりイラストレーターの叔父の通(とおる)と一緒にいる方が好きな少女である。絵を見る眼力を持っている。

全く、別の場所で育った悟とみのりの2人は、湘南の同じ高校のクラスメートとになる。友達の嫌なところをノート落書きする木島に憤慨するみのり。それが2人の最初の会話である。そして、偶然、美術の時間に、悟がみのりのデッサンをすることになる。

自分の生き方に戸惑う2人は、うまく自分の気持ちを表現できないが、悟が絵を描きみのりが見るという形で、交流していく。
文庫本の裏表紙では、そのあたりの2人の関係を「友情でもなく恋愛でもない、名づけようのない真直ぐな思いが、二人の間に生まれて―。」と表現している。
2人の「ピュア」な心が、いろいろな出来事を経て、少しずつ近づいていく様子が、なんとももどかしいが、好ましい。
どうして、佐藤多佳子さんという作家は、こんなに壊れそうなガラス細工のような青春というものを、丹念に描くことができるのだろうか。

解説を書いている角田光代さんが次のように書いている。

叶えられないのを承知の願いだけれど、もしできるならば、私はこの本を、高校生の私に手渡してあげたい。(中略)高校生の時の私が、まさにだれかに教えてほしかったことを、だれかと話したかったことを、この小説は正しく伝え正しく聞いてくれるに違いない。
(新潮文庫『黄色い目の魚』454ページ)

自分の高校時代にこんな素晴らしい小説に出会えていたら、きっと、今よりも、もっともっと感動しただろうに、という思いは角田さんと同じである。
自分の3人の子どもたちにぜひ読んでほしいと思うし、高校生を持つ親にも読んでほしい。

このブログの佐藤多佳子さん関連の記事はこちら→アーカイブ:本屋大賞作家佐藤多佳子

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2007年5月18日 (金)

第65期将棋名人戦第4局、先手番の森内名人が挑戦者郷田九段に勝利、2勝2敗で振り出しに

第65期の将棋名人戦第4局は、北海道の苫小牧市で昨日、今日の2日にわたって行われ、130手で森内名人が勝利をおさめ、戦績も2勝2敗のタイとなり、改めて第5局からの3番勝負となった。

名人戦に相応しい、相矢倉の重厚な将棋になったが、終了後のインタビューでは、郷田九段の方に誤算があったとのことで、郷田ファンの私としては残念だ。
これまでの熱戦から、今日も10時過ぎまで対局が続くだろうと思い、遅めの夕食の後、午後8時半過ぎに「名人戦棋譜速報」の応援掲示板をのぞくと、8時20分に郷田九段投了とのコメント。

これまでの名人戦で、名人2連敗の後の2連勝は、過去4回。うち3度は、名人側がその後も2連勝し4勝2敗で防衛している(第25期(1966年)の大山名人-升田九段戦、第37期(1979年)と第45期(1987年)の中原名人-米長棋王・九段戦)。
残る1回は第58期(2000年)の佐藤康光名人-丸山忠久八段だが、この時は、挑戦者丸山八段2連勝のあと、佐藤名人3連勝し3連覇に王手をかけたが、丸山八段が2つ勝って丸山新名人が誕生している。

こうなれば、森内名人の永世名人への執念と、父の死を背にした郷田九段の新名人への執念のどちらが勝るかであろう。郷田ファンとしては、当然、郷田九段の勝利を確信し、願っている。先手番勝率7割超の2人の戦いで、それぞれ、先手番で1勝1敗、後手番で1勝1敗。次の先手は郷田九段。先手番を確実にものにして、名人位に王手をかけてもらいたい。

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2007年5月17日 (木)

五月病予備軍を抱える我が家

今年の春、我が家の子ども3人は、上から順に大学、高校、中学に進学し、環境が大きく変わった。おまけに、妻もパート先が変わったばかりで、私を除く家族4人の生活環境が大きく変わった。

親として気になるのは、それぞれが新しい環境にとけ込めるかである。
今のところ、新生活をエンジョイしているように見えるのは、女子大生になった長女だけで、高校生になった次女は「中学のままがよかった」と嘆き、中学生になった長男は「俺小学生に戻りたい」とぼやく。

もともと、次女には、「高校になったら、中学3年の時の受験勉強と同じくらいの勉強を毎日やらないと追いつかないよ」と多少脅してはいたのだが、いざ現実のものとなると、相当重荷に感じるらしい。
これまで、気ままに遊んで過ごせた長男は、中間テストや期末テストなど、定期的にテストがあること自体が苦痛のようだ。

まあ、自分の経験からいえば、あと1ヵ月もすれば、クラスの様子もわかり、新しい学校のペースにもなれ、大丈夫だろうと思っているのだが、30年以上も前の話なので過信は禁物だ。

松村由利子さんのエッセイが載っているというので買った健康雑誌の『毎日らいふ』。5月号の特集の一つがその名も「危険な「五月病」」。その特集記事では、「五月病に陰に「軽症うつ」が潜んでいる可能性がある」と警告している。そして「軽症うつ」の原因として「疲れ」をあげている

「軽症うつ」の本当の原因
「新しい環境になじめない」、「人間関係がうまくいかない」。こういったことが、うつ病の原因になっていると思われがちですが、「軽症うつの原因は、その前にある作業疲れに本当の原因がある」と笠原さん(「軽症うつ」の研究者で名古屋大学名誉教授の笠原嘉さん)は言います。
引っ越しの作業、転勤、配置換えの引き継ぎ作業、大きなプロジェクトに注いだエネルギー。これらによる体の疲れ、心の疲れによって次の環境に向けた力がなくなり、「ゆううつ」を越えた異常を引き起こすことになるのです。
(『毎日らいふ』2007年5月号、55ページ)

その上で、「軽症うつ」に陥りやすい人(特に中年~初老)の特徴として以下の15項目を上げている。

①働くのが好き
②やり出したら徹底的にしないと気がすまない
③責任感が強い
④義理を重んじる
⑤人に頼まれるとイヤといいにくい
⑥人と争うのは苦手
⑦気が小さい
⑧人がどう思うかを気にする
⑨常識を大事にする
⑩極端なことをしない
⑪目立つことが嫌い
⑫熱しやすいところがある
⑬どちらかというと朗らか
⑭物を片付けるのが好き
⑮きれい好き
(『毎日らいふ』2007年5月号、55ページ)

まあ、我が家の次女、長男にはそれほど当てはまらないとは思うが、もう少し様子を見た方がいいかもしれない。

ただ、入学して暫く模様眺めをしていた2人だが、最近になって次女は弓道部、長男はバレー部に入った。
部活動を始めるということは、それだけの心と体のエネルギーは残っていたということなので、まあさほど心配なくても、時間が解決してくれるだろうと少し気が楽になった父である。

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2007年5月16日 (水)

CIA(公認内部監査人)試験を受験した

今日は、午後1時30分からCIA(公認内部監査人)試験の残る科目PartⅡを受験。125問(全問が4答択一のマークシート)で試験時間は午後5時までの3時間半。

今回は昨年の秋に比べて難しい気がする。125問の解答をマークし終わるまで、2時間半以上。もう集中力の限界。解答の内容を見直す気力はなく、自分が問題用紙に記入して答えがマークシートに転記されていることだけを確認する。それでも、転記ミスが2問あり、見直したかいがあった。

問題用紙も全て回収され、終了後、模範解答が渡されるわけでもないので、いつもながら自分がどの程度出来ているのか、いま一つ自信が持てない。
言えるのは、去年の秋の受験の時のPartⅡよりは成績は上がっているだろうということだけ。去年よりは手応えがあったにせよ、問題はそれで合格ラインの滑り込めるかどうかである。

なんとか、ギリギリでいいので、合格ラインに引っかかっておいてくれというのが、偽らざる心境だ。

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2007年5月15日 (火)

明日はCIA(公認内部監査人)試験

明日5月16日(水)は、CIA(公認内部監査人)試験1日め。去年の11月に続き、2回めの受験だ。

普通、日本では、この手の資格試験は土日にあるだが、この試験は米国の内部監査人協会(IIA)が世界中でいっせいに実施するため、水曜日と木曜日という平日にある。明日は、仕事を休んでの受験だ。

4科目の試験で、1日めPartⅠ(監査理論)、PartⅡ(監査実務)、2日めPartⅢ(財務・IT)、PartⅣ(経営論、マネジメント)。
昨年の11月の試験で、PartⅠとPartⅢには合格し、PartⅣは別の資格を取得したことで免除申請が出来るので、明日、受験するのは、PartⅡ(監査実務)のみ。
前回は、PartⅡは仕事の延長線上で出来ると高をくくり、一番取りにくいと言われるPartⅢを重点的に勉強したら、PartⅢは合格したが、手抜きがたたってPartⅡを落としてしまった。
なんとか、今回はクリアして資格取得といきたいところだ。今日は、ブログも短めで切り上げさていただき、最後の仕上げをやることにします。

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2007年5月14日 (月)

減量のため日比谷公園から竹橋まで歩く

ちょうど1週間前に、三度(みたび)減量を決意し、職場のある日本橋界隈から九段下まで歩いたことを書いたが、一時的に72kgに達した体重も、70kgそこそこまで落ち、先週は1日だけだったが69.9kgとわずか100gとはいえ70kgを切った。4月もずっと70kg台だったので、久しぶりの60kg台である。

先週の半ばから今週いっぱいは、久しぶりに日比谷公園近辺で仕事。今回は、帰り道に内堀通りを歩いてみることにして、今日で3日目だ。

日比谷公園から内堀通りを北に上がり、皇居を左に見ながら、皇居外苑を歩く。あらためて、ずいぶんと緑が多いことに驚く。
右手には丸の内、大手町のビジネス街。二重橋の前を過ぎ、さらに歩くとパレスホテルがあり、さらに行くとニチロと経営統合するマルハのビル。そして旧三和銀行東京本部(現三菱東京UFJ銀行)、三井物産のビル。
ここまで来れば、いつも歩いているコースに合流する。消防庁、気象庁を右に見ながら、東京メトロ東西線の竹橋駅の気象庁前の入り口着く。

日比谷公園から30分弱といったところだろうか。日本橋から歩くのと、時間的にはあまり変わらないような気がする。
ウオーキングコースとしては、日比谷公園-皇居外苑と緑の多いコースを歩く内堀通り北上ルートが気持ち良い。
あとは、思惑通り、減量が進んでくれれば、いうことはないのだが…。果たして、明朝の体重は70kgを切っているだろうか。

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2007年5月13日 (日)

昨日(2007年5月12日)、7万アクセスを突破

おかげさまで、昨日(2007年5月12日)の午前中に、このブログの総アクセス数が7万アクセスを突破した。
6万アクセスが4月19日なので、この間の1万アクセスに23日間(5万→6万は21日)かかっている。平均すると1日のアクアスが400件余ということになる。
昨年の今頃は、1日80アクセスいけば大喜びで、なんとか1日100件に届かないものかと気を揉んでいた頃だ。

アクセス数の多さでは、将棋の名人戦が開催されていて、私自身の書く記事が将棋の話題が多いこともあって、将棋の記事へのアクセスが多い。
あとは、河合隼雄元文化庁長官の容態について書いた記事、池田晶子さんの訃報を聞いた際に書いた記事、韓国ドラマ『私の名前はキム・サムスン』関連の本について書いた記事などが多い。
河合隼雄さんの記事と池田晶子さんの記事は、グーグルで「河合隼雄 容態」、「訃報 池田晶子」で検索すると私の書いた記事がなんとトップで表示されるので、記事を書いてからかなりの時間が経過しているのに、アクセスしていただいているようだ。

中年クライシスを乗り越えるために「自分を振り返り、今後を考える」というサブタイトルをつけているにしては、最近、やや将棋の記事が多いような気がするので、これからは将棋の記事はもちろんだが、松村さんとのご縁をきっかけに短歌に関する記事を書くようになったように、新しい分野を開拓する努力をしていきたい。

なお、ブログパーツとして掲示している「人気記事ランキング」「検索フレーズランキング」「アクセス地域ランキング」の集計期間をこれまでの前日1日間から、前日までの1週間に変更することにした。ウィークデイと週末の土日では、アクセスの傾向が違うような気がするので、集計対象を1週間にすることで、万遍なくアクセスの傾向が反映されると思う。ご興味がある方は、時々、ご覧いただければと思う。

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2007年5月12日 (土)

ココログの「アクセス解析」の一部ページで文字化けのトラブル

最近、ココログで、ちょっとしたトラブルが続いている。私が体験したものでは、
①新サービスとして開始されたブログ・パーツへの人気記事や検索ワード/フレーズのアクセス・ランキングの表示が自動更新されていなかった(4月24日の記事はこちら
②日中のアクセス解析で表示されるはずの1時間毎のアクセスデータが全く表示されない状況が半日続き、ほぼ24時間後の正常に復帰(4月27日の記事はこちら
という2つである。

今日のトラブルは文字化けだ。アクセス解析のメニューの中に、「生ログ」といって自分のブログへのアクセスログが表示されるサービスがすのだが、このページが文字化けしている。同じページに携帯電話でアクセスしても文字化けしていたので、個人のユーザー側のパソコンの端末の問題ではなく、ココログのサーバーの側の問題だろう。
また、別のメニューで「検索ワード/フレーズ」という私のブログへ検索サイトからアクセスされた際の入力された語句のランキングをしめすメニューある(上記①の検索ワード/フレーズのアクセス・ランキングのもとデータ)が、これも文字化けしている。

こんな話は、ココログでブログを開設している人以外あまり関心のない話題だが、上記②の先日1時間毎のアクセスデータが表示されないことを書いた時、「自分のそうだったので、記事を書いてもらい、個人のパソコンの問題ではないことがわかって助かった」という趣旨のコメントをいただいたので、トラブルのデータとして記録しておくことにする。
ぜひ、根本的な原因を究明し、同じようなことが起きないようにしてもらいたいものである。

ちなみに、上記②のトラブルについて、ニフティにメールして調べてもらったところ、5月9日になって次のような障害情報が掲示された。

==============================
◇障害対象期間
 2007年4月27日(金)11:00 ~ 4月28日(土)11:00
◇対象ユーザー
 ココログをご利用いただいている一部の方
◇影響内容
 ・アクセス解析の更新が遅延している
  ※解析ログの消失はありません。
==============================

(5月12日午後追記)
上記の記事は5月12日に午前中に書いたもの。あわせてココログのサポート窓口にも対応を依頼するメールを出していたのだが、午後になって返事がきた。
内容は3つの部分に別れる

①アクセス解析の文字化け状態は、ココログのデザイン編集ページから再構築を行うと修正されることがある→試してみたがまったく変化なし
②ブラウザ側の文字コードがココログ側で使用している
「UTF-8(Unicode)」と違っていると文字化けする→UTF-8でも文字化け

とのことで、3番目に次のような説明があった。

「UTF-8」を指定していただいた状態でもアクセス解析にて文字化けが発生する場合、訪問者のブラウザら取得された解析データの文字コードが異なっていたため、その取得データの影響を受け、アクセス解析画面全体も正常に表示されず文字化けしている状況と存じます。
 アクセス解析の集計サーバー側では、ブラウザから受信されたデータが文字化けしているかどうかの判断が困難なため、文字コードのデータが誤っていた場合も修正が行えません。
 そのため、訪問者のブラウザ側より送信された文字コードデータに文字化けが含まれる場合、ココログのアクセス解析では、文字化けの状態のまま生ログや他の表示の部分に表示します。
 大変恐縮ですが、一度アクセス解析の集積サーバーにて取得されたデータにつきましては弊社側では修正を行えないため、該当のページの表示を改善させることはできません。

私のブログを訪問した人のブラウザが文字化けを含んでいた場合、ココログのサーバー側では、そのデータに影響されて該当部分のデータが影響されてしまい、修復不可能ということらしい。
ということであれば、明日の「検索ワード/フレーズ」ランキングは、文字化け状態で表示されることになるのだろう。困った話だが、直らないならしかたない。

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2007年5月11日 (金)

梅田望夫・茂木健一郎著『フューチャリスト宣言』(ちくま新書)を読み始める

ちくま新書の5月の新刊のうちの1冊が、『ウェブ進化論』の著者梅田望夫さん(1960年生まれ)と脳科学者で現在NHKの番組「プロフェッショナル」の司会をしている茂木健一郎さん(1962年生まれ)の対談をまとめた『フューチャリスト宣言』である。

フューチャリスト宣言

フューチャリスト(=futurist)とは、未来を考える未来学者という意味。インターネット、ウェブ2.0などで変わる未来について、2人が存分に語る。

茂木氏の「はじめに」でのコメントが、この本でのフューチャリストの意味を端的に語っていると思うので、紹介しておきたい。

梅田さんの持つ素晴らしい資質は、「楽天的であるということは一つの意志であるとでも表現できるような決意と世界観である。インターネットという新しいメディアに関して現時点で人々が抱いているイメージは必ずしも明るいものであるとは限らない。流通している情報の質が悪いというだけでなく、誰も管理しないネットという場は誹謗中傷や犯罪の温床になるといった、きわめてネガティブな印象を持つ人もいる。
しかし、梅田さんが常々言われているように、「未来に明るさを託す」ということは、単なる現状の認識に発することではなく、むしろそのような世界を創り出すという意志に基づく行為である。インターネットは、物理的な距離や言葉、文化、社会的な階層といった障壁を乗り越えて世界の人々を結びつける大変なポテンシャルを持っている。
(中略)
私たちがいまインターネットに託している明るい未来像も、必ずそのまま実現されるとは限らない。実際に起こることは、私たちがいま予想できることとは似ても似つかないものになるかもしれない。いや、きっと異なるものになるだろう。しかし、だからと言って、予想すること、志向すること、そして夢の実現のために疾走することを忘れてはいけない。
未来は予想するものではなく、創り出すものである。未来に明るさを託すということは、すなわち、私たち人間自身を信頼するということである。
(『フューチャリスト宣言』13~15ページ)

 インターネットの中に、明るい未来の萌芽を見出し、それを大きな花に育てるべく、自ら行動するということであろう。

2人がインターネット、ウェブ2.0、ブログなどについて語るが、共感する部分も多い。梅田さんと同じ1960年生まれであり、同世代であること、また、2人とも自分のブログを書いていることも、程度の差は当然あるものの、そこでの悩みは、私も感じたことがあるものである。
半分ほど読み終わったところ。週末に読み終えたい。

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2007年5月10日 (木)

将棋第78期棋聖戦での佐藤康光棋聖への挑戦者は渡辺明竜王に決定

将棋の7大タイトル戦のひとつ棋聖戦(産経新聞社主催)の第78期の挑戦者決定戦が昨日(2007年5月9日)、最終予選を勝ち残った渡辺明竜王と久保利明八段の2人の間で行われ、57手で渡辺竜王が勝ち、佐藤棋聖への挑戦者に名乗りを上げた。

今期B級1組に昇級し来期のA級入りを狙う20代の旗頭渡辺明竜王と、さばきのアーティストと呼ばれ今期でA級5期目となる現A級棋士では最も若い31才の久保八段との対戦。

前期のA級順位戦でA級に残留した8人の中でタイトル保有経験がないのは久保八段だけ。過去に、2000年の第26期棋王戦、2001年の第49期王座戦の挑戦者となったが、いずれも羽生善治棋王、王座の前に1勝3敗で敗退している。今回、佐藤棋聖に挑戦して、念願の初タイトルを手にしたいところだ。

一方、渡辺竜王は、竜王戦こそ3連覇しているものの、他の棋戦でなかなか挑戦者になれなかった。(過去1度、2003年の
第51期王座戦で羽生王座に挑戦)今回は、最終予選に勝ち残った8人で争う挑戦者決定トーナメントの初戦で、対戦相手の森下卓九段が急病で対戦できなかったため、不戦勝というハプニングがあったが、準決勝でも昨年の挑戦者鈴木大介八段を破っての挑戦者決定戦への登場した。

挑戦者決定戦での2人の将棋は、序盤から飛車や角といった大駒が相手陣に成りこみ、駒を取り合う激しい激しい将棋で、いきなり終盤戦となった。双方ともに、真っ直ぐ王様に迫っていったが、渡辺竜王が鮮やかな寄せを見せて、挑戦権を手にした。

佐藤棋聖と渡辺竜王のタイトル戦での戦いは、昨年(2006年)秋の竜王戦に続き2回目。佐藤棋聖は5連続タイトル戦挑戦の3戦目で、初戦から2連勝し、佐藤竜王誕生かと思わせたが、その後渡辺竜王が巻き返し、フルセットに持ち込み、最終戦を制して、竜王位を防衛、竜王戦3連覇を果たした。

今回は、攻守ところを替えて、佐藤棋聖の防衛戦。佐藤棋聖は、2001年の72期棋聖戦で、当時の郷田真隆棋聖に挑戦。2連敗の後、3連勝しタイトルを奪取。その後、丸山忠久、森内俊之、羽生善治、鈴木大介という錚々たるメンバーの挑戦を退け5連覇。最短期間で、永世棋聖位を手にした。

棋聖位を争う5番勝負は、6月9日から始まる。

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2007年5月 9日 (水)

佐藤多佳子著『しゃべれどもしゃべれども』を読み終わる

『一瞬の風になれ』が2007年の本屋大賞を受賞したことで、書店に行くと同書以外にも佐藤多佳子さんの作品が並べられるようになった。面白そうなものを、何冊か買い込む。

しゃべれどもしゃべれども

そのうちの1冊が『しゃべれどもしゃべれども』(新潮文庫)である。
若いの落語家の今昔亭三つ葉が、主人公。ひょんなことから、人前で喋ることが苦手ないとこの綾丸良、黒猫とあだ名される美女十河五月、学校でいじめられているという小学生村林優、元プロ野球選手の湯河原太一の4人に落語を教える事になる。
5人が織りなす様々な悲喜こもごもの人間模様。しかし、それは哀しいこともあるが、いつもどこかさわやかで、すがすがしい。このすがすがしさこそが、佐藤多佳子という作家の持ち味なのだろう。

この作品のテーマは「自信」である。話のちょうど、真ん中あたりで、主人公の三つ葉が自信について考えるところがある。

自信って、一体何なんだろうな。
自分の能力が評価される、自分の人柄が愛される、自分の立場が誇れる--そういうことだが、それより、自分を”良し”と納得することかも知れない。”良し”の度が過ぎると、ナルシシズムに陥り、”良し”が足りないとコンプレックスにさいなまれる。だが、そんな適量に配合された人間がいるわけがなく、たいていはうぬぼれたり、いじけたり、ぎくしゃくとみっともなく日々を生きている。
(佐藤多佳子著『じゃべれどもしゃべれども』新潮文庫、220ページ)

自分を振り返っても、ナルシシズムとコンプレックスの間を行ったり来たりの繰り返しである。
そもそも、ブログに好き勝手ことを書いて、アクセスが増えたといってよろこんでいること自体、ナルシシズムそのものではないかと思うことがある。

佐藤多佳子さんの良さは、欠点や多くの弱さを持つ登場人物に対しても、いつも眼差しが優しいところだ。悪意を抱いた登場人物はいない。

この小説は、出版当時、「本の雑誌が選ぶ年間ベストテン」第1位に選ばれた作品とのこと。
TOKIOの国分太一の主演で映画化され、2007年5月26日から全国で公開される。見てみようかと思っている。

映画についてのブログはこちら
2007年6月9日:佐藤多佳子原作、映画『しゃべれどもしゃべれども』を見た

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2007年5月 8日 (火)

第65期将棋名人戦第3局、森内俊之名人が挑戦者の郷田九段に勝ち1勝2敗に

今日は、将棋名人戦第3局2日め。三重県鳥羽市で行われた。私が応援する郷田真隆九段が先手番。先手の勝率がともに7割以上という2人の対戦、1日め居飛車党の郷田九段が振り飛車を選択。森内俊之名人も飛車を振り、2人の棋風からは想像しがたい相振り飛車となった。

いつもは、早く家に帰りネットの名人戦棋譜速報を固唾を飲んで見守るのだが、今日は、あいにく昔の上司を囲んだ飲み会。午後10時半頃にようやく会が終わり、地下鉄に乗り込んだところで、携帯電話から毎日インタラクティブにアクセスしたが、出てきたのは「森内名人が勝って1勝2敗」とのニュース。

応援する棋士が勝った将棋は何度見ても楽しいが、負けた将棋は見る気にならない。名人戦棋譜速報を見る限り、郷田九段の作戦負けのようだ。
今回の名人戦を前に、2人の対戦成績を調べ、どちらも先手での勝率が7割以上と通常の5割+αのレベルを超えて遥かに高く、先手番が勝つシリーズの展開を予想した。先手が勝ち、どちらか後手番で相手の先手番を1つでもブレイクした方が優位に立つと考えた。
2戦めまでは、挑戦者の郷田九段が先手番の1戦目を順当に勝利、続く2戦目は後手番で森内名人を破り、2連勝。この勢いで、この第3戦も勝利すれば、一気に名人位に王手というところだったが、対する森内俊之名人も既に名人在位4期、初めて手にした名人位を1期で羽生善治現三冠に奪われたものの、翌年には再びA級順位戦を制し、リターンマッチに登場。羽生名人を破ると、その後は羽生前名人のリターンマッチを退け、谷川九段(17世名人有資格者)の挑戦を退け、名人戦3連覇を達成し、永世名人(18世)まであと1期に迫っている。挑戦者も簡単には勝たせてもらえない。

第1戦を先手の郷田九段が制したあとは、2戦め、3戦めとも後手番が制し森内名人の1勝2敗。これまで勝利から言えば、7番勝負で後手番が2回勝つことは考えにくかったが、先手1勝、後手2勝となったということは、もはや過去の先手番、後手番での勝率など関係ないということであろう。
今日の勝利で2人の対戦成績は森内名人から見て15勝14敗。このシリーズを見ても、互角と言っていいだろう。あとは、気力、執念といった勝負になってくるのだと思う。

森内名人が1勝を返し、次の第4戦は森内名人の先手番。郷田九段には、今日時点の2勝1敗ですでに相星のつもりで、第4戦では振り出しに戻ったと考えて、改めて、森内名人に向かっていって欲しい。

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2007年5月 7日 (月)

三度(みたび)減量にチャレンジ、日本橋から九段下まで歩く

去年の夏から秋にかけて、このブログでも減量の話を、月に数回書いていた。
私は一度約1年で10kgの減量に成功したことがあり、2004年10月の札幌への単身赴任したの時点では体重が63kgだった。札幌滞在の1年間に2kg太り65kg、東京に戻った途端の1ヵ月ほどで2~3kg太り、体重は67~68kgまで戻っていた。その後も、徐々に増量は続き、昨年9月には、71kgを超えて72kg寸前まで体重が増えていた。増えた体重を咎めるように、腰痛に襲われ、再び、減量を決意した。

歩数計を買い込み、一日10000歩を目標に、通勤の帰り道、職場のある日本橋から竹橋まで地下鉄2駅分を歩くなど、土日も10000歩、歩くことを目標にして、何とか3kgの減量に成功、68kg台まで体重を落とした。
しかし、過去の10kg減量の時の経験では、3kgに壁があり、そこを乗り越えると一気に減量が加速したのだが、この時はちょうど冬を迎えるタイミングを重なったこともあり、3kg減量で足踏みしてしまい、壁を越えられなかった。

減量、ダイエットも目に見えて数字減っていくという形で結果が出るとより効果が実感できて、さらに頑張れるという好循環に入っていくのだが、なかなか数字が減らない日が続くと、今度は、努力が続かなくなり、カロリー消費が減り、体重が増え始める。増え始めると、やる気が失せて、その結果さらに体重が増えるという悪循環に入ってしまう。今年に入ったあたりから、完全のこの悪循環に陥り、仕事の関係の忘年会や新年会、異動のお祝いなど飲み会が重なったりしたこともあって、とうとう4月には、一度72.0kgに達して、昨年の腰痛時と変わらないレベルまで戻ってしまった。

5月になって気温と湿度が少し上がり、少し歩いても汗がでるようになり、ある程度歩くことの効果が数字で表れやすくなった。この機会を逃すと、また増量に歯止めがきかなくなる。今年は、去年より2ヵ月早く始めることで、なんとか去年超えられなかった3kgの壁を超えたい。

そう思い、今日は、職場のある日本橋界隈から三越、日本銀行、常盤橋、逓信博物館、読売新聞、三井物産、消防庁、気象庁と歩いて気象庁前の東京メトロ東西線の竹橋駅入り口を下りるところを、更に足を伸ばし、丸紅、毎日新聞社の前を通り、内堀通りに沿って九段下駅まで3駅分を歩いた。歩き始めてから35分くらいだっだ。毎日新聞を過ぎて、北の丸公園の東側、清水濠に沿った歩道は、濠の向こうに石垣と緑が見えて、歩いていても退屈しないコースだった。しばらく行くと日本武道館が見え、さらに行くと、九段会館があり、九段下まであっという間に着いた印象だった。更に足をばせば、飯田橋駅までも歩けそうな気もしたが、とりあえず今日のところは欲張らず、九段下で地下鉄に乗ることにした。

さて、明日の朝の計量で成果が確認できるか。今回は、まず68kgを目指し、減量を始め、それが達成できたら、65kgを目指す事にしたい。

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2007年5月 6日 (日)

今日は「立夏」、東京は久しぶりの雨

今日は、二十四節気の「立夏」。暦の上では、今日から夏である。GW後半、東京では、5月3日から5日の昨日までの3日間は天気にも恵まれ、最高気温が4日が26.1℃、5日が26.4℃と25℃を超え、夏日となった。
今日は、一転、小雨交じりの朝となり、一日中、ぐずついた天気で、最高気温も20.8℃に留まった。

我が家のGWは、前半に始めた部屋の移動と大掃除で終始した。やっと目処がついいた感じで、私と中1の長男が同じ部屋で机を並べ、大学1年と高校1年の娘2人がそれぞれ1人部屋へ移った。

それぞれ、気分新たに、5月の第2週目を迎える態勢は整った。3人の子どもたちが、5月病などにならず、親生活にとけ込んでくれるよう祈るばかりである。

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2007年5月 5日 (土)

第65期将棋名人戦第3局を前に、過去の名人戦での名人2連敗のその後

第65期将棋名人戦は、挑戦者の郷田真隆九段が森内俊之名人に2連勝と、挑戦者にとっては願ってもないスタートとなった。明後日、5月7日(月)から始まる第3戦を前に、過去の名人戦で名人が2連敗したケースのその後のについてトレースしてみた。
(なお、過去の名人戦データは、「将棋タイトル戦」の名人戦の項「将棋順位戦データベース」の名人戦の部屋の2つのサイトを参照させていただきしました)

過去名人戦で名人が初戦から2連敗したケースは、過去64回の名人戦で12回ある。うち、その後名人が挽回し防衛を果たしたケースが4回、挑戦者が勢いに乗り名人位を奪取したケースが8回である。

西暦 名人 勝数 挑戦者 勝数 結果
25 1966 大山康晴 4◎ 升田幸三 2 防衛
37 1979 中原 誠 4◎ 米長邦雄 2 防衛
41 1983 加藤一二三 2 谷川浩司 4◎ 奪取
43 1985 谷川浩司 2 中原 誠 4◎ 奪取
45 1987 中原 誠 4◎ 米長邦雄 2 防衛
50 1992 中原 誠 4◎ 高橋道雄 3 防衛
51 1993 中原 誠 0 米長邦雄 4◎ 奪取
52 1994 米長邦雄 2 羽生善治 4◎ 奪取
58 2000 佐藤康光 3 丸山忠久 4◎ 奪取
60 2002 丸山忠久 0 森内俊之 4◎ 奪取
61 2003 森内俊之 0 羽生善治 4◎ 奪取
62 2004 羽生善治 2 森内俊之 4◎ 奪取

この表から気がつくのは、①2連敗の逆境から防衛を果たしたケース4例のうち、3回は現在の中原誠永世十段(16世名人有資格者)で、残る1回は大山康晴15世名人であること、②1993年以降の羽生世代が名人戦に登場するようになった最近の6回は、いずれも挑戦者が名人位を奪取していること、などだろうか。

これらの対戦カードと、今回の名人戦の組み合わせはまったく違し、過去の例が今回のケースに直接当てはまるともいえないので、現在のところ、2連勝した挑戦者は多少有利という程度かも知れない。

現在の森内名人は、自分が挑戦者として2連勝した後、名人位を奪取したケース(60期、対丸山戦)と名人在位時に挑戦者に2連敗して名人位を奪われたケース(61期、対羽生戦)の両方を経験している。その修羅場を経験していると言う意味では、挑戦者の郷田九段より森内名人に一日の長があるかも知れない。

私は、郷田ファンなので、郷田九段に名人位を奪取してほしいが、現時点では予断は許されないだろう。
前回第2局は、郷田九段が後手番で、先手番での勝率が高い森内名人を破ったことで、シリーズ全体で見れば多少優位に立ったと思われるが、この優位も自らの先手番である第3局も制して3連勝してこそ、本当に生きてくる。
ちなみに、将棋界の7番勝負で争うタイトル戦で、これまで、3連敗後の4連勝は、未だに出ていない。その点からも、とにかく、7日からの第3戦にも、先手の利を生かしてと、なんとか郷田九段に勝利をもぎとってもらいたい。

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2007年5月 4日 (金)

「国語総覧」で短歌の世界についてのにわか勉強

我が家の大掃除で、高校を卒業したばかりの長女は、もう受験勉強とは縁を切りたいと言わんばかりに、高校の教科書や参考書をいっせいに処分していた。その中に、「新訂国語総覧 第三版」(京都書房)という国語の副読本があった。
古典文学・現代文学・漢文学の3ジャンルに別れ、古典では、内裏の見取図が出ていたり、古典の文学作品のあらすじが載っている。現代文学については、主要作家の解説などが出ている。確かに、自分も高校時代にはこんなものを使っていた記憶がある。

これは、ブログを書く際の背景知識の確認用に使えそうだと思い、捨てるものから抜き出して、私が使うことにした。

近代文学編には、「近代短歌」の項もある。代表的な歌人7人については、顔写真と年譜付きで、略歴と作品の解説がある。さらに「主要歌人解説」に1ページを割き、14人の歌人を紹介している。
写真入りで紹介されているのは、斎藤茂吉、与謝野晶子、石川啄木、若山牧水、釈迢空、近藤芳美、寺山修司の7人。なお、正岡子規は、「近代俳句・短歌の創始者」として俳句のトップに載せられている。

この中でいったいどんな人であろうかと思っていたのが、「釈迢空(しゃくちょうくう)」という名前。その他を冠した短歌の賞もあるぐらいなので、興味があった。便覧の解説を見ると、次のように書かれていた。

釈迢空(しゃくちょうくう)(本名・折口信夫、おりぐちしのぶ)は、歌人・詩人であるとともに、すぐれた国文学者・民俗学者であった。
(「新訂国語総覧」280ページ)

何と、あの民俗学者として著名な折口信夫氏が、釈迢空であった。

世の中には、まだまだ知らないことの方が多いことを改めて実感したにわか勉強だった。

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2007年5月 3日 (木)

向井敏著『背たけにあわせて本を読む』で取り上げられていた歌人・松村由利子

松村由利子さんの応援掲示板を運営している「ろこ」さんが、自らのブログ「言葉の泉」の中で、書評家の向井敏著『背たけにあわせて本を読む』(文藝春秋)の中で、歌人の松村由利子さんが取り上げられていたことを書いている。(当該ブログはこちら。)

背たけにあわせて本を読む


アマゾンに注文していた同書が、今日、届いた。私はまったく不勉強で、今回のろこさんの記事で初めて向井敏さんの存在を知った。

向井敏さんは1930(昭和5)年生まれ。大阪大学の仏文科の卒業で、在学中には、開高健、谷沢永一らの同人誌にも参加していたという。すでに、2002(平成14)年1月になくなられていて、『背たけにあわせて本を読む』は帯にに「書評名人、最後の仕事」とあるように、なくなられた後の2002年11月に出版されている。
おそらくは、弔辞として読まれたと思われる「書評の名手」と出された丸谷才一さんの一文が、あとがきとして添えられている。その中で、新たな才能を発掘する筆者の慧眼について次のように述べている。

彼の最も得意とするところは、学術書でも娯楽読み物も、古典も新作も、鬱然たる大家の作も新人の第一作も、いささかの区別もなく景気よく褒めることで、しかもツボをはづれることは滅多になかった。すばらしい眼力であります。
(『背たけにあわせて本を読む』337ページ)

書評の代表者は誰か。この新しいジャンルを作り、充実させ、最も花やかに腕をふるったのは向井敏でした。その丁寧は仕事ぶり、評価の的確さ、取り上げる領域の広さ、対象である本が同種類、同系列の本のなかで占める位置の見極め方、新人紹介という一種の予言的な行為の的中率の高さ、品格が高くて魅力があってしかもわかりやすい文体、などから推して、この判定は覆しがたいと思われます。
(『背たけにあわせて本を読む』338ページ)

この本には70編以上の書評が収められているが、その一つが松村由利子さんの第一歌集『薄荷色の朝に』を取り上げた「歌人の誕生」と題した1999年3月に書かれた書評である。『薄荷色の朝に』の出版が1998年12月であるから、3ヵ月後には書かれていた事になる。
松村さんは、『薄荷色の朝に』に収められた「白木蓮の卵」26首で1994年に短歌研究新人賞を受賞しているとはいえ、1998年12月の歌集出版当時、一般にはほとんど無名の存在だったはずである。
そもそも歌集というものは、自費出版が中心で、短歌仲間に配られるだけで、広くあまねく販売されるということはほとんどないようだ(俵万智さんは商業ベースに乗った稀有な歌人ということらしい)。

ほとんど無名の歌人の、簡単には入手できない歌集について3ヵ月後には書評を書いていることそのものが、まず驚きである。

(以下削除)

(5月7日追記)5月5日に「匿名希望」と名乗る方から、私のこの記事のコメント欄に「私の書いたこのブログの記事が、冒頭で紹介したろこさんの記事の内容とあまりにも似ている」との趣旨の書き込みがありました。改めて、2つの記事を読み比べると、ろこさんの記事と私の記事の後半部分は文章の流れ、論旨がほとんど同じになっていました。また6日には「匿名」と名乗る方(おそらく5日の匿名希望さんと同一人物)からは、「人を傷つけてまで書く記事に何の意味があるですか」とのコメントもいただきました。私の書いた記事で、ろこさんが傷つかれたとすれば、それは私の本意ではありません。この数日間考えた上で、該当部分を削除しました。(なお、お二人からいただいたコメントについては、私の判断で非公開とさせていただいています)

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2007年5月 2日 (水)

第66期将棋A級順位戦の組み合わせ

第65期将棋名人戦は、第2局を終わって挑戦者郷田真隆九段の2連勝と、郷田ファンの私としては、願ってもないスタートとなった。先手番の勝率が7割以上という両者の対戦なので、今後、郷田九段が自分の先手番である第3局と第5局を確実にモノの出来れば、第4局の森内名人の先手番で敗れても、4勝1敗で名人位獲得というシナリオが十分ありえるのではないかと思っている。それくらい、第2局の森内名人の先手番を破った白星の意味は大きい。

その一方で、新年度入りをしたこともあり、第66期の順位戦各クラスの対戦表が発表された。将棋連盟にホームページにはまだ掲示されていないが、毎日新聞の毎日インタラクティブの将棋のページからアクセスできる。

今回、その対戦表を見ていて驚いたのは、現在の名人戦で敗れた側の席となるA級の順位1位者の対戦表である。

第66期A級順位戦の順位1位の対戦相手

対局 対戦相手 相手順位
1回戦 佐藤康光二冠 4位
2回戦 谷川浩司九段 2位
3回戦 羽生善治三冠 3位
4回戦 久保利明八段 7位
5回戦 木村一基八段 9位
6回戦 藤井猛九段 6位
7回戦 三浦弘行八段 8位
8回戦 丸山忠久九段 5位
9回戦 行方尚史八段 10位

名人戦の激闘が終わって始まる、次期の名人戦挑戦者を争うA級順位戦で、初戦が前期絶好調だった佐藤康光棋聖・棋王、続いて谷川浩司九段、羽生善治三冠とタイトル戦と変わらない強豪との3連戦である。
ここで、3連勝すれば一気に挑戦者レースのトップに躍り出るが、調子次第では3連敗もあり得る組み合わせであり、そうなると一転して残留者争いを繰り広げることになる。

挑戦者の郷田九段であれ、森内現名人であれ、名人戦で敗れた記憶も新しい中、戦いに臨まなければならない順位1者に取っては辛い序盤である。

私が応援する郷田九段には名人戦を勝ち抜き、順位戦の頂点に君臨し、この激闘を勝ち抜いた挑戦者と戦う側に回ってもらいたいものである。

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2007年5月 1日 (火)

源氏物語の読み方、河合隼雄著『紫マンダラ』と俵万智著『愛する源氏物語』

最近、文庫化された俵万智著『愛する源氏物語』(文春文庫)を読んでいる。作中に登場する795首の和歌を手がかりに、歌人で、かつては高校で国語を教えていた俵万智さんが『源氏物語』を読み解こうとするものである。

愛する源氏物語

紫式部が平安時代に書いた『源氏物語』54帖は、日本の文学史上に燦然と輝く名作なのだろうけれど、歴史には多少興味があっても、古文となると、外国語を読んでいるように思えてきてどうも苦手で、ほとんどまともに読んだことがない。
せめて、現代語訳でもと思い、橋本治さんが『窯変源氏物語』を書いた時には、最初の何冊か買うだけ買ったものの、最初の数ページを読んだだけで、結局、読まずに終わっている。

脳梗塞で倒れたままの河合隼雄元文化庁長官の著書に『縦糸横糸』(新潮文庫)という産経新聞に連載した記事をまとめた本がある。

縦糸横糸

その中で、2000年を迎えるにあたり「2000円札」が新札として発行され、裏面の源氏物語絵巻の図柄が採用された際に書かれた「「源氏物語」のミレニアム」と題するコラムがある。河合さんも最初は、私と大差ない『源氏物語』との距離感だが、その後が違う。

私は長い間、『源氏物語』を読まなかった。実は一度挑戦したが、源氏がつぎつぎと女性と関係を持ち、しかも彼の苦悩がほとんど感じられぬ物語の展開に嫌気がさして、こんな古いものは読めないとなげだしたためである。
しかし、50歳をこえてから日本の物語をつぎつぎと読み、その素晴らしさに目を開かれたので、最後には源氏に挑戦しようと思い、1994年、プリンストン大学の研究員として2ヵ月間滞在中に、集中して『源氏物語』を読んだ。今度は、まったく異なる感じで読め、読み終わったときはその偉大さに圧倒されて眠れないほどであった。
(河合隼雄著『縦糸横糸』新潮文庫、195ページ)

河合さんは、源氏物語を紫式部の自己実現の物語と語っている。

『源氏物語』は紫式部という一人の女性の自己実現の物語として書かれているということであった。全巻を読み通した後に個々心に浮かんで来るのは、このような時代に自分の個を生き抜いた紫式部という女性のイメージであり、光源氏ではなかった。
いずれの時代にもその時代に応じて一般的な「物語」というものがある。平安時代の(中略)女性の貴族であれば入内して天皇の寵を受けて皇子を生むということがあった。(中略)
紫式部はそのような一般的物語をそのまま生きようとはしない。かと言ってそれと無縁でいることもできない。自分という一個人の世界を見てみると実に多彩な分身たちがうごめいていることに彼女は気がついた。その分身一人ひとりを描くためには、まず相手となる男性を必要とする事に気づき、光源氏という男性を立てることにした。
(河合隼雄著『縦糸横糸』新潮文庫、195~196ページ)

河合説によれば、源氏物語の主役は、光源氏ではなく、光源氏と関わる多くの女性達であり、彼女たちは紫式部の分身であり、彼女達を写す鏡の役として光源氏は存在することになる。

紫マンダラ―源氏物語の構図

源氏物語と日本人―紫マンダラ

河合作品の中で、上記のような分析を行った本が『紫マンダラ 源氏物語の構図』(小学館、2000年刊)である。(講談社+α文庫で文庫化された際『源氏物語と日本人 紫マンダラ』に改題)

源氏物語の解釈・分析の中で、門外漢である河合隼雄さんの上記のような説は、定説とは言えないだろう。あれほど多くの女性が登場することと、光源氏が登場するほとんどの女性と何らかの関係をもつという無節操ともいえる行動の理由が、河合説で考えると納得できる部分もあるように思える。

今回、俵万智さんの『愛する源氏物語』を読んでいると、紫式部は、いろいろな登場人物が作中で歌い詠む795首の和歌を、登場人物の応じて歌い分けているという。

795首の和歌を、それぞれの人物の状況と才能に応じて歌い分けるという技量。その「成り代わり」の技においては、紫式部は恐ろしいほどの力をもっていた。795首は、795種でもあるのだ。
(俵万智著『愛する源氏物語』文春文庫、10ページ)

作中の人物の境遇に応じて、歌わせる和歌も、分相応に歌い分けていると言うくだりを読んで、河合隼雄さんの登場する女性は、紫式部の分身という説を思い出した。それぞれ、自分の一部として表現されていれば、自然と歌も生まれたということであろうか。

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