佐藤多佳子著『神様がくれた指』を読み終わる
昨日、佐藤多佳子さんの長編『神様がくれた指』(新潮文庫)を読み終わった。佐藤作品を『一瞬の風になれ』『しゃべれどもしゃべれども』『黄色い目の魚』を読み継いできて、4作目である。
この作品は、これまでの読んだ3作とは趣を異にする。これまで読んだものの共通項が「青春」、「すがすがしい」であったのに対し、この作品の主人公マッキーこと辻牧夫はプロのスリである。
スリの現行犯で逮捕され、1年2ヵ月の刑務所暮らしを終えて出所するところから、話は始まる。
彼の育ての親とも言える早田のお母ちゃんが出迎えに来ている。2人で、西武新宿線の南大塚から早田家がある川崎大師まで帰る西武線の車内、辻の目の前で、男女4人の若者のスリ集団に早田のお母ちゃんが財布をすられる。辻は、最後の財布を受け取った若い男を追い詰めるが、西武新宿の駅の改札を出たところで、不意に投げ飛ばされる。男には逃げられ、自分は肩を激しく打ち脱臼してしまう。
その場に通りかかり、辻を助けたのが、タロット占い師「赤坂の姫」マルチュラこと昼間薫。一見、女性に見えるが実は男性という昼間は、美人で優秀な弁護士の姉がいて、かつては自分も司法試験に挑んでいたが、どこで道を間違えたのか、性別不詳の占い師となった。
昼間に助けられたことが縁で、このアウトローな2人が、昼間が赤坂で借りている仕事場兼住居の壊れそうな洋館で奇妙な共同生活を始める。
自分の目の前でスリをやってのけた若者達を見つけ出そうと探し回る辻。占い師昼間の元には、彼に悩みを聞いて欲しい様々な客が訪れる。やがて、全く関係のなかったはずの2人の生活がクロスすることになる…。
私もそうだったが、他の佐藤作品のキーワードである「青春」や「すがすがしさ」を期待して読んでいると、最後までそのキーワードは出て来ない。この作品はこの作品として、先入観なしに楽しむのがいいだろう。
個人的には、マッキーこと辻牧夫が生業とするスリの仕事(?)ぶりに関心を持った。マッキーは、電車・列車でのスリを専門にする「箱師」なのだが、その箱師の手口が次々と紹介される。
いかに巧に、背広の内ポケットやバックの中から財布を抜き取るか。そして、財布から現金だけを抜き、残った財布は足が着かないように、指紋を拭き取ってゴミ箱などに捨ててしまうらしい。
私は30代後半の約5年間北陸の富山勤務で、毎週のように金沢に出張していた。富山-金沢間は当時JRの特急雷鳥で約40分ほど。朝8時台に富山を出発し、9時から金沢で取引先を回る。1日、金沢を回って夕方富山に帰るというスケジュールだった。
ある時、金沢へ行く電車だったと思うが、財布をなくしたことがあった。どこで落としたのか、まったく心当たりはない。それでも念のため、金沢駅で遺失物届だけは出しておいたら、しばらくして、財布が見つかったとの連絡があった。電車の中のゴミ箱に捨ててあったとのことだった。現金はなくなっていたが、キャシュカードやクレジットカードは無事で、不幸中の幸いと安堵したことを思い出す。
この小説を読んで、あの時の一件はなくしたのではなく、マッキーのようなプロの箱師にやられたのだと合点がいった。
特急雷鳥は富山-大阪間を走る特急である。富山-金沢-福井-京都-大阪と走る。おそらく、大阪から富山まで通しで乗る乗客は少ないはずだ。客がどんどん入れ替わってくれ、被害に気がついても戻るわけにもいかない長距離の特急列車は箱師にとっては格好に仕事場だろう。
当時そんなことに全く無防備で無頓着だった自分が、よく一度の被害ですんだものだと今になって思う。
話が少々本題からはずれてしまったかもしれないが、スリと占い師というアウトローな2人の小説として読めば、十分楽しめる作品である。
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