源氏物語の読み方、河合隼雄著『紫マンダラ』と俵万智著『愛する源氏物語』
最近、文庫化された俵万智著『愛する源氏物語』(文春文庫)を読んでいる。作中に登場する795首の和歌を手がかりに、歌人で、かつては高校で国語を教えていた俵万智さんが『源氏物語』を読み解こうとするものである。
紫式部が平安時代に書いた『源氏物語』54帖は、日本の文学史上に燦然と輝く名作なのだろうけれど、歴史には多少興味があっても、古文となると、外国語を読んでいるように思えてきてどうも苦手で、ほとんどまともに読んだことがない。
せめて、現代語訳でもと思い、橋本治さんが『窯変源氏物語』を書いた時には、最初の何冊か買うだけ買ったものの、最初の数ページを読んだだけで、結局、読まずに終わっている。
脳梗塞で倒れたままの河合隼雄元文化庁長官の著書に『縦糸横糸』(新潮文庫)という産経新聞に連載した記事をまとめた本がある。
その中で、2000年を迎えるにあたり「2000円札」が新札として発行され、裏面の源氏物語絵巻の図柄が採用された際に書かれた「「源氏物語」のミレニアム」と題するコラムがある。河合さんも最初は、私と大差ない『源氏物語』との距離感だが、その後が違う。
私は長い間、『源氏物語』を読まなかった。実は一度挑戦したが、源氏がつぎつぎと女性と関係を持ち、しかも彼の苦悩がほとんど感じられぬ物語の展開に嫌気がさして、こんな古いものは読めないとなげだしたためである。
しかし、50歳をこえてから日本の物語をつぎつぎと読み、その素晴らしさに目を開かれたので、最後には源氏に挑戦しようと思い、1994年、プリンストン大学の研究員として2ヵ月間滞在中に、集中して『源氏物語』を読んだ。今度は、まったく異なる感じで読め、読み終わったときはその偉大さに圧倒されて眠れないほどであった。
(河合隼雄著『縦糸横糸』新潮文庫、195ページ)
河合さんは、源氏物語を紫式部の自己実現の物語と語っている。
『源氏物語』は紫式部という一人の女性の自己実現の物語として書かれているということであった。全巻を読み通した後に個々心に浮かんで来るのは、このような時代に自分の個を生き抜いた紫式部という女性のイメージであり、光源氏ではなかった。
いずれの時代にもその時代に応じて一般的な「物語」というものがある。平安時代の(中略)女性の貴族であれば入内して天皇の寵を受けて皇子を生むということがあった。(中略)
紫式部はそのような一般的物語をそのまま生きようとはしない。かと言ってそれと無縁でいることもできない。自分という一個人の世界を見てみると実に多彩な分身たちがうごめいていることに彼女は気がついた。その分身一人ひとりを描くためには、まず相手となる男性を必要とする事に気づき、光源氏という男性を立てることにした。
(河合隼雄著『縦糸横糸』新潮文庫、195~196ページ)
河合説によれば、源氏物語の主役は、光源氏ではなく、光源氏と関わる多くの女性達であり、彼女たちは紫式部の分身であり、彼女達を写す鏡の役として光源氏は存在することになる。
河合作品の中で、上記のような分析を行った本が『紫マンダラ 源氏物語の構図』(小学館、2000年刊)である。(講談社+α文庫で文庫化された際『源氏物語と日本人 紫マンダラ』に改題)
源氏物語の解釈・分析の中で、門外漢である河合隼雄さんの上記のような説は、定説とは言えないだろう。あれほど多くの女性が登場することと、光源氏が登場するほとんどの女性と何らかの関係をもつという無節操ともいえる行動の理由が、河合説で考えると納得できる部分もあるように思える。
今回、俵万智さんの『愛する源氏物語』を読んでいると、紫式部は、いろいろな登場人物が作中で歌い詠む795首の和歌を、登場人物の応じて歌い分けているという。
795首の和歌を、それぞれの人物の状況と才能に応じて歌い分けるという技量。その「成り代わり」の技においては、紫式部は恐ろしいほどの力をもっていた。795首は、795種でもあるのだ。
(俵万智著『愛する源氏物語』文春文庫、10ページ)
作中の人物の境遇に応じて、歌わせる和歌も、分相応に歌い分けていると言うくだりを読んで、河合隼雄さんの登場する女性は、紫式部の分身という説を思い出した。それぞれ、自分の一部として表現されていれば、自然と歌も生まれたということであろうか。
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