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2007年5月 3日 (木)

向井敏著『背たけにあわせて本を読む』で取り上げられていた歌人・松村由利子

松村由利子さんの応援掲示板を運営している「ろこ」さんが、自らのブログ「言葉の泉」の中で、書評家の向井敏著『背たけにあわせて本を読む』(文藝春秋)の中で、歌人の松村由利子さんが取り上げられていたことを書いている。(当該ブログはこちら。)

背たけにあわせて本を読む


アマゾンに注文していた同書が、今日、届いた。私はまったく不勉強で、今回のろこさんの記事で初めて向井敏さんの存在を知った。

向井敏さんは1930(昭和5)年生まれ。大阪大学の仏文科の卒業で、在学中には、開高健、谷沢永一らの同人誌にも参加していたという。すでに、2002(平成14)年1月になくなられていて、『背たけにあわせて本を読む』は帯にに「書評名人、最後の仕事」とあるように、なくなられた後の2002年11月に出版されている。
おそらくは、弔辞として読まれたと思われる「書評の名手」と出された丸谷才一さんの一文が、あとがきとして添えられている。その中で、新たな才能を発掘する筆者の慧眼について次のように述べている。

彼の最も得意とするところは、学術書でも娯楽読み物も、古典も新作も、鬱然たる大家の作も新人の第一作も、いささかの区別もなく景気よく褒めることで、しかもツボをはづれることは滅多になかった。すばらしい眼力であります。
(『背たけにあわせて本を読む』337ページ)

書評の代表者は誰か。この新しいジャンルを作り、充実させ、最も花やかに腕をふるったのは向井敏でした。その丁寧は仕事ぶり、評価の的確さ、取り上げる領域の広さ、対象である本が同種類、同系列の本のなかで占める位置の見極め方、新人紹介という一種の予言的な行為の的中率の高さ、品格が高くて魅力があってしかもわかりやすい文体、などから推して、この判定は覆しがたいと思われます。
(『背たけにあわせて本を読む』338ページ)

この本には70編以上の書評が収められているが、その一つが松村由利子さんの第一歌集『薄荷色の朝に』を取り上げた「歌人の誕生」と題した1999年3月に書かれた書評である。『薄荷色の朝に』の出版が1998年12月であるから、3ヵ月後には書かれていた事になる。
松村さんは、『薄荷色の朝に』に収められた「白木蓮の卵」26首で1994年に短歌研究新人賞を受賞しているとはいえ、1998年12月の歌集出版当時、一般にはほとんど無名の存在だったはずである。
そもそも歌集というものは、自費出版が中心で、短歌仲間に配られるだけで、広くあまねく販売されるということはほとんどないようだ(俵万智さんは商業ベースに乗った稀有な歌人ということらしい)。

ほとんど無名の歌人の、簡単には入手できない歌集について3ヵ月後には書評を書いていることそのものが、まず驚きである。

(以下削除)

(5月7日追記)5月5日に「匿名希望」と名乗る方から、私のこの記事のコメント欄に「私の書いたこのブログの記事が、冒頭で紹介したろこさんの記事の内容とあまりにも似ている」との趣旨の書き込みがありました。改めて、2つの記事を読み比べると、ろこさんの記事と私の記事の後半部分は文章の流れ、論旨がほとんど同じになっていました。また6日には「匿名」と名乗る方(おそらく5日の匿名希望さんと同一人物)からは、「人を傷つけてまで書く記事に何の意味があるですか」とのコメントもいただきました。私の書いた記事で、ろこさんが傷つかれたとすれば、それは私の本意ではありません。この数日間考えた上で、該当部分を削除しました。(なお、お二人からいただいたコメントについては、私の判断で非公開とさせていただいています)

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