佐藤多佳子著『スローモーション』を読んだ
本屋大賞作家の佐藤多佳子さんの初期の作品『スローモーション』(ジャイブ株式会社、ピュアフル文庫)について書こうと思う。
読み終わったのは、一昨日の27日(日)だったのだが、一昨日は映画「クィーン」の話、昨日は坂井泉水さんの突然の訃報があったので、今日改めて書く。
作品の系譜としては、デビュー作の『サマータイム』と悟とみのりの2人の高校生の交流を描いた『黄色い目の魚』の間に位置する作品である。
主人公は女子高生の柿本千佐。父親は小学校の教師、母は後妻。先妻が生んだニイちゃん(兄、一平)の4人家族。暴走族だった兄は、バイクの事故で足を骨折。今は、ニートのような何もしない生活をしている。兄一平は、両親にとっても、千佐にとっても厄介者である。
千佐は学校では、集団で行動する同級生になじめない。同級生の中で、何をやるにも遅くてのろまで、クラスの中で孤立し無視されている及川周子。父親が犯罪者という噂もある。しかし、どこか自立しているようにも見える周子は、千佐にとって気になる存在だが、周子と口を聞いたりすれば、自分もクラスの最下層に落ちるだけと、深く付き合うこともない。
この物語は、千佐と兄の一平、周子の3人を軸に展開していく。私なりにテーマを考えれば、「自分らしい生き方とは何か」ということだと思う。
そして、この思いは、『黄色い目の魚』の主人公のひとり村田みのりに引き継がれていく。
解説は、『空色勾玉』などを書いている同世代のファンタジー作家荻原規子さんが書いているが、次のように佐藤多佳子さんの姿勢を評している。
千佐は何事も決めつけることがない。
そして、相反する事態や自分の感情をきちんと感じとり、そのことにとても正直だ。兄を慕う気持ちも、うとむ気持ちも、周子を気づかう気持ちも、嫉妬する気持ちもぜんぶひっくるめて持っている。それらのすべてに、じれてとんがっているし、繊細でやさしくもある。
佐藤多佳子の作品が一番に提示するものは、この、対象をきめつけずにしなやかなに見つめるまなざしなのだと思った。
それは、「大人」が持つことのないまなざしだ。ものの輪郭に、よく知っているからといって安直に線を引かない。もう一度見つめなおして、自分に納得できるものだけを、コンマ数ミリ違う場所に引こうとする。
その努力をおこたらないから、彼女がつむぎだした言葉はこれほどみずみずしいのだろう。
(『スローモーション』177~178ページ)
柿本千佐、村田みのりと続く、なかなか家族や同級生となじめず、少しとんがっている女子高生の姿というのは、青春時代の佐藤さんの内面を取り出して見せたものなのかも知れないと思った。
新潮文庫から出ている4冊の佐藤作品は、現在、ある程度大きな書店なら置いてあると思うが、この『スローモーション』は、たまたまある書店で見つけたが、ほとんどのところでは置いていない。読んでみようと思う方は、見つけた時に買っておくのをお勧めする。
これで、買いためた佐藤多佳子作品5冊は読み終わったので、次は、これもTBSの「王様のブランチ」で話題になった佐藤多佳子さんと同い年でもある上橋菜穂子さんのファンタジーを何冊か読んでみようと思う。
このブログの佐藤多佳子さん関連の記事はこちら→アーカイブ:本屋大賞作家佐藤多佳子
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