郷田真隆九段にとっての第65期名人戦第7局の持つ意味
2007年度のNHKの将棋講座のテキストに河口俊彦七段の「将棋見たり聞いたり」という連載がある。5月号では「棋士人生を変えたトン死」というタイトルで、現在、名人戦で戦っている郷田真隆九段の話が取り上げられている。
1998(平成10)年7月31日に行われた王座戦の挑戦者決定戦。谷川浩司竜王と郷田真隆棋聖戦(タイトルはいずれも当時)で、必勝だった郷田棋聖が、谷川竜王の王手に対し駒を取る順番を誤り、即詰みで逆転負けを喫したというもの。河口七段は、その場に居合わせたこともあり、自分の将棋人生で五指に入るほど印象に残る出来事と語っている。
河口七段によれば、この対局に敗れるまでは郷田九段は挑戦者決定戦でも7勝7敗。タイトルも王位と棋聖を獲得しているが、この敗戦のあとは、挑戦者決定戦までは勝ち上がっても、挑戦者決定戦でほとんど勝てなくなってしまったという。
その後の挑戦者決定戦での成績は以下の通り。
1999(H11)年8月 王座戦 対丸山忠久八段(負け)
2001(H13)年1月 棋王戦 対久保利明七段(負け)
2001(H13)年1月 棋聖戦 対深浦康市六段(勝ち)
2002(H14)年1月 棋王戦 対佐藤康光王将(負け)
2002(H14)年12月 王将戦 対羽生善治竜王(負け)
2003(H15)年1月 棋王戦 対丸山忠久九段(負け)
2005(H17)年12月 棋王戦 対森内俊之名人(負け)
河口七段は、冒頭に紹介した1998年の王座戦挑戦者決定戦での見落としによるトン死がその後の郷田九段の棋士人生を変えたとし、1局の勝敗の影響の怖さを述べている。
この中で、唯一挑戦者に名乗りを上げた第72期(2001年)の棋聖戦では、羽生善治棋聖を破り棋聖位を獲得し、タイトル獲得3期の規程で九段に昇段しているので、不調の中でもかつての勝負強さの片鱗は見せているが、順位戦でA級に昇級しても第58期順位戦(1999年度)、第61期順位戦(2002年度)とも1期で降級と今ひとつ精彩を欠いていたのも事実だ。
三度目のA級昇級の第64期(2005年度)で勝ち越したあたりから、復調の兆しが見えてきた。2005年12月の棋王戦挑戦者決定戦進出も、丸3年近くの雌伏の末、ようやくタイトル戦の挑戦者を争うところまで復調したと考えるべきだろう。
そして第65期のA級順位戦でトップとなり、森内名人への挑戦者として名人戦の舞台に登場した。
その第65期名人戦で敗戦必至の第6局を逆転。今回は、9年前に郷田九段が犯したような、あるいはそれ以上の見落としを森内名人が犯し、いったん手中にした18世名人を逃した。森内名人が逃したものは、9年前郷田九段が逃したものに比べ遥かに大きい。2人の今後への影響も遥かに大きいだろう。
その第6局の「世紀の大逆転」勝利も、郷田九段が第7局も制して、森内名人の18世名人を阻み自らが新名人となることで、初めて語り継がれる歴史的事件となり、郷田九段の棋士人生をもう一段ステップアップさせるはずである。また、それは、昨日の記事で書いた森内名人と郷田九段の2人の間の序列にも影響するだろう。
一度は郷田敗戦で幕を閉じたはずの第65期名人戦を振り出しまで引き戻した第6局の最終盤の15手。あの執念で第7局も森内名人を倒し、郷田新時代を切り開いてもらいたい。
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コメント
切り込み方のいい将棋の記事に
感服しております。
昔への郷愁か、勝負師、ちょっと灰汁のあって渋い
大山、升田・米長ような映画でも出てきそうな
個性派棋士はもう出てこないのでしょうか
羽生は大好きですが・・坂田三吉~
投稿: おしゃべりインコ | 2007年6月20日 (水) 12時41分
おしゃべりインコさん、将棋の記事にもコメントいただきありがとうございます。
郷田九段には、升田九段、米長永世棋聖に並ぶ個性派棋士になってほしいと思っています。
投稿: 拓庵 | 2007年6月23日 (土) 21時20分