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2007年6月の記事

2007年6月30日 (土)

第65期将棋名人戦を終え、改めて将棋プロ棋士の勝率と順位戦のクラスの関係を見る

第65期将棋名人戦7番勝負は、昨日(2007年6月29日)、森内俊之名人の勝利で幕を閉じ、名人位5期在籍となった森内名人は、引退後、第18世名人を名乗る資格を得た。挑戦者の郷田真隆九段は第66期A級順位戦の筆頭順位となり、来期の挑戦者に向けて、9人のライバルとの総当たりリーグ戦に再び参戦する。

昨日のニフティの名人戦棋譜速報のコメント欄に、

「一般的に、通算勝率6割を超えていればA級、6割5分以上なら名人まで手が届くと言われるが、郷田はその基準を十分に満たしている。」

と書かれていた。おそらくは、主催社である毎日新聞社の観戦記者が書かれたのであろう。
こういうことが、書かれていると、確かめてみたくなり、将棋連盟のホームページに掲載されている現役プロ棋士の勝率を改めて、調べてみた。
ここでは、七段以上の段位で、対局数500局以上、勝率6割以上の棋士をリストアップした。

◎現役棋士勝率一覧      (2007年6月29日現在)

棋士名 段位 順位戦 対局数 勝 数 勝 率
羽生 善治 三冠 A 1346 980 0.7286
木村 一基 八段 A 504 355 0.7044
深浦 康市 八段 B1 799 553 0.6921
丸山 忠久 九段 A 897 605 0.6745
森内 俊之 名人 名人 1064 706 0.6635
郷田 真隆 九段 A 903 589 0.6530
佐藤 康光 二冠 A 1144 746 0.6521
行方 尚史 八段 A 599 390 0.6511
屋敷 伸之 九段 B2 874 563 0.6442
谷川 浩司 九段 A 1767 1134 0.6429
久保 利明 八段 A 655 419 0.6397
中川 大輔 七段 B1 814 514 0.6314
中田 宏樹 八段 B2 922 580 0.6291
中原 誠 永世十段 フリー 2067 1298 0.6289
阿部 隆 八段 B1 958 598 0.6242
森下 卓 九段 B1 1190 742 0.6241
先崎 学 八段 B2 810 501 0.6185
三浦 弘行 八段 A 588 363 0.6173
藤井 猛 九段 A 704 432 0.6136
鈴木 大介 八段 B1 507 309 0.6095
杉本 昌隆 七段 B1 656 395 0.6021

リストアップの対象者は21名だが、さすがに、現在のA級棋士10名はこの中にすべて入っており、勝率6割のラインをクリアしている。

名人の方は、森内俊之名人(0.6635)を含め、名人経験者は羽生善治三冠(0.7286)、丸山忠久九段(0.6745)、佐藤康光二冠(0.6521)と6割5分のラインをクリア。17世名人の資格を持つ谷川浩司九段も若干及ばないものの、1700局を超える対局数でありながら、0.6429とほぼそのラインを維持していること、また16世名人の有資格者である中原誠永世十段も、ピークの勢いはなくなったにせよ、依然として0.6289と一部のA級棋士を上回る通算成績を残している。

あと、6割5分のラインをクリアしているのが、木村八段(0.7044)、深浦八段(0.6921)、郷田九段(0.6530)、行方八段(0.6511)。郷田九段はコメントの通りだし、木村八段、行方八段が今期A級に昇級したのはいわば実力通りだったということを裏付けている。深浦八段は2度A級から陥落しているものの、いつA級に上がっても、タイトルホルダーとなっても全く遜色ない実績だ。

この21名の中で、勝率を含めこれまでの戦績と現在のポジションがもっとも不釣り合いなのが、屋敷伸之九段だろう。これまで棋聖位のタイトルを3期保有し、タイトル3期という条件をクリアして九段にに昇段しており、A級に名を連ねていてもおかしくないのだが、依然B級2組である。奨励会からプロ4段に昇段したのは、丸山九段・郷田九段などよりも早く、最初のC級2組は1年で突破したが、次のC級1組を抜けるのに14年かかってしまった。リーグ戦形式で1年を通じて好成績を上げないと、昇級できない順位戦と相性が悪いのかも知れない。

なお、七段以上・500局以上の条件に満たないが6割5分以上の通算勝率を上げているのは、以下の7名だ。(ただし対局数100局以上)

◎現役棋士勝率一覧その2   (2007年6月29日現在)

棋士名 段位 順位戦 対局数 勝 数 勝 率 
渡辺 明 竜王 B1 345 241 0.6986
山崎 隆之 七段 B2 441 306 0.6939
橋本 崇載 七段 B2 243 161 0.6626
松尾 歩 六段 B2 328 216 0.6585
阿久津主税 五段 C1 335 218 0.6507
片上 大輔 五段 C1 125 88 0.7040
佐藤 和俊 四段 C2 128 84 0.6563

渡辺明竜王は別格だが、いずれも20代の若手棋士である。この中から次世代のA級を担う棋士が出てくるのだろう。

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2007年6月29日 (金)

第65期将棋名人戦第7局は森内俊之名人が郷田真隆九段を破り、第18世名人に

4月から続いてきた第65期将棋名人戦7番勝負。3勝3敗で迎えた最終局第7局は、2日めの夕食前から攻め合いが始まる激しい将棋。

まず森内名人が攻め、いったん途切れたところで、郷田九段が攻勢に転じて、森内玉を追った。しかし寄せきれず、再び、森内名人が郷田玉を追い詰める。敗勢必至となったところから、郷田九段は第6局を思わせる執念の粘りをみせ、一時、挽回かと思わせたが、森内名人も前回の轍を踏むことなく、寄せきり159手目で郷田九段の投了となった。

森内名人は、名人位を防衛。通算5期の名人位在位となり、引退後、第18世名人を名乗る資格を得た。実力名人制になってからこれまでに、永世名人となったのは木村義雄14世(名人位8期)、大山康晴15世(同18期)、中原誠16世(同15期、現役であり引退後襲名)、谷川浩司17世(同5期、現役であり引退後襲名)の4名。いずれも一時代を築いた棋士たちばかりであり、森内名人も18世名人としてその列に連なることになった。

郷田ファンとしては、第6局の大逆転劇から今日まで、郷田真隆新名人の誕生を願い続けてきたが、これも、文句なしの勝負の世界、今回は森内名人がまさったのだから、嘆いていてもしかたない。郷田九段には、現在ベスト4まで勝ち進んでいる王座戦の予選を勝ち抜いて挑戦者に名乗りを上げ、9月から始まる第55期王座戦5番勝負で羽生善治王座と王座のタイトルを争ってほしい。
名人戦が終われば、休む間もなく、A級順位戦への参戦だ。初戦から、佐藤康光棋聖・棋王、谷川浩司九段、羽生善治三冠と厳しいA級の中でもトップクラスの3人と当たる。こちらも、一戦必勝で臨み、名人への連続挑戦に道を開いて欲しい。

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2007年6月28日 (木)

いよいよ始まる第65期将棋名人戦第7局、郷田真隆九段の健闘を祈る

今年(2007年)の4月10日の幕を開けた第65期将棋名人戦もいよいよ最終の第7局を迎える。すでに、昨日のうちに、森内俊之名人、挑戦者の郷田真隆九段とも、対局場である愛知県蒲郡市のホテルに入り、使う駒や盤の検分、地元市長なども参加した前夜祭も行われた。

最後の対局は、今日の朝9時から始まる。第1局が郷田九段の先手で、以後交互に先手番となったが、第7局となったため改めて振り駒で、先手を決めるはずだ。

ここまでの両者の対戦成績は、森内名人17勝、郷田九段15勝。名人戦第1局に先手の郷田九段が勝利した時点までの27局の戦績を集計した時には、森内名人14勝、郷田九段13勝で、その内訳を先手・後手別に分析したところ、先手が21勝6敗(0.777)と先手の勝率が異様に高かったことから、このシリーズでは先に後手番で勝利した方が、優位に立つだろうと予想した。(2007年4月13日、第65期将棋名人戦に関する話題、過去の森内-郷田戦の意外な結果
しかし、過去のデータがそのまま当てはまると考えたのは、素人の浅はかさで、6局までの3勝3敗の内訳は、それぞれ先手番で1勝、後手番で2勝という結果になっており、シリーズでの先手の勝率は2勝4敗で0.333、通算では先手番の22勝10敗となり、勝率も0.688まで低下する。

どちらが先手番となるによって、将棋の内容も変わってくるかも知れないが、あとは、どちらがより自分らしい将棋を指せるかだろう。できれば、2人が得意とする相矢倉でがっぷり組み合って、これぞ名人位決定戦に相応しいと言われる名局を指してほしい。
郷田九段を応援するファンとしては、今日・明日の2日間、悔いのない戦いをし、実力名人制に移行後13人目の名人位を獲得してもらいたい。

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2007年6月27日 (水)

新たな切り口を見せられた思いがする鈴木謙介著『ウェブ社会の思想』

『ウェブ社会の思想』はNHKブックスの2007年5月の新刊だ。「<偏在する私>をどう生きるか」というサブタイトルがつけられている。
著者の鈴木謙介さんは、1976年生まれ。現在、国際大学の研究員。これまで『暴走するインターネット』(イースト・プレス)、『カーニヴァル化する社会』(講談社現代新書)などの著書がある。インターネットと社会、個人の関わりをテーマに議論を展開されているようである。
まだ、読み始めたところだが、これまで私が読んだ類書にはない切り口が示されており、読み終わった範囲で興味を持ったところを紹介しておきたい。

ウェブ社会の思想―“遍在する私”をどう生きるか (NHKブックス)
ウェブ社会の思想―“遍在する私”をどう生きるか (NHKブックス)

最初に、本書全体の見取り図を示すため、「ウェブ社会の「思想」と「宿命」」と題した序章が置かれている。
その序章の中に、「情報としての「わたし」」と題する小節があり、そこから主な部分を引用し紹介したい。

社会生活の様々な場面で、自分が何を選んだか、何を望んだか、何を考えたかということが、あるものは意図的に、あるものは自動的に蓄積されるようになる。そしてその個人情報の集積を元手に、次にするべきこと、選ぶべき未来が、あらゆる場面で私たちの提示されるようになる。(中略)
この状況は、「わたし」という存在が、蓄積された個人情報の方に代表されるようになり、そしてその「情報としてのわたし」があらゆる場所に、わたしを先回りして立ち現れるようになるということを意味している。こうした、人が自分の人生に関する未来を選択するということと、それが宿命のように、前もって決められていた事柄として受け取られることという、二つの矛盾する出来事が同時に起こるようになることは、それ自体として興味深い。
(『ウェブ社会の思想』16~17ページ)

著者は、情報社会、ウェブ社会の中で、
①人が自分の人生について選択したことが記録し蓄積される
②選択の結果が情報として蓄積され、次の人生の選択肢をあたかも「宿命」かのようにそれを示され受け取られる
という二つの矛盾することが起きているという。
身近なところでは、アマゾンでブックレビューという書評を書いたり、本を注文していると、その情報が蓄積され、アマゾンからの「おすすめ本」が表示されるようになるといった例がある。

本書がその点に注目する理由は、そうした状況の中で、「自分が選んできた人生は、こういう結末しかありようのなかったものなんだ。けれども、それでいいんだ」と、自分を納得させることが、特に若者たちの間で、漠然と求められるようになっているのではないかということにある。
このような社会の中で、「成長」するとは何を意味するのだろうか。人がひとりの人間として成長していくためには、ときに失敗し、そこから学び、過去の自分と決別しながら、それでもわたしがわたしであると確信し続けることが必要になる。だが、この世界が、あらかじめ定められた宿命に従って動いているのであれば、どのような努力も無意味であるはずだ。(中略)何をしたって人生の結末が変わらないのなら、何もしない方がマシだ、と思うことは、それなりに理にかなったことであるように思われる。
(『ウェブ社会の思想』17ページ)

何とも空恐ろしい話である。私など、パソコンや機械から何を「おすすめ」として示されようが、そんなものは所詮選択肢の1つに過ぎないと思うだけだ。しかし、自分の選択の結果をコンピュータで処理した結果が間違っているはずはないと、無批判に受け入れることが当たり前になってしまったら、人は何も考えなくなってしまうだろう。

しかし、笑い事ではすまされない気がする。パソコンやインターネットなど全く存在しなかった少年少女時代を過ごした我々の世代にとっては、どんなにパソコンが精巧につくられ、正確であっても、所詮は機械、故障もあり間違いもあると、どこか覚めた目でみていると思うが、幼い頃からテレビゲームで育ち、パソコンや携帯電話が当然のように身の回りにある世代の人たちにとっては、きっと受け取り方は違うのだろう。
長い社会経済の低迷で、努力をすれば報われるということが実感できない時代が長く続いたので、コンピュータが示す「宿命」に従っていた方が楽だし、無駄なエネルギーを使わなくていいなどと、若い世代が考えてもおかしくはない。

我が家では、子どもたちには、「パソコンは道具。人が使うもの、人間の方が、パソコンに使われたり、振り回されてはいけない」と教え、比較的早くからパソコンを扱わせ、使わせてきたが、それはそれでリスクのあることだったのかもしれない。

本書は深淵なテーマを提示しているように思う。じっくり吟味して読んでみたい。

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2007年6月26日 (火)

本日(2007年6月26日)、9万アクセス突破

先ほど、午後11時48分過ぎにアクセスカウンターは9万アクセスを記録した。
8万アクセスを記録したのが、今月(2007年6月)の9日なので、17日間で1万件のアクセスがあったことになる。これまでで一番短い期間で1万アクセスが達成できた。アクセスしていただいた方ありがとうございます。

今回は、メインは、なんと言っても、第65期将棋名人戦第6局での郷田真隆九段の「世紀の大逆転」勝利である。第6局の翌日は、第6局の記事をメインに将棋の関連記事のアクセスが多く、久しぶりに900件を超えるアクセスがあった。その後も、逆転劇の余韻に酔いしれて書いた郷田九段に関する記事に、アクセスが多く、いつもはピーク日を過ぎると、300~400アクセスレベルに戻るのだが、今週はその後も600件前後のアクセスが続き、昨日は再び900アクセス、今日も800アクセスを超え、2週間半での1万アクセスとなった。

これで、いよいよ次の目標は総アクセス10万件。名人戦第7局での郷田真隆新名人誕生の記事が、10万アクセスまでの1万アクセスの中心となることを願っている。

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2007年6月25日 (月)

バーチャルなネット社会での言葉使いの難しさ

最近、ブログを巡るいくつかの出来事があって、バーチャルなネット社会でのコミュニケーションの難しさを痛感している。

我々は、日常生活では、なにがしかの交友関係を持ち、会話をしながら暮らしている。親しい人であれば、その人の性格や人柄、好き嫌い、得意・不得意、行動や思考のパターン、知識レベル等を理解して、それを前提に会話をしている。
この人なら、この分野は詳しいので専門用語を使っても通じるだろうとか、子ども相手であれば難し言い回しやめて、わかりやすい言葉を使おう…など、言葉を使い分けている。
間違って通じない言葉を使ってしまった時は、相手が何となく困った顔をしたり、会話が噛み合わなかったりで、自分の使った言葉がその相手に相応しくなかったことが、その場でも何となくわかる。場合によっては、相手が不愉快そうな顔をすることもある。
しかし、相手の反応でうまく伝わらなかったことがわかれば、その場で言い直したり、謝れることもできるし、その場が無理でも、次の機会に修正する材料になる。そういうことを繰り返しながら、相手に応じた言葉に使い方、使いわけをしているのだろう。
もっとも、そんなことは、普段はいちいち考えなくても、相手に応じて自然と使い分けて、あまり意識をすることもない。

ブログなどを通じて行われるインターネット上でのコミュニケーションでは、読み手の全体像というものがつかめない。
普段、我々が無意識に得ている相手についてのいろいろな情報が全くわからない中で、相応しい言葉を使うことは難しい。

岩波新書の2007年5月の新刊西垣通著『ウェブ社会をどう生きるか』は、辛口のウェブ論で、帯には「情報は、本当に「伝わる」のか?」とのキャッチコピーが書かれている。

ウェブ社会をどう生きるか (岩波新書)
ウェブ社会をどう生きるか (岩波新書)

その中で、次のようなもっともな指摘がある。

誤解というのは、相手の意図の一部しか理解しないためにために生じるものではなく、むしろ相手にとってまったく予想外の解釈、つまり曲解をおこなうことから生じることの方が多いのです。
(西垣通著『ウェブ社会をどう生きるか』13ページ)

私も、ブログで自分が書いた事に、思いもしない反応があったことがあり、驚いたことがある。自分の持つ言葉のイメージと、読み手が持つ言葉のイメージが違った時には、お互いが自分のイメージが正しいと思っているだけに、すれ違いしか生じない。そこで、言葉だけで、意見の主張を始めると、もともとすれ違っているだけに、ますます亀裂は大きくなり、修復は難しい。

なるべく、多くの人に誤解をされない言葉を使うように心がけても、それぞれの人の個性が違うように、それぞれの人が持つ言葉のイメージも微妙に異なるので、ネットを通じて言葉だけでコミュニケーションをすることが、ないものねだりなのかも知れない。
それでも、私は書くことが好きなので、懲りずに書き続けるつもりだけれど…。

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2007年6月24日 (日)

藤原正彦著『若き数学者のアメリカ』(新潮文庫)に見るアメリカ教育事情

3日前に一度書きかけて消えてしまった藤原正彦著『若き数学者のアメリカ』について、忘れないうちに書いておきたい。

若き数学者のアメリカ (新潮文庫)
若き数学者のアメリカ (新潮文庫)

藤原正彦さんは小川洋子さんが『博士の愛した数式』を書く際に取材した数学者。現在は、お茶の水女子大学教授だ。作家の新田次郎・藤原てい夫妻の次男ということもあって、エッセイストとしても活躍しており、この『若き数学者のアメリカ』で日本エッセイストクラブ賞を受賞している。最近では新潮新書の『国家の品格』が話題を呼んだ。

このエッセイは1972年夏から2年間のアメリカ留学を、いろいろな角度から描いたものだ。今から35年も前のアメリカの話なので、現在どうなのかはわからないが、アメリカの学生について書いた以下の部分に興味を持った。アメリカの学生がよく勉強することについて述べているだが、次のように書かれている。

彼らが、ある意味では高校時代までに勉強らしい勉強をほとんどしていないということである。(中略)それでは、小学校から高等学校までの間に、学校で何を教えられていたのだろうか。人に聞いた話を総合すると、アメリカの学校では「いかに他人と協調して仕事を進めるか」とか「いかに自分の意思を論理的に表明するか」とか「問題に当面した時、どう考え、どう対処して行くか」とか「議論において問題点をどう掘り出し展開するか」などといったことに教育の重点を置いているらしい。
(『若き数学者のアメリカ』252~254ページ)

受験勉強で疲れ果ててもいなし、勉強に対してあこがれのような気持ちも持っているので、大学に入ってよく勉強するというのが、藤原先生の分析である。

35年前のアメリカで高校までで重点的に教育したという

・「いかに他人と協調して仕事を進めるか」
・「いかに自分の意思を論理的に表明するか」
・「問題に当面した時、どう考え、どう対処して行くか」
・「議論において問題点をどう掘り出し展開するか」

といった点は、いざ学校教育を終えて社会に出れば最も必要とされるスキルでありながら、日本では学校での教育が決して十分とはいえないことばかりである。

4つのうち「問題に当面した時、どう考え、どう対処して行くか」については、自分が子育てをするにあたって、子どもたちに常日頃から言い続けてきたことなので、我が意を得たりという気もするのだが、既にアメリカでは35年前にそういうことが、学校教育に組み込まれ実践されているという点は、さすがプラグマティズムの国だと思うし、未だに出来ていない日本の現状を考えると、アメリカに敵わないのもやむを得ないかという気がしてしまう。

多分、日本の知識偏重主義とアメリカの実践主義を足して2で割るような教育ができれば、バランスの取れた人が育つのだろう。せめて、自分の家庭の中だけでもそうしたいものである。

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2007年6月23日 (土)

第65期将棋名人戦最終局を前に、再び「郷田真隆名人待望論」

来週6月28日・29日には、いよいよ第65期将棋名人戦の最終局である第7局が、愛知県蒲郡市で行われる。

森内俊之名人、挑戦者郷田真隆九段とも3勝3敗で迎える最終局第7局、この1局を制したものが第65期名人となる。
森内名人が勝って防衛に成功すれば、名人位5期となり羽生善治三冠に先んじて永世名人(18世名人)の資格を得る。郷田真隆九段が勝てば、実力名人制に移行してから13人目の名人誕生となる。

私はこのブログで、郷田真隆九段が挑戦者に決まった後、 ”「名人は選ばれたものがなる」-郷田真隆名人待望論”という記事を書き、そこで次のように書いた。

「名人は選ばれた棋士がなるもの」という言葉の中には、その時代の将棋ファン、広くとらえれば社会一般の人々が望む「物語」や「ドラマ」を、一身に引き受けて演じてみせられるかということが含まれているのではないかと思う。

名人戦7番勝負開始前の時点では、人々が望む「物語」としては、2度のA級陥落にもかかわらず、3度めのA級昇級を果たし名人挑戦者になるという「不屈」の人であること。
「ドラマ」としては、名人挑戦を決めた大阪で行われた第65期A級順位戦第8局の朝、お父さんが亡くなっていたことを知らずに阿部隆八段との勝負に臨み、勝ち、名人挑戦が決まったあとにそれを知らされたこと。
その2つをもって、「「物語」や「ドラマ」は十分に備えている。」と書いた。

第6局までを終えて、「ドラマ」については、第6局での敗戦確実の局面から驚異的な粘りで18世名人をほぼ手中に収めていた森内名人のミスを誘い、「世紀の大逆転劇」を演じるという将棋界でこれ以上の「ドラマ」はないという「ドラマ」を演じて見せた。
郷田九段は、挑戦が決まったあとの『将棋世界』2007年5月号のインタビューでは

「私は自分の将棋に自負を持っています。盤上に情熱を賭けているので、言葉で伝えるよりも将棋を指すほうが心情を出せるという感覚がある。私の将棋を観ていただければ、絶対に損はさせませんので」(『将棋世界』2007年5月号17ページ)

と語っているのだから大したものである。郷田九段本人も、将棋がファンに観てもらい、そのファンを満足させることで成り立つ世界であることを理解している。時代が、人々が望むドラマを演じることができる棋士だろう。

私が前回の記事で書いたことのもう一つに「あと大事なことは、どれだけ、郷田名人を待望する機運が広がるかだろう。」ということがある。これを正確に知ることは難しいが、第6局まで毎回その結果についてこのブログに記事を書いてきた。それらの各記事へのアクセスを見ていると、限られた小さな窓を通しての推論であるが、今回の名人戦では森内名人よりも郷田九段を応援する人の方が多いのではないだろうかと思う。

このブログで、第65期名人戦の各局の勝敗について書いた記事と昨日までのその総アクセス(ユニークアクセス)数は次の通りだ。

第1局(4月11日)
第65期将棋名人戦、郷田真隆九段初戦を制す
→ 834(665)アクセス

第2局(4月25日)
第65期将棋名人戦第2局、挑戦者郷田真隆九段、後手番を制し連勝
→567(436)アクセス

第3局(5月8日)
第65期将棋名人戦第3局、森内俊之名人が挑戦者の郷田九段に勝ち1勝2敗に
→375(310)アクセス

第4局(5月18日)
第65期将棋名人戦第4局、先手番の森内名人が挑戦者郷田九段に勝利、2勝2敗で振り出しに
→142(115)アクセス

第5局(5月31日)
第65期将棋名人戦第5局、後手番の森内俊之名人が郷田九段を降し、3連勝で18世名人に王手
→344(283)アクセス

第6局(6月15日)
第65期将棋名人戦第6局、郷田真隆九段が「世紀の大逆転」勝利で3勝3敗に
→887(665)アクセス

私は、名人戦などの将棋に関する記事を書くと、僭越ながら渡辺明竜王のブログのトラックバックさせてもらっている。渡辺竜王も承認してくれるので、渡辺竜王のブログを経由して私の記事を読みに来てくれる将棋ファンの方も多い。
上に書いた6局のうち、第4局だけは竜王のブログで名人戦4局への言及された記事が見つからなかったのでトラックバックしていない。そのため渡辺竜王のブログ経由のアクセスはほとんどなかったか極端に少ないと思われるので、第4局の数字は除く。
また第1局は開始局、第6局は大逆転で、通常の対戦とは異なる関心によるアクセスもあると考えてこれも除く。

通常時でほぼ同じようなアクセス条件にあった第2局、第3局、第5局で郷田九段が勝った第2局が567アクセス、森内名人が勝った第3、5局が平均360アクセスである。
自分が応援する棋士が勝った時は、ブログなどでどのように書かれているか気になって見て回るもの。負けた時は、それだけでガッカリして他のブログで何を書いてあろうが見る気もしない。それがファン心理だろう。
私は567:360(≒6:4)という数字が、今回の第65期名人戦での郷田九段応援と森内名人応援の大まかな比率ではないかと推定する。ニフティの「名人戦棋譜速報」の封じ手予想の際のコメントの集計でも、郷田ファンの方が少し多かったという解説記者の方のコメントがあったように思う。
この郷田応援6割の中には、今回森内名人が勝って羽生三冠より先に森内名人が永世名人(18世名人)となることが釈然としないという羽生ファンの数字も含まれているとは思う。

長々と書いてしまったが、今回に郷田九段には、「名人」にファンが求める「物語」や「ドラマ」も十分備わっているし、郷田新名人誕生を望む機運もあると思う。
あとは、それらを背景に第7局を自ら自負する将棋で存分に戦い、ファンを魅了する棋譜で森内名人を破って名人位をつかみ取り、「物語」の最後の一章を書き加え、「ドラマ」の最後の一幕を演じきってほしい。

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2007年6月22日 (金)

今日は「夏至」(二十四節気)

今年2007年は今日(6月22日)が「夏至」。このブログで二十四節気について取り上げ始めたのが、昨年の「夏至」なので、ちょうど1年たったことになる。ちなみに、昨年の夏至は6月21日だった。
去年も引用している『美しい暦のことば』(山下景子著)には次のように書かれている。

「夏至」は一年で一番昼の時間が長い日です。
また、太陽が最も高くまでのぼる日でもあります。
正午の時間帯では、ほとんど真上から照らされているような形になるので、影も一番短くなります。
日が沈んでからもしばらくはまだ明るさが残っているほどの、太陽のパワーを実感できる日ですね。
ところが、だいたいの地方が、梅雨の真っ最中。太陽の姿さえ見ることができないかもしれません。
(『美しい暦のことば』89ページ)

今日は、午後から雨。梅雨入りしてから、雨らしい雨になかった今年、久しぶりの雨だった。

美しい暦のことば
美しい暦のことば

今日、2週間続いた仕事にひと区切りついたこともあり、仕事の帰りに行きつけの書店に寄り、少し時間をかけて最近の新刊書などを改めてゆっくりながめた。
結局、今日は岸田秀著『歴史を精神分析する』(中公文庫)と樋口裕一著『差がつく読書』(角川oneテーマ21)を買う。
昨日、別の書店で買った畠中恵さんのしゃばけシリーズ第6弾の『ちんぷんかん』(新潮社)、今日から読み始めた村上春樹著『羊をめぐる冒険』と週末に読む本には、こと欠かなくなった。積ん読で終わらないようにしなくては。

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2007年6月21日 (木)

書きかけの記事が消えた

すでに夜の12時を回ろうとしているところで、書きかけていたブログの記事が消えてしましった。

本当は、今日読み終わった藤原正彦著『若き数学者のアメリカ』を読み終わった感想を半分以上書き、あとは仕上げというところで、ブログ用投稿用に使っている「ホームページ・ビルダー11」で未投稿記事として保存したはずだったのだが、書き継ごうとして未投稿記事リストから呼び出そうとしたら、未投稿記事フォルダには何も保存されていなかった。ショック…。

今日は、将棋の順位戦でA級の谷川浩司九段×木村一基八段戦、B級1組の渡辺明竜王×井上慶太八段戦がニフティの名人戦棋譜速報でネット中継されていて、経過を気にしながら記事の下書きを書きいていた。途中友人から届いたメールの返事も書きながらと、二重三重のながら作業になっていたので、ブログの記事は書きかけで保存したはずだったのだけれど、うまくいかない時はいかないものである。

藤原先生の本の感想は、改めてかかせていただくことにする。お訪ねいただいた方、申し訳ありません。

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2007年6月20日 (水)

岩宮恵子著『思春期をめぐる冒険』(新潮文庫)を読む

昨日の記事で書いた『夜のピクニック』の前に、岩宮恵子さんが書いた新潮文庫の今月(2007年6月)の新刊の『思春期をめぐる冒険』を読んだ。サブタイトルが「心理療法と村上春樹の世界」。

思春期をめぐる冒険―心理療法と村上春樹の世界 (新潮文庫 い 88-1)

書店で手にとって、「村上春樹作品は一冊も読んでないから…」と一度は買うのをやめたのだが、もともと心理学には興味があるほうなので、次に書店で見たときに、結局買って読み始めた。

作者の岩宮恵子さんは1960年1月生まれ。臨床心理士で、現在島根大学教育学部教授。島根大学教育学部のホームページの教育研究スタッフ一覧の岩宮教授のページを見ると次のように書かれている。

自己紹介・アピール
漫画や小説がとても好きです。おもしろい漫画やアニメについて学生さんから情報をもらうと、必ず読んでいます。大勢の人が夢中になるものには、その時代を生きる人の何かを刺激していると思ってます。その「何か」が何なのかを考えながら本を読んだりするのが趣味です。

現在の研究分野・テーマ
現代の思春期のさまざまな問題を、この世とは異なった世界(異界)という視点から考えています。なぜ、思春期の子どもたちは「異界」がテーマになっている漫画やゲームに夢中になるのかということを、思春期という時期の特性とあわせて考えています。また、「異界」との関連で、夢の分析の研究もしています。

本書は、多くの村上春樹作品を題材に、著者が臨床心理士として治療にあたったクライアントの事例も交えながら、主に思春期に起こるこころに起因する種々の問題を、著者がテーマとしている「この世とは異なった世界(異界)」との関わりという視点から考えている。
著者が語る「異界」は、単なる各個人の潜在意識という枠を超えおり、「あの世」に近いイメージがある。

我が家の中学生の長男が夢中になって見ているアニメなどをたまに見ても、自分たちが暮らす世界があり、それとは別の世界(異界)があり、主人公がその両方を往来するという世界観を持つ話が多いのに驚く。
そのような物語の構図は、先般ディズニーで映画化され話題になったC.S.ルイスの『ナルニア国』の物語などにも登場しており、目新しいものではないが、アニメで語られる世界観はどうも病的なものが多いような気がして気になっている。そのような懸念は、昨年読んだ岩波新書の『ファンタジーの世界』(脇明子著)でも書かれていた。

この本の内容を数行で紹介するのは難しいが、次の一文を紹介しておきたい。

思春期と異界
「変化する」ということは、それまでのあり方が象徴的な意味で「死」を迎えるということである。生きてる限り、毎日変化があるのは当然であるが、特に思春期は心身とも大きな変化の時である。そのため表面に見えている適応がどうであろうと、変化の裏側にある「死」の気配が色濃くなる。成長や進歩といったプラスに見える変化の裏にも必ずどこか「死」のイメージは存在している。
(『思春期をめぐる冒険』(新潮文庫)60ページ)

思春期を迎える少年少女が何かトラブルを起こした時、その表面にのみにとらわれていると、彼らがとらわれている「裏側」の死と向き合っている部分を見落としてしまい、大人から見ると何がなんだかさっぱりわからないということになってしまう。その「裏側」の部分のあり方を描き出しているのが、村上作品だというのが著者の評価であろう。

村上春樹氏の著作を一作も読んだことのない私には、おそらくこの本の半分しか理解できていないと思う。村上作品にチャレンジしてみようと思う。

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2007年6月19日 (火)

第2回本屋大賞作品、恩田陸著『夜のピクニック』を読む

将棋の名人戦第6局の郷田九段の大逆転勝利で、将棋に関していろいろ書きたいことが思い浮かび、暫く将棋に関する記事が続いたが、先週、第2回本屋大賞の受賞作、恩田陸さんの『夜のピクニック』(新潮文庫)を読んだ。
この『夜のピクニック』は2005年に吉川英治文学新人賞と本屋大賞をダブル受賞している。

夜のピクニック (新潮文庫)
夜のピクニック (新潮文庫)

北高校の名物行事である年1回の鍛錬歩行祭。80kmの道のりを2時間の仮眠を挟んで夜通しひたすら歩くという行事だ。
著者恩田陸さんが卒業した茨城県立水戸第一高校の「歩く会」がモデルになっているとのこと。

高校時代最後の歩行際を迎える3年7組の甲田貴子(たかこ)と西脇融(とおる)。お互いに反目しながらも、意識してしまわざるを得ない2人。2人には、クラスメイト達の知らない秘密があった。
貴子は、この高校最後の歩行際の中で、小さな賭けをする。貴子と融の秘密を知らない周りの同級生たちは、2人が密かにお互い好意を持っているのではないかと誤解して、何とか2人を結びつけようとする。
さて、どのような結末が待っているのか…。

この話は、青春まっただ中の高校生が胸のうちに抱え言うに言えない思い友達との関係といったものがテーマになっていると思う。自分も高校生の頃、こんなこと考えていたよなと思うところが何ヵ所か出てくる。

今の高校生はうらやましい。佐藤多佳子さんの『黄色い目の魚』といい、この恩田陸さんの『夜のピクニック』といい、等身大の青春を扱ったすばらしい小説がいくつもある。私が高校生だった30年前、これだけ高校生の日常生活に入りこんだ描かれた青春小説というものはなかったのではないだろうか。
読んだ覚えがあるのは、曾野綾子さんの『太郎物語』(文庫化の際『太郎物語・高校編』と改題)ぐらいだ。しかし、どこかコミカルに描いてあって面白くはあったが、高校生が抱える悩みのようなものに正面から応えるものではなかった。
あとは、五木寛之の『青春の門・筑豊編』などが思い当たるが、青春小説と呼ぶにはちょっと違う気がするし、時代背景も違い、
自分の物語としては読めなかった。

しかし、今年、高校生になった次女に、きっと面白いからだまされたと思って読んでみたらと『黄色い目の魚』や『夜のピクニック』を勧めても、なかなか読んでくれないのは皮肉なものである。1962年の佐藤多佳子さんや、1964年生まれの恩田陸さんの書くものは、1960年生まれの私にとっては自分の物語であっても、次女にとっては、過去の時代の物語なのだろうか。もう少し、時間をかけて勧めてみようとは思っているが…。

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2007年6月18日 (月)

郷田真隆九段にとっての第65期名人戦第7局の持つ意味

2007年度のNHKの将棋講座のテキストに河口俊彦七段の「将棋見たり聞いたり」という連載がある。5月号では「棋士人生を変えたトン死」というタイトルで、現在、名人戦で戦っている郷田真隆九段の話が取り上げられている。

1998(平成10)年7月31日に行われた王座戦の挑戦者決定戦。谷川浩司竜王と郷田真隆棋聖戦(タイトルはいずれも当時)で、必勝だった郷田棋聖が、谷川竜王の王手に対し駒を取る順番を誤り、即詰みで逆転負けを喫したというもの。河口七段は、その場に居合わせたこともあり、自分の将棋人生で五指に入るほど印象に残る出来事と語っている。

河口七段によれば、この対局に敗れるまでは郷田九段は挑戦者決定戦でも7勝7敗。タイトルも王位と棋聖を獲得しているが、この敗戦のあとは、挑戦者決定戦までは勝ち上がっても、挑戦者決定戦でほとんど勝てなくなってしまったという。
その後の挑戦者決定戦での成績は以下の通り。

1999(H11)年8月 王座戦 対丸山忠久八段(負け)
2001(H13)年1月 棋王戦 対久保利明七段(負け)
2001(H13)年1月 棋聖戦 対深浦康市六段(勝ち)
2002(H14)年1月 棋王戦 対佐藤康光王将(負け)
2002(H14)年12月 王将戦 対羽生善治竜王(負け)
2003(H15)年1月 棋王戦 対丸山忠久九段(負け)
2005(H17)年12月 棋王戦 対森内俊之名人(負け)

河口七段は、冒頭に紹介した1998年の王座戦挑戦者決定戦での見落としによるトン死がその後の郷田九段の棋士人生を変えたとし、1局の勝敗の影響の怖さを述べている。
この中で、唯一挑戦者に名乗りを上げた第72期(2001年)の棋聖戦では、羽生善治棋聖を破り棋聖位を獲得し、タイトル獲得3期の規程で九段に昇段しているので、不調の中でもかつての勝負強さの片鱗は見せているが、順位戦でA級に昇級しても第58期順位戦(1999年度)、第61期順位戦(2002年度)とも1期で降級と今ひとつ精彩を欠いていたのも事実だ。

三度目のA級昇級の第64期(2005年度)で勝ち越したあたりから、復調の兆しが見えてきた。2005年12月の棋王戦挑戦者決定戦進出も、丸3年近くの雌伏の末、ようやくタイトル戦の挑戦者を争うところまで復調したと考えるべきだろう。
そして第65期のA級順位戦でトップとなり、森内名人への挑戦者として名人戦の舞台に登場した。
その第65期名人戦で敗戦必至の第6局を逆転。今回は、9年前に郷田九段が犯したような、あるいはそれ以上の見落としを森内名人が犯し、いったん手中にした18世名人を逃した。森内名人が逃したものは、9年前郷田九段が逃したものに比べ遥かに大きい。2人の今後への影響も遥かに大きいだろう。
その第6局の「世紀の大逆転」勝利も、郷田九段が第7局も制して、森内名人の18世名人を阻み自らが新名人となることで、初めて語り継がれる歴史的事件となり、郷田九段の棋士人生をもう一段ステップアップさせるはずである。また、それは、昨日の記事で書いた森内名人と郷田九段の2人の間の序列にも影響するだろう。
一度は郷田敗戦で幕を閉じたはずの第65期名人戦を振り出しまで引き戻した第6局の最終盤の15手。あの執念で第7局も森内名人を倒し、郷田新時代を切り開いてもらいたい。

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2007年6月17日 (日)

第65期将棋名人戦最終局を前に、羽生三冠との対戦成績から棋士の序列を考える

第65期将棋名人戦の第6局は、絶体絶命のピンチに立たされた郷田真隆九段が、奇跡の大逆転で戦績を3勝3敗の五分に戻し、名人位の行方は、6月28・29日愛知県蒲郡市で行われる最終第7局に持ち越されることとなった。

郷田ファンとしては、いまだ一昨日の夜の興奮さめやらぬところで、このことを話題にしたブログを読み歩いたりしているのだが、どこかの記事で、NHKのBS放送で解説者をしていた島朗八段が、「棋士はお互いを常に格付けし、序列をつけあう世界」という趣旨の事をコメントしていたという記事があった。常に一対一に戦いの中で、強い側は相手に対し「俺はおまえよりこれだけ強い」ということを見せつけ、相手に「この相手にだけは勝てない」と思わせるということであろう。それを、それぞれが全ての棋士に対して行っていて、自然と棋士の間での序列となっていくのだろう。それは、結果として、名人挑戦者を争うリーグ戦である順位戦のクラスに見合ったものになっていくのだろう。

現在の将棋界の頂点に第一人者として君臨するのが、羽生善治三冠(王位・王座・王将)であるのは、異論のないところだろう。現役棋士の中でトップクラスを維持し1300局以上の対局を行いながら、依然として0.729という最も高い勝率を維持している。
その羽生三冠に対してどの程度の成績を残しているかも、序列を窺う一つの目安になるのではないかと思い、羽生三冠のタイトル戦の成績を分析してみた。
羽生三冠は、2007年6月現在、7大タイトル戦にタイトルホルダーまたは挑戦者として84回登場しうち66回に勝利している。タイトル戦に限れば0.785という驚くべき数字である。しかし裏を返せば、18回は負けていることになる。

まず、18回の負けの相手を分析してみる。
(羽生善治三冠のタイトル戦別敗戦相手)

棋士名 名人 竜王 棋聖 王位 王座 棋王 王将
谷川浩司 1 2 0 2 0 0 1 6
森内俊之 2 1 0 0 0 1 1 5
佐藤康光 0 1 1 0 0 0 1 3
郷田真隆 0 0 1 0 0 0 0 1
丸山忠久 0 0 0 0 0 1 0 1
藤井 猛 0 1 0 0 0 0 0 1
三浦弘行 0 0 1 0 0 0 0 1
タイトル計 3 5 3 2 0 2 3 18

次に66回の勝ちの相手も分析してみた。
(羽生善治三冠のタイトル戦別勝利相手)

棋士名 名人 竜王 棋聖 王位 王座 棋王 王将
谷川浩司 0 1 4 3 3 2 3 16
佐藤康光 0 2 0 4 3 2 5 16
森内俊之 2 0 0 0 1 1 1 5
郷田真隆 0 0 0  3 0 1 0 4
森下 卓 1 0 0 0 0 2 1 4
島 朗 0 1 1  0 2 0 0 4
南 芳一 0 0 0 0 0 3 0 3
藤井 猛 0 1 0 0  1 0 0 2
久保利明 0 0 0 0 1 1 0 2
丸山忠久 0 0 0 0 1 0 0 1
三浦弘行 0 0 1 0 0 0 0 1
米長邦雄 1 0 0 0 0 0 0 1
阿部 隆 0 1 0 0 0 0 0 1
深浦康市 0 0 0 1 0 0 0 1
屋敷伸之 0 0 0 1 0 0 0 1
福崎文吾 0 0 0 0 1 0 0 1
森 雞二 0 0 0 0 1 0 0 1
渡辺 明 0 0 0 0 1 0 0 1
高橋道雄 0 0 0 0 0 1 0 1
タイトル計 4 6 6 12 15 13 10 66

羽生三冠にタイトル戦で一度でも勝利したことがある7名は、いずれも順位戦でA級ないし名人であり、羽生三冠とのタイトル戦での戦績を対戦相手側から整理し直すと次のようになる。

谷川浩司九段-6勝16敗(0.273)
佐藤康光九段-3勝16敗(0.158)
森内俊之名人-5勝5敗(0.500)
郷田真隆九段-1勝4敗(0.200)
藤井猛九段-1勝2敗(0.333)
丸山忠久九段-1勝1敗(0.500)
三浦弘行八段-1勝1敗(0.500)

この結果は、現在羽生三冠がA級に在籍していることもあり、タイトル戦で羽生三冠に一度は負かしたことのある棋士ででなければ、戦う前から羽生三冠のオーラに気圧されて勝負にならないということを表しているのかも知れない。
最初から勝てないと思うような相手が一人でもいれば、激しい星のつぶし合いで1勝の差が、残留と降級を分ける厳しいA級棋士の地位を維持することは難しいのだろう。

かつてA級棋士に名を連ねていた森下卓九段、島朗八段、南芳一九段らは、3回ないし4回タイトル戦で羽生三冠と戦い、いずれも敗退し、いつしかA級から姿を消してしまった。

羽生三冠とて、タイトル戦という長丁場で負けたことのある相手であれば警戒するし、対戦相手の側も一度は羽生三冠を相手にタイトルを防衛したり、奪取したことがあるとなれば、多少なりとも自信を持って臨むことができるだろう。

今回、このデータを整理していて気がついたことがいくつか書いて締めくくりにしたい。

①森内俊之名人は、羽生三冠には互角の戦いをする一方で、佐藤康光二冠は羽生三冠との対戦は多いが、なかなか勝てない。それでいて、タイトル戦での森内-佐藤対決は佐藤二冠の2勝0敗である。
三すくみとまでは行かないかが、羽生三冠から森内名人が奪った棋王位のタイトルを森内名人から佐藤棋聖が奪って二冠となるというような事態も起きており、実力が拮抗している場合、お互いの相性のようなものも見所かも知れない。

②羽生三冠のタイトル戦での対戦相手に、16世名人の有資格者である中原誠永世十段の名前がなかったことだ。1回くらいはタイトル戦で対戦しているだろうと思っていたので、意外だった。

③2007年7月から始まる第48期王位戦で久々にタイトル戦挑戦者となった深浦康市八段がもう一段ステップアップし、A級に定着するような棋士になるのに、最も効果的な事は、タイトル戦で羽生三冠を破ってタイトルホルダーになる事なのかもしれない。
たとえ一度であれ、それぐらいのエネルギーが出せなければ、現在のA級棋士はつとまらないだろう。

*この記事を書くにあたり、以下のサイトのデータを参考にさせていただきました。ありがとうございました。→「将棋タイトル戦

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2007年6月16日 (土)

三度(みたび)、ココログの管理ページ不調、時間別アクセス推移データ更新遅延続く

ニフティのブログサービス「ココログ」の利用者でない方には、何の関係もない話題なので、大変申し訳ないが、このようなトラブルの記録も備忘録として残しておくと、ニフティに連絡する時に役に立つことがあるので、記録として残しておくことことにする。

ココログの契約者向けサービスとして各契約者用の管理ページにそのブログへのアクセス数を表示するサービスがある。①時間別、②ページ別(タイトル別)、③生ログの3つがリアルタイムで表示される。(当然ながら①~③は連動している)
このうち②を1週間分まとめて集計したものを、現在、このブログのブログパーツの人気記事ランキングとして表示している。

昨日の午後から、このリアルタイムでの更新が行われず、先ほど2007年6月16日16時頃にようやく昨日(6月15日)のアクセス全ての更新が終わり、現在、今日(6月16日)の午前0時台の表示が終わり、午前1時台のアクセスの表示が行われている。まだ、15時間ほど遅れている。

ココログの私の管理ページでこのトラブルが起きたのは、これで3回目である。最初が4月27日午後から28日午前中にかけて、2度目が先週月曜日(6月11日)の午後から日付の変わる頃まで、今回は昨日の午後から始まっており、そろそろ丸1日経過する頃ではないだろうか。今回はこれまでのトラブルの中では一番症状が重く、私が会社から戻って不調に気がついてから深夜まで、最終更新が午後3時台のままほとんど変化しなかった。

ブログを書いたり、見たりすることには何ら障害は起きてないので、目くじらを立てるほどではないのかも知れないが、やはり記事を書いた後は、どれだけの人に、どれだけの記事にアクセスしてもらっているかは気になるところだし、そのアクセス数は少しづつでも増えて行くことが、ブログを書き続ける励みにもなっているだけに、、リアルタイムでアクセス数の推移が表示されないと、拍子抜けしてしまう。
特に、昨日は将棋の名人戦での郷田九段の大逆転劇を取り上げたこともあり、アクセス数は普通の日よりは増えているのではという期待もあるだけに、余計はがゆい思いである。
いつものことながら、早く復旧してほしいものだ。

(追記)6月16日(土)の20時35分~40分あたりで、ようやく実際の時間とアクセス推移のデータ表示が一致した。

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2007年6月15日 (金)

第65期将棋名人戦第6局、郷田真隆九段が「世紀の大逆転」勝利で3勝3敗に

森内俊之名人に郷田真隆九段が挑戦している第65期将棋名人戦7番勝負の第6局が、昨日・今日(2007年6月14日・15日)の日程で青森県八戸市で行われた。
ここまでの戦績は、森内名人の3勝2敗。今日勝てば森内名人は、4勝で名人位防衛を果たすとともに、名人位5期による永世名人資格(18世名人)を得ることになる。
郷田ファンから見れば、郷田九段には何としても勝ってもらい、再び五分の星に戻してもらいたいところだが、先手番の勝率が高い2人の対戦成績の中、第6局は森内名人の先手番。いやな予感がよぎる。

会社から帰って、ニフティの名人戦棋譜速報にかじりついていたが、郷田九段の旗色は悪い。森内名人の攻めが先んじて進み、現地の解説陣からは名人勝勢のコメント。控え室では、森内18世名人の共同記者会見の段取りまで伝えられたとことで、終局間近の雰囲気が濃厚だった。
最後には森内名人の王手飛車まで飛び出し、郷田九段投了確実と思われたが、なんとか郷田玉は逃げ回る。しかし、飛車と馬に追い詰められ、森内名人の125手目で郷田玉は受けなしの状態に追い詰められた。
郷田九段に残されたの唯一の可能性は盤上の自分の駒と駒台に乗る持ち駒で、森内玉に王手をかけ続け、相手に詰まされる前に森内玉を詰ますしかない。しかし、森内玉の逃げ場は広く、いずれ攻めが途切れ、郷田九段の投了は時間の問題と誰もが思ったに違いない。

しかし、そこから15手の間、郷田九段は途切れることなく王手を続け、森内名人の玉を追い続け、自らの玉を脅かしていた森内名人の飛車と森内玉の両取りとなる金打ちを放ち、それを見た森内名人が141手目で投了した。
名人戦棋譜速報に「世紀の大逆転劇」とのコメントが踊った。投了後の森内名人の第一声は「逃げ間違えました」だったそうである。
郷田九段の大追走が始まった時点で、郷田九段はまだ15分ほど持ち時間を残していたが、森内名人はほとんど時間を使い切っており、持ち時間の少なさが、森内名人のミスを誘ったのかもしれない。

陳腐かもしれないが、「勝負は終わってみるまでわからない」という言葉を実感した勝負だった。

出だしの2連勝で郷田九段に向いていたシリーズの流れは、第3局からの3連敗で完全に森内名人に向いていたが、これで再び郷田九段に戻ってきた。
郷田九段には、この勢いに乗って第7局も勝利して、ぜひ新名人になってもらいたい。

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2007年6月14日 (木)

第48期将棋王位戦挑戦者に深浦康市八段

昨日(2007年6月13日)の将棋の第48期王位戦の挑戦者を決める深浦康市八段と渡辺明竜王による挑戦者決定戦は、深浦八段が勝ち、羽生善治王位への挑戦者に決まった。
深浦八段は、1972年2月生まれ。1学年上に羽生三冠(1970年9月生)、森内名人(1970年10月生)、丸山九段(1970年9月生)、藤井九段(1970年9月生)、郷田九段(1971年3月生)と錚々たるメンバーが揃っており、1969年10月生まれの佐藤康光二冠も含め、常に深浦八段の前に立ちはだかってきた。

第63期(2004年)、前期65期(2006年)と過去2回A級に昇級したものの、いずれも4勝5敗という残留してもおかしくない成績を残しながら順位の関係で1期で降級するという憂き目にあっており、今期はB級1組の筆頭に位置する。
通算成績では、798戦で552勝246敗、勝率0.6917と7割近い勝率を残しており、八段以上の現役棋士の中では、羽生三冠0.729(1344戦979勝)、木村一基八段0.7032(502戦353勝)、渡辺竜王0.7029(340戦239勝)に次ぐ4位の勝率である。(成績は2007年6月13日現在、将棋連盟ホームページによる)

タイトル戦では挑戦者決定戦まで駒を進めるものの、決定戦で涙を飲むことが多く(昨年度も王座戦、棋王戦の挑戦者決定戦で佐藤康光棋聖に敗れた)、7大タイトルで挑戦者となったのは、もう11年前の1996年の五段の当時に、第37期王位戦で羽生王位に挑戦して以来である。この時は1勝4敗で羽生王位に敗れている。(なお、準タイトル戦の朝日オープンでは2002年に選手権者となっている)

いわば「無冠の帝王」「無冠の実力者」というのが、これまでの深浦八段なのだが、今回の王位戦では、ぜひ初タイトルを狙ってもらいたいものである。

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2007年6月13日 (水)

昨日(2007年6月12日)で、400タイトル

昨日(2007年6月12日)書いた、「サイモン・シン著『フェルマーの最終定理』(新潮文庫)を読み始める」が、400タイトル目の記事だった。

300タイトルが2007年3月11日なので、この間の100タイトルに約3ヵ月(93日)のペースは、最低1日1タイトルは書き続けていることもあって、200から300までとほぼ変わらないペースで来ている。

この間の100タイトルの内容を見ると、私が応援する郷田真隆九段が挑戦者となった第65期名人戦が始まったこともあって、将棋の記事が多く、合計で20件に達している。
後半は、本を読んでの感想・書評が増えて、これも数え方にもよるが20件前後である。
あとは、短歌に関係するもの、何らかの形でブログに関わるものなどだろうか。

今後も、1日1タイトル書くことを自分に科して、3ヵ月後あたりには500タイトルに達するように書き続けたい。

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2007年6月12日 (火)

サイモン・シン著『フェルマーの最終定理』(新潮文庫)を読み始める

先週の土曜日、家の近くの書店をとくにあてもなくのぞいてみたら『博士の愛した数学』副読本、小川洋子さん推薦と帯に書いた本が目についた。

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)
フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

内容は、17世紀以降、3世紀以上世界の数学者を悩ませた「フェルマーの最終定理」をイギリス生まれの数学者アンドリュー・ワイルズが1994年に証明するまでの、ノンフィクションだ。

Xn+Yn=Zn、この方程式はnが2より大きい場合には整数解を持たない」という問題が、17世紀のフランスの数学者ピエール・ド・フェルマーが書き残し、20世紀に至っても世界中の誰も証明出来なかった「フェルマーの最終定理」である。
ちなみに、nが2の場合は、「X+Y=Z」となり、「直角三角形の斜辺の二乗は、他の二辺の二乗の和に等しい」という誰でも中学校で習う「ピタゴラスの定理」になる。nが2から3以上に入れ替わった途端、それを満たす整数でのX,Y,Zの組み合わせは存在しないということをフェルマーは言っており、自分ではそれを証明したと書き残しているが、証明自体は残っていないので、以後3世紀以上、多くの数学者がそれを証明しようと取り組んできた。そして最後にその偉業を成し遂げたのがワイルズ博士である。

今のところ、半分ほど読み終わり、19世紀までの数学者の苦闘の歴史を読み終わった。これから20世紀の取り組みと、いよいよワイルズ博士本人の登場となる。

『博士の愛した数式』には、フェルマーの最終定理そのものは、出てこなかったと思うが、副読本と名づけられているのは、本書の始めの方で、『博士の愛した数式』に出てくる友愛数や完全数についての丁寧でわかりやすい説明があるし、虚数を発見した数学者オイラーの話、素数が暗号にどう使われたかなど、原作や映画で話題としては出てくるけれど、十分説明が加えられなかった人物や話題が掘り下げられているからだろう。

博士の愛した数式 (新潮文庫)
博士の愛した数式 (新潮文庫)

もちろん、本書のテーマである「フェルマーの最終定理」証明に向けての各時代の数学者の生き様も人間臭く面白い。
本書だけで単独で読んでも、ノンフィクションとして楽しめるし、『博士を愛した数式』の原作を読んだり、映画を見た人にとっては、博士と家政婦母子の世界を深みを持たせてくれる貴重な副読本である。

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2007年6月11日 (月)

再びココログの管理ページ不調、時間別のアクセス推移データの反映が遅れている

私が契約しているニフティが提供するブログサービス「ココログ」は忘れた頃にシステムが調子を狂わせるらしい。

2007年4月下旬に個人の管理ページで時間毎の総アクセス数とユニークアクセス数を表示する「アクセス解析」のページのデータが半日近くデータが表示されないことがあった。前日の午後1時以降のアクセスデータが翌日の午前11時頃ようやく表示される状況だった。(ニフティに問いあわせたところ、そのようなトラブルが一部で発生していたことはわかったが、原因は結局わからずじまいだった)

今日、帰ってきて時間別に「アクセス推移」のページを見てみると、同じ状態になっている。午後7時現在で、午後4時台のアクセスがようやく表示され始めているところだ。データ表示がまるまる3時間遅れている。

別に登録している「ブログペット」のアクセス解析サービスではでは、このブログは午後4時台、5時台、6時台とも20前後のアクセスは記録されているので、ココログ側のデータ表示のなんらかのトラブルだろう。

はやく回復してほしいものだ。

(追記)2007年6月11日から12日に日付が変わる時点では、ほぼ回復されたが、まだ数分は遅れているようだ。

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2007年6月10日 (日)

小川洋子原作、映画『博士の愛した数式』を見た

昨日、近くのDVDレンタルショップで、映画『博士の愛した数式』を借り、今日、全編を見た。

記憶が80分しか持たない博士を寺尾聰、家政婦の私を深津絵里、博士の義理の姉を浅丘ルリ子、私の子どもルートを斎藤隆成(子役)、吉岡秀隆(成人)。
映画は、成人して数学の教師となったルート(吉岡)が生徒を前に自分が数学を好きになり数学の教師になったのは、幼い頃博士に数字や数式について教えてもらった事がきっかけだと語りかけるところから始まる。

小説では、作品中に挿入される、友愛数、完全数、虚数などといった込み入った数論の解説を、教師となったルートが想い出を語る合間に、生徒を前に語るという形で、映画の観客に説明する。

博士の愛した数式 (新潮文庫)
博士の愛した数式 (新潮文庫)

話の展開は、ほぼ原作に沿っている。映画では、舞台は長野県。信州の美しい自然の中で、淡々と話が進む。
小説では、博士とルートが2人の時、ルートがリンゴを食べようとしてナイフで怪我をする場面があるが、それが博士がルートがメンバーになっている少年野球のチームを指導している時に、ルートがフライを捕ろうとしてチームメイトと衝突して倒れるという設定に変わっていることと、私とルートが博士を地元に来た阪神タイガースの試合を見に行く場面が、ルートの少年野球チームの試合を私と博士の2人で応援に行くという設定に変えられている2点が、大きな変更点といえるだろう。
また、原作では、詳しく語られない母屋の主の義理の姉と博士の関係について、映画では一歩踏み込んだ設定にしている。

しかし、どれも、原作の雰囲気を壊すものではなく、原作でテーマといえる博士と私・ルートの母子がそれぞれお互いに思いやる気持ちは映像化されている。
独身の学者として過ごし家庭に恵まれなかった博士と、未婚の母の私と母子家庭の子として育ったルートの母子が、それまで欠落していた家族のいる生活、夫・父のいる家庭を、3人の生活の中で、お互いに疑似体験する様子は、映像化されたことでより鮮明に、見る者に訴えてくる。
そしてその中で、記憶は不自由な博士は、時間を超えた数字、数式の永遠の真理を語ること通じて、家政婦の私と息子のルートの2人への愛情を表現しているように見える。

人の優しさを教えられる映画である。

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将棋タイトル戦の最近の動向(2007年6月)・その2

名人戦、棋聖戦、王位戦に続く、王座戦、竜王戦の2期戦についてもまとめてみた。

【王座戦】郷田真隆九段ベスト4に名乗り
王座戦は、羽生善治王座への挑戦者を決める挑戦者決定トーナメントが佳境を迎えている。
1次予選、2次予選を勝ち抜いた11名とシードされた5名の計16名で争われる挑戦者決定トーナメントは、1回戦が終了しベスト8に絞られた。
6月8日(金)には、2回戦の第1局、名人位に挑戦中の郷田真隆九段と朝日オープンで羽生善治三冠に惜しくも敗れた若武者阿久津主税五段との一戦が行われ、郷田九段が勝利してベスト4に駒を進めた。
郷田九段は、森内俊之名人×森下卓九段の勝者と準決勝で対戦する。
もう一組の準決勝は、久保利明八段×森雞二九段の勝者と谷川浩司九段×佐藤康光棋聖・棋王の勝者で争われる。
郷田九段のファンとしては、準決勝、決勝(挑戦者決定戦)と2連勝し、第55期王座戦の挑戦者の名乗りを上げてもらいたい。王座戦5番勝負は、9月・10月に行われる。

【竜王戦】挑戦者決定トーナメントへの出場者決まる
竜王戦は、全棋士を棋力別に1組~6組に分けたトーナメント戦を行い、3組~6組は各組の優勝者が、2組は優勝者、準優勝者(2位)が挑戦者決定トーナメントに出場する。
最上位の1組は優勝者、準優勝者(2位)に加え、準決勝で敗れた2人よる3位決定戦の勝者、2回戦で敗れた4人による4位決定トーナメントの勝者、1回戦で敗れた8人による5位決定トーナメントの勝者の5名が挑戦者決定トーナメントに出場する。(1組は2敗した時点で失格)
6月8日(金)に最後に残っていた1組の3位決定戦(羽生三冠×森内名人)、5位決定戦(谷川九段×阿部八段)戦が行われ、それぞれ羽生三冠、谷川九段が勝って、挑戦者決定トーナメントへの出場者が出そろった。各組の出場者は以下の通りだ。

(1組)
優勝:木村一基八段
2位:佐藤康光棋聖・棋王
3位:羽生善治三冠
4位:中原誠永世十段
5位:谷川浩司九段
(2組)
優勝:深浦康市八段
2位:富岡英作八段
(3組)
優勝:久保利明八段
(4組)
優勝:片上大輔五段
(5組)
優勝:伊奈祐介五段
(6組)
優勝:戸辺誠四段

上記の11名で渡辺明竜王への挑戦権を争うが、中でも今回の1組の出場者は華麗だ。優勝者の木村八段を除く4名はいずれも名人経験者という顔ぶれ。
また、2組の優勝者深浦八段王位戦
で挑戦者決定戦に進んでいるし、3組の優勝者久保八段は棋聖戦の挑戦者決定戦まで進んでおり、好調な棋士が揃った。
こちらは、昨年のスケジュールによれば6月下旬からトーナメントが始まり、挑戦者決定戦は8月下旬から9月上旬に3番勝負で争われる。
そして、渡辺竜王との挑戦者の第20期竜王戦7番勝負は10月の第1局は海外で、以降12月まで全国を転戦する。

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将棋タイトル戦の最近の動向(2007年6月)

将棋のタイトル戦の最近動向をまとめてみる。

【名人戦】挑戦者郷田九段背水の陣
第65期名人戦は、このブログでずっと結果をフォローしているが、第5局が終了。挑戦者郷田真隆九段2連勝のあと、森内俊之名人が3連勝。森内名人にとっては名人位防衛まであと1勝となった。今回防衛すれば、名人位在位5期となり、中原誠16世名人、谷川浩司17世名人に次ぎ、引退後18世名人を名乗ることが許される。
郷田九段のファンとしては、背水の陣となった郷田九段が2連勝して、初の名人位を獲得し、森内名人の18世名人阻止を信じている。
第6局は今週、6月14日(木)・15日(金)に青森県八戸市で行われる。

【棋聖戦】佐藤棋聖先勝
昨年5連覇を果たし、最短で永世棋聖の資格を得た佐藤康光棋聖・棋王に渡辺明竜王が挑戦する第78期棋聖戦の第1局は、昨日(2007年6月9日)、談合問題で揺れる大阪の枚方市で開催された。
飛車・角で攻める佐藤棋聖に対し、桂馬・香車などを織り交ぜて玉を追い詰める渡辺竜王。お互いギリギリの攻防で、最後は佐藤棋聖が一手勝り、初戦を制した。
どちらが先に3勝するか、6月・7月と全国を転戦する。

【王位戦】深浦八段対渡辺竜王で挑戦者決定戦
挑戦者を決める紅組6名、白組6名のリーグ戦が6月5日に終了。
紅組では、3勝1敗同士の深浦康市八段と丸山忠久九段の最終戦で深浦八段が勝利。白組では、渡辺明竜王と山崎隆之七段がともに4勝1敗となり、6月7日に行われた2人のプレーオフで渡辺竜王が勝利。
深浦八段と渡辺竜王による挑戦者決定戦は、今週6月13日(水)に東京の将棋会館で行われる。
羽生善治王位との第48期王位戦7番勝負は、7月から9月にかけて行われる。

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2007年6月 9日 (土)

本日(2007年6月9日)、8万アクセスを記録

今日の午後2時過ぎに、このブログの累計のアクセス総数が8万アクセスを超えた。7万アクセスが2007年5月12日なので、この間の1万アクセスにちょうど4週(28日)間かかった。

3月下旬には1日1000アクセスと1700アクセス、その後の4月には1000アクセス近くまでに行ったことが2度ほどあったが、最近は1日の総アクセスが300~400アクセス、ユニークアクセスが総アクセスの半分から6割程度で安定している。このペースだと7月半ばには10万アクセスの大台に達しそうである。

この4週間はよく本を読み、本の記事を多く書いた。佐藤多佳子さん、上橋菜穂子さん、小川洋子さんの1962年トリオで計8冊。書評ブログに衣替えしたわけではないが、現在の管理人に関心がそこにあるということで、ご容赦いただきたい。
映画の記事も2件。これからは、映画も良いものを選んで見るようにしたい。
いいアウトプットを続けるためには、インプットも欠かせないということで、インプットの4週間だったと思う。

さて、このインプットがどういう形でアウトプットできるのか、まだわからないけれど、少しでも1日のアクセス数が増え、10万アクセスを1日でも速く達成できるよう、多くの人に読んでもらえる記事を書くようにしたい。

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2007年6月 8日 (金)

小川洋子著『博士の愛した数式』を読んだ

遅ればせながら、第1回本屋大賞受賞作である小川洋子さんの『博士の愛した数式』(新潮文庫)を読んだ。映画にもなった話題作で、一度読んでみよう、映画も借りてみようと思いながら、そのままになっていた。先週末、書店の文庫コーナーに平積みで置いてあるのが、目について手に取った。

博士の愛した数式 (新潮文庫)
博士の愛した数式 (新潮文庫)

交通事故の後遺症で記憶が80分しか持続しない、もと大学教授の数学者である「博士」、その博士のもとに家政婦として出向く「私」、頭が平らなことから博士に「ルート」と名づけられた私の息子、この3人を中心に物語りは展開する。

80分しか記憶が持続しない博士との関係は、80分離れてしまうとゼロクリアで、振り出しに戻る。朝、博士を訪ねた私は、家政婦として博士とともに過ごす夕方までの間、関係を深めるが、翌日になれば、また振り出しに戻る。毎日、毎日がその繰り返しだ。
ある時、私に小学生の息子がいると知った博士は、母と子は離れているのはよくないと、息子も連れてくるように言い、学校が終わったあと、私の息子ルートは博士に家に来るようになる。ルートは、博士に算数の宿題を教えてもらったり、3人で食事をしたり。
私とルートの親子も、ルートが生まれてきてからずっと母子家庭だったこともあって、祖父のような父のような博士を慕って、博士を落胆させることの無いように気を使う。博士も、その日、その日私達母子に、さりげない心配りをする。
博士と私とルートがお互いを大切にし、思いやる心遣いが、この小説で作者が一番語ろうとしていることなのではないかと思う。

3人の関係をつなぐのは、お互いのさりげない思いやりに加え、博士の世界の言葉といえる数式・数論と博士とルートがともに応援する阪神タイガースであり、かつての阪神のエース背番号28の江夏豊である。

小川さんが、本作を執筆するにあたって取材をした数学者の藤原正彦さんが文庫版の解説を書いているが、これが軽妙洒脱にして、あたたかいまなざしで書かれており、必読である。

映画では、博士を寺尾聰、私を深津絵里が演じている。この週末にDVDを借りて見てみようと思う。

小川洋子さんも、佐藤多佳子さん、上橋菜穂子さんと同じ1962年生まれである。

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2007年6月 7日 (木)

昨日は二十四節気の「芒種(ぼうしゅ)」だった

いつも、二十四節気の前日か当日に記事を書いていたのだが、6月に入ってもうそろそろだと思いつつ、今日になって確認したら、昨日6月6日が二十四節気の「芒種(ぼうしゅ)」だった。

愛読書、『美しい暦のことば』(山下景子著、インデックスコミュニケーションズ)には「芒種」について、次のように書かれている。

イネ科の植物の穂先の細い毛のような部分、それを「芒(のぎ)」といいます。(中略)「芒種」はそんな芒のある穀物の種を蒔く時期ということのようです。
とはいえ実際は、田植えの始まる時期の目安としたようです。
(『美しい暦のことば』81ページ)

いろいろネットで今年の田植えを眺めてみると、5月下旬というところが多いようだ。

5年間過ごした富山は、東京ではさほど有名ではないが、隠れた米どころで、10年前の90年代後半でも、いたるところ田んぼがあった。
東京にいると、季節感を目で感じることはあまりないので、富山の四季折々の風景が懐かしくなる。

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2007年6月 6日 (水)

松村由利子さんの講演会情報(7月22日、さいたま市)

このブログをよく読んで下さっているトロアさんから、7月にさいたま市で松村由利子さんの講演会があるとの情報をいただいた。

グーグル等検索を使って調べてみると、予定は以下の通りだ。

男女共同参画週間講演会
開催日時9:2007年7月22日(日)14:00~15:30 

演題:「あなたの物語がはじまる」
講師:松村由利子(歌人・ジャーナリスト)

場所:With You さいたま 4階
   (埼玉県男女共同参画推進センター)
   埼玉県さいたま市中央区新都心2-2
   (JRさいたま新都心駅徒歩5分)

定員:130名
With You さいたま「男女共同参画講演会」係まで申込みが必要)

詳細はこちらをご覧下さい。→With You さいたま新着情報

開始時間等、詳細が分かり次第、あらためてお伝えしたい。
トロアさん、連絡ありがとうございました。

(追記:6月16日)時間と定員等赤字部分を追記。

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2007年6月 5日 (火)

上橋菜穂子著『闇の守り人』を読み終わる

昨日のブログに書いた『精霊の守り人』に続く、『闇の守り人』(上橋菜穂子著)を読み終わった。昨日も書いた通り、まだ文庫化されていないので、今回読んだのは、偕成社の軽装版である。

闇の守り人 (軽装版偕成社ポッシュ)

前作『精霊の守り人』に勝るとも劣らない出来映えで、読み始めると一気に引き込まれる。

前作『精霊の守り人』での、新ヨゴ皇国の皇子チャグムを守る旅を終えた女用心棒のバルサは、新ヨゴ皇国の北にあるカンバル王国の出身だ。
カンバル王国のナグル王の主治医だった父カルナは、王の弟ログサムが企てた兄ナグルの暗殺に心ならずも加担することになる。しかし、いずれ自分もログサムに殺されることを察知していたカルナは、自分の幼い娘バルサの命だけは助けたいと、親友でカンバル国一の武人で短槍の使い手であるジグロに娘を託す。
ジグロは、バルサを連れて逃亡の旅に出る。カンバル国から次々と送り込まれる刺客。ジグロは、自分たちの刺客として送り込まれたかつての盟友8人を倒し、バルサを育てながら旅を続けるが最後は病に倒れる。
ジグロから短槍を仕込まれたバルサは、養父ジグロが8人の仲間を殺した罪を償うため、8人の命を守るという誓いをたてて旅を続けるが、30才の時、『精霊の守り人』の事件に遭遇する。
生まれ故郷であるカンバル王国では、父カナルに兄である前王を殺させ、王位を奪い、バルサの父をを殺したログサムが亡くなり、バルサが命を狙われる理由もなくなった。前作は、バルサがカンバルに旅立つところで終わる。

カンバルに向かう際に、バルサは両国を隔てる青霧山脈の青霧峠越えをせず、25年前養父ジグロがバルサを連れて逃亡する時に通った、迷路のような洞窟を通ってカンバルに戻ろうとする。
そこで、子どもの悲鳴を聞き駆けつけるバルサ。幼い兄と妹がヒョウル「闇の守り人」に襲われていた。短槍を取り出し、子どもを助けるバルサ、ヒョウルはまるで自分に短槍を教えたジグロのような短槍使いだった。

洞窟でヒョウル「闇の守り人」したバルサは、助けた2人の子どもを連れカンバル王国に入る。そこで耳にした裏切り者ジグロの話は、真実とはかけ離れた内容だった。そして、自分が逃亡せざるをえなくなったログサムによる王位簒奪事件の背景には、さらに深い陰謀が隠されていた…。

この『闇の守り人』は、心ならずも女用心棒として生きることになり、胸中に深い恨みを抱くバルサが、自分の運命とどう向き合い、それをどう受け入れ、折り合いをつけていくのかという物語だ。作者によるあとがきでは、シリーズの中で大人の読者から最も支持されているのが、この『闇の守り人』だそうだ。(一方、子どもの人気が高いのは『精霊の守り人』とのこと)

バルサほど過酷な運命ではなくとも、我々は大なり小なり、自分ではどうしようもない定めのようなものに巻き込まれてしまうことがある。しかし、それを嘆いてばかりいてもはじまらない。

作者上橋菜穂子さんはあとがきで次のように書いている。

大人の読者が『闇の守り人』を愛する理由として、バルサの心の葛藤とその結末をあげてくださっているように、それぞれの人生の<時>のなかで、心に響くものはちがうのでしょう。
(偕成社軽装版ポッシュ『闇の守り人』369ページ)

「ファンタジーなんて…」と言わずに、大人に読んでほしい作品だ。

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2007年6月 4日 (月)

上橋菜穂子著『精霊の守り人』を読み終わる

『狐笛のかなた』に続き、新潮文庫から4月に発売されたばかりの上橋菜穂子さんの『精霊の守り人』を読んだ。

精霊の守り人 (新潮文庫 う 18-2)

この作品はNHK-BS2でテレビアニメ化され、2007年4月から放送が開始されているということで、新潮文庫の他、書店の児童書のコーナーでも偕成社の守り人・旅人シリーズ全10作のハードカバーの単行本、2冊の軽装版などを揃えてキャンペーンが行われている。

内容はいわゆる異世界ファンタジーで、物語の舞台である新ヨゴ国を通りかかった女用心棒のバルサが、川に落ちた第二皇子チャグムを助けたところから物語は始まる。
ある理由から命を狙われているらしいチャグムを助けるため、チャグムの母である二ノ妃からチャグムを連れて逃げるように頼まれるバルサ。
バルサとチャグムの逃避行が始まるが、追っ手もすぐ後ろに迫っている。しかし、チャグムが本当に逃れなければならない相手は、追っ手でなく、もっととてつもなく恐ろしい相手だった…。

手に汗握る物語で、話の展開とともに少しずつ歴史の真実と恐るべき敵の姿が明らかになっていく。

作者の上橋菜穂子さんは「文庫版あとがき」で次のように語る。

大人の読者の中には、「なぜ児童文学として書いたのですか?」という質問をされる方が、よくいらっしゃいます。(中略)その答えは、「子どもが読んでも、大人が読んでも面白い物語が書きたい」からなのです。(中略)
ある意味、とても素朴で、古くから人々が語ってきた「語り物」の骨格を持つがゆえに、子どもでも楽しめる物語。それでいて、大人が読んだときには、大人であるがゆえの発見があって楽しめる物語-そういうものを書きたいと願い、私はいまも、その夢を追いかけています。
(新潮文庫版『精霊の守り人』344~346ページ)

作者は、単なる子ども向けの児童文学としてこの作品を書いたわけではなく、大人にも通用するレベルを意識して書いたということであり、読み応えがある。

一方、皇子チャグムにスポットを当ててみると、高貴な血筋な者が不運な境遇に見舞われながらも、さすらいの旅の中で数々の危機を乗り越えて成長していくという、昔話やファンタジーの一つの類型である「貴種流離譚にもなっている。

バルサとチャグムを軸にした、このシリーズは10冊に及ぶ。文庫化されたのは、この『精霊の守り人』1冊だけ。
第2巻にあたる『闇の守り人』は偕成社の軽装版を買ったが、この軽装版もまだ『精霊の守り人』と『闇の守り人』しか出ていない。さすがに、児童書として出されたハードカバーを買うのは、我が家の収納スペースの関係からちと辛い。
はて、どうやって残り8冊を読もうか、物語の展開とはまったく関係のないところで、頭を悩ませている。

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2007年6月 3日 (日)

佐藤多佳子さんの作品に共通するもの

昨日、あるサイトから私が書いていた佐藤多佳子さんの作品に関する記事のトラックバックがあったので、訪ねてみると、佐藤多佳子さんに関するブログに記事ばかりを集めたリンク集で、その中に私の記事も取り上げているとのことで、トラックバックがあったようだ。
そのリンクをつぶさにみていくと、なんと佐藤多佳子さんご本人が書いているブログが見つかった。高名な作家がブログなど書くわけないと思いこみ、検索したこともなかった。あたらめて、「佐藤多佳子」で検索をしてみると、ホームページも作られていて最新情報などが書かれている。

ホームページ:佐藤多佳子の連絡板
ブログ:日記のようなもの

ブログを読むと、今日(2007年6月3日)と6月9日のテレビに出るとのこと。今日は、朝7時からフジテレビの「ぼくらの時代」というトーク番組にあさのあつこさん、森絵都さんの3人で出演するとのことで、ビデオの録画予約をした上で、朝起きて見た。

番組の中で、なぜ陸上をリレーを描いたのかという問いについて、佐藤さんは「スポーツが好きで、スポーツを描いたコミックも好きで、自分が感動したコミックのような話を書きたいと思った。サッカーも見るのは好きだが、(両チームあわせて)22人を文章だけで表現するのは難しい。リレーなら4人なので掘り下げて表現できると思ったし、バトンをつないでいくので、コミュニケーションもあるので」という趣旨の話をしていた。

昨日見た佐藤さんが原作者である映画『しゃべれどもしゃべれども』もコミュニケーションがテーマだ。
映画の公式サイトには主要な出演者のコメントも出ているのだが、コミュニケーションという切口から興味あるものが2つある。

松前豊(元プロ野球選手湯河原太一役)
最初、出演者はみんな人見知りでしたが、撮影中にだんだん仲良くなり、最後には4人で机を囲んでいるだけで楽しい豊かな関係が作れました。まるで映画と同じように。

国分太一(今昔亭三つ葉役)
この作品は一人一人の感情がゆっくりと変わっていって、みんないい方向に進む優しい映画です。

改めて、映画を見終わり、今朝のテレビでの佐藤さんのコメントを聴きながら、読み終えた佐藤作品を振り返ってみると、どの作品にも共通することがあることに気がついた。

普通、小説の主人公は一人で、主人公を中心に物語世界も、ストーリーも作られることが多いのだが、佐藤作品は必ず、2人以上の主役級の人物が登場する。
『一瞬の風になれ』では新二と連、『しゃべれどもしゃべれども』では三つ葉と五月、『サマータイム』では進と姉の佳奈、2人にとってともに大切な広一、『黄色い目の魚』では木島悟と村田みのり、『神様がくれた指』ではすりのマッキーこと辻牧夫とタロット占い師の昼間薫、『スローモーション』でも柿本千佐と兄一平と及川周子。
そして、その2人ないし3人の間でのコミュニケーションというものが、いつも作品の中でのテーマになっている。
コミュニケーションといった時、それは、必ずしも喋ることだけではない、『サマータイム』ではピアノが奏でる音楽が、『黄色い目の魚』では、悟が描く絵やデッサンが言葉以上に気持ちを伝えることがある。
それぞれの主要な人物達が、種々のコミュニケーションを通じて、お互いに影響を与えあい、少しずつ変化をしていく。
佐藤作品の繊細さは、その人と人がコミュニケーションを通じて変わっていく様を丹念に描くことによって、表現されているように思う。

このブログの佐藤多佳子さん関連の記事はこちら→アーカイブ:本屋大賞作家佐藤多佳子

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2007年6月 2日 (土)

佐藤多佳子原作、映画『しゃべれどもしゃべれども』を見た

先週から公開されている映画『しゃべれどもしゃべれども』を見に行った。原作は、同名の佐藤多佳子さんの小説。

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)
しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

主人公の今昔亭三つ葉にTOKIOの国分太一、三つ葉の話し方教室に通う無愛想な美女十河五月に香里奈、三つ葉の師匠今昔亭小三文に伊東四朗、三つ葉の祖母春子に八千草薫、大阪から転校してきていじめられている小学生村林優、元プロ野球選手湯河原太一に松重豊という配役。監督は平山秀幸監督。

Wallpaper2_1原作の持つ独特な繊細雰囲気をどう映像化するだろうかと思ってみたが、原作に込められた作者の思いを実にうまく切り出し、映像化していた。
映画では、原作に登場する主要人物である三つ葉のいとこのテニススクールのコーチ良や師匠小三文の弟弟子の草原亭白馬の2人をカットし、登場人物の人間関係を整理しているのだが、それによって原作の雰囲気が崩れることはなく、むしろ枝葉が整理されて、より幹の部分がはっきり伝わるように思われた。

それぞれ、うまく人と話ができないという悩みを抱える五月、村林、湯河原の3人二つ目落語家の三つ葉のもとに集まって、落語を勉強することに。しかし、教える三つ葉自身、自分にしか話せない落語を見つけられず、小三文師匠に怒られている身。
最初は、よそよそしくうち解けない4人が、様々の事件を通じて親しくなり、それぞれが他の3人の影響を受けながら少しずつ変わっていく。

Wallpaper4_1そして、ラストを飾る村林と五月の語の発表会。映画では、ここで、原作に少し変更を加えているのだが、これも原作の思いをうまく掬い取って、思わずぐっと来る場面に仕上げてある。
三つ葉が同門会の席で「火焔太鼓」をしゃべる場面、最初はとりつくしまのないほど無愛想な五月が後半わずかではあるが笑顔を見せるようになる微妙な役作り、無骨な湯河原が発表会になかなか現れない五月の代役を練習してうろたえるところ、そして小学生村林君の本職顔負けの落語などなど、見所は多いが、やはり発表会での五月の落語がクライマックスだろう。

DVD化されたら、改めてもう一度見てみたい。

これから、見ようとする人には、原作を読んだ上で見ることを勧めたい。監督や脚本家が、原作のどこをどう変えて、原作に勝るとも劣らない佐藤多佳子ワールドを表現しているかを堪能していただきたい。
(画像はオフィシャルサイトのダウンロード用壁紙を利用)

原作を読んだ際のブログはこちら
2007年5月9日:佐藤多佳子著『しゃべれどもしゃべれども』を読み終わる

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2007年6月 1日 (金)

上橋菜穂子著『狐笛のかなた』を読み終わる

佐藤多佳子さんの作品が一段落したので、ファンタジー作家として、最近にわかに注目を浴びている上橋菜穂子さんの作品を読み始めた。最初に手にしたのは新潮文庫の『狐笛のかなた』。

狐笛のかなた (新潮文庫)

日本の室町時代あたりを下敷きにしたと想われる時代ものファンタジーである。
主人公の少女小夜は、森の中で傷ついた一匹の小狐を助ける。そして、森の中の小屋に閉じ込められている小春丸という少年と会う。

全ての謎を暗示する小夜の少女時代から説き起こされた話は、成長し乙女となった小夜に続いていく。不思議な力を持つ小夜は、それ故に事件に巻き込まれていく。

作者の上橋菜穂子さんは、佐藤多佳子さんと同じ1962生まれ。この年は児童文学の当たり年のようだ。
もう少し上橋作品を読んでみようと思う。

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