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2007年6月10日 (日)

小川洋子原作、映画『博士の愛した数式』を見た

昨日、近くのDVDレンタルショップで、映画『博士の愛した数式』を借り、今日、全編を見た。

記憶が80分しか持たない博士を寺尾聰、家政婦の私を深津絵里、博士の義理の姉を浅丘ルリ子、私の子どもルートを斎藤隆成(子役)、吉岡秀隆(成人)。
映画は、成人して数学の教師となったルート(吉岡)が生徒を前に自分が数学を好きになり数学の教師になったのは、幼い頃博士に数字や数式について教えてもらった事がきっかけだと語りかけるところから始まる。

小説では、作品中に挿入される、友愛数、完全数、虚数などといった込み入った数論の解説を、教師となったルートが想い出を語る合間に、生徒を前に語るという形で、映画の観客に説明する。

博士の愛した数式 (新潮文庫)
博士の愛した数式 (新潮文庫)

話の展開は、ほぼ原作に沿っている。映画では、舞台は長野県。信州の美しい自然の中で、淡々と話が進む。
小説では、博士とルートが2人の時、ルートがリンゴを食べようとしてナイフで怪我をする場面があるが、それが博士がルートがメンバーになっている少年野球のチームを指導している時に、ルートがフライを捕ろうとしてチームメイトと衝突して倒れるという設定に変わっていることと、私とルートが博士を地元に来た阪神タイガースの試合を見に行く場面が、ルートの少年野球チームの試合を私と博士の2人で応援に行くという設定に変えられている2点が、大きな変更点といえるだろう。
また、原作では、詳しく語られない母屋の主の義理の姉と博士の関係について、映画では一歩踏み込んだ設定にしている。

しかし、どれも、原作の雰囲気を壊すものではなく、原作でテーマといえる博士と私・ルートの母子がそれぞれお互いに思いやる気持ちは映像化されている。
独身の学者として過ごし家庭に恵まれなかった博士と、未婚の母の私と母子家庭の子として育ったルートの母子が、それまで欠落していた家族のいる生活、夫・父のいる家庭を、3人の生活の中で、お互いに疑似体験する様子は、映像化されたことでより鮮明に、見る者に訴えてくる。
そしてその中で、記憶は不自由な博士は、時間を超えた数字、数式の永遠の真理を語ること通じて、家政婦の私と息子のルートの2人への愛情を表現しているように見える。

人の優しさを教えられる映画である。

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