新たな切り口を見せられた思いがする鈴木謙介著『ウェブ社会の思想』
『ウェブ社会の思想』はNHKブックスの2007年5月の新刊だ。「<偏在する私>をどう生きるか」というサブタイトルがつけられている。
著者の鈴木謙介さんは、1976年生まれ。現在、国際大学の研究員。これまで『暴走するインターネット』(イースト・プレス)、『カーニヴァル化する社会』(講談社現代新書)などの著書がある。インターネットと社会、個人の関わりをテーマに議論を展開されているようである。
まだ、読み始めたところだが、これまで私が読んだ類書にはない切り口が示されており、読み終わった範囲で興味を持ったところを紹介しておきたい。
ウェブ社会の思想―“遍在する私”をどう生きるか (NHKブックス)
最初に、本書全体の見取り図を示すため、「ウェブ社会の「思想」と「宿命」」と題した序章が置かれている。
その序章の中に、「情報としての「わたし」」と題する小節があり、そこから主な部分を引用し紹介したい。
社会生活の様々な場面で、自分が何を選んだか、何を望んだか、何を考えたかということが、あるものは意図的に、あるものは自動的に蓄積されるようになる。そしてその個人情報の集積を元手に、次にするべきこと、選ぶべき未来が、あらゆる場面で私たちの提示されるようになる。(中略)
この状況は、「わたし」という存在が、蓄積された個人情報の方に代表されるようになり、そしてその「情報としてのわたし」があらゆる場所に、わたしを先回りして立ち現れるようになるということを意味している。こうした、人が自分の人生に関する未来を選択するということと、それが宿命のように、前もって決められていた事柄として受け取られることという、二つの矛盾する出来事が同時に起こるようになることは、それ自体として興味深い。
(『ウェブ社会の思想』16~17ページ)
著者は、情報社会、ウェブ社会の中で、
①人が自分の人生について選択したことが記録し蓄積される
②選択の結果が情報として蓄積され、次の人生の選択肢をあたかも「宿命」かのようにそれを示され受け取られる
という二つの矛盾することが起きているという。
身近なところでは、アマゾンでブックレビューという書評を書いたり、本を注文していると、その情報が蓄積され、アマゾンからの「おすすめ本」が表示されるようになるといった例がある。
本書がその点に注目する理由は、そうした状況の中で、「自分が選んできた人生は、こういう結末しかありようのなかったものなんだ。けれども、それでいいんだ」と、自分を納得させることが、特に若者たちの間で、漠然と求められるようになっているのではないかということにある。
このような社会の中で、「成長」するとは何を意味するのだろうか。人がひとりの人間として成長していくためには、ときに失敗し、そこから学び、過去の自分と決別しながら、それでもわたしがわたしであると確信し続けることが必要になる。だが、この世界が、あらかじめ定められた宿命に従って動いているのであれば、どのような努力も無意味であるはずだ。(中略)何をしたって人生の結末が変わらないのなら、何もしない方がマシだ、と思うことは、それなりに理にかなったことであるように思われる。
(『ウェブ社会の思想』17ページ)
何とも空恐ろしい話である。私など、パソコンや機械から何を「おすすめ」として示されようが、そんなものは所詮選択肢の1つに過ぎないと思うだけだ。しかし、自分の選択の結果をコンピュータで処理した結果が間違っているはずはないと、無批判に受け入れることが当たり前になってしまったら、人は何も考えなくなってしまうだろう。
しかし、笑い事ではすまされない気がする。パソコンやインターネットなど全く存在しなかった少年少女時代を過ごした我々の世代にとっては、どんなにパソコンが精巧につくられ、正確であっても、所詮は機械、故障もあり間違いもあると、どこか覚めた目でみていると思うが、幼い頃からテレビゲームで育ち、パソコンや携帯電話が当然のように身の回りにある世代の人たちにとっては、きっと受け取り方は違うのだろう。
長い社会経済の低迷で、努力をすれば報われるということが実感できない時代が長く続いたので、コンピュータが示す「宿命」に従っていた方が楽だし、無駄なエネルギーを使わなくていいなどと、若い世代が考えてもおかしくはない。
我が家では、子どもたちには、「パソコンは道具。人が使うもの、人間の方が、パソコンに使われたり、振り回されてはいけない」と教え、比較的早くからパソコンを扱わせ、使わせてきたが、それはそれでリスクのあることだったのかもしれない。
本書は深淵なテーマを提示しているように思う。じっくり吟味して読んでみたい。
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