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2007年7月の記事

2007年7月31日 (火)

岡村孝子さん・加藤晴子さんの2人が「あみん」の活動再開

数日前の新聞に25年前に『待つわ』で一世を風靡した岡村孝子・加藤晴子の女性デュオ「あみん」の新しいアルバムの広告が載っており、その広告の隅に30日深夜(31日午前)1時50分からNHK総合で2人が出演する番組『SONGS』が再放送されると書かれていた。

昨夜寝る前に、ビデオレコーダーをセットして寝る。今朝、確かに録画されていることを確認し、仕事から帰って来てから、改めて見た。1982年にヤマハポピュラーソングコンテストでグランプリを受賞し、女子大生デュオとして「待つわ」を歌っていた2人もいまや40代半ば。
しかし、岡村さんの方はかつてと変わらず若々しく、加藤さんの方はぐっとスリムになっている。

私は、「あみん」休止後、ソロデビューした後のシンガーソングライター岡村孝子のファンだった。就職して3年~4年目の頃、当時福岡勤務だった私は、出張先の熊本でタクシーに乗っていた。カーステレオから流れてきた岡村孝子が歌う『はぐれそうな天使』に聴き入り、数日の内にCDを買った。この曲は、HONDAの「Today」という軽自動車のCMソングにもなり、ソロ歌手岡村孝子の最初のヒット曲となった。
この1曲で岡村孝子ファンとなった私は、それまでに発売されたアルバムもすぐ揃え、彼女が「あみん」のメンバーの1人であったことを知った。翌年には、『夢をあきらめないで』が大ブレーク。90年代はじめまで、若い女性の支持を受け、アルバムはよく売れ、「OLの教祖」と呼ばれた。

私は、繊細な歌詞が好きで、毎回新しいアルバムを買い求めていたが、ある時、新しいアルバムの曲が以前のアルバムで聴いた曲のように思え、それ以降、買わなくなってしまった。さすがの才能も、毎年アルバム作りで疲弊してしまったのだろう。
おそらく、それの取って代わるように登場したのが、先日亡くなったZARD(坂井泉水さん)だったのではなかったかと思う。

子育てが一段落した40代の女性2人の再出発は、かつて岡村ソングに自己を重ねた同世代の女性達から、自分たちの代表選手として、再び支持を受けるのではないかと思う。

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2007年7月30日 (月)

関東の梅雨明けはいつ?2007年版

ここ10日ほど、昨年(2006年)7月27日に書いた「関東の梅雨明けはいつ?」という記事にアクセスが増えている。
過去1週間のこのブログの記事のアクセスランキングでも2位になっている。アクセスされる方は、今年(2007年)の関東の梅雨明けについて、知りたくてアクセスされているのだろうから、申し訳ないなと思いつつ、なかなか、今年の梅雨明けについて書く機会がないまま今日まで来てしまった。

昨年は、関東甲信越地域は7月30日(ごろ)が梅雨明けとなっている。平年の関東甲信越の梅雨明けが7月20日(ごろ)なので、昨年で10日遅れ。今年は更に遅れそうな様子だ。

気象庁のホームページには、各地域の「昭和26年(1951年)以降の梅雨入りと梅雨明け(確定値)」が掲載されている。
関東甲信地域編を見ると、梅雨明けが8月にずれ込んだのは過去55年でわずか3回。最も梅雨明けが遅かったのが、昭和57年(1982年)の8月4日(ごろ)である。

他地域の状況を見ると、九州から近畿までは、昨年よりは梅雨明け早い。東海地域が1日遅れ。
さて、関東甲信の今年2007年はいつになるのだろうか。

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2007年7月29日 (日)

CIA(公認内部監査人)の最終科目(PARTⅡ)の合格通知届く

先ほど、今年(2007年)の5月16日に受験したCIA(公認内部監査人)試験PARTⅡの結果通知が届いた。おそるおそる封を切る。

通知書には、PARTⅠからPARTⅣまでの欄があり、昨年秋の試験結果と他資格取得による免除申請により、PARTⅠ・Ⅱ・Ⅳは「既合格」の表示になっている。今回受験のPARTⅡの欄も「合格」と表示されていた。ほっと一息である。

これで、昨年秋に取得したCFSA(公認金融監査人)に加え、晴れてCIA(公認内部監査人)を名乗ることが出来る。社会全体で、内部統制充実の機運の中で、自分のマーケットバリューも少しは高くできたのではないかと思う。

同じ職場での他の多くの受験者が、30万円以上の授業料を払って専門学校に行く中で、合格まで2回を要したとはいえ、仕事をしながら、問題集と参考文献の独学で、合格できたことは、自分としては誇れることだと思っている。

資格取得は、一里塚に過ぎない。これからは、資格に恥じない仕事をしなくては…。

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2007年7月28日 (土)

集英社文庫『漫画版 日本の歴史』を読みながら、教員免許更新制度を思う

先週金曜日、昼休みの職場近くの書店を除くと集英社文庫の7月の新刊から『漫画版 日本の歴史』というシリーズの刊行が開始されていた。
種本は、1998年に刊行された集英社版『学習漫画・日本の歴史』とのこと。ハードカバー刊行時の2冊を1冊にまとめ、旧石器時代から現代まで全10巻のシリーズに再編集されている。

日本の始まりと国家の誕生 旧石器時代・縄文時代・弥生時代・古墳時代1 漫画版 日本の歴史(1) (集英社文庫)
日本の始まりと国家の誕生 旧石器時代・縄文時代・弥生時代・古墳時代1 漫画版 日本の歴史(1) (集英社文庫)

大和政権と天皇の世紀 古墳時代2・飛鳥時代・奈良時代 漫画版 日本の歴史(2) (集英社文庫)
大和政権と天皇の世紀 古墳時代2・飛鳥時代・奈良時代 漫画版 日本の歴史(2) (集英社文庫)

もともと、歴史は好きなので、歴史を題材にした本の新刊は洋の東西問わず、売場でなるべく目を通すようにしている。
大学時代には中学の社会科と高校の社会科・商業科の教員資格を取り、母校(高校)で世界史の教育実習をしたこともある。
教員免許が研修による更新制になってしまうと、私のような教員免許だけ持っている社会人という存在は、どう扱われるのだろうか。あっさり切り捨てられてしまうのか、研修を受けようと思えば受けられるのか。一般企業での働いた経験のある教員有資格者というのは、それなりに役に立つ面もあると思うのだが、どうなるのだろう。

そう思って、グーグルの検索で調べて見ると文部科学省のホームページの中に「教員免許更新制における更新講習について」というコーナーが見つかった。制度に関する資料のほか、国会審議の際の主な質問がまとめられていた。
私のような、免許だけ持っているものを称して「ペーパーティーチャー」と呼ぶらしい。

「いわゆるペーパーティーチャーの取扱いはどうなるのか」との社民党議員からの質問に対し、

時の伊吹文部科学大臣は
「今回、十年講習を受けるのは教職に立っている人たちです。ですから、ペーパーティーチャーの人たちでも、教職に立ちたいときはこの講習をお受けにならなければならないということです。」

安倍総理大臣も
「ペーパーティーチャーの件ですが、教員免許状取得後、長期にわたって教育現場には触れていない方々であって、この方々こそ、むしろ、ある意味では不安を持っておられるんだろう、こう思います。ですから、そういう皆さんには、教員になる時点で更新の講習を受講していただいて、最新の知識と技能を身につけていただいて、そういう機会ができるわけですから、そして、それを身につけていただいた上において、自信と誇りを持って教壇に立っていただくことになるんだろう、このように思います」
と答弁している。

これを読む限り、新しい「教育職員免許法」の施行によっていきなり教員免許が失効するということはないようだ。

教えることは嫌いではないので、定年後に何らかのチャンスでもあればと思っているので、漫画版であっても、こういう機会に改めて日本史を通読し、歴史の流れを再確認しておきたい。

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2007年7月27日 (金)

第66期将棋A級順位戦1回戦最終局は、郷田真隆九段が佐藤康光二冠に勝利

名人への挑戦権を争う将棋の第66期A級順位戦は、2007年6月4日の三浦弘行八段×行方尚史八段戦で開幕したが、開幕時はまだ第65期名人戦の真っ最中。
惜しくも名人戦で敗れ、第66期A級棋士10人の第1順位となった郷田真隆九段は、今日(2007年7月27日)の第1回戦の最終局(第5局)にようやく登場である。対戦相手は、佐藤康光二冠(棋聖・棋王)。

郷田九段は、名人戦敗退後も、調子を崩すことなく好調を維持しており、ネット対局による初の公式戦である第1回大和証券杯ネット将棋最強戦では準決勝で三浦弘行八段、決勝で丸山忠久九段のA級棋士を連破して優勝。王座戦の挑戦者決定トーナメントの準決勝では惜しくも森内俊之名人に敗れたが、その後の第28回JT将棋日本シリーズの1回戦では藤井猛九段に「負けて悔しいというよりも、将棋を指した気がしない」と言わしめるほど、相手を封じ込める完勝を収めた。
将棋連盟のホームぺージに掲載されている今年度成績でみても、名人戦の7局も含め、18戦12勝6敗(勝率0.6667)と好成績であり、勝数ランキングでは13勝の木村一基八段に次いで2位につけている。

対戦相手の佐藤康光二冠は、郷田九段にとって因縁の棋士のひとりだ。
郷田九段が九段の資格を得た3度目のタイトル獲得が2001年の第72期棋聖戦。羽生善治棋聖に挑戦し、3勝2敗で羽生棋聖を破った。翌2002年、挑戦者として登場したのが佐藤康光王将(当時)。郷田九段は幸先よく2連勝したが、その後3連敗して、棋聖位防衛は果たせなかった。
佐藤棋聖はその後、棋聖位の防衛を続け昨年(2006年)には5連覇し、最短で永世棋聖位を獲得、今年も渡辺明竜王を降し、6連覇とした。郷田九段にしてみれば、あの時、あと1つ勝てていればという思いはあるだろう。
また、昨年の第27回JT日本シリーズでは決勝で対戦、激闘を繰り広げたが一歩及ばず、優勝の栄冠は佐藤棋聖の頭上に輝いた。

両者の対戦成績は佐藤二冠20勝、郷田九段17勝(@niftyの名人戦棋譜速報より)。2005年11月から2006年11月まで4連敗しており、その後、昨年のA級順位戦の勝利でひとつ戻したが、郷田九段としては、同世代のライバルにこれ以上差を広げられたくはないだろう。
また、今期のA級順位戦の対戦相手が1回戦佐藤康光二冠のあと、2回戦谷川浩司九段、3回戦羽生善治三冠といずれも名人経験者のA級上位3人との対戦である。順位戦はスタートが大事。初戦に敗れ、3連敗などしようものなら、名人再挑戦はおろか、A級残留さえ覚束なくなる。一方、この3連戦を3連勝できれば、再挑戦も夢ではない。

将棋の方は、先手の佐藤二冠から角交換を行う将棋で、双方角を打ち、馬を作る将棋となったが、郷田九段の馬の方が、中央に進出して、佐藤玉ににらみを効かせるなど働きがよく、中盤以降は郷田九段優勢で進んだ。佐藤二冠も隙あらばと反撃を見せたが、佐藤玉は受けなしの状態で、郷田玉を詰ませるには至らず、122手で佐藤二冠が投了。郷田九段の初戦勝利となった。

郷田ファンとしては、まずは幸先よいスタート。序盤の谷川九段戦、羽生三冠戦をどう戦うのか、郷田九段の復活が本物か否かの真価が問われる事になるだろう。

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2007年7月26日 (木)

1日のアクセス総数と「blogranKing.net」での記録更新

河合隼雄さんが亡くなったことで、このブログのアクセス数が急増し、予想より早く10万アクセスの大台に乗ったことは、数日前に書いたが、そのほかに2つ記録更新があった。

まず、1日あたりの総アクセス数の記録を更新した。河合隼雄さんが亡くなった日(7月19日)の翌日の2007年7月20日、このブログ「前途洋洋・栄枯盛衰」の総アクセス数は1762件を記録した。これは、2007年3月29日の1734件をほぼ4ヵ月ぶりに更新したものだ。
前回は、将棋の佐藤康光棋聖が年間7回のタイトル戦のうち、自身がタイトルホルダーである棋聖戦を除いた6タイトル戦のうち名人戦以外の5タイトル戦で連続して挑戦者になったものの、4つは敗れ、最後の棋王戦でようやく森内棋王を破り、二冠となった翌日で、将棋関係の記事のアクセスが急増し、前日(3月28日)に記録した1030件を1日で塗り替えた。
しかし、その後は、900台は数回記録したものの、1000の大台を超えることはなかった。
今回は、やはり河合さんが亡くなった当日のアクセスが968件と過去3番目の多さを記録し、翌日には1762件とわずかながら3月の最高記録を更新した。この日は、全体の6割以上が河合隼雄さんの関する記事へのアクセスだった。

将棋関係の記事にアクセスが集中した場合は、翌日か翌々日には、アクセス数は平常のレベルに戻るのだが、河合隼雄さん死去のニュースは影響が大きかったようで、このブログへの河合さん関係の記事へのアクセスも減ったものの、急には落ちず、翌日からの総アクセス数は914件、836件、784件と平常よりは高いレベルが長く続いた。

その結果、ユニークアクセス数の7日間の累計でランキングをつける「blogranKing.net」でも、急にランキングが上昇した。

更新日 総合順位 日記カテゴリ 日記:40代~
2007年7月24日 496位 14位 2位
2007年7月25日 477位 14位 2位
2007年7月26日 481位
(30,643)
15位
(2,456)
2位
(69)

総合順位で500位内に入ったのも、日記カテゴリで14位を記録したのも初めてだ。
昨日あたりから、平常レベルのアクセスになってきた。特別な出来事があると、日記:40代~で2位まで行くが、平常時にはそこまで届かない。多くの人に読んでもらえる記事を書き、少しでも長く2位に留まることを目指したい。

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2007年7月25日 (水)

第48期将棋王位戦は、挑戦者深浦康市八段が羽生王位に2連勝

第48期将棋王位戦7番勝負の第2局は昨日・今日(7月24日・25日)の2日間、北海道帯広市で行われ、先手番の深浦八段が127手で勝ち、初戦から2連勝とし、初タイトル獲得に一歩近づいた。

将棋は、後手の羽生善治王位が先に角を交換する「一手損角換り」戦法を採用。途中からは攻め合いになったが、総じて深浦八段のペースで進み、粘る羽生王位を振り切った。

第1局、第2局とも深浦八段の将棋に安定感を感じる。羽生王位の方が、力を出し切れていないように思う。
これで、両者の通算の対戦成績は15勝15敗となったはずである。勝率6割9分、将棋界の第一人者羽生善治三冠と互角に戦っているただ一人の棋士深浦康市八段がタイトルの1つを獲っても全然おかしくない。

第3局は、7月31日・8月1日の2日間にわたり神戸市で行われる。過去将棋のタイトル戦7番勝負で、初戦から3連敗の後の4連勝はないそうである。深浦八段としては、次回も勝って3連勝と優位に立ち、できれば4連勝で初タイトル獲得といきたいところだろう。

第一人者である羽生善治三冠(王位・王座・王将)が、どこで羽生マジックを見せるのかも見所であろう。

判官びいきと言われるかもしれないが、4勝5敗という成績を残しながら、2度のA級昇級をそれぞれ1期で陥落せざるを得なかった深浦康市八段に、今回はぜひタイトルを獲ってほしい。

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2007年7月24日 (火)

河合隼雄さんの追悼式の日程と週刊朝日の記事

今朝の朝刊に河合隼雄さんの追悼式の予定が掲載されていた。

日時:9月2日(日)午後1時~
場所:京都大学百周年時計台記念館
    百周年記念ホール
発起人代表:東山紘久京都大学副学長

長らく教鞭をとった京都大学での追悼式は、ご本人にも異論はないだろう。それまでの1ヵ月余、我々も喪に服し、河合さんの教えを改めて、振り返る時なのかも知れない。

週刊朝日の最新号(2007年8月3日号)には、『盟友が明かす河合隼雄さん 生前語られなかった「本心」』との半ページほどの記事が出ている。弟子にあたる山中康裕京大名誉教授、ジャーナリストの柳田邦男さん、宗教学者(人類学者)の中沢新一さんなどの追悼コメントが収録されている。

柳田邦男さんは、息子さんを「心の病」で亡くされているが、まだ息子が存命中、その悩みを河合さんにもらすと次のように言われたと書かれている。

「子供の命や心の危機に直面したとき、親は80点、90点ではだめ。100点満点をとらなきゃいけない。自分が崖っぷちに立ったつもりでなければ、何をやってもだめ」
(週刊朝日2007年8月3日号、146ページ)

なかなか、耳の痛い話である。子供の危機に際して、はたして自分は100点満点の親になれるだろうか。教科書があるわけでなし、その場その場で崖っぷちに立ったつもりで、親も必死になって考えろということなのだろう。

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2007年7月23日 (月)

今日は「大暑(たいしょ)」

今日は、二十四節気の「大暑(たいしょ)」。最も暑い頃という意味だ。
しかし、東京の暑さは、一時に比べて、一段落している。
小暑の時に作った東京の気温の推移のグラフの続きを作ってみた。

7月の2週以降、最高気温が30度に達したのは一度だけ。今日も、最高気温は30度に達していない。
大暑を前に、最低気温は徐々に切り上がっている。

これから、もう少し暑くなっていくのかどうか。なかなか、暦通りに季節は推移しないものだ。

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2007年7月22日 (日)

松村由利子さんの講演会「あなたの物語がはじまる」を聴きに行った

今日は午後から、以前このブログでも紹介した歌人の松村由利子さんの講演会をさいたま新都心駅にほど近い「With You さいたま」に聴きに行った。
埼玉県が主催する平成19年度男女共同参画講演会の1つとして開かれたもので、演題は「あなたの物語がはじまる」。
会場には100名くらい集まっていたのではないだろうか。ざっと見た感じ、6:4で女性が多いように思えた。年齢構成は比較的年配の方が多いように思えた。
講演は午後2時に始まり3時半までの1時間半。

講演は2部構成で、前半は男女共同参画という講演会全体のテーマを意識して、松村さんが新聞記者として過ごした20年の間に経験した、男女間の問題で不便に感じたこと、不公平に思ったことなどを語り、後半がいくつかのテーマに分けて、様々な歌人の読んだ短歌を松村さんなりの読み方を紹介するという形で後半は今年の1月の出版した短歌エッセイ『物語のはじまり』の講演会版という内容だった。
優しい語り口で、徐々に聴衆を引き込み、後半では、何回か聴衆から楽しく共感する笑いが起きた。

後半で紹介された何首かの短歌の中で、「夫婦」という題で紹介された次の二首が、私個人としては、非常に共感した。

ささくれのごときいさかいに眠られれず妻をおこしてさらに怒れり             小高 賢

子を産みし日まで怒りはさかのぼりあなたはなにもしなかったと言う           吉川 宏志

どこの夫婦も夫婦喧嘩の風景は大して変わらないのだなと思うと、思わず笑ってしまった。
短歌に詠うことで、詠み手は自分の感情を客観視し、短歌を作り終えた頃には、怒りも収まっていたのではないかというのが、松村さんの解説であった。

講演会終了後は、短歌エッセイ『物語のはじまり』(中央公論新社)の即売会も行われ、松村さんがその場でサインを行っていた。
これで、また『物語のはじまり』のファン、松村由利子さんのファンが一人でも増えてくれれば、よろこばしいことである。
松村さん、お疲れ様でした。

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2007年7月21日 (土)

未完の河合心理学は、日本が必要とする賢者の智恵ではなかったか?

河合隼雄さんが亡くなったことについての記事は、新聞では昨日の朝刊に載った。朝日新聞では、人類学者の中沢新一氏が、お悔やみのコメントを寄せていた。
中沢氏は、 

「日本にほとんどいなくなった賢者でした。日本人に魂というものが危機に陥っていると認識し、救おうとした」(中沢新一、2007年7月20日、朝日新聞朝刊)

と語っている。

賢者という言葉が、実にぴったりくる存在だったと思う。このブログでも一度紹介した『縦糸横糸』(河合隼雄著、新潮文庫)は1996年5月から2003年5月まで月1回のペースで新聞に連載したコラムをまとめたものである。この本は、この間の数々の出来事を題材に、臨床心理士の立場から、日本の病状を診断したものと言ってよいと思う。全部で72編のコラムからなっているが、その中に「不況も克服するために -文化庁長官就任に際して-」とのタイトルで文化庁長官を引き受けた理由を語った一文がある。まず、最初に文化庁長官就任の打診があった際には断ろうかと思ったと語った後で次のように続く

◆抑鬱状態の日本
私はこれまで、臨床心理の仕事をしつつ、日本文化をいろいろ論じてきたし、国際日本文化研究センターの所長の仕事もしてきた。どうしてこうまで「文化にこだわってきたのか、我がことながら不思議に思った。それは考えてみると、私の仕事はあくまで個人を大切にすることだが、現在においては「文化」を抜きに個人を考えられないからである。
このグローバリゼーションの波の強いなかで、文化を抜きに生きていたのでは、知らぬ間に、根なし草のようになってしまう。さりとて、かたくなに文化にしがみついていては、世界の流れのなかで孤立してしまう。個人と文化は密接に関連しているのだ。
こんなことを考えているうちに、現在の日本の不況による沈滞が個人の抑鬱状態と重なって見えてきた。不況は英語でデプレッションだが、それは「抑鬱」をも意味している。つまり、日本の国を一個人として見れば、それは抑鬱状態に沈んでいるのである。
(『縦糸横糸』284ページ)

河合氏は、このように日本の国そのものを抑鬱状態と診断し、「「文化」活動に力を入れることで、それ(不況=抑鬱状態)を克服できるのではなかろうか。」と文化庁長官を引き受けたのだ。

長い不況から脱出できそうな様子になってきた時期になって、河合氏がそれと引き換えのように、亡くなったのはなんと皮肉な巡り合わせだろうか。
多少、景気が良くなってきたとはいえ、日本人全体はまだまだ抑鬱状態にいるような気がする。
今日(2007年7月21日)の朝日新聞朝刊には生前の河合氏と親交の深かった哲学者の梅原猛氏が”「河合心理学」未完が残念”との題で追悼文を寄せ、最後が次のように結ばれている。

おそらく河合氏は要職を退いたら、仏教や東洋の英知の伝統をひく、ユング心理学に匹敵する河合心理学を立てようと思っておられたにちがいない。
そのような仕事を完成されずに亡くなられたことは、日本の学問のためのも甚だ残念なことだと私は思う。
(梅原猛、2007年7月21日朝日新聞朝刊)

河合心理学こそ、これからの日本に必要な「賢者の智恵」ではなかったか。それをまとめる時間が河合隼雄さんに与えられなかったことを、なんとも恨めしく思う。そして、それは、残された現代の日本人にとって、なんと大きな損失であることか。悔やまれてならない。

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2007年7月20日 (金)

昨日(2007年7月19日)、10万アクセス到達

昨日(2007年7月19日)に、この「前途洋洋・栄枯盛衰」のブログの総アクセス数が10万アクセスを超えた。昨年2月26日に書き始めてから、1年5ヵ月で10万の大台に乗った。

記念すべき日だが、その日が、敬愛する河合隼雄さんが亡くなられた日で、私の書いた河合隼雄さんに関する記事がグーグルなどの検索サイトでたまたまトップ10に入っていることで、亡くなられた昨日の午後から、急にアクセスが増え、その結果、予想していたよりも早く、昨日達成できたということは、なんとも複雑な心境である。

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2007年7月19日 (木)

訃報:河合隼雄氏(元文化庁長官)死去

携帯電話でウェブサイトの閲覧が出来るようになってから、仕事の帰りなどに、自分のブログへのアクセス数を見ている。

今日の帰り、のぞいてみると、将棋名人戦が終わって以降1日300~400件だったアクセス件数は、夜7時過ぎで500を超えている。また、通常は、日中のアクセスのピークは12時台で、多くても40~50というレベルなのだが、今日はピークが夕方にあり、1時間100アクセス以上が2時間続いている。いつもと違う。

記事別のアクセス状況を見ると全アクセスの半分近くを昨年(2006年)8月24日の「気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態」へのアクセスで占めている。河合隼雄さんに何かあったに違いない。「とうとう、亡くなったのかもしれない…」。携帯の電池が切れてしまい、それ以上情報を集められない。

家に帰って夕刊を見るが、夕刊にはそのような記事はない。パソコンを立ち上げて、グーグルで検索すると、やはり河合隼雄さんが亡くなられていた。

各ニュースサイトの報道を要約すれば、「河合隼雄さんは、今日(2007年7月19日)午後2時27分、入院先の奈良県天理市の病院で脳梗塞で亡くなった。享年79歳。」

文化人としての文化庁長官就任は、今日出海氏、三浦朱門氏に次いで3人目。4年半を超える在任期間で、最後は奈良県明日香村の高松塚古墳壁画損傷問題の対応のさなか、脳梗塞に倒れた。古墳損傷問題がストレスとなっていたに違いない。もう少し早く退任していれば、まだお元気だったかもしれないと思うと残念でならない。

先日、取り上げたフリーペーパー文庫本『ゲドを語る。』の中で、映画『ゲド戦記』の宮崎吾朗監督と河合隼雄文化庁長官(当時)が対談している。対談は映画『ゲド戦記』の冒頭で、ゲドと旅をすることになる王子アレンが王様である父を殺す場面についての、河合氏の問いかけから始まる。しばらく、語るうちに、次のようなやりとりが出てくる。

河合 第4巻(引用者注:ゲド戦記第4巻『帰還』)でのゲドはまったく仕事を失って、テナーと結婚するような形になりますね。
宮崎 そうなんです。僕の中では会社の役員を引退したお父さんのイメージが、あそこのゲドにはあったんです。
河合 なるほどね。僕ももうじき引退しますけど。殺される前に(笑い)。
(2006年7月28日対談、『ゲドを語る。』180ページ)

河合隼雄氏自身も2007年1月の任期満了時には、退任するつもりだったのだろう。
私にとっては、二十歳の頃からの人生の先生であった。直接、お会いしたことや、講演を聴く機会もなかったけれど、著書から得た影響は計り知れない。

謹んで、ご冥福をお祈りしたい。

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2007年7月18日 (水)

佐藤多佳子著『ハンサム・ガール』を読んだ

本屋大賞受賞作の『一瞬の風になれ』を読んでから、佐藤多佳子さんの作品の大半は読んだのだが、一冊だけどこの書店でも見つからない本があった。それが、『ハンサム・ガール』である。
フォア文庫という児童書の出版社4社の共同企画に児童文庫の1冊。

ハンサム・ガール (フォア文庫)
ハンサム・ガール (フォア文庫)

先週、日曜日に『ゲドを読む。』をもらった書店の1階入り口近くに平積みで並べてあった。奥書を見ると、単行本としての初版は1993年。文庫の初刷が1998年7月。2007年3月第2刷となっており、本屋大賞受賞後、増刷されたのだろう。

主人公は柳二葉(ふたば)という名の小学校5年生の女の子。元プロ野球の2軍選手で今は専業主夫の父、父の社会人時代の同僚で今でもキャリアウーマンとして働く母。父とキャチボールなどをしながら育った二葉が、サウスポーの下手投げピッチャーとして少年野球チームアリゲーターズに入り、苦労しながらもチームにとけ込んでいく様子が描かれている。

佐藤さんは『黄色い目の魚』でも、回りとは違う個性を持った主人公を描いているが、児童文学とはいえ、その源流はこの物語にも見ることができる。
専業主夫の父と家計を支えるキャリアウーマンの母、野球に挑戦する娘。全て、世の中で当たり前と思われていることに対する疑問符になっている。
最後の野球の試合の結末がずいぶんあっさりしているようにも思えるが、少女野球小説を書くことが目的ではないと思うので、これもありかもれない。

解説を、佐藤さんの大学時代の恩師、神宮輝夫氏が書いている。私も、アーサー・ランサム全集など海外の児童文学の神宮輝雄訳の作品にはずいぶんお世話になった。おそらく、文学少女だった佐藤さんは、神宮作品で育ち、神宮ゼミの門を叩いたのだろう。
神宮先生の解説を読んでいたら、昨日、このブログで書いたことの続きのような話で締めくくられていた。

子どもの読む本をつくる人はたちは、すこし前まで、人間のこれからを信じていました。今日よりも明日の方が物事がよくなると思っていました。ですから、言葉の力にも自信を持っていました。しかし、ひょっとすると、人間にはこれからがないのではと心配になるような出来事ばかり起こるうちに、人間のこれからと、言葉に自信がなくなってきています。佐藤さんの、勢いよく今の子どもと大人の暮らしを語り、そしていつもきちんとよい結末がくる話には、この作家の「さあ、いっしょに暮らしていこう。いろいろあるけど、楽しいよ」というよびかけがはっきり聞こえてきます。それが、本音だから、そうだよなぁ、と夢中で読まされてしまいます。
(『ハンサム・ガール』196ページ)

佐藤作品のファンには、肩が凝らずに、気軽に読める作品である。

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2007年7月17日 (火)

『ゲドを読む。』から、中村うさぎさんが語る「見えない言葉」

フリーペーパー文庫本『ゲドを読む。』を読み終わる。それぞれの人たちのゲド戦記論を読んで、まだまだ自分の読み方は浅いと改めて思った。

その中で中村うさぎさんが書いた「見ない言葉-『ゲド戦記』に託されたもの」の一部を紹介したい。
この小論は、昨年夏の映画公開時に宝島社から出された『別冊宝島 僕たちの好きなゲド戦記』が初出である。

これまで我々は(略)、どれだけ多くの大切な言葉を喪ってきたことだろうか。たとえば、「愛」という言葉。(略)軽々しく垂れ流されてきたおかげで、「愛」とい言葉はすっかり擦り切れて本来の力も価値も失くし、薄っぺらな偽善の呪文に成り果ててしまった。言葉を失くすということは、その概念自体を失くすということである。結果、我々の魂は「愛」を見失い、しかも自分が何を失ったのかも自覚できず、だだただ大きな喪失感だけを胸に抱いてゾンビのように生きるようになってしまったのだ。本来、「愛」は、人の魂を輝かせる偉大な魔法の力であったはずなのに。愛の力を失った我々は、生きる意味をひとつ失ったに等しい。そうやって我々は、大切な言葉を失うたびに、生きる意味をひとつずつ失い、ついの己の人生を虚無と厭世の終わりなき日常の砂漠と化してしまったのだ。(略)。
「見えぬものこそ。」
スタジオジブリ製作「ゲド戦記」の予告篇では、このフレーズが画面に大きく浮かび上がる。「見えぬもの」とは、何か。「言葉」であり「概念」であり、それらを生み出す人間の「想像力」である。他者に対する想像力、世界に対する想像力、目に見えぬすべての概念に名をつけ、言語化し、実存させる想像力…それこそが、人間の持つ「魔法の力」なのだ。(略)。
「見えぬものこそ。」
そうだ。我々の魂はいつも、目に見えぬもので繋がり、支えられているのだ。目に見えるものだけを追いかけていると、物事の本質を見失ってしまう。わかりやすい物語や、口当たりのいい言葉だけを享受していると、メタファーという深遠なる智恵(すなわち、隠されたメッセージ)を汲み取る能力を失ってしまう。
(『ゲドを読む。』157~158ページ)

普段、何気なく「言葉」というものを使い、話したり、書いたりしているけれど、本当にのその言葉にふさわしい使い方をしているのか、上滑り、軽々しい垂れ流しになっていなか、もう少し吟味して言葉を使わないといけないのだろう。

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2007年7月16日 (月)

「飲んだら座るな」の話

今日は、北陸で仕事をしていた頃に部下だった人の結婚式の披露宴に呼ばれる。
場所は、品川にほど近い御殿山にある「ホテルラフォーレ東京」。洒落たレストランを貸し切っての昼食を食べながらのレストランウエディング。仲人はなく、新郎自らマイクをもって挨拶していた。

コース料理にお酒が、ビール、乾杯のシャンパン、白ワイン、赤ワインと順に出てくる。出されたものは、空けないと申し訳ないと思い、つい飲んでしまう。午後2時過ぎの帰るころには、ほろ酔い気分だった。

品川駅から山手線の渋谷・新宿方面に乗る。幸い座れたので、膝の上にセカンドバックを置き、足の間に式場でもらった引き出物の袋を置く。そして、昨日もらった『ゲドを読む。』を開く。しかし、数ページ読むと眠くなる。本は、バックに戻す。新宿に着き、新大久保を過ぎた。「次で降りなければ…」と思った次の瞬間には、睡魔に襲われていた。
気が付くと、電車のドアが開いている。発車の合図の音がする。「ここは…?」と考える間もなく、自分が降りるべき高田馬場と気が付く。マズイ、閉まる前に降りなくては…とあわてて降りた。何とか、間に合ってほっと一息。

「せっかくだから、本屋の寄ろう」と、一度駅を出て、仕事の帰りに良く寄る書店に行く。特に、何かを買う当てがあるわけではないが、ぶらぶらする。結局、何も買わずに出る。
では、家に帰ろうと私鉄のホームで電車を待っている時に、荷物が少ないことに気が付いた。セカンドバックしかない。引き出物は…?
情けないことに、あわてて降りた時に、電車の中に置き忘れてきていた。

その場で、JRのホームまで戻り、問い合わせをする元気はなく、一度家まで帰り、JR東日本のホームページで調べて[JR東日本テレフォンセンター]に電話をしたら、落とし物として届けられていた。池袋駅にあるとのことで、結局、また池袋まで出直すことになった。

ほろ酔い加減の時に、電車で座るのはリスクが大きいことは、わかっているのだが、席が空いていればつい座りたくなる。
これまで、家の最寄り駅を一つか二つ乗り過ごしたのが、最悪のケースで、あまり大きな失敗はしていないが、いつ寝込んでしまい終点まで連れて行かれるとも限らない。
「飲んだら乗るな」ならぬ「飲んだら座るな」を改めて実感した1日だった。

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2007年7月15日 (日)

フリーペーパー文庫本『ゲドを読む。』を入手、河合隼雄文化庁長官の最後?の対談が掲載されていた

今日、吉祥寺に行った時に入った書店で、児童書コーナーをのぞいてみると、『ゲド戦記』ソフトカバー版が平積みで並べてある。そのとなりに『ゲドを読む。』と題した黒い表紙の文庫本が置かれていた。

手にとって見ると、「前書き」:糸井重里氏、「『ゲド戦記』の愉しみ方」と題したゲド戦記論を人類学者の中沢新一氏、ほかにも河合隼雄文化庁長官(当時)と映画『ゲド戦記』の宮崎吾朗監督の対談など盛りだくさんである。
面白そうだから、買ってみようと裏表紙の値段の印字を探すが見つからない。奥書には、「非売品」とあり、「前書き」をよく読むと「この本は無料です。」と書いてある。
念のため、店員さんに「これは売り物ではないのですか?」と聞いてみると「どうぞ、お持ち下さい」とのことなので、1冊もらってきた。

家に帰ってから、改めてグーグルで検索をしてみると、この本の成りたちがわかった。
発行元は、「ブエナ ビスタ ホーム エンターテイメント」。ディズニーのビデオなどを販売している会社だ。昨年公開されたスタジオジブリのアニメ映画『ゲド戦記』(宮崎吾朗監督)のDVDが、2007年7月4日から「ブエナ ビスタ」から発売されるのに先立って、110万部が印刷され6月6日から書店やDVDの販売店などで無料頒布されていたらしい。表紙の色も、私がもらった黒に加え青、赤、黄色、ピンクの計5色があるらしい。

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新手の無料広告本ということのようだ。
(詳しくはこちらをご参照→『ゲドを読む。』の公式サイト

しかし、内容は値段をつけて販売されている文庫本と比べても遜色はない。中沢論文、河合×宮崎対談以外にも、宮崎駿、河合隼雄、清水真砂子、上橋菜穂子、中村うさぎ、佐藤忠夫といったそうそうたるメンバーの人々が雑誌などの書いたゲド戦記に書いた文章が再録されており、ページ数も200ページに及ぶ。

なかでも、本の最後に再録されている河合隼雄文化庁長官(当時)と宮崎吾朗監督の対談は2006年7月28日に東京・丸の内の文化庁長官室で行われたと書かれている。

河合隼雄氏は、以前から児童文学やファンタジーをよく読まれており、心理学者の視点から児童文学やファンタジーを読み解いた著書も多い。(『子どもの宇宙』岩波新書、『ファンタジーを読む』講談社+α文庫など)
原作は全て読み、映画も見終わった河合文化庁長官は、原作を踏まえ、どういう意図で映像化したのか、しなかったのかを宮崎監督に問いかけながら、映画『ゲド戦記』に対する自らの感想も語っている。

子どもの宇宙 (岩波新書)
子どもの宇宙 (岩波新書)

ファンタジーを読む (講談社プラスアルファ文庫)
ファンタジーを読む (講談社プラスアルファ文庫)

河合長官が脳梗塞で倒れたのは、この対談から1ヵ月もたたない2007年8月17日である。おそらくは、心理学者としての河合隼雄氏の言葉や文章が活字化された最後のものではないだろうか?
河合隼雄ファンで、まだ手に入れられていない方は、1冊手に入れておいてもいいのではないかと思う。

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2007年7月14日 (土)

樋口裕一著『差がつく読書』から、傲慢な書評について

今日は、九州に上陸した台風の影響もあってか、東京も1日雨模様。しばらく前に買っていて読んでいなかった角川oneテーマ21の6月の新刊『差がつく読書』(樋口裕一著)に目を通してみた。

差がつく読書 (角川oneテーマ21)

著者の樋口裕一さんは1951年生まれ、京都産業大学の客員教授で、また自ら作文・小論文の通信添削塾を開いているという。かつては、年間365冊以上の本を読んでいたという読書通である。

著者は、読書を
①「実読」
→何か行動に結びつけるために知識や情報を得ようとして行う読書=何かに役立てようとする読書
②「楽読」
→ただ、楽しみのためだけに読む読書
の2種類に分け、「この二つの読書の両方があってこそ、人生は豊かになる」と語る(参照:『差がつく読書』12ページ)
それは、私も同感でまったく異論はない。

私がこの本で、特に紹介しておきたいのは、書評について述べた部分だ。「すべての本は良書である」と題した一節の中で次のように述べている。

本というのは、人間と同じようなものだ。(中略)どれもが、それぞれの価値を持っている。それを求めている人の手に求めているときに渡れば、それは良書になる。
それゆえ、私はインターネットの書評サイトなどで、まるで自分を神であるかのように本の優劣を断定しているものには激しい抵抗を感じる。もちろん、書評をするのは、悪いことではない。(中略)だが、あくまでもそれは、その人の知識と関心と人柄によっての判断でしかない。つい神の立場でものを言いたくなる気持ちもわからないでもないが、それはあまりに傲慢というものだろう。
(中略)本をけなすと、自分が著者より偉くなったような気がするのだろう。(中略)
ただ、きわめて心外なのは、ないものねだりをしている書評があまりにも多いことだ。(中略)
知識のある人間が入門書を幼稚過ぎるとけなし、知識のない人間が専門書をわかりにくいとけなす。しかし、それは単に自分の身の丈にあっていない本を求めただけのことに過ぎない。(中略)
本について、語るからには、あらゆる本に愛情を持つべきだと私は考えている。そうしてこそ、本を批判する資格を持つと思うのだ。」
(『差がつく読書』20~21ページ)

自らを神に見立てたような傲慢な書評は、読んでも得るところがない。
書評の書き手が、どのような視点でその本を読み、何が自分にとってためになったのか、どのような点に感動したのか…。そのような書評を多くの人が書いてくれれば、書評の読み手がその本に対する時の参考になる。
ネット上でも、そのような書評が、少しでも増えてほしいものである。

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将棋タイトル戦の最近の動向(2007年7月)

前回、将棋のタイトル戦についてのまとめ記事を書いて1ヵ月ほど経過したので、その後の動向をまとめてみる。

【名人戦】
このブログでも、ずっと書いてきた通り、森内俊之名人に郷田真隆九段が挑戦した第65期将棋名人戦7番勝負は、6月28・29日に行われた第7局を森内名人が制し、4勝3敗で名人位を防衛した。
名人位5期となった森内名人は、引退後「第18世名人」を名乗る資格を得た。

【棋聖戦】
佐藤康光棋聖(棋王)に渡辺明竜王が挑戦した第78期棋聖戦は、第1局(6月9日)、第2局(6月23日)と佐藤棋聖が連勝のあと、第3局(6月29日)は渡辺竜王が一矢報いたが、第4局(7月6日)では、渡辺竜王が棋聖戦挑戦を決めた久保八段との挑戦者決定戦と似たような、序盤から双方の飛車・角が相手陣に成り込んで攻め合う激しい将棋となり、84手で佐藤棋聖が勝利。棋聖位6連覇となった。
過去、大山15世名人が2度、棋聖位7連覇を記録しているが、当時の棋聖戦は年2回行われており、7連覇でも連続在位期間は3年半。すでに佐藤棋聖の方が、期間では大山15世名人を超えている。来年も防衛し、7連覇に並ぶことができるかも、興味に一つだ。
また、渡辺竜王とのタイトル戦での対戦は、昨年秋の第19期竜王戦に続き2度目。前回、3勝4敗で渡辺竜王に竜王3連覇を許した佐藤棋聖にとって、雪辱を果たした格好になった。
なお、今回の棋聖戦は、第3局が名人位の行方が決まる名人戦第7局2日めと同じ日、第4局が竜王戦決勝トーナメントの好カード羽生三冠対深浦八段戦と同日となっている。
各棋士のスケジュール調整の結果、やむを得ないのかも知れないが、できれば、タイトル戦などの日程は重ならないようにしてほしいものだ。

【王位戦】
羽生善治王位(王座・王将)に深浦康市八段が挑む第48期王位戦7番勝負は、7月10・11日に第1局が行われ、後手の深浦八段が勝ったことは、このブログでも書いた。
羽生王位との対戦で、ほぼ互角の戦績を残す深浦八段が初タイトルをものにすれば、将棋界も群雄割拠となり、盛り上がるような気がするのだが…。

【王座戦】
9月から10月にかけて行われる第55期王座戦5番勝負での羽生善治王座への挑戦者争いもすでに3人に絞られた。
7月11日に行われた挑戦者決定トーナメント準決勝の第1戦佐藤康光二冠対久保利明八段戦は、久保八段が勝ち、挑戦者決定戦に名乗りを上げた。
準決勝第2戦は、森内俊之名人対郷田真隆九段の戦い。日程は7月19日に決まった。名人戦7番勝負の余韻もさめやらぬ中、今年度8回目の森内×郷田戦となる。

【竜王戦】
第20期竜王戦7番勝負の挑戦者争いも6人に絞られてきた。残るトーナメントは、一方の山が、谷川浩司九段対中原永世十段戦の勝者と木村一基八段の戦い、もう一方が、佐藤康光二冠対久保利明八段戦の勝者と羽生善治三冠の戦い。
それぞれで勝ち残った2人により渡辺明竜王への挑戦権を争う3番勝負を行う。
すでに竜王位6期の実績がある羽生三冠が挑戦者となれば、「連続5期ないし通算7期獲得」という永世竜王位獲得まであと1期に迫っており、永世竜王を賭けた戦いとなる。これまで20年の竜王位の歴史の中で、まだ永世竜王位を得た棋士はいない。

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2007年7月13日 (金)

上橋菜穂子著『夢の守り人』を読み終わる

昨日から読み始めた上橋菜穂子さんの守り人シリーズ第3作『夢の守り人』を読み終わった。

夢の守り人 (偕成社ポッシュ 軽装版)

守り人シリーズの舞台である新ヨゴ皇国では、深い眠りにおちたまま寝覚めない人が増えていく。
シリーズの主人公である女用心棒バルサの幼なじみの呪術師タンダの姪カヤ。第1作『精霊の守り人』で皇太子だった息子を亡くした国王の第一皇妃である「一ノ妃」。そして、第1作で、バルサやタンダと逃避行をし、兄の死で皇太子となったチャグム。

3人は、それぞれ放浪の歌い手ユグノの歌声に魅せられたことがあった。夢を集める異世界の<花>が、歌声に魅せられた人々の魂をとらえて離さない。
目覚めない姪のカヤを救おう、夢の<花>が咲く世界に一人乗り込んだタンダに、予想もしなかった事態が待ち受けていた…。

昨日、読んだ前半1/3は、言わば物語りの枠組みを説明した部分で、今日読んだ残り2/3で物語は一気に展開した。

今回の物語では、主に中心人物となるのは、呪術師タンダと、上のあらすじには登場しないが、タンダの師匠で老齢の女呪術師トロガイである。夢の<花>には、トロガイの過去が分かちがたく結びついている。
シリーズの主人公であるバルサもちゃんと登場するが、今回は脇を固める役回りだ。

人は誰しも、辛い現実に直面すると、こうあってほしいという夢の世界に逃避しがちである。しかし、逃避ばかりしていて、現実を見つめて、解決しようとしないとどうなるのか。そんなテーマも根底にはあるように思う。

ぐいぐいと読むものを引きつける話の展開は、いつもながら大したものだ。新ヨゴ皇国の皇太子チャグムが主人公となる第4作『虚空の旅人』の早く読みたいものだ。

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2007年7月12日 (木)

守り人シリーズ第3作『夢の守り人』(上橋菜穂子著)の軽装版登場

先日、守り人シリーズの第2作『闇の守人』が新潮文庫から発売され、思わず買ってしまったことを書いたが、昨日、書店で、第3作の『夢の守り人』の軽装版が新たに発売になっているのに遭遇。

夢の守り人 (偕成社ポッシュ 軽装版)

ハードカバーの児童書版を図書館で借りようと思いながら、まだ図書館に探しにも行けていなかったこともあり、さっそく購入した。

版元の偕成社と文庫を出す新潮社との間で、偕成社が先に軽装版を出し、半年ほどしてから新潮社が文庫化するという申し合わせでもあるのかも知れない。この調子で、全10作が文庫化されるまで待っていたら、まだ5年くらいはかかりそうである。せめて偕成社で全10作の軽装版化を早く進めてもらい、大人にも読みやすくしてほしいものである。

今朝から読み始め、1/3ほど読んだが、感想は読み終わったところで、改めて書くことにしたい。

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2007年7月11日 (水)

第48期将棋王位戦第1局は、後手番の深浦康市八段が羽生善治王位を破る

羽生善治王位に深浦康市八段が挑戦する第48期将棋王位戦7番勝負第1局は、昨日・今日(2007年7月10日~11日)の2日間、福井県あわら市で行われ、後手の深浦八段が140手で羽生王位を破った。

ここまでの2人の対戦成績は羽生三冠(王位・王座・王将)の15勝、深浦八段の13勝。深浦八段は、第一人者である羽生三冠にほぼ互角の対戦成績を残している数少ない棋士である。
この王位戦7番勝負の前哨戦となった第20期竜王戦の挑戦者を決める竜王戦の決勝トーナメント第4戦(7月6日)では、後手の羽生三冠が、終盤終始攻め続け、深浦八段に攻めの機会をほとんど与えることなく、押さえ込むような形で勝利し、竜王戦の決勝トーナメント準決勝に進出した。

一方、今回の王位戦第1局は、相矢倉でがっぷりと組み合い、タイトル戦に相応しい重厚な将棋となった。終盤の攻め合いでは深浦八段が主導権を握り、竜王戦の意趣返しをする形で雪辱を果たした。
先手有利の将棋界で、短期決戦のタイトル戦で後手番の初戦を制するのは、願ってもないスタートと言える。これで対戦成績も14勝15敗。

今日の勝利も含め801局を戦い554勝、0.6916という高い勝率を残しながら、依然タイトルと縁のない深浦康市八段にとっては、初タイトルに向け楽しみな初戦勝利である。最後まで羽生キラーぶりを発揮して、王位のタイトルを奪えるか、この7番勝負にも注目していきたい。

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2007年7月10日 (火)

「下手な考え休むに似たり」は誤用?

今日は、職場からそう遅くもなく帰ってきたのだが、夕食のあと、しばらくパソコンの前に座って、モニターをにらみ考えていたが、なかなかこれと言って、書くことが思い浮かばない。

いったん、パソコンから離れてしばらく横になっていたら、本当に寝入ってしまい、気が付いたところで、ますます焦っている。

最近、読んだ本のネタもないし。将棋のネタも記事にするには中途半端だし。改めて、新規分野の開拓なくしては、「ブログの旬はせいぜい2年」という、かつて取り上げた説を、打破できないような気がする。

そう思うと「下手な考え休むに似たり」という言葉が思い浮かび、気になって、グーグルで検索してみた。

トップに登場した「金田一春彦に捧ぐ」ということわざを集めたサイトには次のように書かれていた。

『下手の考え休むに似たり』
下手な人(名案が浮かぶ筈のない人)がいくら考えても、時間を浪費するばかりでなんの効果もないということ。元々は、碁や将棋の対戦で、長考している者を嘲(あざけ)って言ったものらしい。
★この場合の「下手」は「下手な者」の意味。「下手な考え休むに似たり」の「な」は誤用。「下手な考え休むに如かず」との混同かといわれる。

「下手な考え休むに似たり」は誤用とのこと。そう言えば、そんな話を聞いたこともあるような気もするが、それさえ不確かだ。

現在、このサイトは引っ越しをして「くろご式ことわざ辞典」としてより充実したサイトになっており、そこにも同様の記述がされている。

これで、とりあえず、今日の題材にはなったかなと一安心し、寝ることにする。

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2007年7月 9日 (月)

ようやく少し減量が進み69kg台に定着

このブログに減量を誓う記事を何回となく書いてきているが、それと同じくらい挫折をしているのが現実である。

前回、減量を話題にしたのが5月14日。減量のため、仕事の帰りに内堀通りを日比谷公園から竹橋まで歩いた。それまで、しばらく70kgを切ることがなかった体重が、前の週には久しぶりに69.9kgを切ったとよろこんで書いているのだが、その後も体重の方は一進一退で6月に入り、中旬以降69.9kgとか69.8kgという数字の出る日が増えてきて、70kg台に乗るのが週に1日か2日というところまで漕ぎ着けた。しかし、1週間連続で69kg台を記録するまでには至らなかった。
ウィークデイに体重を絞っても、どうしても土日で、運動量が減り、食べる量は増え、また振り出しに戻るということが続いていた。

7月に入り、先週2日(月)から始まった69kg台の記録が、土日も何とか維持できて、今朝(9日朝)の計量では、本当に久しぶりに69.2kgを記録。ようやく69kg台も定着してきた感じだ。今回、減量を決意する前のピークが72kgなので、69kgを切って68kg台を記録できれば、一つの壁である「減量開始後▲3kg」の壁を超えることができる。もう一息だ。

6月下旬株主総会も終わり、先週、職場では総会後の定期異動で数人の異動があった。今日も、さっそく送別会。どうしてもお酒を飲む機会が増える。
なんとか、暴飲暴食の誘惑に打ち勝ち、今年こそは減量に相応の成果を残したい。

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2007年7月 8日 (日)

第1回大和証券杯ネット将棋・最強戦決勝は、郷田真隆九段が「因縁の対決」丸山九段戦を制し優勝

2007年4月1日にスタートした第1回のネット将棋・最強戦は、今日(2007年7月8日)の午後2時から、スポンサーである大和証券の本店で、決勝戦に駒を進めた郷田真隆九段と丸山忠久九段が、インターネットを通じて対戦した。
郷田ファンの私は、家でネット観戦していたが、104手で郷田九段が勝ち、第1回大会の優勝者となった。

将棋の内容は、駒組みが固まったあと、先手の丸山九段が仕掛け、郷田陣に攻め入る。持ち時間が双方30分しかないので、終盤はどちらも30秒の秒読み。丸山九段の繰り出す攻撃の矢をかいくぐり、郷田玉は丸山陣に入玉。何とか受け切り、郷田玉の詰みがないとみた丸山九段が投了して終局となった。終局時の持ち駒は、郷田九段が飛車、角、金3枚、桂馬2枚、歩3枚に対し、丸山九段が飛車と銀だった。

この棋戦は、従来のような将棋盤を挟んで対局者が対峙するのではなく、インターネットでつながったパソコンを介して、対局するというもので、プロ棋士の公式戦としては初めての試みである。
出場者は16名で、①タイトルホルダー、②公式戦優勝者、③前年度賞金ランキング上位者、という順で選ばれる。

今回は、
①タイトルホルダー
森内名人、渡辺竜王、羽生三冠、佐藤二冠
②公式戦優勝者
丸山九段(NHK杯優勝)、糸谷四段(新人戦優勝)
③賞金ランキング上位
谷川九段(5位)、藤井九段(7位)、鈴木八段(8位)、郷田九段(9位)、森下九段(10位)、木村七段(現八段、11位)、深浦八段(12位)、三浦八段(13位)、久保八段(14位)、島八段(15位)
の計16名という顔ぶれである。

トーナメント形式の大会で、郷田九段は1回戦島八段、2回戦渡辺竜王、3回戦三浦八段を破り決勝進出。丸山九段は1回戦佐藤二冠、2回戦久保八段、3回戦羽生三冠を破っての決勝進出だった。

郷田ファンから見ると、公式棋戦の決勝戦という大舞台で、これまで相性の悪かった丸山九段に勝った意味は大きい。
2002年度から昨年度(2006年度)までの5年間(2001年度は対戦なし)15戦して4勝11敗と大きく負け越している。3度目の昇級となったA級順位戦のこの2年の対戦でも2連敗である。
そもそも、1970年9月生まれ丸山九段と1971年3月生まれの郷田九段は同学年であり、奨励会を勝ち上がりプロ棋士(四段、順位戦C級2組)となっったのも同じ1990年4月。
タイトルこそ、郷田九段の方が先に、92年の四段当時に谷川王位を降して王位となったが、順位戦での昇級(昇段)は常に丸山九段が一歩先んじて来た。2人の順位戦での昇級は以下の通りだ。

(丸山九段・郷田九段の昇級の軌跡)

順位戦 丸山九段 郷田九段 トピック
C級2組 1990年4月 1990年4月 92.10郷田王位
C級1組 1992年4月 1993年4月
B級2組 1995年4月 1996年4月
B級1組 1997年4月 1998年4月
A級 1998年4月 1999年4月 2000.6丸山名人

C級1組以降は、常に郷田九段は丸山九段に1年遅れて昇級してきた。
明暗を分けたのは、郷田九段が初めてA級の昇級した1999年度の第58期A級順位戦。2000年3月2日に行われた最終の9回戦の5組の対戦の一つが丸山八段(当時)対郷田八段(当時)だった。
A級2年めで、そこまで7勝1敗でトップの丸山八段は勝てば自力で名人挑戦が決まる。一方の郷田八段は、初めてのA級で8戦して3勝5敗。勝てばA級残留が確定するが、負ければ他の棋士の成績次第とはいえ、B級1組への陥落が濃厚という、名人挑戦とA級残留を賭けた大一番だった。
先手郷田、後手丸山の一戦は、後手の丸山八段が「8五飛戦法」という得意技で74手で郷田八段を粉砕。
勝った丸山八段は、名人戦でも佐藤康光名人(当時)を破り、実力名人制になってからの12人目の名人となった。一方の、郷田九段は、その後2001年に3回目のタイトル棋聖位を獲得したものの、二度目のA級昇級時も1期で陥落し、なかなかA級に定着できなかった。

郷田九段は、その後も丸山九段の注文に応じ、敢えて相手の得意とする戦法を受けて立ち、何とかリベンジを果たそうとしているように見えるのだが、これまでは4勝11敗という結果に終わっている。
今日の一戦も、後手の丸山九段の「一手損角換わり」という作戦を郷田九段が受けて立った格好だ。第65期の名人戦挑戦が決まったあとのインタビューで、丸山九段との対戦で「角換わり」での戦績が1勝7敗という点に聞かれて、次のように答えている。

「(前略)あんまり負けてばかりいるから、途中は意地になっている時もあったかな(笑)。今は、それよりも角換わりに対して答えを出したいと。自分の心の中でね」
(『将棋世界』2007年5月号、11ページ)

私には、郷田九段が、丸山九段との戦いを相手の得意分野・土俵で戦って勝利しててこそ意味がある「因縁の対決」ととらえているように見える。

これで、2006年4月以降で見れば、丸山九段との対戦成績は3勝2敗。もう互角の戦いと言っていいだろう。
今年度(2007年度)の第66期のA級順位戦では8回戦で、郷田九段×丸山九段戦が組まれている。今年度は、今日の勝利の勢いで、順位戦でも郷田九段に勝利してもらいたいものである。

<謝辞>本日の記事を書くにあたって以下のサイトを参考にさせていただきました。ありがとうございました。
棋士別成績一覧」、「将棋順位戦データベース」、「棋譜でーたべーす

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2007年7月 7日 (土)

今日は、二十四節気の「小暑(しょうしょ)」

今日(2007年7月7日)は、二十四節気の「小暑(しょうしょ)」にあたる。

手元にある私の虎の巻のひとつ『NHK気象・災害ハンドブック』(NHK放送文化研究所編、NHK出版刊)では、次のように書かれている。

梅雨明けが近く、本格的な暑さが始まるころ。集中豪雨のシーズンでもある。蓮(はす)の花が咲き始め、鷹の子が巣立ちの準備を始めるころと言われる。
(『NHK気象・災害ハンドブック』111ページ)

いよいよ、今年も夏本番というところだろう。

実際の気温の推移を確認するため、東京のこの4週間の気温を気象庁のホームページで調べて折れ線グラフにしてみた。
グラフでは、各週の刻みは土曜日から翌週の金曜日で区切ってある。ピンクの線が最高気温、黄色の線が最低気温、紺色の線が平均気温である。

ピンクの線の最高気温が25度以上であれば「夏日」、30度以上であれば「真夏日」である。また、最低気温が25度以上だと「熱帯夜」である。
すでに6月の半ばから「真夏日」が増えてきており、6月の最終週の前半と7月第1週の前半に少し気温が下がった日があるが、すでに「夏」モードになっている。
6月29日には、最高気温31.5度、最低気温25.0度と「真夏日」・「熱帯夜」を記録しており、これからは、この「真夏日」・「熱帯夜」の組み合わせが増えてくるだろう。(なお、今日7月7日は13時現在で最高気温25.0度、最低気温23.1度である)

一方、天気の方は、九州で梅雨末期の集中豪雨が続いていて、解説の通りとなっている。一部では浸水や土砂崩れが起きた地域もあるようだ。ニュースでも土砂災害への注意喚起が度々行われている。大きな災害が起きないことを祈るのみである。

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2007年7月 6日 (金)

@niftyの「旬の話題ブログ」に郷田九段の王座戦準決勝の記事が取り上げられた

今日、家に帰ってココログの管理ページで、ページ別のアクセスを見てみると、昨日(2007年7月4日)書いた、「第55期将棋王座戦の挑戦者決定トーナメントの準決勝は、郷田真隆九段と森内俊之名人の組み合わせとなり第65期名人戦の再現に」にアクセスが多い。
渡辺竜王のブログにトラックバックしてあるので、そちらからのアクセスだろうと思うと、竜王のブログからのアクセスは少ない。竜王のブログを見ると、まだ昨日送ったトラックバックは承認されていなかった。
何せ、今日、渡辺明竜王は佐藤康光棋聖と第78期棋聖戦5番勝負の第4局を戦うために甲府市に行っている(残念ながら、渡辺竜王は敗れ、佐藤棋聖が3勝1敗で棋聖位を防衛した)。

アクセス解析で「リンク元ページ・サイト」の2位に
http://www.nifty.com/とのURLが表示されている。
アクセスしてみると@niftyのトップページだ。どこかで、昨日の記事のリンクが張られているのだろうかと見ると、「旬の話題ブログ」とうタブがある。そこをクリックしてみると、
「ココログから旬の話題をピックアップ」と題して、5つの記事が取り上げられていて、5番目に「将棋王座戦 羽生名人のストッパーはこの人に期待」とのタイトルで、私の昨日の記事にリンクが張られていた。
このタイトルは、ニフティの側で記事の内容からつけてくれたのだが、「羽生三冠」か「羽生王座」と書くべきところが「羽生名人」となっているところが少々残念だ。

「旬の話題ブログ」は、説明によれば
「みなさまのブログを紹介するコーナーです。旬な話題について書かれたブログをエディターが任意に選び、1日3回更新、掲載しています。あなたのブログも、ニフティのトップページで紹介されるチャンス!!」
とある。

掲載基準は
「エディターは、瞬!ワード上位のキーワードや旬な話題について書かれた、なるべく新しい記事をピックアップします。是非、ニフティのトップページ掲載を目指して楽しい話題をガンガン書いてみてくださいね!」
とあるので、名人戦での郷田九段の活躍が旬な話題なのだろう。
(なお、掲載されるのは、ココログの記事のみ)

私の記事は7月6日14:00更新、3回めは22:00更新らしいので、あと1時間ほどトップページに掲載されることになる。
(7月6日22:00以降はこちらをご参照→7月のバックナンバー

ブログも長く書いていると、いろいろな事があるものだ。最近将棋の記事が多かったので、できれば将棋の記事は少し抑えめにと思っていたのだが、昨日は、ネタ切れで他に書くことがないので書いた記事だった。
それがエディターの目にとまるのだから、人生不思議なものである。

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2007年7月 5日 (木)

第55期将棋王座戦の挑戦者決定トーナメントの準決勝は、郷田真隆九段と森内俊之名人の組み合わせとなり第65期名人戦の再現に

一昨日(2007年7月3日)に、第55期将棋王座戦の挑戦者決定トーナメントの準々決勝で残っていた「森内俊之名人×森下卓九段」の一局が東京の将棋会館で行われた。
一日おいた昨日、結果が将棋連盟のホームページに掲載されたが、森内俊之名人の勝利。
私が応援する郷田真隆九段の対戦相手は、森内俊之名人となり、先週幕を閉じたばかりの第65期将棋名人戦の再現となった。

これも将棋連盟のホームページに記載されている今年度の戦績を見ると、郷田九段は14戦で9勝5敗で勝率は0.643。5敗のうち4つは名人戦で森内名人に敗れたもの、残る1つは竜王戦の予選で羽生善治三冠に敗れたものだ。一方、4月から始まった新棋戦の大和証券杯ネット最強戦では、島朗八段、渡辺明竜王と撃破し、名人戦終了直後の準決勝でも三浦弘行八段を破り決勝へ駒を進めた。好調と言っていいだろう。
一方の、森内名人の今年度の戦績は17戦で9勝8敗、勝率0.529。名人戦での3敗以外に、竜王戦の予選で木村一基八段、羽生善治三冠に敗れたほか、王位戦の挑戦者リーグでは橋本七段、神谷七段に、ネット最強戦で三浦八段に敗れるなど今ひとつ調子に乗り切れていない。

この王座戦トーナメントの準決勝がいつ行われるかは、まだ決まっていないが、棋譜のネット中継などはないので、ファンとしては、将棋連盟のホームページに翌日載る結果でしか、勝敗を知ることが出来ないので残念である。
郷田九段には、名人戦での敗戦の悔しさをぶつけて、森内名人に勝利してもらいたい。

もう一方の準決勝は、すでに決まっていた佐藤康光棋聖・棋王対久保利明八段の一戦。久保八段も今期11戦で7勝4敗と好調。今期12戦で6勝6敗と今ひとつ本調子ではない佐藤康光棋聖・棋王と戦う。こちらは竜王戦の決勝トーナメントの準々決勝で7月23日に対戦することが決まっている。

羽生善治王座は現在15連覇で、同一タイトル連続獲得記録更新中だ。そのうち佐藤棋聖・棋王が3回、森内名人・久保八段がそれぞれ1回ずつ挑戦者となっているが、いずれも防衛を許している。
郷田九段が、初めての挑戦者となり、羽生王座のタイトル連続獲得記録更新のストッパーとなることを期待している。

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2007年7月 4日 (水)

新潮文庫7月の新刊、『闇の守り人』(上橋菜穂子著)と『暗号解読』(サイモン・シン著)を買う

7月に入り、新潮文庫の新刊が書店に並んだが、その中の3冊をみたその場で買った。1冊は、上橋菜穂子著『闇の守り人』、あとの2冊がサイモン・シン著『暗号解読』の上・下巻である。

闇の守り人 (新潮文庫)
闇の守り人 (新潮文庫)

『闇の守り人』は既に偕成社の軽装版で読んでいるが、やはり『精霊の守り人』とあわせ、文庫で揃えたいと思い購入した。軽装版をいずれブックオフで売るつもりだ。新潮社ではシリーズ全10巻を文庫化するようだが、第3巻『夢の守り人』の文庫化は来春とのこと。もう少し、早く文庫化してほしいところだ。

暗号解読〈上〉 (新潮文庫)
暗号解読〈上〉 (新潮文庫)

一方に『暗号解読(原題:The Code Book)』は、以前このブログで紹介した『フェルマーの最終定理』の作者であるサイモン・シン氏の2作目の作品だ。今回は、主に古代ギリシャ・ローマの時代に至るまで、主に欧米で繰り広げられた、国家の機密を暗号化するものと暗号解読者との駆け引きの歴史がいきいきと描かれている。現在、上巻をほぼ読み終えたところだが、歴史上のいくつかの戦いで暗号の解読が戦局に大きな影響を与え、歴史を動かしてきたことが語られている。
上巻の巻末では、第一次大戦後のドイツがエニグマという暗号機を大量に購入。第一次大戦の勝利に酔うフランスでは、エニグマを使った暗号が解読できなかったが、途中で解読の努力を放棄し、フランスが持つエニグマについての情報はフランスと同盟を結んでいたポーランドに提供され、ドイツとは歴史上国境争いが絶えないポーランドが解読に必死に取りくんだことが書かれている。
下巻では、おそらく、暗号化に数学なかでも素数が使われた話が出てくるのであろう。
しかし、これだけのノンフィクションを書くに足るだけの資料・データを、作者サイモン・シン氏はどこでどのように集めたのだろうか。
それも私の関心事である。

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2007年7月 3日 (火)

新潮文庫『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』についての思いこみ

しばらく前に、岩宮景子著『思春期をめぐる冒険-心理療法と村上春樹の世界』(新潮文庫)を読んだ。(その時の感想はこちら→2007年6月20日:岩宮恵子著『思春期をめぐる冒険』(新潮文庫)を読む
この本の「はじめに」の冒頭に、今日話題にする『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』での河合隼雄氏との対談での村上春樹氏の発言が引用されている。
『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』は、最初、岩波書店から出版された。その時、単行本を買って確かに読んだのだが、何せ村上作品を1冊も読んだことがないので、対談の内容も全く覚えていなかった。今回、『思春期をめぐる冒険』を読んで、改めて読み直そうと自分の本棚の一角を占める20冊近い河合隼雄作品を中を探すが見つからない。どうも、定期的な蔵書のリストラの際、もう読まないだろうとブックオフで売ってしまったらしい。

ならば、しかたない。新潮文庫に入っているので、文庫で買って読み直せばいいと軽く考えていた。しかし、機会があるたびに書店の文庫の棚を探したが、どこの書店に行っても、新潮文庫の河合隼雄作品のところにないのである。たしかに、新潮文庫「河合隼雄の本」の1冊に上げられているだが…。よほど人気がなく、出版元でも在庫切れなのだろうか。村上春樹氏の人気を考えれば、どうも腑に落ちない。しかし、ないものは買いようがない。

昨日、会社の帰り、家の最寄り駅の老夫婦がやっている小さな書店に、そろそろ『将棋世界』8月号が出ているかもしれないと思い立ち寄った。お目当ての『将棋世界』まだ入荷していない。帰ろうと思ったが、奥の文庫のコーナーをあてもなく一巡りしてみる。村上春樹氏の作品がまとまっている一角が目に入った。村上作品の代表作は、どちらかと言えば講談社文庫に多いのだが、そこには青い背表紙の新潮文庫も何冊か置いてある。
なんと、その中に『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』があったのである。新潮社は、「河合隼雄の本」と書いていながら、村上春樹氏の作品の中の1冊として文庫化していたのだ。

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

たしかに、考えてみれば、2人の対談なのだから、共著と同じである。河合作品であり、村上作品でもある。しかし、自分は河合ファンであるということもあってか、当然、河合作品の1冊であると思いこみ、これまでいっさい新潮文庫の村上作品のコーナーを探したことはなかった。
「思いこみ」とはこわいものだ。もし、この本がこのまま見つからなくても、生活に困るわけではないが、むしろ、こういう自分の勝手な思いこみで、見つからないもの、見えなくなっているものが、まだまだたくさんあるのではないかという気がした。ただでさえ、思考が硬直化しがちな年代になっているのだから、よほど自分で気をなければと肝に銘じた次第である。

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2007年7月 2日 (月)

書店の風景

先週、仕事の帰り、いつものように東京メトロの竹橋駅まで歩く。通常だと、気象庁の前の入り口から地下の駅にもぐるのだが、ちょっと足を伸ばしてみることにして、そのまま横断歩道を渡り外堀通り沿いに歩き、毎日新聞社の本社があるパレスサイドビルから竹橋駅に降りてみることにした。
しばらく前に、近くに仕事で来ていた時、上司が「パレスサイドビルの地下街で食事をした」と言っていたのを思い出し、どんな店が軒を連ねているのか前から興味もあった。

1階に書店があったので、さっそく立ち寄る。さすがに新聞社の本社のビルにある書店というだけあって、新聞社やマスコミ関係の本は他の書店より充実している。毎日新聞のOB書いた新潮新書の『新聞社』(河内孝著)や日経新聞の社員が書いた『新聞の時代錯誤』(大塚将司著、東洋経済新報社)が並べられていた。

さほど広くない店内をぐるりと回り、先週このブログでも取り上げた『ウェブ社会の思想』の著者鈴木謙介氏の前著『カーニヴァル化する社会』(講談社現代新書、2005年刊)が見つかる。2年前の著書なので、必ずしもどこの書店にもあるというわけではない。

カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)
カーニヴァル化する社会 (講談社現代新書)

さらに、米ギャラップ社の関係者が書いた「短所を矯正するのではなく長所を伸ばそう」という一連のシリーズの最初の一冊とも言える『強みを活かせ』(D・O・クリフトン&P・ネルソン著、日本経済新聞社、2002年刊)が見つかった。この『強みを活かせ』は、一度読みたいと思っていたが、これまでどこの書店で探しても見つからなかった。

強みを活かせ!―あなたの才能を伸ばす知恵
強みを活かせ!―あなたの才能を伸ばす知恵

2冊とも、次にどこかの書店で巡り会えるとも限らないので、その場で購入した。

書店には、それぞれ風景がある。そこに並べられた本が作り出すそれぞれの店に独自の世界。どこに立地しているかで、売れ筋も異なるだろう。行きつけの書店や紀伊国屋や丸善などの大書店でもなかなか見つからない本が、こうして偶然立ち寄った書店で、見つかったりするとうれしくなる。
だから、見知らぬ書店巡りはやめられない。

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2007年7月 1日 (日)

郷田九段の名人戦挑戦に支えられ、ブログ更新連続6ヵ月更新と「blogranKing.net」での新記録達成

昨日(2007年6月30日)で、元旦から続けているこのブログの連続更新が6ヵ月になった。まずは、1年365日更新に向けた折り返し点通過というところだろうか。

この半年を振り返って一番多く題材にしたのは、将棋の郷田真隆九段の名人挑戦だったと思う。今年の1月に第65期A級順位戦の7回戦で佐藤康光棋聖を破り6勝1敗として、挑戦者争いの最有力候補になってから、一昨日の名人戦第7局に敗れるまで、20以上の記事を書いてきたと思う。
名人戦という将棋界の最大のイベントが終わり、ちょっと寂しい気分である。郷田九段にしてみれば、第7局の最中には、もう少しで名人のタイトルが手に届くと思った時もあったのではないだろうか。森内18世名人誕生が華々しく報道される中、敗者についてはほとんど語られない。おそらく、胸中は悔しさでいっぱいだろう。
この悔しさをこれからの棋士人生にどう活かしていくのか、そこにもファンとして関心があるので、今後も「郷田ウォッチャー」を続けていくつもりだ。
今日(2007年7月1日)の夜には、さっそく、今年から開始されたインターネットを通じた対局による棋戦「大和証券杯ネット将棋・最強戦」の準決勝で三浦弘行八段と対戦する。今日の勝者が、すでに決勝進出を決めている丸山忠久九段と7月8日に決勝戦で戦う。ぜひ、決勝進出を決めてほしい。

名人戦第7局を前にして、このブログにこれまで書いた第65期名人戦に関する記事や、郷田九段に関する記事にアクセスが増えたこともあって、連続更新の励みにと登録した「blogranKing.net」で、6月29日までの過去1週間の集計(6月30日朝の時点)で久しぶりに「日記:40代~」のサブカテゴリで2位に復帰し、今朝の時点でも2位を維持していた。
今回、うれしかったには、全体ランキング、日記カテゴリでのランキングが、従来の2位の時よりランクアップしこれまでの記録を更新できたことである。

更新日 総合 日記カテゴリ 日記:40代~
2007年6月30日 620位 21位 2位
2007年7月1日 597位
(29819)
20位
(2551)
2位
(68)

(注)7月1日の下段の数字は、各集計対象の参加ブログの総数

総合ランキング、各カテゴリ、サブカテゴリ別の各ランキングでは、まず最初に「ベスト20」と題して上位20位までが表示される。7月1日の更新で初めて日記カテゴリの「ベスト20」に掲載された。また、総合ランキングでも500番台を記録したのは初めてである。ちなみに、597÷29819=2.002%。あと1つ順位が上がれば、全体の上位2%以内というところまで来ている。。

名人戦が終わったので、将棋関係の記事へのアクセスが減ると思うが、なんとか他のテーマでも、質の良い記事を書くことを心がけ、1日でも長くこの順位が維持できればと思う。

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