佐藤多佳子著『ハンサム・ガール』を読んだ
本屋大賞受賞作の『一瞬の風になれ』を読んでから、佐藤多佳子さんの作品の大半は読んだのだが、一冊だけどこの書店でも見つからない本があった。それが、『ハンサム・ガール』である。
フォア文庫という児童書の出版社4社の共同企画に児童文庫の1冊。
先週、日曜日に『ゲドを読む。』をもらった書店の1階入り口近くに平積みで並べてあった。奥書を見ると、単行本としての初版は1993年。文庫の初刷が1998年7月。2007年3月第2刷となっており、本屋大賞受賞後、増刷されたのだろう。
主人公は柳二葉(ふたば)という名の小学校5年生の女の子。元プロ野球の2軍選手で今は専業主夫の父、父の社会人時代の同僚で今でもキャリアウーマンとして働く母。父とキャチボールなどをしながら育った二葉が、サウスポーの下手投げピッチャーとして少年野球チームアリゲーターズに入り、苦労しながらもチームにとけ込んでいく様子が描かれている。
佐藤さんは『黄色い目の魚』でも、回りとは違う個性を持った主人公を描いているが、児童文学とはいえ、その源流はこの物語にも見ることができる。
専業主夫の父と家計を支えるキャリアウーマンの母、野球に挑戦する娘。全て、世の中で当たり前と思われていることに対する疑問符になっている。
最後の野球の試合の結末がずいぶんあっさりしているようにも思えるが、少女野球小説を書くことが目的ではないと思うので、これもありかもれない。
解説を、佐藤さんの大学時代の恩師、神宮輝夫氏が書いている。私も、アーサー・ランサム全集など海外の児童文学の神宮輝雄訳の作品にはずいぶんお世話になった。おそらく、文学少女だった佐藤さんは、神宮作品で育ち、神宮ゼミの門を叩いたのだろう。
神宮先生の解説を読んでいたら、昨日、このブログで書いたことの続きのような話で締めくくられていた。
子どもの読む本をつくる人はたちは、すこし前まで、人間のこれからを信じていました。今日よりも明日の方が物事がよくなると思っていました。ですから、言葉の力にも自信を持っていました。しかし、ひょっとすると、人間にはこれからがないのではと心配になるような出来事ばかり起こるうちに、人間のこれからと、言葉に自信がなくなってきています。佐藤さんの、勢いよく今の子どもと大人の暮らしを語り、そしていつもきちんとよい結末がくる話には、この作家の「さあ、いっしょに暮らしていこう。いろいろあるけど、楽しいよ」というよびかけがはっきり聞こえてきます。それが、本音だから、そうだよなぁ、と夢中で読まされてしまいます。
(『ハンサム・ガール』196ページ)
佐藤作品のファンには、肩が凝らずに、気軽に読める作品である。
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