« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月の記事

2007年8月31日 (金)

河合隼雄著『未来への記憶-自伝の試み(上)』を読み終わる

7月に亡くなった河合隼雄さんを偲ぶ意味で読み始めた岩波新書の『未来への記憶』の上巻を読み終わった。

この『未来への記憶』上・下2冊は、2001年1月に出版された河合隼雄さんの自伝である。本人が話したものを新書2冊にまとめたものである。
当時は河合さんは、国際日本文化研究センターの所長。当時は、何でこんな時期に自伝なんてと思ったのだが、直後の文化庁長官就任と度重なる留任、在任中に脳梗塞で倒れ、帰らぬ人となったことを考えると、あのタイミングしかなかったのかも知れないと今になって思う。

上巻は、丹波篠山での少年時代、神戸工専、京都大学数学科での学生生活、大学卒業後の育英学園高校での教員時代を経て、天理大学で心理学を教えるところまでである。

読んでみて、これまで知らなかったことが多いことに思い知った。猿の生態の研究で著名な河合雅雄さんが兄であることはよく知られているが、隼雄氏は6人兄弟の5番目。それも兄弟の仲が良く、兄たちからかわいがられていた様子がよくわかる。

また、京大の数学科は理系の中で実験がないからという理由で選んでいること、大学での数学は理解できず、コンプレックスを感じている。大学時代には、将来の進路に悩み、1年休学さえしている。

人間に関心があり、教えることも好きということで、心理学を学びながら、高校教師として数学を教えることを自らの仕事にすると定めて、社会人となる。
高校教師となってからも、心理学の勉強のため京大の大学院に籍を置いて、京大にも勉強に行っている。
徐々に臨床心理学への関心が強まり、高校教師から天理大学の講師へと転じる。

当時は、時代も変化しており、社会も流動的だったのだろう、今から見れば、ずいぶんと紆余曲折を経た歩みである。

下巻は、いよいよ、臨床心理学への本格的な取り組みが語られるはずである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月30日 (木)

第66期A級順位戦2回戦最終局の郷田真隆九段対谷川浩司九段戦は郷田九段が勝利し、2連勝

今日(2007年8月30日)は、第66期A級順位戦2回戦の最終局。ようやく、私が応援する郷田真隆九段が登場し、谷川浩司九段と対戦する。対局は、谷川九段の本拠である大阪の関西将棋会館に郷田九段が出向いて行われた。

今期のA級順位戦は、これまでに2連勝が3人と2連敗が3人と明暗を分けており、初戦白星の郷田九段としては連続挑戦のためには負けられないし、初戦黒星の谷川九段にとっても、出だし2連敗は何としても避けたいところ。
ただし、郷田九段のこれまでのA級在位4期での谷川九段との戦いは4連敗。通算の対戦成績でも17勝31敗と大きく負け越しているが、順位戦では特に相性が悪い。今後、A級の上位に定着し、名人やタイトルを狙っていくには、苦手意識は払拭しておきたいところだ。

今日も、仕事から家に戻ったところで、ニフティの「名人戦棋譜速報」にアクセスする。郷田九段の先手で始まった戦いは、居飛車の郷田九段に対し、谷川九段のゴキゲン中飛車という布陣。
3筋から5筋が主戦場となり、飛車を捌いた谷川九段が、郷田玉の玉頭に飛車を回し、桂馬も交えて攻め立てたが、郷田九段が着実な差し回しで受け切り、逆に玉頭を狙う飛車を銀で仕留め、大きな駒得となった。
お互い、玉の守りを固めないままの急戦だったこともあり、郷田九段が銀との交換で得た飛車を谷川陣に打ち込み91手目にその飛車が龍に成ったところで、谷川九段が投了した。
まだ、粘れば実際の詰みまでは20~30手は十分かかると思われたが、力の拮抗するトッププロ同士での飛車と銀の交換による駒得・駒損は、他の部分でよほど有利な点がなければ、逆転は難しいということだろう。

第2局を終わってのA級棋士10人の成績と次回第3局の対戦相手は以下の通りだ。

(2連勝)
郷田真隆九段(1)-(羽生三冠)
羽生善治三冠(3)-(郷田九段)
丸山忠久九段(5)-(谷川九段)
木村一基八段(9)-(行方八段)
(1勝1敗)
久保利明八段(7)-(藤井九段)
三浦弘行八段(8)-(佐藤二冠)
(2連敗)
谷川浩司九段(2)-(丸山九段)
佐藤康光二冠(4)-(三浦八段)
藤井猛九段(6)--(久保八段)
行方尚史八段(10)-(木村八段)

郷田ファンとしては、これまでA級上位の佐藤康光二冠、谷川浩司九段という名人経験者2人を破っての2連勝は願ってもないことだが、さらに次回第3回戦は最大の難敵とも言える羽生善治三冠戦である。前期は、1回戦が羽生三冠戦だった郷田九段は、初戦に勝って勢いに乗り、名人挑戦者となった。
今回は2連勝同士の対決で、勝った方が、名人挑戦にグッと近づくことになる。
なんとか羽生三冠にも勝って、2年連続名人挑戦を実現させ、今回こそ名人位を獲得してほしいものである。

なお、同時に行われていた第48期王位戦7番勝負の第5局の2日目は。1勝3敗でカド番に追い込まれていた先手の羽生王位が深浦八段を破り、カド番をしのいだ。
相矢倉模様で進んだ将棋は、途中から深浦八段が攻めを仕掛け、中盤からいきなり終盤戦に突入。お互いの飛車と角を取り合う、激しい攻め合いになったが、羽生王位の攻めの方が、深浦玉に近く、羽生王位が87手目に飛車を打ち王手をかけたところで、深浦八段が投了。
王位のタイトルの行方は、第6局以降に持ち越された。深浦八段としては、先手番となる次の第6局で何とか、タイトル奪取を決めたいところだろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年8月29日 (水)

東京の暑さもようやく峠を越えそろそろ秋の気配、終わらない夏休みの宿題

ここ数日、朝晩少し涼しくなり、これまで半袖ノーネクタイでしばらく通勤していたが、昨日、郷田九段のパーティーに出ることもあって、久しぶりに長袖のワイシャツにネクタイ、背広の上着を持って出勤した。今日も、ネクタイは外したものの、長袖に上着持参した。
一時に比べると日が暮れるのも早くなり、ようやく秋の訪れを感じる。

今日の朝日新聞の夕刊には、8月のこれまでの東京の平均気温は29.5℃で、この夏40.9℃の日本最高を記録した岐阜県の多治見や埼玉県の熊谷などよりも平均気温では暑かったとの記事が出ていた。

久しぶりに気象庁のホームページで8月の気温の推移のグラフを見ると次の通りだった。

200708_2

確かに最高気温の赤い線はまだ30℃を超える所にあるが、それでも先週から、最低気温の青い線は25℃を下回る日が増えてきおり、熱帯夜の連続からは解放されたことが分かる。

来週になり9月の声を聞くと、子ども達の夏休みも終わり、いよいよ我が家全体が平常モードに戻る。中高に通う次女・長男は、「夏休みの宿題が終わらない」と呻いている。
最初から、やらなければ行いけないことは、分かっているのだから、さっさとやることは済ませてしまって、休みをエンジョイすればいいのにと思うのだが、なかなかそうも行かないようである。あと残された4日(9月1日・2日も含め)間で終わるのだろうか。親としてはお手並み拝見である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月28日 (火)

郷田真隆九段ファン至福の時、ネット将棋最強戦優勝の表彰式と祝賀パーティ

今日は、ネット将棋最強戦の優勝者郷田真隆九段の表彰式と祝賀パーティーの日。
抽選で、一般招待客100人のうちの1人に選ばれたので、仕事は定時に切り上げて、会場になっている東京・大手町の銀行倶楽部に向かう。10分ほど前に到着した。

開会の少し前は、米長邦雄日本将棋連盟会長や森雞二九段など4名が雛壇横の椅子に着席。開会の午後6時には、今日の主役郷田真隆九段が黒の紋付に袴姿で、壇上に登場した。
米長会長の「ネット将棋の公式戦が始まった今年は、将棋界にとって画期的な年」との挨拶に始まり、スポンサーである大和証券の副社長、郷田九段のお父さんと親しかったという医師の方の祝辞に続き、郷田九段本人の挨拶。
P1000267a_3 「名人戦で負けた直後の決勝戦、優勝が決まった時には感動した。こんなにうれしかったことは久しぶり。優勝は、10年ぶりのことで自分でも驚いた。これからもファンによろこんでもらえる棋譜が残せるようにしたい」との趣旨の挨拶だった。
その後、同じ故大友八段門下の兄弟子森雞二九段が「師匠もこの優勝をよろこんでいるはず。今日は、師匠になりかわって」と乾杯の発声を行った。

その後の祝賀パーティは、立食形式。会場には、米長会長、西村一義専務理事ほか、田中寅彦九段、青野照市九段、中川大輔七段、西川慶二七段など連盟理事の棋士が顔を揃えていたほか、藤井猛九段、森下卓九段、窪田義行六段、伊藤真吾四段が私が知っている棋士だった。女流棋士も、斎田晴子倉敷藤花、安食聡子初段、中村真梨花初段などが来場していた。

会場では、ポラロイドカメラを持った係の人が郷田九段や他の棋士との記念写真の撮影サービスをしてくれていたので、せっかくここまで来たのだからと、私も郷田九段とツーショットの記念写真の列にちゃっかり並び貴重なポラロイド写真を撮ってもらった。(これは家宝にしなくては…)

このようなプロ棋士のパーティの勝手が分からないので、まったく将棋界と縁のない素人ファンがどこまで厚かましく振る舞っていいものやら悩んだが、せめてひと言郷田九段と話したいと8時半過ぎの西村専務理事の中締めの挨拶のあと、郷田九段が一人になったところを見計らって、「もしよろしければ名刺をいただけませんか」と声をかけて、名刺交換をして、「ブログで先生の応援記事を書いています」と話した。
これまでパソコンを持っていなかったという郷田九段は、「僕は、そういうのよくわからないので…」とちょっと困ったような顔をしていたが、最後に「ぜひ、名人になって下さい」と声をかけて、会場を出た。

今回の優勝の副賞は、郷田九段の希望もあり、NECの最新型ノートパソコンとのこと。いつか、このブログも郷田九段本人に読んでもらえるよう、引き続き応援記事を書いて行きたい。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007年8月27日 (月)

梅原猛著『日本の霊性 越後・佐渡を歩く』(新潮文庫)を読み始めた

今日は、夏休み明けで久しぶりの出勤。昼休みに職場の近くの書店をのぞくと、新潮文庫の9月の新刊が既に並べられていた。

その中で、気になったのが梅原猛さんの『日本の霊性』である。梅原さんは哲学者であるが、その関心は歴史・宗教など広範囲に及び、著作を含む業績を総称して「梅原日本学」とも言われる。1925(大正14)年生まれで、すでに80歳を超えている。

この作品は、サブタイトルにもある通り、著者が佐渡ヶ島を含む新潟県一帯を旅をした際の紀行文である。

日本の霊性―越後・佐渡を歩く (新潮文庫 う 5-12)

私は以前、梅原さんが宮崎・鹿児島を旅した際の紀行文『天皇の”ふるさと”日向をゆく』(新潮社)を読み、古事記・日本書紀の故地としての宮崎・鹿児島を改めて教えられた気がした。
当時、富山に住んでいたが、中学の修学旅行で行った宮崎、その修学旅行に加え、社会人になってから仕事で2年近く毎月のように通った鹿児島を、改めて訪ねて見たくなり、夏休みに家族と福岡に里帰りする際に、富山から車で大阪に出て、大阪-宮崎をフェリー、宮崎から古墳で有名な西都原(さいとばる)、霧島神宮-鹿児島と回ったあとで、福岡に帰るという遠回り旅行をしたことがある。

今回の作品の旅の舞台は新潟。私が30代の後半5年間を過ごした富山の隣県である。富山にいる時に、佐渡にも旅行したことがあるし、古事記・日本書紀の描く日本神話の世界に興味をもつことになったのも、新潟県の糸魚川にあるフォッサマグナミュージアムで、古事記に出てくる「当地の奴奈川姫と出雲の大國主命の結婚」話のスライドを見て、島根・出雲と糸魚川の間をつなぐ海の道に思いをはせたものの、古事記・日本書紀の描く日本神話の世界をほとんど知らない自分に愕然とし、日本神話のにわか勉強を始めたことがきっかけである。ちょうど、おりよく『天皇の”ふるさと”日向をゆく』が刊行され、富山から宮崎・鹿児島への旅行を決行することになった。

今回の『日本の霊性』の最初の第一章は、私を古事記・日本書紀に引き寄せた奴奈川姫を扱った「奴奈川姫とヒスイ文化」とタイトルが付けられている。
すぐに、レジに並んで購入。昨日、取り上げた河合隼雄さんの『未来への記憶』と並行して読むことになるだろう。

面白い話題があれば、日を改めて紹介したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月26日 (日)

今日(2007年8月26日)でブログ開始1年半、印象に残る「河合隼雄さん」・「CIA試験」・「将棋と郷田九段」

2006年2月26日にこのブログを書き始めてから、今日(2007年8月26日)でちょうど1年半が経過した。

この1年半を振り返ると、いくつかの出来事が思い浮かぶ。

(1)河合隼雄さん亡くなる
一つは、このブログを最初に始めた時のテーマが「中年期の危機(ミドルエイジ・クライシス)を乗り越える」ということだったが、そのようなことを考える時の、私にとっての先生であった河合隼雄さんが、文化庁長官在職中の昨年(2006年)8月に脳梗塞で倒れ、闘病生活を続けていたが、先月、とうとう亡くなった。
文化庁という日本の官僚機構の中に入りこみ、長官として現実の諸問題の解決に当たる中で、河合さんはおそらく、改めて日本という国について考えたのではないかと思う。
文化庁長官退官後の河合さんは、現在の日本についての処方箋を何か考えていたのではないか。それが、世に問われることがないままになってしまったことは、いかにも残念だ。
このブログで、これまで一番アクセスされ読まれたと思われる記事は、依然として昨年8月24日書いた「気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態」である。現時点で、集計すると、この記事へのこれまで1年と2日間でのアクセス総数は11,932件。これまでのこのブログへのアクセス総数は11万6千件余りなので、全体の10%を占めている。
書いた時は、本当に早く回復してほしいという思いだったが、図らずもグーグルなど検索サイトで上位に表示されるようになったことも相俟って、1万件を超えるアクセスになった。
改めて、河合隼雄さんの生き方を知ろうと思い、これまで発行されていることは知りながら読んでいなかった岩波新書の『未来への記憶-自伝の試み(上)・(下)』を買った。
なぜ、高校の数学の教師から心理学者へと転身したのか。知っているようで、知らない。
夏休みが終わり、来週から復帰する職場への往復の電車の中で読もうと思う。

(2)CIA(公認内部監査人)資格取得
自分自身の「中年クライシス」への対処の具体策として考えたのが、改めて勉強し直すことだった。現在、仕事で求められる知識・ノウハウを有することを、資格を取ることによって示そうと、仕事のかたわら、自分なりに工夫して勉強をした。
昨年3月に職場での通信教育を短期間で終わらせることをスタートに、いくつかの資格試験を受け、昨年(2006年)11月と今年(2007年)5月の2回のCIA(公認内部監査人)試験の受験で、なんとか資格取得に漕ぎ着け、昨年3月の時点で当面の目標としたゴールには到達した。これも、ブログを始めてからの出来事である。

(3)将棋との再会と郷田真隆九段の活躍
将棋との「再会」もこのブログを始めてからの出来事である。子供のから将棋ファンだったが、かつて応援していた米長邦雄現将棋連盟会長が1993年に49歳で名人位を得て史上最年長の名人と話題になったものの、翌1994年には羽生善治現三冠に敗れて以降は、将棋界に関する関心も薄れていた。
その将棋界の動きに再び関心を持つきっかけになったのは、昨年、将棋界を揺るがした、名人戦の主催新聞社移管問題である。
昨年、日本将棋連盟は、2007年以降は名人戦の主催社である毎日新聞社との契約を継続しないと申し入れを行い、新聞・週刊誌で書き立てられる大騒動になった。最終的には、棋士総会で毎日新聞社との契約を継続しないという理事会案が承認されたが、反対票と僅差だったこともあり、毎日・朝日の2社による共催という妥協案が出され、両新聞社ともそれを了解したことから、過去例のない全国紙2社の共催による名人戦・順位戦が2007年4月から始まった。

その経過の中で、私は、2度のA級陥落にも腐ることなく、みたびA級に復帰した郷田真隆九段を応援することにした。
郷田九段の扇子など買い込み応援し始めたところ、2006年度の第65期A級順位戦でトップを走り続け、名人挑戦者となった。
名人戦7番勝負では、第6局では絶体絶命のピンチから大逆転し、第7局でもあわや新名人誕生かと期待を持たせてくれたのは記憶に新しいところ。
名人位こそ取れなかったものの、今日(2007年8月26日)放映のNHK将棋トーナメント2回戦でも、飯塚祐紀六段に貫禄勝ちで、今年度は21戦で16勝5敗と好調である。今年こそは、タイトルホルダーに復帰してほしい。

他にも思い浮かぶことはあるが、この1年半の間で1年以上にわたる出来事の中で印象に残るのは上記の3つかもしれない。

これから、半年、1年の中で、どのような出来事に遭遇するかも楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月25日 (土)

将棋の第20期竜王戦の挑戦者は、木村一基八段と佐藤康光二冠の3番勝負に

11人の予選通過者で争われた将棋の第20期(2007年度)竜王戦の決勝トーナメント、まず8月10日に予選1組優勝の木村一基八段と1組5位の谷川浩司九段の間で行われた準決勝の第1局は、木村八段が谷川九段に実力を発揮させない万全の差し回しで、69で谷川九段が投了。木村八段が、渡辺明竜王への挑戦者を決める挑戦者決定三番勝負への名乗りを上げた。

昨日(2007年8月24日)は、1組2位の佐藤康光二冠と1組3位の羽生善治三冠との間で、準決勝の第2局が行われた。佐藤二冠の得意戦法を、羽生三冠が新手で受けて立った。一時、先手の羽生三冠優勢の場面もあったようだが、総じて佐藤二冠ペースで進み98手で佐藤康光二冠が勝ち、挑戦者決定戦への出場を決めた。
羽生三冠が今回挑戦者となり、7番勝負で渡辺竜王から竜王位の奪取に成功すれば、竜王位通算7期となり、初の「永世竜王」の誕生となるところだったが、一歩及ばなかった。
羽生三冠(王位・王座・王将)は、現在、深浦康市八段を挑戦者に迎えての第48期王位戦では、1勝3敗とカド番に追い込まれている。業界紙によれば、羽生三冠が過去タイトル戦の7番勝負で1勝3敗となった場合、そこから逆転したケースは一度もないとのこと。王位戦での不調が、今回の佐藤二冠戦にも微妙に影響したのだろうか。

Photo_2

(上記トーナメント表は、第20期竜王戦中継公式サイトより)

竜王戦の挑戦者決定3番勝負の方は、9月4日、14日、19日の予定で行われる。
木村一基八段は、前期順位戦のB級1組トップで、今期からA級棋士となり、A級順位戦に参加しているが、ここまで谷川浩司九段と藤井猛九段に連勝し絶好のスタートを切った。
もともと、通算成績で勝率7割を超える数少ない棋士の1人だが、今期は順位戦以外でも好調で、8月24日現在で21戦して16勝5敗(勝率0.7619)と通算成績も上回る勝率を残している。
一方の佐藤康光九段は、昨年度(2006年度)は、自身がタイトルを持つ棋聖戦以外の6つのタイトル戦のうち、名人戦以外の5つのタイトル戦の挑戦者となり、最後の棋王戦で森内棋王からタイトルを奪取、最優秀棋士にも選ばれるなど絶好調だったが、今期はその疲れがでたのか、今期のA級順位戦では、郷田真隆九段、丸山忠久九段に連敗し、厳しいスタートとなっている。
その他の棋戦での調子も今ひとつで、8月24日現在で20戦で10勝10敗(勝率0.500)である。
この勢いの差を見ると、今期の竜王戦挑戦者は木村八段と言いたくなるが、さてどうなるだろうか。
A級順位戦での2人の対戦は、最終第9局の来年(2008年)3月3日に組まれている。今回の三番勝負は、これまで対戦が少なかった両者のA級順位戦での戦いの前哨戦としても面白そうである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月24日 (金)

ようやく、メンタルヘルス・マネジメント検定の勉強を始める

CIA(公認内部監査人)試験の次の目標資格として、昨年(2006年)から始まったばかりの、メンタルヘルス・マネジメント検定を受けることにしたことは、このブログでも何回か書いた。
とりあえず、2007年10月14日に行われる第3回検定では、現場の管理職クラスを対象としたⅡ種(ラインケアコース)の受験申込は行った。最終的には経営者や人事部職員対象のⅠ種(マスターコース)の取得が目的で、まずは腕試しの今回の受験計画だった。
しかし、問題は試験のサイクル。この検定試験は、大阪商工会議所の主催で、毎年春(3月)と秋(10月)の年2回の試験。秋は、Ⅰ種・Ⅱ種・Ⅲ種(セルフケアコース)の3種類の試験が実施されるが、春はⅡ種とⅢ種の試験しか行われない。今回Ⅱ種のみを受験した場合、Ⅰ種の受験は来年の秋になってしまう。
「資格試験の勉強は、まとめて集中してやり、勢いで合格する」というやり方で、やってきた私としては、1年間のブランクはもったいない気がしてきた。

試験のスケジュールを再確認すると、10月14日の試験は、午前中がⅡ種、午後がⅠ種とⅢ種の試験であり、Ⅰ種とⅡ種、あるいはⅡ種とⅢ種は併願可能になっている。
試験範囲は、基本的に重なっていて、Ⅰ種は言わば、経営者・本社人事部レベル、Ⅱ種が現場の管理職の心得のようなところが違うところであり、労働法規やメンタルヘルスの基礎知識などは程度の差はあっても、どちらでも出題範囲なので、この際、まとめて勉強して、一気に受験した方が、却って合格する確率が高くなるかもしれないと方針を変更。
一昨日、出かけた際にⅠ種のテキストも買ってきた。夏休みの今日も含めて残り3日で、ざっと目を通し、とても歯が立たないという感じならⅡ種だけにすればいいし、やれそうなら、Ⅰ種の申込をすればいい。

改めて、労働法規を勉強してみると、過労死や心の病での自殺の増加などに対応して、厚生労働省も労働安全衛生法をたびたび改正していることが分かる。サラリーマンとして、企業で働きながら、まともに労働法規など勉強したことがなかったが、自分たちの権利を守るためにも知っておいて損はない。
少し、真剣に勉強しようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月23日 (木)

今日は、二十四節気の「処暑(ショショ)」

今日(2007年8月23日)は、二十四節気の「処暑(ショショ)」。愛用の山下景子著『美しい暦のことば』には、次のような説明がされている。

「処」はもともと、「来て止まる」という意味を持った漢字だといいます。ここでは、暑さがおさまるという意味です。
この頃から朝晩の涼しさが実感できるようになってくるのではないでしょうか。
(山下景子著『美しい暦のことば』121ページ)

今日の東京は、明け方雨が降り、朝は少し雨が残っていた。昼になるにつれ、日が照ってきて気温も上がり、日なたは相変わらず暑かったが、日陰に入ると涼しい風が吹いてきたりで、東京の猛暑も今日はひと休みといったところだ。
それでも、東京の最高気温は17時現在で30.0℃(12時45分)。まだ「真夏日」は続いている。

昨日(8月22日)は、最高気温を予想を上回る37.0℃で、首都圏に電力を供給する東京電力では、需要の増加が予想されたことから電力供給がパンクするのを避けるため、契約に基づいていくつかの大口契約先に電力供給の停止を行ったという。17年ぶりのことらしい。
7月に起きた新潟中越沖地震で柏崎原子力発電所が被害を受け稼働停止中で、もともと万全の供給体制といえない中、この猛暑。東京電力にしてみれば、「弱り目に祟り目」と言いたくなる暑さだったろう。

さて、「処暑」を迎えて、本当に暑さがおさまってくれるのか。東京電力ならずとも、終わらない猛暑に参っている身としては、気になるところである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月22日 (水)

パレスサイドビルのジャズが流れる喫茶店

減量のため、仕事の帰りに、職場のある日本橋から東京メトロ東西線の竹橋駅まで2駅歩いていることは何回かこのブログにも書いてきた。
最初の頃は、気象庁の前の出入口から地下に潜っていたが、最近は歩数を稼ぐことと、多少寄り道の楽しみもあって、反対側の出入口になるパレスサイドビルまで歩いている。

パレスサイドビルの1階と地下1階には飲食店や書店、文具店などが軒を連ねており、また立派なトイレもあり、30分ほど歩いて来た後に、ひと休みするには格好の場所である。

毎日新聞社の本社があることもあり、1階にある書店にはマスコミ関係や時事関係の書籍が充実していることは前にも書いた。時々寄って、本を買っている。

パレスサイドビルそのものは、竣工後40周年ということらしいので、内装などは決して現代的とは言えないが、さりとてどことなくすすけて古くさいという感じでもない。

最近の楽しみは喫茶店である。ビル自体に、相当数の人が働いているし、また地下鉄の駅に直結していて多くの人が乗り降りするので、1階と地下1階にも5つか6つの喫茶店があると思う。

私が気に入っているのは、あるコーヒーチェーンの店である。そのチェーンの店は、パレスサイドビルだけではないのだが、特に、パレスサイドビルの店は雰囲気が良いような気がする。
天井が高く、椅子も余裕を持って配置してある。店内にはBGMとしてジャズが流れていて、そこで椅子に腰掛けコーヒーを飲むと、くつろげる。「同じチェーンでも、この店はジャズをかけて、特別だな…」などとぼんやりと考える。
30分歩いて来て、コーヒー飲んでいては、減量の点では効果半減(砂糖を入れるので)なのだが、続けていくためにはささやかな楽しみも必要だと、自分で納得している。

先日、早朝出勤の際、日本橋にある同じチェーンの店に入った。日本橋の店は、同じチェーンだが、所狭しと言わんばかりに、椅子が並べられ、客も多く落ち着かない。
その店で、コーヒーを飲んだのは2度目なのだが、改めて耳をすませると、その店でもジャズが流れていた。前回来た時は、人の多さと喧噪で、くつろぐ余裕もなく、音楽も耳に入らなかったと言うことだろう。

同じチェーンの店でも、立地とレイアウトで、こうも雰囲気が違うものかと驚いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月21日 (火)

終わりの見えない東京の暑さ

昨日、南房総への小旅行から帰ってきて、今日は旅行で汚れた衣類の洗濯など使ったものの後始末を終え、残る「夏休み」を有効に過ごす計画を立てようと目論んでいたが、相変わらずの暑さと小旅行でずっと車を運転していた疲れもあって、思うようにはかどらない。

なんとか、最近、のび放題で暑苦しくなっていた髪を切りに、床屋に行くことだけは果たした。

東京は、今日も34℃を超える暑さで、もうすぐ二十四節気の「処暑」だというのに、この暑さはいつまで続くのだろうか。明日は、もう少しましな1日にしたいところだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月20日 (月)

南房総から戻る

今日は南房総のホテルで目覚める。
朝、野島崎灯台までウォーキング。日の出も眺めることができた。

あとは、木更津近くの妹の家に寄って帰るだけ。
半日ほど妹の家で過ごした後、再び東京アクアラインを通り、先ほど帰って来た。帰りは、環状8号線を使ったが、順調に流れた。

さすがに、込み入ったことを書く元気はないので、今日は寝かせていただく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月19日 (日)

南房総にやって来た

今日(2007年8月19日)は、我が家の夏休み小旅行の初日。朝8時に家を出て、南房総に向かう。

都心を通り抜け、川崎から東京アクアラインを経由して館山道から房総半島の最南端の野島崎近くの宿が目的地だ。

東京アクアラインの千葉県側の木更津の近くに妹が住んでいるので、東京アクアラインは何回も通っているので、今回はろくな下調べもせずに車を走らせていたら、道を間違えて東扇島に迷い込んでしまった。

昼過ぎに野島崎に到着。幸い、事前の週間天気予報では雨交じりの予報だったが、晴れと雲が繰り返す天気となり、海水浴も楽しめた。

まずまずの1日めだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月18日 (土)

ネット将棋最強戦の郷田真隆九段の優勝祝賀パーティの招待状届く

将棋界のタイトルホルダー、公式戦優勝棋士等トップ棋士16名が参加して、インターネット介して対局を行う、第1回ネット将棋最強戦は、今年(2007年)の7月8日(日)に郷田真隆九段と丸山忠久九段とで決勝戦が戦われ、郷田九段が第1回の優勝者となった。
贔屓にする郷田九段の優勝は、名人戦でフルセットの激闘の末敗れたばかりだったので、ファンとしては、大いに溜飲を下げた。

その後、将棋連盟のホームページを見ていたら、8月下旬に丸の内の銀行倶楽部で行われる優勝祝賀パーティに100名を招待してくれるという。願ってもないチャンスなので、「ダメでもともと」と思い、さっそく申し込みをした。
その後、なしのつぶてだったので、「やはりだめだったのかな」と半ば諦めていたら、今日になって差出人が「日本将棋連盟」となっている封書が届いた。
「もしかしたら…」と期待して、封を切ると、待っていた郷田九段の優勝祝賀パーティの招待状だった。

郷田九段のその後の戦績は、王座戦の挑戦者決定トーナメントでは準決勝で森内名人に敗退、棋王戦の最終予選では2回戦で田村康介六段に敗れるなど、名人戦に続くタイトル挑戦がなかなか決まらないが、それでも今年度(2007年度)の成績は、ここまで21戦で14勝7敗(勝率0.6667)と好調を維持しており、勝数では16勝している木村一基八段に次いで全棋士中2位である。
これから挑戦者争いに登場する王将戦、王位戦等でぜひ挑戦者リーグ入りしてほしいものだ。

当日は残業などせず、仕事を定時に切り上げて、最初の表彰式から見逃さないようにしたい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年8月17日 (金)

やっと「夏休みのはじまり」

世の中では、昨日でお盆休みが終わったのか、昨日まで座れた朝の通勤電車も、今朝は、いつもより少し空いている程度だった。
東京は、昨日の夜から今朝にかけての最低気温は30℃を超えていて、「超(?)熱帯夜」だった。日中はの最高気温37.5℃と昨日の最高気温を更に更新した。

私個人としては、暑い1週間の仕事がようやく終わり、前後の土日を含めて9日間の「夏休み」の始まりである。
天気予報を見ていると、泊まりがけで出かける予定の南房総地域の19日(日)の予報が、今日になって「曇り」に変更。なんとか、雨に降られずに済めばと思う。

この1週間のあまりの暑さで、思考能力の低下が著しく、南房総から帰ってきた後の、「夏休み」の過ごし方を考える元気がない。今晩、ゆっくり寝て、明日、南房総ドライブプランと合わせ、考えることにしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月16日 (木)

今日(2007年8月16日)は「日本の一番暑い日」、東京の最高気温も体温を超える

今週は、連日猛暑が続いている。昨日(2007年8月15日)、群馬県館林市で最高気温が40.2℃を記録したというニュースに驚いていたら、今日(2007年8月16)は、岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市で、午後2時過ぎ(多治見2時20分、熊谷2時42分)に、日本の観測史上最高となる40.9℃を記録、1933年に山形市で記録した40.8℃の記録を更新し、「日本の一番暑い日」になった。

今日は、ほかにも埼玉県越谷市(40.4℃)、館林市(昨日の記録を上回る40.3℃)、岐阜県美濃市(40.0℃)と40℃を以上の最高気温となり、それぞれの地点での観測史上1位の記録を塗り替えている。

東京の最高気温も午後1時26分に37.0℃を記録。これは、数日前に書いた通り、大手町にある気象庁の「露場」での気温なので、日なたで、アスファルトの上だったりすると40℃超えているに違いない。
職場も冷房の効いているオフィスの中はいいが、一歩部屋の外に出て、普段、一つ上の階にある食堂との上り下りに使う階段は、鉄の扉で仕切られていることもあって、温室のように生暖かい。
東京で厄介なのは、夜、気温が下がらないことである。ヒートアイランド現象と言われ、夜でも各家のエアコンが稼働し、廃熱を放出し続けるので、日が沈んでも、あまり気温が下がらない。夜最低気温が25℃以上を記録する「熱帯夜」が、8月2日から途切れずに続いているそうである。むしろ最低気温も上昇気味で、今朝の最低気温は午前4時15分に29.4℃。
最低気温が30℃を超えたら「超熱帯夜」とでも呼ぶのだろうか?

「熱中症」という言葉も、人ごとではなくなっている気がする。せめて、十分な睡眠をとって、夏バテしないようにしなくては…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月15日 (水)

今年(2007年)の夏は房総半島の先端「南房総」に行こう

今年(2007年)の私の夏休みは、来週(20日~24日)の予定だ。例年は、8月の1週めか2週めに取ることが多いのだが、今年は3人の子供がそれぞれ進学して、これまでとは予定もずいぶん変わりそうなので、お盆過ぎのその頃なら、全員、特別な予定はなさそうだということで、7月の半ばに休みのスケジュールを決めたのだが、結局、中学でバレー部に入った長男のバレーボールの試合が、その週の週半ばにあるということが、あとになって分かり、長い旅行には行けなくなった。

旅行の行き先を決めるのは、私の仕事で、今年は「館山自動車道」が開通して、これまで行ったことのない千葉房総半島が行きやすくなったので、南房総まで足を伸ばしてみることにして、宿も一泊分は予約をした。

ガイドブックも揃え、さてこれからどこに行くのかプラン作りというところなのだが、天気予報を見ると、19日(日)からしばらく雨交じりの天気予報。これまで、ずっと真夏日と熱帯夜が続いているのに…。天気予報というのは、「後ズレ」することが多いので、それを期待することにしたい。

島国「日本」は至る所、半島と岬があるが、考えてみれば、これまで、志摩半島、能登半島、三浦半島、伊豆半島、知床半島などには行き、半島の先の岬まで行ったところもある。しかし、房総半島は、小学生の時、鋸山の日本一(当時)の石の大仏を見に行ったことがあるくらいで、その先の南房総まで足を伸ばしたことはなかった。また、一つ、自分の中の白地図を塗り替えることができる。それにつけても、天気がもってくれないものかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月14日 (火)

堀江敏幸著『雪沼とその周辺』、『いつか王子駅で』を読む

薦めてくれる人がいて、初めて堀江敏幸さんの作品を2冊読んだ。

堀江敏幸さんは、1964年生まれ。1999年に三島由紀夫賞、2001年に芥川賞、2003年に川端康成文学賞、2004年には谷崎潤一郎賞と名だたる文学賞を総ナメにしている。受賞歴を見る限り、純文学の実力派と言えるだろう。
タイトルにあげた2冊は、いずれも最近新潮文庫に収録された。しばらく前に『いつか王子駅で』が文庫化された時は、私自身が長く王子駅にほど近い豊島区駒込に住んでいたこともあって、よほど買って読んでみようかと思ったのだが、その時は縁がなかった。

読んでみると、なんともいえず、独特の味わいがある。私に薦めてくれた人が、「王朝文学のようだ」と言った、修飾語の多い長い文章。文体そのものが、ゆったりとしたリズムを持っている。

雪沼とその周辺 (新潮文庫 ほ 16-2)

『雪沼とその周辺』は、山あいにある「雪沼」という町とその周辺に住む人々の日常が淡々と語られる短編集である。
何か大事件が起きるわけではない。しかし、その淡々と日常を生きる人の中に、ささやかながら「生きる意味」とでも呼ぶべきものが語られる。

いつか王子駅で (新潮文庫)

『いつか王子駅で』は、おそらくは、著者の分身であろう「私」を主人公にした作品である。都電荒川線の沿線に住まいを借りた「私」が、日常生活の中で、様々な人と出会い、関わっていく様子を、これも淡々と描いている。

どちらも、読み終わると、なんとも暖かい気持ちになる。
「いつも通りの日常の生き方をしながら、それが後から振り返れば、前向きの生き方だったと言えるような生き方をしたい」という主旨のことを『いつか王子駅で』の登場人物は語る。
著者のそういう思いが、読者を暖かい気持ちにさせてくれるのではないかと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月13日 (月)

メンタルヘルス・マネジメント検定Ⅱ種ラインケアコースの受験を申し込む

数日前にも、このブログでも書いた、CIA(公認内部監査人)に続く、資格試験として目指している「メンタルヘルス・マネジメント検定」(大阪商工会議所主催)のうち「Ⅱ種ラインケアコース」の受験を、昨日の夜、ネットで申し込んだ。

→大阪商工会議所の「メンタルヘルス・マネジメント検定」のページはこちら(http://www.mental-health.ne.jp/

昨年秋から、年2回のペースで始まった試験は、この秋でようやく3回目となる始まったばかりの試験で、次回は2007年10月14日(日)が試験日である。

試験は対象者によって3種類に分かれている。
Ⅰ種マスターコース(対象:経営幹部、人事労務担当・管理者)
Ⅱ種ラインケアコース(対象:管理職)
Ⅲ種セルフケアコース(対象:一般社員)

毎年秋は、Ⅰ種~Ⅲ種のすべての試験が行われるが、来年(2008年)3月16日(日)予定の第4回では、Ⅱ種とⅢ種しか実施されない。毎年秋はⅠ種~Ⅲ種、春はⅡ種とⅢ種という試験構成のようだ。
試験会場は、札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、福岡の7ヶ所。

今回Ⅱ種を受験し、半年後にⅠ種を受験といきたいところだが、春はⅠ種は実施されないので、とりあえず今回Ⅱ種を受験してみて、次をどうするか考えようと思う。

たまたま、今日の昼休み職場近くの書店で、試験勉強の参考書になりそうな本を見つけた。
『活き活きとした職場をつくるメンタルヘルス・マネジメント』(高橋修・松本桂樹著、産業能率大学出版部)である。

公式テキストとこの参考書で、何とか合格したいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月12日 (日)

東京名所めぐり:東京タワーの階段上りと月島もんじゃ焼き

中学生になった長男が「東京タワーに行ったことがないので行きたい」と言っていたので、では、世の中お盆休みで帰省の人も多く、都心は空いているだろうと、今日出かけることにした。私と妻、長男の3人で昼頃に家を出て東京タワーに向かった。

私鉄と地下鉄を乗り継いで、約1時間。都営地下鉄大江戸線の赤羽橋駅の出口を出ると、北側に東京タワーが見えた。汗を拭き拭き、小高い丘の上の東京タワーの入り口を目指す。

丘を登り切ったところで、自分の考えが甘かったことを思い知った。駐車場には、東京観光が売り物の「はとバス」が4~5台のほか、他の観光バスも並んでいるし、人がたくさんいる。タワーの中ほどにある大展望台への入場券を買うのに長蛇の列。列に並んでいると、「これから券を買って大展望台へのエレベーターに乗るまで50分待ちです」とハンドマイクを持った係員の声が響く。

「参った、参った。この暑い中50分待ちとは…。勘弁してくれ~」とぐったりしていると、また、マイクの声がする。
「階段で上ってもよいという方には、ビル屋上の入場券売場で券を購入していただきます。階段は600段、15分ほどです。」

もともと、長男は、友人から東京タワーの階段を上ったとの話を聞き、自分も上ってみたいと思ってので、もともと、階段を上るつもりで来ていた。親2人は、どの程度の数の階段を上るのか分からなかったので、タワーに来るまでは階段上りには消極的だったのだが、エレベーターは50分待ち、階段は15分と聞いて、迷わず階段を行くことに決め、3人で階段上りに挑戦した。階段は、東京タワーの下のある4階建ての東京タワービルの屋上からスタートし、ビルから大展望台の向かうエレベーターの回りを吹きさらしの中を上っていく。もちろん、金網が張り巡らされて危険なことはない。むしろ、ある程度上ると涼しい風が吹き抜け、ちょっとした人工山登りだった。

結果は、長男が5分、私が10分、妻が標準の15分ほどで無事上りきった。展望台では、喫茶コーナーでひと休みし、遠くに東京湾、レインボーブリッジ、お台場を眺めたりした。

下りのエレベーターも20分待ちとのことで、下りも階段を降りる。下りは8分ほど。結果的に、エレベーター待ちの50分の間に、大展望台まで、往復できた。

少し遅めの昼食は、再び赤羽橋から大江戸線に乗り、月島で降りて、名物「もんじゃ焼き」を食べた。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、もんじゃ焼きには、東京浅草が発祥とする説と群馬県を発祥とする説の2つがあり定かではないようだが、東武伊勢崎線を通じて伝わったのだろうとしている。
月島は有名ではあるが、発祥の地ではないうことになるが、「月島もんじゃ振興会共同組合」という組織まであり、月島にある75のもんじゃ焼きの店のうち62店舗が加盟して、地域全体としてのPRに熱心なようだ。

今回、わざわざ、月島に行ったのは、オートチャージ付PASMOを利用するために加入した東京メトロの「To-Me CARD」というクレジットカードの会員だと、「月島もんじゃ振興会共同組合」の加盟店ならどこでも10%引という特典があったからだ。確かに、カードを見せると、割り引いてくれた。

東京にも、江戸の昔から続く名所が至るところにあるが、いつでも行けると思って、案外行っていないものだ。自分は知っていても、子供たちは行ったことがない、幼い頃行ったが覚えていないということも多く、東京の郊外に住んでいながら、東京都心のことはあまり知らないかもしれない。東京の名所を知らしめることも、親の役目かもしれないと、改めて感じた1日だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月11日 (土)

昨日(2007年8月10日)は、東京もこの夏初の「猛暑日」

昨日、仕事からの帰り、家の最寄り駅で電車を降りると、なんとも蒸し暑い。もう、夜9時近いというのに、30℃近くあるのではないかという気さえした。

改めて、今朝になって気象庁のホームページで確認すると、

昨日(2007年8月10日)の東京の気温は、
最高気温35.7℃(13時35分)
最低気温27.7℃(5時15分)
平均気温31.1℃

となっていた。
最高気温35.7℃で、この夏初めての「猛暑日」(最高気温35℃以上)である。(「猛暑日」の用語は、今年から気象庁で気象用語として採用されたもの)

驚いたのは、平均気温が31℃を超えていたこと。平均気温が30℃を超えた日は8月に入り2日あるが、31℃は初めてだ。
夜でも30℃近くあったのではないかという感覚は、あながち間違ってもいなかったようだ。
いよいよ「夏本番」ということだろう。

ちなみに、気象庁が記録している「東京」の場所はどこか、ご存知だろうか。これは、東京の大手町にある気象庁のビルに隣接する「露場(ろじょう)」という場所である。ただの空き地に見えるような場所に、気温や降水量など記録する観測機器が置かれている。近くを通りかかること