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2007年8月の記事

2007年8月31日 (金)

河合隼雄著『未来への記憶-自伝の試み(上)』を読み終わる

7月に亡くなった河合隼雄さんを偲ぶ意味で読み始めた岩波新書の『未来への記憶』の上巻を読み終わった。

未来への記憶〈上〉―自伝の試み (岩波新書)
未来への記憶〈上〉―自伝の試み (岩波新書)

この『未来への記憶』上・下2冊は、2001年1月に出版された河合隼雄さんの自伝である。本人が話したものを新書2冊にまとめたものである。
当時は河合さんは、国際日本文化研究センターの所長。当時は、何でこんな時期に自伝なんてと思ったのだが、直後の文化庁長官就任と度重なる留任、在任中に脳梗塞で倒れ、帰らぬ人となったことを考えると、あのタイミングしかなかったのかも知れないと今になって思う。

上巻は、丹波篠山での少年時代、神戸工専、京都大学数学科での学生生活、大学卒業後の育英学園高校での教員時代を経て、天理大学で心理学を教えるところまでである。

読んでみて、これまで知らなかったことが多いことに思い知った。猿の生態の研究で著名な河合雅雄さんが兄であることはよく知られているが、隼雄氏は6人兄弟の5番目。それも兄弟の仲が良く、兄たちからかわいがられていた様子がよくわかる。

また、京大の数学科は理系の中で実験がないからという理由で選んでいること、大学での数学は理解できず、コンプレックスを感じている。大学時代には、将来の進路に悩み、1年休学さえしている。

人間に関心があり、教えることも好きということで、心理学を学びながら、高校教師として数学を教えることを自らの仕事にすると定めて、社会人となる。
高校教師となってからも、心理学の勉強のため京大の大学院に籍を置いて、京大にも勉強に行っている。
徐々に臨床心理学への関心が強まり、高校教師から天理大学の講師へと転じる。

当時は、時代も変化しており、社会も流動的だったのだろう、今から見れば、ずいぶんと紆余曲折を経た歩みである。

下巻は、いよいよ、臨床心理学への本格的な取り組みが語られるはずである。

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2007年8月30日 (木)

第66期A級順位戦2回戦最終局の郷田真隆九段対谷川浩司九段戦は郷田九段が勝利し、2連勝

今日(2007年8月30日)は、第66期A級順位戦2回戦の最終局。ようやく、私が応援する郷田真隆九段が登場し、谷川浩司九段と対戦する。対局は、谷川九段の本拠である大阪の関西将棋会館に郷田九段が出向いて行われた。

今期のA級順位戦は、これまでに2連勝が3人と2連敗が3人と明暗を分けており、初戦白星の郷田九段としては連続挑戦のためには負けられないし、初戦黒星の谷川九段にとっても、出だし2連敗は何としても避けたいところ。
ただし、郷田九段のこれまでのA級在位4期での谷川九段との戦いは4連敗。通算の対戦成績でも17勝31敗と大きく負け越しているが、順位戦では特に相性が悪い。今後、A級の上位に定着し、名人やタイトルを狙っていくには、苦手意識は払拭しておきたいところだ。

今日も、仕事から家に戻ったところで、ニフティの「名人戦棋譜速報」にアクセスする。郷田九段の先手で始まった戦いは、居飛車の郷田九段に対し、谷川九段のゴキゲン中飛車という布陣。
3筋から5筋が主戦場となり、飛車を捌いた谷川九段が、郷田玉の玉頭に飛車を回し、桂馬も交えて攻め立てたが、郷田九段が着実な差し回しで受け切り、逆に玉頭を狙う飛車を銀で仕留め、大きな駒得となった。
お互い、玉の守りを固めないままの急戦だったこともあり、郷田九段が銀との交換で得た飛車を谷川陣に打ち込み91手目にその飛車が龍に成ったところで、谷川九段が投了した。
まだ、粘れば実際の詰みまでは20~30手は十分かかると思われたが、力の拮抗するトッププロ同士での飛車と銀の交換による駒得・駒損は、他の部分でよほど有利な点がなければ、逆転は難しいということだろう。

第2局を終わってのA級棋士10人の成績と次回第3局の対戦相手は以下の通りだ。

(2連勝)
郷田真隆九段(1)-(羽生三冠)
羽生善治三冠(3)-(郷田九段)
丸山忠久九段(5)-(谷川九段)
木村一基八段(9)-(行方八段)
(1勝1敗)
久保利明八段(7)-(藤井九段)
三浦弘行八段(8)-(佐藤二冠)
(2連敗)
谷川浩司九段(2)-(丸山九段)
佐藤康光二冠(4)-(三浦八段)
藤井猛九段(6)--(久保八段)
行方尚史八段(10)-(木村八段)

郷田ファンとしては、これまでA級上位の佐藤康光二冠、谷川浩司九段という名人経験者2人を破っての2連勝は願ってもないことだが、さらに次回第3回戦は最大の難敵とも言える羽生善治三冠戦である。前期は、1回戦が羽生三冠戦だった郷田九段は、初戦に勝って勢いに乗り、名人挑戦者となった。
今回は2連勝同士の対決で、勝った方が、名人挑戦にグッと近づくことになる。
なんとか羽生三冠にも勝って、2年連続名人挑戦を実現させ、今回こそ名人位を獲得してほしいものである。

なお、同時に行われていた第48期王位戦7番勝負の第5局の2日目は。1勝3敗でカド番に追い込まれていた先手の羽生王位が深浦八段を破り、カド番をしのいだ。
相矢倉模様で進んだ将棋は、途中から深浦八段が攻めを仕掛け、中盤からいきなり終盤戦に突入。お互いの飛車と角を取り合う、激しい攻め合いになったが、羽生王位の攻めの方が、深浦玉に近く、羽生王位が87手目に飛車を打ち王手をかけたところで、深浦八段が投了。
王位のタイトルの行方は、第6局以降に持ち越された。深浦八段としては、先手番となる次の第6局で何とか、タイトル奪取を決めたいところだろう。

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2007年8月29日 (水)

東京の暑さもようやく峠を越えそろそろ秋の気配、終わらない夏休みの宿題

ここ数日、朝晩少し涼しくなり、これまで半袖ノーネクタイでしばらく通勤していたが、昨日、郷田九段のパーティーに出ることもあって、久しぶりに長袖のワイシャツにネクタイ、背広の上着を持って出勤した。今日も、ネクタイは外したものの、長袖に上着持参した。
一時に比べると日が暮れるのも早くなり、ようやく秋の訪れを感じる。

今日の朝日新聞の夕刊には、8月のこれまでの東京の平均気温は29.5℃で、この夏40.9℃の日本最高を記録した岐阜県の多治見や埼玉県の熊谷などよりも平均気温では暑かったとの記事が出ていた。

久しぶりに気象庁のホームページで8月の気温の推移のグラフを見ると次の通りだった。

200708_2

確かに最高気温の赤い線はまだ30℃を超える所にあるが、それでも先週から、最低気温の青い線は25℃を下回る日が増えてきおり、熱帯夜の連続からは解放されたことが分かる。

来週になり9月の声を聞くと、子ども達の夏休みも終わり、いよいよ我が家全体が平常モードに戻る。中高に通う次女・長男は、「夏休みの宿題が終わらない」と呻いている。
最初から、やらなければ行いけないことは、分かっているのだから、さっさとやることは済ませてしまって、休みをエンジョイすればいいのにと思うのだが、なかなかそうも行かないようである。あと残された4日(9月1日・2日も含め)間で終わるのだろうか。親としてはお手並み拝見である。

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2007年8月28日 (火)

郷田真隆九段ファン至福の時、ネット将棋最強戦優勝の表彰式と祝賀パーティ

今日は、ネット将棋最強戦の優勝者郷田真隆九段の表彰式と祝賀パーティーの日。
抽選で、一般招待客100人のうちの1人に選ばれたので、仕事は定時に切り上げて、会場になっている東京・大手町の銀行倶楽部に向かう。10分ほど前に到着した。

開会の少し前は、米長邦雄日本将棋連盟会長や森雞二九段など4名が雛壇横の椅子に着席。開会の午後6時には、今日の主役郷田真隆九段が黒の紋付に袴姿で、壇上に登場した。
米長会長の「ネット将棋の公式戦が始まった今年は、将棋界にとって画期的な年」との挨拶に始まり、スポンサーである大和証券の副社長、郷田九段のお父さんと親しかったという医師の方の祝辞に続き、郷田九段本人の挨拶。
P1000267a_3 「名人戦で負けた直後の決勝戦、優勝が決まった時には感動した。こんなにうれしかったことは久しぶり。優勝は、10年ぶりのことで自分でも驚いた。これからもファンによろこんでもらえる棋譜が残せるようにしたい」との趣旨の挨拶だった。
その後、同じ故大友八段門下の兄弟子森雞二九段が「師匠もこの優勝をよろこんでいるはず。今日は、師匠になりかわって」と乾杯の発声を行った。

その後の祝賀パーティは、立食形式。会場には、米長会長、西村一義専務理事ほか、田中寅彦九段、青野照市九段、中川大輔七段、西川慶二七段など連盟理事の棋士が顔を揃えていたほか、藤井猛九段、森下卓九段、窪田義行六段、伊藤真吾四段が私が知っている棋士だった。女流棋士も、斎田晴子倉敷藤花、安食聡子初段、中村真梨花初段などが来場していた。

会場では、ポラロイドカメラを持った係の人が郷田九段や他の棋士との記念写真の撮影サービスをしてくれていたので、せっかくここまで来たのだからと、私も郷田九段とツーショットの記念写真の列にちゃっかり並び貴重なポラロイド写真を撮ってもらった。(これは家宝にしなくては…)

このようなプロ棋士のパーティの勝手が分からないので、まったく将棋界と縁のない素人ファンがどこまで厚かましく振る舞っていいものやら悩んだが、せめてひと言郷田九段と話したいと8時半過ぎの西村専務理事の中締めの挨拶のあと、郷田九段が一人になったところを見計らって、「もしよろしければ名刺をいただけませんか」と声をかけて、名刺交換をして、「ブログで先生の応援記事を書いています」と話した。
これまでパソコンを持っていなかったという郷田九段は、「僕は、そういうのよくわからないので…」とちょっと困ったような顔をしていたが、最後に「ぜひ、名人になって下さい」と声をかけて、会場を出た。

今回の優勝の副賞は、郷田九段の希望もあり、NECの最新型ノートパソコンとのこと。いつか、このブログも郷田九段本人に読んでもらえるよう、引き続き応援記事を書いて行きたい。

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2007年8月27日 (月)

梅原猛著『日本の霊性 越後・佐渡を歩く』(新潮文庫)を読み始めた

今日は、夏休み明けで久しぶりの出勤。昼休みに職場の近くの書店をのぞくと、新潮文庫の9月の新刊が既に並べられていた。

その中で、気になったのが梅原猛さんの『日本の霊性』である。梅原さんは哲学者であるが、その関心は歴史・宗教など広範囲に及び、著作を含む業績を総称して「梅原日本学」とも言われる。1925(大正14)年生まれで、すでに80歳を超えている。

この作品は、サブタイトルにもある通り、著者が佐渡ヶ島を含む新潟県一帯を旅をした際の紀行文である。

日本の霊性―越後・佐渡を歩く (新潮文庫)
日本の霊性―越後・佐渡を歩く (新潮文庫)

私は以前、梅原さんが宮崎・鹿児島を旅した際の紀行文『天皇の”ふるさと”日向をゆく』(新潮社)を読み、古事記・日本書紀の故地としての宮崎・鹿児島を改めて教えられた気がした。
当時、富山に住んでいたが、中学の修学旅行で行った宮崎、その修学旅行に加え、社会人になってから仕事で2年近く毎月のように通った鹿児島を、改めて訪ねて見たくなり、夏休みに家族と福岡に里帰りする際に、富山から車で大阪に出て、大阪-宮崎をフェリー、宮崎から古墳で有名な西都原(さいとばる)、霧島神宮-鹿児島と回ったあとで、福岡に帰るという遠回り旅行をしたことがある。

今回の作品の旅の舞台は新潟。私が30代の後半5年間を過ごした富山の隣県である。富山にいる時に、佐渡にも旅行したことがあるし、古事記・日本書紀の描く日本神話の世界に興味をもつことになったのも、新潟県の糸魚川にあるフォッサマグナミュージアムで、古事記に出てくる「当地の奴奈川姫と出雲の大國主命の結婚」話のスライドを見て、島根・出雲と糸魚川の間をつなぐ海の道に思いをはせたものの、古事記・日本書紀の描く日本神話の世界をほとんど知らない自分に愕然とし、日本神話のにわか勉強を始めたことがきっかけである。ちょうど、おりよく『天皇の”ふるさと”日向をゆく』が刊行され、富山から宮崎・鹿児島への旅行を決行することになった。

今回の『日本の霊性』の最初の第一章は、私を古事記・日本書紀に引き寄せた奴奈川姫を扱った「奴奈川姫とヒスイ文化」とタイトルが付けられている。
すぐに、レジに並んで購入。昨日、取り上げた河合隼雄さんの『未来への記憶』と並行して読むことになるだろう。

面白い話題があれば、日を改めて紹介したい。

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2007年8月26日 (日)

今日(2007年8月26日)でブログ開始1年半、印象に残る「河合隼雄さん」・「CIA試験」・「将棋と郷田九段」

2006年2月26日にこのブログを書き始めてから、今日(2007年8月26日)でちょうど1年半が経過した。

この1年半を振り返ると、いくつかの出来事が思い浮かぶ。

(1)河合隼雄さん亡くなる
一つは、このブログを最初に始めた時のテーマが「中年期の危機(ミドルエイジ・クライシス)を乗り越える」ということだったが、そのようなことを考える時の、私にとっての先生であった河合隼雄さんが、文化庁長官在職中の昨年(2006年)8月に脳梗塞で倒れ、闘病生活を続けていたが、先月、とうとう亡くなった。
文化庁という日本の官僚機構の中に入りこみ、長官として現実の諸問題の解決に当たる中で、河合さんはおそらく、改めて日本という国について考えたのではないかと思う。
文化庁長官退官後の河合さんは、現在の日本についての処方箋を何か考えていたのではないか。それが、世に問われることがないままになってしまったことは、いかにも残念だ。
このブログで、これまで一番アクセスされ読まれたと思われる記事は、依然として昨年8月24日書いた「気がかりな河合隼雄文化庁長官の容態」である。現時点で、集計すると、この記事へのこれまで1年と2日間でのアクセス総数は11,932件。これまでのこのブログへのアクセス総数は11万6千件余りなので、全体の10%を占めている。
書いた時は、本当に早く回復してほしいという思いだったが、図らずもグーグルなど検索サイトで上位に表示されるようになったことも相俟って、1万件を超えるアクセスになった。
改めて、河合隼雄さんの生き方を知ろうと思い、これまで発行されていることは知りながら読んでいなかった岩波新書の『未来への記憶-自伝の試み(上)・(下)』を買った。
なぜ、高校の数学の教師から心理学者へと転身したのか。知っているようで、知らない。
夏休みが終わり、来週から復帰する職場への往復の電車の中で読もうと思う。

(2)CIA(公認内部監査人)資格取得
自分自身の「中年クライシス」への対処の具体策として考えたのが、改めて勉強し直すことだった。現在、仕事で求められる知識・ノウハウを有することを、資格を取ることによって示そうと、仕事のかたわら、自分なりに工夫して勉強をした。
昨年3月に職場での通信教育を短期間で終わらせることをスタートに、いくつかの資格試験を受け、昨年(2006年)11月と今年(2007年)5月の2回のCIA(公認内部監査人)試験の受験で、なんとか資格取得に漕ぎ着け、昨年3月の時点で当面の目標としたゴールには到達した。これも、ブログを始めてからの出来事である。

(3)将棋との再会と郷田真隆九段の活躍
将棋との「再会」もこのブログを始めてからの出来事である。子供のから将棋ファンだったが、かつて応援していた米長邦雄現将棋連盟会長が1993年に49歳で名人位を得て史上最年長の名人と話題になったものの、翌1994年には羽生善治現三冠に敗れて以降は、将棋界に関する関心も薄れていた。
その将棋界の動きに再び関心を持つきっかけになったのは、昨年、将棋界を揺るがした、名人戦の主催新聞社移管問題である。
昨年、日本将棋連盟は、2007年以降は名人戦の主催社である毎日新聞社との契約を継続しないと申し入れを行い、新聞・週刊誌で書き立てられる大騒動になった。最終的には、棋士総会で毎日新聞社との契約を継続しないという理事会案が承認されたが、反対票と僅差だったこともあり、毎日・朝日の2社による共催という妥協案が出され、両新聞社ともそれを了解したことから、過去例のない全国紙2社の共催による名人戦・順位戦が2007年4月から始まった。

その経過の中で、私は、2度のA級陥落にも腐ることなく、みたびA級に復帰した郷田真隆九段を応援することにした。
郷田九段の扇子など買い込み応援し始めたところ、2006年度の第65期A級順位戦でトップを走り続け、名人挑戦者となった。
名人戦7番勝負では、第6局では絶体絶命のピンチから大逆転し、第7局でもあわや新名人誕生かと期待を持たせてくれたのは記憶に新しいところ。
名人位こそ取れなかったものの、今日(2007年8月26日)放映のNHK将棋トーナメント2回戦でも、飯塚祐紀六段に貫禄勝ちで、今年度は21戦で16勝5敗と好調である。今年こそは、タイトルホルダーに復帰してほしい。

他にも思い浮かぶことはあるが、この1年半の間で1年以上にわたる出来事の中で印象に残るのは上記の3つかもしれない。

これから、半年、1年の中で、どのような出来事に遭遇するかも楽しみである。

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2007年8月25日 (土)

将棋の第20期竜王戦の挑戦者は、木村一基八段と佐藤康光二冠の3番勝負に

11人の予選通過者で争われた将棋の第20期(2007年度)竜王戦の決勝トーナメント、まず8月10日に予選1組優勝の木村一基八段と1組5位の谷川浩司九段の間で行われた準決勝の第1局は、木村八段が谷川九段に実力を発揮させない万全の差し回しで、69で谷川九段が投了。木村八段が、渡辺明竜王への挑戦者を決める挑戦者決定三番勝負への名乗りを上げた。

昨日(2007年8月24日)は、1組2位の佐藤康光二冠と1組3位の羽生善治三冠との間で、準決勝の第2局が行われた。佐藤二冠の得意戦法を、羽生三冠が新手で受けて立った。一時、先手の羽生三冠優勢の場面もあったようだが、総じて佐藤二冠ペースで進み98手で佐藤康光二冠が勝ち、挑戦者決定戦への出場を決めた。
羽生三冠が今回挑戦者となり、7番勝負で渡辺竜王から竜王位の奪取に成功すれば、竜王位通算7期となり、初の「永世竜王」の誕生となるところだったが、一歩及ばなかった。
羽生三冠(王位・王座・王将)は、現在、深浦康市八段を挑戦者に迎えての第48期王位戦では、1勝3敗とカド番に追い込まれている。業界紙によれば、羽生三冠が過去タイトル戦の7番勝負で1勝3敗となった場合、そこから逆転したケースは一度もないとのこと。王位戦での不調が、今回の佐藤二冠戦にも微妙に影響したのだろうか。

Photo_2

(上記トーナメント表は、第20期竜王戦中継公式サイトより)

竜王戦の挑戦者決定3番勝負の方は、9月4日、14日、19日の予定で行われる。
木村一基八段は、前期順位戦のB級1組トップで、今期からA級棋士となり、A級順位戦に参加しているが、ここまで谷川浩司九段と藤井猛九段に連勝し絶好のスタートを切った。
もともと、通算成績で勝率7割を超える数少ない棋士の1人だが、今期は順位戦以外でも好調で、8月24日現在で21戦して16勝5敗(勝率0.7619)と通算成績も上回る勝率を残している。
一方の佐藤康光九段は、昨年度(2006年度)は、自身がタイトルを持つ棋聖戦以外の6つのタイトル戦のうち、名人戦以外の5つのタイトル戦の挑戦者となり、最後の棋王戦で森内棋王からタイトルを奪取、最優秀棋士にも選ばれるなど絶好調だったが、今期はその疲れがでたのか、今期のA級順位戦では、郷田真隆九段、丸山忠久九段に連敗し、厳しいスタートとなっている。
その他の棋戦での調子も今ひとつで、8月24日現在で20戦で10勝10敗(勝率0.500)である。
この勢いの差を見ると、今期の竜王戦挑戦者は木村八段と言いたくなるが、さてどうなるだろうか。
A級順位戦での2人の対戦は、最終第9局の来年(2008年)3月3日に組まれている。今回の三番勝負は、これまで対戦が少なかった両者のA級順位戦での戦いの前哨戦としても面白そうである。

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2007年8月24日 (金)

ようやく、メンタルヘルス・マネジメント検定の勉強を始める

CIA(公認内部監査人)試験の次の目標資格として、昨年(2006年)から始まったばかりの、メンタルヘルス・マネジメント検定を受けることにしたことは、このブログでも何回か書いた。
とりあえず、2007年10月14日に行われる第3回検定では、現場の管理職クラスを対象としたⅡ種(ラインケアコース)の受験申込は行った。最終的には経営者や人事部職員対象のⅠ種(マスターコース)の取得が目的で、まずは腕試しの今回の受験計画だった。
しかし、問題は試験のサイクル。この検定試験は、大阪商工会議所の主催で、毎年春(3月)と秋(10月)の年2回の試験。秋は、Ⅰ種・Ⅱ種・Ⅲ種(セルフケアコース)の3種類の試験が実施されるが、春はⅡ種とⅢ種の試験しか行われない。今回Ⅱ種のみを受験した場合、Ⅰ種の受験は来年の秋になってしまう。
「資格試験の勉強は、まとめて集中してやり、勢いで合格する」というやり方で、やってきた私としては、1年間のブランクはもったいない気がしてきた。

試験のスケジュールを再確認すると、10月14日の試験は、午前中がⅡ種、午後がⅠ種とⅢ種の試験であり、Ⅰ種とⅡ種、あるいはⅡ種とⅢ種は併願可能になっている。
試験範囲は、基本的に重なっていて、Ⅰ種は言わば、経営者・本社人事部レベル、Ⅱ種が現場の管理職の心得のようなところが違うところであり、労働法規やメンタルヘルスの基礎知識などは程度の差はあっても、どちらでも出題範囲なので、この際、まとめて勉強して、一気に受験した方が、却って合格する確率が高くなるかもしれないと方針を変更。
一昨日、出かけた際にⅠ種のテキストも買ってきた。夏休みの今日も含めて残り3日で、ざっと目を通し、とても歯が立たないという感じならⅡ種だけにすればいいし、やれそうなら、Ⅰ種の申込をすればいい。

改めて、労働法規を勉強してみると、過労死や心の病での自殺の増加などに対応して、厚生労働省も労働安全衛生法をたびたび改正していることが分かる。サラリーマンとして、企業で働きながら、まともに労働法規など勉強したことがなかったが、自分たちの権利を守るためにも知っておいて損はない。
少し、真剣に勉強しようと思う。

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2007年8月23日 (木)

今日は、二十四節気の「処暑(ショショ)」

今日(2007年8月23日)は、二十四節気の「処暑(ショショ)」。愛用の山下景子著『美しい暦のことば』には、次のような説明がされている。

「処」はもともと、「来て止まる」という意味を持った漢字だといいます。ここでは、暑さがおさまるという意味です。
この頃から朝晩の涼しさが実感できるようになってくるのではないでしょうか。
(山下景子著『美しい暦のことば』121ページ)

今日の東京は、明け方雨が降り、朝は少し雨が残っていた。昼になるにつれ、日が照ってきて気温も上がり、日なたは相変わらず暑かったが、日陰に入ると涼しい風が吹いてきたりで、東京の猛暑も今日はひと休みといったところだ。
それでも、東京の最高気温は17時現在で30.0℃(12時45分)。まだ「真夏日」は続いている。

昨日(8月22日)は、最高気温を予想を上回る37.0℃で、首都圏に電力を供給する東京電力では、需要の増加が予想されたことから電力供給がパンクするのを避けるため、契約に基づいていくつかの大口契約先に電力供給の停止を行ったという。17年ぶりのことらしい。
7月に起きた新潟中越沖地震で柏崎原子力発電所が被害を受け稼働停止中で、もともと万全の供給体制といえない中、この猛暑。東京電力にしてみれば、「弱り目に祟り目」と言いたくなる暑さだったろう。

さて、「処暑」を迎えて、本当に暑さがおさまってくれるのか。東京電力ならずとも、終わらない猛暑に参っている身としては、気になるところである。

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2007年8月22日 (水)

パレスサイドビルのジャズが流れる喫茶店

減量のため、仕事の帰りに、職場のある日本橋から東京メトロ東西線の竹橋駅まで2駅歩いていることは何回かこのブログにも書いてきた。
最初の頃は、気象庁の前の出入口から地下に潜っていたが、最近は歩数を稼ぐことと、多少寄り道の楽しみもあって、反対側の出入口になるパレスサイドビルまで歩いている。

パレスサイドビルの1階と地下1階には飲食店や書店、文具店などが軒を連ねており、また立派なトイレもあり、30分ほど歩いて来た後に、ひと休みするには格好の場所である。

毎日新聞社の本社があることもあり、1階にある書店にはマスコミ関係や時事関係の書籍が充実していることは前にも書いた。時々寄って、本を買っている。

パレスサイドビルそのものは、竣工後40周年ということらしいので、内装などは決して現代的とは言えないが、さりとてどことなくすすけて古くさいという感じでもない。

最近の楽しみは喫茶店である。ビル自体に、相当数の人が働いているし、また地下鉄の駅に直結していて多くの人が乗り降りするので、1階と地下1階にも5つか6つの喫茶店があると思う。

私が気に入っているのは、あるコーヒーチェーンの店である。そのチェーンの店は、パレスサイドビルだけではないのだが、特に、パレスサイドビルの店は雰囲気が良いような気がする。
天井が高く、椅子も余裕を持って配置してある。店内にはBGMとしてジャズが流れていて、そこで椅子に腰掛けコーヒーを飲むと、くつろげる。「同じチェーンでも、この店はジャズをかけて、特別だな…」などとぼんやりと考える。
30分歩いて来て、コーヒー飲んでいては、減量の点では効果半減(砂糖を入れるので)なのだが、続けていくためにはささやかな楽しみも必要だと、自分で納得している。

先日、早朝出勤の際、日本橋にある同じチェーンの店に入った。日本橋の店は、同じチェーンだが、所狭しと言わんばかりに、椅子が並べられ、客も多く落ち着かない。
その店で、コーヒーを飲んだのは2度目なのだが、改めて耳をすませると、その店でもジャズが流れていた。前回来た時は、人の多さと喧噪で、くつろぐ余裕もなく、音楽も耳に入らなかったと言うことだろう。

同じチェーンの店でも、立地とレイアウトで、こうも雰囲気が違うものかと驚いた。

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2007年8月21日 (火)

終わりの見えない東京の暑さ

昨日、南房総への小旅行から帰ってきて、今日は旅行で汚れた衣類の洗濯など使ったものの後始末を終え、残る「夏休み」を有効に過ごす計画を立てようと目論んでいたが、相変わらずの暑さと小旅行でずっと車を運転していた疲れもあって、思うようにはかどらない。

なんとか、最近、のび放題で暑苦しくなっていた髪を切りに、床屋に行くことだけは果たした。

東京は、今日も34℃を超える暑さで、もうすぐ二十四節気の「処暑」だというのに、この暑さはいつまで続くのだろうか。明日は、もう少しましな1日にしたいところだ。

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2007年8月20日 (月)

南房総から戻る

今日は南房総のホテルで目覚める。
朝、野島崎灯台までウォーキング。日の出も眺めることができた。

あとは、木更津近くの妹の家に寄って帰るだけ。
半日ほど妹の家で過ごした後、再び東京アクアラインを通り、先ほど帰って来た。帰りは、環状8号線を使ったが、順調に流れた。

さすがに、込み入ったことを書く元気はないので、今日は寝かせていただく。

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2007年8月19日 (日)

南房総にやって来た

今日(2007年8月19日)は、我が家の夏休み小旅行の初日。朝8時に家を出て、南房総に向かう。

都心を通り抜け、川崎から東京アクアラインを経由して館山道から房総半島の最南端の野島崎近くの宿が目的地だ。

東京アクアラインの千葉県側の木更津の近くに妹が住んでいるので、東京アクアラインは何回も通っているので、今回はろくな下調べもせずに車を走らせていたら、道を間違えて東扇島に迷い込んでしまった。

昼過ぎに野島崎に到着。幸い、事前の週間天気予報では雨交じりの予報だったが、晴れと雲が繰り返す天気となり、海水浴も楽しめた。

まずまずの1日めだった。

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2007年8月18日 (土)

ネット将棋最強戦の郷田真隆九段の優勝祝賀パーティの招待状届く

将棋界のタイトルホルダー、公式戦優勝棋士等トップ棋士16名が参加して、インターネット介して対局を行う、第1回ネット将棋最強戦は、今年(2007年)の7月8日(日)に郷田真隆九段と丸山忠久九段とで決勝戦が戦われ、郷田九段が第1回の優勝者となった。
贔屓にする郷田九段の優勝は、名人戦でフルセットの激闘の末敗れたばかりだったので、ファンとしては、大いに溜飲を下げた。

その後、将棋連盟のホームページを見ていたら、8月下旬に丸の内の銀行倶楽部で行われる優勝祝賀パーティに100名を招待してくれるという。願ってもないチャンスなので、「ダメでもともと」と思い、さっそく申し込みをした。
その後、なしのつぶてだったので、「やはりだめだったのかな」と半ば諦めていたら、今日になって差出人が「日本将棋連盟」となっている封書が届いた。
「もしかしたら…」と期待して、封を切ると、待っていた郷田九段の優勝祝賀パーティの招待状だった。

郷田九段のその後の戦績は、王座戦の挑戦者決定トーナメントでは準決勝で森内名人に敗退、棋王戦の最終予選では2回戦で田村康介六段に敗れるなど、名人戦に続くタイトル挑戦がなかなか決まらないが、それでも今年度(2007年度)の成績は、ここまで21戦で14勝7敗(勝率0.6667)と好調を維持しており、勝数では16勝している木村一基八段に次いで全棋士中2位である。
これから挑戦者争いに登場する王将戦、王位戦等でぜひ挑戦者リーグ入りしてほしいものだ。

当日は残業などせず、仕事を定時に切り上げて、最初の表彰式から見逃さないようにしたい。

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2007年8月17日 (金)

やっと「夏休みのはじまり」

世の中では、昨日でお盆休みが終わったのか、昨日まで座れた朝の通勤電車も、今朝は、いつもより少し空いている程度だった。
東京は、昨日の夜から今朝にかけての最低気温は30℃を超えていて、「超(?)熱帯夜」だった。日中はの最高気温37.5℃と昨日の最高気温を更に更新した。

私個人としては、暑い1週間の仕事がようやく終わり、前後の土日を含めて9日間の「夏休み」の始まりである。
天気予報を見ていると、泊まりがけで出かける予定の南房総地域の19日(日)の予報が、今日になって「曇り」に変更。なんとか、雨に降られずに済めばと思う。

この1週間のあまりの暑さで、思考能力の低下が著しく、南房総から帰ってきた後の、「夏休み」の過ごし方を考える元気がない。今晩、ゆっくり寝て、明日、南房総ドライブプランと合わせ、考えることにしたい。

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2007年8月16日 (木)

今日(2007年8月16日)は「日本の一番暑い日」、東京の最高気温も体温を超える

今週は、連日猛暑が続いている。昨日(2007年8月15日)、群馬県館林市で最高気温が40.2℃を記録したというニュースに驚いていたら、今日(2007年8月16)は、岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市で、午後2時過ぎ(多治見2時20分、熊谷2時42分)に、日本の観測史上最高となる40.9℃を記録、1933年に山形市で記録した40.8℃の記録を更新し、「日本の一番暑い日」になった。

今日は、ほかにも埼玉県越谷市(40.4℃)、館林市(昨日の記録を上回る40.3℃)、岐阜県美濃市(40.0℃)と40℃を以上の最高気温となり、それぞれの地点での観測史上1位の記録を塗り替えている。

東京の最高気温も午後1時26分に37.0℃を記録。これは、数日前に書いた通り、大手町にある気象庁の「露場」での気温なので、日なたで、アスファルトの上だったりすると40℃超えているに違いない。
職場も冷房の効いているオフィスの中はいいが、一歩部屋の外に出て、普段、一つ上の階にある食堂との上り下りに使う階段は、鉄の扉で仕切られていることもあって、温室のように生暖かい。
東京で厄介なのは、夜、気温が下がらないことである。ヒートアイランド現象と言われ、夜でも各家のエアコンが稼働し、廃熱を放出し続けるので、日が沈んでも、あまり気温が下がらない。夜最低気温が25℃以上を記録する「熱帯夜」が、8月2日から途切れずに続いているそうである。むしろ最低気温も上昇気味で、今朝の最低気温は午前4時15分に29.4℃。
最低気温が30℃を超えたら「超熱帯夜」とでも呼ぶのだろうか?

「熱中症」という言葉も、人ごとではなくなっている気がする。せめて、十分な睡眠をとって、夏バテしないようにしなくては…。

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2007年8月15日 (水)

今年(2007年)の夏は房総半島の先端「南房総」に行こう

今年(2007年)の私の夏休みは、来週(20日~24日)の予定だ。例年は、8月の1週めか2週めに取ることが多いのだが、今年は3人の子供がそれぞれ進学して、これまでとは予定もずいぶん変わりそうなので、お盆過ぎのその頃なら、全員、特別な予定はなさそうだということで、7月の半ばに休みのスケジュールを決めたのだが、結局、中学でバレー部に入った長男のバレーボールの試合が、その週の週半ばにあるということが、あとになって分かり、長い旅行には行けなくなった。

旅行の行き先を決めるのは、私の仕事で、今年は「館山自動車道」が開通して、これまで行ったことのない千葉房総半島が行きやすくなったので、南房総まで足を伸ばしてみることにして、宿も一泊分は予約をした。

ガイドブックも揃え、さてこれからどこに行くのかプラン作りというところなのだが、天気予報を見ると、19日(日)からしばらく雨交じりの天気予報。これまで、ずっと真夏日と熱帯夜が続いているのに…。天気予報というのは、「後ズレ」することが多いので、それを期待することにしたい。

島国「日本」は至る所、半島と岬があるが、考えてみれば、これまで、志摩半島、能登半島、三浦半島、伊豆半島、知床半島などには行き、半島の先の岬まで行ったところもある。しかし、房総半島は、小学生の時、鋸山の日本一(当時)の石の大仏を見に行ったことがあるくらいで、その先の南房総まで足を伸ばしたことはなかった。また、一つ、自分の中の白地図を塗り替えることができる。それにつけても、天気がもってくれないものかと思う。

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2007年8月14日 (火)

堀江敏幸著『雪沼とその周辺』、『いつか王子駅で』を読む

薦めてくれる人がいて、初めて堀江敏幸さんの作品を2冊読んだ。

堀江敏幸さんは、1964年生まれ。1999年に三島由紀夫賞、2001年に芥川賞、2003年に川端康成文学賞、2004年には谷崎潤一郎賞と名だたる文学賞を総ナメにしている。受賞歴を見る限り、純文学の実力派と言えるだろう。
タイトルにあげた2冊は、いずれも最近新潮文庫に収録された。しばらく前に『いつか王子駅で』が文庫化された時は、私自身が長く王子駅にほど近い豊島区駒込に住んでいたこともあって、よほど買って読んでみようかと思ったのだが、その時は縁がなかった。

読んでみると、なんともいえず、独特の味わいがある。私に薦めてくれた人が、「王朝文学のようだ」と言った、修飾語の多い長い文章。文体そのものが、ゆったりとしたリズムを持っている。

雪沼とその周辺 (新潮文庫)
雪沼とその周辺 (新潮文庫)

『雪沼とその周辺』は、山あいにある「雪沼」という町とその周辺に住む人々の日常が淡々と語られる短編集である。
何か大事件が起きるわけではない。しかし、その淡々と日常を生きる人の中に、ささやかながら「生きる意味」とでも呼ぶべきものが語られる。

いつか王子駅で (新潮文庫)
いつか王子駅で (新潮文庫)

『いつか王子駅で』は、おそらくは、著者の分身であろう「私」を主人公にした作品である。都電荒川線の沿線に住まいを借りた「私」が、日常生活の中で、様々な人と出会い、関わっていく様子を、これも淡々と描いている。

どちらも、読み終わると、なんとも暖かい気持ちになる。
「いつも通りの日常の生き方をしながら、それが後から振り返れば、前向きの生き方だったと言えるような生き方をしたい」という主旨のことを『いつか王子駅で』の登場人物は語る。
著者のそういう思いが、読者を暖かい気持ちにさせてくれるのではないかと思う。

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2007年8月13日 (月)

メンタルヘルス・マネジメント検定Ⅱ種ラインケアコースの受験を申し込む

数日前にも、このブログでも書いた、CIA(公認内部監査人)に続く、資格試験として目指している「メンタルヘルス・マネジメント検定」(大阪商工会議所主催)のうち「Ⅱ種ラインケアコース」の受験を、昨日の夜、ネットで申し込んだ。

→大阪商工会議所の「メンタルヘルス・マネジメント検定」のページはこちら(http://www.mental-health.ne.jp/

昨年秋から、年2回のペースで始まった試験は、この秋でようやく3回目となる始まったばかりの試験で、次回は2007年10月14日(日)が試験日である。

試験は対象者によって3種類に分かれている。
Ⅰ種マスターコース(対象:経営幹部、人事労務担当・管理者)
Ⅱ種ラインケアコース(対象:管理職)
Ⅲ種セルフケアコース(対象:一般社員)

毎年秋は、Ⅰ種~Ⅲ種のすべての試験が行われるが、来年(2008年)3月16日(日)予定の第4回では、Ⅱ種とⅢ種しか実施されない。毎年秋はⅠ種~Ⅲ種、春はⅡ種とⅢ種という試験構成のようだ。
試験会場は、札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、福岡の7ヶ所。

今回Ⅱ種を受験し、半年後にⅠ種を受験といきたいところだが、春はⅠ種は実施されないので、とりあえず今回Ⅱ種を受験してみて、次をどうするか考えようと思う。

たまたま、今日の昼休み職場近くの書店で、試験勉強の参考書になりそうな本を見つけた。
『活き活きとした職場をつくるメンタルヘルス・マネジメント』(高橋修・松本桂樹著、産業能率大学出版部)である。

公式テキストとこの参考書で、何とか合格したいものである。

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2007年8月12日 (日)

東京名所めぐり:東京タワーの階段上りと月島もんじゃ焼き

中学生になった長男が「東京タワーに行ったことがないので行きたい」と言っていたので、では、世の中お盆休みで帰省の人も多く、都心は空いているだろうと、今日出かけることにした。私と妻、長男の3人で昼頃に家を出て東京タワーに向かった。

私鉄と地下鉄を乗り継いで、約1時間。都営地下鉄大江戸線の赤羽橋駅の出口を出ると、北側に東京タワーが見えた。汗を拭き拭き、小高い丘の上の東京タワーの入り口を目指す。

丘を登り切ったところで、自分の考えが甘かったことを思い知った。駐車場には、東京観光が売り物の「はとバス」が4~5台のほか、他の観光バスも並んでいるし、人がたくさんいる。タワーの中ほどにある大展望台への入場券を買うのに長蛇の列。列に並んでいると、「これから券を買って大展望台へのエレベーターに乗るまで50分待ちです」とハンドマイクを持った係員の声が響く。

「参った、参った。この暑い中50分待ちとは…。勘弁してくれ~」とぐったりしていると、また、マイクの声がする。
「階段で上ってもよいという方には、ビル屋上の入場券売場で券を購入していただきます。階段は600段、15分ほどです。」

もともと、長男は、友人から東京タワーの階段を上ったとの話を聞き、自分も上ってみたいと思ってので、もともと、階段を上るつもりで来ていた。親2人は、どの程度の数の階段を上るのか分からなかったので、タワーに来るまでは階段上りには消極的だったのだが、エレベーターは50分待ち、階段は15分と聞いて、迷わず階段を行くことに決め、3人で階段上りに挑戦した。階段は、東京タワーの下のある4階建ての東京タワービルの屋上からスタートし、ビルから大展望台の向かうエレベーターの回りを吹きさらしの中を上っていく。もちろん、金網が張り巡らされて危険なことはない。むしろ、ある程度上ると涼しい風が吹き抜け、ちょっとした人工山登りだった。

結果は、長男が5分、私が10分、妻が標準の15分ほどで無事上りきった。展望台では、喫茶コーナーでひと休みし、遠くに東京湾、レインボーブリッジ、お台場を眺めたりした。

下りのエレベーターも20分待ちとのことで、下りも階段を降りる。下りは8分ほど。結果的に、エレベーター待ちの50分の間に、大展望台まで、往復できた。

少し遅めの昼食は、再び赤羽橋から大江戸線に乗り、月島で降りて、名物「もんじゃ焼き」を食べた。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、もんじゃ焼きには、東京浅草が発祥とする説と群馬県を発祥とする説の2つがあり定かではないようだが、東武伊勢崎線を通じて伝わったのだろうとしている。
月島は有名ではあるが、発祥の地ではないうことになるが、「月島もんじゃ振興会共同組合」という組織まであり、月島にある75のもんじゃ焼きの店のうち62店舗が加盟して、地域全体としてのPRに熱心なようだ。

今回、わざわざ、月島に行ったのは、オートチャージ付PASMOを利用するために加入した東京メトロの「To-Me CARD」というクレジットカードの会員だと、「月島もんじゃ振興会共同組合」の加盟店ならどこでも10%引という特典があったからだ。確かに、カードを見せると、割り引いてくれた。

東京にも、江戸の昔から続く名所が至るところにあるが、いつでも行けると思って、案外行っていないものだ。自分は知っていても、子供たちは行ったことがない、幼い頃行ったが覚えていないということも多く、東京の郊外に住んでいながら、東京都心のことはあまり知らないかもしれない。東京の名所を知らしめることも、親の役目かもしれないと、改めて感じた1日だった。

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2007年8月11日 (土)

昨日(2007年8月10日)は、東京もこの夏初の「猛暑日」

昨日、仕事からの帰り、家の最寄り駅で電車を降りると、なんとも蒸し暑い。もう、夜9時近いというのに、30℃近くあるのではないかという気さえした。

改めて、今朝になって気象庁のホームページで確認すると、

昨日(2007年8月10日)の東京の気温は、
最高気温35.7℃(13時35分)
最低気温27.7℃(5時15分)
平均気温31.1℃

となっていた。
最高気温35.7℃で、この夏初めての「猛暑日」(最高気温35℃以上)である。(「猛暑日」の用語は、今年から気象庁で気象用語として採用されたもの)

驚いたのは、平均気温が31℃を超えていたこと。平均気温が30℃を超えた日は8月に入り2日あるが、31℃は初めてだ。
夜でも30℃近くあったのではないかという感覚は、あながち間違ってもいなかったようだ。
いよいよ「夏本番」ということだろう。

ちなみに、気象庁が記録している「東京」の場所はどこか、ご存知だろうか。これは、東京の大手町にある気象庁のビルに隣接する「露場(ろじょう)」という場所である。ただの空き地に見えるような場所に、気温や降水量など記録する観測機器が置かれている。近くを通りかかることがあったら、「東京」がどこにあるか探してみるのも面白いかもしれない。

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2007年8月10日 (金)

将棋第48期王位戦第4局は、挑戦者の深浦康市八段が羽生王位に勝ちタイトル獲得に王手

一昨日、昨日(2007年8月8日・9日)に福岡県筑紫野市で行われた将棋第48期王位戦7番勝負第4局は、先手の深浦康市八段が羽生善治王位を降した。
これで、シリーズの成績は深浦八段の3勝1敗となり、念願の初タイトル獲得まであと1勝となった。

将棋の内容は、攻め合いで、最後は深浦八段が押し切った。1、2局の勝利を思わせる指し回しだった。これで羽生善治王位との通算の対戦成績も16勝16敗のタイに戻した。

深浦八段の初タイトルがかかる第5局は8月29日・30日に徳島市で行われる。過去、2回将棋界の「トップ10」である名人挑戦者決定リーグであるA級に昇級しながら、いずれも4勝5敗で1期で降級となり、涙を飲んだ深浦八段が、タイトルホルダーに名を連ね、一気に飛躍出来るのか、気になるところである。

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2007年8月 9日 (木)

非接触型ICカード「PASMO」発行再開へ

今年の春、鳴り物入りで登場しながら、1ヵ月も立たないうちに在庫不足に陥り、定期券以外の発売を制限せざるを得なくなったICカード乗車券の「PASMO」が、ほぼ1ヵ月後の9月10日から発売制限を解除することになった。ようやく、在庫がたまって来たのだろう。

私は、ちょうど定期券の更新時期が3月下旬だったこともあって、発売制限がかかる前に、オートチャージ機能付の「PASMO」を入手することができ、それに定期券もセットにしたオートチャージ機能付き「PASMO」定期券を日々利用している。

3月18日の「PASMO」サービスの開始に伴い、JR東日本のSuicaとの相互利用もスタートしたことにより、本当に便利になった。

これまでは、通勤定期券と私鉄・地下鉄用のプリペイドカード「パスネット」とSuicaの3枚を持って、ようやく安心して移動ができるという状態だったが、現在では「PASMO」定期券1枚で、首都圏の鉄道移動はカバーされる。
また、改札を出た時点で、「PASMO」のチャージの残高が、3000円を切ると、次の改札に入る時、3000円オートチャージされるので、チャージ忘れで自動改札を止めてしまい、バツの悪い思いをすることもなくなった。

9月10日の販売再開後の売れ行きがどうなるのか、少々関心がある。

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2007年8月 8日 (水)

暑さの盛りの中、二十四節気の「立秋」を迎える

今日(2007年8月8日)は、二十四節気の「立秋(りっしゅう)」。家の中で、しばらく行方不明になっていた山下景子さんの『美しい暦のことば』がようやく、見つかったので、「立秋」について調べてみた。

「立春」が寒さのピークなら、「立秋」は暑さのピークといえるかもしれません。
秋になったのではなく、秋が生まれた日。今日から少しずつ涼しくなっていきます。
(中略)
二十四節気における秋は、「立秋」から「立冬」の前日まで。
天文学的には「秋分」から「冬至」の前日まで。
現在では九月から十一月。
旧暦では七月から九月が秋ということです。
(中略)
本来は「立秋」を過ぎると、暑中見舞いではなく残暑見舞いと書くのだそうです。
(中略)
まだ当分暑い日が続くと思いますが、残りの夏に悔いを残さないためにも、暑さに負けないで過ごしたいですね。
(山下景子著『美しい暦のことば』113ページ)

4日前の8月4日(土)にも、「2007年8月、東京でも夏本番を迎える」との記事を書いて、東京で梅雨が明けた8月1日以降、急に暑くなっていることを書いたが、改めて気温の推移を確認しておく。

8月2日(木):最高32.1℃、最低25.7℃、平均28.7℃
8月3日(金):最高31.9℃、最低27.3℃、平均28.8℃
8月4日(土):最高34.8℃、最低27.1℃、平均30.2℃
8月5日(日):最高33.5℃、最低26.4℃、平均29.5℃
8月6日(月):最高33.0℃、最低25.9℃、平均29.0℃
8月7日(火):最高33.2℃、最低25.8℃、平均29.4℃

梅雨明け翌日の2日から昨日まで、「夏日」と「熱帯夜」が続いていて、もっと暑かった4日(土)は今年から新設された最高気温35℃以上を表す「猛暑日」寸前だった。
ちなみに今日(8月8日)も23時現在だが
最高気温33.6℃、最低27.1℃
となっており、「夏日」・「熱帯夜」の連続記録がまた1日伸びるのは確実だろう。

文字通り「残暑」である。今週あたり、東京も一度は「猛暑日」に見舞われるかもしれない。

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2007年8月 7日 (火)

昨日(2007年8月6日)の読売新聞朝刊の短歌・俳句面に松村由利子さんの連載を見つける

昨日(2007年8月6日)の読売新聞の朝刊に歌人の松村由利子さんの連載を見つけた。25面の歌壇・俳壇のページの下に「科学をうたう」と題した2段の記事である。

記事は次のような書き出しで始まる。

短歌は花鳥風月を詠うもの、と思っている人がまだ多いようだ。しかし、現代に生きる人間のさまざまな思いを表現するのだから、日々のニュースや身近な出来事も題材となる。中でも科学は魅力的なテーマではないかと思う。
新聞社で約二十年働いたが、一番わくわくしたのは科学関係の取材だったかもしれない。文系出身の私には出合うものすべてが新しく、酵素の名一つであっても、その響きに魅了された。

と短歌と科学について語り、自分の次の歌を紹介している。

奇妙な瓶を集めるように語彙増えて本日の瓶チロシンキナーゼ

新しい知識・言葉との出合いに、素直に感動している作者は、好奇心旺盛な人なのであろう。
松村さんの手にかかり、短歌の中に読み込まれてしまうと、まったく未知の「チロシンキナーゼ」という言葉も、なんとも親しい友達のように思えてきて不思議である。

ちなみに「チロシンキナーゼ」を検索で調べると、「tyrosine kinases」と綴るようだ。説明ではチロシンというアミノ酸の一種がリン酸化(キナーゼ)したものらしい。(と書いていも、何のことやらよくわかっていないが)。「チロシン」はチーズから発見され、チーズのギリシャ語がチロシンの起源らしい。

記事には<1>とナンバーが振ってあるので、少なくとも第2回めの連載はあるようだ。しばらく、月曜日の読売新聞は気を付けて見るようにしよう。

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2007年8月 6日 (月)

CIAの次はメンタルヘルス・マネジメント検定を受けよう

7月の26日(日)にCIA(公認内部監査人)の合格の通知が届いたことで、、この1年半ほどの間の最終目標を達成したことになる。

昨年の2月スタートした「金融内部監査士養成コース」の短期で修了(2006年3月)し、旧制度の「金融内部監査士補」登録(2006年5月)→旧制度最後の「金融内部監査士」試験受験(2006年10月)→合格して「金融内部監査士(旧)」の登録と同時に、移行措置により「CFSA(公認金融監査人)」の資格取得→「CIA(公認内部監査人)」試験受験(2006年11月)、CFSA資格保有によりCIA1科目免除の特典も活用。
シナリオ通りにいっていれば、昨年11月のCIA試験で4科目合格ないし、免除科目以外の3科目合格でCIA資格取得のはずだったが、さすがに拙速が過ぎ、勉強不足は否めず、1科目を今年の5月の試験に繰り越した。しかし、それも何とか合格し、CIA資格も取得できたので、今後のことを考えないといけなくなった。

最近、はやりの成果主義式評価では、常に自ら目標を掲げ、それを達成していくことが求められる。CIA資格取得は、格好の自主目標だったが、達成したらそれで終わりというわけにもいかない。この成果を言えるのも、今年の上期まで。また、新たな目標を掲げることが求められる。
とはいえ、資格なら何でもいいわけでもない。やはり、なにがしか仕事の役にたつ資格や勉強でなければ、資格マニアと一笑に付されて終わってしまう。

とりあえず、次に受けてみようと思っているのが、1年ほど前にこのブログでも紹介したことがある、メンタルヘルス・マネジメント検定である(2006年9月29日:メンタルヘルス・マネジメント検定試験開始の意味を考える)。大阪商工会議所の主催で行われるこの検定は、昨年新たにスタートした。
職場での心の問題に配慮して、鬱病などで社員が仕事が出来なくなったりすることがないよう、経営者・人事部、職場の管理者、社員自身それぞれが、関連法務や心理学、精神医学等による心の問題を学ぼうというものである。
経営者・人事部レベルがⅠ種。職場の管理者レベルがⅡ種。社員個人レベルがⅢ種という大まかな区分けである。
試験は春と秋、秋はⅠ~Ⅲ種の全ての試験があり、春はⅡ種とⅢ種の試験が行われる。

元々、心の問題にはずっと関心があるので、この資格には大変興味があった。とりあえず、CIAが取れるまではそれに集中する方針でやって来た。そのCIAも取り終わったので、そろそろ次を考える必要があると思い、ならば一番関心のあるこの資格にチャレンジしようと思う。まず、手始めは職場の管理職クラスのⅡ種を狙おうと考えている。

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2007年8月 5日 (日)

Windows Vista用パソコンを自作する

私の趣味のひとつが「パソコンの自作」だ。CPU(演算装置=パソコンの頭脳)、マザーボード(各部品を組み付ける基盤)、ハードディスク(ソフトやデータを保存する倉庫)、メモリー(一時的にソフトやデータをハードディスクから呼び出してデータ処理をする作業場)、光学ドライブ(DVDやCDの読み出しや書き込みをする装置)、PCケース(パソコン用の箱)などを揃えて、組み立てるというものだ。
現在のパソコンは、かつてIBMが仕様を公開して以降、各部品の標準化が進み、それぞれの部品につき専門のメーカーがあり、自分の予算と希望する機能に合わせて、部品を選んで自作することが出来る。
部品が標準化されているので、組み立てもマザーボードに部品を組み付け、組み付けたマザーボードをケースに収め、あとは、ケースにハードディスクと光学ドライブを装着して、マーザーボードと配線すれば、ほぼ完成である。子供の頃、夢中になったプラモデル作りの大差ない。

マイクロソフトの新しいOS(オペレーティングソフト)である「Windows Vista」の「Home Premium」のアップグレード版はすでに3月に入手していたが、どうせ新しいOSを使うなら、日進月歩の技術革新が進んでいるパソコンの世界なので、新しい部品でWindowsVistaパソコンを作りたいと思い、ボーナスが出るのを待っていた。

先週、パソコン専門店に行き部品だけは揃えていたが、作るには半日は確保しておく必要があるので、製作は今日になった。

中学生になった長男の夏休みの自由研究も、これで済ませようと、箱から部品を出すところから、デジカメで写真を撮りながら、長男にも一部組み立てを手伝わせて、約半日でWindowsVistaパソコンが完成した。いずれ、リビングに液晶テレビを買った時に、それに繋げられるように、パソコン側に「HDMI端子」を付けられるマーザーボードを使用して、将来性も確保した。

前回パソコンを作ったのが、札幌に単身赴任していた3年前のことである。すでに、CPUやマザーボードは2世代ほど代替わりしている。パソコンという窓から、世界の技術進歩を眺めるのも、定点観測としては、面白いかなと思っている。
かつて、まるで文科系だった自分がパソコンを作ることに一生懸命になるのだから、不思議なものである。

ちなみに多少パソコンの自作に興味があって、どんな部品を使ったか興味のある方のために、使った部品うち主なものを列記しておく。

CPU:AMD BE-2350(soket AM2)通常品より省電力
マザーボード:ASUS M2A-VM HDMI(AMD690G)
ハードディスク:HITACHI Deskstar HDT725032VL360(320GB)(S-ATAⅡ接続)
メモリー:DDR2 PC2-5300 1G×2

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2007年8月 4日 (土)

2007年8月、東京でも夏本番を迎える

今年(2007年)は、関東甲信地方は8月1日が梅雨明け。昭和26年(1951年)以降では、梅雨明けがはっきりしなかった1993年を除き、1982年の8月4日、1998年、2003年の8月2日に次いで遅い梅雨明けだったのは、梅雨明けの時の記事に書いた通りだ。

梅雨明けの翌日8月2日からは一気に暑さが到来。気象庁のホームページで東京の気温を確認すると

8月2日(木):最高32.1℃、最低25.7℃
8月3日(金):最高31.9℃、最低27.3℃
今日(8月4日(土))は午前10時現在すでに、
最高:32.0℃、最低27.1℃を記録しており、
3日連続の「真夏日」と2夜連続の「熱帯夜」だったことがわかる。
東京も梅雨明けで、夏本番というところだろう。

次は、いつ最高気温35℃以上の「猛暑日」がやって来るのか。ひょっとすると今日にも「猛暑日」が襲来するかも知れない。

これからは、暑さのあまり、冷たいものを飲み過ぎたり、薄着をしすぎてお腹を出したまま寝てしまったりと、体調を崩しやすい時期にもなる。
もう若くはないので、一度風邪を引くと治るのに時間がかかる。まずは、予防を心がけなくてはいけない。

(2007.8.5追記)2007年8月4日の東京の最高気温はの「猛暑日」寸前の34.8℃(14時12分)でした。なお、最低気温は、本文中の数字と変わっていません。

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2007年8月 3日 (金)

大崎善生著『将棋の子』(講談社文庫)を読み終わる

前から気になっていた大崎善生氏の書いた『将棋の子』を読んだ。大崎氏は長らく日本将棋連盟の月刊誌『将棋世界』の編集長を勤めた人で、この作品を書き上げたのを機に将棋連盟を退職し、作家として独立している。

将棋の子 (講談社文庫)
将棋の子 (講談社文庫)

本書は、プロ棋士の養成機関である奨励会を夢破れて退会したひとりの青年のその後を追ったノンフィクションである。第23回講談社ノンフィクション賞の受賞作品でもある。

奨励会は将棋連盟の組織で、プロ棋士を目指す少年達が試験の末、入会を許され、お互いに戦う。一定以上の勝ち星を残した者が昇級し、プロへの最後の関門である三段リーグを戦う。
三段リーグは半年間戦い、毎回上位2名だけが将棋連盟から給料をもらうプロ棋士である四段に昇段する。半期に2人、年に4人しかプロ棋士になることは出来ない。
(ちなみに、2007年度上期の三段リーグの参加者は33名)

本書に登場するN君は、大崎氏と同郷の北海道札幌の出身。連盟職員として働く大崎氏とって、2つ年下のN君は弟のような存在であった。
昭和52年に4級で奨励会に入会したN君は、序盤は定跡も覚えずめちゃくちゃなのだが、終盤になると滅法強く二段まで進む。しかし、家庭の不幸もあり、将棋に勝てなくなり、ついに退会を決意する。
将棋連盟に届いたN君の連絡先が変更されたことをきっかけに、大崎氏はN君探しを始める。
本書は、N君を捜しあて、札幌で再会し、退会後のN君の生き様を丹念に辿る。
そのあいまで、厳しい奨励会の競争を何とかくぐり抜けプロになった棋士、N君の外にも夢破れた何人かの元奨励会員の話も織り交ぜ、奨励会物語ともなっている。
N君の退会後の人生は、世間から見れば決して幸福とは言えないが、しかしその中でも、将棋を支えに生きる姿を、大崎氏はあたたかい眼差しで描く。単に、夢破れた哀れな少年の物語に終わらせなかったところが、この作品が賞を受賞した理由だろう。

私が応援する郷田真隆九段をはじめ、羽生善治三冠、森内俊之名人、佐藤康光二冠はいずれも昭和57年に奨励会に入会したのだが、後に「57年組」と呼ばれ、前後の年代と比べて集団として強く、N君も「57年組」のすさまじい嵐に中に巻き込まれ、夢破れたと言えるだろう。

将棋に詳しい人には、奨励会の実情を垣間見ることの出来る本だし、将棋に詳しくない人には、そもそもプロ棋士ってどうやればなれるのかを教えてくれる本である。

本書の単行本は2001年に出版されている。本書の主人公であるN君は私と同じ昭和35年生まれ。本書の終わりでは新しい生活に向け一歩を踏み出すところで、締めくくられているが、6年たった現在、どうしているのだろうか。新生活で、充実した毎日を送られていることを祈るばかりだ。

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2007年8月 2日 (木)

関東の梅雨明け(2007年)と気象用語「猛暑日」の登場

昨日(2007年8月1日)、関東甲信地方から北陸、東北南部、東北北部がいっせいに梅雨明けとなった。
関東甲信と北陸では、昨年よりさらに2日遅れ、東北南部、東北北部は昨年より1日早い。

■平成19年の梅雨明け
地方 平成19年 平年差 昨年差
沖縄 6月21日ごろ 2日早い 1日遅い
奄美 6月28日ごろ 同じ 6日遅い
九州南部 7月18日ごろ 5日遅い 7日早い
九州北部 7月23日ごろ 5日遅い 3日早い
四国 7月23日ごろ 6日遅い 3日早い
中国 7月23日ごろ 3日遅い 3日早い
近畿 7月24日ごろ 5日遅い 3日早い
東海 7月27日ごろ 7日遅い 1日遅い
関東甲信 8月1日ごろ 12日遅い 2日遅い
北陸 8月1日ごろ 10日遅い 2日遅い
東北南部 8月1日ごろ 9日遅い 1日早い
東北北部 8月1日ごろ 5日遅い 1日早い

(出所:気象庁ホームページ
「平成19年の梅雨入りと梅雨明け(速報値)」より)

今日の東京最高気温と最低気温は22時現在で、最高気温が32.1℃、最低気温が25.7℃となっている。このまま、最低気温が25℃を下回らないと、「熱帯夜」ということになる。
いよいよ、寝苦しい夏がやって来そうだ。

以前、このブログでも、真夏日、真冬日の定義を紹介したことがある。(2006年5月22日:気象の言葉、「真夏日」と「真冬日」
これまで、夏の暑さを表す気象用語には、最高気温25℃以上の日を表す「夏日」、夜間の最低気温が25℃以上の日を表す「熱帯夜」、最高気温30℃以上の日を表す「真夏日」という3つの用語しかなかった。
ヒートアイランド現象が進み、最高気温が35℃を超えることも多くなった都会の夏の暑さを表現するには、もう1ランク上の用語が必要と言われていたが、気象庁はこれまで特に定めなかったことから、最高気温35℃以上の日は「超真夏日」、「酷暑日」、「猛暑日」などいろいろの言われ方をしていた。
先日、ある民放のクイズ番組を見ていたら、今年から35℃以上の日を「猛暑日」と呼ぶように決まりましたと言った。
改めて気象庁のホームページの「気象等の知識」-「天気予報等で用いる用語」-「気温、湿度」というコーナーを見てみる。

「猛暑日」=「日最高気温が35度以上の日」と説明が付され、用語の種類としては「解説用語:気象庁が発表する報道発表資料、予報解説資料などに用いる用語」となっている。今後は、気象庁の資料等に正式に「猛暑日」という用語が使われることになる。
さて、今年はこれから、何日、「猛暑日」に体験する事になるのだろうか。

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2007年8月 1日 (水)

将棋第55期王座戦の挑戦者には久保利明八段が名乗り

昨日(2007年7月31日)は、将棋の第55期王座戦で羽生善治王座への挑戦者決定トーナメントの決勝戦。
準決勝で郷田真隆九段を破った森内俊之名人と同じく準決勝で佐藤康光二冠を破ったA級在位5期目の久保利明八段の対戦だった。

将棋は序盤早々に飛車角交換となり、先手の久保八段が角を2枚、後手の森内名人が飛車を2枚持っての攻防という珍しい形となった。
先手の久保八段が最初に仕掛け、森内陣に角を成り込んで馬を作り、その馬で下段から森内玉を中央にあぶり出した。森内名人も反撃の機会をうかがっていたが、久保八段はその隙をほとんど与えず、盤ほぼ中央で森内玉を投了に追い込んだ。

久保八段は昨年(2006年度)の第65期A級順位戦、1勝1敗の後、4連敗し1勝5敗となり、さらに羽生三冠、佐藤棋聖との対戦を残しており、誰の目にも降級の有力候補に写った。
5敗目を喫した郷田九段戦は、久保八段が遡って郷田九段の時間切れ反則負けをアピールするも、遡ってのアピールは無効との裁定に投了するという事件もあった。
しかし、その絶体絶命の崖っぷちから、久保八段は粘りを見せる。第7局では名人挑戦権争いをしていた羽生三冠戦に勝利。第8局では、残留争いの最大のライバル深浦康市八段に自ら土をつけ、最終第9局に勝てば自力残留というところまで、漕ぎ着けた。
しかし、最終局も5連続タイトル戦挑戦、JT日本シリーズ優勝など絶好調の佐藤康光棋聖。久保八段は勝てば残留が決まるが、敗れると順位が下位の深浦八段が勝てば陥落、負ければ残留と他力本願の状態になってしまう。
なんと、久保八段は佐藤康光棋聖も破り、1勝5敗からの3連勝で4勝5敗と星を戻し、A級残留を決めた。
そのあおりを食った形になったのが、深浦康市八段で最終局に勝って残留してもおかしくない4勝5敗という成績を残したが、4勝5敗の棋士が6人という大混戦の中、昇級直後で順位が6人の中で最も低い9位ということで、A級残留を逃した。

一方、久保八段はそれから復調の兆しが見えており、棋聖戦では挑戦者決定戦まで進出(渡辺竜王の敗れた)、竜王戦でも予選3組で優勝、挑戦者決定トーナメントまで駒を進め、1勝を上げた(佐藤康光二冠に敗退)。そして、この王座戦で6年ぶりの挑戦者となった。

久保八段のタイトル挑戦は過去2回。2001年2月から始まった第26期棋王戦と同じく2001年9月から始まった第49期王座戦である。それぞれ、羽生棋王、羽生王座に1勝3敗で敗退している。当時は、久保八段が六段から七段に駆け上がる時期で、勢いがあったのだろう。
昨年の順位戦での終盤の3連勝で、その時の勢いを思い出したような最近の戦いぶりである。
羽生王座の16連覇を阻み、初タイトルをものにすることが出来るのか、楽しみである。

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