大崎善生著『将棋の子』(講談社文庫)を読み終わる
前から気になっていた大崎善生氏の書いた『将棋の子』を読んだ。大崎氏は長らく日本将棋連盟の月刊誌『将棋世界』の編集長を勤めた人で、この作品を書き上げたのを機に将棋連盟を退職し、作家として独立している。

将棋の子 (講談社文庫)
本書は、プロ棋士の養成機関である奨励会を夢破れて退会したひとりの青年のその後を追ったノンフィクションである。第23回講談社ノンフィクション賞の受賞作品でもある。
奨励会は将棋連盟の組織で、プロ棋士を目指す少年達が試験の末、入会を許され、お互いに戦う。一定以上の勝ち星を残した者が昇級し、プロへの最後の関門である三段リーグを戦う。
三段リーグは半年間戦い、毎回上位2名だけが将棋連盟から給料をもらうプロ棋士である四段に昇段する。半期に2人、年に4人しかプロ棋士になることは出来ない。
(ちなみに、2007年度上期の三段リーグの参加者は33名)
本書に登場するN君は、大崎氏と同郷の北海道札幌の出身。連盟職員として働く大崎氏とって、2つ年下のN君は弟のような存在であった。
昭和52年に4級で奨励会に入会したN君は、序盤は定跡も覚えずめちゃくちゃなのだが、終盤になると滅法強く二段まで進む。しかし、家庭の不幸もあり、将棋に勝てなくなり、ついに退会を決意する。
将棋連盟に届いたN君の連絡先が変更されたことをきっかけに、大崎氏はN君探しを始める。
本書は、N君を捜しあて、札幌で再会し、退会後のN君の生き様を丹念に辿る。
そのあいまで、厳しい奨励会の競争を何とかくぐり抜けプロになった棋士、N君の外にも夢破れた何人かの元奨励会員の話も織り交ぜ、奨励会物語ともなっている。
N君の退会後の人生は、世間から見れば決して幸福とは言えないが、しかしその中でも、将棋を支えに生きる姿を、大崎氏はあたたかい眼差しで描く。単に、夢破れた哀れな少年の物語に終わらせなかったところが、この作品が賞を受賞した理由だろう。
私が応援する郷田真隆九段をはじめ、羽生善治三冠、森内俊之名人、佐藤康光二冠はいずれも昭和57年に奨励会に入会したのだが、後に「57年組」と呼ばれ、前後の年代と比べて集団として強く、N君も「57年組」のすさまじい嵐に中に巻き込まれ、夢破れたと言えるだろう。
将棋に詳しい人には、奨励会の実情を垣間見ることの出来る本だし、将棋に詳しくない人には、そもそもプロ棋士ってどうやればなれるのかを教えてくれる本である。
本書の単行本は2001年に出版されている。本書の主人公であるN君は私と同じ昭和35年生まれ。本書の終わりでは新しい生活に向け一歩を踏み出すところで、締めくくられているが、6年たった現在、どうしているのだろうか。新生活で、充実した毎日を送られていることを祈るばかりだ。
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