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2007年8月31日 (金)

河合隼雄著『未来への記憶-自伝の試み(上)』を読み終わる

7月に亡くなった河合隼雄さんを偲ぶ意味で読み始めた岩波新書の『未来への記憶』の上巻を読み終わった。

未来への記憶〈上〉―自伝の試み (岩波新書)
未来への記憶〈上〉―自伝の試み (岩波新書)

この『未来への記憶』上・下2冊は、2001年1月に出版された河合隼雄さんの自伝である。本人が話したものを新書2冊にまとめたものである。
当時は河合さんは、国際日本文化研究センターの所長。当時は、何でこんな時期に自伝なんてと思ったのだが、直後の文化庁長官就任と度重なる留任、在任中に脳梗塞で倒れ、帰らぬ人となったことを考えると、あのタイミングしかなかったのかも知れないと今になって思う。

上巻は、丹波篠山での少年時代、神戸工専、京都大学数学科での学生生活、大学卒業後の育英学園高校での教員時代を経て、天理大学で心理学を教えるところまでである。

読んでみて、これまで知らなかったことが多いことに思い知った。猿の生態の研究で著名な河合雅雄さんが兄であることはよく知られているが、隼雄氏は6人兄弟の5番目。それも兄弟の仲が良く、兄たちからかわいがられていた様子がよくわかる。

また、京大の数学科は理系の中で実験がないからという理由で選んでいること、大学での数学は理解できず、コンプレックスを感じている。大学時代には、将来の進路に悩み、1年休学さえしている。

人間に関心があり、教えることも好きということで、心理学を学びながら、高校教師として数学を教えることを自らの仕事にすると定めて、社会人となる。
高校教師となってからも、心理学の勉強のため京大の大学院に籍を置いて、京大にも勉強に行っている。
徐々に臨床心理学への関心が強まり、高校教師から天理大学の講師へと転じる。

当時は、時代も変化しており、社会も流動的だったのだろう、今から見れば、ずいぶんと紆余曲折を経た歩みである。

下巻は、いよいよ、臨床心理学への本格的な取り組みが語られるはずである。

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