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2007年9月の記事

2007年9月30日 (日)

岡田式レコーディングダイエットの成果(2007年9月)、1ヵ月で▲3kgの減量

岡田斗司夫さんが紹介したレコーディング・ダイエットの手法を、自分の減量に取り入れて、ほぼ1ヵ月が経過。今朝の計量では、66.9kgとできれば9月中に達成したいと思っていた66kg台をなんとかぎりぎりで記録した。70kg前後を記録していた頃には22%台だった体脂肪率も、19.9%と20%を切った。

8月31日の体重が70.2kg、9月1日が70.0kgなので、1ヵ月で▲3kgの減量を実現できたことになる。いい機会なので、4月からカレンダーに記録していた毎日の体重の記録をエクセルに入力して、折れ線グラフにしてみた。
青い線が日々の体重、赤い線が当日を含め前1週間の平均値を毎日記録した移動平均線である。



4月の時点でも毎日1万歩のウオーキングは意識して行っていたので、5月から7月半ばまでは、それなりに体重は減っている。
しかし、69kg台まで減ったところで壁に突き当たり、8月の後半、家族で南房総に1泊旅行をした際に、再び70kg台となってしまった。
なんとかしなければとおもっていたところで、岡田さんの『いつまでもデブと思うなよ』を読んで、さっそく実践し、なんとか69kgの壁を突き抜けることができた。
その後は、日々の多少の増減はあるものの、下降トレンドになっている。なんとか、10月もこのペースを守り、年内には目標の63kgに到達したいものだ。

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2007年9月29日 (土)

メンタルヘルス・マネジメント検定2種ラインケアコースの受験対策講座に参加する

今日は、10月14日(日)に実施されるメンタルヘルス・マネジメント検定の2種(ラインケアコース)の受験対策講座を受けた。

2種と合わせて1種(マスターコース)も受験しようかと一時は考えたが、やはり無理があるので、2種に専念することにした。
この受験対策講座は、いちおう試験の主催者である大阪商工会議所の主催で、2種は札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、福岡で行われる。
東京の講座は、新宿の高層ビル群の一角を占める新宿センタービルの51階で行われた。

この検定試験は、昨年の10月に始まったばかりで、まだ2回しか実施されておらず、受験対策の資料は、大阪商工会議所が発行しているテキストしかない。受験対策の情報入手ルートとしては、唯一のものといえるだろう。定員は140名。定員いっぱいで、募集締め切りになっているので、それなりに関心は高いということだろう。
受講者の顔ぶれをみると、女性もかなり多く、男女比は6:4くらいか。年齢層は、試験がラインケアコースという管理職が対象ということもあり、40代~50代が中心だった。女性は、管理職に加え、企業などで健康管理にかかわる保健師や看護師の人もいたかも知れない。

講義は、テキストと同様、7章に分かれていて、
第1章:メンタルヘルスケアの意義と管理監督者の役割
第2章:ストレスおよびメンタルヘルスに関する基礎知識
第3章:職場環境等の評価及び改善の方法
第4章:個々の労働者への配慮
第5章:労働者からの相談方法(話の聴き方、情報提供および助言の方法等)
第6章:社内資源との連携と労働者のプライバシーへの配慮
第7章:心の健康問題を持つ復職者への支援の方法

試験は2時間で、50問を解き、正答率70%で合格とのこと。試験の問題は、テキストの章建ての順に出題されるということで、テキストにそって頭の中の知識を整理しておくことが大事とのことだった。

試験まであと2週間。これまで、ほとんど勉強らしい勉強をしていないので、今日の情報を元に、ポイントを絞り、なんとか70%の合格ラインを満たす35問正解を確保しなくてはならない。

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2007年9月28日 (金)

第66期将棋A級順位戦3回戦終了、3連勝3名・3連敗3名と星が偏った序盤戦

昨日(2007年9月27日)、将棋の第66期A級順位戦の3回戦第5局、佐藤康光二冠(棋聖・棋王)×三浦弘行八段戦が行われた。ここまで2連敗とつまずいた佐藤二冠と1勝1敗の三浦八段。先手の佐藤二冠は早く1勝したいところ。

将棋の内容は、お互いが飛車先の歩を取り合う横歩取りという形。先に後手の三浦八段が佐藤二冠の飛車を追い詰めて飛車を確保。一方、佐藤二冠は自陣に打たれた三浦八段の角を抑え込み、飛車2枚(三浦)対角2枚(佐藤)の戦いとなった。どちらも、玉の守りを十分に固めないうちの開戦で、先に三浦八段が攻勢に。飛車を佐藤陣に成り込んで龍を作り佐藤玉に迫る。さらに、手持ちの飛車を捨て駒にして一気に佐藤玉を追い詰めにかかった。大幅な駒損だったものの、スピード重視の三浦八段の戦略が功を奏し、三浦八段の勝ち。三浦八段は2勝1敗として白星先行。

一方の佐藤二冠は、竜王戦では挑戦者に名乗りを上げたものの、前期(第65期)に4勝5敗で負け越すまで、連続勝ち越しを誇っていた順位戦で今期はまさかの3連敗。名人挑戦どころか、B級1組への降級を心配しなければならなくなった。

3回戦を終えてのA級棋士10名の成績と4回戦の対戦相手は以下の通り。

3勝
(1)郷田真隆九段(久保八段)
(5)丸山忠久九段(木村八段)
(9)木村一基八段(丸山九段)
2勝1敗
(3)羽生善治二冠(佐藤二冠)
(8)三浦弘行八段(藤井九段)
1勝2敗
(6)藤井猛九段(三浦八段)
(7)久保利明八段(郷田九段)
3敗
(2)谷川浩司九段(行方八段)
(4)佐藤康光二冠(羽生二冠)
(10)行方尚史八段(谷川九段)

組み合わせは、9回戦まですべて、年度初めに決められるのだが、不思議なことに、4回戦では3連勝3名のうち丸山九段と木村八段、3連敗3名のうち谷川九段と行方八段の対戦が行われる。それぞれ、必ず4連勝及び4連敗となる棋士が必ずいるということになる。

その4回戦の第1局は、4連勝を争う丸山九段対木村八段の戦いで、10月12日(金)に予定されている。

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2007年9月27日 (木)

Windows2000マシン不調

今日になって、いよいよOSにWindows2000を使っている私が日常利用しているパソコンの調子がおかしくなってきた。
起動してデスクトップ画面は開くのだが、インターネットにアクセスしようとすると、エラーメッセージが出たり、どうも不調の原因と思しきソフトを削除しようと「プログラムの削除」のページを開くと、やはりそこでエラーメッセージが表示され、なんとかならないかとあれこれいじっているうちに、不調の証明ともいえるブルー画面になり、勝手にシャットダウンしてしまうということが続いている。

Windows2000マシンは、このブログの記事を書き、メールのやりとりをし、インターネットの閲覧に使っており、まともに動いてくれないと非常に困る。今日は、たまたま平日休みを取っていたのだが、結局、元通りにはならないようなので、使い方を覚えようとしていたWindowsVistaマシンを起動させ、この記事を書いている。

そもそも、不調になっているWindows2000マシンは、2年半ほど前の札幌単身赴任中に、東京から持って行っていた古いマシンが不調になり、あわてて自作したものなのだが、3年間は持たなかった。すでに、札幌から東京に戻ってから、マザーボードが動かなくなり、新しいボードに取り換えているのに。なかなか、機械はままならないものである。

いよいよ必要に迫られて、新しいOS「Windows Vista」を真剣に勉強しないといけないようだ。頭を柔らかくして、1かやりなおしである。

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2007年9月26日 (水)

将棋第48期王位戦第7局で深浦康市八段が羽生善治王位を破り、深浦新王位誕生!

羽生善治王位に深浦康市八段が挑戦する将棋の第48期王位戦は、両者3勝3敗となり昨日・今日(2007年9月25日~26日)の第7局で、王位のタイトルの行方を決することになった。

第6局までは、両者交互に先手・後手を交代で指してきたが、第7局は改めて振り駒で、先手後手を決める。記録係が振った5枚の歩は、裏のと金の方が多く出て挑戦者深浦八段の先手となった。

居飛車穴熊に構えた深浦八段が果敢に攻め、羽生王位も受けて立ち、お互いの飛車と角を取り合う激しい将棋になった。しかし、最後は玉の守りの固さで勝る深浦八段が、羽生玉の守りの要の駒を次々とはがしてゆき、玉1枚にして仕留めた。

この勝利で、深浦八段は7番勝負に4勝3敗で勝利。念願の初タイトルを手にした。11年前の第37期王位戦で羽生王位に挑んだ時には、1勝4敗で敗退しており、感慨はひとしおだろう。将棋界の第一人者である羽生王位に互角の戦績を残す深浦八段にとっては、むしろ遅すぎたタイトル獲得かもしれない。

羽生三冠にとっては、王位のタイトルは1993年の第34期王位戦で当時の郷田真隆王位を4連勝で破って以来9連覇、その後2002年の第43期王位戦で谷川浩司九段に奪われ谷川王位が2期続いたが、2004年の第45期には谷川王位から再び奪い返し、3連覇していた。合計12期のタイトル獲得は7大タイトル戦の中では、15連覇の王座戦、13期(12連覇)の棋王戦と並び相性の良いタイトルであったが、「羽生キラー」深浦八段の満を持した2度目の挑戦に1勝3敗とカド番に追い込まれ、なんとかフルセットまで持ち直したが、最後に力尽きた格好になった。

これで、将棋界のタイトルホルダーは羽生善治二冠(王座・王将)、佐藤康光二冠(棋聖・棋王)、森内俊之名人、渡辺明竜王、深浦康市王位の5人となり、群雄割拠の様相を呈してきた。現在、進行中の王座戦、10月から始まる竜王戦の結果、この顔ぶれがどう変わるかも興味があるところ。また、郷田真隆九段のファンである私としては、早くこの一角に郷田九段に復帰してほしいと切に願っている。

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2007年9月25日 (火)

荻上直子監督、小林聡美主演の映画『めがね』を見た

先週末の3連休(9月22日~24日)の初日、22日(土)は封切られたばかりの映画『めがね』を見に行った。

昨年(2006年)3月に公開された『かもめ食堂』を製作した荻上直子監督が、自身が脚本も書き、『かもめ食堂』にも出演した小林聡美、もたいまさこの2人に新たに市川実日子などを加えて、撮影された。
前作『かもめ食堂』は、フィンランドのヘルシンキの食堂が舞台だったが(私は、TV放送を録画しただけでまだ見ていない)、今回は、ある小さな島が舞台。
ある島の空港にサクラさん(もたいまさこ)と呼ばれる謎の女性が下り立つところから始まる。そして、続いて、タエコ(小林聡美)が島に着き、予約した宿ハマダを訪ねる。しかし、宿ハマダの主人ユージ(光石研)は、まったく商売っけなどなく、肩すかしをくったように戸惑うタエコ。
ハマダに集う人々は、都会とは違う世界の中で生きている。濃密でありながら、決してお互いを拘束することはしない。
映画の公式サイトのキャッチコピーは「何が自由か知っている」とある。

この映画は、都会のしがらみに疲れた女性のための癒しの映画だと思う。小林聡美さんが演じるタエコが中年女性の代表、市川実日子さんが演じるハルナが若い女性の代表と言えるだろう。
癒してくれるのは、島(撮影場所は与論島)の自然であり、ハマダを巡る人々であり、なかでももたいまさこさん演じるサクラさんであろう。私には、サクラさんの役がタエコ、ハルナの2人の女性の母のイメージを意識して設定されているように思えた。
私をこの映画に連れ出した妻は、いたく感動していた。あくせく、ぎすぎすした都会の生活になんとなく疲れている女性にはお勧めの映画だと思う。

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2007年9月24日 (月)

そろそろ、Windows Vista をまじめに使ってみようか

昨日の皇居一周をした帰り、家の近くの大型スーパーに寄る。家電売場でOSがWindows Vista Home Basic、MicrosoftOffice Personal2007(最新のWordとExcelのセット)付というノートパソコンが、叩き売りに等しい値段で売られていて、思わず衝動買いしてしまった。

Acer(エイサー)という台湾メーカー製でもあり、スーパーの家電売場という売り手にも専門家もいないし、買う側もパソコンに詳しくない人が多いと思われる場所で、NECや富士通という国産のナショナル・ブランドでなく、パソコン・オタクしか知らない台湾メーカーの製品を売ろうとした販売戦略に無理があったのだろう。
当初値札の40%引きの値付けに、「これ安いですね?」と問うと、「小さな店で売れ残った在庫も含め、大きな店舗でさばいているんです」との答え。おそらく、かなり売れ残り、そのメーカーから次のモデルが出たこともあり、大急ぎで在庫処分をしているというところだろう。

しかし、パソコンの世界では台湾メーカーは世界に名をとどろかせている。それでも、しばらく前までは、ノートパソコンはまだ日本が優位という感じがあったが、この数年は遜色なくなっていると思う。むしろ、沢山のソフトや機能をおまけに付けて、販売価格をなんとか引き上げようとする日本製に比べ、基本的な機能に絞って低価格、買ったあとで自分流にカスタマイズできるデルやヒューレッド・パッカードなどの米社製品の方が、パソコンを使いなれている者には、使いやすい。Acerも、同路線である。

しかし、今でもメインのパソコンには、2世代前のOSであるWindows2000を使っている私としては、夏休みに長男と自作したデスクトップのWindowsVista Home Premium機も、まだ作っただけの状態。
今回のノートパソコンは、家族5人の中で妻以外1人1台の状態になっている中、昔から機械嫌いでパソコン難民となりつつあった妻が、パート先でもパソコンの使用が必要になってきて、「そろそろ自分も1台…」と言っていたので、彼女がメインで使えるようにしていく予定だが、インストラクターにならなくてはならない私が、新OSのWindowsVistaを使いこなせなければ、話にならない。

以前なら、新しいOSが出るとすぐアップグレードして乗り換えていたが、Windows XPの時からは、家のパソコンが増えたせいもあり全部のパソコンをWindowsXPの更新するとコストもバカにならないこと、変更のたびに新しい使い方を覚えるのもおっくうになっていたこともあって、いまだにWindows Vistaの新たな機能などさっぱり分かっていない。新しいものを受け付けなくなっているのは、自分が歳を取ったせいでもあるだろう。

しかし、人に教えるのであれば、まず自分からということで、今日はWindows Vistaの使い方を書いた専門書を購入。いよいよ、本格的にWindowsVistaを学ぶことにした。
分かったところで、自作したWindows Vista Home Premium機の使い方も考えることにしたい。

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2007年9月23日 (日)

東京名所めぐり:皇居一周ウオーキング

今日は、午後から思い立って都心に出る。最初は北の丸公園にある国立近代美術館で開催されている平山征夫展を見ようと出かけたのだが、その前に内堀通りに沿って皇居の回りを歩いて一周することにする。

スタートは、東京メトロの九段下駅。一緒に行った妻が、九段会館に寄ってみたいというので、九段会館でコーヒーを一杯飲んでから、スタート。
まず、九段下から靖国通りを上る。坂の途中に明治時代の内務大臣品川弥二郎子爵と、日露戦争の時の総帥大山巌元帥の銅像があった。
坂を上ったあたりで、左へ曲がり、千鳥ヶ淵へ回る。これまで、何年も東京に住んでいて、毎年、桜の名所と聞きながら、一度も訪ねたことはなかった。
内堀に沿って南北に細長く整備されている千鳥ヶ淵は、あまり人もおらず、緑も多く、ウオーキングにはぴったりの所だった。
15分ほど歩くと千鳥ヶ淵公園が終わり、半蔵門に出る。

Hi3700221jpg_2 半蔵門からは、急に見晴らしがよくなり、内堀(桜田濠)の向こうに霞ヶ関が一望できる。ここからはお堀と内堀通りの間の下りの歩道を歩く。ジョギングをしている人が前から来たり、後ろから追い抜いて行ったりと何人も、それぞれのペースで走り抜けている。これだけの眺めなら、走っていても退屈しないだろうと思う。
しばらく歩くと、内堀通りの向こうに国立劇場と最高裁判所が見える。

Hi3700241_2年配の女性2人がデジタルカメラでなにやら撮影しているので、足を止めて内堀のの手前の土手をみると、クリーム色の彼岸花が点在して咲いている。そういえば、今日は「秋分の日」、まさに「お彼岸」である。

そのあたりからの下り坂が三宅坂。隣の車道の内堀通りは渋滞していて、我々が歩くスピードと車のスピードが大して変わらない。坂を下りきったあたりで、正面に見えた官庁の建物が国土交通省のビル。かつては、下が建設省、上が運輸省だったが、省庁の統廃合で両省が統合して国土交通省となった。
そのとなりで、桜田門をにらむように立っているのが、警視庁のビル。

万延元年(1860年)の桜田門外の変で井伊大老が切られたのはどのあたりだろうと思いながら、桜田門をくぐる。
Hi3700251皇居外苑の皇居前広場には、やはりそれなりに観光客とおぼしき人々がいて、二重橋をバックに記念写真を撮ったりしている。

歩き始めてかなり経つので、お腹も空いてきた。皇居前広場を横切り、内堀通りの横断歩道を渡ると正面には皇居外苑の噴水公園。噴水公園のとなりにあるパレスホテル。ここの地下においしいカレーを食べさせてくれる店があったはずと探してみると、土日・祝日定休とあり、諦める。
それでは、ゴールにあたる近代美術館の隣のパレスサイドビルの地下で何か食べようと、パレスホテルからあと10分ほど歩く。このへんは、マルハ本社、三井物産、東京消防庁、気象庁、国際協力銀行、丸紅と上場会社や官公庁のビルを眺めながら内堀通りに沿って歩く。
やっと、パレスサイドビルに着くと、なんとこちらも日曜日・祝日はビル地下のアーケード街は定休。しばらく前の休みに来た時は、営業していたと思うのだが、あれは土曜日だったのだろう。
さすがに、あてにしていた2ヶ所で食事にありつけず、さすがに疲れる。かといって、空きっ腹での名画鑑賞も冴えないので、結局、スタートの時に寄った九段会館にレストランがあったので、そこまでもう10分ほど歩くことにした。もう3時近い。

九段会館に着いたところで、文字通り皇居一周は完了。そこで、2人で遅めの昼ご飯に、天重を注文。食事を食べ終わった頃には、3時半過ぎていた。
美術館は5時までので、今から行ってもゆっくり見られそうにない。2時間近く歩き回り疲れてもいるし、絵の方は、ゆっくり見たいので改めて出直そうということで、2人の意見がまとまり、最後はなんとも締まらない結末になってしまった。

休日の朝続けているウオーキングも合わせると、今日の歩行歩数は2万8千歩を超えた。健康と減量のためには、それなりの成果のあった一日だった。

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2007年9月22日 (土)

岡田式レコーディングダイエットの成果・その3、今週は▲0.3kg減量

先々週(9月8)、先週(9月15日)とレコーディングダイエットの結果を書いているので、しばらく、推移をブログでも書いていこうと思う。

9月8日(土)朝 68.8kg
9月15日(土)朝 67.8kg(▲1.0kg)
と推移してきて、今朝は
9月22日(土)朝 67.5kg(▲0.3kg)
という結果だった。

これをペースダウンと考えるか、これが正常なペースと考えるか、難しいところだが、私としは、1週間で▲0.3kgの減量ができれば十分だろうと考えている。このペースが守れれば、月に▲1.2kgの減量となり、5ヵ月で▲6kgの減量を実現できる。

先週は、15日(土)から3連休で、最初の2日間は減らせないまでも67.8kgを何とか維持していたのだが、3日めに少々油断して、68.2kgまで戻ってしまった。先週の前半は増えすぎた分を落とすのに精一杯で、後半でようやく前週の数字をクリアできた。

レコーディングダイエットの提唱者の岡田斗司夫さんは、減量法・ダイエットは続けることが大事と強調している。数日間、体重が減らずに足踏みしたり、時々増えたりすることがあっても、諦めず、投げ出さずに続けることこそが、大事ということだろう。

今週末も3連休なので、何とかコントロールして休み中に増えることだけは避けたいと思っている。

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2007年9月21日 (金)

書き終わって保存直前の『目覚めよ仏教!』(上田紀行著)に関する記事を誤って消してしまった

今日は、今読んでいる上田紀行著『目覚めよ仏教!』(NHKブックス)につての記事を書き終えて、あとは保存してニフティのサーバーへ転送するだけという時になって、うっかり机の下に置いてあるパソコンのリセットボタンに足の指が触れてしまい、パソコンが強制終了し、万事休す。

1時間ほどかけて、気合いをいれて書いていただけにショックも大きい。まだ、読みかけだったということもあるので、全部、読み終わってから、よく考えて書けということだったのかもしれない。

今日は、これから書き直す元気はないので、明日以降、改めてチャレンジしたいと思う。

ちなみに本は、以下の通りです。

目覚めよ仏教!―ダライ・ラマとの対話 (NHKブックス)
目覚めよ仏教!―ダライ・ラマとの対話 (NHKブックス)

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2007年9月20日 (木)

昨日(2007年9月19日)、500タイトル到達

昨日書いた、「名人とA級棋士の半数が将棋会館での対局という豪華な1日(第20期竜王戦挑戦者は佐藤康光二冠に)」の記事で、このブログでの記事の総数が500タイトルに達した。

400タイトルが2007年6月12日、その後も1日1タイトルをなんとか続けているので、3ヵ月と1週間で500タイトルになった。

2007年8月26日にブログ開設1年半のタイミングでも、書いたので、重複するが、この直近の100件を書いた約3ヵ月の中では、やはり敬愛する河合隼雄さんが亡くなられたのが一番の大事件だろう。

8月26日以降のトピックスとしては、岡田斗司夫さんの提唱するレコーディング・ダイエットにチャレンジし、少し効果が見え始めていることだろうか。

このペースを守っていければ、年内には600タイトルに達する。なかなか新境地が開拓できないが、次の100タイトルを書く中で新しい分野を開拓できればと思う。減量の方は、なんとか1ヵ月▲1kgペースの減量を実現し、600タイトルの頃には64kg台を実現していたいものである。

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将棋第66期A級順位戦3回戦第3局は、郷田真隆九段が羽生善治三冠を破り3連勝

将棋の第66期A級順位戦3回戦第3局は、これまで佐藤康光二冠、谷川浩司九段を破った郷田真隆九段(先手)と藤井猛九段、三浦弘行八段を破った羽生善治三冠(後手)の2連勝どうしの戦い。すでに3連勝とトップに立っている今期A級に昇級したばかりの木村一基八段と並んで、森内名人への挑戦者争いのトップに立つのはどちらか、A級順位戦前半戦の重要な一戦だ。

ニフティの「名人戦棋譜速報」(有料)の掲示板によれば、過去の対戦成績は、羽生三冠34勝、郷田九段16勝とダブルスコア以上の差がついている。最近の10局では、さらに羽生8勝、郷田2勝と郷田九段の分が悪い。しかし、これは郷田九段が不調だった2002年~2004年にかけて6連敗しているためで、それ以降は、一戦ごとに勝ち負けが入れ替わっている。
ちなみに、昨年(2006年)度の第65期A級順位戦では1回戦で対戦、郷田九段が勝ちその勢いで4連勝し、8回戦で7勝1敗となり最終の9回戦を前に名人挑戦者となった。

将棋の内容は、後手の羽生三冠が角交換を行う「一手損角換わり」の戦法を選択。その後、淡々と駒組みが進み、つばぜり合いがあった後、55手目に郷田九段が羽生三冠の陣地で構える桂馬・飛車を斜めに狙う角打ちを放ち、一気に、郷田九段の角、羽生三冠の飛車が飛び交う攻め合いになった。
郷田九段は、羽生玉の守りを崩しにかかる。しかし、郷田玉も、王の守りは金一枚と飛車の横効きだけ。銀と桂馬で逃げ道を封じられ窮屈。いつ、返す刀で打ち取られるか分からない手薄な守りだ。
郷田九段は、打ち込んだ角で羽生陣から奪った桂馬・香車を攻めに動員し、2筋と5筋・6筋から攻める。しかし、あと1枚駒が足りない。攻めが切れて、羽生三冠の反攻で郷田玉が危うい、後手の羽生三冠優勢のとの、控え室の棋士達の見方が広がる中で、手薄な自陣の守りの最後の1枚として▲7七にあった金を▲6六金と8八にいる玉から離し中央に進出させた。
これは、玉のそばに置いておくと、羽生三冠の攻めの手順の中で、相手の取られるのは確実で、相手に金を持たれた場合、終盤の寄せ合いの中で決め駒となる可能性が高いことから、相手に金を渡すことを避けた一手だった。

「名人戦棋譜速報」の掲示版によれば、控え室では、この▲6六金が時間の経過とともに、賞賛から大賞賛に変化したとのこと。竜王戦挑戦者決定戦を終えたばかりの木村八段は、この局面をしばらく眺め「これは郷田九段の勝ち」とコメントしたという。
指されて見ると、持ち駒が角2枚の羽生三冠は、攻め手を欠くこととなり、すでに羽生玉をかなりの所まで追い詰めていた郷田九段が、さらに着実に羽生玉包囲網を狭め、郷田九段の85手めを見て羽生三冠が投了。19日が終わり、20日になって15分ほど回ったところだった。これで郷田九段は3連勝となった。

佐藤二冠(A級4位)、谷川九段(A級2位)、羽生三冠(A級3位)とA級の上位3名を降しての3連勝と、ファンとしては願ってもない結果になった。特に、前の対局(日本シリーズ2回戦の佐藤二冠戦)で二歩で反則負けというイヤな負け方をした直後でもあり、後に引きずらなければよいがと心配していたが、杞憂だった。

また、今回の勝利で郷田九段は通算599勝。将棋界で将棋栄誉賞が贈られる区切りの600勝まであと1勝となった。600勝達成者は、過去34名だけ。600勝のお知らせも早く書きたいものである。

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2007年9月19日 (水)

名人とA級棋士の半数が将棋会館での対局という豪華な1日(第20期竜王戦挑戦者は佐藤康光二冠に)

今日(2007年9月19日)の東京の将棋会館での対局は、めったに見られない豪華な顔ぶれだ。

まず、第66期の名人挑戦者争いに大きく影響するA級順位戦3回戦第3局、ここまで2連勝どうしの郷田真隆九段×羽生善治三冠(王位・王座・王将)の一戦。勝った方が、現在3連勝の木村一基八段と並んで挑戦者争いのトップに立つことになる。

特別対局室では、第20期の竜王戦の挑戦者決定戦3番勝負第3局。佐藤康光二冠(棋聖・棋王)×木村一基八段戦。双方1勝1敗で迎えた今日の対戦で勝った方が、挑戦者となる。

郷田×羽生戦の隣では、年末から年始にかけて行われる第57期王将戦の挑戦者リーグ入り3人のうちの1人を争う藤井猛九段×石川陽生六段戦。
さらに、来年の第49期王位戦の挑戦者を決める紅白の挑戦者リーグ入りを争う予選の一戦で森内俊之名人と滝誠一郎七段も行われている。

森内名人と郷田九段、羽生三冠、佐藤二冠、藤井九段、木村八段と10人のA級棋士のうち5名が集結している。タイトルホルダーも7冠のうち6冠が揃っている。
控え室には、自分の挑戦者が誰になるか見届けようということだろう渡辺明竜王も顔を出しており、控え室も入れれば7つのタイトルホルダーが勢揃いしていたことになる。

王位戦予選の森内×滝戦の結果は、明日に将棋連盟ホームページに載る対局結果を見なければ分からないが、王将戦にリーグ入りは藤井九段に決まったようだ。ニフティの「名人戦棋譜速報」では、名人戦を共催の毎日新聞と朝日新聞の棋戦については、簡単な結果が出るようになり、勝者として藤井九段の写真が出ていた。

竜王戦は、佐藤二冠先手で、双方が矢倉囲いに組む相矢倉に進み、先手の佐藤二冠が端攻めから木村八段の囲いを崩し、飛車成りで龍となって木村玉に迫った。木村八段も端攻めで一矢報いようと狙ったが、佐藤二冠の攻めが切れることなく続き、木村八段は反撃らしい反撃も出来ないまま投了となった。これで、佐藤康光二冠の2年連続竜王挑戦が決まった。

前期の竜王戦7番勝負では、2連勝と絶好のスタートをきりながら3勝4敗に終わり、15歳年下の渡辺竜王に防衛を許した佐藤二冠。昨年は5つのタイトル戦で挑戦者になったものの、羽生三冠と渡辺竜王には敗れ、最後の森内名人・棋王から棋王位を奪取した。
今年は、自らタイトルを持つ棋聖戦では挑戦者となった渡辺竜王を破り棋聖位6連覇を達成したが、他のタイトル戦では挑戦者決定戦の前に敗退している。ようやく、竜王戦で満を持しての登場。
迎え撃つ渡辺竜王が、今期昇級したB級1組で1勝3敗と負け越しており、他の棋戦も含めた今年度ここまでの成績も28戦で16勝12敗(勝率0.5714)とこれまで毎年6割7分から7割以上の勝率で快進撃をしてきたのに比べ、やや負け数が増えてきている。
C2→C1→B2→B1と順位戦のランクアップとともに、対戦相手のレベルも上がっているので当然かもしれないが、そのあたりが竜王戦の7番勝負にどう影響するかも興味のあるところである。

まだ続いているA級順位戦の郷田九段×羽生三冠戦については、決着がついたところで別の記事として書くことにしたい。

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2007年9月18日 (火)

パソコン不調で、フリーズをおそれながらの記事作成

私の趣味の一つは、このブログのプロフィールにも書いたようにパソコンの自作で、この夏もCIA(公認内部監査人)試験の合格を記念して、春に手に入れていた新しいOS(オペレーティング・システム)、WindowsVista Home Premiumに新しい部品一式を揃えて1台自作したのだが、今のところその最新機は、試運転の段階で、普段、ブログに更新やメールのやりとりには、以前から使っている2世代前のOS、Windows2000を使ったパソコンを利用している。

このWindows2000機は、調子がいい時は何の問題もないのだが、時々、急にフリーズすることがある。一度に沢山の画面を開いていたりすると調子が悪かったりするのだが、そうでない時にも、突然、画面がいっさい動かなくなり、どうしようもなくなる時がある。一度、フリーズすると、1時間の間に何回もフリーズすることもあり、パソコンの機嫌が悪いとしか言いようのない時がある。

一番悲しいのは、ブログを書いている時にフリーズすることで、まず、書いている途中でまめにバック・アップを取ったりはしていないので、フリーズした途端に初めからやり直しになってしまう。ある時は、ほぼ99%記事が書き上がり、書いた内容に事実確認のため、グーグルで検索しようとしたところフリーズしたことがあった。

ブログの作成には、今年に入ってからIBMのホーム・ページ作成ソフトの定番「ホーム・ページビルダー11」を使っている。最初は、私の使っているブログ「ココログ」の管理ページで入力をしていたのだが、記事の入力完了前にうっかり他のページを移ってしまうと入力中の記事が消えるという悲劇に何度か見舞われ、リスク回避のため、記事の入力は「ホーム・ページビルダー11」で行ってココログのサーバーへ転送する方式に切り替えた。
こうすれば、入力中にグーグルなどで検索をしても、記事の入力とは切り離されているので、記事が書きかけの段階で消えると事故はなくなるはずだった。

しかし…、である。パソコンがフリーズしてしまっては、いくら記事の作成・入力と、検索を別にしても無力だった。
今日は、先ほどから、わが愛用のWindows2000機は機嫌が悪く、フリーズを繰り返している。なんとか、フリーズ前に書き上げなくてはと、焦りながら書いている。
パソコンにフリーズはつきものとはいえ、原因が分からないところが悩ましいところである。

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2007年9月17日 (月)

休日の中学校の公開授業で「オノマトペ」を学ぶ

この3連休、昨日は映画『ミス・ポター』を見たのだが、おととい(9月15日)は、長男が通う公立中学校の学校公開の日だった。
長女も、次女も同じ中学に通ったが、土曜日の学校公開というのは初めてのような気がする。一緒に行った妻に聞くと、「これまでは平日の授業参観だった」との答え。やはり、土日にやるのは初めてなのだろう。
18日(火)が振り替えで休みになるとはいえ、休日に登校しなければならない長男は、あまり機嫌はよくない。「やっと一週間終わって休みなのに、どうして学校に行かなきゃなんないだ~」とぶつぶつ言っている。

中学校の受付に行くと、学年クラス別に保護者名簿が置かれているほかに、周辺の小学校の名前を書いた用紙が置いてある。
公立学校の選択制導入に伴い、私の住んでいる東京の郊外の市でも、公立中学の選択制が始まっている。
これまでの「授業参観」ではなく「学校公開」と呼ばれ、土曜日に行われたのは、平日では来にくい生徒の父親に対して門戸を解放したという意味もあるだろうが、来年以降の中学の選択を考える地元の小学生の親に対して解放するという意味の方が、より大きいだろう。
閉じられた世界だった学校も変革を迫られているということだろう。

9時半過ぎに自転車で家を出たので、学校に着いたの時には、9時40分からの2時間目の授業が始まったところだった。長男のクラスの授業は美術。美術室に行くとグラデーションの説明と実習だった。
3時間目は、国語ということなので、クラスの教室での授業風景も見たいと思い、教室を移動して、国語の授業も聞いた。

そこで登場したのが、今日のタイトルにあげた「オノマトペ」である。
私は、父が新聞記者だったし、自分でも子供の頃からずいぶん本も読んでいたので、国語は得意教科だったが、恥ずかしながら「オノマトペ」が何を意味する言葉なのか、全くわからなかった。国語の先生の説明では「擬音語、擬態語」ということだった。授業では、先生が「オノマトペ」を使った身の回りにある商品・製品を問い、生徒が思いつくまま答えていた。そして、その商品や製品の説明を、「オノマトペ」(擬音語、擬態語)を使わないで説明文を書いてみましょうという形で授業は展開していた。

おとといは、次女の高校の文化祭も行われていたので、中学の方はそこで切り上げたが、「オノマトペ」という耳慣れない言葉はなんとも違和感をもって私の耳に残っていた。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を調べると、「修辞技法」の項の中に、「擬音語・擬声語」として次のような説明がある。

擬音語(ぎおんご)・擬声語(ぎせいご)は、音や動物の鳴き声などを言語化したもの。写生語声喩、仏語でオノマトペ (onomatopee)、若しくは英語でオノマトペア (onomatopoeia) ともいう。
(『ウィキペディア(Wikipedia)』、2007年9月17日現在)

犬のなき声を「ワンワン」と表現するのは、典型的なオノマトペ(擬音語・擬声語)だろう。

しかし、「オノマトペ」のルーツがフランス語だったとは…。子供の授業を見に行って、親が学んだ一日であった。

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2007年9月16日 (日)

ピーター・ラビットの生みの親、ビアトリクス・ポターを描いた映画『ミス・ポター』を見る

昨日(2007年9月15日)から公開が始まった映画『ミス・ポター』を見た。主人公ミス・ポターとして描かれるビアトリクス・ポター女史は、日本でも人気のピーター・ラビットの原作者。

20世紀初頭のビクトリア朝時代のイギリスで、ミス・ポターことビアトリクス・ポターが、自分の作品を出版してもらおうと出版社ウォーン社を訪ねるところから、映画は始まる。経営者のウォーン兄弟のうち、兄は断ろうとしたが、弟は出版を応諾。ミス・ポターは天にも昇る気持ちで、勇んで家に帰る。

その後、家に訪ねてきたのは、ウォーン兄弟の末弟ノーマンだった。会社を手伝いたいと2人の兄に申し出たノーマンにあてがう、失敗してもよい仕事として、次兄はミス・ポターの作品の出版を認めたのだった。

なるべく、買ってもらいやすいように、カラーでなく白黒での出版を考えていたミス・ポターに、色刷りにして、なるべく低価格で出版するプランをノーマンが持ちかけ、今も愛読されるピーター・ラビットのカラーの小さな絵本が誕生した。
大好評のミス・ポターの絵本はシリーズ化、ポターとノーマンの2人も徐々に親密になっていく。

以上が、映画前半のあらすじだが、後半は映画を見ていただくとして、映画を見て感じたのは、ピーター・ラビットはあれだけ有名なのに、作者のビアトリクス・ポター女史については何も知らないことをだった。
彼女は、ピーター・ラビットのシリーズの生みの親であるだけでなく、晩年はピーター・ラビットの世界を生み出したイギリスの湖沼(湖水)地方の土地を開発から守るため、本の印税などで得た私財で売りに出た農地を買い集め、最後はナショナル・トラスト(正式名称:「歴史的名勝と自然的景勝地のためのナショナル・トラスト」=National Trust for Places of Historic Interest or Natural Beauty)に寄付したという。
自然保護活動にも大きな足跡を残しているのだ。湖水地方は、小学生の頃夢中になって読んだ『ツバメ号とアマゾン号』(アーサー・ランサム著・神宮輝夫訳、岩波書店)をはじめとするアーサー・ランサム全集12巻の多くの作品の舞台でもある。

映画を見たのも何かの縁、もう少し詳しくビアトリクス・ポター女史の一生について知ろうと伝記『ビアトリクス・ポター』(ジュディ・テイラー著、吉田新一訳、福音館書店)を買ってきた。かなり分厚い読み応えのある本だが、時間を見つけて読んでいきたい。

ビアトリクス・ポター―描き、語り、田園をいつくしんだ人
ビアトリクス・ポター―描き、語り、田園をいつくしんだ人

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2007年9月15日 (土)

岡田式レコーディングダイエットの成果・その2、1週間1kg減量

ちょうど1週間前(9月8日)に岡田斗司夫さんの『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書)を読んで、岡田さんが紹介していたレコーディングダイエットを、3日ほど続けたところ体重が減り始め、9月8日の朝には、68.8kgと69kgを切り7月20日以来久しぶりに68kg台を記録したことを書いた。

その後も、レコーディングダイエットを続けているが、家にいてカロリーコントロールが不正確になりがちな週末こそ若干体重がもどったが、今週月曜日以降、再び体重は減少傾向を示し、今朝(9月15日朝)は68kgを切って67.8kgと、こちらはおそらく昨年の11月以来となる67kg台を記録した。1週間でちょうど▲1kgの減量である。
去年は9月に減量を思い立ち、主に1日10000歩以上歩くというウオーキングで71kg台から68kgを切るくらいまで減量したのだが、それ以降はかばかしく減らなくなって挫折。12月に入ると忘年会など飲み会の機会も多くなり、結局、いつの間にか70kg前後の体重に戻ってしまった。

去年の減量の時、パソコンに入力していたデータは2006年9月11日から始まり、12月2日で終わっている。その後も体重と体脂肪率は毎朝量ってカレンダーに記録してはいたが、それをパソコンに転記する熱意は失せていたということだ。

今年も夏前には、減量を思い立ち、意識して歩くようにしていたが、それだけでは一進一退の状況に大きな変化はなかった。今でも意識して歩くウオーキングは続けており、10000歩の目標を引き上げ、できるだけ15000歩を目指して歩くようにしている。
とはいえ、この2週間ほどで急激に体重が落とせたのは、やはりレコーディングダイエットのおかげだろう。背広のポケットに入るくらいの小さなノートに食べたものとその時間、わかるものはカロリー数を記入。1500Kcalを目処に食べるということだけである。

結局のところ、これは、余計なものを食べないということに尽きる。子供や妻が、食事の時間以外に袋菓子やケーキやアイスクリームを食べていても我慢する。それを食べるなら、その分、どこかで減らすということである。
決して楽ではではない。しかし、1日0.1kgから多いとき0.5kgぐらいまで目に見えて体重計に数値が減っていくことが、支えになって続けることができる。

去年の減量でたどり着いた67kg台後半まではなんとかやって来た。本当の勝負はこれから。最初の▲3kgの壁を越えると、その後減量のペースも安定するのは、以前の1年10kg減量の時の経験則だが、70kg台から始めて67kg台というのは、ちょうど▲3kgの壁でもある。結果的には、去年はここで挫折した。今年は、何とかこれを乗り越えて、まず66kg台に進みたいものである。
最終的には、以前の10kg減量時の体重63kgまでは持っていきたい。あと5kgほどの減量が続けられるかどうか。結局は、自分の意志が問われるのだと思う。

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2007年9月14日 (金)

第20期竜王戦挑戦者決定戦第2局佐藤二冠×木村八段戦とA級順位戦藤井九段×久保八段戦

今日は、将棋の対局で注目の対決が3局いっせいに行われた。東京の将棋会館では、第20期竜王戦の挑戦者を決める三番勝負の第2局佐藤康光二冠(棋聖・棋王)×木村一基八段戦、第57期王将戦の二次予選で挑戦者リーグ入り3人のうちの1人を決める谷川浩司九段×渡辺明竜王戦、大阪の関西将棋会館ではA級順位戦3回戦第2局の藤井猛九段×久保利明八段戦である。

王将戦の二次予選はネット中継がないので結果が分からないが、竜王戦とA級順位戦はどちらもインターネットで中継される(順位戦は有料)ので、両方のページを見ながら秋の夜長を過ごした。

先に決着がついたのは、竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局。
先手の佐藤二冠が、うまく捌いて角成りで馬を作り、優位に立ったと思えたが、木村八段はその馬を自陣に包囲してしまい動けなくしてしまった。その後も、佐藤二冠は飛車も投入して、木村陣を崩しにかかったが、結局、木村八段が巧妙な差し回しで受け切り、佐藤二冠の攻めが続かなくなった。
反撃に転じた木村八段は、逆に飛車と角を使った攻めで佐藤玉をほぼ受けなしに追い込んだ。
そこから、再び佐藤二冠が王手を連続して、なんとか逆転を狙ったが及ばず、投了。木村八段が勝ち、対戦成績を1勝1敗とし、挑戦者決定を最終の第3局(9月19日)に持ち越した。

A級順位戦は、出だし2連敗の藤井猛九段と1勝1敗の久保利明八段の対戦。藤井九段は、今期ここまで11戦で4勝7敗と精彩を欠いている。3連敗するとA級残留も危うくなりかねず、早く白星がほしいところ。久保八段もA級での順位は10人中7位であり、ここで負ければ、順位6位の藤井九段と立場が逆転する。なんとか勝ち越したいところだ。
将棋は、お互い振り飛車党でもあり、相振り飛車のスタート。序盤の、玉の守りを固めないうちから、藤井九段が角金交換の書角切りで久保陣の態勢を崩し、さらに角との交換で得た金を捨て駒にして飛車が成り、久保陣に龍を作ることに成功した。しかし、大幅な駒損であり、持ち駒もほとんどなく、劣勢は明らか。攻め続けるのは無理筋に思えた。
久保八段側は、藤井九段の攻めを受けきって途切れさせて、その後大幅な駒得を背景に、一気に勝負を決める作戦だったのだと思う。
しかし、藤井九段が細々とではあるものの、なんとか攻めをつなぎ、久保玉を自陣からあぶり出した。
藤井九段は、徐々に駒損も解消。最終的には、切った角を取り戻し、さらに、久保八段側の角も取り上げた。
久保玉は、藤井陣に入玉して徹底抗戦したが、藤井九段が飛車と角2枚で追い詰めて、逆転勝利をもぎ取った。
結局、久保八段は受け損ね、逃げ損ねた格好で、「さばきのアーティスト」の華麗な駒さばきは不発のまま負けてしまい不本意な敗戦だったと思う。
圧倒的な駒得の上に、相手の攻めも迫力に欠けたことから、久保八段の側に、いつでも勝てるとの慢心が生じたのかもしれない。

(追記:2007年9月15日)
渡辺竜王のブログを読むと、王将戦挑戦者リーグ入りを賭けた渡辺竜王と谷川九段の一戦は、千日手が成立、差し直し局では谷川九段が勝ち、谷川九段が王将戦リーグ入りを決めたようだ。

A級順位戦の藤井九段対久保八段戦は、名人戦棋譜速報の感想戦のコメントを読むと、久保八段はむしろ藤井九段に先んじて飛車成りを許したあたりでは、「若干形勢が悪いと感じていたようです」と記者の書き込みがあった。やはり素人の形勢判断とプロの認識は違うのだろう。特に「さばきのアーティスト」と称される久保八段にとって、藤井九段の飛車・角をさばかれて飛車成りを許したことは、お株を奪われたということなのかも知れない。

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2007年9月13日 (木)

河合隼雄著『心にある癒す力治る力』を読み終わる

先日読み終わった河合隼雄著『閉ざされた心との対話』に続く「心理療法の現場から(下)」とサブタイトルのついた『心にある癒す力治る力』(講談社)を読み終わった。

心にある癒す力治る力―心理療法の現場から〈下〉 (心理療法の現場から (下))
心にある癒す力治る力―心理療法の現場から〈下〉 (心理療法の現場から (下))

下巻でも河合隼雄さんと8人の臨床心理士、精神科医、家庭裁判所の調査員など、心を病んだ人たちと対峙している人たちの対談である。
上巻にあたる『閉ざされた心との対話』が主に、小学生から大学生と向き合っているカウンセラー、臨床心理士が中心だったの対し、下巻では、カウンセリングの手法(夢分析、箱庭療法等)の特色のあるカウンセラー、家庭裁判所で少年少女事件の調査を行うなかでカウンセリングに近い仕事をしている調査員、企業の社員相手にカウンセリングを行う産業臨床心理士など、切り口が多彩だ。

どれも興味深い話が多いが、自分が企業で働くサラリーマンということもあり、第六章「働きざかりの心の病」で登場する箕輪尚子さんの話は、とりわけ興味深く読んだ。

箕輪さんは、インタビュー時(1999年)に時点で、電気機器メーカーA社、通信事業会社B社、化学メーカーC社の3社に産業臨床心理士としてかかわっているが、3社の企業風土・文化が全く違い、カウンセリングの対象になる患者の病気の種類、発症の契機が全く違うのだという。

A社は個性が大事にされていて、一人一人が社会的使命感をもって働いているようなところがあります。新規の患者数は年に20人くらいです。
一方、B社は個人よりも組織が優先している感じ。これはこれで、利益が安定しているとか、簡単に解雇されないとか、それなりにいい面もあるんですが、人間的な面では抑えられているところがありますから、自分の感情を体験できず徐々に無気力になっていく。症状としては、遁走とか、会社に来られなくなるというのが多く、年7、80人は患者が出てきます。
C社では上と下の信頼関係がしっかりしていて、下が上に猜疑心がなくて言いたいことが言える。だからほとんど患者さんが出ず、年にせいぜい3人くらいです。
(『心にある癒す力治る力』141~142ページ)

A社の場合、会社に入ったときから、自分で考えるとか、創造するということのトレーニングをされてくるんですが、B社の場合は、そうしないことがいいことで、自分で発想したらいかん、上から言われたとおりにやることがいいことだと言われてきましたから、いまさら自分で考えろといわれても困るんです。
(『心にある癒す力治る力』142ページ)

会社別の症状の違いについての河合さんの問いにには、次のように答えている。

A社の場合ですと、自分の仕事が上司に認められないのではないか、自分の存在が会社に大事に思われていないのではないかという感じで出てくるんです。
B社の場合は、本人たちもよくわからない。だから、上司に連れられてくることが多い。会社に来ない、どうしたのかと聴いても、「よくわからんないけど調子が悪い」という感じです。自分というものがしっかりしていない。
C社の場合、みんな自由気ままに振る舞っていますからすごく気楽ですが、若いときにしっかりしたしつけがないので、自分勝手に振る舞ってきた人は、中高年になったとき、誰も言うことを聞いてくれなくなって浮いてしまう。
このように、企業の組織の風土と文化というものと、その人のパーソナリティとの関連で、病気が発症してくる傾向があると思います。
(『心にある癒す力治る力』143ページ)

終身雇用制が崩れつつある日本の企業社会だが、とはいえ、一生の間に、いくつもの企業を渡り歩くわけにもいかない。
たった3つの会社の比較でも、これだけ風土・文化に違いがあるのだから、就職の時に、いかに自分にあった職場を見つけるかが大切かということを改めて感じる。
一生懸命探してて、意中の会社・職場に巡り会い、めでたく採用となっても、その会社が別の会社に買収されたりすることも、珍しいことではなくなったので、意中の職場に採用されただけで、安心できないところが、つらいところではある。
それでも、社会人としての最初の訓練を受ける場が、どこになるかは、その後の人生に大きく影響を与えるだろう。

現在は、この対談からすでに8年が過ぎ、サラリーマンを巡る状況は厳しくなる一方だ。B社のような会社で、考える訓練をされなかった社員も、いやおうなく考えなければならなくなってきている。そういった時代の変化が、「メンタルヘルス・マネジメント検定」という資格を生み出すことになったのだと思う。生きにくい時代になったものである。

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2007年9月12日 (水)

信じられない安倍首相辞任表明

政治に関することは、このブログでは、取り上げないことにしているのだが、今日は、あまりにも信じられない出来事が起きたので、時代の記録として書き残しておくことにする。

就任からほぼ1年になる安倍晋三内閣総理大臣が、今日(2007年9月12日)の午後2時から突然の辞意表明を行った。

7月の参議院議員選挙で、自ら総裁を勤める自由民主党と公明党の政権与党が、参議院での過半数を失う大敗。参院選で敗れて辞任した橋本龍太郎元総理に例もあり、「当然、辞任するのだろう」と思う世間の意向に反し、早々に続投を表明。2週間ほど前の8月下旬には内閣改造も行い、数日前にはテロ対策特別法の成立のために「職を賭して臨む」との宣言をし、昨日は、臨時国会で改造内閣での所信表明演説を行ったばかりだった。
そして、今日からは各党の代表質問というタイミングで、「私が辞めることで、テロ対策特別法成立に向け局面を転換したい」との理由で辞任表明である。
どこかのプロ野球の優勝監督のコメントではないが「信じられな~い」というのが、まずは最初の感想である。

どうせ辞めるなら、参院選大敗の時点で辞めるべきだったろうし、せめて内閣改造の前に辞めるべきだったろう。この時点での辞任は、周囲にかける迷惑も半端ではない。
参院選大敗の時点で早々に続投を表明し、テロ対策特別法の成立に職を賭して…と言った以上は、自らに信念を貫き、法案成立のための国会論戦に与党の最終責任者として臨み、それが認められなければ、その時点で辞める、あるいは、自らの辞任と引き換えに法案は成立させるという選択肢もあったろう(もちろん、野党がそれで納得して法案を通したかどうかは分からないが…)。政治が与党と野党の駆け引きの中で行われる現実の中で、最大の駆け引きの材料である「総理大臣の辞任」という切り札を、戦う前から切ってしまうという手法は全く理解できない。
辞任の報を聞いた野党首脳が口々に唱えたように「究極の無責任」、「内閣の投げだし」ある。

参議院で野党に過半数を握られた以上、いくら衆議院で2/3以上の議席を確保しているても、与野党対決法案はすべて参議院で反対され、廃案となるのは、最初から分かっていたことである。
再び衆議院の2/3以上の多数を以て可決し法案を成立させるという「伝家の宝刀」を与党として抜いて、強権発動するためには、今日に夜のテレビ番組である与党関係者が言っていたように、与党として国民に対し訴え、理解をしてもらうため相当の努力をし、少なくとも当該法案の成立については、国民の過半数できればが2/3以上支持するというような世論調査の結果でもなければ、踏み切れないだろうし、踏み切るべきでもないだろう。

どう考えても、このタイミングでの一国の首相の辞任は、納得しがたいことであり、辞めなければならなかった本当の理由は(首相本人の辞任会見後の与謝野官房長官が「健康問題」にふれたように)、どこか別のところにあるのではないかと思う。

当面は、自由民主党内で次の総裁=次の首相に誰を選ぶのかが焦点に成ってくるが、すんなり後継総裁選出、首相就任といくのか、まだまだ波乱含み数週間になりそうな気がする。

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2007年9月11日 (火)

将棋第48期王位戦第6局、羽生王位が勝ち3勝3敗のタイに

昨日から神奈川県秦野市で行われていた将棋の第48期王位戦第6局は、2日めの今日(2007年9月11日)、後手番の羽生善治王位が、挑戦者の深浦康市八段を降し、3勝3敗として決着を最終第7局に持ち越した。

先手深浦八段の居飛車に対し、羽生王位が振り飛車で対抗。深浦八段が角交換に出て、両者持ち駒に角を持ちながら序盤の駒組みが続いた。深浦八段が攻めの銀を繰り出し、羽生玉の守りにプレッシャーを賭けたが、羽生王位が桂損覚悟の飛車取りの桂馬成りから、お互いの飛車を取り合あった。
飛車交換の後、羽生王位が角と飛車を、深浦八段が飛車にに次いで角をそれぞれ相手陣に打ち込み、攻め合いとなったが、羽生王位が先に深浦玉を受けなしに追い込んだ。深浦八段も、王手で攻めたが続かず投了となった。

長崎出身で九州にタイトルを持ち帰ることを目指していた深浦八段だが、一時4局めで3勝1敗と羽生王位に対して星2つのアドバンテージを得たが、2連敗して後がなくなった。
こうなると、タイトルホルダーの羽生王位の側が有利に思えてくるが、最終第7局が行われる6月25・26日までに、心機一転初心に戻って戦えるかどうか、またその間9月16日に福岡市で日本シリーズの2回戦第3局が王位戦と羽生三冠と深浦八段の組み合わせになっている。その勝敗も微妙に第7局にも影響するだろう。
どのような結果がでるのか、これも目が離せない。

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2007年9月10日 (月)

河合隼雄著『閉ざされた心との対話』を読み終わる

今年(2007年)の7月に亡くなった河合隼雄さんの著書で最近買い込んだ3冊の内の1冊、『閉ざされた心との対話』(講談社)を読み終わった。

閉ざされた心との対話―心理療法の現場から〈上〉 (心理療法の現場から (上))
閉ざされた心との対話―心理療法の現場から〈上〉

サブタイトルに「心理療法の現場から(上)」とあるように、『心にある癒す力治る力』と題した下巻がある。

内容は河合隼雄さんと各地でカウンセリングの仕事をしている臨床心理士の人との対談で、河合さんが聞き手になって、それぞれのカウンセラーの経験を語ってもらうというものだ。初版が発行されたのが1999年5月。対談自体は1998年4月から翌1999年1月にかけて行われ、講談社の月刊誌「本」にそのダイジェストが連載されていたという。

上巻にあたる『閉ざされた心との対話』には9人のカウンセラーとの対談が収められていて、そのうちスクールカウンセラーとして小中高生やや大学での学生相談などを行っている。(9人の中には、以前このブログで紹介した『思春期をめぐる冒険 心理療法と村上春樹の世界』(新潮文庫)の著者である岩宮恵子さんも含まれている)

9人それぞれに、感動的な話、なるほどそうかと思わせる話があるが、そのうちの一つを紹介しておきたい。

9人のカウンセラーの最後の登場する大学の学生相談室のカウンセラーをしている高石恭子さんという方のコメントである。高石さんは、たまたま私と同じ1960年生まれである。

学生相談室なので、相談の内容は必ずしもメンタルなことと限定しているわけではないようだ。高石さんのカウンセリングの際のモットーは「間口は広く奥行きは深く」ということ語っているが、中には”「顔を洗って出直しておいで」と言いたくなるような学生もときどき来ます”とのことなのだが、最後に

ただ、気をつけているのは、どんな切りだし方であっても、それが相談室にもちこまれる限り、背後には彼らの成長したい欲求が動いていると思うんです。人の悩みには軽重はない、という姿勢を忘れないように、いつも肝に銘じています。
(『閉ざされた心との対話』224~225ページ)

という言葉で、締めくくられていた。

親として、自分の子供の話に耳を傾ける時に、このような真摯な姿勢で聞こうとしているだろうかと、少し反省した締めくくりの言葉だった。

心にある癒す力治る力―心理療法の現場から〈下〉 (心理療法の現場から (下))
心にある癒す力治る力―心理療法の現場から〈下〉

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2007年9月 9日 (日)

変わる秋葉原電気街

昨日(9月8日)、久しぶりに秋葉原に行った。去年の3月に「つくばエクスプレス(TX)」に乗るために行って以来である。
その時も、それまで狭くていつも人であふれていた印象しかなかったJRの秋葉原駅が、つくばエクスプレスの乗り入れに合わせて大がかりに改装され、かつてのごちゃごちゃとした雰囲気はまったくなくなっていたのに驚いた。

昨日は改めて街中を歩き回ったが、店の移り変わりがいっそう顕著になっている。駅の東側にヨドバシカメラが店を構えたほか、駅の西側には「秋葉原UDX」と名づけられたオフィスビルとまず駅の回りの風景が一変した。

パソコンの自作を趣味の一つにしているので、秋葉原に行く特にあてもなく目に着いた店に入り、パソコンの部品や、一世代か二世代前のソフトを格安でたたき売っている店を探すのが楽しみだった。
以前はそんな店は、秋葉原のメインストリートである中央通りに面した、いわゆる「表通り」にも、表通りから一本ないし二本奥まった裏通りにもあったが、いまや、「表通り」はアニメ、ゲーム、フィギアなど、いわゆる「オタク」系の店の進出に取って代わらつつ、パソコンの部品やソフトを扱う店は裏通りが中心になりつつある(もちろん、まだ「表通り」で頑張っている店もあるが…)。

昨日も秋葉原を拠点にしてきた老舗の家電販売店2社が、一方は改装のための閉店セール、一方は「コンピューター館」のこちらは本当の店じまい売り尽くしセールをやっていた。

私の昨日の収穫は、裏通りの店の一つで、いまや記憶媒体ではマイナーになりつつある「MO」(私にとっては、デジカメの画像を記録するための貴重な媒体である)の640MBの5枚組を1000円(普通安くても1枚500円くらい)で手に入れたことと、店じまい売り尽くしセール、比較的新しい「将棋」にソフトを30%オフで買えたことだろうか。

帰りは、中央通りを北に向かってJR上野駅まで15分ほど歩き、上野駅から電車にのった。上野駅の南側も大々的に地下工事が行われていた。
さらに、上野駅もまったく改装で雰囲気がまったく変わっていて、東京の住人でありながら、東京の街の変化をまったく知らないことを思い知った一日だった。

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2007年9月 8日 (土)

岡田式レコーディングダイエットの成果

岡田斗司夫著『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書)を読んだ話は、3日前に書いたが、1日に食べたものをすべて記録するということを試しに始めてみた。

1日の摂取カロリー1500kcalを意識しながら、まず、すべて食べたものの内容を記録する。すべての食材のカロリー数を把握することは難しいので、パッケージにカロリー数が印字されているものはだけは記録し、あとは何時頃、何を食べたかを簡単にメモするだけである。

まだ3日間だが、これが思ったより効果があった。今年も春から減量を決意し、意識的に歩くようにして消費カロリーを増やすように努力してきたが、体重は69kg台と70kg台を行ったり来たりで、なかなか減少トレンドにならなかった。
今週の初め、9月3日(月)の朝の体重は週末の食べ過ぎがたたりなんと70.7kgと惨憺たる数字。レッグウエイトを職場でも着けて、意識的に歩く歩数む増やして、9月4日(火)の朝には、69.7kgまで絞った。しかし、これは膨らみ過ぎを元に戻しただけで、これまではこれから先がはかばかしく進捗しなかった。実際、翌5日(水)の朝は現状維持の69.7kg

5日に岡田氏の『いつまでもデブと思うなよ』を読み終わり、5日から、試しのレコーディング・ダイエットを始めたところ、6日(木)朝69.5kg、7日(金)朝69.1kgと順調の体重が落ち、今日(8日)の朝には68.8kgと7月20日以来の68kg台を記録した。

毎日1500kcalいう摂取総量を意識するようになると、自然と余計なものは食べないようにしようと思うようになって、間食をしなくなった。確かに、以前1年で10kg減量した時、間食はほとんどしなかった。この2年ほどは、あの頃よりは意識して歩くようにして運動量を増やしているので、少しくらい間食してもいいだろうなどと思い、子供と一緒になって御菓子などをつい食べてしまっていた。
間食でいったいどれほどのカロリーを摂取しているかについては、深く考えていなかった。

結果的に、運動した分と同じくらいか、それ以上、間食で余計なカロリーを取り、ほとんど体重減につながらなかったということだろう。

さて「初心」に帰って、本当に減量できるかは、これからが本番である。

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2007年9月 7日 (金)

将棋主要棋戦の最近の動向(2007年9月上旬)・その2

昨日からの続きで、最近の将棋の注目の対局について書いてみる。

9月5日(水)
・順位戦B級1組 深浦康市八段×渡辺明竜王戦
前期昇級したA級で4勝5敗と検討しながら、順位の差で再びB級1組に陥落した深浦八段とC級1組2位、B級2組1位で2年連続昇級しこのB級1組も1年で突破しようという渡辺竜王。
また深浦八段は、現在挑戦中の王位戦で羽生王位に対し3勝2敗と勝ち越し、タイトル獲得まであと1勝となっているのに対し、渡辺竜王は10月からの竜王戦の挑戦者がもうすぐ決まる。
ここまでの順位戦の成績は、深浦八段が1回戦が休み(B級1組は定員が13名総当たりなので、13回の対戦のうち、誰かが順に休み(抜け番)にある)のあと1勝1敗。渡辺竜王は出だし2連敗したあと1つ勝ち1勝2敗。すでに8月31日に行われたB級1組4回戦の残り4局で、高橋道雄九段と畠山鎮七段が4連勝を決めており、どちらも、A級昇級のためには1つも負けらない。なお2人の対戦成績は深浦八段の5勝1敗と一方的な数字が残っている。
将棋の進行は、後手の渡辺竜王から角交換の出る展開。その交換した角を飛車取りに打ち込み、深浦八段に飛車を逃げさせて、渡辺竜王ペースに思えたが、渡辺竜王が玉の囲いを更に堅い穴熊に組み替えようとした瞬間に、深浦八段が歩打ちの連続で、渡辺玉の守りを一気に崩しにかかり、その後は深浦八段の攻め続け、渡辺玉をどんどん上部に引きずり出し、最後は竜馬(成り角)と角、桂馬で渡辺玉を仕留めた。
2勝1敗と白星先行となった深浦八段はなんとか昇級争いに踏みとどまった。次回は4連勝の高橋九段が相手。これに勝てれば、最後まで昇級争いに加わることになるだろう。
一方、渡辺竜王は1勝3敗となり、4連敗の島八段、1勝3敗の中川七段、森下九段とともに下位グループに留まっており、今期昇級を狙うには、昇級直後で順位12位と下位であることもあり残り8戦を全勝で通過しない限り難しいだろう。

9月6日(木)
・第55期王座戦5番勝負第1局
久保利明八段×羽生善治王座戦
羽生王座は、王座戦15連覇中。1992年の第39期王座戦で当時の福崎文吾王座(現九段)からタイトルを奪って以来、一度も失冠することなくタイトルを守り続けている。この間の挑戦者は谷川浩司九段3回、佐藤康光二冠3回など。
今回の挑戦者久保八段も2001年の第49期で挑戦者となったが、羽生王座が3勝1敗で防衛している。
将棋は振り駒で先手となった振り飛車党で「さばきのアーティスト」と呼ばれる久保八段が飛車を振り「三間飛車」に構え、守りは「穴熊」に構える。羽生王座が、玉の守りを固めようとしているところに久保八段が攻めかかる。一方、羽生王座も、早々に穴崩しを敢行、どちらも玉の守りが手薄な中、攻めを狙う一手違いの内容。中盤では久保八段有利と言われていたが、穴熊も崩されるともろく、90手めの羽生王座の銀打ちで久保玉は受けなしとなった。その後、久保八段が角2枚、飛車、銀、歩を交え王手の連続でで羽生玉を追い詰めたが、詰みに至らず104手で後手羽生王座の勝ちとなった。
王位戦では、深浦八段にカド番に追い込まれている羽生三冠だが、王座戦では大事な初戦をものにした。

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2007年9月 6日 (木)

将棋主要棋戦の最近の動向(2007年9月上旬)・その1

先週の木曜日(2007年8月30日)に将棋のA級順位戦2回戦最終局で、郷田真隆九段が谷川浩司九段を破り、2連勝と好調スタートを切った話と王位戦第5局で羽生善治王位が挑戦者の深浦康市八段に勝ち、2勝3敗と一つ星を戻した話を書いた。
その後の今日までの1週間も、どこかの棋戦での重要な対局が毎日のように行われ、ほとんどがネット中継が行われているので、帰ってくるとパソコンで、将棋盤を眺める日が続いた。

2007年8月31日(金)
・A級順位戦3回戦木村一基八段×行方尚史八段戦
今期、初めてA級に昇級した2人だが、木村八段は2連勝、行方八段は2連敗と明暗を分けている。その2人が3回戦の第1局で顔を合わせた。
過去の対戦成績では行方八段が6勝4敗と勝ち越しているとのことだったが、後手の行方八段が角交換をする展開。中盤から双方、角を打ち合い、攻め合いとなった将棋となったが、最近の調子を反映してか木村八段が優勢となり、先手木村八段が79手めを指したところで、行方八段が投了。
木村八段は3連勝で、名人挑戦権争いのトップに踊り出た。今後、4回戦が丸山忠久九段、5回戦が郷田真隆九段と2連勝でスタートした2人との対戦が続く。激しい星のつぶし合いの中で、誰が勝ち残るのか、目が離せない。

2007年9月2日(日)
・日本シリーズ2回戦郷田真隆九段×佐藤康光二冠
昨年の日本シリーズの決勝戦の再現となったこの対局。7月のA級順位戦では郷田九段が佐藤二冠がを破っている。
この将棋は、先手郷田九段が勝勢だった将棋を、佐藤二冠が勝負手を連発して粘り、最後は郷田九段が二歩を打っての反則負けという珍しい結末になったらしい。
リアルタイムでのネット中継はなく、数日後に棋戦の棋戦のスポンサーJTのホームページで棋譜がネット公開されたが、郷田ファンの私としては、見る気になれず見ていない。

2007年9月4日(火)
・竜王戦挑戦者決定3番勝負第1局
 木村一基八段×佐藤康光二冠
昨年(2006)度は、5つのタイトル戦で挑戦者となり最後の棋王戦でタイトル奪取に成功した佐藤康光二冠(棋聖・棋王)だが、今期は自らタイトルホルダーの棋聖戦では渡辺竜王の挑戦を退けたものの、名人挑戦権を争うA級順位戦では2連敗のスタート、王位戦、王座戦でも挑戦者決定戦前に敗退と昨年に比べれば不調と言えるだろう。しかし、この竜王戦では挑戦者決定戦まで進出してきた。昨年の竜王戦では2連勝しながら、渡辺竜王に最終的に4勝3敗での防衛を許しており、なんとかリターンマッチで、借りを返したいところ。
一方の木村八段は、一昨年(2005年)の竜王戦の挑戦者で、0勝4敗で渡辺竜王に敗れた。7割を超える勝率を誇る木村八段だが、竜王戦での完敗でしばらく調子を崩したというようなことが、どこかで書かれていたように思う。
この勝負も、後手佐藤二冠が角を交換する展開で、守りを固める前に攻め合いとなった。初めは木村八段が佐藤玉を攻めたが、追い詰め切れず、その後の佐藤二冠の反撃に打ち取られた。
3番勝負の第2局は9月14日(金)。これに勝てば、佐藤二冠が2年連続して、渡辺竜王の挑戦することになる。

長くなったので、昨日9月5日(水)のB級1組の深浦八段×渡辺竜王戦、今日9月6日(木)の王座戦第1局の久保八段×羽生王座戦は、明日改めて書くことにしたい。

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2007年9月 5日 (水)

岡田斗司夫著『いつまでもデブと思うなよ』(新潮新書)を読み終わる

昨日から読み始めた岡田斗司夫著『いつまでもデブと思うなよ』を読み終わった。

いつまでもデブと思うなよ (新潮新書)
いつまでもデブと思うなよ (新潮新書)

昨日の記事でも少し書いたが、1958年生まれ、身長171cm、体重117kg、ウエスト120cm、洋服のサイズは5Lという巨漢だった岡田氏が1年間で50kgの減量に成功し、体重67kgになるまでの記録である。

その間、著者が行ったダイエット法の紹介が中心だ。

著者が行ったレコーディング・ダイエットが
①助走②離陸③上昇④巡航⑤再加速⑥軌道到達
という飛行機や宇宙船の飛行形態になぞらえて紹介されている。そのうちメインとなる①~③について簡単に紹介する。

まず、レコーディング・ダイエットの方法だが、文字通り、記録していくことである必要なものは、記録をするためのノートやメモ帳と書き込むための鉛筆やペン。あとは、体重を量るるヘルスメーターだ。

順に要点を紹介していくと、ノートやメモ帳に毎朝、体重と体脂肪率などは必ず記録した上で、次のことをやる。

①助走
この期間は食事を減らしたり、運動したりダイエットのために何かすることはいっさいしない。ただひたすら、自分が何時何分に何を食べたかを漏らさず記録する。
これは、自分の食生活のパターンを自らが知るということである。
著者は5ヵ月間、食べ物の記録を続けたという。なんと、この食べたものを記録することだけで、5ヵ月で10kg体重が減ったという。

原因は「無意識に太る行動を避けていた」ということだろう。(中略)太っているのは、毎日毎日「太り続けるための行動」を繰り返している成果なのだ。
(『いつまでもデブと思うなよ』90ページ)

この期間は、ファクト・ファイングの時期であろう。

②離陸
次は、食べたものの記録に合わせてカロリー数を記録する。朝昼晩の食事に加えて、間食で食べるもの含めすべてだ。コンビニのパンや総菜の多くはカロリー数が書かれているし、ファミレスなどでもメニューにカロリー数を記載しているところが多い。
自分が一日何カロリー摂取しているのか。今度は、これを記録する。この時点では、やはり具体的なダイエットは何もしない。ただ、食べたものとそのカロリー数を記録するだけだ。

著者は1日4800カロリーや6000カロリーは食べていたようだ。①助走、②離陸を通じて、徹底的に自分の食生活を認識し、この食生活を1日に必要とされる摂取カロリーの1500カロリーに抑えれば、「必ずやせられる」と確信し、いよいよ③上昇で本格的なダイエットに着手する。

③上昇
ここでは、1日の平均摂取カロリーを1500カロリーの抑えることにして、すでにどれだけ自分が太るための食生活をしているか身にしみているから、1500カロリーの制限は苦にならなかったようだ。むしろ、体重が1週間に1kgのペースで減り出して、それが楽しみになったようである。

そのご、いったん体重減少のペースが止まった時にどう乗り越えるかなどについても書かれているが、長くなるので関心ある方はぜひ、本の方を読んでいただければと思う。

今、減量しようとして、なかなか体重を減らせない私としては、この方法は、減量しようと思う人にとっては、じつに効果的だと思う。
誰でも、体重や体脂肪は記録する。しかし、頭の中では今日は何と何を食べたと考えることはあっても、食べたもののすべてをもらさず記録していくということは、あまりやっていないと思う。
結局、書いて記録するということが、不必要な食物摂取の最大の抑止力になるのだと思う。誰でも、摂取カロリーを落とせば、体重をことは分かっている。それでも、「これぐらいはいいだろう」とつい間食をしてしまいたくなる人間の弱さ。
書くことによって、その「これぐらいはいいだろう」の部分に歯止めがかけられる気がする。

私もしばらく1日1500カロリーを意識して、食生活を管理してみようと思う。

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2007年9月 4日 (火)

減量作戦、新兵器レッグウエイトの効果と50kg減量した人の話

減量のために片足250gのレッグウエイトを着けて、2日間が経過した。出勤から帰宅までは、両足計500gの負荷をかけた状態で行動している。
片足250gぐらいなら大したことはないと思うが、長時間着けていると、足のふくらはぎの筋肉が少し突っ張るような気がする。
歩く時も、これまでより意識してかかとを上げるようにしている。

今朝の計量では、昨日の朝より体重がちょうど1kg減って久しぶりに69kg台に戻ったが、問題はこれが継続できるかどうか。明日の朝も、少し減っていれば、新兵器の効果と言えるだろう。

今日の帰り、いつも寄る書店で、新潮新書の8月の新刊『いつまでもデブと思うなよ』(岡田斗司夫著)を買った。何とも、挑発的な題名だが、内容は、著者の岡田氏が、117kgあった体重を1年間で50kg減らし、現在は67kgになったというさらに衝撃的な話だ。

いつまでもデブと思うなよ (新潮新書)
いつまでもデブと思うなよ (新潮新書)

その秘訣を開陳しているのだが、特別なことはしていないようだ。最初は、毎日、何を食べているかを逐一記録することから始めたという。

著者は1958年生まれ、身長は171cm。この身長で、体重が117kgあったということもすごいが、これが1年で67kgになり、いまや著者よりも少し身長が低い私の方が、体重が重くなっている。
私も負けずに、心機一転、今度こそ、目に見える減量を実現し、なんとかそれを維持できるようにしたい。

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2007年9月 3日 (月)

報道から再現する河合隼雄さん追悼式の様子

昨年(2006年)8月に脳梗塞で倒れ、今年7月に亡くなった河合隼雄・元文化庁長官の追悼式が、昨日(2007年9月2日)午後1時から京都市の国立京都国際会館で行われた。
各報道機関によれば、小泉純一郎前首相をはじめ約2000人が参列したという。

追悼式の式次第は以下の通り(京都大学ホームページより)

開式
挨拶 
 京都大学副学長 東山紘久
黙祷
追悼の詞
 京都大学総長 尾池和也
 文部科学省事務次官 銭谷眞美
 国際日本文化研究センター所長 片倉ともこ
 日本臨床心理士会会長代行 乾吉佑
故人追憶
 哲学者 梅原猛
 哲学者 鶴見俊輔
 人類学者 中沢新一
献奏
 ブラームス『弦楽六重奏曲 第1番変ロ長調』
 第一楽章、第二楽章
遺族挨拶
 河合俊雄
献花
閉式

各社のニュース報道から、可能な範囲で各参列者の挨拶を再現してみる。

まず、最初の「挨拶」に立ったのが追悼式の代表発起人であり、河合さんの弟子の1人であり臨床心理学者として著作も多い東山紘久京都大学副学長。

「一人の心理学者として最後までカウンセリングを続けた。冗談が好きな人で、失った悲しみは大きい」(共同)
「『あの世もなかなかおつなものや』と言いながら、起きあがると期待していたが、かなわなかった。迷える人々のために、あの世でもカウンセリングをしておられるだろう」(読売)

「追悼の詞」
最初に「追悼の詞」を述べたのは同じ京都大学の尾池総長。

「私はホラを吹くだけと違(ちご)て、フルートも吹く」と言われたというエピソードを紹介。(毎日)

さらに、梅原猛さんが初代、河合隼雄が2代め所長を務めた京都の国際日本文化研究センターの片倉ともこ所長。

「『夢の話は向こうでするわ。あんたもはよ来なはれ』と言わんばかりに早く逝ってしまわれた」(読売)

「故人追憶」
哲学者梅原猛さんの言葉は、様々な表現で各社で取り上げられている。

「友情の厚さに、涙を流さんばかりでした。学者としても優れていたが、実践家としても素晴らしかった」(朝日)
「学生紛争の時、学生と話をするのを楽しんでいた」(毎日)
「天皇が権力、武力を持たない特異な構造が日本の特徴とする『中空の理論』はぐれた着想」(日経)
「私が別れの言葉を言うのに驚いている。35年前にエレベーターの中で夢について研究したらと話し、そのことを忘れずに著書を出された。知的好奇心の素晴らしさにびっくりした」(京都新聞)
「私が死んだ時の葬儀委員長は河合さんに、と思っていたのに、私がお別れの言葉を言わなければならないとは。人の百生分、千生分も働いた。ゆっくりとお休みください」(読売)
「ユングの学説と東洋の文化を結び付け、河合心理学を発展させた業績は大きい。普通の人の百生分、千生分(の人生を)働いたので、ゆっくりお休みください」(共同)

続いて、哲学者の鶴見俊輔さん

「米大陸先住民と笛でうち解け合う魂の自由さが、学問をたぐいまれなものにしている」(日経)
「魂の自由な動きが、この人の学問をたぐいまれなものにした」(毎日)
「この人に会うことができて京都に来てよかったと思った」(読売)
「あなたに会うことができてよかった」(朝日)

3人めは人類学者の中沢新一さん

「神様の前で度の過ぎた冗談を言って、この世に差し戻されたのか、今でも先生の笑い声が自分のなかで響いている」(日経)
河合さんが倒れた昨年8月17日に対談する約束だったことを明かし、「夢の中で対話を繰り返している。今でも先生の笑い声を感じる」(読売)

フルートを自ら奏でるなど音楽好きの故人の要望もあって、ブラームスの弦楽六重奏の献奏が行われたのち、最後に遺族代表として、ご長男で京都大学教授の河合俊雄さんが挨拶。

「父にとっても、(倒れる)予兆を感じていた様子はなかった。意識が戻らず、誠に無念。河合はみなさんにとって父であり、河合隼雄という物語の中で生き続けている」(読売)
「庶民的な父だったが、華やかな式を喜んでいると思う」(日経、共同)

冒頭の東山京大副学長の言葉のように、もう一度、夢から覚めたように、垣間見たあの世のことを語ってくれるのではないかと、願っていたが、叶わぬこととなってしまった。

私個人としては、買い込んだ未読の河合隼雄さんの著作を、じっくり読んで、冥福を祈ることにしたい。

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2007年9月 2日 (日)

減量作戦のための新兵器導入

7月、8月と体重の方は、なんとか69kg台を維持していたのだが、8月の第3週に夏休みをとって南房総に旅行に行った際、宿の食事がバイキングだったせいもあって、つい食べ過ぎてしまい再び70kgを突破してしまった。

ウオーキングの方は、原則、1日1万歩以上歩いているのだが、なかなか思うように減らない。
今日、書店に並んでいた『毎日らいふ』10月号では、松村由利子さんが連載中の「からだの歌 こころの歌」の今月のテーマが「肥満」。
最初の導入部分で、松村さん自身「ある時期から、体重が減らなくなった」と書いてあった。
数年前の10kg減量(73kg→63kg)の成功体験が忘れられず、あがいているが、最近いくら歩いても、はかばかしく体重が減らないのは、やはり年齢のせいだろうか?

諦めが悪い私は、最近、減量のための新兵器を2つ入手した。一つは、新しい歩数計。歩数計自身がメモリーを内蔵していて14日分のデータを記録できる。そして、その記録データをパソコンに転送できるというものだ。これまで、毎朝、歩数計のデータをカレンダーに記録して、データをリセットしていたが、その手間が省ける。

そして、今日、100円ショップで手に入れたのが、レッグウエイト。足に250gのおもりをマジックテープでとめるものだ。足に重しを着けて筋力を強化し基礎代謝を上げて、結果的に減量に繋がるということになる。
今日は、午前中買い、家に戻るまで、そして家の中でも一日着けていた。
しばらく、続けてみて効果があるかどうか。今度こそは、3kg減量の壁と突破したいものだ。

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2007年9月 1日 (土)

河合隼雄さんの追悼式を前に河合作品を買い込む

今日は、妻が本を探しに新宿の紀伊國屋書店の本店に行くと言うので、たまには違うところにしようと、彼女がこれまで行ったことがない神保町の三省堂書店本店に連れて行った。

相方が目当ての本を探している間、私も各フロアをぶらぶらと見て回る。

心理学のコーナーに行ってみる。河合隼雄さんの著作は心理学の専門書からエッセイまで相当数出版されているが、亡くなった直後ということもあってか、品揃えが充実しているような気がする。
並んでいるものの中の未読のものも数多くあったが、その中から文化庁長官就任後の書かれたエッセイも収録されている『ココロの止まり木』(朝日新聞社)と各分野で活躍する臨床心理士との対談集『閉ざされた心との対話-心理療法の現場から(上)』『心にある癒す力治る力-心理療法の現場から(下)』(講談社)を買った。

ココロの止まり木
ココロの止まり木

閉ざされた心との対話―心理療法の現場から〈上〉 (心理療法の現場から (上))
閉ざされた心との対話―心理療法の現場から〈上〉 (心理療法の現場から (上))

心にある癒す力治る力―心理療法の現場から〈下〉 (心理療法の現場から (下))
心にある癒す力治る力―心理療法の現場から〈下〉 (心理療法の現場から (下))

帰りは、運動不足解消のため三省堂のある神保町から飯田橋、神楽坂、早稲田、高田馬場と東京メトロ東西線に沿うように歩き、高田馬場でも書店に寄る。
ここでは、平積みで河合隼雄コーナーが設けられていた。その中にあった河出書房新社の『文藝別冊 総特集河合隼雄 こころの処方箋を求めて』も購入。今日1日で、河合隼雄関連の本を4冊を買ったことになる。

河合隼雄―こころの処方箋を求めて (KAWADE夢ムック)
河合隼雄―こころの処方箋を求めて (KAWADE夢ムック)

おりしも、明日9月2日には、河合さんの母校京都大学で追悼式が開かれる。京都までは行けない私としては、せめて著作を読むことで追悼の気持ちを表すことにしたい。

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