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2007年10月23日 (火)

大岡信著『新折々のうた9』に松村由利子さんの短歌二首が採録された

現代の万葉集とも呼ばれる詩人大岡信さんの『折々のうた』シリーズ。このほど、その最終巻である『新折々のうた9』が岩波新書の2007年10月の新刊の1冊として発売された。

新・折々のうた〈9〉 (岩波新書)
新・折々のうた〈9〉 (岩波新書)

「折々のうた」は、朝日新聞に短歌・俳句・詩などが1日1首、選者の大岡信さんのコラムとともに連載されたもので、1979(昭和54)年1月25日から始まり、2007(平成19)年3月31日まで通算6762回に及んだという。その間29年。
連載が始まった頃は、まだ日本に高度成長の余韻が残る頃で、バブル景気、その後の失われた10年といわれる長い不況の時代をも経てきたことになる。連載が始まった頃、大学受験を目前にしていた私も、いまや不惑の年を過ぎ、50歳に手が届くところまで来ている。

連載をまとめた岩波新書も『折々のうた』で10冊、『
折々のうた』で9冊になる。その間、取り上げられたのは、すでに文学史上名を残す著名な歌人・俳人から、現代の新人まで幅広い。中には、初期に新人として取り上げられ、その後大家となった歌人・俳人もいるに違いない。
最終巻の
折々のうた9』では、このブログでも何回か紹介させてもらった歌人の松村由利子さんの短歌が二首採録されている。
採録された短歌や俳句は、春のうた、夏のうた、秋のうた、冬のうたと季節毎に編集され、並べられている。
松村さんの短歌は、まず「秋のうた」のしめくくる歌として、第一歌集の『薄荷色の朝に』から

一光年ほど遠のきし横顔は父親となりし男友達

が採録されている。この歌に対し、大岡さんは次のように書いている。

『薄荷色の朝に』(平10)所収。上記の歌集を読むと、作者がぴりぴりと神経を張りつめて日々の仕事をしている有能な女性であることがわかる。こういう女性に「一光年ほど遠のきし横顔」と思われる男友達もせつなかろうな、と同情する。巻末に解説を書いている馬場あき子によれば、作者は都心の新聞社につとめる人という。「尖りゆく心を宥めて襟のないやさしい服を選ぶ木曜」。服装も心の羅針盤か。
(『新折々のうた9』138ページ)

次に「冬のうた」として、第二歌集の『鳥女』から

女性誌は恋愛特集ばかりなり束ねんとする力を憎む

『鳥女』(平17)所収。上記歌集を読めば、作者が都内の大手新聞社の、きわめて有能な科学部所属の一線記者だったことが想像される。世界中に衝撃を与えた、あの9.11のテロ攻撃の日も「『中東に詳しい奴をつかまえろ』怒号飛び交う深夜の職場」となる。「つけつけともの言うことの心地よさ男性部員はしかりやすくて」と頼りになる上司。今はこの現場を離れたようだが、活動的な女性の貴重な記録の歌集。
(『新折々のうた9』175ページ)

大岡さんは、二つの歌集から働く女性としての松村さんの一面を強く感じられたようである。

いま、我々が万葉集や古今和歌集、百人一首から奈良時代、平安時代の人々の生活や心のあり方をうかがうように、何百年か後の人々はこの「折々のうた」6762首から、昭和・平成の時代の人々の心象風景を読み取ることになるのだろうか。おそらく、一人の選者の目を通じて、約30年わたる時代の歌が記録として残されたということに大きな意味があるように思う。
松村さんの二首も、この時代の男女のあり方や女性の社会での活躍を語る歌として紹介され、学ばれるようになるのだろう。
その何百年か後を想像しながら、この『折々のうた』シリーズを読むのも、おもしろいかもしれないと思う。

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