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2008年1月10日 (木)

第29回サントリー学芸賞受賞作『源氏物語の時代』(山本淳子著)を読む

2008年新年の通勤電車の行き帰りに第29回サントリー学芸賞受賞作の『源氏物語の時代』(山本淳子著、朝日選書)を読んでいる。

源氏物語の時代―一条天皇と后たちのものがたり (朝日選書 820)

昨年(2007年)11月の受賞直後、新聞で著者の山本淳子さんが紹介されていて、本の内容がおもしろそうだったことに加え、私と同じ1960年生まれと知り、ぜひ読もうと思っていた。ただ、なかなか書店で見つけられず、手に入れたのは12月に入ってからだった。だだ、12月はその前に買っていた新潮文庫の新刊『草原の椅子』(宮本輝著)を読んでいたので、読み終わったあと、こちらを読み始めた。

この『源氏物語の時代』には「一条天皇と后たちのものがたり」というサブタイトルがつけられている。平安時代の藤原氏の絶頂期を築いた藤原道長の時代、時の一条天皇と2人の后、定子と彰子を中心に、定子に仕えた清少納言、彰子に仕えた紫式部なども織り交ぜながら、当時の貴族社会をいきいきと描いた作品だ。

ベースにあるのは、『日本紀略』などの当時の史書、『大鏡』『栄花物語』などの物語、『御堂関白日記』『小右記』『権記』など貴族の日記、そしてもちろん清少納言の『枕草子』と紫式部の『紫式部日記』『源氏物語』。そして、それらの作品についての過去の研究者の研究成果などである。

本書は冒頭、私も高校時代、古文の授業で習った記憶のある『大鏡』の花山院の出家の場面から始まる。たしかに、妙にリアルな場面だった記憶があるが、所詮、教科書用に一部分だけを切り取ったものに過ぎなっかったし、その花山天皇の出家が、どのような時代の文脈の中で起きた事件なのか、古文の先生は教えてはくれなかった。
歴史好きの私にとっても、古語辞典で現代語にはない古語の意味を調べ、係り結びや活用など文法を学ぶというまるで英語を勉強しているのと変わらない古文の授業は退屈でつまらないものでしかなく、十分理解しているともいえなかった。
いくら日本文学史上の名作や名文であっても、細切れの詰め込みでは、意味を持ったものとして頭の中に入って来なかった。

本書は、かつて高校の国語教師であった著者が、従来の無味乾燥な「古文」を打破すべく、上記のような資料を総動員し、まさに一条天皇の時代を誌面に再現したもので、これまで断片的にしか教えらていなかったものに「一条天皇」という一つの糸を通し、この時代の人間模様を立体的に描き、時代の全体像を示してくれている。
物語も含め、各古典の書物が歴史を表し、歴史の産物であることが、よくわかる。

こんな古文の解説書があり、こんな教え方をしてくれる先生がいたら、高校時代の古文に授業もさぞ楽しかっただろうにと思う。
この本を片手に学べる現代の高校生や大学生は幸せだと思う。

しめくくりに、著者の受賞の言葉を引用させていただく。

栄えある賞を頂き、財団の皆様、選考委員の先生がたに心より御礼申し上げます。
晩学でまだ駆け出しの私が、こうした評価を頂いてしまってよいのか、実は不安です。しかしそのいっぽうで、心に満ちてくる思いがあります。それは、私が受賞したというよりもこの作品こそが受賞したのだという思いです。本書は私にとって初めての一般書であり、これだけは人々の手に届けたいと思い続けてきた書物でもあります。その人々とは、古典文学教育の現場にいる教師たち、古典の授業を受けている生徒や学生たち、また日本の古典文学を愛読するあらゆる方々です。こうした教育や読書の場こそが今の日本の古典文学を支えている現場なのだと、かつて高校で国語教員として働き、大学でも主に一般教養の授業を担当し、また様々の地域読書サークルを知る機会の多い私は、痛感しています。
本書が扱う一条天皇の時代は、平安期の中では現代人にもおなじみの時代と言ってよいでしょう。この時代の生んだ『源氏物語』や『枕草子』、またこの時期の最高権力者藤原道長の名は、中学や高校の教科書に定番として登場し、基本的な教養として社会に共有されています。もちろん、根強い『源氏物語』人気もあり、古典作品そのものを愛読する人々も少なくありません。が、研究者がこうした享受の場に知を提供する場合、各作品は多く個別に扱われてきました。また日本史と日本文学の間には厚い壁がありました。
本書はそれを一つにし、全的な知として読者に投げかけることを試みたものです。一条天皇自身やその后、紫式部や清少納言、藤原道長らといった人物が、時代のうねりの中でそれぞれにどう関係を切り結び、どう生きたか。作品はどのように生みだされたのか。歴史資料と文学作品、また各分野の学問研究の成果を織り交ぜ、この時代を立体的に再現することを目指しました。
従来こうした内容は、多く歴史小説などフィクションの手法で発信されてきました。しかしそこでは、当然のことながら作家の創造力が先行し、歴史的事実や古典作品が必ずしも丁寧には扱われないという事態が発生します。研究者として何かできないか、資料と学説という研究の世界の共有知、それだけでも読者をわくわくさせ、涙ぐませ、感動させることができるはずだ、そう思って執筆したのが本書です。その感動の中にこそ、古典作品も歴史資料も読者の血肉となり生き続けると思ったのです。
こうした青く熱い一書が、華やかな賞を頂くとは、掛け値なく望外の幸いと言うほかありません。古典文学を読む幸福を、一人でも多くの方と共有したい、その思いがお認めいただけたものと受け止め、今後とも努力したいと思っています。
サントリーホームページ、「第29回サントリー学芸賞受賞の言葉」のうち山本淳子さんのコメントより)

著者の熱い思いは、読む者をもとらえる。それが、まさに受賞の理由だと思う。

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コメント

山本淳子「源氏物語の時代」がわが町の図書館にありましたので早速予約を入れて きのう入手しました。p34までわくわくしながら読んできました。当時の時代背景、貴族、公卿の解説、、、登場人物の背景、、等々が大変分かりやすく、読みやすく 「源氏物語」をネタにしながらの歴史書だと楽しんでいます。
それにしてもp34までの文章を読んで思うことは 当時の書物を原文で読みこなしている-自家薬籠のものとしているという感じを持っています。あとがきでご主人(その他の人たち)の-つっこみ-の結果のようにも見えますが各種の原文を読みこなしているという強い感想をもちました。私なんぞ高校の「古典」の文章の片端を理解するのにヤットコサなのに、ずいぶん古典理解の能力に長けた若い人がいるということに感激をうけ、また応援もしなければと感じています。
源氏物語についてはとりつくことが難しく、かつ縁もなく過ごしてきているコンピュータの会社を定年退職した63才です。

投稿: とだ | 2008年2月23日 (土) 18時32分

とださん、コメントありがとうございます。

これからの時代は、専門分野を深める一方で、全体を俯瞰・鳥瞰して眺め、考えるということが必要なのだろうと思います。

古典と歴史を融合した示してみせた本書は、その先駆けではないでしょうか。

古典を学ぶ時に、もっと平安時代の歴史とあわせて、理解するという手法を意識的にやれていれば、私も、もう少し古典も理解できたのではないかと思います。

投稿: 拓庵 | 2008年3月 2日 (日) 22時29分

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