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2008年1月の記事

2008年1月31日 (木)

回復の遅い二日酔いに感じる衰え

昨日(2008年1月30日)、飲み会があって久しぶりに酔っぱらう。

今朝は朝4時頃に一度目が覚め、トイレに行ってもう一度寝たら、再び起きた時は7時5分前くらいで、あわてて着替えて、会社に向かった。

最近、お酒を飲んだ翌日は、仕事にならない。昨日は泥酔して正体不明になるほど飲んだ訳ではない。ほろ酔い加減で、いい気持ちという程度である。会社でも、普通に活動しているのだが、頭や身体の芯のところが、まだ軽く麻痺している感じで頭を使って考える仕事になると、途端に能率が落ちる。結局、一日中、頭と身体に靄(もや)がかかったような感じで、終わってしまう。残業して仕事をしたところで、効果は知れているので、終業とともに、仕事は切り上げて、家に帰ってきた。

軽い二日酔いでも、ほとんど仕事にならなくなったのは、現在の仕事にかわってからではないかと思う。
今の職場に異動となったのが、ちょうど45歳にあるタイミング。それからすでに2年半が過ぎ、年男の今年は秋には48歳になる。
今の仕事の前は、営業の仕事だったので、外に出かけることも多く、二日酔いでも動き回るうちに自然と覚めていたのかも知れない。今の仕事は、基本的にデスクワークで、ものを調べたり、分析したり、考えたりということが仕事の中心なので、余計に二日酔いの影響が大きい面はある。

仕事の内容によるものと思いたいが、現実は加齢に伴う衰えの方が大きいように思う。深酒しないように、気をつけなければならないと、改めて自戒した1日だった。

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2008年1月30日 (水)

勧め上手な人

今日は、月1回定例開催されている飲み会。メンバーは、上場企業の役員の方も多く、なぜ自分がこの会のメンバーになれたのか不思議なのだが、皆さん、最初から役員だったわけではなく、現場の実務家であった人たちが、いつの間にかそれぞれの会社で認められ、いつの間にか役員になっている。
役員になったという点では「勝ち組」なのだが、自分は偉いんだとひけらかす人は一人もおらず、皆が周りのメンバーの話をよく聞き、周りのメンバーが興味を持つような話をする。

いつも、安くておいしい店が会場で、いつも飲み過ぎ、食べ過ぎてしまい、この会の翌日は、体重が1kgは確実に増えるのが難点だが、それ以上に参加して得られるメリットの方が大きいので、よほどの事がない限り参加している。最近で欠席したのは、CIA試験の前日に会が催された時ぐらいである。

しかし、同じ会に参加しても、飲み過ぎる度合いがずいぶんと違う。改めて考えると、飲み過ぎた時というのは、必ずとなりに勧め上手な人がいるのだ。自分が飲むことより、人のグラスが空いていないか常に気にしている気配りの人が。
今日は、昨年暮れにお腹の手術をして、禁酒中の人と隣あわせたので、飲み過ぎる日になった。

頭の方も、意識朦朧で、睡魔と戦いながらパソコンを叩いているというのが現実なので、今日は、ここで終わりにさせていただきます。

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2008年1月29日 (火)

1970年生まれのうめき声が聞こえる水無田気流著『黒山もこもこ、抜けたら荒野』(光文社新書)を読み始める

昨日のブログで紹介した『企業こころの危機管理』は今朝の行きがけの通勤電車で読み終わったので、今度は光文社新書の2008年1月の新刊『黒山もこもこ、抜けたら荒野』を読み始めた。

書店で目にした時、一風変わったタイトルとなんと読むかよくわからない著者名にひかれて先ず手に取る。
著者名は「みなしたきりう」と読むとのこと。
もちろんペンネームで巻頭の「はじめに」が「変な筆名でどうもすいません」と始まって、次のように自己紹介されている。

補足説明しておくと、私は(一応)詩人、性別・女性、既婚、ついでに子持ちである。もっともいろいろなものを書きすぎて、自分が何者なのかよくわからなくなっている。
(『黒山もこもこ、抜けたら荒野』11ページ)

著者は1970年生まれ、ご本人の定義によれば、団塊ジュニアの直前の世代ということらしい。
父親は父親は1938年(昭和13年)生まれで、小学校1年生で終戦を迎ええ地方の国立大学を卒業後サラリーマンに、母親は女子大の被服科を卒業した後、和裁洋裁料理など花嫁修業をしたのちにお見合いで結婚。その2人子として、東京郊外ベットタウンで著者は生まれた。高度成長時代末期に子ども時代を過ごし、就職を迎えた時には、バブル経済の崩壊で就職氷河期を迎えていた。
なんとか就職した著者は、しかし一般職として働きの割に安すぎる給料にとても割が合わないと思ったことと、ちょうど母親が亡くなったことが重なって、1年で会社を辞め、大学院に通う。そして研究者となるが、定職はなく、自らを「知識集約型高齢フリーター」と呼んでいる。

この本は、サブタイトルに「デフレ世代の憂鬱と希望」とあるように、いわば1970年に日本の典型的な中流家庭に生まれた著者が、自らの足跡を時代の変遷とともに語り、現在の日本がかつての時代と比べて何をなくし、今過去の何の憧憬を感じているのか、これからどこへ行こうとしているのか考えようとしているようである。

読んでいると、一行一行、これまでの思いの丈を呻(うめ)くように絞り出しているようにみえる。精神科医の香山リカさんが、著書の中で1970年代生まれの団塊ジュニア世代を「貧乏クジ世代」と呼んでいるが、70年生まれの著者もその足跡を見ると、貧乏クジ世代の先駆けのようにも見える。
1960年生まれの私の世代は、団塊世代と団塊ジュニアの狭間の世代で、社会的には傍若無人に振る舞った団塊世代の後始末ばかりさせられているような気がして、損をした世代と感じたこともあったがそれでも社会人になって若手サラリーマンとして働き盛りの頃に、ちょうどバブル経済の上り坂と重なり、いい思いをした時期もあった。(その後のバブル崩壊後の失われた10年では、ずいぶん割を食ったとも思うが…)
しかし、著者の世代は、社会に出てからは、いいことは一つもない。

このように、世代間でも極端な不公平感を感じる社会というのは、決して望ましい姿だとはいえないだろう。それを少しでで正すのが政治の役目だと思うが、選挙で勝つためには多数派の票を獲得しなければならないので、やなりこれからも「団塊の世代」の選択が社会の流れを決めていくのだろう。

話が少し脱線してしまったが、著者の鋭い切り口で、今の社会全体の思いをどうすくい上げるのか楽しみである。

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2008年1月28日 (月)

『企業こころの危機管理』(田中辰巳・海原純子談)を読む

2週間ほど前に、家の近くのブックオフに子どもたちの本を売りに行った時に、見つけた『企業こころの危機管理』(文藝春秋)という本を読んでいる。

ブックオフで売られていたからといって古い本ではなく、昨年(2007年)6月に出たばかりの本である。著者は、企業の危機管理のコンサルタントの田中辰巳さんと精神科医の海原純子さんである。2人はテレビで共演したことがあるそうで、私もこのブログで以前とりあげた海原さんの『こころの格差社会』という著書を読んだ田中さんが感想を述べたこがきっかけで、本作りの話まで発展したらしい。本の末尾には、この本は「語りおろし」と書かれており、2人の対談が本になったものようだ。

対談のテーマは、企業におけるメンタルヘルス管理。現在の日本の企業の中でうつ病ような心の病にかかる人が増えており、それを反映して労働安全衛生法も改正され、企業は社員の心の安全管理をも求められるようになった。
企業としてのメンタルヘルスは,今後ますます重要になるであろうというのが、田中さんの主張である。勝ち組、負け組といった考え方が横行する中で、それによって、心が病んでいる人も増えている。

しかし、企業のトップや主要ポストは、個別の企業の中では、いわゆる「勝ち組」の人たちが占めている。かつての成果主義の弊害が言われるようになって久しいが、彼らは、その弊害のあった成果主義を勝ち抜いていた人たちである。今の制度で勝ち抜いてきた人に
今の制度の手直しができるのだろうか。
その点は私にとってもの大きなテーマだ。明日には、読み終えたいと思っている。

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2008年1月27日 (日)

服部真澄著『海国記』を読み終わる

新潮文庫の2008年1月の新刊『海国記』(服部真澄著)の上下巻を読み終わった。
この1月の新刊は、昨年の暮れには書店に並んでいて『草原の椅子』(宮本輝著)の上下巻とあわせて、買い込み、先に『草原の椅子』を読み終え、今日ようやく『海国記』を読み終わった。

小説の舞台は平安時代、院政の始まった白河院の時代から始まり、鎌倉時代の承久の変が終わる頃までの時代を描いた歴史大河小説である。

ちょうど、今年の初めに読んだ『源氏物語とその時代』が一条天皇とその2人の后定子と彰子を描くが、その最後は上東門院となった彰子が夫の一条天皇の後を継いだ三条天皇の崩御のあと、後一条(子)、後朱雀(子)、後冷泉(孫)、後三条(孫)ら自らの血統に連なる天皇を見守り、見送り、白河天皇(ひ孫)の時代に亡くなったことを記して締めくくられている。『海国記』は、ちょうどその後を受ける形になった。

『海国記』の扱う院政期から承久の変までの約150年ほどの期間をつなぐ縦糸として登場するのが、平正盛、平忠盛、平清盛の平家三代。しかし、決して彼らが主役というわけでもない。話の中盤では、藤原通憲(みちのり、信西=しんぜい)も、国の仕組みを作りかえようとした重要人物として登場する。
主役は、個々の登場人物でなく、当時に日本国の富がどのように蓄えられ、国(朝廷)を支えているかという仕組みと部分である。著者の服部さんは、宋との貿易や、各地の荘園から京都に海の道を通じて財が流れていく物流の経路を誰が押さえているのか、またどこの荘園が、誰の所有であり、あるいは誰が預かり管理しているのか、その土地の故事来歴を踏まえつつ、いかに不満がでないようにその再配分を行うか、その仕組みをいかに運営できるかが、政(まつりごと)だと言っているようである。
そのため、『海国記』が『平家物語』の時代を扱うにもかかわらず、保元の乱、平治の乱や源平の戦いの記述は、ほんのわずかである。

日本史で、平安時代という時代は、この年齢になっても、時代を動かしていた大きな枠組みが何なのかさっぱりわからないというのが、実感である。荘園といものが、生産や経済の単位であろうことは、わかるのだが、その荘園の上に、どのような経済の仕組み形成され、誰が最も利益を得ていたのか。
時代の変化、移り変わりの背景には、必ず何らかの経済的な利害の対立や、経済構造の変化があると思うのだが、歴史の教科書ではそれが理解できるように、説明はされていない。

『海国記』は、時代の背景にある経済の枠組みというものをおぼろげながら映し出し、平安時代というもの理解するためのヒントをくれたように思う。
定説が、必ずしも、必ずしも説得力があるとはかぎらないのは、どこでも同じなのだろう。

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2008年1月26日 (土)

我が家に無線LANの導入する

先日、あまりのケーブルの多さに無線LANの導入を考えているとの記事を書いた。その後、アマゾンで、目星をつけていた無線LAN機能のついたブロードバンドルータとノートパソコン用の無線LANカードのセットを注文。今日、外出中に届いた。

さっそく、セッティング。まず、今まで使っていた有線LAN用のルータをはずし、届いたばかりの無線LAN用のルータを設置。モデムからデータが送られていることを確認し、順次、個別のパソコンとの接続にかかる。まず、昨年の暮れに衝動買いした新しいノートPC、このPCは無線機能内蔵なので、ルータに同梱されていたソフトインストール用のCDをセットし、指示通り作業していくと5分程度で接続完了。
次に、長男にこれも無線機能を最初から内蔵しているゲーム機の「Wii」の接続をさせ、自分は長女のノートPCの接続に向かう。こちらは、無線機能はないので、無線LAN用のPCカードをセットして、これもCDを入れて指示通り進めると、すんなり接続できた。「Wii」の方も無事完了。無線接続はこれで完了。
次に、次女用のデスクトップは、ルータと同じ部屋なので、無線用ルータについている有線LANの端子にLANの端子ケーブルをつなぎかえ完了。
最後に、これまで2階のモデム・ルータと1階のノートPCの接続に使っていたPLC(高速電力線通信)アダプターを長男と私のデスクトップPCのある部屋との配線用に付け替え、長男と私のパソコンへにLANゲーブルの分岐に使っているスイッチングハブと付け替えたPLCアダプターをLANケーブルをつないで、我が家のローカルエリアネットワーク(LAN)の更新が完了した。
無線LANの電波も強く、接続に不便はない。
何よりも、この結果、モデムのある部屋から長男と私のPCのある部屋に伸びていたLANゲーブル、その部屋から長女のパソコンに伸びていたLANケーブル、そして1階で使っていたノートPC用のLANケーブルの3本のLANケーブルが不要になり、家の中がすっきりした。

パソコン関係機器の機器を新しく買うと、「また余計なお金を使って」と文句を言うことの多い妻が、今回ばかりは、文句を言わなかった。

こんなに簡単で便利なら、もっと早く無線LANにしておけばよかったと思う。ずいぶん、便利になったものである。
ということで、この記事も無線LANを通じて、投稿することになる。

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2008年1月25日 (金)

将棋第21期竜王戦のランキング戦1組1回戦で郷田真隆九段が中原誠16世名人を破り、2回戦進出

将棋界最高のタイトル戦と位置づけられる「竜王戦」は、第20期7番勝負が昨年(2007年)10月から12月にかけて行われ、渡辺明竜王が第19期に続き連続挑戦となった佐藤康光二冠(棋聖・棋王)を4勝2敗で退け、竜王戦初の4連覇を果たし、永世竜王位(連続5期か通算7期)獲得に王手をかけた。

第20期7番勝負の開始と前後してすでに第21期挑戦者を決める予選の戦もすでに始まっている。
竜王戦は、全棋士が1組(16名)、2組(16名)、3組(16名)、4組(32名)、5組(32名)、6組(残りの棋士全ての棋士)にランキングされており、ランキングの各組の優勝者と、上位の1組はランキング戦の2位から5位まで、2組は2位までの計11名で挑戦者を決める決勝トーナメントに出場する。なお、挑戦者を決める決勝トーナメントの決勝戦は3番勝負になっている。

竜王戦は各組は挑戦者を決める予選であるとともに、それ自身が順位戦とは別体系の棋士のランキングなっており、各組のランキング戦で準決勝までに敗退した棋士は1組は出場者決定戦、2組以下は昇級者決定戦という敗者復活戦に回る。
3組以下は、優勝者が決勝トーナメントに出場するほか、優勝者、準優勝者、昇級者決定戦で3位となった2名の計4名が上位の組に昇級する。2組も優勝者・準優勝者が決勝トーナメントに出場し、3位2名とともに1組に昇級する。(要は、各組で1回も負けないか、1回しか負けずに勝ち抜けば、昇級する)
なお、1組から5組ではランキング戦の1回戦で敗れ、昇級者決定戦の1回戦でも敗れると下位のクラスへ降級する。

竜王戦では、1回戦に勝つこと=その組への残留をほぼ決めることなので、初戦の結果は重要である

仕組みの説明が長くなったが、その竜王戦の第21期のランキング戦1組の1回戦に、昨日(2008年1月24日)、私が応援する郷田真隆九段が登場した。相手は中原誠16世名人。結果は、郷田九段が勝ち、とりあえず1組残留をほぼ確定するとともに、2回戦に進出した。
中原16世名人とは、最近2ヵ月で、王位戦、棋聖戦、この竜王戦と3回続けての対戦となった。
郷田九段は竜王戦では近年トップの1組に定着しているが、決勝トーナメントには第14期以降出場していない。今期こそ、決勝トーナメントに駒を進め、挑戦者となって、渡辺竜王の5連覇を阻んでほしいものである。

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2008年1月24日 (木)

「棋界のプリンス」故・真部一男九段の早すぎる死と中年クライシス

昨年(2007年)11月24日、将棋のプロ棋士真部一男八段が亡くなった。享年55歳(昭和27年=1952年生まれ)。その早すぎる死に、将棋連盟は同日付で九段を追贈した。そして、今日(2008年1月24日)は、将棋連盟で真部九段のお別れの会が開かれた日である。

将棋界には、プロ棋士が150名あまりいるが、その中で真部九段の名前は、高度成長時代に育ち、昭和40年代の終わりから50年代始めにかけての小学校高学年・中学校時代に将棋に関心を持っていた私には、特別な響きを持っている。

真部九段は昭和48年にプロ棋士である四段になっている。当時は、東京と大阪の東西の奨励会の半期毎の三段リーグの優勝者が四段に座を賭けて対決し、勝った方がプロ(四段)となり、負けた方は、再び三段リーグで次の機会を目指すという仕組みだった。ちょうど、私がプロの将棋に興味を持ち出したころ(昭和47年の後期)に真部三段は東京の奨励会の三段リーグを制し、大阪の覇者淡路仁茂三段(現九段)に勝ち、四段昇段(プロ入り)を決めた。
最近は、病いのせいかかつての面影はなかったが、四段昇段当時はちょうど20歳前後で、ハンサム、現代であれば「イケメン」と騒がれたに違いない、凛とした面立ちだった。子ども心に「カッコイイな」と思ったものである。
当時の将棋界は、大山・升田時代から、中原・米長時代に移り変わり始めた頃だったが、ハンサムな若手棋士は、当時のマスコミからもそれなりに騒がれ「棋界のプリンス」と呼ばれた。そして、中原・米長を継ぐ存在と目されていたように思う。

その後、C級2組を3年、C級1組を1年、B級2組を2年で通過、30代を前にB級1組七段となった。B級1組で8年奮闘したのち、昭和63年(1988年)37歳でA級棋士となる。
A級では大山康晴15世名人を破るなどの成果もあったが、2勝7敗に終わり1期で降級。翌期のB級1組では2位となり1期で復帰を果たしたが、2度目のA級でも1勝8敗に終わり、再び1期でB級1組に降級。
40歳で迎えた3度目のB級1組ではふるわず、2期連続で降級となり、2年でA級からB級2組に落ちている。

ちなみに真部七段がB級1組で足踏みをしていた8年間に、谷川浩司現九段、南芳一現九段の後輩2人がB級1組を駆け抜け、1度目のA級昇級時に同時に昇級したのが塚田泰明現九段、1度目の降級時に入れ替わりにA級棋士となったのが、高橋道雄現九段である。中原・米長時代に一石を投じ、一度はタイトルホルダーとなったこの4人が、中原・米長の次の世代としてA級に定着した。そして、真部八段(当時)とB級2組降級と入れ替わりに、B級1組に昇級したのが、羽生善治現二冠(当時21歳)であった。

各棋士の生まれ年を並べてみると

米長邦雄永世棋聖、1943年(昭和18年)
中原誠16世名人、1947年(昭和22年)
真部一男九段、1952年(昭和27年)
*******************
高橋道雄九段、1960年(昭和35年)
谷川浩司九段、1962年(昭和37年)
南芳一九段、1963年(昭和38年)
塚田泰明九段、1964年(昭和39年)
*******************
羽生善治二冠、1970年(昭和45年)

こうして見ると、真部九段が中原・米長時代の後継者となるには2人と年齢が近すぎたといえるだろう。
まして、1948年生まれの中原16世名人はまさに「団塊の世代」生まれ。真部九段はポスト「団塊」ともいえる50年代初め生まれ。常に、団塊の後を追わざるを得ない世代だった。
谷川世代も中原・米長時代にとって代わるまでには至らず、本当の世代交代は羽生世代の登場により、行われれたといえるだろう。

『将棋世界』2008年2月号では、真部九段追悼の特集が組まれているが、A級に昇級した頃から、「首が曲がらなくなる難病に悩まされた」とある。
私がこのブログで何回か取り上げている、精神的な問題が、病気やケガという形で身体に現れると説いた本『こころを癒すと、カラダが癒される』(チャック・スペザーノ他著)では、「首(Neck)」について次のように書かれている。

首の問題は頑固さの表れです。英語では「首が固い」と言えば、頑固者を指します。柔軟性がなく、頭で考えていることと実際の行動があまりに違いすぎ、一致しないことを表しています。(以下略)
(『こころを癒すと、カラダが癒される』216ページ)

『将棋世界』の特集では、多くの人が真部九段を天才肌、理論家と評している。その真部九段にとって、A級昇級は当然としても、1期でのA級降級は受け入れがたいことだったのだろう。周りも期待していたように、中原名人の後継者たるのは自分という意識は、ご本人にもあったっかもしれない。しかし、現実は、1度ならず2度目までも1期でのA級からの降級。理想と現実のギャップが埋めきれず、その負担が、首が動かないと言う形で表れたのではないかと思う。

それが、ちょうど40代の最初の頃。これは、真部九段にとって「中年期の危機(中年クライシス)」だったのではないだろうか。55歳での早すぎる死は、中年期に遭遇した理想と乖離する現実を受け入れがたく、理想と違う結果しか残せなかった自分にたいする許し難い思いが、自らを責め、命を縮めさせたのではないかと思う。最後には、肝臓を患った真部九段。上記の『こころを癒すと、カラダが癒される』では、肝臓の問題については次のように書かれている。

肝臓に問題がある時は、死の方向に向かっている表れです。さらに、どれくらいの自己攻撃や毒素、「ひどいストーリー」やシャドー(自分のいやな部分)を手放さずに、内面に持っているかの指標でもあります。
(『こころを癒すと、カラダが癒される』212ページ)

そんなに自分を責める必要はなかったのではないか…。
謹んで、ご冥福をお祈りしたい。合掌。

チャック・スペザーノ博士のこころを癒すと、カラダが癒される

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2008年1月23日 (水)

家中をはうケーブルを減らすため、無線LANの導入を考える

いつの間にか、我が家のパソコン台数は6台(デスクトップPC4台、ノートPC2台、うちデスクトップ2台は1つのモニターを共用)となり、家族の人数(5人)よりも多くなっている。

パソコンにつきものなのが、ケーブルである。マウス、キーボード、プリンターはUSBで接続されそれぞれのコード、ケーブルが着いている。そして、インターネットに接続するためのLANケーブル。我が家のネット接続は、地元のCATV会社。モデムが2階の次女の部屋にあり、間にルーターをかませて、次女のパソコンにLANケーブルで接続。さらに、そのルーターから同じ2階の私と長男がいる部屋あるスイッチングハブに廊下を這うようにLANケーブルを伸ばし、そのハブから長男と私のデスクトップPC、さらに隣室の長女のノートPCへLANケーブルが伸びる。また、昨年の暮れにコストパフォーマンスの良さに惹かれて衝動買いした2台めのノートPCを1階で使うため、屋内の電気配線をLANケーブル代わりに使うために部屋のコンセントにつなぐPLC(高速電力線通信)アダプターを購入。2階のルーターと2階のPLCアダプターの間と1階のPLCアダプターとノートPCの間にもLANケーブルが這う。
さらに、パソコン、プリンター、モデム、ルーター、ハブにはそれぞれ電源コードも付属しているので、それぞれのパソコンからタコかイカのように何本ものコードやケーブルが伸びている格好になる。

これは、妻には見た目が美しくない上に、掃除がしにくいとすこぶる評判が悪い。たしかに、2階を歩くとどこかでケーブルにひっかかる。
私自身も、このまま、放置しておくわけにもいかないと考えるようになった。

コードレス、ケーブルレス化のためには、まさに読んで字のごとく無線化である。
無線LANは、セキュリティが心配なのと、設定が難しそうなので、敬遠していたのだが、年末年始に里帰りをした際に、システム関係の仕事をしている弟に聞いたらセキュリティは問題ないという。
カタログを見ると、設定も最近は簡単になったようだ。最新最速の機器にこだわらなければ、値段もPLCアダプターよりは安い。

おまけに、昨年暮れに衝動買いしたノートPCは、格安にもかかわらず無線LAN対応機だし、TVゲーム機の「Wii」も無線LAN対応である。

これを機会に、我が家も無線LANを導入し、せめてLANケーブルだけでも、減らせる限り減らそうかと考えている。

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2008年1月22日 (火)

『風姿花伝』(世阿弥)の話

今日は、仕事でちょとしたトラブルがあって、その記録を書いていたら、帰りがいつもより少し遅くなり、ブログの材料も思いつかない。

そうなると、ネタ探しの材料から探してみようと、まずは先日買ったばかりの広辞苑第六版のおまけ『広辞苑一日一語』の1月22日のページを開いてみると、取り上げれていたのは「血の日曜日」。1905年に当時の帝政ロシアで起こった事件だ。起きたのが1月22日ということらしい。しかし、これでブログを書くには、私自身が知らなすぎる。
日本史、世界史とも歴史は好きでいろいろな本も読むが、ロシアは高校世界史レベルでは、ヨーロッパの辺境という扱いしかされておらず、特に19世紀から20世紀初頭あたりはよくわからない。
ちょうど日露戦争の時期と重なるので、戦争が庶民の困窮を招き、事件につながったのだろうかなどと思う。

それではと、以前よく題材探しに使っていた『美人の日本語』(山下景子著)を開くと、1月22日には「雪持松」。植物もあまり詳しくはないので、これも材料にはならないなどと、考えながら前のページ1月21日を見ると「願力」とある。能楽師の世阿弥が書いた『風姿花伝』の一節に出てくる言葉とのことらしい。   

『風姿花伝』は、能の上達について書いた書物で、何歳頃にはどんなことに気をつけねばならないといったことが年代ごとに書かれいて、たまたま高校の古典の授業の題材として教科書に載っていて、その視点は、現代の我々の生き方にも示唆深いものがあり、なるほどと感心した覚えがある。以前読んで、このブログにも書いたレビンソン著『ライフサイクルの心理学』の日本の能楽版といえないこともない。
一度、読んでみなくてはと我が家の書棚には、この20年ずっと講談社文庫の『花伝書(風姿花伝)』が並んだままである。

今、読めばいろいろと、今の自分に対してプラスとなる言葉がうもれているのではないかと思う。一度、チャレンジしてみようと思う。

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2008年1月21日 (月)

2008年1月、再び減量に取り組む

昨年(2007年)12月に入り寒さが厳しくなり、仕事も忙しくなってそれまで続けていた帰宅時の日本橋から竹橋までの約30分のウオーキングが中断した上に、年末の忘年会と年末年始の里帰りでの食べ過ぎで、9月月初の70kg台から12月半ばの63kg台まで、比較的順調に進んでいた減量が一気にリバウンド、田舎から東京に戻った時には65kg台まで体重が戻っていた。

しかし、なかなか、すぐには以前の減量ペースに戻せずにいた。しかし、その間も、年末に買った「Wii Fit」のヨガだけは続けていた。

先週末に仕事が一段落し、ようやく日本橋-竹橋間のウオーキングを再開する元気も出てきた。週末、どうしても食べ過ぎてしまうという傾向はあるが、ようやく体重も64kg台になってきた。

当面の目標としてBMI(Body Mass Index)指数〔=体重kg÷(身長m)2〕で最も病気になりにくいと言われる数値が22なので、身長167cmの私がBMI指数22となる体重を逆算すると61.36kgとなる。当面、次の目標を61.5kgに設定して頑張ってみようと思う。あと、3kg余り。できれば、3月末までには達成できればと思うがどうなるだろうか。
早く上のグラフの下限の62kgでは収まりきれなくなるレベルまで減量したいものだ。

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2008年1月20日 (日)

将棋第66期順位戦B級1組11回戦で、鈴木大介八段と深浦康市王位のA級復帰決まる

一昨日(2008年1月18日)、将棋の順位戦でA級の一つ下のクラスのB級1組の第11回戦6局が、東京と大阪の将棋会館で一斉に行われた。

前期(2006年度)は、A級への昇級者2名の決定が最終の13回戦までもつれこんだがB級1組だが、今期は10回戦が終わったところで、今期のB級1組の順位4位の鈴木大介八段が8勝1敗で昇級レースのトップを走り、直接対決で鈴木八段を破っている深浦康市王位(順位1位)が7勝2敗で2番手につけている。
3敗の棋士はおらず、3番手は順位3位の高橋道雄九段の6勝4敗、それに順位5位の井上慶太八段、同7位の畠山鎮七段が5勝4敗で続いている。

鈴木八段、深浦王位の2人が11回戦で勝つと、鈴木八段は9勝1敗となり最終成績が9勝3敗以上となることが確定。同じく深浦王位は8勝4敗以上が確定する。
鈴木八段は勝数で深浦王位以外の棋士を上回ることが確定する。また、深浦王位は、鈴木八段を除いて、最終8勝4敗の成績を残す棋士がでる可能性があるが、順位が1位のため順位で上回ることが確定することから、2人が上位2名入りが確定し、A級復帰が決まることになる。

結果は、鈴木八段が井上慶太八段に勝ち、深浦王位が阿部隆八段に勝って、2人とも2局を残して、早々にA級復帰を決めた。

鈴木大介八段は第62期(2003年度)から第64期(2005年度)まで3期A級に在籍。5勝4敗、4勝5敗、3勝6敗という成績を残し、通算で12勝15敗、勝率0.444である。
第64期は谷川浩司九段と羽生善治二冠(現)が、8勝1敗どうしでプレーオフで挑戦権を争った年だが、そのあおりを受けて他の棋士は負けがこむ棋士が多く、残留争いは3勝6敗で6人が並ぶ大混戦となった。結局、6人うち順位が下の2人(9位森下卓九段、8位鈴木八段)が貧乏くじを引くことになった。
A級復帰をかけた前期(第65期)のB級1組では、最終の13回戦の高橋九段戦に勝てば自力昇級だったが、惜しくも敗れ、A級昇級の2つめの椅子を行方尚史八段に譲ることになった。
今期は、ここまで深浦王位に敗れただけで、常にトップを維持し続け、昇級を決めた。

一方の深浦王位は第63期(2004年度)と前期第65期(2006年度)にA級に在籍、ともに4勝5敗と残留してもおかしくない成績で、降級の憂き目にあっている。
初めてA級棋士となった第63期は7回戦までは4勝3敗と勝ち越していたが、残る2戦に連敗。1勝8敗で降級が決まっていた高橋九段に次いで悪い成績が4勝5敗の5名という混戦で、その5名の中で最も順位が下だった深浦王位が2人目の降級者となった。
しかし、翌期(第64期)のB級1組では10勝2敗の好成績で1期でA級復帰を決める。
そして、2回目のA級挑戦の前期(第65期)、初戦を制したあと4連敗したもののその後2勝して7回戦終了時点で3勝4敗。8回戦で2勝5敗の久保八段と残留を賭けた直接対決に臨んだ。深浦八段(当時)が勝てば、「深浦残留・久保降級」が決まるところだったが、この一戦に敗れ、久保八段に並ばれ、降級者の2人目の決定は最終の9回戦に持ち越された。
最終戦で降級を争うのは3勝5敗で並ぶ、丸山九段(順位5位)、久保八段(順位7位)、深浦八段(順位9位)の3人、深浦八段残留の条件は自分が勝ち、上位2名の少なくとも1人が負けること。しかし、3人とも勝利し、深浦八段はまたも4勝5敗で降級となった。
またもB級1組から一期で復帰を決めた深浦王位。これまでとの違いは、昨年、王位戦7番勝負で羽生王位を破り待望のタイトルを獲得したことであろう。
タイトルホルダーとして臨む、3回目のA級挑戦。17世名人の資格を持つ谷川九段や3強の一人佐藤二冠も降級候補に入る厳しいリーグ。深浦王位は、どのように戦うのであろう。

来期のA級昇級者2人は決まったが、2人とって代わられるA級からの降級者2人の争いはまだまだ続く。誰が、2人にA級棋士の座を明け渡すことになるのだろうか。

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2008年1月19日 (土)

パスネットの発売終了と自動改札での利用終了の予告

首都圏の私鉄各社と東京メトロ、都営地下鉄では、プリペイドカードのパスネットが乗車に際、自動改札で使える。
昨年(2007年)3月にICカード乗車券PASMOが登場するまでは、首都圏での電車での移動にはJR用にICカード乗車券のSuicaを、私鉄・地下鉄用にパスネットを持ち歩いていた。
PASMOの登場にあわせて、ICカード乗車券Suica・PASMOの相互乗り入れも開始、いまやSuicaかPASMOのどちらか1枚を持っていれば、首都圏の電車での移動はほとんどカバーできるなった。
ICカードに現金をチャージする時以外、券売機に列をなす必要もなくなった。
さらに、クレジットカードとセットになったICカード乗車券であれば、カードにチャージされた残額が一定額を下回ると残額が少ない状態で改札を通った際に、自動でチャージが行われるので、チャージに並ぶ必要もなくなる。
便利になったものである。私はPASMOにオートチャージ機能と通勤定期券の機能もセットしているので、1枚で電車での移動は全て可能になった。

しかし、そうなると浮かばれないのはパスネットである。残額が減らないあま、定期券入れや財布の中に眠っている。
何かの機会に使い切らないと…と思っているが、つい忘れてしまう。
年が明けてしばらくして、通勤で利用する駅のポスターにパスネットの残額をPASMOにチャージできると書いてあった。次の機会に改めて、説明を読むと、

パスネットに関する制度変更の骨子は以下の通りだった・
(1)2008年1月10日でパスネットの販売を終了
(2)2008年3月14日で自動改札でのパスネット利用を終了
(3)その後のパスネットについては、3月15日からPASMOへの移し替えと現金での払い戻しをするとのことだった。

この制度変更が私が利用する鉄道会社1社の話なのか、パスネット利用可能な鉄道会社全社に関わることなのか、よくわからなかったので、インターネットで調べてみると、パスネット協議会から同様の文書が出ており、基本的には各社共通の施策のようだ。
古いパスネットの残額をPASMOへの移し替えができるかどうかで、各社の対応が異なる部分があるようだ。

技術の進歩とインフラの整備により、我々の生活様式が大きく変化した一例といえるだろう。

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将棋第66期A級順位戦7回戦終了、名人挑戦者決定は最終の9回戦まで持ち越し、藤井九段は残留確定

将棋の第66期A級順位戦7回戦の最終局、佐藤康光二冠(0勝6敗)と行方尚史八段(1勝5敗)の一戦が、今週(2008年1月16日)に行われた。
「名人戦棋譜速報」のコメントによれば、2人の過去の対戦成績は、意外にも行方八段7勝、佐藤二冠5勝と行方八段の勝ち越し。先日行われた朝日オープンの準々決勝でも、行方八段が佐藤二冠を破っている。順位戦での対戦は初めてとのこと。

結果は、途中駒組の課程で行方八段自身も首をかしげるような手があり、佐藤玉に迫る前に、行方玉の方が、佐藤二冠の怒濤の攻めに追い詰められ、行方八段が投了。佐藤康光二冠が勝って待望の初勝利をあげた。

7回戦を終わった時点での、A級棋士10名の成績と残り2戦の対戦相手は以下の通り。( )内は各棋士の今期のA級での順位。

羽生善治二冠(3)6勝1敗-木村、谷川
三浦弘行八段(8)6勝1敗-谷川、久保
郷田真隆九段(1)5勝2敗-丸山、行方
木村一基八段(9)5勝2敗-羽生、佐藤
丸山忠久九段(5)4勝3敗-郷田、行方
藤井 猛九段(6)3勝4敗-行方、丸山
谷川浩司九段(2)2勝5敗-三浦、羽生
久保利明八段(7)2勝5敗-佐藤、三浦
佐藤康光二冠(4)1勝6敗-久保、木村
行方尚史八段(10)1勝6敗-藤井、郷田

名人挑戦者争いは羽生二冠と三浦八段が1敗を守りトップ。1敗が2人いろことから、2月1日に同日実施される8回戦の結果がどうであれ、挑戦者決定は3月3日の最終9回戦以降に持ち越されることが確定した。

考えられるシナリオをあげてみると、
(A)1敗の2人がともに連勝し1敗同士のプレーオフ
(B)1敗に1人が連勝、1人が負けすんなり挑戦者決定
(C)1敗の2人がともに1敗以上負けて、2敗2名、3敗1名も交えた5人の中から単独挑戦者が出るか、プレーオフ

(C)には多くのバリエーションがあるが、細かく書いてもあまり意味はないだろう。
1敗が2人いて、2人のどちらとも対戦する2敗者はいないことから、2敗の郷田九段、木村八段、3敗の丸山九段に自力での挑戦者獲得の目はなく、あくまで上を走る羽生二冠、三浦八段が敗れた時に備え、自らは勝ち続けるしかない。

一方、残留争いも熾烈だ。しかし、7回戦最終局で佐藤二冠が勝ったことで、すでに3勝している藤井猛九段のA級残留が確定した。
藤井九段の今期のA級での順位は6位。10位の行方八段(1勝6敗)との対戦を残すが、たとえ、行方八段が残り2戦を連勝しても3勝6敗で、藤井九段が連敗して3勝6敗止まりでも順位で上回る。
また、8回戦で残留を争う佐藤二冠(1勝6敗)と久保八段(2勝5敗)の直接対決がある。佐藤二冠が勝てば、久保八段が最多でも3勝止まりとなり、やはり順位6位の藤井九段が順位7位の久保八段を順位の差で上回る。
久保八段が勝った場合は、佐藤二冠の2勝7敗以下が確定し、勝数での藤井九段が上位となる。

佐藤二冠、久保八段にとって、8回戦の直接対決はまさに残留を賭けた対決となる。また、その結果は残留を争う他の2人にも大きな影響を与える。
以下、ケース分けをして、降級争いをする4名の8回戦終了後の勝数をマトリックスにして整理をしてみた。

8回戦の結果 佐藤二冠○
久保八段×
久保八段○
佐藤二冠×
谷川九段○
行方八段○
(谷川3)、佐藤2
久保2、行方2
(谷川3)、佐藤1
(久保3)、行方2
谷川九段○
行方八段×
(谷川3)、佐藤2
久保2、行方1
(谷川3)、佐藤1
(久保3)、行方1
谷川九段×
行方八段○
谷川2、佐藤2
久保2、行方2
谷川2、佐藤1
(久保3)、行方2
谷川九段×
行方八段×
谷川2、佐藤2
久保2、行方1
(谷川2)、佐藤1
(久保3)、行方1

(  )は残留確定、斜字体は降級確定。

○佐藤二冠勝ち×久保八段負けの場合
2人とも2勝6敗となり、ともに9回戦に勝っても3勝6敗止まりが確定する。8回戦で降級者が確定するかどうかは、降級を争う谷川九段、行方八段の成績次第となる。
谷川九段が勝って3勝目をあげれば、2人が9回戦を勝っても順位2位谷川九段に及ばず谷川九段の残留が確定する。
行方八段が負けた場合、通算2勝以下と順位10位が確定し、降級が決まる。
谷川九段が負け、行方八段が勝つと、2勝6敗が4人となり、上位の谷川九段、佐藤二冠が勝てば自力残留という条件付で9回戦で激しい残留争いとなる。

○久保八段勝ち×佐藤二冠負けの場合
佐藤二冠の通算2勝以下が確定し、すでに2勝している順位2位の谷川九段を上回る可能性が消える。久保八段が3勝となるため、佐藤二冠は順位が下位の久保八段にも勝数で及ばなくなり、降級の下位2名の1名となることが確定する。
このケースでも、行方八段は8回戦に負ければ降級が確定する。勝っても谷川九段が勝てば、降級が確定する。
8回戦で谷川九段が負けて、行方八段が勝った場合のみ2人目の降級者確定が最終戦に持ち越しとなる。

○総括すると
今期のA級順位2位で2勝している谷川九段は4人の中で、もっとも比較優位にあり、残留へのマジックナンバー「1」である。
順位4位の佐藤二冠は久保八段戦で負ければ、即降級。自力残留には2連勝しかない。
順位7位の久保八段は、佐藤二冠戦に勝てば残留が決まるが、負けると9回戦では自分が勝っても佐藤二冠の結果しだいとの他力本願になる。
順位10位の行方八段は、たとえ2連勝しても他の棋士の成績次第であり、もっとも苦しい。

将棋界の一番長い日である3月3日のA級順位戦最終9回戦にむけ、名人挑戦者争いもA級残留争いも激しさを増してきた。

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2008年1月18日 (金)

ブログランキング ドット ネット(BlogranKing.net)のサブカテゴリ日記:40代~で久々に3位に

対象総合日記40代~
本日 825位 27位 3位
前日 854位 30位 4位

上の数字は、私が自分にブログを唯一登録しているブログランキング ドット ネット(BlogranKing.net)での、今朝(2008年1月18日)のランキング。
登録しているカテゴリ「日記」のサブカテゴリ「40代~」で、本当に久しぶりに3位を記録した。
あまり順位の上下に一喜一憂しても意味がないとは思っているが、やはり上位ベスト3にランクされればうれしい。
このランキングに登録したのが、ちょうど1年ほど前の去年(2007年)の1月29日。当時は登録ブログの総数が2万8千件台だったが、現在は3万5千件台にまで増えている。
ランキングの基準となる数値は、このブログへ1日のユニークアクセス数の過去1週間の累計。一番ピークの時期には、「日記:40代~」で2位を記録したこともあったが、それは突発的に一日1700アクセスを超えた時で、最近は5位ないし4位が定位置だった。
最近、将棋の関係の記事を多く書いたこともあり、将棋に興味のある方に多く読んでいただだいている。昨年の秋から暮れにかけて1日300件台で推移していたアクセス総数が、このところ500台~700台で推移していて、おかげさまで久々の「銅の王冠(3位)」となった。

今日のアクセス数は1週間前を下回りそうなので、この順位が維持できるかどうかは微妙なところ。
普段、この「栄枯盛衰・前途洋洋」を読んでいただいている方に感謝の意味も込め、記念の意味で記録させていただいた。

引き続き、ご愛顧のほどよろしくお願いします。

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2008年1月17日 (木)

おまけの『広辞苑一日一語』にひかれて『広辞苑』第六版を衝動買い

先週から、一時的に本社のビルで仕事をしている。本社には食堂の下の階に売店があり、書籍のコーナーもある。
昼食が終わると、そこで本を見てから仕事場に戻るのが日課だ。今日、書籍のコーナーに行くと、発売されたばかりの『広辞苑』第六版(岩波書店)が展示されていた。

広辞苑 第六版 (普通版)

日本の国語辞典の代名詞でもある『広辞苑』。今回はの第六版は10年ぶりの大改訂ということで、話題になっている。いつ最近、新聞に「イケメン」という言葉が「いけ面」として採録されているが、本来カタカナで「イケメン」が正しいのではないかという記事が載っていた。しかし、広辞苑に載った「いけ面」を使うべきとの意見も出ているとか。

私は、『広辞苑』が家にあることがその家庭がインテリであることの証明と勝手に思いこんでいて、第五版も我が家にはあるのだが、かといってリビングのテレビの横の書棚に鎮座しているだけで、第五版を買ってから『広辞苑』で言葉の意味を調べたのは、多くても10回に満たないだろう。
むしろ、家の一隅に『広辞苑』を置いておこうとする行為、そもそも『広辞苑』を買うという行為そのものが文化的と思っているのだ。(何の根拠もないが…)
しかし、発売当初の特別価格でも本体価格7500円という値段には、さすがに躊躇してしまうのだが、一緒に置かれていた予約特典のおまけももらえることに惹かれて、衝動買いをしてしまった。

おまけとは『広辞苑一日一語』と題した新書サイズの冊子。
ちょうど岩波新書と同じサイズで、広辞苑と同じ黒いカバー、カバーをはずした下の本体の色も、広辞苑と同じあの青色。内容は、1月1日から12月31日まで、その日にちなんだ言葉を広辞苑から抜き出してまとめたもの。広辞苑版「今日の一言」とったところだ。
その外見のレアぶりと、ブログのネタに困った時の参考になるではないか実利的な思惑に勝てず、衝動買いしてしまった。

仕事場まで、重たい『広辞苑』を運ぶ。試しにとおまけの『広辞苑一日一語』では、今日、1月17日には何が書いてあるかと開いてみると、思わぬ言葉が飛び込んできた。

兵庫県南部地震
1995年1月17日午前5時46分に淡路島北端を震源にして発生した地震。マグニチュード7.2。阪神淡路大震災を引き起こす。
(『広辞苑一日一語』13ページ)

そういえば、今朝のテレビニュースで阪神淡路大震災から13年たって、地元でも、震災を知らない子どもが増えてきているとのニュースが伝えられていた。

思えば、1995年は1月に阪神淡路大震災があり、3月には東京で地下鉄サリン事件があった。
のちの歴史家は、天災と人災で日本のバブル期の繁栄が完全に終わりを告げた転換点の年として1995年を評価するだろう。経済指標などは、すでの景気の低迷を示していたが、人々の気持ちもあれで大きく変わらざるを得なかったように思う。
あえて岩波書店の編集部が『広辞苑一日一語』で「兵庫県南部地震」を取り上げたのは、いろいろな意味で、あの悲惨な災害を忘れないようにというささやかな主張なのだろう。

このおまけの『広辞苑一日一語』は読み物としても、おもしろいので、いずれ評判になって岩波新書の1冊に加えられるのではないかと思う。

(『広辞苑一日一語』は、あくまで予約特典なので通常の書店販売ではセットにはなっていないので、もし購入される際には、気をつけていただきたい)

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2008年1月16日 (水)

第66期将棋A級順位戦羽生二冠が丸山九段を破り6勝1敗、第49期王位戦予選では郷田九段がリーグ入り逃す

昨日(2008年1月15日)も、将棋の気になる対局が二局。

まずは、名人挑戦者を争うA級順位戦。7日の郷田真隆九段対三浦弘行八段の5勝1敗どうしの対決は三浦八段が制し、三浦八段が6勝1敗で暫定トップ。郷田九段は2敗となり一歩後退。
次に10日の木村八段(5勝1敗)対久保八段(1勝5敗)の対決では、久保八段が踏ん張りトップを争う木村八段に土をつけるとともに、自らのA級残留に望みをつないだ。木村八段は開幕5連勝のあと2連敗と2番手グループに後退した。
そして、いよいよ7回戦上位グループ5名の星のつぶし合いの1組となる羽生善治二冠(5勝1敗)対丸山忠久九段(4勝2敗)の対決。羽生二冠が勝てば、三浦八段と並びトップグループ。丸山九段は3敗目となり、挑戦権獲得はほぼ絶望となる。一方、丸山九段が勝てば、6勝1敗の三浦八段を郷田、羽生、丸山、木村の4名が2敗で追いかけるという混戦模様が続く。残る8回戦、9回戦の結果次第では、3人以上でのプレーオフもあり得ない話ではない。

将棋は、先手の丸山九段に対し後手の羽生二冠が、後手から角交換をする角換わりの将棋に。丸山九段の得意の戦場に羽生二冠があえて攻め入った感じだ。
お互い、玉の守りを固める前に開戦となり、手持ちの角を相手陣に打ち込み、お互いの飛車を取り合う激しい将棋。
羽生二冠が丸山玉をどんどん追い込んでいく。丸山九段も合間で、飛車を打ち込み王手をかけるが、羽生玉は逃げ場が広く捕まらない。
最後は、羽生二冠の追い込みに丸山九段が投了。羽生二冠が6勝1敗と三浦八段とともにトップを守った。
4勝3敗となった丸山九段は、挑戦者レースから脱落。1敗の2人を2敗の郷田九段と木村八段が追う形となった。2月の8回戦で羽生二冠×木村八段戦が組まれており、木村八段にとっては自力でトップから羽生二冠を引きずりおろし、自らも踏みとどまる機会が残されている。

なお、同じ昨日、羽生二冠×丸山九段戦の隣では、第49期王位戦の挑戦者リーグ入り8人の最後の1人を決める郷田真隆九段と島朗八段の一戦も行われていた。
結果は、今日の将棋連盟の結果速報でしか知るすべがなく、今日確認したところ、島八段の勝ち。
私が応援している郷田九段は棋聖戦では8人での挑戦者決定トーナメントに駒を進めたが、この王位戦ではあと一歩のところで及ばずであった。
今後は、A級順位戦の残る2戦での名人連続挑戦、棋聖戦挑戦権獲得、NHK杯将棋トーナメントでの優勝(現在ベスト8進出)を期待して応援することにしたい。

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2008年1月15日 (火)