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2008年2月 9日 (土)

若い女性4人が青春を振り返る『ドイツイエロー、もしくは広場の記憶』(大崎善生著)を読み終わる

先日、大崎善生さんの『九月の四分の一』(新潮文庫)の感想を書いたが、それに次ぐ作品集として文庫化されたばかり『ドイツイエロー、もしくは広場の記憶』(新潮文庫)を読んだ。

ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶 (新潮文庫)
ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶 (新潮文庫)

前作が、いずれも40代の中年男性の若き日の恋がテーマだったが、今回は20代の女性の恋高校時代や大学時代の恋がテーマである。

収録されているのは「キャトルセプタンブル」、「容認できない海に、やがて君は沈む」、「ドイツイエロー」、「いつかマヨール広場」での4作品。

この中で、最初の「キャトルセプタンブル」は、前作『九月の四分の一』に4つめの作品として収録されていた本のタイトルと同じ「九月の四分の一」と繋がっている。
キャトルセプタンブルというのは、パリの地下鉄の駅名であり、それは「9月4日」をも意味するのだが、それを「九月の四分の一」と思った男は、女からのメッセージを読み取れず、若い日の恋は実らない。40代になって再び2人が出会った街ブリュッセルを訪ねた時、初めて男は、女のかけた謎に気づく。そして女の思いいも。
そして、『ドイツイエロー、もしくは広場の記憶』の一作目「キャトルセプタンブル」に登場する主人公の若い女性「私」の母が、男にに謎をかけた女である。「キャトルセプタンブル」では現在の「私」の恋が語られる背景で過去の母の恋の謎解きがさりげなく行われている。

そう読んでみると『九月の四分の一』と『ドイツイエロー、もしくは広場の記憶』は上下巻をなしているといえなくもない。

『ドイツイエロー、もしくは広場の記憶』の中で、私が好きなのは、最後のは「いつかマヨール広場」である。

高校時代、大学受験を理由に幼なじみの恋人から別れ話を切り出された「私」は、それを受け入れるしかない。それを忘れるように一心不乱に受験勉強に専念し、東京の国立大学に合格、入学するが、大学は「私」の空虚な心を埋めてくれる場所ではなかった。
なんともいえない空虚さを抱えたまま、大学近くの喫茶店に入り浸る「私」に声をかけてきたのがTである。Tは、同じ大学の学生で、ずっと、毎日、彼女がそこにいたのを見ていたという。お互い、大学では満たせないものを抱える2人は意気投合し、Tの部屋で契りさえ結ぶ。
「私」にとっては、明日からTとの新しい生活が当然始まるはずであった。しかし、毎日、Tが来ていたはずの喫茶店に行っても、二度とTは来なかった。
「私」は大学を卒業し、就職するが、Tのことを忘れることはできない。そしてある日…。

この話の結末は、何とも言えない余韻が残る。

作者の大崎さんは札幌出身ということもあって、この「いつかマヨール広場」の主人公の「私」も札幌で高校時代を送っている。夏休みの終わりに呼び出され、幼なじみの彼から別れを切り出されたのは札幌の円山公園。突然の別れ話に「私」が涙を流す場面がある。このくだりは、大崎さんが紛れもなく札幌育ちであることを物語っている。

それまでの人生で涙によって解決されなかったことなど何もなかった。
たった今、経験した彼とのあまりに唐突で不確かな別れよりも、そこいら中に漂い始めている秋の香りが涙を誘っているのかも知れない。札幌で育った私にとって、夏が過ぎゆくというのは、それだけで悲しいことだった。短い夏が終わり、それよりももっと短い秋が通り過ぎると、やがて大嫌いな暗くて長い冬が訪れる。
(『ドイツイエロー、もしくは広場の記憶』162ページ)

「短い夏、もっと短い秋、暗くて長い冬」という表現は、1年とはいえ札幌で過ごした私にとって、実感である。春から初夏が2ヵ月半、夏が2ヵ月、秋が1ヵ月半、残りの半年が融けない雪と過ごす暗くて長い冬と言ってもいいと思う。
だから、北海道そして札幌の一番いい季節は6月である。半年間悩まされた雪もほぼ完全に融け、春と初夏が同時進行で進み6月にはピークを迎える。本州で人々を悩ます梅雨はなく、空気はさわやかで、風は少し暖かい。そして、何よりも北海道が最も魅力的になる夏はこれからである。
別れ話が切り出されるのは、夏休みの終わりなのだ。最初は、ここの記述は、本文のスートリーは直接関係ないが気に入ったので、紹介しようと思ったのだが、これも、主人公「私」にとって忘れがたい心象風景だろう。秋が漂い始めた時期に切り出された別れだからこそ、余計にこたえるのだ。

大崎さんの小説は「繊細」である。なぜ、これほど繊細なものが書けるのだろうかと考えていたが、その理由の一つに札幌で育ったということは間違いなくあるはずである。半年、白い雪に閉ざされる地域の育ったからそ、春や初夏のちょっとした変化も見逃せないのだろう。それは、雪のほとんど降らない地域では分からない感覚だと思う。

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