花粉症?
今日は、夕方から急に頭が重たくなり、鼻づまりがひどい。今年は、いつもの年の3倍の量の花粉が飛ぶとの予想が出ていたが、ひょっとすると、これが「花粉症」の症状だろうか。
これまで、「花粉症」とは無縁に過ごしてきただけに、「戦々兢々」というところだ。鼻づまりで頭が重くなると、ブログの文章を考えるのもつらい。明日も朝が早いので、今日は、早く寝ることにしよう。
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今日は、夕方から急に頭が重たくなり、鼻づまりがひどい。今年は、いつもの年の3倍の量の花粉が飛ぶとの予想が出ていたが、ひょっとすると、これが「花粉症」の症状だろうか。
これまで、「花粉症」とは無縁に過ごしてきただけに、「戦々兢々」というところだ。鼻づまりで頭が重くなると、ブログの文章を考えるのもつらい。明日も朝が早いので、今日は、早く寝ることにしよう。
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将棋の第57期王将戦第5局が、昨日(2008年2月27日)から始まった。羽生善治王将3勝、久保利明八段1勝で迎えた第5局、羽生王将が勝てばタイトル防衛が決まる。これまで、羽生二冠との3回のタイトル戦で最高1勝止まりの久保八段としては、せめてもう1勝あげたいところ。
将棋の内容は、先手の久保八段が振り飛車(四間飛車)の美濃囲いに構え、一方、羽生王将は居飛車。1日めから、2度の角交換が行われる激しい将棋。2日めには、後手の羽生王将が飛車を見捨てて、歩を成りこんでと金を作り、久保陣を攪乱する。途中、久保八段有利との声もあったが、王様が逃げる課程で受けまちがいがあり、久保八段の手中に握りかけた勝利がするりと逃げていき、逆転となった。
羽生王将は4勝1敗でタイトル防衛。通算獲得タイトル数を68とした。久保八段は、今(2007)年度、夏の王座戦に続いての羽生二冠へのタイトル挑戦だったが、及ばなかった。これで、久保八段は対羽生二冠へ相手にしタイトル挑戦4連敗である。
皮肉なのは、現在A級での熾烈な残留争いをくり広げている、久保八段と佐藤康光二冠がともに王将戦、棋王戦というタイトル戦で羽生二冠と戦っていることである。王将戦はこれで終了だが、棋王戦は1勝1約でまだ分からない。そして、いよいよ3月3日(月)には、A級からの2人めの降級者を決めるA級順位戦9回戦。「将棋界の一番長い日」である。
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昨日(2008年2月26日)が、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」を始めて2周年だった。昨日、よほどそのことを記事にしようかと考えたのだが、いまひとつ気の利いたことが書ける気がせず、一昨日の続きになる将棋の郷田九段の記事を書いた。最後に、おかげさまで今日で2周年と締めくくればよかったのだが、昨日は書いているうちに異様に眠気が襲ってきて、記事らしい体裁に仕上げるのが精一杯で、ココログのサーバーに送信してすぐ眠ってしまった。
今日になって気がつくと、時々、お互いのブログにコメントなどを書いているindoor-mamaさんからお祝いのコメントをいただいていた。どうやら、私が2周年の記事をアップしたら、コメントしようと待っていていただいたようで、節目の時は、それらしい記事を書くべきだったと後悔したが、あとの祭りだった。
indoor-mamaさんは「今日は何の日?徒然日記」というブログを運営されている。私が2006年9月30日と10月1日にかけて、『偽りの大化の改新』(中村修著、講談社現代新書)を読んで、3回に分けてブログを書き、indoor-mamaさんのブログの中の大化の改新についての記事にトラックバックしたのが、おつきあいの始まりである。「今日は何の日?徒然日記」も、2006年2月から始まっていて、つい先日2周年を迎えた。
私もこの1年余、1日1件以上記事を書くことを目標に書いているが、indoor-mamaさんは毎日、過去のその日にあった歴史上の出来事について書いて、それが2年以上続いている。こちらは、思いつくままだが、indoor-mamaさんの方は、きちんとしたフレームワークがあるので、その条件を満たす出来事を探し出し、さらに一定レベル以上の水準の内容を書き続けるは、相当大変ではないかと思う。その話題の広さと中身の濃さが、さらに記事とともに紙面(?)を飾るイラストも質が高い。その質の高さが評価されてだろう、最近は1日1000アクセスを超える日も多いようだ。
私も早く1日1000アクセスが普通という水準になりたいものだと、励みにさせていただいている。
歴史好きの方で、まだご覧になっていない方は、ぜひ一度訪ねてみるとよいと思う。リンクはこちらへ→。「今日は何の日?徒然日記」
なお、私のブログのリンク集の中の「京阪奈ぶらり散歩」もindoor-mamaさん運営のホームページである。
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昨日(2008年2月25日)の記事で紹介した将棋の先崎学八段のエッセイ『先崎学の浮いたり沈んだり』(文春文庫)。これは、新年早々紹介した『山手線内回りのゲリラ』のいわば第1巻に当たるもので、先崎八段が2000年10月から2002年4月までに週刊文春に書いた閲エッセイを本にしたものだ。
この中には、「雲のような男」「郷田将棋のおおらかさ」と題して、2回郷田真隆九段を取り上げたエッセイがある。2人は、数多くいる将棋のプロ棋士の中でも、親しいようで、2人で朝6時まで飲んだなどいうことも書かれている。
郷田九段は、このエッセイが書かれている頃は、パソコンも携帯電話も使わず、FAXさえ使わず、原稿を将棋連盟まで届けに来たというエピソードも紹介されている。携帯電話は使い方もわからなかったということが紹介され、次のように続く。
これだけだとまるで原始人のようだが、決してそんなことはない。人情味溢れる男である。ただ、自分の世界を頑なに守り通しているだけだ。その生活ぶりは盤上にも如実に現れていて、流行の最先端をいくことはない。もちろんデータなんかはなから無視である。だからといって力まかせではない。常に独自の工夫があり理論がある。
郷田将棋を一言で言えば、おおらか、である。流行の最新型のことばかり考えている時、彼の将棋を見ると、気持ちが晴れ晴れする。伸び伸びした指し手に出会えるからだ。(『先崎学の浮いたり沈んだり』194ページ)
やはり、郷田将棋と村山将棋は、似ているのではないだろうか。
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昨日は、午後から新宿の紀伊國屋書店の本店に行く。妻が、仕事(介護)関係の本を探すので、大きな本屋に行きたいというので、つきあうことになった。
とはいえ、私が介護の本の見立てなどできる訳でもないので、現地ではしばし別行動することにして、私は将棋の本のコーナーに行ってみることにした。
さほど、数が置いてある訳ではないのだが、他の書店の将棋の本のコーナーには置いていないような本があるので、寄ってみる価値はある。
私が選んだのは2冊。1冊は、先日読んだ大崎善生著『聖の青春』で描かれた故・村山聖九段が指した将棋のうち名局10局の棋譜を、羽生善治二冠と先崎学八段が解説した『村山聖名局譜』(日本将棋連盟)。もう1冊が先崎学八段の『先崎学の浮いたり沈んだり』(文春文庫)である。
『村山聖名局譜』を買ったのは、村山九段の生き様だけでなく、将棋の内容も少し研究してみようと思ったからだ。時間がある時に、将棋盤と駒を引っ張り出して並べてみようと思う。
巻末には、村山九段の公式戦の全成績が載っている。対局数557局、356勝201敗、2持将棋、10千日手(含む不戦勝1局、不戦敗12局)、勝率0.639。
羽生善治二冠とは、ほぼ互角の7勝8敗(不戦敗1局は除く)というのは以前書いたが、私が応援している郷田真隆九段とはどうだったのだろうと思い調べてみた。
奨励会入りは村山九段が1年後だが、プロの四段になったのは村山九段の方が3年早い。その後の昇級のペースも常に、村山九段の方が3~4年先を行っているので、結局2人は順位戦では一度も対戦していない。
対戦は、平成5年以降、王将戦で3局、王位戦で2局、ほぼ年に1局のペースで対戦している。結果は、郷田九段から見て4勝1敗。「棋譜でーたべーす」で最後の王位戦の棋譜を見たが、200手を超えるねじりあいの力戦将棋で、双方力を出し切ったという感じだ。
先崎八段は『先崎学の浮いたり沈んだり』の中で、『村山聖名局譜』誕生の経緯を「村山将棋を残す」というタイトルで語っており、その中で次のように語る。
村山将棋は、駒が前に出る、元気のよい、明るい将棋だった。そして、時折意表を突く奇手が出た。そして、村山聖という男も、そういう男だった。
(『先崎学の浮いたり沈んだり』49ページ)
おそらく、村山九段と郷田九段の将棋は似ている面があるのではないかと思う。
村山九段が平成10年(1998年)8月、現役A級棋士のまま亡くなった翌年、その欠員を埋める形で、郷田九段がA級棋士となっている。3年の遅れをようやく取り戻し、A級で相まみえんとした時、村山九段は亡くなってしまった。
村山九段対郷田九段の対局は、将棋の醍醐味を味わわせてくれる豪快な勝負になったに違いないと思うと、A級での対戦が実現しなかったのは、返すがえすも残念である。
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昨日紹介した『不機嫌な職場』の前に、読み終えていたのが、同じ講談社現代新書の『モテたい理由』。昨年(2007月)の12月に出版されたばかり。10日ほど前に、書店で目について、手にとって、ザーッと目を通してみたところ、キワモノ風のタイトルの割には、中身はまじめで、おもしろそうなのでさっそく購入した。
著者の赤坂真理さんは、1964年生まれ。ふつうの人とは違う感覚の持ち主である。サブタイトルに「男の受難・女の業」とある本書は、一人の女性の視点から、現代の男の生きずらさの背景にあるものを語る。また、一方では、女性ファッション雑誌と呼ばれる媒体が、現代の女性たちに対して語る理想の生き方をシニカルに見つめている。男性論・女性論であるとともに、現代社会論にもなっている。
40代も後半に入ったサラリーマン稼業の私にとっては、いくつも新鮮な発見があり、目から鱗が落ちるような思いで読んだところが、何カ所もあった。全部紹介しているとキリがないので、その中で印象に残っているものを一つ紹介しておきたい。「女が最も達成感を感じるとき」という小見出しがついている。
女の歓び……。
グループの中で自分が一番多く異性の注目を集めながら、最高の(自分の意中の)一人から(ステディあるいは結婚の)プロポーズをもらえること。
自分は餌をまき(体のラインを強調してみせたり胸の谷間をほのめかしたりする、など)、獲物を待つ。そして目当ての獲物がかかったとき。そして言わせたいひと言を、「相手の意思で」言わせたときの歓び……。
これが最も女性が達成感を感じるゲームのストーリー、女の全能感のシナリオである。
ああ受け身の攻撃性。(『モテたい理由』26ページ)
これを読むと、男など単純な生き物なのだと思わざるを得ない。(「すべての女性が、そう思っている訳ではないよね」などと言おうものなら、「だから男は甘いのよ」誰かに言われそうである。)
新たしいモノの見方の尺度を手に入れるという点で、非常に役に立つ本だと思う。
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2008年1月に講談社現代新書のラインナップに加わった『不機嫌な職場』を読み終わった。
不機嫌な職場~なぜ社員同士で協力できないのか (講談社現代新書 1926)
サブタイトルは「なぜ社員同士で協力できないのか」、現代の日本企業、ひいては日本社会に蔓延する「自分さえちゃんとやっていればいい、他人のことなどかまっていられない。あるいは、かまっている余裕はない」という雰囲気、風土がなぜ生まれたかを分析し、どうすればそれを克服、解消できるかを考えようとする本である。
組織に身を置いて他人と一緒に働いている人であれば、必ず思い当たる点があるだろう。
かつての日本企業、日本社会にあり、今は希薄になってしまった人と人の関係性をどうやって回復するのか、簡単には解決できないテーマだ。
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ちょうど1年ほど前、夢中になって読んでいた佐藤多佳子さんの小説『一瞬の風になれ』のコミックが発売されたと佐藤多佳子さん自身のブログ『日記のようなもの』の中で紹介されていたので、さっそく買ってきた。
第1巻は、サッカーでは夢破れた主人公神谷新二が、幼なじみの天才スプリンター一ノ瀬連とともに、春野台高校に入学し、陸上部に入部する。400mリレーで、先輩たちはインターハイへの最初の関門である地区大会を突破したのを受け、陸上部の中で、100m走で1位と2位だった連と新二が県大会のリレーメンバーに選ばれるまでの計7話が納められている。
原作者の佐藤さんは、ブログに中で
あちこちでしゃべってますが、私はもともとスポーツ漫画が大好きで、なんとか、この面白さを文章だけでやれないものかなと思い、無理、無謀を承知で書き始めたのが「一瞬……」なので、それが本当にスポーツ漫画になってしまうというのは、不思議な感慨があります。(佐藤多佳子ブログ「日記のようなもの」2008年2月15日「コミックス発売」より)
と語り、漫画化されたことを、よろこんでいる。
連載されているのが、少年マガジンの系列の月刊の「マガジンスペシャル」ということなので、第2巻が出るまでには、半年くらい待たなければならないが、コミックの世界で、新二と連の風のような走りを再び体験できるのは、うれしい限りだ。第2巻が待ち遠しい。
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昨日、歌人の松村由利子さんのブログ「そらいろ短歌通信」の最新の記事「ぶどうパン」(2008年2月20日)の最後に、
☆作品掲載のお知らせ
・「短歌研究」3月号に「月と女」30首
・「短歌往来」3月号に「魚となるまで」33首
と書かれていたので、行く先々の書店で探してみた。「短歌研究」は見つかったが、「短歌往来」は見つけられなかった。また、次の機会に探してみることにする。
「短歌研究」の「月と女」30首は、空に浮かぶ月と、月に一度女性に訪れる月経、そして女性自身がテーマだ。3つを組み合わせて、30首の歌を紡いでいる。テーマがテーマだけに、男の身としては、コメントしづらい。その中から私が気になった2首紹介しておきたい。
月見橋 月見ることのかなしみは我が二十代を君知らぬこと
まるで、最近まで私が読んでいた大崎善生さんの短編の恋愛小説になりそうな情景だ。
月見橋という橋で「我」と「君」は月を見ているのだろうか。「我」が、自分の二十代を知ってほしかった「君」は、どんな人であろう?
かなしみを感じている「我」の胸の内にどのような思いが去来してかなしむのであろうかと考えると、本当に一編の小説ができそうな気がする。
月見橋とは、どこにある橋であろうかと、グーグルで検索をしてみたら、日本の至る所にあるようである。
トップに出てきたのは横浜だったが、二番目に登場した「月見橋」は札幌の中心から車で1時間ほどの定山渓温泉を流れる豊平川にかかる橋だった。
札幌に単身赴任していた頃、職場の一泊旅行で定山渓に行ったが、その時渡った橋だった。
ああ運河われ分かたれて流れゆく出会いかなわぬもの多くして
こちらの歌は、どう読み解くのが正しいのか、悩んでしまう。
「ああ運河」と呼びかける「われ」が別にいるのか、「運河」=「われ」であり、自分自身を運河に見立て、その運河の流れのようにに分かたれたままで、出会いがかなわずに終わる、人の世の出会いの不思議のようなものを、運河に託しているのであろうか。
この歌を読みながら、「百人一首」に収められている崇徳院の
瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末にあわんとぞ思う
という歌を思い出した。こちらは、いずれまた会うとい歌だが、運阿の歌は分かたれたまま出会いがかなわない。あるいは、この崇徳院の歌を本歌として意識した歌なのだろうか。
「出会いかなわぬもの多くして」というフレーズは、かなしく響くのだけれど、しかしどこか心に残る言葉だ。
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このところ、大崎善生さんの小説を立て続けに読んできたが、ちょっと一休みして、今月(2008年2月)の光文社新書の新刊、小島毅著『足利義満 消された日本国王』を読み始めた。
私は歴史好きで、いろいろな時代の小説やら、新書を読むが、自分に中で、すんなり理解できないのが室町時代である。
特に、鎌倉時代から室町時代へと移り変わっていく時期は、天皇が2人いるという異例な南北朝時代を経るが、誰が正義とは言えない時代である。
将軍となった足利側でも「観応の擾乱」という仲間割れが始まり、誰が敵で誰が味方かさえも定かではない。
この時期の歴史はどう理解すればいいのか、なかなか納得できる切り口を提供してくれる本はない。
そんな中で、足利尊氏の時代から紐解き、南北朝の合一を成し遂げ、天皇位さえ狙ったという足利義満の目指したものを解き明かそうとしたのが本書である。
まだ三分の二ほど読んだところだが、著者は、この時代を単に日本という島国の枠の中だけで見るのではなく、広く中国を中心にした東アジア世界の中で見るべきだと提言している。
足利義満が征夷大将軍になった同じ年に、中国では、「明」が建国されている。しかし、その「明」では、初代洪武帝の孫で第2代の建文帝が「靖難の変」でおじの永楽帝にいわば簒奪される。
その中国での権力構造の大きな変化を踏まえて、この時代をみるべきだというのが、著者の主張と言える。
最後をどのように締めくくるのか、楽しみである。
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今日は大崎善生著『別れの後の静かな午後』(中公文庫)を読み終わった。これも、短編集で、6つの短編が収められている。昨日読んだ『パイロットフィシュ』を読み始める前に前半の3編を読んでいて、今日、残りの3編を読み終わった。
「サッポロの光」、「球運、北へ」、「別れの後の静かな午後」、「空っぽのバケツ」、「悲しまない時計」の6作品からなる短編集だが、私が好きなのは、短編集のタイトルにもなった「別れの後の静かな午後」とその次の「空っぽのバケツ」である。
「別れの後の静かな午後」は、ちょっとした行き違いで別れてしまったかつての恋人亜希子と僕が、数年後、思わぬ形で再会するのだが、実に辛く悲しい再会だ。それでも、そこで語られるものは、穏やかで心暖かくなる。
一方、「空っぽのバケツ」は、結婚して8年になる美久と僕。結婚して5年目ぐらいから、2人の間に隙間風が吹き始め、8年目を迎え、お互いもう離婚しかないと口には出さないまでも、考えるようになっている。そんな時、美久の父親幸三郎が亡くなる。葬儀のあと、僕は美久と結婚する時に、幸三郎から聞いた話を美久に話す。かつての父親の言葉で変化する2人の思いが、本作品のクライマックスだ。
これまで読んだ数作を通じて、大崎さんの描く恋愛は常に、自分(主人公)からの目で語られる。しかし、恋愛は双方の関係であり、相手にも自分とつきあうそれなりの理由があるのだ。
しかし、若い頃には、自分の思いはイヤというほど見えているが、自分とつきあう相手の思いはなかなか見えない。その相手の思いが見えないことによるすれ違い、行き違いのようなものが、いつもテーマになっているように思う。
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最近続けて読んでいる大崎善生さんの小説家としてのデビュー作『パイロットフィシュ』(角川文庫)を、朝から読み始め、夜までに読み終わった。
アダルト雑誌の編集者山崎の過去と現在を織り交ぜた物語である。デビュー作ということもあって、後の短編集の洗練された感じよりも、執筆当時、人生の岐路、転機を迎えていた作者の思いが、荒削りにストレートに出ているような気がする。
その作者の思いを表していると思われるのが、主人公が、精神を病んで苦しむかつての同級生森本からかかった電話で次のように話す。
「感性の集合体だったはずの自分がいつからか記憶の集合体になってしまっている。そのことに何とも言えない居心地の悪さを感じ始める。今、自分にある感性も実は過去の感性の記憶の集合ではないかと思って、恐ろしくなることがある。」
「人間が感性の集合体から記憶の集合体に移り変わって行くとき、それがもしかしたら、俺たち四十歳くらいのときなのかなとと思うんだ。」
(『パイロットフィッシュ』75、76ページ)
感性の集合体から記憶の集合体へと変わっていくのが四十歳の頃…。この作品は、作者自らが、自分の中年期の危機(中年クライシス)と対峙する中で、生まれてきた作品なのだと思う。
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このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」も、今月の26日には開設2周年を迎える。おかげさまで、開設の頃と比べると訪問して下さる方も増え、累計20万アクセスも3月中には達成できそうな勢いだ。書いた記事の数も玉石混交ながら650を超えた。
最初、何気なくネタの一つというつもりで書き出した将棋の記事が、名人戦の主催社移管騒動が起きたり、たまたま私が応援を始めた郷田真隆九段が名人戦の挑戦者になり、森内俊之名人から名人位奪取にあと一歩のところまで迫るなど、話題が増え始め、気がついて見ると将棋の記事だけ100件を超えていた。
最近は、アクセスの中心も将棋の記事になっている。
そのような背景もあって、2周年を一つの区切りと考えて、このブログから将棋関連の記事だけを抜き出した、子ブログを作ってみることにした。
ブログのタイトルは、『晩成-栄枯盛衰・前途洋洋「将棋編」』としてみた。「晩成」は、郷田真隆九段が、扇子に揮毫している言葉。「大器晩成」の「晩成」である。郷田九段の了解は得ず、勝手に使っているので、いずれ、手紙でもお送りして、了解を取るようにしなくてはと思っている。(ネット最強戦の優勝祝賀パーティで名刺交換はしたけれど、たくさんのファンがいたので、多分、覚えていないだろう)
しかし、あくまでメインはこの「栄枯盛衰・前途洋洋」で、ここにはこれまで通り、あらゆるテーマを扱い、将棋のことも書いていく。ただ、将棋の記事の場合は、同時に新しいブログにも、同内容の記事を書き、結果的に新しいブログは、将棋の記事だけが転載される形にしたい。
とりあえず、立ち上げに際し、2008年1月と2008年2月の記事は新しいブログにもコピーした。今後、おいおい、それ以前の分もコピーしてみるつもりだ。ご関心あるかたは、のぞいていただければと思う。
うまくいくようなら、『栄枯盛衰・前途洋洋「読書編」』など、それ以外のテーマの子ブログ化も考えてみい。
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今日は、朝1時間ほどウォーキングをした以外は、家から外に出ることもなく、穴熊生活。
先週は、今週は最近にしては珍しく週2回飲みに行き、来週も2回予定がはいっているので、今日は少し休養しておかないという思いと、昨日のブログで書いたように、外に出ても寒いばかりで、その気にならずということで、何か特別な事をするでもなく過ごしてしまった。
昨日、ブログの以前の記事にいただいたコメントへの返事を書き、この2週間ほどのこのブログの記事を読み直し、誤字脱字の多さに愕然とする。
さらに、去年の今頃は、どんなことを考えていただろうかと、去年の1月、2月のブログの記事を読んでいるうちに、あっという間に一日が終わってしまった。
体重も増えたに違いないと思うが、寒い時は、無理に減量しようとしても、体の方は本能的に脂肪を貯めこもうとするはずなので、あまり無理をしてもいけないだろうという気もする。この時期は、なんとか現状を維持し、暖かくなったら運動量を増やし、減量を目指す方が現実的だろうと考えたりも…。
結局、客観的にみれば自堕落な一日であった。
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今年(2008年)の2月の東京は、雪が降ったせいもあるが、去年に比べるとずいぶん寒いような気がする。いったいどれくらい寒いのだろうかと、久しぶりの気象庁のホームページから、東京の気温のデータをコピーして、グラフを作ってみた。
昨年(2007年)の2月と今年(2008年)の2月の東京の最低気温を並べてものだ。赤い線は作年、青い線は今年である。
ほとんど重なる部分はなく、昨年の赤い線の方が常に上にあり、それも平均すると4~5度違いそうだ。
毎朝寒いはずだ。まだ、我が家の周りでは、先日の雪が融けきれずに残っているところもある。
もうすぐ春が来るのだろうが、油断大敵。風邪などひかぬよう気をつけなければ…とこのグラフを見て改めて思った。
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上橋菜穂子著『神の守り人(上)来訪編』、『神の守り人(下)期帰還編』の2冊をようやく読み終わった。いつもながら、この作者の物語を作る力量には驚かされる。
著者の「守り人&旅人」シリーズの5冊め、6冊目となる今回の主人公はシリーズの主役女用心棒のバルサ、そしてバルサに寄り添う幼なじみの呪術師タンダ。
恐ろしい出来事で母を亡くしたロタ王国の少女アスラとその兄チキサの2人はだまされて、新ヨゴ皇国の人身売買の組織に売られそうになるが、アスラの持つ不思議な力で難を逃れる。しかし、人買い商人とは別に、ロタ国から2人を追ってきた者たちがいる。たまたま、宿で2人と一緒になったバルサとタンダ。さらわれようとした2人を助けようとして、バルサとアスラは逃げだし、タンダとチキサは追っ手に捕らえられる…。
こうして、手に汗握る冒険譚が始まるが、今回はロタ王国の建国にまつわる言い伝え、ロタ王国の一触即発の政治状況、それらを背景にしたスケールの大きな謀(はかりごと)が巡らされている。読み進むうちに、少しずつ、そのからくりが明らかになっていく時のワクワク感は、「守り人&旅人」シリーズならではである。
さらに、今後のシリーズのストーリー展開の伏線として、前作の『虚空に旅人』でも登場した海の南のタルシュ帝国の存在感も語られている。
また、作中、ロタ王国のヨーサムは、隣国サンガル王国の新王即位の儀式に呼ばれて国を弟のイーハンに託して旅立ち、国を留守にするが、これは前作『虚空の旅人』で新ヨゴの皇太子チャグムが呼ばれた式典と同じ式典のはずだ。
次の『蒼路の旅人』が待ち遠しい。
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佐藤康光棋王(・棋聖)に、羽生善治二冠(王座・王将)が挑戦する第33期棋王戦5番勝負の第1局が京都で開催された。
昨年は、王座、王位、竜王、王将、棋王と5つのタイトル戦の挑戦者になりながら、番勝負では、羽生三冠(当時)、渡辺竜王に苦杯をなめ続けた佐藤棋聖が、最後のこの棋王戦でようやく森内棋王(・名人)からタイトル奪取に成功し、2006年度の将棋大賞の最優秀棋士にも選ばれた。昨年は、佐藤康光イヤーと言っても過言ではなかった。
しかし、5連続タイトル挑戦の疲れが出たのか、今年1年は昨年に比べ精彩を欠き、棋聖位は防衛したものの、タイトル挑戦は竜王戦のみ、勝率はかろうじて5割を超える程度にとどまっている。さらに、A級順位戦では開幕6連敗、その後2連勝して最終戦に自力残留を賭けるが、昨年の活躍からすると不振といえるだろう。
今日の第1局でも、後から棋譜を見る限り、終始、先手番だった羽生二冠のペースだったように見える。羽生二冠が攻め続け、一瞬、佐藤棋王の反撃の機会もあったが、続かず、羽生二冠に初戦の勝利を献上した。
七番勝負に比し、初戦の勝利が重い意味を持つ五番勝負。ここに来て、急速に調子を上げている羽生二冠の挑戦の前に、今後、佐藤棋王の挽回は可能だろうか?
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どうせ読むならとことん読もうということで、引き続き大崎善生さんの本を読んでいる。今回は『編集者T君の謎』(講談社文庫)。「将棋業界のゆかいな人びと」というサブタイトルがつけられている。
大崎さんが「将棋世界」の編集長を辞め、作家として独立したのち、「週刊現代」に連載した主に将棋界をテーマにした50回分のエッセイをテーマ毎に再編集して本にしたものである。
この中に「我が友、森信雄」(『編集者T君の謎』198~203ページ)というエッセイがある。一昨日のこのブログで取り上げた『聖の青春』で描かれた故・村山聖九段の師匠森信雄七段(執筆当時:六段)との縁(えにし)について書いたものだ。そのエッセイは、「人生を変える一言という言葉がある」という書き出しで始まる。
森七段と大崎氏は、お互いの家に泊まりあい、語り合う気心の知れた仲である。そして、2人は中年になっても独身を謳歌していた。
その森さんがある時、大阪から上京し、大崎さんの家に1週間ほど泊まっていた時、大阪は将棋の普及が今ひとつということで、森七段はお得意の「冴えん、冴えん」を連発していたらしい。あまりに「冴えん」が繰り返し続くので、大崎さんは「酔っ払った勢いで森信雄六段に声を張り上げた」という。
約1週間にわたり毎日のように冴えん、冴えんを繰り返されているうちに私は突然ブチ切れた。
「そんな冴えん、冴えんと口ばっかりぼやいてないで、自分で教室を作るとか、なんでもいいから体を動かしてやってみろよ」
相当きつい口調だったのだと思う。その言葉は純情な森さんの胸にダイレクトに直撃して、新幹線の中で泣きながら大阪に帰ったという。
(『編集者T君の謎』199ページ)
その後、森六段は大阪で将棋教室を始める。赤字で苦労したようだが、それもひとつのきっかけとなり、将棋の普及のため、将棋連盟の理事に立候補し当選する。
(森六段の理事立候補の顛末は『聖の青春』に詳しい。自分たち中堅世代の意見を反映する人を理事に推そうと森六段が人選に走り回っていたところ、弟子の村山聖九段から「ならば師匠が立候補すればいい」と言われて決意している。その後、村山九段は全棋士に「私の師匠が理事選に立候補するのでよろしく」とお願いの電話をかけたという。)
さらに、将棋教室の生徒の祖母が森さんの人柄を見込み、自分の娘を紹介したことで、森さんは独身生活に終止符を打っている。
二つめは、森六段が発した大崎さんの人生を変えた言葉。
大崎さんは20歳くらいの頃、小説家を志し、毎日のように原稿用紙に向かったが、短編ひとつまとめられなかったという。
(以前紹介した『九月と四分の一』(新潮文庫)の中の「九月と四分の一」の中で、小説が書けずにヨーロッパであてもなく旅していた青年は大崎さんの分身であろう。)
森六段の弟子の村山聖九段が亡くなったあと、何社かから村山九段の評伝を出したいという話が、大崎さん(「将棋世界」編集長)、森六段、村山九段の実家に舞い込んだという。森六段は大崎さんに出版話の窓口をつとめるよう頼む。
私も仲のよかった村山さんの人生をできるだけいい形で出版できる方法を模索していた。自分はプロデューサーだと思っていた。しかるべきライターを探して、しかるべき出版社と話を進める。そんな頃、森さんが電話口でこ言った。
「本当は、大崎さんが書いてくれるといいんやけどな。そうもいかんやろな」
えっと思った。そしてその直後に胸がドキドキと高鳴っていた。
”えっ!僕が書く?”
「本当ですか」
「そりゃ、そうや」
(『編集者T君の謎』201~202ページ)
森六段としては、生半可なライターに愛弟子村山九段の一生を描かせるくらいなら、村山九段の人となりを最もよく理解している大崎さんに書いてほしいという思いだったろう。
この森六段の言葉に背中を押され、大崎さんは村山九段の評伝を書くことを決意する。
そして、さらに一度、起承転結のある100枚以上の小説を書こうと決意し、書き始めると若い頃はあれほど書けなかった小説がわずか3日でできたという。
村山九段の評伝は『聖の青春』としてまとめられ、新潮学芸賞を受賞、その後奨励会を退会した若者を描いた『将棋の子』では講談社ノンフィクション賞を受賞、さらに3日で書き上げた初めての小説は、その後310枚の『パイロットフィッシュ』に成長する。『パイロットフィッシュ』は、吉川英治文学新人賞を受賞し、名実ともに小説家大崎善生が誕生したのだ。
大崎さんの40代になってからの転身を見ると、本人も書かれているように「運命の不思議」を感じずにはいられない。
どこに、自分の人生を変えるきっかけがあるか分からないということなのだろう。どこから何が来るか分からないが、来るべき日に備え、普段から準備を怠らず、「人生を変える一言」の反応できる態勢を作っておくことしかないのだろうと思う。
(余談だが、大崎さんも作家として独立後、将棋界の女流プロとして活躍していた高橋和二段と結婚し、独身生活を終えている)
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朝日新聞社が、毎日新聞社と並び今年(2008年)から将棋名人戦の共催に加わったことで、朝日新聞社が主催して行われていた準タイトル戦「朝日オープン選手権」が衣替えされた「朝日杯将棋オープン」。一昨日、2月9日(土)の準決勝・決勝が行われ先日A級からの降級が決まってしまった行方尚史八段が丸山忠久九段を破って、第1回優勝者となった。
持ち時間が双方40分、持ち時間がなくなったら1手1分以内。全局インターネットでリアルタイム中継、また1日2局のスケジュール設定、さらに準決勝・決勝はネット中継に加え、公開対局という運営は、これも今期(2007年度)から始まった大和証券杯ネット将棋最強戦と並び、インターネット時代を迎えた将棋界の新しい試みである。
この棋戦の注目局の観戦記事も、ネットで公開されているが、私が応援する郷田真隆九段と佐藤康光二冠(棋聖・棋王)が対戦した1回戦の観戦記事の中で、興味を引くものがあった。
郷田九段は二次予選を勝ち抜いて最終トーナメントに進出、昨年(2007年)12月23日午前の1回戦で佐藤康光二冠と対戦し敗退した。その佐藤二冠も同日午後2回戦で優勝した行方尚史八段に敗れた。
問題は、郷田九段と佐藤二冠の対戦の99手目。先手の佐藤二冠の▲2一角成の手が、時間切れだったのではないかと、郷田九段が自ら投了した後に、指摘したというものである。
観戦記には次のように記されている。
▲2一角成は時間ギリギリで指されたうえに駒を裏返すという動作も必要だったため、着手の際に駒が乱れてしまった。佐藤はそれを両手で直しながら「あ、あ、すみません」と慌てて謝罪した。
記者が盤側で見た感じでは▲2一角成を着手する意思表示は明らかに時間内だったが、佐藤の手が盤から離れたときに60秒を過ぎていなかったとは断言できない。時間切れを指摘されても不思議はない状況だった。仮に駒が乱れた時点で「▲2一角成」と口に出していれば問題は無かったのかもしれないが、それを今さら言っても仕方がない。
記録係の西村1級は切れていなかったと判断し、実際に対局が続けられた。郷田はその場で指摘するべきかを迷い、指し手は乱れ、そして敗れた。
(「第1回朝日杯将棋オープン戦 観戦記第12局本戦1回戦 ▲佐藤康光二冠 対△郷田真隆九段」後藤記者記より)
郷田九段は、前期65期のA級順位戦の久保八段戦で、逆に終了間際に久保八段から指し手を遡って、時間切れをアピールされ、連盟の中原副会長が指し手を遡ってのアピールは無効と判断し、それを聞いた久保八段は投了。郷田九段は名人挑戦者レースのトップを維持し、最終的には挑戦者となり、久保八段は5敗となってA級陥落にあとがないところに追い詰められた。結果的に久保八段はその後3連勝で残留を決めたが、もし陥落していれば、久保八段にも郷田九段にも後味の悪いものになっていただろう。
そのような背景があって、時間切れをアピールするならその場しかない。しかし、逡巡しているうちに、今度は自分の秒読みに追われ、手が乱れたという事だろう。
佐藤二冠は後藤記者に対して
「(前半部略)ギリギリで指すことが今回のようなことを起こす可能性がある、プロ棋士として良くない、恥ずべき行為だということが今回のトラブルで身をもって痛感しました。対局者、記録係など皆に迷惑をかけてしまいました。
郷田-久保の時も自分は関係のない1件かと思っていたのでかなりショックはあります。エチケット、マナーが私はかなり悪い棋士だったんですね。今頃になって気が付きました。25年染み付いていますし、対局中は無我夢中ですのですぐには治らないような気もします。ただ意識して、2度と起こさぬよう少しずつでも改善していきたいと思います」
(「第1回朝日杯将棋オープン戦 観戦記第12局本戦1回戦 ▲佐藤康光二冠 対△郷田真隆九段」後藤記者記より)
もちろん、佐藤二冠が書くように、棋士自身のモラルアップによるところが一番だとは思うが、プロの卵である奨励会生が対局の記録係をつとめ、時間切れの有無の判断をしなければならないという現状のシステムには無理があると思う。上記の観戦記でも「この世界で生きていくことを望む不安定な立場の人間に、秒読みで「9、10」と読ませることがどれだけ酷なことか。」とコメントされているが、会社組織でいえば、上司のミスを会社に入ったばかりの新人社員にその場で指摘しろといっているようなもので、それが1、2秒の範囲であれば、そのまま流して無難に済ませたいと思ってしまうのは人情だろう。
この観戦記を書いた後藤記者は、郷田九段が投了後にあえてこのことを口にしたのは、「問題提起のためだろう」と記している。
ファンとしては、プロ棋士たちには、余計な心配はせずに、対局に専念し、見るものがうなるような棋譜を残してほしいものである。
例えば、前の手が指されてから、「60秒」という秒読みの区切りがきたら自動的にブザーやチャイムが鳴るような時計を導入するなりして、記録係という人間の判断という曖昧さが入り込む余地をなくすこと対局を運営管理する将棋連盟には検討してほしいと思う。
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ここのところ、大崎善生さんの短編集を2冊読んだが、昨日の昼、家の近くの書店で、大崎さんのデビュー作品である『聖(さとし)の青春』(講談社文庫)を見つけたので買ってきた。
故・村山聖(さとし)九段は昭和44年6月生
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