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2008年3月 8日 (土)

将棋第66期順位戦B級2組終了、屋敷伸之九段敗れるもB級1組昇級

昨日(2008年3月8日)は、各クラスが大詰めを迎えている将棋の順位戦のうちB級2組の最終第10回戦。

B級2組の昇級候補は7勝2敗の3名。今期の順位の順に以下の3名だ。

4位:屋敷伸之九段(最終戦:佐藤秀司七段5勝4敗)
7位:山崎隆之七段(最終戦:中村修九段6勝3敗)
17位:土佐浩司七段(最終戦:松尾歩七段6勝3敗)

屋敷九段と山崎七段は最終戦に勝てば、自力昇級。土佐七段は自分が勝った上で、上の2人のどちらかが負けなければならない。逆に、土佐九段が負けると、その時点で上位2名は勝敗に関係なく昇級が決まる。

まず、渡辺竜王と並ぶ20代の有望株山崎隆之七段が勝ってB級1組昇級を決めた。
次いで、土佐七段が、7回戦まで6勝1敗でトップを独走しながらその後2連敗で今期の昇級を逃した松尾七段との対戦で敗れ、ともに7勝3敗となった。この時点で順位が上の屋敷九段は負けても昇級することが決まる。
一方、屋敷九段は佐藤秀司七段相手に苦戦。序盤の駒組みで相手ペースとなり、屋敷九段としてはこれと言った見せ場も作れず敗れた。しかし土佐七段が敗れた結果、順位差で辛くもB級1組への昇級を決めた。

屋敷伸之九段は、これまでの実績と順位戦で在籍するクラスが不釣り合いな棋士であった。

屋敷九段は、1972(昭和47)年1月生まれ、年代でいうと羽生善治二冠(1970年9月生)の1学年下になる。同年代には深浦康市王位(1972年2月生)がいる。

1985(昭和60)年12月に13歳で奨励会入り。奨励会ではほとんど足踏みすることなく、昇級・昇段を続け、初めて参加した1988(昭和63)年の3段リーグで2位となり、16歳でプロ入り(四段昇段)を決めた。プロ入り時に各棋士に与えられる棋士番号は189。すでに、羽生善治、佐藤康光、森内俊之という57年組が抜けた後とはいえ、非凡な才能の持ち主であったことは間違いない。
その非凡さは、プロ入り後の1989(平成元)年度の順位戦C級2組でも発揮され、56人で3つの昇級枠を争った第48期順位戦C級2組を9勝1敗で1位となり、1期で通過している。
その勢いは、他の棋戦でも発揮され、1989年後期の棋聖戦では予選を勝ち抜き挑戦者となって、当時の中原誠棋聖に挑戦、2勝3敗で敗れたものの、さらに翌1990年前期の棋聖戦でも再び挑戦者となり、今度は3勝2敗で中原棋聖からタイトルを奪取。18歳、史上最年少のタイトルホルダーとなった。さらに、翌1990年後期の棋聖戦でも、森下卓六段の挑戦を退け、棋聖位を防衛している(その後、1997年には羽生七冠の牙城の一角を崩した三浦弘行棋聖から棋聖位を奪還しているほか、2001年の王位戦でも羽生王位への挑戦者となっている)。
前年の1989年には、羽生善治六段が初タイトルである竜王位を獲得しており、羽生竜王と並ぶ若手のホープとして屋敷棋聖が騒がれたことは想像に難くない。

しかし、ここから屋敷九段のイバラの道が始まる。この実績からすれば、順位戦のC級1組も1期で通過してもおかしくないし、長くても3年もあれば通過するだろうと素人目には思えるのだが、なんとC級1組を抜けるのに14年を要している。そして、B級2組でも4年。18歳でタイトルを取った若者も今や36歳。中年の域に達している。
この間の屋敷九段の成績・順位と各期の昇級者を調べてみた(参照「将棋順位戦データベース」)

○屋敷伸之九段のC級1組での成績と各期昇級者

期(年度) 成績 順位 昇級(1位) 昇級(2位)
49(1990) 8-2 6位 森下卓(9-1) 神谷広志(9-1)
50(1991) 6-4 8位 村山聖(10) 森内俊之(10)
51(1992) 8-2 3位 佐藤康光(10) 泉正樹(9-1)
52(1993) 7-3 5位 井上慶太(10) 有森浩三(9-1)
53(1994) 7-3 4位 藤井猛(10) 丸山忠久(9-1)
54(1995) 5-5 8位 郷田真隆(8-2) 畠山成幸(8-2)
55(1996) 7-3 5位 中川大輔(8-2) 阿部隆(8-2)
56(1997) 7-3 3位 先崎学(9-1) 北浜健介(8-2)
57(1998) 7-3 6位 三浦弘行(9-1) 深浦康市(9-1)
58(1999) 7-3 6位 鈴木大介(8-2) 久保利明(8-2)
59(2000) 7-3 6位 佐藤秀司(8-2) 行方尚史(8-2)
60(2001) 8-2 3位 木村一基(10) 畠山鎮(8-2)
61(2002) 8-2 3位 杉本昌隆(9-1) 堀口(一)(9-1)
62(2003) 9-1 1位 屋敷伸之(9-1) 野月浩貴(9-1)

○B級2組での成績と昇級者

期(年度) 成績 順位 1位 2位
63(2004) 5-5 12位 木村一基(9-1) 野月浩貴(9-1)
64(2005) 6-4 8位 畠山鎮(10) 森雞二(7-3)
65(2006) 7-3 4位 渡辺明(10) 杉本昌隆(8-2)
66(2007) 7-3 2位 山崎隆之(8-2) 屋敷伸之(7-3)

C級1組では3位で涙を飲むこと4回、3位でなくとも、結果的にその期の昇級者との直接対決で勝っていれば、勝敗と順位が入れ替わり、屋敷九段が昇級していたケースも多い。B級2組でも第64期の最終戦の森九段戦に勝っていれば、屋敷九段が昇級だった。

昇級するB級1組には、かつて屋敷九段を抜き去ったいったメンバーが顔揃える。B級2組までは、順位戦は10回戦で組まれ、対戦者は抽選で決まり、どうしても多少の運不運がある。
しかし、B級1組は13人の総当たりリーグ戦。これまでの棋聖位3期、九段の実力・実績を示す時である。

屋敷九段自身は、B級2組昇級直後の日本経済新聞のインタビュー(NIKKEI NET「将棋王国」)

2000年11月に結婚して、生活のリズムが大きく変わりました。それまでは週に5日か6日は飲みに行って、朝帰りも多かったです。今から思うと、本当に適当な生活をしていました。
 それが今では規則正しい生活に変わりました。1日3食食べて、普通に暮らせるようになりました。

と語っている。結婚したことで、生活のリズムも変わり、何か心境の変化もあったのかも知れない。

会社勤めのサラリーマンと違い、引退するまで、毎年、将棋を指し続けるプロ棋士。ある時期が来れば、課長や部長といったポストが用意されているわけではない。自分の職位(順位戦での順位)やポスト(タイトル)は、自分の力で勝ち取るしかない。日々、自分の実力だけが頼りの棋士の世界で、結婚という人生の転機や中年期というものが、どんな意味を持つのか興味がある。

来期のB級1組では、屋敷九段の戦いぶりを注目したい。

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