『将棋世界』2008年6月号の「感想戦後の感想」に郷田真隆九段が登場、丸山忠久九段との関係を語る
ゴールデンウィーク前の5月2日に発売になった『将棋世界』2008年6月号。連載記事の「感想戦後の感想」に郷田真隆九段が取り上げられた。
「感想戦後の感想」は、毎月、1人の棋士を取り上げ、インタビューも交え、各棋士のエピソードを紹介するもので、今回が36回目。郷田九段は、他の棋士に比べ、将棋の本の執筆も少ないので、ファンとしては、本人の人となりを知る数少ない機会である。
○郷田九段の終盤
記事では、まず最初に、郷田九段と森内名人が対戦した前期の第65期名人戦第6局の大逆転が語られる。森内名人の勝利が確実となり、いつ郷田九段が投了し森内18世名人誕生するか誰もが考えていたその時、郷田九段の放った最後の一撃を森内名人が受け間違えて、ほぼ手中に収めた18世名人位を逃した場面である。
ライターの高橋呉郎さんは、郷田九段の終盤を次のように語る。
「さながら、深傷(ふかで)を負ったサムライが、従容として死を待っているいる趣がある。が、勝負をあきらめているわけではない。薄目を開けて、最後の一太刀を狙っている。」(『将棋世界』2008年6月号172ページ)
劣勢となった終盤戦に妙手を放ち、対戦相手のペースを崩し、逆転に持ち込むのは、郷田九段の得意技の一つである。
○丸山忠久九段との関係
もうひとつのエピソードは、丸山忠久九段との関係である。同学年で、同じ年に四段に昇段した丸山九段(棋士番号194)と郷田九段(同195)。タイトル獲得は、郷田九段が先んじたが、順位戦では常に丸山九段が一歩先を行き、郷田九段が常に追いかける関係だった。
郷田九段が初めてA級棋士となった1999年度の第58期A級順位戦。郷田八段(当時)は1年前にA級に昇級した丸山八段(当時)と最終戦で対戦した。郷田八段は勝てばA級残留、負ければ他の棋士の成績次第でB級1組へ1期で降級もあり得るという一戦。一方、丸山八段にとっては、勝てば名人挑戦権確定、負ければ他の棋士の成績次第でプレーオフにもつれ込むという両者とも譲れない大一番である。
結果は、丸山八段が勝ち、名人挑戦者となって佐藤康光名人から名人位を奪取する。一方、郷田八段は、他の棋士が勝ったことから、降級となり、A級定着までにさらに6年を要した。
そのような経緯もあり、郷田九段は、丸山九段をライバルとして意識しているに違いないとは思っていたが、先日紹介した郷田九段の著書『実戦の振り飛車破り』でも、取り上げられる相手は振り飛車を指す相手が中心で、振り飛車をあまり指さない丸山九段のことは取り上げられていなかった。
記事では、2人の対戦で丸山九段が先手となった場合は、丸山九段の得意戦法である「角換わり腰掛け銀」という戦型になることに触れている。対戦相手の得意戦法に持ち込まないように駆け引きをするのが当たり前な中、郷田九段はあえてそれを受けて立っており、しかしその結果として、丸山先手の「角換わり腰掛け銀」は11戦で、丸山九段の10勝1敗となっており、2人の通算の対戦成績も34戦で丸山九段の23勝11敗と差がついている。(その後、第21期竜王戦1組準決勝で丸山九段が勝ったので、現在は35戦で丸山24勝:郷田11勝)
1990年にプロ棋士である四段となった2人は、将棋界で「VS」と呼ばれる練習将棋をよく指したという。日に2、3局は普通で、多いときには5、6局。
郷田九段は、「彼とは長い歴史があるんです」と語った上で
「丸山さんは大学生でしたね。まだ、角換わりをいまほどはやっていなかったけれど、得意戦法を持とうという意識は強かったでうえね。彼にはそのころから苦しめられていたんだよ。若かったから、張り合う感じもあって、練習将棋なのに真剣勝負みたいに、一局たりとも負けられないと思っていた」(『将棋世界』2008年6月号174ページ)
と対丸山戦への思いを語っている。
後手となった場合に先手の角換わりを受け続けるかについては、
「ただ、やみくもにやっているわけじゃないんで、一回、一回、自分なりに工夫してテーマみたいなものを持っている。まだ、未解明の部分がありますから、これからもそれは同じですね。丸山さんには、いちじはちょっと負けすぎたけど、最近は角換わり以外は、そんなにやられていないので、苦手意識はないですね。いずれ、丸山さんにも(中略)、星を返していけると思っています」(『将棋世界』2008年6月号174ページ)
自分と同レベルの相手や分の悪い相手に対しても、相手の得意戦法を受けて立つという郷田九段の心意気は、「王道」や「正攻法」といった言葉を思い出させる。
決して流行を追わず、目先の勝利でなく、最終的な勝利を目指し、自ら信じる道を進む郷田九段こそ、棋士らしい棋士といえるのではないか。
先手「角換わり腰掛け銀」への研究の成果が現れて、丸山九段との対戦成績を五分いやそれ以上に待っていける時が、一日でも早く到来することをファンとしては願ってやまない。
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