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2008年6月の記事

2008年6月30日 (月)

ちぐはぐな一日、チケット予約の顛末と電車の網棚おいた荷物を忘れる

6月の月末を迎え、1年の半分が終わるという今日は、ずいぶんとちぐはぐな一日だった。

先日このブログで申し込みをしたと書いた西荻での西島三重子のコンサート。インターネットを通じて予約したのだが、26日の予約なのに先方からの確認メールが全く帰って来ない。その返信メールに代金の支払先等が書いてあるはずなので、まったく先に進まない。コンサートは今週末なのに…。
昼休みに予約の受付団体に電話をすると、確かに予約は受け付けたが、確認メールが送信不能で戻ってきたという。先方も困っていたらしい。メールアドレスを確認すると、スペルが間違っていたらしい。一緒に申し込んだ、27日のライブの方はすぐ返事がきたので、そんなはずはないと思いながらも、ネット上の予約受付は先週で締め切りになっており、再度の申し込みも出来ない。先方の担当者は、コンサート会場になる施設に電話してもらえば、コンサート当日に代金とチケット受け渡しが可能との回答。

そう言われて、コンサート会場となる施設に電話すると、コンサート当日のチケット受け渡しはできない。今日中に現金書留で代金を送るか、西荻の会場か、他のチケットを扱う区の出張所まで買いに来てくれと言う。
最近は、現金書留が本当に着くのかどうか郵便配達の仕組みは昔ほど信用できないし、買いに行きたいのはやまやまだが、販売時間は午後7時までという。ちょっと仕事が立て込むと間に合わない。
受付団体で言われた話と違うと粘ると、電話口の担当者の女性が、「ならば、今回は、特別に私個人の責任で代金を立て替えて、当日、受け取れるようにする」と言い出した。
しかし、組織としての対応でなく、あくまでも個人として融通を効かせるというものであり、担当者個人にそこまで迷惑はかけられない。午後7時までに買いに行く覚悟で、いったん電話を切った。

しかし、どうも釈然としない。最初に電話した受付団体に、もう一度、電話をして、「会場側からは、当日のチケットと現金交換は受け付けない」と言われたことを話す。
こちらが、メールアドレスを間違ったとしても、予約はいったん受け付けられており、この団体ももう少し考えてくれてもいいはずだと思いながら、「なんとかなりませんかね~」と問いかけると、上司と相談するといった若い女性は、「郵便局で代金+送料の振り込みを行い、振込受付票をファックスしてくれれば、受付団体の方から、会場にチケットを送り、当日受け取れるようにする」という。
もともと、代金と送料は郵便振替で送るはずだったので、妥協案としては納得できる回答だと思った。
それから、郵便局で代金を振り込み、振込の受付票を、コンビニからファックスして、再度、受付団体に電話。ファックスが届いたことを確認して、なんとか一件落着。

なんとも、ちぐはぐな話で1時間ほど時間がかかってしまった。

しかし、こんな日は、すんなり一日が終わらない。10月に行われるある試験を受けることになって、数日前から参考資料をかなりに分量コピーしていた。7月になるのを区切りに本格的に勉強を開始しようと、今日からそのコピーを2回か3回にわけ家に持って帰ることにした。いつもの鞄に加え、紙袋を一つ。
帰り、天気もよくなったので、日本橋から竹橋まで歩く。途中、書店に寄ったりして少し油を売ったが、乗換駅で急行に乗る。我が家の最寄り駅手前で急行から各駅停車に乗り換えるというのが、いつもの帰宅経路だ。
夕方の急行はいつも人が多い。鞄は肩からしょい、紙袋は手に提げる。最初の駅で、少しすいてつり革につかまれるようになったので、紙袋の方をいったん網棚に上げる。
手が空いたので、鞄から週末に買った上橋菜穂子著の守り人・旅人シリーズの軽装版の最新刊『蒼路の旅人』を読み始めるとすっかり、上橋ワールドの住人になってしまった。次の駅で乗り換えた各駅停車を家の最寄り駅で降りようとした時、私が持っていたのは鞄だけだった。
時すでに遅し。紙袋は、急行の網棚に載ったまま、終点の駅に向かっていた。

最寄り駅の事務所を訪ね、駅員に乗り換えた急行に忘れ物をしたと説明。見つかったら、電話をしてもらうよう頼んで、いったん家に帰る。
30分ほどして電話がかかる。紙袋は誰かに盗られることなく、終点まで到着したらしい。結局、終点駅まで往復2時間弱かけて紙袋を取りに行った。ちぐはくな一日らしい、締めくくりになってしまった。

忘れ物をしたと駅員に説明したとき、いま乗ってきたのはどこ行きの各駅停車?その前の急行はどこ行きだった?立て続けに聞かれたが、今日に限って、どちらも記憶が定かでない。いつもは、気にしているのに…。本を読んでいたせいか、それとも疲れていたのか、電車に乗っている時から、どこか心ここにあらずで、上の空だった。
モノをなくしたり、忘れる時というのは、こんな時なのだろう。二つ持った荷物の一つだけを網棚の乗せるのは危険だ。

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2008年6月29日 (日)

デジタルカメラの写真を整理しながら、これからのデータ保存法を考える

これまで、寝室に使っている和室には、ノートパソコンを置き、ブログはそのノートパソコンで書いていたが、ソフトウェアをいくつか同時並行で使うと、とたんにスピードが遅くなる。また、スカイプに接続し、TV電話として使おうとしたら、ビデオ再生がほとんど出来きなかった。やはり、Windows Vistaを使うためのマシンとして使うには、パソコンの頭脳であるCPUやビデオ再生をコントロールするビデオチップが非力なようだ。(すでにメモリーは、2GBに増強してある)

2階の置いている昨年の夏に自作したパソコンは、最近は長男のゲーム用のサブマシンと化していたので、ディスプレイを含む一式を1階におろし、こちらをメインマシンに復帰させることにした。インターネット接続も、無線化したので、無線LAN用のアダプタを着けるだけだ。いざ、動かして見るとさすがに、ノートパソコンとはスピードが全然ちがう。

今日は、あいにくの雨だったこともあって、デジタルカメラで撮影しカメラのメモリーカードに保存されている画像の整理をした。
以前は、フィルムカメラで写真を撮り、印画紙に現像して、アルバムに整理していた(一眼レフカメラを使っていたこともある)。
しかし、富山にいた頃(1995年~2000年)、押し入れに入れていたアルバムの多くが結露(富山は湿気の多い気候で梅雨時や雪の多い冬場は除湿機が必需品である)して、写真もネガも結露で染みのような跡がついてしまったこともあり、通常の35mmフィルムカメラからフィルムの保存が簡単なAPSカメラ、そしてデジタルカメラの登場とともに、徐々にデジタルカメラにシフトしてきた。いまでは、フィルムカメラで写真を撮ることはなくなった。

デジタルカメラは、富山時代に初めて買ったコダックの27万画素のおもちゃのようなカメラから始まり、すでに8台目である。年々、画素数がアップし、画像の肌理は細かくなる。まだまだ、技術の進歩が続きそうなので、まだまだ買い換えも続くだろう。

(8台目、パナソニックDMC-FZ7)

私は、撮影した画像を、640MBのMO(光磁気ディスク=Magneto-Optical disk)に保存している。MOの中に撮影日ごとにフォルダを作り、MOがいっぱいになったら、また次のMOに保存していく。すでに、30枚ほどのMOにこの10年ほどの画像を整理している。しかし、MOも今や時代遅れになりつつあるような気がする。

デジカメの画素数のアップに従い、画像1枚あたりのデータ量も増加しており、640MBのMOに納められる枚数が少なくなったことが一つ。
一方、従来、高価だったデジカメのメモリーカードも近年登場したSDメモリーカードがデジタルカメラ以外にも、用途を拡大したことで、一気に低価格化が進み、640MBのMOを容量で上回る1GBの SDメモリーカードが1000円程度にまで値下がりし、写真を撮影中にメモリー不足になることもほとんどなくなった。
これからは、メモリーカードがいっぱいになったら、他の記憶媒体にコピーするのではなく、フィルムカメラ時代にフィルムを撮りきる都度、新しいフィルムも買っていたように、メモリーカードがいっぱいになったら、新たな撮影用にあらたにメモリーカードを買い、画像データの入った古いカードは、日付や内容を注記してそのまま保存するという使い方になるのではないだろうか。

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2008年6月28日 (土)

将棋第56期王座戦挑戦者決定トーナメント2回戦で郷田真隆九段が中川大輔七段を破り準決勝進出

昨日(2008年6月27日)は、第56期王座戦五番勝負で羽生善治王座への挑戦者決定トーナメントの2回戦の最終局に郷田真隆九段が登場、1回戦で渡辺明竜王を破って2回戦に進出した中川大輔七段と対戦した。
今朝更新された将棋連盟ホームページの「最近1週間の結果」では、後手の郷田九段の「○(白星)=勝ち」。将棋の内容はわからないが、挑戦者にむけ、また一歩前進である。

これでベスト4が出そろい、準決勝の組合せも決まった。一方が、谷川浩司九段×鈴木大介八段、こちらが郷田真隆九段×木村一基八段である。4人は来期の挑戦者決定トーナメントのシードの権利も獲得した。
残った4人はいずれも順位戦A級の在籍棋士。この4人の争いを勝ち抜いた1人が、9月から10月にかけて行われる五番勝負で羽生王座に挑戦する。郷田九段の挑戦まであと2勝。前期は、準決勝で森内名人に敗れ挑戦権を逃してしるので、今年こそは、挑戦者に名乗りをあげてほしい。

また、昨日の勝利で、2008年度の郷田九段のここまでの成績は9戦して7勝2敗、勝率0.778となった。
4月に棋聖戦の挑戦者決定トーナメントの準決勝で羽生二冠、竜王戦1組準決勝で丸山忠久九段に続けて敗れた時には心配したが、その後、昨日まで負けなしの6連勝。6連勝の中には、ネット将棋最強戦での森内名人(当時)からの勝利、A級順位戦での深浦王位からの勝利も含まれており、前期からの好調を今期も維持しているようだ。

この王座戦での挑戦はもちろん、7年ぶりの決勝トーナメントに進んだ竜王戦。この二期戦では挑戦者となってぜひタイトルを奪取してほしいし、過去、たび挑戦者決定リーグ入りしている王将戦のリーグ入りを争う二次予選、挑戦者になったこともある棋王戦の挑戦者決定トーメントにも、これから登場する。

最近の郷田九段の戦いぶりをみれば、三強と言われる同世代の羽生名人、佐藤康光二冠(棋聖・棋王)、森内前名人と、ほぼ互角の戦いをしている。第65期名人戦でも森内前名人を苦しめたように、タイトル戦に出場できれば、タイトルを狙える力は十分にある。
今期こそは、少なくともタイトルを1つは奪取して、自らの扇子の揮毫「晩成」を実現させてほしいものである。

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2008年6月27日 (金)

夏休みの宿を南房総で手配する

6月も終わりに近づき、そろそろ夏休みの計画を立てなければいけない時期(もう、遅いのかもしれないが…)。自分の職場での休みを確定し、妻と3人の子どもの予定とどこで何をしたいかの希望も調整した上で、行き先の候補を考え、宿を探す。

仕事の関係で、8月の早いタイミングでは休みを取るのは難しそうで、お盆明けに休むことにした。次女から、学校の授業でやったテニスがおもしろかったので、テニスがしたいという要望があり、テニスコートある宿泊施設で探す。しかし、どこも空いているのは8月の最終週。う~ん、困った。たまたま、1週前のお盆明けの週に1日だけ空いているテニスのできる宿を見つけ、とりあえず予約。
しかし、その後、1泊2日ではくつろげないというクレームも一部から出て、施設側に確認したところ、1日目と2日目で部屋が変わってよければ、連泊も可という事がわかり、今日、2日目の予約も終えた。

行き先は、昨年と同じ南房総。宿はもちろん別のところ。昨年行ってみて思いの外、東京から近いことがわかった。東京湾横断道路(アクアライン)を走り、全通した館山自動車道を走ると、3時間ぐらいだったろうか。車を運転する立場からすると、アクアラインも館山道もすいているところがいい。
刺身など魚もおいしく、干物も名物のようだった。

ようやく、日程の骨格が固まったので、この土日で詳細な旅行プランでも考えることにしたい。
あとは、当日、台風や雨にならないことを祈るのみである。もう一つ、言えば、それまでに少しでもガソリンが値下がりしてくれればと思う。

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2008年6月26日 (木)

「西島三重子」のコンサートとライブを申し込んだ

一昨日、このブログで、私が大学生の頃ファンだった女性歌手「西島三重子」のことを書いた。

西島三重子公式ホームページでは、7月5日(土)の西荻での中沢厚子・本田路津子と3人でのコンサートと、7月27日(日)の南青山でのミニ・ライブの案内がで出ていて、たまたまホームページを見た時に、その事を知ったのも何かの縁と思い、今日、両方とも申し込んだ。
ファンだった頃は、コンサートも行ったこともなかったのに、今さら行くのも気恥ずかしい気もするが、20代から50代の今まで曲折はあっただろが、活動を続けている姿は、見習うところがあるような気がする。

どんな歌を聴かせてくれるのか楽しみである。(でも、きっと会場はどちらも自分と同世代か年配のおじさんたちばかりなのだろうな~と思うとちょっと複雑な心境だ)

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2008年6月25日 (水)

将棋第67期順位戦B級1組2回戦、屋敷伸之九段が2連勝の好スタート

もう先週の話になるが、A級順位戦の郷田真隆九段と深浦康市王位の対局が行われた2008年6月20日にB級1組2回戦6局が東京・大阪の将棋会館でいっせいに行われた。

私が今期B級1組で注目しているのは、B級2組から昇級直後の屋敷伸之九段である。難関の奨励会三段段リーグを1期で通過し、プロ棋士となったC級2組も1期で通過。さらに10代で棋聖のタイトルを獲得し、一気にトップ棋士へ駆け上がるかと思われていた中、次のC級1組を勝ち上がるのに14年を要し、その間も棋聖位を獲得するなど非凡なところみせる。しかし、順位戦では、後からプロ入りした棋士に追い抜かれていく中、次のB級2組を抜けるのにも4年を要し、ようやくB級1組に昇級、かつて追い抜いて行った棋士の何人かには追いつき、あとはトップ10のA級まで上り詰められるかどうかである。
ちなみに、屋敷九段の通算成績は6月24日現在で908戦で585勝323敗、勝率0.6443とA級棋士と比較しても遜色ない成績である。(A級となると順位戦での対戦相手のレベルがトップクラスなので、勝率だけの比較には問題もあるが、屋敷九段も棋聖タイトル3期、王位戦挑戦の実績がある)

6月20日のB級1組2回戦では、畠山鎮七段と対戦。畠山七段の攻めに屋敷玉が危うい場面もあったが、しのいで最後は畠山玉を追い詰めた。初戦の高橋道雄八段戦に続き、2連勝。激しい星のつぶし合いが続くB級1組では2回戦を終え、13人の棋士の中で2連勝はA級から降級直後の久保利明八段と屋敷九段の2人だけとなった。このまま一気に突っ走り、A級昇級を勝ち取れるか注目し続けて行きたい。

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2008年6月24日 (火)

従来の色彩の考え方を見直しを提起する南雲治嘉著『色の新しい捉え方』

私は、いつの頃からか「色」というものにすごく興味を持つようになって、色彩について書いた本をいろいろ読んだり、色彩に関する検定のひとつである東京商工会議所の「カラーコーディネート」検定の3級を受験した(1回目は失敗し、2回目になんとか合格)りしてきた。
特に、「色」が人にどのような影響を与えるのかということに関心があり、色彩心理学的なことに興味があって何冊かその手の本も読んだのだが、どれも今ひとつ腑に落ちなかった。
例えば、一般的に、「青」は男性が好み、「赤」は女性が好むという傾向にあるが、それがすでに、そのような色づかいが身の回りでされている中で育つから、そのように感じてしまうか、それとももっと別の科学的な根拠があるのか、どの本を読んでもその辺りが曖昧で、いつも消化不良というか、喉に魚の骨が引っかかったままのような、気分だった。

光文社新書の2008年6月の新刊の一冊、南雲治嘉著『色の新しい捉え方』は、そんな私のもやもやした思いを、一気に解消してくれそうな本である。
著者は現役のデザイナーであるが、現在、大学などで教えられている色彩学や、色彩検定で資格は「デザインの現場では役に立たない」し、現在、世間に出回っている色彩の本には、根拠がはっきりしない間違ったものの多いという話から始まる。
近年、著しい発達をみせる脳科学や、物理学(素粒子論)を取り入れた色彩論、色彩学に変えていかなければならないと著者は強調している。その思いが『色の新しい捉え方』というタイトルにも反映されている。

脳科学の発達の中で、特定の色とホルモンの分泌との関係が明らかになってきているとのことで、先ほどの青と赤の例でいえば、人間は、青い色を見ると「セロトニン」というホルモンの分泌が促され、セロトニンは血液の生成と神経の安定に貢献するので、結果としてリラックス効果と集中心が生まれ、興奮を鎮める効果をもたらすという。一方、赤い色を見ると「アドレナリン」が分泌され血流が促されるという。
赤は女性が好み、青は男性が好むということの説明として、「子どもを生む女性は血行が良い必要があり、古来、直感的・経験的に「赤」を好んできたのではないか。一方、男性は生活において冷静さを求められることが多く、そのため「青」を好んできたのではないか。」という説があり、それは、上記のホルモンの分泌からも裏付けられていると著者は語る。
全体を通して、それぞれの色の持つ波長やエネルギーを物理的にとらえ、それを知覚した脳がどのような反応を示すかということをベースに「色」が人間に与える影響を捉え直そうとしている。それら、最新の科学により明らかになった成果を踏まえると現在の色彩論のは根拠が薄弱な論・説が多く、見直さなければならない時期に来ているということのようだ。
「色」について関心がある方には、一読を勧めたい。

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2008年6月23日 (月)

「西島三重子」の新作アルバムとエッセイ集が届いた

一昨日(2008年6月21日)の土曜日の夜、特に何の目的があったわけだはないのだが、このブログからリンクが張られている自分のプロフィールページを見に行った。そこには、「興味のあること」というタイトルでリンク集があり、その中に「西島三重子公式ウエブサイト」へのリンクがある。

「西島三重子」は、私が大学生の頃、夢中になって聴いた歌手である。世間で一番知られているヒット曲は『池上線』だろう。

フォークソングからニューミュージックへの変わり目の頃の女性シンガーソングライターである。まだ、大学生になってっまもない頃だったと思う。テレビの深夜の歌番組に出演した彼女の歌を初めて聴いた私は、すっかりファンになってしまった。
後から思えば、当時は、ワーナー・パイオニアからテイチクに移籍した直後で、20代後半になっていた彼女は、ワーナー時代の清楚な女子大生のイメージから、ちょっと色っぽい大人の女へのイメージチェンジを図っていた頃で、テレビ出演なども増やしていたようだ。(当時は、学生運動世代の象徴のようなフォークソングの歌手はテレビの歌番組などには出ないという風潮があった。)

しかし、私は、現在進行形の大人の「西島三重子」も聴いていたものの、ワーナー・パイオニア時代の過去形の「西島三重子」の曲の歌詞・メロディ・歌声のすべての虜になってしまい、ワーナー・パイオニア時代にリリースされたLP5枚を、アルバイト代をためて買い揃え、毎日のように聴いていた。そこに歌われる、清楚でどこか優雅な感じのする女子大生のイメージは、大学生活を始めた自分にとって理想像でもあった。
ワーナー・パイオニア時代の西島作品は『池上線』以外の曲も、若い女性の心を歌った曲として素晴らしいものが多く、今でも十分通用すると思う。(『池上線』は多くの歌手がカバーしているが、ほかにもある素晴らしい曲が、取り上げられないのちょっと残念だが)

ワーナー・パイオニア時代の曲を集めたベスト盤

全て所属レコード会社の曲を網羅したベスト盤

その後、歌謡界は、アイドル全盛の時代となり、「西島三重子」の名前を聞くこともなくなった。私自身も、大学を卒業し、就職したあとは、「あみん」からひとり立ちした「岡村孝子」のファンに移っていった。一度、ずいぶんあとになって、NHKのみんなの歌で作曲:西島三重子という曲が流れて懐かしく思ったが、それっきりだった。

このホームページを始めるとき、自分のプロフィールを考えながら、大学時代は「西島三重子」の歌をいつも聴いていたものだと思い、グーグルで検索してみたら、本人の公式サイトが見つかり、現役歌手としてレコードも出し、ライブなども行っていることを知った。以来、プロフィールページでリンクを張って、時々、ホームページを見ている。

今回、久々に公式サイトを見に行ったら、2006年9月に最新のアルバムと2007年9月にエッセイ集が出ており、それがどちらもアマゾンで買えると知り、つい懐かしくなって注文したのだ、今日もう配達されていた。

公式サイトを見ていたら、7月5日に西荻窪で2人の女性歌手とジョイントコンサートをやるというニュースも出ていた。入場料も1000円というお得な水準。大学時代LPを揃えたといっても、コンサートに行ったわけでもなし、本人の歌をライブで聴いたことはあい。これは行くしかないと考えている。
相手は、私の10歳年上で、もうすぐ還暦を迎える年頃のはずなのだが、それでも会ってみたいと思うのが、ファンというものであろう。

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2008年6月22日 (日)

衣替えと2008年の東京の梅雨

今日、ようやく、衣装ダンスの衣替えをした。6月に入ってから、何度かやらなくてはと思いながら、やりきれずにいたのだが、今日は雨ということもあり、思い立った。トレーナーやセーターや冬用の下着などを2階にあるクローゼットに奥にしまい、そこにしまってあった夏用のTシャツやポロシャツなどを取り出して、衣装ダンスに入れる。
たったそれだけのことだが、タンスの中身を全て入れ替える中で、見あたらなくなっていた服やズボンがタンスの奥から見つかったりするので、やはり定期的な棚卸という点からも衣替えは必要なのだろう。

今年(2008年)は、ずいぶん早くから梅雨空になっているような気がして、気象庁のホームページを見てみた。全国各地の「平成20年の梅雨入り」について、速報値として記載されているページを見ると関東甲信の梅雨入りは「6月2日ごろ」と 平年に「6月8日ごろ」と比較すると6日早い。昨年(2007年)は「6月22日ごろ」となており、去年の今日がちょうど梅雨入りだったことになる。去年に比べると20日も早いことになる。

梅雨に悩まされなかったのは、札幌に単身赴任をしていた1年間だけで、北海道は本当に梅雨がなく、雪の季節が終わり、夏が到来する前の、北海道のさわやかな6月は、一番いい季節だと思った。週末の都度、車を飛ばして東奔西走し、見聞を広めた。

気になる「梅雨明け」だが、昨年の関東甲信の梅雨明けは8月1日ごろ。梅雨入りが遅かった分、平年より10日ほど遅い梅雨明けだった。
さて、今年はどうなるか。個人的には梅雨は早くあけてほしいものだと思う。

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2008年6月21日 (土)

将棋第67期A級順位戦、郷田真隆九段は深浦康市王位を破り、今期も白星スタート

森内名人×羽生挑戦者の第66期名人戦の激闘がまだ続く6月11日から、次の名人挑戦者を決める第67期のA級順位戦がスタートした。

1回戦は
第1局(6月11日)谷川浩司九段×藤井猛九段戦(谷川九段勝ち)
第2局(6月17日)佐藤康光二冠(棋聖・棋王)×鈴木大介八段戦(佐藤二冠勝ち)
第3局(6月19日)丸山忠久九段×三浦弘行八段戦(丸山九段勝ち))
と行われ、
昨日(2008年6月20日)が
第4局となる郷田真隆九段×深浦康市王位戦だった。

郷田九段も深浦王位も、A級に昇級しながら1期で陥落するという辛酸をなめる思いを2回経験しながら、三度(みたび)、A級に返り咲いた苦労人であり不屈の棋士である。

郷田九段は3回目の復帰である20005年の第64期順位戦でA級10位の位置で5勝4敗と勝ち越し、ようやくA級残留を果たし、翌年の第65期ではA級4位の位置で7勝2敗でA級を制し名人挑戦者となった。第65期名人戦では3勝4敗で惜しくも敗れたが、A級1位の地位で迎えた前期(第66期)も、最後まで出だし4連勝で飛び出し、最後まで挑戦者争に絡み6勝3敗で終了、今期のA級3位の位置を確保した。前期、挑戦者となった羽生現名人は8勝1敗でA級を制したが、その1敗の相手が郷田九段である。

一方の深浦王位は、以前にもこのブログでも紹介したが、第63期(2004年)、第65期(2006年)と過去2回のA級昇級時はいずれも4勝5敗ながら、降級するという憂き目にあった。今回は、これまでの深浦八段としてではなく、王位のタイトルホルダーとしてA級定着に3度目の挑戦である。

過去の2人の対戦成績は深浦王位11勝、郷田九段7勝と郷田九段の負け越しであるが、これは、郷田九段が2001年から2003年にかけ4連敗したことが響いていて、2005年以降は逆に郷田九段の3勝1敗である。

昨日の将棋の内容は、先手が深浦王位。お互いに飛車先の歩を突きあう相掛かりの将棋。序盤の駒組の段階での深浦王位の一瞬に隙を郷田九段がとらえ、開戦。まず一歩駒得を確保した上で、深浦陣の端を攻め、深浦玉の守りが固まる前に深浦陣を攪乱、飛車や歩が次々と成り、一気の終盤戦に。
しかし、郷田九段も持ち駒は少なく、攻めが途切れると反転攻勢を受けるおそれがある。少ない攻め駒で、少しづつ包囲網を狭めるようにして攻めをつなげ、最後に形作りの深浦王位の攻めもあったものの、郷田玉を脅かすには至らず、郷田九段が着実の包囲網を狭め、最後は詰み筋が見えたところで、深浦王位の投了となった。すでに時計は午前0時を回り、21日の0時23分だった。

途中、深浦王位の受け方次第では、まだ難しかったという局面もあったようで、対局後の感想戦は午前3時半を過ぎても続いていたとのこと。
勝っても、負けても、どの手が正解・最善手なのか、極めようとするプロ棋士の世界は、凡人の想像を絶する世界である。

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2008年6月20日 (金)

本日25万アクセス突破と昨日からblogranKing.netの「日記(40代~)」で2位復帰

今日(2008年6月20日)、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」の総アクセス数が25万アクセスに到達した。15万アクセスが昨年の12月14日、20万アクセスが3月15日なので、この半年間は、3ヵ月で5万アクセスというペースである。
訪問していただいた方、ありがとうございます。

登録している「blogranKing.net」の日記カテゴリのサブカテゴリ「40代~」でしばらく4位に戻っていた順位が昨日から2位に復帰した。
将棋の羽生新名人誕生で過去の記事も含め、将棋関連の記事が読まれた。今日は、総合ランキングも687位まで上昇。今日現在の登録ブログ数が4万600件なので、目標としてはいつかは、上位1%の400位以内に入れればと思う。

総合 カテゴリ:日記 サブカテゴリ:40代~
6月19日 724位 29位 2位
6月20日 687位 27位 2位

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2008年6月19日 (木)

将棋の第49期王位戦での深浦康市王位への挑戦者も羽生善治新名人が名乗り

羽生善治新名人誕生の興奮さめやらぬ中、今日(2008年6月19日)の東京・千駄ヶ谷の将棋会館では、7月から始まる第49期王位戦七番勝負での深浦康市王位への挑戦者を決める決定戦が行われた。
それぞれ、6人総当たりの紅組・白組のリーグ戦を制した、羽生善治名人と注目の若手棋士の一人橋本崇載七段の対決である。

戦型は、先日の第66期名人戦でもたびたびたび登場した互いに飛車先の歩を突きあう相掛かりの将棋。途中、羽生名人が橋本陣に角を打ち込み、自陣に引き戻し「馬」を作る事に成功。馬が玉をがっちりと守る形となった。さらに羽生名人は2枚の「と金」作りに成功、と金2枚で橋本陣の金を剥がし、「金」得に。本格的な戦いが始まる前に、戦局はは羽生名人勝勢となり、橋本七段が投了。羽生名人が王位戦挑戦者にも名乗りを上げた。

これで、羽生名人は、昨年暮れから棋王戦、名人戦、棋聖戦、王位戦と4 タイトル戦に連続して挑戦者として登場することになった。かつて7つのタイトル全てを制し7冠となった頃の勢いを思わせる快進撃である。
王位戦では、前期自らがタイトルホルダーとして、深浦八段の挑戦を受け、3勝4敗で敗れた。深浦八段は、初めてのタイトル獲得となった。
しかし、その王位失冠が羽生二冠の闘争心に火をつけたのか、その後の挑戦者としての連続登場は、前々期の佐藤康光棋聖の5連続タイトル挑戦に迫る勢いだ。

7月から始まる第49期王位戦七番勝負では、深浦王位が虎の子のタイトルを守れるかどうか。上位棋士の中では、対羽生戦の成績が18勝20敗とほぼ互角の成績を維持している深浦王位。今回、防衛に成功すれば、準タイトル扱いだった朝日オープン選手権1期、王位2期で、タイトル3期獲得の扱いとなり「九段」に昇段するはずである。タイトルは獲るのも難しいが、それを守るのも難しい。タイトルを獲った棋士だけでも、将棋界の歴史の中で数えるほどだが、それを防衛した棋士となるとさらに限られてくる。
今の羽生名人の勢いを止め、タイトル防衛を果たせるか、深浦王位の真価が問われる七番勝負になるだろう。

明日は、その深浦王位と私が応援する郷田真隆九段のA級順位戦もある。しばらく、将棋の記事が続きそうだ。

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2008年6月18日 (水)

2年連続で永世名人誕生という快挙と森内俊之前名人の今後

将棋界の話題は、羽生新名人&永世(19世)名人の話題で持ちきりである。毎日新聞社と共催ではあるものの、今期から名人戦の主催社に復帰した朝日新聞社にとっても、格好の話題で、今日の朝日新聞では、1面に「羽生、永世名人に」という記事を大きく載せ、2面の「ひと」のコーナーでも羽生新名人をとりあげ、夕刊でも一夜あけた羽生名人の声が伝えられていた。(しかし、もう一方の主催社である毎日新聞でどのような報道がされているのかを確認するのに、駅の売店で毎日新聞を買うのをすっかり忘れてしまったのは、自分としては大失敗である。比較がブログのネタになったに違いないのに)

思い起こせば、1年前、同じように、名人位在位通算5期とし、永世名人(18世)資格を獲得した森内前名人の一夜あけた翌朝の声が伝えられていた。
片上大輔五段は自身のブログの中で「二年連続で永世名人の資格者が誕生するというのは、将棋界400年の歴史の中では初めてのことと思います。おそらく、空前絶後となるのではないでしょうか。」と書いていたが、おそらくその通りであろう。

昨年の名人戦では、森内名人の対戦相手で、惜しくも敗れた郷田真隆九段をずっと応援していた私は、森内名人の翌朝のインタビュー記事を複雑な思いで読んだが、当然ながら、そのような際に敗者については、一切伝えられることはない。
森内名人は、昨年は自らが永世名人となるという主役の座にあり、今年は、一転、「敗軍の将兵を語らず」で、羽生新名人の引き立て役に回ることになった。勝ち負けは、勝負の世界の常とはいえ、その心中を察すると、余りあるものがある。

前回、丸山忠久名人を4連勝で破り、初タイトルとして名人位を獲得(2002年、第60期)した翌年の第61期(2003年)名人戦は、2度目の森内×羽生戦となり、4連敗で名人位を奪われる。しかし、その時は、昨日も書いた通り、戻ったA級順位戦を9戦全勝で制して、第62期(2004年)名人戦では、羽生名人にリターンマッチを挑み、4勝2敗で名人位を取り返している。
今回は、どうであろうか。

森内前名人の2000年度以降の成績を見ると次のようになっている。

年度 対局 勝率 トピック
2000 56 41 15 0.7321
2001 58 38 20 0.6551
2002 44 26 18 0.5909 名人獲得
2003 64 46 18 0.7187 名人失冠、竜王・王将獲得
2004 55 29 26 0.5272 名人獲得、竜王・王将失冠
2005 49 32 17 0.6530 棋王獲得
2006 47 28 19 0.5957 棋王失冠
2007 45 24 21 0.5333
2008 9 3 6 0.3333 名人失冠

(出所:将棋連盟ホームページ等)

最初の名人位失冠後は、その後奮起し、同じ2003年度中に竜王、王将を羽生名人から奪い、翌年の名人位奪回とあわせ、一時名人・竜王・王将の三冠を保有した時期もある。
少々気になるのは、2005年度以降、年々勝率が下降していることである。タイトル戦でも、今年これから始まる王位戦、王座戦、竜王戦ではすでに挑戦者争いから名前が消えており、半年間は前名人・九段の状態続くことになりそうである。
敗軍の将、森内前名人がどのような形で復活を遂げるかも、しばらく注目していきたい。

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2008年6月17日 (火)

第66期名人戦第6局、挑戦者の羽生善治二冠が森内俊之名人を破り、4勝2敗で名人位奪回、羽生19世名人誕生

昨日(2008年6月16日)から行われていた将棋の第66期名人戦七番勝負第6局は、3勝2敗で名人位奪回まであと1勝と迫っていた挑戦者の羽生善治二冠(王座・王将)が、森内俊之名人を破り、この七番勝負で4勝目をあげ、名人位復帰を果たした。
名人位在位が通算5期となったことで、永世名人資格もあわせて獲得。昨年の森内18世名人に続く、羽生19世名人の誕生である。

将棋の内容は、このシリーズ第3局、第5局と森内名人が先手番だった時に採用したお互いに飛車先の歩を伸ばしあう相掛かり戦法を、羽生二冠が採用。森内名人が優位を築いた戦法を採用し、自らの先手番が確定している第6局で決めてしまいたいという意思表示でもあったのだろう。

羽生陣営が飛車、角、銀、桂を森内玉の向け攻撃の焦点を絞り込む。途中、森内名人も羽生陣に歩を打ち込み、「と金」作りに成功したが、十分活用しきれないまま終わり、羽生二冠は飛車捨てて、森内玉の逃げ道にふたをした上で、寄せにかかる。森内名人も角を捨てて最後の反撃を試みるが、形作りの感も否めず、再び羽生二冠が攻めに転じると、ほどなく森内名人の投了となった。
その時点で、森内名人は、無冠の前名人・九段となり、羽生二冠は羽生名人(・王座・王将)となった。

羽生新名人にとって、名人位奪回は永年の悲願だったに違いない。以前もこのブログで書いたことがあるが、トーナメントが中心の他のタイトル戦と違い、名人への挑戦権は、プロ棋士の頂点とも言える順位戦のA級に在籍する10人の総当たりリーグ戦を制したものに与えられる。毎年下位2名は、一つ下のB級1組に降級し、B級1組の上位2名が昇級してくる。6月から3月までの10ヵ月間、毎月1局ずつ。おそらく、気を抜ける戦いなど1局もない。このトップ10によるリーグ戦で最も多くの勝ち星をあげなくてはならない。
誰が見ても、現在の将棋界の第一人者の羽生新名人であっても、毎年、A級を制することは容易なことではなかった。

羽生新名人は、初めてA級に昇級した第52期順位戦(1993年度)でA級を7勝2敗で制し、第52期名人戦(1994年)に、前年史上最年長の49歳で新名人となった米長邦雄名人の挑戦者として登場し、米長名人を4勝2敗で降して、初の名人位に着く。その後、それぞれ自分と同じようにA級昇級初年度でA級を制した森下卓八段(第53期)、森内俊之八段(第54期)をそれぞれ4勝1敗で降し、3連覇を達成した。この時点は、通算5期の永世名人位獲得も時間の問題と誰もが考えていたに違いない。

しかし、ここで谷川浩司竜王が待ったをかけた。前年(1996年)秋に将棋界のもう一つのビッグタイトル竜王位を羽生から奪還した谷川は、第55期(1996年度)の A級順位戦も8勝1敗で制し、名人挑戦者として登場し、七番勝負では4勝2敗で羽生名人を破り、3度め、通算5期目の名人位獲得を果たし、永世名人(17世名人)資格を獲得した。
その後、同世代の強者が続々とA級に昇級してくる中、A級を制することさえ難しくなった。その間、名人位は谷川(第55期)から佐藤康光(第56期・第57期)、丸山忠久(第58期・第59期)と森内俊之(第60期)と羽生世代の棋士達の間を転々とする。

久々のチャンスが巡って来たのは、第61期(2002年度)のA級順位戦。この時は、佐藤康光王将、羽生竜王、藤井猛九段との3人が6勝3敗で並んだ。下位から順に組まれるトーナメントのプレーオフで初戦藤井九段、そして佐藤王将を破って森内名人への挑戦者となり、第61期名人戦では4連勝で森内名人から名人位を奪回し、7期ぶり通算4期目の名人位獲得を果たした。永世名人まであと1期となった。

しかし、ここから、ライバル森内俊之が立ちはだかる。名人失冠後の2003年度の第62期順位戦を9戦全勝という圧倒的強さで勝ち抜いた森内は、第62期名人戦(2004年)で4勝2敗で羽生名人を降し、1年のブランクで再び名人に復位。翌年の第63期(2005年)でも、リターンマッチに登場した羽生を4勝3敗の激戦の末降し、名人戦2連覇。通算3期とし、さらに第64期谷川浩司九段を4勝2敗、第65期郷田真隆九段を4勝3敗と毎期挑戦者を退け、名人戦4連覇、通算5期となり、すでに永世名人にリーチをかけていた羽生の永世名人獲得を2度阻んだ後、羽生より先に永世名人位(18世名人)資格を得た。

今期は、すでに永世名人を獲得した森内名人とあと1期の羽生挑戦者の戦い。将棋ファンの気分は「羽生二冠が永世名人になるのは当然」ということだったと思う。守る側の森内名人も相当意識していただろう。実力が拮抗する両者の戦いでは、やはり先に指す先手が有利という近年の実績である。シリーズを振り返って見れば、第3局を除き先手が勝っている。森内名人先手で途中勝勢とまで言われた第3局を、執念で後手番の羽生二冠が逆転勝利したことが、今期の名人戦のキー・ポイントだった。

永世名人位を獲得したことで、現在ある7つのタイトル戦のうち、永世称号を獲得していないのは、竜王位だけとなった。こちらは、連続5期か通算7期という条件で、現在竜王位にある渡辺明竜王が4連覇しており、今期連続5期目の永世竜王位獲得に挑む。
ランキング戦1組の1回戦で深浦王位に敗れた羽生新名人は挑戦者決定の決勝トーナメント進出に黄色信号がともったが、そこから1回戦の敗者8人で行う5位決定トーナメントを制し、1組5位となり、挑戦者への可能性を残した。

郷田真隆九段のファンである私としては、1組3位で竜王戦決勝トーナメント進出を決めた郷田九段に渡辺竜王の永世竜王位獲得を阻む挑戦者となってほしいが、世間は羽生「永世7冠」を期待することだろう。これから始まる竜王戦の決勝トーナメントもおもしろくなってきた。

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2008年6月16日 (月)

越智啓太著『犯罪捜査の心理学』を読んでみる

日曜日、家の近くの書店に行き、店内をぶらぶらしていると『犯罪捜査の心理学』という本が目についた。最近、仕事で社内の不正について調べたことがあって、犯罪とか不正というものにも、興味を持っていたところなので、とりあえず、買って読んでみることにした。

著者は警視庁科学捜査研究所を経て、現在は法政大学の心理学科で教鞭をとっている。サブタイトルに「プロファイリングで犯人に迫る」とある。『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、「プロファイリング(Offender profiling or criminal profiling)とは、犯罪捜査において、犯罪の性質や特徴から、行動科学的に分析し、犯人の特徴を推定すること」とある。
連続して事件を起こしている犯人について、犯行方法や現場の特徴などから、共通する事項を見つけ出し、犯人の特徴を推定し、絞り込んでいくという捜査手法のようだ。また、犯罪が起きた場所の分布から、犯人の居住地を推定したり、次に犯罪を起こしそうな場所を推定して予防に役立てる地理的プロファイリングという手法もあるようである。

殺人事件の多くは、今でも「金か愛」のトラブルということがほとんどで、多くの事件は被害者の交友関係で、金銭や愛憎のトラブルを抱えた人物を捜していけば、有力な容疑者が浮かび、その中の犯人がいることも多いらしいのだが、時に被害者と加害者の間に、特別の関係のないケースもあり、そのような事件を解決すべく1960年代後半に米国のFBIで、プロファイリングという手法が始まったらしい。その後、日本も含め、世界各国で、各国の犯罪事例を本に、研究が進められているとのことである。

詳しくは、本を読んでいただければと思うが、これを読むと、事件の報道の見方、読み方やが変わる思うし、刑事ドラマやサスペンス映画のの見方も少し変わると思う。

また、犯罪捜査に関わる本として、『FBIアカデミーで教える心理交渉術』という本も買ったが、こちらはまだ積ん読のままである。はやく、読まなくては…。

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2008年6月15日 (日)

大澤真幸著『不可能性の時代』をヒントに戦後の時代区分を考える・その2

不可能性の時代 (岩波新書)

前回分(その1)は→こちら

「虚構の時代」の後に到来した時代の特徴を、著者は二つあげる。
従来の理想・夢・虚構というキーワードが語るものは、常に「現実」とは別のところにあるものであった。

しかし、「虚構の時代」の後に見られる特徴の一つは、ニューヨークへの世界貿易センタービルへ旅客機で体当たりし、破壊してみせるというテロ行為に象徴される「現実」への回帰、それも暴力的な形での現実への回帰である。
一方、従来の「虚構の時代」をさらに進めたような形で、「現実に現実らしさを与える暴力性・危険性を徹底的に抜き取り、現実の総体的な虚構化を推し進めるような力学が強烈に作用している」(『不可能性の時代』157ページ)と著者は指摘する。湾岸戦争などで見られたように、戦争もまるでTVゲームのような形で、画面の中だけ進行しているように見える。

「虚構の時代」は、そのような二つの要素に分化したことによって終わりを告げたが、残ったものは、互いに相容れない二つの動きである。著者は「虚構の時代」の後に到来した時代を「不可能性の時代」と名付けた。
昨日の私の議論をこれにつなげるとすると、「現実」の綻びや矛盾から目をそらし、バブルという「虚構」の現実を信じようとした我々は、「失われた10年(15年)」に直面した。バブルの後遺症として残った山のような不良債権は現実であった。その処理には、莫大な費用がかかり、社会全体が沈滞を余儀なくされた。しかし、それでも「虚構」の現実を信じたい我々は、先送りという弥縫策をとることで、「いつかはよくなるのではないか、回復するのではないか」という形で「現実の総体的な虚構化」を進めたのだろう。
しかし、結果的に待っていたのもは、綻びや矛盾が行き着くところまで行きとうとう「破綻」したのであり、その解決のために、我々は「自民党をぶっ壊す」と宣言した、小泉政権の暴力的とも言える改革を、なぜか熱狂的に指示したのだ。
私は「不可能性の時代」=「破綻の時代」と考えるとわかりやすいのではないかと思う。そして「虚構の時代」を1975年~1990年と考えれば、「不可能性の時代」=「破綻の時代」は1991年~2005年と考えるべきではないか。それは、まさに「失われた10年(15年)」とぴったりと重なるように思われる。

15年サイクルでの時代の変化という仮説が正しいとするのなら、時代はすでに「不可能性の時代」(=「破綻の時代」)を終え、次の時代の入り口にくぐったあたりに来ているではないのか。「不可能性の時代」の次の時代は、どういう時代か。ここからは、『不可能性の時代』から離れて、私なりに考えたことをまとめておきたい。
おそらく、これまで目をそむけてきた現実の綻びや矛盾が明らかになり、破綻を来してしまった以上、現実を直視せざるを得なくなるのではないか。そして、その現実の最たるものは「自分自身」なのではないか。社会が、人間の集団、組織として成り立っている以上、一人一人が、まず、自分自身をキチンと見つめ直し、自分自身を知り、個人個人がよりよく強くなることからしか、社会の変化、再建はないのではないかと思う。

そして、そのことを、これから社会を背負わなくてはならない若者の一部は敏感に感じ、変わり始めているような気がする。
例えば、このブログでも紹介した16年ぶりのオリンピック出場を決めた男子のバレーボール全日本チーム。この躍進を支えたのは、越川優、石島雄介という1984年生まれでまだ20代前半の2人のアタッカーである。2人の共通点はバレーが好きで、自分でとことん考え、監督やコーチが相手であっても、言うべきは言い、納得すれば従うという姿勢である。
そこで、見られるのは「一芸に秀でる」プロフェッショナルであるということではないだろうか。自分の好きなことについて、とことん極め、努力もして専門性を身につけたプロになる。一人一人がそれぞれ、個性を持った一芸に秀でた専門家・プロとして自立し、その専門家たちが、お互いを信頼してチームを作って、問題解決に当たる。そうでなければ、解決できないほど、現実の綻びや矛盾は深刻なのではないだろうか。男子バレーボールチームがオリンピックを逃がし続けた16年というのも「不可能性の時代」と奇妙に符合している気がする。

NHKの人気番組だった「プロジェクトX〜挑戦者たち〜」。主に、高度成長時代に、各企業や組織で、危急存亡の危機や、緊急事態をどうやって個人やチームが乗り切ったかとうことを取材したドキュメンタリーだった。しかし、あくまでそこで見ていたものは「過去の栄光」だったように思う。2000年3月から始まったこの番組は、奇しくも2005年12月に放送を終了している。
そして、そのあとを引き継ぐ形で2006年1月から新たに始まった番組が「プロフェッショナル 仕事の流儀」。「プロジェクトX」と違い、現在、各分野で活躍しているプロフェッショナルな人々を取材している。

「不可能性の時代」の後に来る時代は、「プロフェッショナルの時代」なのではないかと考えている。

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2008年6月14日 (土)

大澤真幸著『不可能性の時代』をヒントに戦後の時代区分を考える・その1

大澤真幸著『不可能性の時代』(岩波新書、2008年4月刊)については、5月26日のこのブログの「最近の積ん読(つんどく)本-新書編(2008年5月)」の中でも少し紹介したが、著者は1958年生まれで、京都大学大学院教授で比較社会学・社会システム論を専攻する社会学者だ。

この本に影響を与えた著作として、見田宗介著『社会学入門-人間と社会の未来』(岩波新書、2006年4月刊)があり、前のブログで紹介した時代区分
「理想の時代 1945年-60年」
「夢の時代 1960年-75年」
「虚構の時代 1975年-1990年」

は、『社会学入門』の中で提起されたものである。

見田・大澤両氏の説明を、ものすごく大雑把に要約すると、「理想の時代」は敗戦後の日本が、民主主義・自由主義のチャンピオンであるアメリカ(あるいは人によっては資本主義社会の次の社会としてのソ連)を理想として生きていた時代。しかし、それは、60年安保で終焉を迎える。

「夢の時代」は、アメリカ社会を理想として描けなくなった中、人びとは、自由な恋愛で結ばれた男女が「マイホーム」を作り、そこで日々進歩する家電製品、自家用車を買い揃えるという身近な「夢」に生きた。昨日より今日、今日より明日が豊かになるという高度経済成長が夢を叶えた。しかし、それも1973年のオイル・ショックとその後の総需要抑制政策がもたらした不況で終わりを告げる。

「虚構の時代」については、「現実すらも、言語や記号によって枠づけられ、構造化されている一種の虚構とみなし、数ある虚構の中で相対化してしまう態度」(『不可能性の時代』68ページ)が時代を代表する精神とされている。
虚構の時代を一言で言い表すことは難しいが、「理想」も「夢」も実現できない現実、様々な綻び(ほころび)や矛盾を抱える社会の現実を直視せず、それも一つの虚構としてごまかし、見ないことにしたいという時代だったのかもしれない。
虚構の時代の後半は、バブル経済の時代である。人びとは、綻びや矛盾を抱える現実ではなく、その上のあだ花のように咲いた「バブル」という「虚構」を、現実として信じたかったのだろう。
しかし、そのバブルという「虚構」の現実が、やはり「虚構」に過ぎずそのベースにある綻びや矛盾を抱える現実はなんら変わっていない。その綻びや矛盾を抱える現実の方を変えないことには、社会は変わらない。
「虚構」の現実に気づき、そこから逃避しようとした人びとを吸収した集団のひとつがオウム真理教なのかも知れない。1995年のオウムが起こした地下鉄サリン事件は、いわば、バブル後に残された変わらぬ現実を、暴力的に変えようとするものであったのかの知れない。『不可能性の時代』では「地下鉄サリン事件は、虚構の時代が終わったこと-あるいはすでに終わっていたこと-を知らせる事件だったのだ」(『不可能性の時代』156ページ)と語る。
その後、登場した小泉政権が一時熱狂的に支持された背景には、綻びや矛盾を抱える現実を、強引にでも変えようとする姿勢を選挙民に対し常に見せ続けたからであろう。

では「虚構の時代」の後を受けた、現在の社会はどのような時代なのか、その中で個人はどう行動し、生きていくべきなのか、それについては、次回あらためて考えたい。

その2は→こちら

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2008年6月13日 (金)

『復活 all for victory 全日本男子バレーボールチームの挑戦』を読み終わる

先週、『復活 all for victory 全日本男子バレーボールチームの挑戦』(市川忍著、角川書店)を読み終わった。

先日の北京オリンピック男子バレーボール世界最終予選で1992年のバルセロナオリンピック以来4大会ぶりのオリンピック出場を決めた、バレーボールの全日本男子チーム。しかし、アルゼンチン戦に勝って、最終日を待たずにオリンピック出場を決めた翌日のスポーツ紙の一面は、どれも同じ日に行われたサッカーのワールドカップ3次予選のオマーン戦の記事ばかりで、男子バレーを1面にとりあげているところはなく、なんともがっかりしたというか、拍子抜けというか、現在のサッカーとバレーボールの影響力の大きさの違いを感じずにはいられなかった。

それは、まさに、男子バレーがオリンピック出場を逃し続けた結果であるのだが、1972年のミュンヘンオリンピックでの男子バレーボールチームの金メダルに歓喜した世代としては、なんとも寂しく、情けないものであった。

この『復活』というノンフィクションは、今回オリンピック出場を決めた全日本男子バレーボールチームのメンバー一人一人に焦点をあて、オリンピック出場権獲得に賭ける思いを綴ったものである。かつて、ミュンヘンオリンピック前には、「ミュンヘンへの道」というタイトルで、松平康隆監督率いる当時の全日本チームのメンバー一人一人を主人公にした連続ものアニメが放映されたが、それと同じ切り口でノンフィクションを書いたものだ。

ちょうど4年前の同じ頃、アテネオリンピック出場を賭けた2004年の世界最終予選を前に、『甦る全日本女子バレー―新たな闘い』(吉井妙子著、日本経済新聞社)が書かれたのと同じような状況である。女子バレーは、この本のタイトル通り甦り、オリンピック出場を決めた。しかし、当時、男子バレーで同じような本はなかったように思う。

今回は男子チームを題材に『復活』が書かれ、その予言通り、オリンピック出場を果たした。出場を決める前に、それを見越してこのような本を書くことは、ライターにとっては、出場できなかった場合、せっかく書いた本がほとんど顧みられずに終わってしまうというリスクを抱えるので、見極めが難しいところだろう。
それでも出版されたということは、ライター自身が取材を続けるうちに、この監督、このメンバーによるチームなら行けるかもしれないという確信を持ったからかもしれない。
この『復活』を読むと、やはり今回の植田ジャパンは、監督、各選手ともオリンピックに賭ける思いが半端なものではなく、オリンピック出場を勝ち取って然るべきチームだったという気がする。

4年前のアテネに出場した女子チームは、オリンピック本番では不完全燃焼に終わり、その原因を解き明かすべく、同じ著者により『100パーセントの闘争心 全日本女子バレーの栄光、挫折、そして再生』という本まで書かれたが、今回の男子はどうであろうか。
北京でのさらなる活躍を綴っノンフィクションが書かれることを願う。

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2008年6月12日 (木)

将棋第21期竜王戦1組3位決定戦で、郷田真隆九段が鈴木大介八段を破り、第14期以来7年ぶりの決勝トーナメント進出を決める

昨日(2008年6月11日)は、新潟で第79期棋聖戦5番勝負の開幕、大阪でA級順位戦の開幕戦である1回戦第1局の谷川九段×藤井九段戦があり、東京では竜王戦の1組3位決定戦郷田真隆九段×鈴木大介八段戦が行われた。
将棋連盟のホームページに掲載された昨日の対局の結果を見ると、3位決定戦は後手の郷田九段の勝ち。7年前の2001年、第14期竜王戦で1組3位となって以来、久しぶりの決勝トーナメント入りである。

竜王戦の予選の最上位クラスである1組は定員16名のトーナメント。1組決勝の勝者が1位、敗者が2位、準決勝の敗者2名で3位決定戦、2回戦の敗者4名で4位決定トーナメント、1回戦の敗者8名が5位決定トーナメントを戦う。要するに、全勝(1位)と3勝1敗の4名が挑戦者を決める決勝トーナメントに進出する。
今期の1組は優勝(1位)丸山忠久九段、2位木村一基八段、3位郷田九段、4位深浦康市王位(松尾歩七段を破る)、5位羽生善治二冠(中原誠16世名人を破る)となり全員A級棋士が顔を揃えた。
今回、1回戦で郷田九段に敗れた中原16世名人は5位決定トーナメント1回戦で森内名人、2回戦で2年連続竜王戦挑戦者でもある佐藤康光二冠と2人の最強世代の現役タイトルホルダーを破って5位決定決勝戦まで駒を進めたが、決勝では最強世代第一人者羽生二冠に敗れた。
また、羽生二冠は1組1回戦で深浦王位に敗れたものの、5位。その深浦王位も2回戦で鈴木八段に敗れたが4位、一方の鈴木八段は準決勝で木村八段に敗れ、3位決定戦に回り、そこでも郷田九段に敗れ、決勝トーナメント進出を逃すという結果になった。

竜王戦の決勝トーナメントは、2組以下は2組優勝(山崎隆之七段)、2組2位(久保利明八段)、3組優勝阿久津主税六段、5組優勝糸谷哲郎五段、6組優勝豊島将之四段と各年代の実力者が揃った。残る4組決勝増田裕司五段×伊奈祐介六段戦が、今日(6月12日)、大阪で行われている。4組優勝者が決まれば、いよいよ秋の竜王戦七番勝負にむけ、挑戦者を選ぶトーナメントが始まる。決勝トーナメントは、棋譜のネット中継が行われるので、郷田ファンとしては、これから夏場にかけての楽しみが一つ増えた。

郷田九段の初戦の相手は2組優勝の山崎隆之七段。今期からB級1組の昇級した若手のホープではあるが、郷田九段は今年度に入って、7戦して負けた相手は棋聖戦予選準決勝の羽生二冠と竜王戦1組準決勝の丸山九段戦だけ。従来、時折みせた順位が下位のクラスの棋士との対戦での敗戦がなくなった。格下に確実に勝ち、同世代のタイトルホルダー羽生・佐藤・森内の3強、これまで相性の悪かった丸山九段らと互角の星を残していけば、再びタイトルを手にする日も遠くないと思う。まずは、この竜王戦、さらにベスト8まで駒を進めた王座戦で挑戦者となって、タイトル獲得を実現させてほしいものだ。

なお、昨日、大阪で行われたA級順位戦の開幕戦、谷川九段×藤井九段戦は、78手で谷川九段の勝ち。やや精彩を欠いた感のある藤井九段の指し回しが気になるところである。

<追記:2008年6月15日>従来「挑戦者決定トーナメント」と表記していたものを、竜王戦での呼び方である「決勝トーナメント」に訂正しました。

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2008年6月11日 (水)

将棋の第79期棋聖戦5番勝負第1局は、佐藤康光棋聖が挑戦者の羽生善治二冠に勝利

第66期名人戦が森内名人2勝、挑戦者の羽生善治二冠(王座・王将)3勝と名人位の行方を第6局以降に持ち越している中、次のタイトル戦である第79期棋聖戦5番勝負の第1局が新潟市で始まった。
こちらは、7連覇を目指す佐藤康光棋聖(・棋王)に、羽生善治二冠が挑戦する。佐藤棋聖が7連覇を達成すれば、棋聖戦の歴史の記録である大山康晴15名人の7連覇に並ぶことになる。今回は、年初に佐藤棋聖と対談した、『ウェブ進化論』の著者梅田望夫さんが、アメリカシリコンバレーから来日し、ウェブ観戦記を書くというイベントも企画されている。(梅田氏の観戦記はこちら
梅田氏が観戦記執筆のために来日するということで、解説の仕事のために現地入りした渡辺明竜王に加え、深浦康市王位と遠山雄亮四段(梅田氏の『ウェブ時代をゆく』で紹介された棋士)の2人も解説のため新潟入りしている。将棋のタイトルは7つあるが、対局者の2人と解説の2人で併せて6冠が新潟に揃うことになった。

梅田さんは5回に分けてウェブ観戦記を書いているが、その初回で羽生二冠が駒の中で「銀」をもっともよく使うという話を紹介し、一方、佐藤棋聖には、自らメールで質問し、
佐藤棋聖が一番使い方に気を遣っている「桂馬」という答えを得ている。

将棋の内容の方は、後手となった佐藤棋聖が角交換に出て、双方「角」を持ち駒として持つ一方、先手となった挑戦者羽生二冠が居飛車に構え右の銀を前線に繰り出し、羽生の「銀」が焦点となった。佐藤棋聖は、銀とともに前線に飛びだいして来た飛車の動きを咎めるように飛車取りの角打ちをみせ、飛車が逃げたところで羽生陣に角が成り込み、「馬」を作ることに成功。羽生二冠はその「馬」を消すべく自陣で角をあわせるが、佐藤棋聖がせっかく作った「馬」と角の交換に応じるはずもなく、「馬」は佐藤陣に引き戻され、のちのち手薄になった佐藤玉のを守りの駒として、重要な役目を担うことになった。
一方、攻めかけていた羽生二冠側は、「馬」が佐藤陣に引かれたことで、攻め駒の飛車が佐藤陣を攻め崩すには至らず、むしろ、どこに飛車を動かしても、佐藤棋聖から狙われて、右往左往させられているようにも見えた。
羽生二冠の飛車が追われ、定位置が定まらない中、序盤で佐藤棋聖の「馬」を追うため、羽生二冠が自陣に打ち、遠く佐藤陣をにらんだまま、働いていなかった角が狙われる。佐藤棋聖の「桂」打ちとその後の桂成りで、羽生二冠の角は逃げ場を失う。
最終的に、馬でがっちりと守られる佐藤玉を攻める有効な手だてがなく、自玉はいくらでも攻められる筋があるというワンサイドの状態になったところで、羽生二冠が投了した。全体を通してみれば、序盤に交換し、お互いに打ち合った角の働きの差、一方は「馬」として守りで大きな威力を発揮し、一方はほとんど働かないまま逃げ場を失なったことの差が、第1局の勝敗の差になのではないだろうか。(棋譜はこちら

今日は、さらに第67期A級順位戦の開幕戦谷川浩司九段×藤井猛九段戦が大阪の将棋会館で行われている。また、棋譜は公開されないが、竜王戦の挑戦者決定トーナメント進出をかけた竜王戦1組の3位決定戦で私が応援する郷田真隆九段と鈴木大介八段が東京の将棋会館で対戦している。
この2局については、明日、書くことにしたい。

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2008年6月10日 (火)

『将棋世界』「初段コース」2回めの結果は4問中1問正解の100点、初段まであと4問400点

先週末に、先月応募した『将棋世界』6月号の「初段・二段・三段コース」の採結果のハガキが返送されてきた。自分としては、4問中2~3問は正解できているのではないかと期待していたが、やはりそれほど甘くはなくて、かろうじて1問正解の100点という結果だった。

5月号の3問正解の時と比べると、各設問の盤面図の次の一手は、間違いなくこの手だと確信できていたものは少なく、なんとなく「この手ではないかな」程度のレベルで応募していたので、文字通り「詰め」が甘かったということだろう。

5月号、6月号の2回分の得点累計が400点で、初段の条件の800点のようやく半分、残りあと400点が必要だ。7月号で4問前回正解すれば、届くところまで来た。7月号の問題は、前回の反省もあり、自分でも将棋盤に駒を並べ、納得・確信が得られるまで、何度も考えて、4問中3問までは、それなりの次の一手を思いついたのだが、残る1問が、どうしても、確信が持てないでいる。どこかで、もう1回問題図を並べて、考えて見た上で、それでも答えが変わらなければ、それで応募しようと思う。

なんとかあと1ヵ月で、初段の資格を確保したいものである。

過去の関連記事
2008年4月6日:将棋のアマチュア初段のチャレンジ開始
2008年5月3日:『将棋世界』の「初段コース」の第1回応募の結果は4問中3問正解の300点

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2008年6月 9日 (月)

男子バレー全日本、世界最終予選は6勝1敗で全日程を終了し、アジア大陸代表として北京オリンピック出場へ

昨日(2008年6月8日)に最終戦を迎えた、男子バレーボールの北京オリンピック世界最終予選日本大会。日本大会はアジア大陸予選も兼ねているので、この予選の1位が最終予選勝者としてオリンピック出場、1位通過国を除いたアジア最上位国がアジア大陸代表としての出場権を獲得する。

前日、格上のアルゼンチンをフルセットの末、降した日本チームは、アジア最上位が確定、最終日を待たずにオリンピック出場権を確保した。
最終日を前にした順位は1位イタリア6勝0敗、2位日本5勝1敗、3位アルゼンチン4勝2敗、それに、韓国とオーストラリア(豪州)が3勝3敗で続く。日本が1敗を守ったことで、大会1位通過国が確定せず、最終日にイタリアが敗れ、日本が勝った場合は6勝1敗で並び、順位は得点率(総得点÷総失点)、セット率(得セット÷失セット)で決まることになる。日本が1位通過国になると、韓国と豪州にアジア1位による出場権が回ってくることになる。

最終日の組合せは第1試合韓国×タイ、第2試合豪州×イラン、第3試合イタリア×アルゼンチン、第4試合日本×アルジェリアとなっており、イタリア×アルゼンチン戦の結果が決まる前に試合を行う、韓国、豪州は一縷の望みをかけて必死にプレーせざるを得ない。
韓国はタイを3-0で圧倒。この時点でアジア2位に。次の試合の豪州×イラン戦では、なんと豪州が1-3で、ここまでタイに1勝しただけのイランにまさかの敗退。あるいは、韓国が3-0で勝ったことで、豪州がイラン戦に勝っても韓国と同じ4勝3敗としても得点率で及ばないことが確定していたのかもしれない。
第3試合は、勝てば大会1位が確定し、オリンピックが決まるイタリアと前日、日本に敗れたことで、1位の可能性が泣くなりオリンピック出場が消えたアルゼンチンの対戦。両国のモチベーションの違いを考えれば、イタリアの圧勝も予想された。しかし、結果は予想に反し、イタリアが25-19、25-19で2セット連取のあと、第3セット22-25、第4セット21-25とたて続けに失い、フルセットにもつれ込んだ。やはり、最後に、勝てばオリンピックということを意識したのであろうか。第5セットを15-5と最後はアルゼンチンを振り切ったが、監督にとってんは胃の痛くなる試合だったことだろう。これで、イタリアは7戦全勝として、最終予選日本大会の1位通過国として、オリンピック出場権を獲得した。

イタリアの勝利で、日本のアジア大陸代表としてオリンピックが確定。第4試合の日本×アルジェリア戦は、消化試合となってしまった。日本は第2セット途中から、ベンチで控えていた大学生の清水邦広(東海大学4年)、福沢達哉(中央大学4年)を出場させ、前日までピンチで登場して日本チームを何度となく救った38歳のキャプテン荻野は出場なし、スパーエース山本やスパイカーの越川も第3セットはベンチという若手に国際大会での経験を積ませる余裕をみせたが、それでも3-0で勝利した。

3大会連続でオリンピック出場を逃した後、全日本の采配を任された植田辰哉監督は、かつてバルセロナオリンピック出場時にチームメイトであったベテラン荻野をキャプテンに指名。最年長の荻野が厳しい練習に率先して取り組むことで、若手の意識改革をはかり、チームの精神的な支柱ともなるというのは、4年前のアテネオリンピック出場を目指して、全日本女子チームを任された柳本監督が、ベテランの吉原知子をキャプテンとし、厳しい練習と吉原のキャプテンシーで、オリンピック出場を勝ち取ったことを彷彿とさせる。
おそらくは、そこに数々のドラマがあったに違いない。

植田ジャパンのこれまでの足跡をまとめたノンフィクションがあると知り、さっそく、ネットで注文した。

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2008年6月 8日 (日)

言葉の力について、『語りだすオブジェ』(松村由利子著)から

松村由利子さんの2冊目のエッセイ『語りだすオブジェ』を昨日、ようやく読み終わった。最初、通勤電車の中で読んでいたが、やはり落ち着いたところで、じっくり読みたいと、残り半分ほどは、土曜の午後、時間を確保してまとめて読んだ。

今回のエッセイの中で、私が特に印象に残ったのが、「鍵」をテーマにした一節である。興味深い部分なので、少し長くなるが引用させていただく。

(以下引用)
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おねがいねって渡されているこの鍵をわたしは失くしてしまう気がする      東直子 

この歌は、「予感」というものの哀しさ、人生に対する自分の無力さが詠われているようで切なくなる。失くしてしまうであろう鍵を、「私」はそっと握りしめ、大事にしまっておくのだけれど、いつの日か確実にその鍵はどこかへ行ってしまうのだ。
詩人、北村太郎の激しくも悲しい恋を描いた『荒地の恋』(ねじめ正一著、文藝春秋)を読んでいたら、次のような文章に出合った。

自分の書いた詩が何年か後、予言のように実現してしまう経験は、今回が初めてではない。そんなことは何度もあった。詩が自分の未来を言い当てる。そのことに思い至って、詩を書くのが恐ろしくなった時期もあった。言葉が現実を呼び寄せるのか、現実の予感が言葉に結実するのか、だが今はそのどちらも是と考えられるようになっている。

私にも、自分のつくった歌が、後になって実現してしまった経験が何度かある。それは本当に空恐ろしいようなことだった。言葉の力は侮れない。言葉が何かを引き寄せてしまうのだ。だから、いろいろな空想をして歌を作っても、決して作らない内容の歌がある。
 北村太郎になり代わって、この評伝を書いたねじめ正一も、恐らく同じような経験をしたことがあるに違いない。そうでなければ、こんなことは書けない。「失くしてしまう気」がしてそれを言葉にした途端、その「鍵」は確実に失われる運命が定まる。だから、信じるということは案外、大切なのだと思う。
(『語りだすオブジェ』187~189ページ)
**************************
(引用終了)

評伝の中の「言葉が現実を呼び寄せるのか、現実の予感が言葉に結実するのか」という部分を引用し、「自分のつくった歌が、後になって実現してしまった経験が何度かある。」「言葉の力は侮れない。言葉が何かを引き寄せてしまうのだ。」という部分は、研ぎ澄まされた「言葉」の使い方をしている歌人の言うことだけに、説得力がある。日本に「言霊」という言葉があるのも故ないことではないのだろう。

こういう話を読むと、自分の未来のあるべき姿を思い描き「こうなりたい」と言葉にして、口に出してみるということも、意味のあることなのだと思う。「言葉の力」を侮ってはいけない。

語りだすオブジェ―いつも、そこに短歌

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2008年6月 7日 (土)

バレーボール男子全日本、北京オリンピック世界最終予選で、16年ぶりのオリンピック出場を決める

女子に引き続き、5月31日(土)から始まった、バレーボール男子に北京オリンピック世界最終予選。男子の場合は、女子と違い、日本・ドイツ・ポルトガルの世界3会場で行われ、それぞれの会場でのトップに出場権が与えられるとともに、日本会場では、アジア大陸予選を兼ね、世界予選参加チームとアジア予選参加チームで争われ、アジア1位にも出場権が与えられる。

初戦のイタリア戦で、セットカウント2-1の第4セット24-17の必勝の場面からこのセットを落とし、第5セットも失って、厳しいスタートとなった。
日本の狙いはアジア1位であり、ライバルはオーストラリア(豪州)と韓国。2007年のアジア選手権の1位豪州、2位日本、3位韓国。この序列通りの結果になれば、アジア1位は豪州である。

初戦のイタリア戦を2-3で落としたあと、6月1日(日)対イラン戦3-1、6月3日(火)韓国戦3-1、6月4日(水)タイ戦3-0と3連勝し、3勝1敗。
しかし、日本にとって幸いなことに、6月4日(水)の韓国×豪州戦で韓国が3-2で豪州を破ったのである。アジア1位が混沌とする中、昨日(6月6日)の日本×豪州戦を迎えた。

イタリアに対して勝てる試合を逆転負けしたと知り、男子の方は、テレビ中継など全く見ていなかったのだが、韓国が豪州に勝ち、日本にも出場の可能性がそれなりに出てきたこともあって、昨日の日本×豪州戦はは見てみようとテレビのスイッチを入れると、日本が2セットを連取して3セット目を戦っているところだった。一進一退の攻防が続く、しかし終盤日本が抜けだし、23-18と引き離す。勝利まではあと2点。この2点が遠く、あっという間に追いつかれ、デュースの繰り返しが続く。しかし、最後は、この試合途中から入ってチームに活を入れるようなスパイクを連発してきたキャプテンの荻野がサーブで豪州を崩し、戻って来たボールをエース山本が押し込んで、豪州に3-0で勝利した。豪州戦の勝利で、あと1勝でアジア1位が確定することになった。

そして今日(2008年6月7日)のアルゼンチン戦を迎えた。アルゼンチンは、ここまで4勝1敗。本予選の1位でオリンピック出場権を獲得するには、今日の日本戦に勝ち、明日のイタリア戦で勝つことが必須条件である。
今日勝ってオリンピックを決めたい日本と負けるとオリンピック出場権が消えるアルゼンチン。どちらも譲らぬ攻防で、第1セットはデュースの末、26-28でアルゼンチンに取られた。その後、第2セット、第3セットは25-13、25-19で日本が連取。しかし、第4セットはアルゼンチンが粘り、17-25でアルゼンチンが取った。
最後の第5セット、出だし日本がリードするが、結局、このセットもデュースに。何回か相手のマッチポイントをしのぎ、最後はこの大会で、若いメンバーを支えてきたキャプテン荻野がスパイクが決め、苦しかった戦いに終止符をうった。

試合の勝利が決まった瞬間、このチームを率いて北京オリンピックを目指してきた植田監督はコートに身を投げ出し、うつぶせで突っ伏して、自らに興奮を表現していた。そして、起き上がると、応援席に駆け上がり、ずっと試合の行方を見守っていたであろうミュンヘンオリンピックの金メダル戦士で元全日本チームの監督も務めた大古誠司と抱き合った。コートに戻ると、感極まったキャプテン荻野が植田監督に抱きつき、二人で男泣きであった。

1992年のバルセロナオリンピックの出場を最後に、1996年アトランタ、2000年シドニー、2004年アテネとオリンピックの舞台から遠ざかり、実に4大会、16年ぶりのオリンピック出場である。

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2008年6月 6日 (金)

第66期将棋名人戦第5局は、森内俊之名人が羽生善治二冠を破り、カド番をしのぐ

昨日(2008年6月5日)から、山梨県甲府市で行われていた第66期将棋名人戦七番勝負第5局は1勝3敗でカド番に追い詰められていた森内俊之名人が勝って、対戦成績を2勝3敗とし、シリーズの決着は第6局以降に持ち越されることとなった。

将棋の内容は、先手番の森内名人が飛車先の歩を互いに伸ばす相掛かりの戦法を採用。素人目に見ると、終始、森内名人のペースで、いつの間にか名人が優勢と築いていたという展開だ。最後は、自玉も決してえ余裕のある状態ではなかたものの、羽生玉を、守りの金銀から引き離し、持ち駒にしていた金3枚で追い詰め、羽生二冠の投了となった。

これで成績は2勝3敗。森内名人から見て○●●●○という展開である。第6局目までは、先手・後手が交互に入れ替わるので、第3局を除いて先手が勝っている。森内名人が先手で敗戦した福岡での第3局は、途中まで森内名人が圧倒的な優位を築いていながら、羽生二冠の粘りが大逆転を呼び込んだ。
そもそも、力が拮抗しているトッププロ同士の対戦なので、先手・後手のわずかな差も、勝敗に影響する。森内名人にとっては、今日の勝利はむしろ計算のうちで、問題は羽生二冠先手の第6局であろう。第3局の借りを返せるか。

羽生二冠としては、自分が先手の第6局で決めたいだろう。負けて、3勝3敗となれば、第7局の先手・後手は再度振り駒で決める。どちらが先手をなるかは神のみぞ知る世界。自分の先手で、主導権が握れる第6局で決めに来るだろう。

第6局は、6月16(月)・17日(火)の両日、将棋の駒の産地でもある山形県天童市で行われる。

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2008年6月 5日 (木)

BlogranKing.net(ブログランキング ドット ネット)のサブカテゴリ「日記:40代~」で再び2位に

先月(2008年5月)の17日に、登録しているBlogranKing.net(ブログランキング ドット ネット)の「日記:40代~」で久しぶり2位になったことを書いたが、やはり瞬間最大風速で、翌日には3位に戻り、その後、しばらくして定位置ともいえる4位に戻った。

最近、新年度入りで、将棋の話題を書くことが、多く、将棋の記事は比較的読んでもらえる1日1000アクセスを超える日はないものの、コンスタントの500~700台のアクセスが続き、昨日、数日前の3位に復帰、今朝の表示では、なんといきなり2位になっていた。

今回は、私のブログのアクセス数が伸びたというよりは、上位のブログのランキングが低下気味で、総合順位からすると、前回2位になった時よりは、かなり低いレベルだ。

「日記:40代~」で2位になったからといって、特典などがあるわけではなし、単なる自己満足でしかないのだが、こういうことがあると、無理しても毎日書き続けようという励みになる。
いつかは、1位を取ってみたいおのだと野望を胸に秘めているが、「日記:40代~」の1位のブログは、総合順位でも200位前後、「日記」カテゴリでも3位というレベルでまだまだ及びもつかない。

コンスタントに1日1000アクセスくらい記録されるようになれば、届くのだろうか。気長に、一歩ずつステップアップしていければと思っている。

前回と今回の記録は以下の通り。
○前回(2008年5月17日)

総合 カテゴリ別(日記) サブカテゴリ別(40代~)
本日 644位 25位 2位
前日 648位 26位 3位

○今回(2008年6月5日)

総合 カテゴリ別(日記) サブカテゴリ別(40代~)
本日 803位 33位 2位
前日 821位 34位 3位

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2008年6月 4日 (水)

将棋第67期順位戦開幕、屋敷伸之九段がB級1組初戦勝利

まだ、第66期将棋名人戦は続いているが、昨日(2008年6月3日)、第67期順位戦が開幕した。プロ棋士たちの序列を決める10ヵ月に及ぶ戦いの始まりである。

昨日はC級2組の21局とB級1組の高橋道雄九段×屋敷伸之九段戦が行われた。A級以外は毎回いっせい対局が原則の中、B級1組の他の対局に先駆けて高橋×屋敷戦が行われた理由のは、2人が本来のB級1組の対局が行われる6月6日(金)に、名人戦第5局(6月5日・6日)の立会人(高橋九段)、副立会人(屋敷九段)をつとめるからということらしい。ネット中継(「名人戦棋譜速報」)では、高橋×屋敷戦を見ていた。

屋敷九段の先手だが、陣形は高橋九段の得意の横歩取りという戦法に。高橋九段が攻め、屋敷九段が受けるという展開が続いたが、屋敷九段は、高橋九段が屋敷玉を守る銀を取りに歩をぶつけて来た一手を、手抜き(受けをせず)をして、高橋陣に銀を打ち込んだ。そこから、攻めの主導権を握り、20手足らずで、一気の寄せきってしまった。

2人の戦いは、順位戦では初対戦。他の棋戦も含めると、過去、屋敷10勝、高橋5勝という成績で、過去タイトル5回獲得の実績を持つベテラン高橋九段も屋敷九段にとっては相性の良い相手だったようだ。

前期B級2組で、最終戦勝てば自力昇級という位置につけながら、最終戦を落とし、競争相手の敗戦で、7勝3敗という成績で辛くも昇級した屋敷九段。これまで、3度棋聖のタイトルを取っていながら、順位戦では実績に見合わないC級1組に14年間低迷してきた。B級2組は4期で抜け、ようやく実績相応のB級1組に。タイトル戦での活躍を考えれば、A級に上がってもおかしくない。今期のB級1組では、屋敷九段に注目していきたい。

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2008年6月 3日 (火)

『短歌研究』2008年6月号、松村由利子さんの連載第2回「遠き鯨影」から

『短歌研究』2008年6月号に松村由利子さんの短歌30首が掲載された。3月号の「月と女」30首に次いで連載2回目である。今回のテーマは「遠き鯨影」。

主に「鯨」をモチーフにした短歌なのだが、中に「鯨」が直接登場しない歌もある。30首の締めくくりの3首は、むしろ「老い」や「死」をテーマにしている。

モーニングセット一人で食べている老後美し薄化粧して

身ほとりにとどまる淡き柑橘の香のあるかぎりわれは装う

人のかたち解かれるときにあおあおとわが魂は深呼吸せん

「モーニングセット~」「身ほとり~」の2首は、老いを感じる中、女としての美しさへの執着を感じさせる歌である。松村さんは、私と同じ1960年生まれ。50歳を目前にして、老いを感じざるを得ない中、しかしそれでも、化粧し、装う気持ちを失わない限り、決して老いることはないと言っているような気がする。
その2首を読んだあとの最後の「人のかたち~」の歌は、生きることへの執着を、「ふっと」かわし、いなすような歌である。「老い」の後に、必ずや訪れる「死」というものを「人のかたち解かれるときに」と表現し、「あおあおとわが魂は深呼吸せん」とすがすがしささえ、感じているようなしめくくりになっている。前の2首とのコントラストに、読者は翻弄され、でも、なぜか明るい気持ちになって、30首を読み終える。

以前、このブログで『課長の教科書』で書かれた「読書のユニークな本質」について取り上げたことがある。「読書とは、作者が本の中に圧縮した思いを想像力で解凍する作業」との趣旨の事が書かれていた。
短歌という表現形式は、究極まで言葉を圧縮し、解凍をして読むことが求められるものであろう。おそらくは、多くの書を読み、すぐれた想像力をも持つ人しか「歌人」になり得ないだろう。

なかでも、松村さんは、歌人として、言葉に多くの思いをこめる圧縮の達人であり、2冊の短歌エッセイ『物語のはじまり』、『語りだすオブジェ』でも披露されているように、短歌に圧縮して込められた詠み手の思いを解凍してみせる「読み」の達人でもあるように思う。
幼い頃、学生時代、新聞記者時代を通じ、相当な読書家であったに違いない。

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2008年6月 2日 (月)

第79期棋聖戦、挑戦者決定トーナメント準決勝郷田真隆九段×羽生善治二冠戦の棋譜が公開された

佐藤康光棋聖に羽生善治二冠が挑戦する将棋の第79期棋聖戦5番勝負は今月11日に開幕する。6連覇中の佐藤棋聖に同じく過去6期棋聖位を獲得している羽生二冠が挑む。羽生二冠は、現在挑戦中の名人戦とこの棋聖戦をあわせて制すれば、一気に二冠から四冠に復帰となる。絶好調ともいえる羽生二冠の勢いを佐藤二冠が止められるのか、興味深い。

その棋聖戦の挑戦者決定トーナメント準決勝の郷田九段×羽生二冠戦の棋譜が、主催社産経新聞社のウエブサイトで公開された。郷田ファンとしては、応援する郷田九段が負けた対局は見たくないという思いは強いが、この準決勝はかなりの146手とかなり長手数を要しており、どんな展開だったのかが、気になっていた。

棋聖戦の棋譜は解説が入らないので、素人目には細かい綾はわからないが、この対局は後手の羽生二冠が序盤の駒組みで優位を確保し、そのまま押し切った感じだ。
最初、駒組みは相矢倉の様相で進んだが、その後羽生陣二2にいた角が5五に飛び出し、5 四に銀を上がって角にひもをつけ、さらに、5筋に飛車が回り中飛車に。5五に出た角は、もと飛車のいた8二角に戻るというダイナミックな駒組を進めた。
郷田九段は、見慣れない形に振り回されたかなという印象である。その後も、囲いに入った玉に近い9筋を破られ、郷田玉は放浪の旅へ。逃げる中、何とか逆転を狙い羽生玉に迫ろうとするが、形勢を逆転するには程遠く、最後、郷田玉が盤面中央の5五まで逃げたが、羽生二冠の的確な切り返しに、郷田九段の投了となった。
郷田九段にとっては、反省点の多い敗戦だったのではないかと思われる。

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2008年6月 1日 (日)

ネット将棋最強戦、ディフェンディング・チャンピオンの郷田真隆九段は1回戦で森内俊之名人を破る

羽生二冠のクリックミスによる思わぬ敗戦という話題で有名になった第2回ネット将棋最強戦。毎週日曜日夜8時からの対局で、お茶の間ネット観戦を可能にしているファンに見せることを考えている棋戦である。

第1回の優勝者である郷田真隆九段は、今日(2008年6月1日)1回戦の第5局に登場。対戦相手は昨年の第65期名人戦でフルセットの死闘を演じた森内俊之名人である。
ネット将棋最強戦の第2回大会の出場者コメントには、

【出場に対しての抱負】
連覇を目指して頑張ります。
【1回戦対戦相手に一言】
名人戦以来勝てていません。星を返したい。

郷田九段の自分の将棋をファンにどう見てもらうか、常にファンに見られていることを意識している郷田九段にとって、この棋戦の昨年の優勝はうれしいことだったと思うし、ネットの向こうで、戦いの行方をかたずを飲んで見つめているファンの姿を意識することは、励みとなり、さらにやる気を奮い立たせる材料に違いない。

対局は郷田九段の先手。お互い飛車先の歩を突きだし、相手陣の角頭の歩を取り合い、郷田九段の飛車は2八、森内名人の飛車は8六に構えた。その後、先手の郷田九段主導で駒組みが進む。
郷田九段の攻め側の銀が盤面中央の5五まで進出、飛車を4八に回し、4筋を攻め崩そうという形があきらかになる中、森内名人が銀取りに△6四銀と銀取りにぶつけて、一気に戦いが始まった。しかし、終始、郷田九段ペースで郷田九段が一手先に踏み込んで攻める形が続き、森内名人が攻めの主導権を取るべく5五に打ち込んだ角も、郷田九段が攻め手順の中でで逃げ道をなくし、森内名人は駒損を承知で角を切って角銀交換をせざるを得なくなった。

ほぼ力が拮抗している2人の対戦で角銀交換による駒損は大きい。相手の打った角を仕留めたところで、郷田九段も勝ちを意識したようだ。その後は、寄せに向けての手順が続く。森内名人側に反撃らしい反撃もなく、郷田九段が森内玉を追い詰め、郷田九段が105手目を指したところで、森内名人の投了となった。

森内名人は、終局後のコメントで「完敗」と書いている。最近、中原16世名人に敗れ、竜王戦の1組からの陥落、第66期名人戦で挑戦者羽生二冠に初戦勝ったあと3連敗。王座戦挑戦者決定トーナメントでは1回戦で新鋭阿久津六段に敗れるなど、今期は4月以降、1勝5敗となった。前期も年間で45戦で24勝21敗、勝率0.5333と決して好調とは言えず、カド番に追い詰められている 名人戦の第5局で、踏ん張れるのかは気になるところである。

一方、大会前のコメントで森内名人に対し、「星を返したい」としていた郷田九段の終局後のコメントは「強敵に勝つことができてうれしく思います」というものだった。2回戦は、来週1回戦を戦う木村一基八段×阿久津主税六段の勝者と相まみえることになる。

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