西島三重子の歌「池上線」と「千登勢橋」が収録された「青春のうた BEST Collection 」2冊を購入
今月の初め(7月5日)に杉並区で開かれた「西荻七夕コンサートWOMANS3」に行ってから、大学時代を思い出すように、すっかり西島三重子にはまっている。
現在、隔週刊で発売されているCDつきマガジン「青春のうた BEST Collection 」の最新第65号に彼女の代表曲の一つ「千登勢橋」が収録されており、インタビューの載っているということで、ネット通販で「池上線」が収録されている第36号と併せて注文し、今日届いた。
西島三重子は、歌手としてはフォーク歌手、シンガーソングライターに位置づけられると思うが、作詞はほとんどしていない。
第65号のインタビューで次のように語っているのが、興味を引いた。
「池上線」は、野口五郎さんを意識して作った曲でした。演歌ぽいって言われたんですけれど、もともとは作曲家志望で、歌手の人に歌ってもらうつもりで曲を作っていたんですね。だから、デビュー当時は“ジャンル分けに困る”と会社でも悩んだみたいです。でも“自分で作って歌っているからフォークでいいんじゃない”ということに落ち着いたみたいですけどね(笑)。
「千登勢橋」以前は、私の経験から生まれた私自身の歌というものを持っていなかったです。「池上線」は作詞した佐藤(順英)君の体験談だし、私も実感できる歌がほしいと思った。それで、作詞家の門谷憲二さんと一緒に、学生時代を過ごした目白の街をいろいろ話しながら歩いて千登勢橋も案内しました。そこに、私の恋の思い出があるとかではないんですけどね(笑)。でも、あの曲は“自分はフォークシンガーとしてやっていくぞ!! ”という意志表示の曲だったと言えます。
門谷憲二という人は、ワーナー・パイオニア、テイチク時代を通じ西島三重子に歌の多くを作詞した作詞家であり、当時のフォーク歌手の多くにも詩を提供していた。
この記事を読みながら、むしろ作詞ということを手がけずに、作曲に専念してきたことが、西島三重子という歌手が息の長い歌手生活を続けている秘密なのだろうと思った。
作詞も作曲もこなすシンガーソングライターもいるが、そのために費やすエネルギーは膨大であろう。また、作詞にはどうしても自分の経験、思いというものが色濃く滲み出るものだろう。作詞という仕事には、常に高いレベルで何かを吸収し続ける緊張感が強いられるのではないだろうか。それを作曲と歌を歌うということと併せて高いレベルで続けていくことには、相当な力量が求められるだろう。
それであれば、むしろ自分の思いを理解し、うまく言葉に表現してくれる作詞家を探し、作詞は任せ、自分の得意な作曲と歌うことに専念する方が、より良い作品が残し続けられるのかも知れない。
明日は、その西島三重子のミニ・ライブに初めて行く。どんなライブなのか楽しみである。
また、ご本人のホームページの情報では明日(27日)の産経新聞朝刊のインタビュー記事が載るそうである。こちらもチェックしておかなくては。
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