上橋菜穂子著『蒼路の旅人』を読み終わる
上橋菜穂子著「守り人&旅人シリーズ」の第7巻『蒼路の旅人』を先週末に、家の近所の書店で見つける。旅人シリーズは、かつて女用心棒バルサに命を助けられた新ヨゴ皇国の皇太子チャグムが主人公の物語である。
チャグムも15歳を迎え、皇太子として国の重要な会議にも関わるようになってくる。皇太子としてチャグムの人気が出てくる一方、弟トゥグムも生まれ、帝である父からは疎んじられ、国の上層部では、チャグム派とトゥグム派に分かれて、派閥争いの兆しも見え始める。
かつてチャグムが外交使節として訪ねた(『虚空の旅人』)隣国サンガル王国は、海を隔てた南方のタルシュ帝国に攻められ戦争が始まっている。
今回の『蒼路の旅人』は、そのサンガルの王から新ヨゴ王国に援軍を求める書簡が届くところから、物語が始まる。
対応策を協議する御前会議で思わず父である帝に意見するチャグム。チャグムの母方の祖父で、宮廷でのチャグムの支援者であるトーサ海軍大提督とともに、援軍として送られることになった船団に加わることを帝から命じられてしまう。
援軍の依頼そのものが、すでにタルシュ帝国に寝返ったサンガル王国の罠かも知れないと懸念される中、祖父トーサ提督とともにサンガルに向けて出航するチャグム。
船には、チャグムの護衛という名目で乗船しているものの、何か事が起きれば、帝からチャグムの暗殺を命じられているに違いない「王の盾」の2人もいる。
チャグムは死を覚悟して旅に出るが、そこには彼自身が思いもしなかった、困難が待ち受けていた…。
本作は、いずれは帝となり国を預からなければならない皇太子チャグムの自らの宿命をどう受け止めるかという物語であり、少年が大人へと成長していく物語でもある。軽装版の解説を書いた著者と同い年の作家佐藤多佳子は、「シリーズ十巻の中では、私は、この『蒼路の旅人』が一番好きだ。(中略)最大の魅力は、やはり、皇子チャグムが繊細な少年から、もがき苦しんで脱皮して、心身ともに強靱な若者にかわりつつある、その課程のみずみずしさだ。チャグムは、シリーズ全編にわたって、大きな困難に立ち向かい、ぎりぎりのところで打ち勝っては成長していくことを運命づけられている登場人物だが、その変化がいちばん鮮やかで印象に残るのが、この『蒼路の旅人』である。」(『蒼路の旅人』軽装版385ページ)と述べている。
私はまだシリーズ7冊しか読んでいないが、まさにこの解説の通りだと思う。繊細な少年から強靱な若者への成長譚と言えば、ゲド戦記の第1巻『影との戦い』にも通じるものがあるし、また陸上競技を舞台の一人の少年の成長を描いた佐藤作品『一瞬の風になれ』とも、ファンタジーとスポーツ小説という舞台の違いはあれ、深いところでは共鳴しているように思う。
読み始める前の期待を裏切らない、いや期待以上の作品であった。
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