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2008年9月の記事

2008年9月30日 (火)

『村下孝蔵STORY』を読みながら、村下孝蔵の歌を聴く

最近ある本の奥書を見ていたら、ソニー・マガジンズ新書から『村下孝蔵STORY』という本が出ていることを知った。村下孝蔵は、1999年に46歳の若さで急逝したシンガーソングライターである。彼の歌をよく聴き、よく歌った私は、いつの間にか彼が亡くなった年齢を超えていた。

私が村下孝蔵の存在を知ったのは、ちょうど私が就職した年1983年に発表されたヒット曲『初恋』を通じである。
『初恋』で描かれる「放課後の校庭を走る君を遠くから探す僕」という内容の歌詞は、その情景が目に浮かぶようだった。歌詞にストーリーを感じられる歌が好きな私は、情緒あふれる村下孝蔵の歌の世界に浸りたくてアルバムを何枚か買い、『初恋』に並ぶ彼の代表曲『踊り子』は今に至るまでカラオケでの私の持ち歌の一つになっている。

しかし、私が村下孝蔵について知っているのは、彼の歌った歌だけで、どこで生まれどこで育ち、どのような思いで歌に取り組んだのか、調べたことはなかった。
彼が亡くなったと知った時、若すぎるとは思ったけれど、当時、30代後半で仕事と子育てに追われていた私は、自分にとっての彼の死の意味も深く考えることもなかった。

『村下孝蔵STORY』はとにかく読もうと決め、いくつか書店を回ってようやく見つけることができた。
彼は1953年に熊本県水俣市で映画館を経営する父と母のもと、4つ違いの兄、2つ違いの姉を持つ末っ子として生まれたそうだ。高校卒業後、いったん就職するが半年で退社し、広島のデザイン学校に入学。デビューするまでの音楽活動は広島市を中心に行っている。彼の曲の中に『松山行きフェリー』という曲があるが、広島の宇品港がモデルのようだ。

今年になって、大学時代に夢中で聴いた西島三重子のコンサートとライブに続けて行った。年末のライブの券も予約した。当時20代後半だった西島三重子はもうすぐ60歳に手が届く、聴いているこちらも10年遅れで確実に年をとっている。しかし、歌に歌われた世界は30年前と変わらない。その変わらない世界を、本人が目の前を歌うのをライブで聴くのは、やはりCDで聴くのとは違う。
村下孝蔵が亡くなってしまったということは、いくらこちらが望んでも、彼の歌をライブで聴くことができないということである。ライブでしか伝わらない何かを、彼の歌の世界ではもう聴くことができないのだ。

私はこのブログの自分のプロフィールのページに「好きだった歌手」として、山口百恵、西島三重子、岡村孝子の3人の歌手の名前を記しているが、村下孝蔵の名前も加えることにしよう。

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2008年9月29日 (月)

お笑いコンビ・サンドウィッチマンの『敗者復活』読む

昨年12月の漫才の「M-1グランプリ」で優勝したお笑いコンビのサンドウィッチマン。土曜日の新聞に『敗者復活』(幻冬舎)というタイトルの本の広告が載っていた。

たまたま、2人が優勝した「M-1グランプリ」の放送を見ていたので、50組以上の準決勝敗退者の中から、敗者復活の1組に勝ち残り、9組で争う決勝でトップの成績で、優勝を決めるファイナルの3組に勝ち残り、優勝の栄冠を勝ち取った姿が印象に残っている。

本では、コンビを組む伊達みきお(本の表紙左)、富澤たけし(表紙右)の2人の生い立ちから始まり、仙台の高校ラグビーでの出会い、一度は就職した伊達の話芸に惚れ込んでいたネタ作り担当の富澤が、コンビ組もうと誘い続け伊達も祖父の死を契機に誘いに応じたこと、23歳で上京したが、30歳までアルバイトをしなければ生活できなかったこと、売れない時期伊達は富澤が自殺するのではないかと心配したこともあること、30歳でこのままではいけないとお笑いに仕事に真剣に取り組み少しずつ注目され、テレビにも出る機会が増えたことなどを、2人が交互に語っていく。

2005年、30歳を期に一念発起をしたところで、その年の第5回「M-1グランプリ」の準決勝進出50組に残った。翌2006年の第6回での目標は当然、決勝進出であったが、その年も準決勝どまり。
そこで、戦略家でもあるネタ担当の富澤は、2007年こそ決勝に残ると決め、過去の伸助・竜助の漫才や「M-1決勝」のDVDを見て徹底的に研究をする。
しかし、2007年も準決勝で決勝進出8組に残ることができず、決勝当日、大井競馬場で行われた敗者復活戦の全てを賭けることになった。

その後は、すでに知られている通りだし、全てを書いてしまうと、ネタバレになってしまうので、「M-1グランプリ」決勝でのエピソードは、本を読んでいただければと思う。

今時、珍しい苦節10年を経てのベタなサクセス・ストーリーである。しかし、なかなか夢を見ることができない時代・世相だからこそ、33歳の2人のサクセスストリーに、多くの人が共感するのだろう。
2人は、お笑い芸人の登竜門である「M-1グランプリ」に優勝したからといって、浮ついたようなところは、この本からは感じられない。
ネタの内容で勝負できる本格派のお笑い芸人として、長く活躍してほしいものである.

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2008年9月28日 (日)

信じられない杜撰な社会保険庁の名寄せ、妻の「ねんきん特別便」を見て…。

先週金曜日(2008年9月26日)に、私の妻のところにこれまでの年金掛け金の記録「ねんきん特別便」が届いた。

開けて「びっくり」である。見事に記載漏れがあった。

たまたま、職場の上司や同僚との会話の中で、それぞれ最近になって奥さんあてに「ねんきん特別便」が届いたという話題が出たばかりだった。
私の上司の奥さんは、数年間、現在の合併会社のうちの1社に勤務した後、上司と結婚するために退職。数ヶ月後に結婚したとのこと。結婚後の3号被保険者(専業主婦)としての掛け金の記録は記載されていたが、結婚前に勤めていた時期の厚生年金の納付記録が一切記載されていなかったという。一応、上場企業で、人事部門が社会保険料の納付を忘れることは考えられないので、会社を辞めて厚生年金から国民年金に移った時の、引き継ぎ・名寄せがきちんと行われていなかったのだろう。

我が家の妻にも、まったく同じ事が起きていた。 我が家の職場結婚なのだが、妻が退職後、1年半ほどして結婚した。私の妻の場合は、退職日から結婚までが国民年金の1号被保険者、結婚後は国民年金3号被保険者としての納付が記録されているが、退職前の会社勤めの間の厚生年金の掛け金の記録がすっぽりと抜け落ちていた。
学校を卒業して就職してから転職もしておらず、1つの会社に勤め、退職後は国民年金の1号被保険者への変更手続きも行っている。離婚したり、途中、再就職して再び厚生年金に移ったわけでもない。また、妻の旧姓は、決して多い苗字ではないので、まともに名寄せをすれば分からないはずはない。
私から見れば、我が家の妻のケースは、昭和50年代から60年代に働き、結婚した女性のきわめて一般的なケースで、事務作業として最も簡単なケースとしか思えない。

その簡単なケースでさえ、社会保険庁の管理作業に中で、厚生年金から国民年金への切り替え・引き継ぎが行われていなかったとすれば、5000万件と言われた未統合の記録の中には、私の妻と同じようなかつて会社勤めをしていて、結婚して国民年金3号被保険者となった人の記録が多くあるのではないだろうか。
そんな「当たり前」のことさえ、できていない社会保険庁とは一体どんな事務処理体制なのだろうか。あんな内容の「ねんきん特別便」を見たら、まじめに働いてきた女性たちの怒りは収まらないだろう。

麻生内閣が誕生し、年内にも総選挙が行われると言われているが、あんな杜撰な「ねんきん特別便」を見たら、誰も戦後これまでほとんどの期間を政権党として日本の政治を担ってきた自民党には誰も投票しないだろう。決して、民主党が素晴らしい政党とも思わないが、年金問題の存在を明らかににした民主党政権で、社会保険庁改革を徹底的に行って欲しいという選挙民が増えてくるのではないかと思う。

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2008年9月27日 (土)

気にかかる中原誠十六世名人の休場

将棋連盟ホームページのお知らせ欄に、立て続けに次のような気がかりなニュースが載った。中原誠十六世名人についてである。

まず、2008年8月のこと。

中原誠十六世名人の不戦敗に関する件(8/13)

中原誠十六世名人(60歳)の体調不良により、来る8月21日に予定していた棋王戦本戦(対木村一基八段戦)が不戦敗と決まりました。
 8月12日の対局後の午後5時頃、体調不良を訴え東京都内の病院に緊急入院したところ、脳出血と診断されました。
 現時点では意識も正常で快方に向かっておりますが、大事をとって対局はいたしません。
 その後の対局について、中原十六世名人は「対局をしたい。」と話しています。

さらに一昨日になって次のような発表があった。

中原誠十六世名人の休場について(9/25)

脳出血により療養中の中原誠十六世名人(61歳)から平成20年9月16日付で休場届が提出されました。休場期間は平成21年3月31日までとなります。
 尚、9月26日に予定されていました第58期王将戦二次予選(対 高橋道雄九段戦)につきましては、不戦敗となります。

中原16世名人と言えば、1970年代から90年代の初めまで将棋界のトップとして活躍したスター棋士である。タイトル獲得64期(うち名人15期)、16世名人のほか、永世十段、永世棋聖、永世王位、名誉王座の5つの永世称号も有している。これまでの公式戦の通算成績は、対局数2090、1308勝779敗、勝率0.6267を誇る。最近でこそ、順位戦からは退きフリークラス棋士となり、羽生世代のタイトルホルダーには分が悪かったが、今期は、竜王戦1組の5位決定トーナメントで森内俊之名人(当時)と佐藤康光二冠を続けて破り、羽生現名人との5位決定戦まで駒を進めた。また、TV棋戦の銀河戦では、その羽生名人も破り、羽生名人の決勝トーナメント進出を阻み、まだ衰えていないところを後輩棋士の示したところだった。

当初は、棋王戦のみの欠場で、1ヵ月程度で復帰との感じだったが、久しぶりの王将戦の挑戦者リーグ入りを賭けた高橋道雄九段との対戦は不戦敗となり、以降来年3月末まで休場し、療養することになった。
将棋は、脳にもっとも負担のかかる競技だろう。脳出血の回復がどの程度で、後遺症はないのか、長時間に及ぶ将棋の対局に耐えうるのか。まずは、大事をとって健康回復に努めるということだと思うが、気になるところである。

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2008年9月26日 (金)

深浦康市王位、羽生善治四冠を破り、王位タイトルを防衛

将棋の第49期王位戦七番勝負最終局は、深浦康市王位が挑戦者羽生善治四冠の終盤の激しい攻めを凌ぎきり、勝利をつかみ取り王位タイトルの防衛を果たした。
羽生善治四冠の二度めの七冠制覇を阻止するとともに、準タイトルだった朝日オープンを含めタイトル獲得3期となり、九段昇段を果たした。

深浦王位にとって、今期ここまで38戦して28勝10敗で勝率0.7368、特に最近10局では9勝1敗と絶好調で、二度目の七冠制覇もあり得るのではと思われていた羽生四冠(名人・棋聖・王座・王将)を相手に防衛を果たしたことは、大きな自信になるに違いない。

これまでの、将棋界のタイトル戦で2年連続で羽生四冠と対戦し、2年連続で勝利したケースはそう多くはない。
過去の例を探すと 第43期王位戦(2002年度、奪取)・第44期(2003年度、防衛)の谷川浩司王位(当時)と第62期(2004年度、奪取)・63期(2005年度、防衛)名人戦での森内俊之名人(当時)の2回だけではないかと思う。今回の深浦王位は、昨年の48期が奪取、今期49期が防衛のケースが3回めということになる。

挑戦者決定の仕組み上、前期のタイトル戦の敗者が、翌年度の挑戦者決定リーグに留まる名人戦・王位戦・王将戦の場合は、羽生四冠は前期のタイトル戦で敗れても、翌期も挑戦者として勝ち上がってくることも多く、中でも王将戦では谷川浩司現九段に対し第44期(挑戦失敗)・第45期(奪取、七冠達成)、佐藤康光現棋王には第51期(失冠)・第52期(奪還)、森内俊之九段に対し第53期(失冠)、第54期(奪還)と、2回目には必ずタイトルを奪っている。また、前期タイトル戦敗者にさほどアドバンテージのない竜王戦でも、当時の藤井猛竜王に対し第13期(挑戦失敗)、第14期(奪取)と2回めにはタイトルを奪った。

まして、タイトル戦でタイトルを奪い翌期も同じ相手の挑戦を退ける、あるいは羽生四冠が自らタイトル保有者で、2年連続で同じ挑戦者の挑戦を退けるという2連覇のケースは数多くある。

そのような羽生四冠のタイトル戦での過去の歴史を見ると、深浦王位の羽生四冠を相手にした王位タイトルの奪取と防衛という戦績は、谷川九段(17世名人)、森内九段(18世名人)という2人の永世名人有資格者に並ぶ偉業ということになる。
この防衛により、本日付で九段昇段も果たし、残留・定着を切望するA級の中でも、三浦弘行八段、木村一基八段、鈴木大介八段に先んじる形となった。

この羽生四冠を破っての王位タイトル防衛、九段昇段という2つの成果が自信となって、深浦王位は念願のA級残留も果たすのではないかと思っているのだが、さて来年3月の結果はどうなるだろうか。

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2008年9月25日 (木)

激闘、第67期A級順位戦3回戦第5局は木村一基八段が持将棋指し直しの末、佐藤康光棋王を破りA級での連敗を止める

昨日(2008年9月25日)の朝10時から始まった将棋の第67期A級順位戦3回戦の最終局となる第5局の木村一基八段(先手)vs佐藤康光棋王(後手)戦。なんと、日付をまたいで今日の午前2時5分、205手で「持将棋」(引き分け)が成立となった。

午前2時35分から、先手・後手を入れ替えて始まった指し直し局も午前6時を過ぎても続いていた。指し直し局は、穴熊に囲って自玉を固めた佐藤棋王が木村玉を攻めるが、「千駄ヶ谷の受け師」といわれる木村八段が正確に受け続け、途中、攻防の要となる飛車打ちで佐藤玉を狙いつつ、自陣をも守る。佐藤棋王も詰み筋を見つけきれず、160手で佐藤棋王が投了となった。2局併せて、365手に及ぶ激闘っだった。

木村八段は今期A級3戦目にして初白星で1勝2敗。前期の第6局から続いていたA級順位戦での連敗を6で止めた。敗れた佐藤棋王も同じく1勝2敗。

3回戦を終了してのA級棋士10名の成績は、

3勝0敗:丸山忠久九段(4)
2勝1敗:森内俊之九段(1)、三浦弘行八段(2)、郷田真隆九段(3)、谷川浩司九段(7)
1勝2敗:木村一基八段(5)、藤井猛九段(6)、佐藤康光棋王(8)、深浦康市王位(10)
0勝3敗:鈴木大介八段(9)
( )内は今期A級での順位

となり、上位4名と谷川九段が勝ち越し、前半3局を終えた。名人挑戦者争いは当面、この5人を軸に進みそうである。

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2008年9月24日 (水)

将棋第58期王将戦挑戦者決定リーグ1回戦、郷田真隆九段が深浦康市王位に勝って白星スタート

現在、絶好調の羽生善治四冠(名人・棋聖・王座・王将)の保有タイトルの一つ「王将」への挑戦者を決める挑戦者決定リーグ戦が9月16日の丸山忠久九段vs久保利明八段戦で開幕した。

王将戦の挑戦者リーグは7人総当たり。前期からリーグ残留者4名と予選勝ち抜き者3名で争う。
リーグ残留者は上位から
1位久保利明八段、2位佐藤康光棋王、3位森内俊之九段、4位丸山忠久九段
予選勝ち抜き者3名は、同列で
5位深浦康市王位、5位郷田真隆九段、5位中原誠16世名人と高橋道雄九段の勝者

3人めの予選勝ち抜き者を決める中原vs高橋戦は、中原16世名人が8月に一時脳出血で入院したこともあり(現在は回復した模様)、まだ行われておらず、 9月26日実施の予定である。

1回戦は残る6名の組み合わせで、
丸山忠久九段●-○久保利明八段(9月16日)
郷田真隆九段○-●深浦康市王位(9月22日)
森内俊之九段 - 佐藤康光棋王
とすでに決まっており、開幕戦の丸山vs久保戦は、前回挑戦者の久保八段が勝利した。
昨日23日は「秋分の日」で、将棋連盟のホームページの「最近1週間の結果」欄の更新は休みだと思いこんでいたら、実は更新されていて、上記の通り、22日の郷田九段vs深浦王位戦は郷田九段が勝利していた。第67期A級順位戦の初戦に続き対深浦戦は今期2連勝である。

今期、棋聖戦、王座戦、竜王戦といずれもベスト4まで進みながら準決勝で敗退している郷田九段。すでに、棋王戦の予選でも敗れており、2008年度で今後、タイトル挑戦の可能性を残すのは当面はこの王将戦だけである。
2回戦は前回挑戦者の久保八段、3回戦は中原vs高橋の勝者、4回戦が休みで、以降、丸山九段、森内九段、佐藤棋王と同世代のライバルとぶつかる。

王将戦の挑戦者決定リーグでの初戦の白星は、第51期以来のことである。挑戦権獲得に向けて好スタートを切った。この調子で、並み居るライバルたちをなぎ倒し、挑戦権を獲得してほしいものだ。

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2008年9月23日 (火)

ドトールコーヒー創業者の座右の銘「因果倶時(いんがぐじ)」、鳥羽博道著『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』(日経ビジネス人文庫)より

長く日本が不況のせいもあり、実業界で成功した創業者の一代記のようなものもめっきり少なくなったと思うが、今月(2008年9月)の日経ビジネス人文庫の新刊のうちの1冊『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』(鳥羽博道著、日経ビジネス人文庫)は、その例外と言えるだろう。底本は1999年にプレジデント社から刊行された『想うことが思うようになる努力』で、文庫収録にあたり改題されたようだ。

著者の鳥羽博道氏は、昭和12年生まれ。埼玉県出身で、高校中退後、いくつかの職場を転々としたあと、ブラジルのコーヒー農園で3年働いた後、昭和36年に帰国、翌年にコーヒー豆の焙煎加工卸業のドトールコーヒーを創業、その後、喫茶店経営にも進出し、現在はグループ合計で約1500店舗を展開する一大チェーンに育てあげた。現在は、社長を退き名誉会長の職にある。

我が家の近くの駅前の大型スーパーの1階にも、ドトールコーヒーが出店している。休日の朝、そこまで片道約30分の道を歩き、コーヒーを一杯飲んで、帰ってくるというのが、健康のための日課になっていて、ドトールコーヒーの存在は私の生活の一部に組み込まれている。そんな縁もあって、読んでみた。

鳥羽名誉会長が経営の原点として強調するのは、言い古された言葉かもしれないが「顧客第一主義」である。創業間もない頃、ある経営セミナーに参加した際、「顧客第一主義」という言葉を聞いて深く感動したという。「それ以来わたしはさらに自信を深めて、顧客第一主義というものをどこまで深く、強く推進できるかという一心でやってきたと言っても過言ではない」(『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』136ページ)とまで書かれている。
顧客第一主義とは、お題目としてはどこの企業も掲げているが、この創業者の本腰を入れた取り組みが、コーヒーショップチェーンの激しい競争の中でも、ドトールコーヒーが生き残っている理由の一つだろう。

また、その鳥羽名誉会長の座右の銘として語られているのが、仏教の「因果倶時(いんがぐじ)」という言葉である。

「私が座右の銘にしている言葉に、「因果倶時」というものがある。「原因と結果というものは必ず一致するものだ」と釈迦が説いた言葉だ。現在の「果」を知らんと欲すれば、つまり、現在の自分がどういう位置にあるかを知りたいと思うなら、過去の原因を見てごらんなさいということだ。原因を積み重ねてきた結果として今日がある。原因と結果は一致している。そして、未来の「果」を知らんと欲すれば、つまり、将来自分はどうなるだろうかと知りたいのであれば、今日一日積んでいる原因を見れば分かる。自分自身が毎日、未来の結果の原因を積んでいるということだ。
人生の真理をこれほど厳しく、鋭く突いている言葉はないと思う。この言葉の意味を初めて知った時、一日、一時間どころか、一分、一秒すらおろそかにはできないと、息の詰まるような思いがしたものだ。」(『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』220~221ページ)

現在の自分が過去の自分の延長線の上にしかあり得ないように、今日の自分の積み重ねの先にしか、将来の自分の姿はない。将来を見据えて、日々無為に過ごすことがないようにしていくしかない。

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2008年9月22日 (月)

サブプライム危機を分析する竹森俊平著『資本主義は嫌いですか』を読み始める

先週からの日本経済新聞の朝刊の「経済教室」では、米国の金融危機についての専門家の分析を載せているが、3回目の今日(2008年9月22日)は慶応大学の竹森俊平教授が書いていた。その中で自らの近著として言及されていたのが、本書『資本主義は嫌いですか』(2008年9月刊、日本経済新聞出版社)である。

サブプライム・ローン問題に端を発した、米国の金融危機は、おそらく1920年代の米国の大恐慌以来の経済危機であろう。サブプライムローンというハイリスクな貸付が、証券化という形で世界各国に輸出され破綻した。その影響は、米国に留まらず、広くヨーロッパに伝播しているし、日本の金融・証券関係も無傷ではない。我々のこれからの生活にも何の影響も与えないということはないだろう。
しかし、テレビのチャンネルを回すと登場する「日本でも大不況が到来、倒産が続出し、ボーナスは半減、年金の支給開始が遅くなる」との解説をする怪しげは経済評論家の言説には、本当だろうか?と首をかしげたくなる。
一方で、そのサブプライム・ローン問題の実像や、その原因や結果が、経済学の理屈から考えてどうとらえるべきなのかなどは、日々の仕事の中で、なかなかゆっくり考えている余裕がない。下手をするとその怪しげな経済評論家の言説に振り回される事になりかねない。

ここは、自分でもう少し勉強するしかないと、何冊か解説書を買い込み、真剣に読んでみることにした。

本書『資本主義は嫌いですか』は著者が序文で「なかなか筆が進まなかったところに、ある時、たまたま物語風の書き出しを試したところ、すらすらと筆が進み、一冊の本が書き上げられた。そにためこの本はサブプライム危機をテーマにした「物語の三部作」という形をとる」(『資本主義は嫌いですか』3ページ)と語っているように、物語仕立てで読みやすい。
金融技術に名を借りた投資銀行のマネーゲームに、どこか釈然としないものを感じていた私には、読んでいると「そうだよね、やっぱりおかしかったんだよね」と頷く部分が多い。

併せて著者の前著『1997年-世界を変えた金融危機』(竹森俊平著、2007年10月刊、朝日新書)、現役金融マンが書いた『サブプライム問題とは何か』(春山昇華著、2007年11月刊、宝島社新書)と続編にあたる『サブプライム後に何が起きているか』(春山昇華著、2008年4月刊、宝島社新書)を買い込んできた。
しばらく、朝の通勤電車での読み物は、サブプライム一色になりそうである。



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2008年9月21日 (日)

プロとは「研究者」と「芸術家」と「勝負師」のバランスよく併せ持つ人-河合隼雄さんと谷川浩司九段の対談(PHP文庫『「あるがまま」を受け入れる技術』と『河合隼雄のスクールカウンセリング講演録』)から

河合隼雄さんが亡くなって1年が過ぎたが、亡くなった今でも、河合隼雄さんを偲ぶように、新たな本の出版や文庫化が続いている。

その中に、河合さんが毎年の学校臨床心理士全国研修会で行った講演をまとめた『河合隼雄のスクールカウンセリング講演録』(創元社)、将棋の谷川浩司九段との対談をまとめた『無為の力』(PHP)に加筆・改題して文庫化した『「あるがまま」を受け入れる技術』(PHP文庫)がある。

河合隼雄のスクールカウンセリング講演録

『河合隼雄のスクールカウンセリング講演録』は、臨床心理士が学校現場にカウンセラーとして派遣されるようになって、すでに10年以上が過ぎるが、そのスクールカウンセラーが全国から集まって開催される「学校臨床心理士全国研修会」で河合さんは、1996年7月の第1回から倒れる直前の2006年8月の第11回まで、計11回、毎年講演を行っている。この講演録では、そのうち専門誌等に掲載されたもの、講演テープが入手できたもの、計7回分が掲載されている。講演現場で日々臨床に携わるカウンセラーへのエールを送り、励ます講演内容になっている。

「あるがまま」を受け入れる技術  (PHP文庫)

そして、そのスクールカウンセラーの講演でも話題になったのが、『「あるがまま」を受け入れる技術』で詳しく紹介されている将棋の谷川浩司九段との対談である。この対談の中で、谷川九段は棋士に必要な素養として「勝負師」と「芸術家」と「研究者」の三つの素質を三分の一ずつバランスよく持っていることが必要と述べている。

「あまりにも芸術家の部分が強すぎると、ちょと自分が悪い手を指した時に嫌気がさしてしまって、勝負に対して淡泊になってしまうことがあります。これでは、勝てる将棋も諦めて投げ出してしまうことになりがちです。
逆に勝負師の部分があまりにも強すぎると、その一局だけ勝てばいいということで、見ていて面白い、価値ある将棋が指せないということになってしまう。それはそれでプロ棋士としてはどうかと思います。
もうひとつ、研究者の素質というのは、最近になって必要とされるようになってきたんですね。(中略)今は本当に情報化社会で、お互いの対局の棋譜がすべてパソコンで検索できるような時代です。ですから事前に情報を調べておいて研究をするということに比率が非常に高い。
(中略)研究だけに偏ってしまうと、どうしても前例のない局面に入った時に自分の力で切り拓いていくような逞しさに欠けてきますし、自分の発想でまったく新しい手を打ち出していくような創造性に欠けるように思います。やはり自分の力で考えて、自分だけの手を指すというのが将棋の一番の醍醐味だと思いますので。」(『「あるがまま」を受け入れる技術』90~92ページ)

河合隼雄さんは2005年の「学校臨床心理士全国研修会」で谷川九段と対談したことに触れ、棋士の3つの素養について紹介した上で、次のように語る。

「みなさん、カウンセラーも同じだと思いませんか。やはり、われわれは研究者でないといけない。(中略)いろいろなものを読んで、こんな考え方もある。あんな考え方もあると知っている必要があります。しかし、実際にクライエントが「今から死にます」となったときに、「ちょっと待ってな!」とか言って調べているひまはありません。そこで「やめとけ!」というか、「そうか、死ぬか」と言うのか、選択肢はいろいろあります。そのとっさに判断、これは芸術的判断に近いのではないでしょうか。
でも、それだけでは足りません。「絶対に役に立つのだ。私の前に来たこの人の人生に、意味ある役に立つことをする。そのために自分はここにいるのだ」という強い信念を持つ。これが「勝負師」です。」(『河合隼雄のスクールカウンセリング講演録』204~205ページ)

将棋の頂点を極めた谷川九段が語り、臨床心理学の大家河合隼雄さんが紹介した<「研究者」と「芸術家」と「勝負師」>の三つの素質は、これから、あらゆる分野でプロフェッショナルを目指す者に求められることのような気がする。

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2008年9月20日 (土)

将棋の第67期順位戦B級1組6回戦、久保利明八段が1敗守る

昨日(2008年9月19日)は、将棋の第67期順位戦のうち、A級3回戦第4局の藤井猛九段vs三浦弘行八段、B級1組6回戦、B級2組4回戦が東京と大阪の将棋会館で行われた。
有料の名人戦棋譜速報での中継も、計19局のネット中継。私の使っている17インチの液晶モニターでは、せいぜい頑張って、各局のコメント欄は映さず、盤面表示だけにしても、同時に画面に表示できるのは4局まで。

観戦する方も、全てを見切れない。一度はA級棋士となった実力者とこれからA級を狙う新鋭・中堅が戦うB級1組は、A級2組、準A級と呼んでもいいレベルであり、これを他のクラスと同日にやるのはもったいない。順位戦は、そのクラスに属する全棋士が原則参加なので、対局のスケジュール管理上は、B級1組とB級2組を一度に行ってしまった方が、原則トーナメントの他の棋戦との関係を考えれば、楽なのだろうが、無料中継している他の棋戦と違い、有料で中継しているのだから、1局でも多くファンが見る機会を増やすという視点も持っておいて欲しいものだ。

A級については9月24日(水)に予定されている3回戦最終局の佐藤康光棋王vs木村一基八段戦が終わってから、書くことにして、ここでは、混戦のB級1組について書くことにしたい。

B級1組は、定員13人の総当たりリーグ戦なので、各棋士が12戦する。毎回、1名「抜け番」と呼ばれる「対局のない棋士」がいるので、13回戦が最終戦になる。
今回の6回戦は半数の棋士にとっては折り返し点になる。5回戦までのところでは、元A級棋士の関西の井上慶太八段と、前期昇級即降級を辛くも免れた杉本昌隆七段が4勝1敗でトップに並び、すでに一度「抜け番」があった前期5年間守ったA級の地位を明け渡してB級1組筆頭にいる久保利明八段が3勝1敗で追う。

今日の組み合わせは
【東京】
△渡辺 明竜王(3勝2敗)-▲行方尚史八段(1勝4敗)
△屋敷伸之九段(2勝2敗)-▲堀口一史座七段(1勝4敗)
【大阪】
▲杉本昌隆七段(4勝1敗)-△久保利明八段(3勝1敗)
△井上慶太八段(4勝1敗)-▲山崎隆之七段(2勝3敗)
△阿部 隆八段(3勝2敗)-▲森下 卓九段(2勝2敗)
△北浜健介七段(2勝2敗)-▲畠山 鎮七段(1勝3敗)
<高橋道雄九段(2勝3敗)は「抜け番」>

注目は大阪で行われる1敗どうしの戦い杉本七段vs久保八段であろうが、羽生名人との永世竜王位を賭けた10月からの第21期竜王戦七番勝負を控える渡辺明竜王、過去、棋聖位3期の実績を持ち、やっと実績相応のクラスに上がってきた屋敷九段の戦いぶりも気になるところだ。

杉本七段vs久保八段戦は、振り飛車党の2人だが振り飛車にならず、居飛車の横歩取りといわれる戦型に。それぞれの玉の守りが定まらないうちに、戦いが始まり、大駒の飛車と角が動き回る将棋となった。途中、解説によれば、杉本七段が勝つ筋もあったようだが、盤面中央に活路を求めた杉本玉を久保八段が上下、左右からと包囲網も狭め、逃げ場のない状況に追い込み、杉本七段の投了となった。久保八段は4勝1敗、杉本七段は4勝2敗となった。

他の注目の2局はいずれも東京。
渡辺竜王vs行方八段戦は、相矢倉の戦い。後手の渡辺竜王から矢倉からさらに穴熊へと玉の守りを固め、行方陣への端攻めで風穴を開けたが、行方玉は、中央へと巧みに逃げる。行方八段も渡辺陣を桂馬、香車、歩という機動的な駒で攻め、少しずつ渡辺玉の守りの金銀を剥がす。最後は、歩成りの王手に渡辺竜王が投了。勝った行方八段は2勝4敗、渡辺竜王は3勝3敗となった。
屋敷九段vs堀口七段戦も、相矢倉。こちらは先手の堀口七段が玉が矢倉から穴熊に潜り守りを固めた上で、屋敷陣に攻めかかる。堀口の攻め、屋敷の守りという構図の中で、屋敷玉は巧みに攻めをかいくぐり、堀口陣への入玉寸前に。153手の激戦の末、攻め手の尽きた堀口七段が投了した。勝った屋敷九段は3勝2敗で白星先行。敗れた堀口七段は1勝5敗でますます苦しい星勘定になった。

残る3局の結果も踏まえた、6回戦終了後のB級1組のA級への昇級レースの途中経過は次の通り。
【4勝1敗】久保八段(1)
【4勝2敗】阿部八段(5)、井上八段(9)、杉本七段(11)
【3勝2敗】屋敷九段(13)
【3勝3敗】渡辺竜王(4)、山崎七段(12)
【2勝3敗】高橋九段(3)、畠山鎮七段(6)、北浜七段(8)、森下九段(10)
【2勝4敗】行方八段(2)
【1勝5敗】堀口一七段(7)

1敗を守った久保八段が13人中の順位が1位であることもあり、優位な位置を確保していることは間違いないが、まだ久保vs阿部戦、久保vs井上戦も残されており、まだまだ波乱含みであろう。

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2008年9月19日 (金)

大腸内視鏡検査を受ける

今日は朝から大腸の内視鏡検査を受けた。7月に受診した会社の健康診断で、再検査の通知が来たので、いくつかあった提携病院の中から我が家から一番近い新宿の病院を予約。ほぼ1日かかりそうなので、休暇を取って検査を受けてきた。胃の内視鏡検査は何回か受けたことがあるが、大腸は初めてある。

すでに、前日から食事制限があって、昨日の昼は「素うどん」だけ、夜は「おかゆ」。食物繊維質の多い食材は食べないことと指定があり、当然今日の朝食は抜き。
10時に病院につき、受付をすませると、午前中は大腸洗浄剤なるものを飲まされて、とにかく大腸の中を空にすることに。この大腸洗浄剤なるものは、下剤の役目もあって、ポカリスエットのような少し塩味のする液体(ポカリスエットの方が、はるかにおいしい)2リットルを1時間半で飲んで下さいとの指示。
今日の、検査の男性の受診者は6名で、テレビがあり隣にトイレがある専用の待合い室で、テレビを見たり雑誌を読んだりしながら、大腸がきれいになるのを待つ。皆白髪交じりで私と同年代の40代後半からか50代という感じだった。

内視鏡検査そのものは、大腸の中がきれいになった人から順番にということで、午後2時から順に行うとのこと。私以外の5名は、私より前からいたので、受付時間が少しづつずらしてあるのかも知れない。

順次呼び出しがあり、私は最後に呼ばれベッドに横になって検査が始まったのは午後3時頃だった。内視鏡が自分の大腸の中を上がっていくのが分かる。なんとも奇妙な感覚。ベッドの隣には、モニターがあり、自分の大腸に中の映像がリアルタイムで映されている。先生が内視鏡を操作しながらいろいろと解説してくれる。
幸い、大きな問題となるような部分はなかったようだが、数カ所一部の組織を採取して検査をするとのこと。最終結果は2週間後ということだった。

検査代の支払いも終え、病院を出たのは午後4時半過ぎ。本当に、ほぼ丸一日の検査であった。
好んで受けたいものではないが、経験として1回くらい受けておくのも、悪くはないかもしれない。

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2008年9月18日 (木)

羽生善治名人の更なる活躍のおかげで、念願の1日2000アクセス達成!!

今日(2008年9月18日)、家に帰って、今日のこのブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」のアクセス推移を確認すると、午後8時過ぎの段階で、すでに1700アクセスを超えていて、先週土曜日(2008年9月13日)に記録した1日の総アクセス数の記録1772件を超える勢いになっていた。程なく、13日の記録を更新し、あとは1日2000件を超えるだろうか、時々、アクセス件数推移を眺めていたが、午後11時10分に念願の2000件に達した。
総アクセス数だけでなく、1日の訪問者数(ユニークアクセス)でも、過去の記録だった1149件を超えた。
読んでいただいた方、ありがとうございます。

今日のアクセスのほぼ半数は、昨日書いた、王座戦第2局の記事へアクセス。今年度に入ってからの羽生善治名人の活躍が続き、二度目の七冠制覇も現実味を帯びてきて、将棋への関心が高まっているのだろう。

将棋の話題について書いた記事の大半は渡辺明竜王のブログの関連する記事にトラックバックさせてもらっているので、将棋関係の記事へのアクセスは、渡辺竜王のブログ経由でアクセスされるケースがほとんどである。おそらく、渡辺竜王のブログには、1日1万件以上アクセスがあるのだろうと思う。

ここ2週間ほどは、1日1000アクセスを超える日が増え、「総アクセス数」-「訪問者数(ユニークアクセス)」を並べると
9月6日(土)1009-558
9月7日(日)622-390
9月8日(月)706-456
9月9日(火)697-515
9月10日(水)1284-841
9月11日(木)1077-579
9月12日(金)947-558
9月13日(土)1772-1086
9月14日(日)656-389
9月15日(月)1227-671
9月16日(火)1193-698
9月17日(水)651-397
9月18日(木)2000超-1150超
という推移になる。

過去7日間のユニークアクセス数の累計をベースにランク付けを行うblogranKing.netの順位も、「総合順位」-「日記カテゴリ内順位」-「サブカテゴリ40代~順位」で並べると
9月14日(日)563位-14位-2位
9月15日(月)559位-14位-2位
9月16日(火)535位-13位-2位
9月17日(水)514位-13位-2位
9月18日(木)549位-14位-2位
と昨日のアクセス減でいったん順位を下げたが、今日の結果が集計される明日の順位では、また少し上がるかもしれない。少し、楽しみである。いい結果であれば、また報告したい。

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2008年9月17日 (水)

羽生特急止まることなし、第56期王座戦五番勝負第2局でも挑戦者の木村一基八段を退け防衛まであと1勝

9月に入ってから、羽生善治名人の将棋を毎週のように見ているような気がする。今日(2008年9月17日)は、第56期王座戦五番勝負の第2局。王座のタイトルも持つ羽生名人は、すでに第1局は勝っている。
今日の第2局は、挑戦者木村一基八段の先手。相矢倉から、凄まじい攻め合いになり、羽生王座は駒損をものともせず、どんどん攻めてくる将棋。棋譜中継の解説によれば、最終盤に木村八段に羽生玉を詰ませる筋があったようだが、木村八段が気づかず羽生王座の2連勝となり、王座タイトル防衛、17連覇にあと1勝となった。

二人は、第21期竜王戦の挑戦者決定三番勝負とこの第56期王座戦五番勝負を続けて戦い、併せて八番勝負だが、これまでの結果は次の通りだ。(左:先手×右:後手)
8月29日 第21期竜王戦挑戦者決定三番勝負 第1局
 羽生○×木村●
9月3日 第21期竜王戦挑戦者決定三番勝負 第2局
 木村○×羽生●
9月5日 第56期王座戦五番勝負 第1局
 羽生○×木村●
9 月12日 第21 期竜王戦挑戦者決定三番勝負 第3局
 木村●×羽生○
9月17日 第56期王座戦五番勝負 第2局
  木村●×羽生○

次回、王座戦第3局は9月30日。ここで、羽生王座が勝てば、八番勝負は6局で決着することになる。
今日までのところで、羽生×木村戦の対戦成績は、20戦で羽生16勝、木村4勝となっている。木村八段から見ると勝率2割と1勝4敗ペース。羽生名人と20戦以上戦っている棋士は17名いるが、この成績は20戦で2勝の高橋道雄九段に次ぐ2番目に悪い勝率である。

羽生名人とタイトル戦を戦って勝ったことがあるか、対羽生戦の勝率が3割台を確保していないとA級定着は難しいというのが、データを見てのこれまでの私の推論である。

ちなみに、昨年王座戦・王将戦と羽生二冠(当時)に挑戦しながらほとんど勝てなかった久保八段は34戦で8勝26敗で勝率0.235。前期、A級残留を逃している。
現在のA級を見ると、木村八段の対羽生戦勝率0.200に次ぐのは、三浦弘行八段で21戦で6勝15敗の勝率0.286。但し、この6勝の中には、羽生七冠時代を終わらせた1996年の第67期棋聖戦での3勝があるので、同列には扱えない。
残るA級棋士8人のうち、鈴木大介八段を除く7人は羽生名人とタイトル戦を戦い少なくとも1回は勝ったことがあり、対羽生戦の勝率も3割以上を確保している。鈴木八段は、羽生名人との対戦9戦しかないが、3勝6敗で勝率0.333となっており、勝率3割以上は確保している。

さて木村八段にとっては、王座タイトル獲得のためには、残り3戦を3連勝するしかなくなった。次回9月30日に勝って望みをつなげることができるか、敗れて対羽生戦の勝率が1割台に低下するか、次回の戦いは木村八段にとっては正念場のような気がする。

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2008年9月16日 (火)

サブプライム・ローン問題の岐路、米大手証券会社リーマン・ブラザーズ経営破綻

日本は「敬老の日」で休日だった2008年9月15日、サブ・プライムローン問題に端を発し、経営不安説が囁かれ、大手銀行や投資家による資本増強による再建が必須と言われていた米国4位の大手証券会社リーマン・ブラザーズが米国破産法11条(チャプター11*)を申請し、事実上倒産した。
(*チャプター11=以前は日本の「会社更生法」に相当と言われていたが、今回の報道では「民事再生法」に相当と書かれている)
同日、第3位の証券会社メリル・リンチも米銀2位でリーマン・ブラザーズを支援するのではないかと言われていたバンク・オブ・アメリカに救済合併されることになった。リーマン・ブラザーズは、交渉相手だったバンク・オブ・アメリカが、同業のメリル・リンチを支援することが決まり、万策尽きて、チャプター11の申請ということになったのかも知れない。
新聞によれば、リーマン・ブラザーズの資産規模は6390億ドル(約66兆5000億円)、負債総額6130億ドル(約63兆8000億円)という。
先週(2008年9月7日)、これもサブプライム問題で経営不安が囁かれていた連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)と連邦住宅貸付抵当公社(フレディマック)を、米国政府の管理下に置くことが発表され、米国の信用不安も沈静化するかと思っていたが、これで、また様々な信用不安が飛び交うことになるだろう。
現に、今度は、米国保険最大手のAIGの株価が急落し、経営不安説が流れているという。

2週間ほど前にサブプライム問題の構造を分析した金融担当大臣の私的諮問機関「金融市場戦略チーム」の報告書の話を書いたが、そこでは、サブプライム問題の構図についての分析があった。一部、補足・修正して再掲すると
①サブプライムローンの借り手(信用リスクの高い住宅購入者)
②サブプライムローンの貸し手(地域の銀行等)
③貸し手からローンを買い取って証券化商品を組成した証券会社・銀行等
④証券化商品に格付をした格付会社
⑤証券化商品の償還を保証した保証会社(モノライン)
⑥証券化商品の販売者(証券会社等)
⑦証券化商品を購入した投資家

今回のサブプライム・ローン問題は、そもそも、①の借り手の延滞率が高まったところから始まっている。借り手の延滞が増えれば、②の貸し手の貸出姿勢は厳しくなり、結果として住宅は売れなくなり、不動産価格は下落する。
今回のリーマン・ブラザーズは③の証券化商品を組成した証券会社・銀行等に相当するといえる。組成をするには、サブ・プライムローンを②の貸し手から仕入れ、証券化商品のして組み直し、⑥の販売者に卸さなければならない。それを商売として繰り返していれば③の組成者のバランスシートには、常に仕入れた住宅ローン債権と販売前の証券化商品が残っていることになる。あるいは、③組成者は⑥の販売者も兼ねているケースも多いと思われるので、不動産価格の下落、それに伴う証券化商品の評価損が組成を手広く行っていた米証券会社大手を直撃した。

サブプライム問題の連鎖は③組成者・⑥販売者までで終わるわけではない。最後は、⑦証券化商品の購入者である投資家にたどり着く。米保険最大手のAIGの株価急落による経営不安説は、いよいよ連鎖の最後の輪である投資家のところまで、この問題が波及したということではないかと思う。

一方、リーマン・ブラザーズの経営破綻は、リーマンに対する6130億ドルの債権を保有していた債権者に、貸し倒れという損失計上を迫ることになる。日本の銀行・証券・保険会社への影響が軽度であることを願うしかない。

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2008年9月15日 (月)

『陸上競技マガジン』と『月刊陸上競技』の2008年10月号で北京オリンピック男子4×100mリレー銅メダルの感動をもう一度

昨日、次女が通う高校の文化祭を見に行った帰り、いつもは降りない駅で降りて、ふらりと駅前の書店に入ってみた。雑誌のコーナーを見ていると懐かしいタイトルが目に入った。
『陸上競技マガジン』(ベースボールマガジン社)と『月刊陸上競技』(講談社)である。高校・大学時代に陸上部にいた頃は、よく読んだものだが、最近は書店で目にすることもなかったように思う。

陸上競技の雑誌は、マラソンやウオーキングなどの専門誌を除けば、『陸上競技マガジン』と『月刊陸上競技』しかなく、それは30年前から変わらない。多くの雑誌が揃うサッカーや野球に比ぶべくもない。そのマイナーな陸上競技2誌も2008年10月号は元気がいい。「4×100mR“銅”の輝きに酔う」(『陸上競技マガジン』)、「メダル夢の実現!!男子400mリレー,魂の継走」(『月刊陸上競技』)というキャッチコピーが踊り、表紙には男子4×100mリレー銅メダリストとなった塚原直貴、末続慎吾、高平慎士、朝原宣治のレース後の笑顔の写真。

陸上競技マガジン 2008年 10月号 [雑誌]

陸上競技 2008年 10月号 [雑誌]

『陸上競技マガジン』には、高校生の4×100mリレーに賭けた青春を描いた小説『一瞬の風になれ』を描き本屋大賞を受賞し、さらに昨年の大阪世界陸上での男子4×100mリレーの活躍を描いたノンフィクション『夏から夏へ』で、今回の銅メダルを予言したに等しい小説家の佐藤多佳子さんが「夏の記憶」と題した一文を寄せている。彼女は、男子4×100mリレー決勝を北京まで見に行ったのだ。さらに、『マガジン』には、4人の選手のインタビューも掲載されている。
『月刊陸上競技』には、予選から決勝までのリレーチームの様子が描かれている。100mで準決勝まで進んだ1走の塚原選手は、100mのレース後、左脚付け根の違和感を訴え、一時、リレーに出場できるかどうか危ぶまれる状態だったらしい。コーチ陣も含めた検討の結果、大阪世界陸上で5位の不動のメンバーで予選に臨むことになった。

夏から夏へ

世界の強豪16チームを8チームづつに分けて行う予選では、米国はじめ、イギリス、ポーランド、イタリアなど6ヵ国がバトンミスで失格。日本は38秒52と余裕含みのタイム(昨年の大阪世界陸上では38秒03の日本新で5位)ながら、決勝進出8チーム中3位で決勝に駒を進めた。記事やインタビューを読むと、予選から翌日の決勝までの1日間も、選手4人は相当な重圧を感じたようだ。普通に走れば3位(=オリンピックのメダル)という位置にいることが、逆に、何かアクシデントやミスでメダルを取れなかったら大変だというプレッシャーを選手に与えたに違いない。本人たちにしか分からないであろう凄まじい重圧の1日を乗り越えて、4人は決勝でも、普段通りに走り、38秒15という予選を遙かに上回るタイムで銅メダルを獲得した。

インタビューで末続選手が語る。

4継というナマモノの競技に不安なことはたくさん降りかかってくる。そこで不安に駆られて、何かを変えてはダメなんです。結局この種目は、肝心なところでミスをすること自体が“大したことないチーム”ということになるんですから。(『陸上競技マガジン』2008年10月号、9ページ)

それを受け、アンカーの朝原選手がインタビューを次の発言で締めくくっている。

(レース後)の記者会見で(優勝した)ジャマイカが速さの秘密を聞かれたとき、「足が速いから強いのは当たり前だ」というと思っていたら、「僕らは友達だから速い」と言ったんです。僕たちも、単にテクニックだけじゃなく、気持ちを乗せてバトンをつないでいる。今回は特にそう感じましたね。3人の勢いがあったから、僕が走れたんです。(『陸上競技マガジン』2008年10月号、9ページ)

佐藤多佳子さんは、改めて4人の取材をして、『夏から夏へ』の続編となるノンフィクション『夏の記憶』を書くはずである。そこで、3回目の感動を味わえることを楽しみにしている。

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2008年9月14日 (日)

羽生名人の活躍で、昨日、1日の総アクセス数の記録を1年2ヵ月ぶりに更新

やはり羽生善治名人の人気は特別である。最近、ブログで将棋の話題を書くことが多いが、7つのタイトル戦の全てにタイトルホルダーか挑戦者として羽生名人の名前が登場している今年、将棋のタイトル戦の話題を書くこと=羽生名人について書くことになる。

羽生名人の記事を書いた翌日は、アクセス数が増えるという傾向があったが、一昨日(2008年9月12日)書いた竜王戦の挑戦者決定の記事は特にアクセスが集中した。昨日1日その記事だけで957件アクセスがあり、その結果、このブログ全体への総アクセス数も1772件となり、わずかだが過去最高を更新した。

これまでの最高は河合隼雄さんが亡くなった日(2007年7月19日)の翌日(7月20日)の1762件。それまで、私が書いていた河合さんの容態に関する記事がグーグルでの上位に表示されていたので、一気にアクセスが集中した。
過去2番目は、2007年3月29日の1734件。これは、プロ将棋の世界で2006年半ばから2007年の年初にかけて当時の佐藤康光棋聖が、棋聖戦の防衛のあと、5つのタイトル戦で立て続けに挑戦しながら、なかなかタイトル奪取に至らず、5つめの棋王戦で当時の森内俊之名人・棋王から棋王にタイトルを奪取した翌日のことである。佐藤棋王の記事にアクセスが集中した。
このブログを始めてからの2年半で、この2日間の1700件超えが、群を抜いていて、この1年ほどは、まれに総アクセスが1000件を超えるかどうかで、それもほとんど羽生名人絡みだった。

羽生名人は過去1度だけ、七冠となったことがある。1996年2月の第45期王将戦で谷川浩司王将から王将位を奪い全7タイトル制覇を達成した。その後、棋王、名人を防衛するも、同年7月の第67期棋聖戦で挑戦者の三浦弘行五段(当時)に敗れ、羽生七冠時代は、5ヵ月余で幕を閉じている。
その羽生名人に再び、七冠制覇の可能性が出てきている。現在は、まだ四冠(名人・棋聖・王座・王将)だが、現在深浦王位に挑戦中の王位戦も3勝3敗で最終局にタイトル奪取がかかる。防衛戦となる木村八段との王座戦も初戦白星スタート。そして、残る2つのタイトル(竜王・棋王)のうち竜王戦の挑戦者にもなった。おまけに、渡辺竜王との竜王戦は勝った方か「初代永世竜王」であり、羽生名人は、永世竜王を獲得すれば、7つのタイトルの永世称号をすべて獲得するという「永世七冠」もかかる。羽生名人が勝てば勝つほど将棋界の話題が増え、注目されるという状況だ。

将棋ファンとしては、歴史的な出来事の証人になりたいという気持ちがあるだろう。二度目の七冠や永世七冠が達成された時には、どれぐらいのアクセス数になるのか、確かめてみたい気もする。

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2008年9月13日 (土)

ユニクロのリサイクルに古着を持ち込む

この週末は、今年の夏の暑さが戻って来た感じだが、9月も半ばを迎え、朝晩は涼しくなってきた。9月に入ったらやろうと思いながら、なかなか手が着いていなかったのが、夏の衣類の整理。
秋が本格到来すれば衣替えだが、その前に、この夏を最後にもう着そうにない夏物の衣類の整理にようやく手を着けた。

私の日常の衣類の80%はユニクロで買っているので、ユニクロが行っている「全商品リサイクル活動」に持ち込める。これは、ユニクロが2006年9月から毎年3月と9月の各1ヶ月間「サンキューリサイクル」として、自社で販売した全ての商品を対象に回収・リサイクルを行っているものだ。集められた衣類のうち、汚れていないものは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)との協力により、世界各地の難民キャンプに届けられているようだ。すでに、タイ・ネパール、ウガンダ、タンザニア、エリトリア、ソマリアなどに届けられているようだ。
2008 年9月の第5回「サンキューリサイクル」のプレスリリース
ユニクロホームページ:「全商品リサイクル活動」の詳細

私はこのリサイクル活動を今年の春まで知らなくて、今年の3月の末に店内のポスターを見て初めて気がついた。それまでは、衣替えの時、整理した衣類は、ユニクロの製品も含めゴミに出していた。

札幌に単身赴任していた2004年の秋から2005年の夏まで、特によくユニクロを利用したように思う。その頃買ったTシャツなど、今年で4シーズン目。さすがに、色もくすみ、全体的に繊維も疲れている感じで、まとめて出した。どれだけのものが、リユースに回されるかわからないが、何かの役に立つのなら、ただゴミ回収に出すよりはいいかなと思う。

日本もかつては、衣類を簡単に処分することなどできない貧しい国だった。終戦直後に限らず、私たちが子どもだった、昭和30年代から40年代初めは、ズボンの膝が擦り切れた時に膝当てをするのは、当たり前だったように思う。
着古した衣類を、難民キャンプに寄付するという行為自体、「日本人の傲慢」のような気もしないではないが、現実問題として、それがなにがしか世界の役に立っているなら、衣類はなるだけユニクロで買い、汚さないように大切に数年間着て、自分が着なくなったところでユニクロに再び持ち込み、何かの役にたててもらうというのが、一個人ができるささやかな、社会貢献かも知れないと思う。

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2008年9月12日 (金)

羽生善治名人強し、第21期竜王戦挑戦者決定三番勝負第3局は180手の激闘の末、木村一基八段を破り竜王戦でも挑戦者に

今日(2008年9月12日)は、第21期竜王戦の挑戦者が決まる日。挑戦者決定三番勝負の最終第3局である。勝ち残った羽生善治名人、木村一基八段がそれぞれ1勝ずつをあげて、いよいよ雌雄決する最終局である。

夜飲み会があって、家に戻って来たのは夜の11時近く。ネットの棋譜中継にアクセスするが、Flash版もJAVA版もアクセスが集中しているようで、重くて全然繋がらない。
ようやく繋がったJAVA版は、後手・羽生名人の178手目を示している。すでに、木村玉は風前の灯火。しかし、そこから、局面がフリーズして動かない。
同時に伝えられている中継ブログの控え室を映した動画は、検討していた将棋盤や駒をかたづけるところが映っている。勝負は決着したらしい。
再三、棋譜中継にアクセスを試みていると今度はFlash版が繋がった。羽生名人の180手目△8七桂不成の王手に、木村八段が投了したことが示されていた。

とうとう、竜王戦でも羽生名人が挑戦者となった。「羽生名人強し」である。10月から始まる第21期竜王戦七番勝負は、5連覇で永世竜位を狙う渡辺明竜王と、通算7期で永世竜王位を目指す羽生善治名人の初の永世竜王位を賭けた戦いになる。

第21期の竜王戦の挑戦者を決める予選では、羽生名人(当時は王座・王将の二冠)はトップ棋士16名が所属するランキング戦1組のトーナメント1回戦で深浦康市王位に敗れ、苦しいスタートだった。挑戦権を争う決勝トーナメントに出るには、1回戦の敗者8名での5位決定トーナメントを勝ち抜かねばならない。5位決定トーナメントとは言うものの、この1回戦で再び敗れると、来期のランキング戦2組への陥落が決まるという厳しい戦いである。
おまけに、今回の5位決定トーナメントに回った8人には、森内名人(当時)、佐藤二冠(当時)、谷川九段、三浦八段、中原16世名人と錚々たるメンバーが揃っており、勝ち抜くのは至難の技であった。しかし、ここで羽生は、初戦で谷川九段、2回戦で杉本昌隆七段を破り、5位決定戦では、初戦森内名人・2回戦佐藤二冠と実力者を連破した中原16世名人を破って、1組5位を決め、決勝トーナメントに名乗りをあげた。
ランキング戦3組までの各組優勝者、2組の優勝と2位、1組の優勝から5位までの11名で争う決勝トーナメントでは、4・5・6組の優勝者中で勝ち上がった糸谷哲郎五段を破り、さらにランキング戦で苦杯をなめた深浦王位(1組4位)、1組優勝の丸山忠久九段をともに終盤の逆転劇で連覇して、挑戦者決定三番勝負に進出。阿久津主税六段(3組優勝)、郷田真隆九段(1組3位)を破って挑戦者決定三番勝負に駒を進めた、木村一基八段を2勝1敗で退け、とうとう挑戦者である。特に、決勝トーナメントでの深浦戦、丸山戦はどちらも終局直前まで相手が優勢と言われていた将棋だったのに、終局間際に相手に失着が出て、勝ちを拾うという際どい戦いだった。

最強の挑戦者羽生善治名人を迎える渡辺明竜王は、第17期に4組優勝者として決勝トーナメントに出場。当時はまだ五段であった。森雞二九段(3組2位)、谷川浩司二冠(1組優勝)、屋敷伸之九段(1組3位)を破って挑戦者決定三番勝負に進み、そこでも森下卓九段(1組2位)に2連勝して挑戦者となった。六段に昇段して臨んだ七番勝負では、当時の森内俊之竜王を4勝3敗で破り竜王位を獲得。以来、第18期木村一基七段(4戦全勝)、第19期佐藤康光棋聖(4勝3敗)、第20期佐藤康光二冠(4勝2敗)と挑戦者を退け、竜王戦20年の歴史の中で初の4連覇を果たしている。

羽生世代・最強世代と言われる森内・佐藤の2人はすでに破っている渡辺竜王。ここで、絶好調の羽生善治名人本人の挑戦を退けることができれば、名実ともに羽生世代・最強世代に対抗する新世代の盟主と言えるだろう。
渡辺・羽生の永世竜王位を賭けた戦いは、世代間の闘争でもある。

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2008年9月11日 (木)

本日、30万アクセス突破とblogranKing.netの「日記(40代~)」で2位復帰

今日(2008年9月10日)午後8時過ぎに、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」の総アクセス数が30万アクセスを超えた。
15万アクセスが昨年12月14日、20万アクセスが今年3月15日、25万アクセスが6月20日で、概ね3ヵ月で5万アクセスというペースが続いているが、今回は見込みより1週間ほど早かったかなというところだ。
この3日ほどのアクセス増の理由が、一昨日の記事に書いた、草柳文恵さんが亡くなったことで、検索サイト経由で1月に書いた故・真部九段の記事と、さらに一昨日の記事にもアクセスが集中したためとなると、複雑な心境である。

昨日のアクセス増の結果、blogranKing.netの「日記(40代~)」で何回目かの2位になった。今回は、全体での総合ランキング(688位)や日記カテゴリの中でのランキング(20位)がいつもの2位の時より高い。

月日 総合 カテゴリ:日記 サブカテゴリ:40代~
9月9日 788位 26位 3位
9月10日 688位 20位 2位

このランキングで総登録件数の上位1%に入るというのが、参加した時からの目標の一つである。現在、総登録件数が42千件余りなので、420位あたりが目安になる。そこにはまだ届かないが、上位1.5%にはかなり近くなっている。
日常の記事へのアクセスで、常時これぐらいの位置にランキングされるようになりたいものである。

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2008年9月10日 (水)

第49期将棋王位戦七番勝負第6局は挑戦者の羽生善治名人が深浦康市王位を破り3勝3敗のタイに

昨日・今日(2008年9月9日〜10日)で行われた将棋の第49期王位戦七番勝負第6局は挑戦者の羽生名人が深浦王位を破り、対戦成績を3勝3敗のタイに戻した。
王位のタイトルの行方は前期と同様最終第7局に持ち越されることになった。
深浦3勝1敗から羽生2連勝でタイとなったところまでは、前期と同じ展開。前期は挑戦者の深浦八段が最終局を制し、初タイトルを勝ち取ったが、今期はどうなるだろうか。

最終の第7局は、約2週間後の9月25日(木)・26日(金)の2日間。神奈川県の箱根で行われる。勝った方が、第49期の王位となる。深浦王位が勝ってタイトル防衛・連覇となれば、準タイトルの朝日オープン選手者1期と王位2期獲得で九段昇段も果たすことになる。
挑戦者羽生名人が勝てば、現在の四冠(名人、棋聖、王座、王将)に、昨年失冠した王位を奪還し五冠となる。

羽生名人は、王位戦の最終局までに、木村一基八段との間で、明後日12日(金)の第21期竜王戦の挑戦者決定三番勝負第3局、17日(水)の第56期王座戦五番勝負第2局という気の抜けない戦いを2戦控えている。
12日に勝って竜王戦の挑戦者の座も勝ち取ることになると、昨年度末の棋王戦(挑戦者-敗退)から始まり、名人戦(挑戦者-奪取)、棋聖戦(挑戦者-奪取)、王位戦(挑戦者-継続中)、王座戦(タイトル保有-継続中)、竜王戦、王将戦(タイトル保有)と7つのタイトル戦全てに登場することになる。
依然として、二度目の七冠制覇の可能性も残し、竜王戦での通算7期獲得による永世竜王位獲得による「永世七冠」の実現の可能性も残している。

誰が、羽生名人のこの勢いを止められるのか。当面は、直接対決のある深浦王位、木村八段の奮闘を期待したい。

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2008年9月 9日 (火)

故・真部九段の記事への悲しいアクセス増、草柳文恵さん亡くなる

会社の昼休みなどに、携帯電話からインターネットにアクセスし、このブログのアクセス数や、どの記事が読まれているかなどをチェックすることがあるのだが、今日(2008年9月9日)は、今年の1月24日に書いた「「棋界のプリンス」故・真部一男九段の早すぎる死と中年クライシス」という記事にアクセスが集中している。故真部九段が亡くなったのは昨年(2007年)の11月24日、記事を書いた1月24日は、真部九段の死を悼んで、将棋連盟でお別れ会が開かれた日である。一周忌でもない日にアクセスが急増する理由が思い浮かばず、頭をかしげていた。

家に帰って、夕刊を見ていて、社会面に「キャスターの草柳文恵さんが亡くなる」という小さな記事に気がついた。「今日の午前5時50分頃に自宅マンションで自殺したらしい」との報道だった。

真部九段の記事のアクセス増の理由はこれしかない。草柳文恵さんは、昭和の時代に評論家として著名だった故・草柳大蔵さんの娘。1月の真部九段の記事には、あえて書かなかったのだが、真部一男九段と草柳文恵さんは、真部九段が「棋界のプリンス」と呼ばれていた頃、結婚している。当時は、誰もがうらやむ美男・美女のカップルだった。
しかし、いつかは不明だが、2人は離婚。その原因が何か、周りからはうかがい知る余地もないが、真部九段が、A級棋士にまで上りつめながら、2度ともA級の厚い壁に阻まれて1期で降級したこと、その頃から首が曲がらないという奇病に悩まされたということも原因としてあったかもしれない。

その真部九段は、昨年10月30日の順位戦C級2組の対局日に、新鋭豊島真之四段との対局中、まだ序盤の駒組みの段階で投了した。すでに相当体調は悪かったようで、自分が考えていた次の一手を指したら、相手が長考に入るのは確実なので、早めに投了しとという。それから、1ヵ月もたたないうちに、真部九段は亡くなっている。55歳の若さだった。その直後、次のC級2組の対局日に、別の棋士どうしの対局で、真部vs豊島戦と全く同じ展開になり、その対局中の棋士が、真部九段の考えていたという幻の次の一手をそのことを知らずに指し、その日が真部九段の通夜の日だったことも、当時、将棋界では話題になっていた。

夕刊の報道を見ると草柳さんにも持病があり、昨年5月に手術をしたという。別の報道では、その病気のことで悩んでいたとも書かれている。別れた夫が、昨年55歳の若さで亡くなったことの影響があったのかは分からないが、1年の間にかつて夫婦だった2人が相次いで亡くなったということは、美男・美女のカップルにあこがれた世代としては、悲しすぎる結末である。
草柳さんのご冥福をお祈りしたい。合掌。

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2008年9月 8日 (月)

健康保険証がカード化された

9月に入って、健康保険証がカード化された。クレジットカード大のプラスチックカードで2次元バーコード(QRコード)も印刷してある。これまでは、世帯に1通だったが、今回は被保険者である私(本人)はもちろん、被扶養者である家族にもそれぞれ1枚づつ配られ、5人家族である我が家には5枚のカードが配られた。被保険者と被扶養者以外に外見的な違いはなく、氏名と生年月日が記され、住所はカードの裏に自分で記入することになっている。

札幌に単身赴任していた頃、家族用に「遠隔地証」という名称で、もう1通保険証を交付してもらったことを思い出す。1人に1枚渡されるようになれば、組合もそのような手間は省けることになる。

全く不勉強だったので、ネットで検索して調べてみると、健康保険証の個人カード化は、2001年には、健康保険法施行規則で定められていたとのこと。しかし、施行規則では、従来の保険証の交付を認めていたことから、切り替えがはかばかしく進まなかったようだ。さらに2006年に厚生労働者が、健康保険組合など保険の運営組織に個人カード化を義務づけたようだ。我が社の健康保険組合も、2006年の義務化を契機に準備を始めたのだろう。

いざ、受け取ってみると、なぜ、これまで健康保険証は世帯に1通紙で渡されていたのだろうと考えてしまう。1人1枚の方が、明らかに便利である。きっと、これが当たり前だと思っていることの中にも、視点を変えれば、まだまだ改善の余地があることが多いに違いない。

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2008年9月 7日 (日)

『将棋世界』「二段」コース初回の採点は4問中2問正解の200点

4月から始めた雑誌『将棋世界』の昇段コースでのアマチュア「初段」への挑戦は、4ヵ月で無事規定の800点に達し、8月半ばには「初段コース」の卒業証が届いた。
引き続き、「二段」コースにも応募することにして、9月号の解答は、ギリギリの8月31日まで考えて、「二段」コース初回の解答を投函した。今回は、難しく自信があったのは4問中1問だけ。しかし、二段の規定1200点(12問正解)に向け、たとえ1問正解の100点でも、確保しておいた方がよいだろうと、とにかく応募した。

昨日(2008年9月6日)の午後、『将棋世界』の編集部から採点された往復ハガキの返信が戻ってきて、結果は4問中2問正解の200点だった。「二段」認定まであと1000点(10問正解)となった。
自信のなかった3問のうち、1問が正解だったのはうれしいが、初段コースの平均1回あたり4問中2問正解の200点のラインを超えられなかったのは、ちょっと残念でもあった。
次回はなんとか、3問(300点)以上の正解を勝ち取りたいものである。

『将棋世界』10月号では、通常の昇段コースとは別枠で、中原16世名人、谷川17世名人、森内18世名人、羽生19世名人の4人の永世名人が各5題計20問の「次の一手」を
出題するという「永世名人特別認定」という特集も行われている。配点は1問5点の合計100点で、点数に応じて、初段から六段まで認定してくれる。ここで、一気に「二段」を卒業できればうれしいが、この1ヵ月で通常の昇段コースの4問に加え、「永世名人特別認定」の20問まで考える時間が確保できるかどうか、それが一番の難題になりそうだ。

将棋世界 2008年 10月号 [雑誌]

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2008年9月 6日 (土)

将棋の第58期王将戦二次予選で郷田真隆九段が藤井猛九段に勝ち、挑戦者決定リーグ復帰を決める

第56期王座戦五番勝負が始まった昨日(2008年9月5日)、東京の将棋会館では、第58期王将戦の挑戦者リーグ入り3枠の一つを争う二次予選の決勝郷田真隆九段vs藤井猛九段戦が行われた。
今朝更新された将棋連盟ホームページの「最近1週間の結果」を見ると、先手郷田九段の勝ち。これで、第58期王将戦七番勝負での羽生王将への挑戦者を争う7人総当たりの挑戦者決定リーグ入りが決まった。

以前もこのブログで書いたように、郷田九段は19993年度~1995年度の3年間と1999年度からは2006年度まで8年連続でリーグ入りを果たしている。
2002年度に行われた第52期リーグ戦では、4勝2敗の好成績を収め、羽生竜王(当時)、郷田九段、森内名人(当時)の3人が同成績で並んだ。郷田九段は、リーグ戦の序列の上位2人(羽生、郷田)で行う挑戦者決定戦にまで駒を進めたが、惜しくも羽生竜王に敗れた。
昨年度は、リーグ入りを決める2次予選の決勝でタイトルを獲得したばかりの深浦王位に敗れ、9年連続リーグ入りを逃した。

今期の挑戦者リーグ7人の顔ぶれは、前期のリーグ残留者(前期成績)が上から
順位1位:久保利明八段(前期挑戦者:5勝1敗)
順位2位:佐藤康光棋王(4勝2敗)
順位3位:森内俊之九段(4勝2敗)
順位4位:丸山忠久九段(3勝3敗)
の4名。
2次予選からの勝ち上がり者が3名が同列の順位5位となる。
順位5位:深浦康市王位(2次予選決勝で渡辺明竜王に勝利)
順位5位:郷田真隆九段(2次予選決勝で藤井猛九段に勝利)
順位5位:中原誠16世名人vs高橋道雄九段の勝者
以上2名がすでにリーグ入りを決め、残る中原16世vs高橋九段戦も近々行われるはずである。

リーグ参加の7名中5名がA級棋士(うち2名タイトルホルダー)という強豪揃いの顔ぶれで、これから年末にかけて総当たりリーグ戦が行われる。
最上位の名が挑戦者となる。同成績が3名以上の場合は、順位が上位の2名により挑戦者決定戦が行われ勝者が挑戦者となる。また、下位の3名はリーグ陥落となる。こちらも、同成績の場合は順位が下位から陥落となる。(前期、郷田九段に勝ってリーグ入りした深浦王位は丸山九段と同成績の3勝3敗だったが、前期の丸山九段は順位2位、深浦王位は勝ち上がり組で5位であり、深浦王位が3人目の陥落者となった)

今期、棋聖戦、王座戦、ネット将棋最強戦と準決勝敗退が続いた郷田九段、また日本シリーズ、銀河戦、棋王戦でもすでに敗退しており、今期、順位戦以外で残る棋戦はこの王将戦、王位戦、NHK杯、朝日杯将棋オープンである。
総当たりリーグ形式のA級順位戦では今期も出足2連勝と好スタートを切っている。予め対戦相手の顔が見えるリーグ戦の戦い方を何かつかんだのかも知れない。王将戦、名人戦とリーグ予選で好成績を収め、それぞれ挑戦者に名乗りを上げ、羽生善治四冠の勢いに「待った!」をかけることをファンとしては願っている。

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2008年9月 5日 (金)

第56期王座戦五番勝負第1局は、羽生善治王座が挑戦者木村一基八段を破り、17連覇に向け好発進

今日(2008年9月5日)、東京で羽生善治王座が16年間タイトルを保持し続けている王座戦の第56期の五番勝負の第1局が行われた。
挑戦者は二次予選、挑戦者決定トーナメントを勝ち上がってきた木村一基八段。あわせて6連勝(二次予選:中田宏八段、豊川六段、挑戦者決定トーナメント:飯塚六段、久保八段、郷田九段、谷川九段)で挑戦権をつかんだ。

先日来、このブログでも書いているが2人は現在、第21期竜王戦の挑戦者決定三番勝負も戦っており、8月末から10月初めまで計8連戦の予定が組まれている。

羽生王座は1991年の第39期王座戦で挑戦者となり当時の福崎文吾王座から3連勝でタイトルを奪って以降、この王座のタイトルを16連覇しており、将棋界では同一タイトルの連覇としては最長記録となっている。16回のうち、9回は相手に1勝もさせずに3連勝で勝利しており、3勝1敗が4回、3勝2敗で最終戦にもつれ込んだのは16年間でわずか3回。羽生王座が初戦を落としたのは、わずか2回だけで、その2回は3勝2敗までもつれた。
短期決戦でもあり、挑戦者にとっては、まず、なんとか初戦に勝ち優位に立ちたいところだ。

将棋の内容は、後手となった木村八段の一手損角換わりの戦型に。しばし駒組みで膠着状態のあと、羽生王座が果敢に攻め、手持ちの角を木村陣に打ち込み、飛車を切って木村玉の守りの金を剥がし、その金をすかさず木村陣に打ち込み、相手の飛車の横効きを止め自分の打ち込んだ角に紐をつけ、橋頭堡を確保した。更に、逆サイドで「と金」作りに成功。木村玉を挟撃する態勢を整えた。
木村八段は、歩が成って「と金」となった瞬間に、羽生陣に飛車を打ち込み反撃開始。一時、棋譜中継の解説では木村八段が有利とのコメントも出たが、ここで羽生王座に攻防の角打ちが出て、その後は、羽生王座優勢となり、ほどなく木村八段の投了となった。
(棋譜は→こちら

今年の王座戦五番勝負もも羽生王座が初戦をものにして、17連覇に向け好スタートを切った。

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2008年9月 4日 (木)

サブプライム問題につき、その構造と原因を分析した「金融市場戦略チーム」の第一次、第二次報告書を見つける

米国のサブプライムローン問題が騒がれるようになってほぼ1年が経過した。
米国の景気減速に伴って低所得者向けの住宅ローン「サブプライムローン」の延滞率が上がり、そのサブプライムローンを証券化した運用商品(有価証券)を購入していた世界各国の投資家が評価損の計上を余儀なくされ、中には破綻するところも出てきたという程度の認識しかなかった。
もう少し詳しく理解しなければいけないと常々思っていたが、新聞を読んでも、ただいま現在目の前で起きていることの報道だけで、この世界中に飛び火した事件の構造を説明してくれるような記事は見たことがないし、書店にはあまたの解説本が並ぶが、どの本が素人向きの解説書と信頼がおけ、わかりやすいのか見極めきれず、結局、理解が進まないままだった。

仕事で、いろいろ調べていたら、ようやく素人にもよく分かるように書かれたレポートを見つけた。
2007年9月に渡辺喜美金融担当大臣の私的諮問機関として民間の実務家等を中心に発足した「金融市場戦略チーム」がまとめた2回の報告書である。2007年11月に第一次報告書、さらに2008年6月に第二次報告書がまとめられたもので、現在、金融庁のホームページで公開されている。
特に、第一次報告書は、2007年9月からスタートしたが、11月までの3ヵ月間に証券会社、格付会社、機関投資家等から勢力的にヒアリングそして議論を行ってまとめられたもので、わかりにくいサブプライム問題の構造・構図というものをポイントを整理しまとめている。さらに、原因の分析、今後、マーケットを正常化していくために取り得る施策の提言まで行っており、その提言の多くはその後の国際的な検討でまとめられた対応策の中に反映されたようである。

この報告書を読むと、サブプライム問題は、冒頭に私が書いたほど単純な構図ではない。第一次報告書の概要にまとめられている主要な役割だけを並べてみても、
①サブプライムローンの借り手
②サブプライムローンの貸し手
③貸し手からローンを買い取って証券化商品を組成した銀行等
④証券化商品に格付をした格付会社
⑤証券化商品の販売者
⑥証券化商品を購入した投資家
の6つの役割があり、それが複雑に絡み合っている。(その後、証券化商品の償還を保証した保険会社=モノラインも登場するが、2007年11月時点ではその存在まではあぶり出されていない)
さらに、証券化商品を運用する仕組みとして、長期運用である証券化商品を担保にした短期の資金調達を行うコマーシャルペーパー(CP)を発行するという手法が広まっており、そのCPの償還に問題が生じた場合の償還を保証する(流動性補完)を金融機関等が行っている。

大勢の利害関係者が、サブプライムローンという米国の高リスクの住宅ローンのリスクを分散して負担していたことになるが、サブプライムローンの延滞率の上昇というリスクの増加が、この世界中に張り巡らされたリスク負担の連鎖に、増幅して伝わり、数多くの破綻を招き、現在もまだ解決していないということであろう。

この問題に関心のある方は、報告書を一読されることをお勧めしたい。

<リンク>
第一次報告書の概要
第一次報告書
第二次報告書の概要
第二次報告書

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2008年9月 3日 (水)

将棋の第21期竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局は木村一基八段が羽生善治名人を破り1勝1敗に

今日(2008年9月3日)行われた第21期竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局は木村八段が羽生名人を破り、対戦成績を1勝1敗のタイとした。挑戦権は第3局の勝者が得ることになった。(速報)

羽生名人と木村八段の対戦成績は、前回の三番勝負第1局でまでで羽生名人13勝、木村八段3勝とワンサイドになっている。おまけに木村八段から見るとここまで8連敗。羽生名人は、対戦があるトップ棋士のほぼ全員に勝ち越しているとはいえ、これだけ分が悪いトップ棋士も珍しい。木村八段の通算で7割近い勝率を考えると、羽生名人にこれだけ負けているのはやや意外な感じもする。

竜王戦の棋譜中継のコメントを見ると、さらに、木村八段の3勝は全て後手番で勝っているとのこと。先手有利の将棋の世界で、これも意外なことである。第2局は、木村八段の先手。昨年も、竜王戦では挑戦者決定三番勝負まで進み、佐藤康光二冠(当時)と戦い、初戦に敗れたあと、2局目は勝ち、第3局で敗れ挑戦権を逃している。今期も羽生名人に先勝され、今日負ければ羽生名人の挑戦が決まる。

勝負は、後手の羽生名人が一手損角換わりを選択。攻め合いになり、羽生名人の踏み込みに木村玉に詰みがあるのではという解説もあったが、羽生名人が検討陣が詰みと予想した手を指さず、別の手を指したことで、木村八段も息を吹き返し、反転攻勢に。最後まで気の抜けない戦いだったが、木村八段の「竜」が羽生玉を追い、最後は羽生名人の投了となった。(第2局の棋譜は→こちら

これで、木村八段は先手番で初勝利。対戦成績のひとつ返して、羽生名人13勝、木村八段4勝となった。勝った方が挑戦者となる第3局は9月12日(金)に行われるが、その前に2人は明後日9月5日(金)に、第56期王座戦五番勝負第1局で羽生王座対挑戦者木村八段として対戦する。羽生名人の数あるタイトルである中でも、16年間守り続けている王座を、木村八段が奪うことができるのか、竜王戦の挑戦権獲得とあわせ、羽生七冠、永世七冠阻止の刺客となれれば、木村八段の株も一気に上がることになる。

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2008年9月 2日 (火)

パソコンでの日本語処理の技術史を語る『パソコンは日本語をどう変えたか』(講談社ブルーバックス)

講談社ブルーバックスの2008年8月の新刊の1冊がYOMIURI PC編集部の『パソコンは日本語をどう変えたか』である。サブタイトルに「日本語処理の技術史」とあり、パソコン、ワープロ、携帯電話といったデジタル機器での日本語、中でも漢字の処理技術の歴史を丹念に追いかけたものである。

読売新聞のパソコン誌「YOMIURI PC」の2007年1月号から10月号まで連載された「誰が日本語を作ったか」を大幅に加筆・修正したものらしい。

話は、日本経済新聞社が1967年に電算機による新聞作りを経営計画に掲げたあたりから説き起こされる。IBMと組んだプロジェクトがANNECS(Automated Nikkei Newspaper Editing & Composing System)として結実し、稼働を開始するのが1972年。
それ以降、住民票作成へのコンピューターでの漢字処理の導入、パソコンの登場、パソコンでの日本語処理、日本語処理に特化したワープロの隆盛、日本語入力手法としての富士通オアシスの「親指シフトキー」、ROMを利用した日本語(漢字)処理の特殊性で初期の日本のパソコン市場を独占したNECの98シリーズ、それをソフトウエア上で処理しようとしたIBMのOS-DOS/V、DOS/Vが果たせなかった98シリーズの牙城を崩した黒船「」コンパックの格安パソコン」とマイクロソフトのOS「Windows95」といった流れで、日本語(漢字)処理をキーとした日本のパソコン普及の歴史が語られている。

個人ユーザーとして、職場で富士通のワープロ「オアシス」の親指シフトキーに慣れしたしみ、「Windows95」とともに、本格的にパソコンユーザーとなった自分にとって、書かれていることのほとんどは、同時代人として自分が体験してきたことで、大変懐かし井思いで読んだ。

一方、パソコンに搭載する漢字の字数や字体によって、日本語の表現が制約され、パソコンが日本語を変化させることになるのではないかといった問題意識が著者の思いにはあるようで、それがタイトルが連載時の「誰が日本語を作ったか」から『パソコンは日本語をどう変えたか』変更された理由ではないかと思う。

いまや、漢字をうろ覚えでも、パソコンの方が、候補を示してくれ、ユーザーはその中から正しいものを選べばよい。パソコンから示される候補の範囲でしか、漢字を使いこなせないというのは、現実かも知れない。
一方で、字数の制約を乗り越えようという「今昔文字鏡」という壮大なプロジェクトが、実施されていたりと、今まで知らないことも知ることができた。

パソコンと日本語処理の歴史に興味のある方は、一読されるとよいと思う。

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2008年9月 1日 (月)

福田康夫総理大臣、まさかの辞任会見

政治ネタは、ブログには書かないことにしているのだが、さすがに今日の福田総理大臣の辞任会見には驚いた。

部屋でパソコンに向かっていたら、リビングにいた次女が「父さん、福田総理が辞任だって」と言う。「エー!」。リビングに行くと、テレビに映った福田首相が、淡々と辞意表明の会見をしているところだった。1年前の安倍首相の辞任会見の再放送を見せられているような気分になった。(安倍首相の辞意表明は2007年9月12日)

衆議院は自民・公明連立政権で過半数を確保しているものの、参議院では民主党を中心とした野党が過半数を握っているので、衆議院の優越が定められている予算と条約以外は、参議院が反対したらどんな法案も成立しない。再度、衆議院で2/3の賛成での再可決という強行手段もあるが、僚友・公明党が難色を示し、使えない。
もともと、福田首相が安倍前首相から政権を引き継いだ時、すでに、日本の政治状況・政権構造は閉塞状況にあったが、そこにサブプライム問題、原油高騰など難問が次々と現れ、福田首相としては、手枷足枷の中、やりたいことは何もできず、嫌気がさしたというところだろうか。

しかし、辞める気だったのなら、なぜ内閣改造などやったのだろうと思う。福田改造内閣の発足が2008年8月2日。それから1ヵ月で、改造の主役である首相が辞任したのでは新内閣の閣僚は浮かばれない。
あるいは、再選が決まった民主党小沢党首を相手に、迫り来る衆議院選挙を福田改造内閣では戦えないということが、自民党内でも明らかになって誰かに、「辞めるなら今しかない」と印籠を渡されたのだろうか。

この内憂外患の多事多難なおり、いまの日本の閉塞状況を打破できる政治的な選択肢は、自民・民主の大連立による挙国一致内閣しかないのではないか。でも、小沢民主党があくまで、民主単独政権を目指して首を縦に振らなければ、この混乱はまだまだ続くということだろう。
残る可能性は、与党が政権運営に行き詰まったのだから、野党第1党に政権を渡し、選挙管理内閣を組織させ、対案を立案させ、国民の前に示した上で、衆議院の解散・総選挙で民意を問うということかも知れない。そこで、民主党がこの閉塞状況を打破できるような対案が示せるのであれば、自民党も下野するべきであろう。
選挙民が参議院で民主党に過半数を与えたことに帰結は、民主党にこの国の政権を任せてみるということしかないのかも知れない。

いずれにせよ、次の衆議院選挙の結果が、この国の当面の舵取りを誰にするかを決める分岐点になるだろう。そこで、選挙民がどちらを選ぶのか、民主党が勝てばすんなり民主党政権だし、自民・公明連立政権が勝つのであれば、その時は自民・民主の大連立しかないだろう。選挙民としても、今まで以上にこれからの自民・民主の主張と行動をよく聞き、よく見ておかなければならないと思う。

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