プロとは「研究者」と「芸術家」と「勝負師」のバランスよく併せ持つ人-河合隼雄さんと谷川浩司九段の対談(PHP文庫『「あるがまま」を受け入れる技術』と『河合隼雄のスクールカウンセリング講演録』)から
河合隼雄さんが亡くなって1年が過ぎたが、亡くなった今でも、河合隼雄さんを偲ぶように、新たな本の出版や文庫化が続いている。
その中に、河合さんが毎年の学校臨床心理士全国研修会で行った講演をまとめた『河合隼雄のスクールカウンセリング講演録』(創元社)、将棋の谷川浩司九段との対談をまとめた『無為の力』(PHP)に加筆・改題して文庫化した『「あるがまま」を受け入れる技術』(PHP文庫)がある。
『河合隼雄のスクールカウンセリング講演録』は、臨床心理士が学校現場にカウンセラーとして派遣されるようになって、すでに10年以上が過ぎるが、そのスクールカウンセラーが全国から集まって開催される「学校臨床心理士全国研修会」で河合さんは、1996年7月の第1回から倒れる直前の2006年8月の第11回まで、計11回、毎年講演を行っている。この講演録では、そのうち専門誌等に掲載されたもの、講演テープが入手できたもの、計7回分が掲載されている。講演現場で日々臨床に携わるカウンセラーへのエールを送り、励ます講演内容になっている。
そして、そのスクールカウンセラーの講演でも話題になったのが、『「あるがまま」を受け入れる技術』で詳しく紹介されている将棋の谷川浩司九段との対談である。この対談の中で、谷川九段は棋士に必要な素養として「勝負師」と「芸術家」と「研究者」の三つの素質を三分の一ずつバランスよく持っていることが必要と述べている。
「あまりにも芸術家の部分が強すぎると、ちょと自分が悪い手を指した時に嫌気がさしてしまって、勝負に対して淡泊になってしまうことがあります。これでは、勝てる将棋も諦めて投げ出してしまうことになりがちです。
逆に勝負師の部分があまりにも強すぎると、その一局だけ勝てばいいということで、見ていて面白い、価値ある将棋が指せないということになってしまう。それはそれでプロ棋士としてはどうかと思います。
もうひとつ、研究者の素質というのは、最近になって必要とされるようになってきたんですね。(中略)今は本当に情報化社会で、お互いの対局の棋譜がすべてパソコンで検索できるような時代です。ですから事前に情報を調べておいて研究をするということに比率が非常に高い。
(中略)研究だけに偏ってしまうと、どうしても前例のない局面に入った時に自分の力で切り拓いていくような逞しさに欠けてきますし、自分の発想でまったく新しい手を打ち出していくような創造性に欠けるように思います。やはり自分の力で考えて、自分だけの手を指すというのが将棋の一番の醍醐味だと思いますので。」(『「あるがまま」を受け入れる技術』90~92ページ)
河合隼雄さんは2005年の「学校臨床心理士全国研修会」で谷川九段と対談したことに触れ、棋士の3つの素養について紹介した上で、次のように語る。
「みなさん、カウンセラーも同じだと思いませんか。やはり、われわれは研究者でないといけない。(中略)いろいろなものを読んで、こんな考え方もある。あんな考え方もあると知っている必要があります。しかし、実際にクライエントが「今から死にます」となったときに、「ちょっと待ってな!」とか言って調べているひまはありません。そこで「やめとけ!」というか、「そうか、死ぬか」と言うのか、選択肢はいろいろあります。そのとっさに判断、これは芸術的判断に近いのではないでしょうか。
でも、それだけでは足りません。「絶対に役に立つのだ。私の前に来たこの人の人生に、意味ある役に立つことをする。そのために自分はここにいるのだ」という強い信念を持つ。これが「勝負師」です。」(『河合隼雄のスクールカウンセリング講演録』204~205ページ)
将棋の頂点を極めた谷川九段が語り、臨床心理学の大家河合隼雄さんが紹介した<「研究者」と「芸術家」と「勝負師」>の三つの素質は、これから、あらゆる分野でプロフェッショナルを目指す者に求められることのような気がする。
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