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2009年1月の記事

2009年1月31日 (土)

将棋第80期棋聖戦最終予選各組2回戦まで終了、郷田真隆九段は渡辺明竜王に勝ち、挑戦者決定トーナメント入りに望みをつなぐ

羽生善治棋聖への挑戦者を決める棋聖戦の予選も1次予選、2次予選と進み昨年12月からは挑戦者決定トーナメント進出の8名を決める最終予選が始まった。

2次予選からの勝ち上がり組8名とシード8名の計16名がA・B・C・Dの各組4人づつに分かれる。最初の組み合わせは、決まっていて(シード棋士vs予選通過棋士)となっているようだ。2回戦は1回戦の勝者どうし、敗者どうしが対戦し、2連勝した棋士は各組1位通過、2連敗した棋士はこの最終予選で敗退。残った1勝1敗の8名で3回戦4局が行われ、勝って2勝1敗となった棋士4名が挑戦者決定トーナメントに進む。

私が応援する郷田真隆九段は、前期挑戦者決定トーナメントのベスト4まで進んだので、今回はシード棋士として最終予選C組に登場した。C組は郷田九段に加え、渡辺明竜王、谷川浩司九段、稲葉陽四段という顔ぶれ。郷田九段の初戦の相手は、プロ棋士になって間もない稲葉陽四段。1次予選、2次予選を勝ち抜いての最終予選登場である。郷田九段はこの新人棋士に苦杯をなめ黒星スタート。2回戦は、同じく1回戦で谷川浩司九段に敗れた渡辺明竜王との対戦となり、昨日(1月30日)行われた。結果は郷田九段の勝ち。渡辺竜王のホームページを見ると、渡辺竜王が序盤の駒組みで思うようにいかなかったようで、中盤では駒損をかかての戦いとなり、竜王にとっては不本意な内容だったようだ。

これで郷田九段は1勝1敗として3回戦に決勝トーナメントを賭けることになった。

ちなみに各組で2連勝した1位通過者は以下の通り。

A組:丸山忠久九段
B組:久保利明八段
C組:稲葉陽四段
D組:木村一基八段

そして1勝1敗となった8名は以下の通りである。

A組:佐藤康光棋王、藤井猛九段
B組:森内俊之九段、島朗九段
C組:谷川浩司九段、郷田真隆九段
D組:深浦康市王位、鈴木大介八段

郷田九段とトーナメント進出を賭けて戦うのは誰になるのであろうか。

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2009年1月30日 (金)

中公叢書から松村由利子さんの新刊『与謝野晶子』が2009年2月10日発売

確かな筋から、近々、中央公論新社から歌人の松村由利子さんの新刊が出るとの情報があったので、中央公論新社のホームページの「これから出る本」という欄にアクセスしてみた。

中公叢書2009年2月10日刊『与謝野晶子』松村由利子著とある。

「情熱の歌人などと一面的に描かれることの多い与謝野晶子。短歌から評論、童話にわたる幅広い活動を紹介するとともに、科学や教育に関心を持ち、多くの子を育てた等身大の姿を描く。」

との説明が付されている。

これまで、私個人の与謝野晶子のイメージといえば、歌集「乱れ髪」が有名な歌人で、日露戦争の時に『君死にたまふことなかれ』という反戦の歌を詠んだこと、源氏物語の現代語訳をしたこと、与謝野鉄幹の妻であったこと、等断片的なものでしかなく、与謝野晶子自身が女性としてどのような生き方をしたかは、あまりよく知らないというのが正直なところだ。

作者の松村さんは、短歌を詠むだけでなく、亡くなった石井桃子さんの追悼記事を書くなど児童文学にも親しんでおり、新聞記者時代には科学関係の取材をする部署に所属した経歴を持つ。おそらくは、与謝野晶子の生き方に大いに共感するところがあったに違いない。

この明治生まれの才媛を、昭和生まれの才媛がどのように描くのだろうか。与謝野晶子の生き様にも興味があるし、それを松村さんがどう解釈しどう描いているのか、その両面で読んだみたい。

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2009年1月29日 (木)

第58期王将戦7番勝負第2局は、挑戦者の深浦康市王位が羽生善治王将に勝って1勝1敗に

2009年1月17・18日の徳島で行われた第1局では、羽生王将が粘る挑戦者深浦王位を破って初戦を勝利で飾った。それから10日ほど、第2局は和歌山県の白浜に舞台を移し、昨日(2009年1月28日)から始まった。この七番勝負が始まる前までの2人の対戦成績は羽生24勝vs深浦23勝。第1戦の結果、羽生25勝vs深浦23勝となっていた。

第2局後手番となった深浦王位が積極果敢に仕掛けていく。4手目△3三角戦法という最近流行の戦法を取り入れる。この戦法を採用した後手の勝率が高いらしい。先手からの角交換を△3三桂馬と取り、飛車が角のいた2筋に回る。その桂馬を早々に△2五桂馬と跳ねて相手の飛車に取らせ、逆にその飛車をめがけて歩を突きだして、2筋の突破を狙う。さらに戦線を1筋にまで拡大していった。
しかし守りはそれぞれ先手の羽生王将が穴熊、深浦王位が美濃囲いとキチンと囲ってからの端攻めである。結局、深浦王位が羽生陣の1筋・2筋の攻略に成功、攻めの主導権を握り、そのまま攻めきった。羽生王将は、深浦玉を守る美濃囲いにまったく手もつけられないまま、自陣に迫る深浦方の馬・角・金・桂馬・香車の重層的な攻撃の前に、投了となった。

深浦王位としては、作戦成功というとことろだろう。これで2人の対戦成績は羽生25勝vs深浦24勝となり、次の対局が2人の50回目の対戦となる。

羽生四冠(名人・棋聖・王座・王将)と50局以上対戦があるのは、次の5人だけである。
( )内は羽生四冠から見た成績。(データは「玲瓏 羽生善治(棋士)データベース」より)
①谷川浩司九段158局(96勝62敗)
②佐藤康光棋王138局(90勝48敗)
③森内俊之九段97局(54勝43敗)
④郷田真隆九段52局(35勝17敗)
⑤森下卓九段51局  (37勝14敗)

少なくとも、この王将戦七番勝負であと3局は確実に対局があるので、七番勝負終了時点では、最低でも対郷田九段戦の52局に並び、七番勝負がもつれた場合にはそれを上回ることになる。
どういう結末になるのか。第2局は、羽生王将はやや精彩を欠いた感があり、このまま、深浦王位が勢いの乗ると、深浦王位の4勝1敗、王位・王将の二冠達成もあるかもしれないなどと思い、そうなった場合は、2008年度の最優秀棋士賞は誰になるのだろうと余計なことを考えたりしている。

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2009年1月28日 (水)

今日も寝る

今日は、検査のため母親を病院に連れて行くために、休暇を取った。検査は15分ほどで終わり、帰りに病院近くのスーパーで買い物をしてから家に帰る。

私自身も体調が万全でないこと、一緒に病院に行った妻も疲れが溜まっているようで、病院から戻ったあと、昼食し、しばらく横になった。

私は、昨日の帰りに寄った書店で見つけた将棋の故・大山康晴15世名人の15『[新装版]勝負のこころ』(PHP研究所)を読みながら、うつらうつらする。

熱があるといっていた長女を内科に行かせたところ、インフルエンザA型との診断。年末に母親が来てから、我が家の生活のペースもすっかり狂っていて、まだ正常化していない。家族それぞれが、なんらかの無理をしているようだ。なんとか、これ以上感染者を増やさないようにしなくては・・・。

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2009年1月27日 (火)

早く寝る

今朝起きると、やはり何となく体が熱っぽい。しかし、我が家の体温計は電池切れで正確な体温が測れない。おまけに、今日は、会社で数年に一度の人事部門の面接。とにかく、なんとか会社まで行き、1日働く。
本当は面接は今日・明日の2日間で、最初の予定では私の順番は明日だったのだが、日程が決まった後で、母親の検査が28日に決まり、病院へは私が車で連れて行かなくてはならないので、28日に休むため面接の予定を今日に繰り上げてもらっていたのだ。

なんとか、家まで戻ってきて、夕食を食べると、猛烈に眠たくなり、そのまま眠ってしまった。(1月28日記)

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2009年1月26日 (月)

ちょっと、熱っぽい

我が家では、先週末、次女が風邪で37度台の熱を出した。寒暖の差の激しい気候で体調の維持が難しい季節。
今日は、浮世の義理で、かなり大人数のパーティに参加。帰って来て、しばらくたったが、なんとなく熱っぽいような気がする。
まずは、十分は睡眠をとること。今日は、ブログもこの辺にして、早く寝ます。

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2009年1月25日 (日)

第50期将棋王位戦、挑戦者決定リーグの組分けと郷田九段の対戦スケジュール

深浦康市王位への挑戦者を決める第50期王位戦の挑戦者リーグへ進出を決めた8名につ
いては、先日も取り上げたが、前期からリーグ残留者4名と合わせたリーグ戦出場者1
名の紅白の組み分けが先週末に決まった。それぞれ次の通りだ。

紅組
(1)羽生善治名人(前期紅組1位、挑戦者)
(2)丸山忠久九段(前期白組2位)
(3)渡辺明竜王(予選5組)
(3)郷田真隆九段(予選6組)
(3)先崎学八段(予選2組)
(3)木村一基八段(予選1組)

白組
(1)橋本崇載七段(前期白組1位)
(2)阿久津主税六段(前期紅組2位)
(3)佐藤康光棋王(予選4組)
(3)井上慶太八段(予選8組)
(3)三浦弘行八段(予選3組)
(3)久保利明八段(予選7組)

私の応援する郷田九段は紅組。前期挑戦者の羽生名人、郷田九段の永年のライバル丸山九段、渡辺明竜王と錚々たるメンバーが揃っている。
郷田九段の対戦スケジュールは1回戦:丸山九段、2回戦:羽生名人、3回戦:先崎八段、
回戦:渡辺明竜王、5回戦:木村八段という順番になった。
とりあえず、2回戦までの丸山戦、羽生戦で2連勝で乗り切れるかどうかだろう。なんと
か出足で、軌道に乗せ、その勢いで挑戦まで一気決着させてしまってほしいものである。

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2009年1月24日 (土)

ようやく仕事上のプロジェクトが一段落

昨日(2009年1月23日)の午後、一昨年の秋から始まり足かけ3年にわたった仕事の報告を終え、公私(こうし)の「公」の面でようやく一段落した。

ある種のプロジェクトのようなもので、昨年の秋には君も主要メンバーの一人と言われてから、実際にプロジェクトが明確な形になるまで、半年。昨年6~7月に最初の仕事の山があり、その後、昨年の10月から本格化し、12月前半が最後の仕上げ、昨年暮れからはプロジェクト全体のまとめということで、かなり忙しかった。
このプロジェクトの専念できるならまだいいのだが、同時並行して日常業務を行いながらだったので、なかなか余裕をもって仕事ができていなかった。
おまけに昨年暮れになって、田舎で一人暮らしをしていた母親が体調を崩し、急遽、一時的に同居をするということになり、公私の「私」の面でも考えて結論を出さなければならない話が増え、なおさら余裕がなくなっていた。

その分、このブログの内容には明らかにしわ寄せが来ていて、その日の内に更新が出来ずに翌日2日分書いたり、内容も書きやすい「将棋」の話が多くなっていた。勇んで次の目標に掲げた「社会保険労務士」試験の勉強も完全に頓挫していた。

しかし、それも昨日の報告で私の役目は一段落。あとは、報告書を製本して、関係部署の送るなど事務的なことだけで、頭を使う仕事は昨日で終わりだ。

ブログの方は、先日1000タイトルを迎え、総アクセス数も39万を超え、今月末が来月早々には40万アクセスを達成する見込みで、来月26日には2006年2月26日にこのブログを書き始めてから丸3年となり、4年目に入る。いろいろな意味で節目を迎えることになる。仕事が一段落したのを機に、初心に返ってブログに向かいと思う。

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2009年1月23日 (金)

第22期竜王戦ランキング戦1組1回戦、郷田真隆九段が先崎学八段を破り2回戦進出

昨年(2008年)の第21期竜王戦七番勝負での渡辺明竜王と挑戦者羽生善治名人との激闘の記憶もまだ覚めやらない中、次の第22期竜王戦七番勝負での挑戦者を決める戦いが始まっている。昨日(2009年1月22日)は、竜王戦の予選の中でも、最上位であるランキング戦1組が開幕した。

そのうちの1局が、私が応援する郷田真隆九段と昨年から好調で竜王戦での1組に復帰した先崎学八段との対決。郷田九段が勝って、2回戦進出を決めた。

先崎八段の『山手線内回りのゲリラ』などの著書を見ると、私生活では2人はかなり親しいらしい。棋歴では、奨励会入会こそ先崎八段が1年先で、プロ(四段)になったのも先崎八段が2年早い(先崎1988年、郷田1991年)が、プロ入り後は、郷田九段が先にC級2組を抜け、その後は順位戦では、郷田九段の後を追うように先崎八段が昇級するというパターンが続く(1996年第55期郷田B級2組昇級・先崎C級1組昇級、1998年第57期郷田B級1組昇級・先崎B級2組昇級、1999年第58期郷田A級昇級、先崎B級1組昇級)。
2人が同時に同じクラスに在籍したのは郷田九段がプロ入りしてC級2組に入り、C級1組に昇級するまでの3年間だが、この間2人の対戦は第49期の1回しかなく、その時は郷田四段(当時)が勝っている。その後は、1クラスずれたまま2人が同時に昇級したので、なかなか順位戦では対戦が実現しない。
2人のポジションが逆転するのが、2000年の第59期の順位戦である。前期58期B級1組に昇級した先崎七段は8勝3敗でB級1組2位となり、3期連続の昇級を決め、念願のA級棋士の椅子を手にする。しかし、一方、前年A級に昇級していた郷田八段は3勝6敗でA級9位でB級1組降級となり、A級の椅子を先崎新八段に明け渡すことになった。
その第59期順位戦では郷田八段はB級1組で8勝4敗で3位となり昇級を逃し、先崎八段は初のA級を4勝5敗7位で終え、A級にとどまった。
続く、2001年第60期順位戦では郷田棋聖がB級1組で9勝3敗2位で2度目のA級昇級を決めた一方、A級では先崎八段が2勝7敗で9位となりB級1組降級が決まり、第61期には2人のポジションは再逆転する。
しかし、2度目のA級昇級でも4勝5敗の成績を上げながらも、9位となり郷田九段はまたも1期で降級の憂き目にあう。
郷田九段は2004年第63期順位戦でB級1組8勝4敗2位で三度目のA級昇級を決めるが、郷田九段のこの3度目のB級1組在籍となった2003年・第62期、2004年・第63期の2年間、2人は対戦し、第62期は郷田九段の勝ち、第63期は先崎八段の勝ちとなっている。

2006年の第65期からはB級2組に降級し、やや精彩を欠いていた感のある先崎八段であるが、今期第67期のB級2組では7勝1敗でトップ。この竜王戦1組昇級に加え、王位戦でも挑戦者リーグ入りを果たし、王位戦でも紅組で郷田九段との対戦が組まれている。私生活では親しい2人が盤上ではどんな火花を散らすかも、見どころだろう。

順位戦での2人の軌跡

第47期:先崎C級2組
第48期:先崎C級2組
第49期:先崎C級2組:郷田C級2組
第50期:先崎C級2組:郷田C級2組
第51期:先崎C級2組:郷田C級2組
第52期:先崎C級2組:郷田C級1組
第53期:先崎C級2組:郷田C級1組
第54期:先崎C級2組:郷田C級1組
第55期:先崎C級1組:郷田B級2組
第56期:先崎C級1組:郷田B級2組
第57期:先崎B級2組:郷田B級1組
第58期:先崎B級1組:郷田A級
第59期:先崎A級  :郷田B級1組
第60期:先崎A級  :郷田B級1組
第61期:先崎B級1組:郷田A級
第62期:先崎B級1組:郷田B級1組
第63期:先崎B級1組:郷田B級1組
第64期:先崎B級1組:郷田A級
第65期:先崎B級1組:郷田A級
第66期:先崎B級2組:郷田A級
第67期:先崎B級2組:郷田A級

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2009年1月22日 (木)

中国に旅立つ後輩を送り、韓国料理を堪能

今日は、かつて同じ職場だった会社の若い後輩が海外赴任が内定したということで、送別会。場所は六本木の韓国料理の店。

当時の上司や同僚、後輩と久しぶりに顔を合わせて、飲み語り、あっという間の3時間だった。

海外赴任する後輩の行き先は、中国の上海。おそらく、今もっとも刺激的な場所かも知れない。奥さんも、たまたま知り合った留学生に紹介してもらった中国の人なのだが、奥さんのおばあさんはもとは日本の中国残留孤児だという。こういう若者が、また時代を変えて行くのだろう。

我々、中年世代も負けてはいられない。「自分に出来ることは何か?」考えなければいいけないと、韓国風すきやきを食べながら思った一夜だった。

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2009年1月21日 (水)

将棋第67期A級順位戦7回戦第5局谷川浩司九段vs木村一基八段戦は木村八段の勝利

佳境を迎える将棋の第67期A級順位戦7回戦で最後に残った川浩司九段vs木村一基八段戦が、谷川九段のホームグラウンドである大阪の関西将棋会館で今日(2009年1月21日)行われた。

これまでおこなわれた7回戦4局の結果、郷田真隆九段(今期A級3位)が5勝2敗で単独トップ、それを4勝3敗で追うのが、森内俊之九段(同1位)と佐藤康光棋王(同8位)の2人。三浦弘行八段(同2位)、丸山忠久九段(同4位)、藤井猛九段(同6位)、鈴木大介八段(同9位)、深浦康市王位(同10位)の5人が3勝4敗で並ぶ。
今日対戦する2人はどちらも3勝3敗なので、勝った方が4勝3敗となりA級残留に目処がつく一方、負ければ3勝4敗の残留争いグループに入ることになる。

今日の対局は、谷川九段の先手。先手が振り飛車(四間飛車)に構え、後手の木村八段は居飛車。谷川九段側から見て、盤面の右側に双方の玉が陣取り、左側に飛車・角が結集し攻防が始まった。谷川九段は、四間に振っていた飛車を玉に近い3筋に戻し木村玉をにらむが、5・6・7筋に集結した木村陣の攻め駒の怒濤の攻めが始まり、谷川九段得意の「光速の寄せ」は不発のまま、谷川九段の投了となった。
今期のA級での順位が5位と上位半分に入っている木村八段は4勝目を上げたことで、
A級残留が決まったはずである。

これで、7回戦終了時での状況は以下の通りとなった(あわせて今後の対戦相手も付記)。

1位5勝2敗:郷田九段(3)-⑧三浦八段、⑨木村八段
2位4勝3敗:森内九段(1)-⑧佐藤棋王、⑨三浦八段
3位4勝3敗:木村八段(5)-⑧深浦王位、⑨郷田九段
4位4勝3敗:佐藤棋王(8)-⑧森内九段、⑨藤井九段
5位3勝4敗:三浦八段(2)-⑧郷田九段、⑨森内九段
6位3勝4敗:丸山九段(4)-⑧谷川九段、⑨深浦王位
7位3勝4敗:藤井九段(6)-⑧鈴木八段、⑨佐藤棋王
8位3勝4敗:谷川九段(7)-⑧丸山九段、⑨鈴木八段
9位3勝4敗:鈴木八段(9)-⑧藤井九段、⑨谷川九段
10位3勝4敗:深浦王位(10)-⑧木村八段、⑨藤井九段

2月4日にいっせいに行われる8回戦はどれも目が離せないが、挑戦者争いという点では郷田vs三浦戦、森内vs佐藤戦の2局、3勝4敗同士の対戦で負けた方が限りなく降級に近づくという観点では、丸山vs谷川戦、藤井vs鈴木戦だろう。順位10位の深浦王位も悲願のA級残留に向けてあと1つも負けたくない、負けられないというところだろう。結局どれも見逃せない一戦になりそうである。

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2009年1月20日 (火)

将棋第50期王位戦挑戦者決定リーグ進出者8名決まる

第50期王位戦七番勝負で深浦康市王位への挑戦者を決める挑戦者決定リーグは、紅白各組6名の計12名が争う。
前期のリーグからの残留者である羽生善治名人(紅組優勝、挑戦)、橋本崇載七段(白組優勝)、阿久津主税六段(紅組2位)、丸山忠久九段(白組2位)の4名に加え、8組の予選トーナメント通過者が、先週(2009年1月16日)の1組決勝木村八段vs屋敷九段戦を最後にようやく出揃った。

各組の決勝戦の結果は次の通り。なお、(前リ)は、前期リーグからの陥落者。

第1組:木村一基八段(前リ)○×屋敷伸之九段●
第2組:先崎学八段○×松尾学七段(前リ)●
第3組:三浦弘行八段○×日浦市郎七段●
第4組:佐藤康光棋王○×宮田敦史五段●
第5組:渡辺明竜王(前リ)○×豊島将之四段●
第6組:郷田真隆九段○×山崎隆之七段(前リ)●
第7組:久保利明八段(前リ)○×鈴木大介八段●
第8組:井上慶太八段(前リ)○×谷川浩司九段●

予選通過者8名を見ると、4名が前期リーグ陥落者の復帰である。残り4名のうち、3名はA級棋士。佐藤棋王は王位獲得こそない過去4回挑戦者として七番勝負に登場しているし、郷田九段も第33期王位を獲得しており、第36期まで計4回七番勝負に出ている。A級棋士のうち三浦八段が初めての予選通過、挑戦者リーグ入りというのは意外である。
先崎八段は、今期、在籍するB級2組でトップを走るなど好調であり、王位戦予選でも好調さを裏付ける結果となった。先崎八段も第46期には挑戦者リーグ紅組を制し、佐藤康光棋聖(当時)との挑戦者決定戦にまで進んでいる。

リーグ参加12名の顔ぶれを見ると、王位以外のタイトルホルダーは3名全員参加、深浦王位を除くA級棋士9名中5名参加、そこに今期好調の久保八段、先崎八段も参加し、重厚な布陣で、どの組合せも熱戦が期待できる。

私個人としては、郷田真隆九段を贔屓にしていることもあり、郷田九段が挑戦者となって17期ぶりに王位に復帰することを期待している。

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2009年1月19日 (月)

昨日で1000タイトル達成、なぜ最近「将棋」のことばかり書くのかについて

昨日(2009年1月18日)書いた「将棋の第58期王将戦七番勝負始まる、第1局は羽生善治王将が深浦康市王位を退ける」の記事の累計が、このブログを2006年2月26日に書き始めてからちょうど1000タイトルとなった。

2008年12月20日から22日の3日間、やむを得ず休んだが、その3日間を除けば、2007年1月1日からは毎日1タイトル以上の記事を書いてきた。書き出した当初は、「中年クライシス」をテーマにかかげ、ずいぶんとそのテーマを意識した記事を書いてきたが、最近は読んだ本の話と将棋の話と、自分の近況報告のようなものが中心になってきてしまった。

「中年クライシス(中年期の危機)」をあえて、テーマとして選ぶことが少なくなったのは、自分自身がその時期を過ぎてしまったからかも知れない。書き始めた2006年2月は45歳、約3年たった現在、48歳となり、50歳の大台はもうすぐそこである。「中年クライシス」の次ぎに、親の介護や子どもの受験・成人という「50代の現実」が否応なくやって来るという感じである。
「中年クライシス」を書く機会が減ったもう一つの理由は、河合隼雄さんが亡くなったことだろう。河合隼雄さんは中年期の危機をテーマに古今の文学作品を読み解いたその名も『中年クライシス』(現在、朝日文庫に収録)という著作があるくらいである。私は、河合隼雄さんの著作で中年クライシスという概念を知り、周防正行監督の映画『shall weダンス』で役所広司の演じる中年サラリーマンに、中年クライシスの現実(もちろん映画の中の虚構だが)を見た。

結局のところ、結論めいたことがあるとすれば、現在の自分は過去の自分の数々の選択の結果だし、将来の自分の姿を変えたければ、現在の自分の一つ一つの選択を変えることからしか変えることはできないということだろう。

私が最近、子どもの頃、夢中になりいつしか指さなくなってしまった「将棋」の世界に再び目を向けて、プロ棋士の生き様に注目しているのは、彼らが生業(なりわい)としている「将棋」というものが、まさにお互いの一手一手を選択しながら戦う競技だからなのだと思う。その一手を選択したのは、他の誰でもない自分自身であるということ、勝っても負けても、その選択の結果は自分自身で引き受けるしかないという冷徹な現実を常に抱えているからである。
一握りの天才・神童たちが集まり、さらにその中から選りすぐられた少数の者だけがプロになる。しかし、その少数の天才たちの間でも、優勝劣敗のルールは分け隔てなく働き、トップ棋士としてタイトルを争い、タイトルホルダーとなれるのはほんの一握りである。強靱な精神力なくしては、生きぬいていくことさえ、難しい世界なのではないかと思う。
棋士達が将棋について語る言葉に中に、何か見つけられればと思っている。

1000タイトルまで読んで下さった方、ありがとうございます。これから2000タイトルに向けて、書き始めます。

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2009年1月18日 (日)

将棋の第58期王将戦七番勝負始まる、第1局は羽生善治王将が深浦康市王位を退ける

大混戦の挑戦者リーグを制した深浦康市王位が羽生善治王将への挑戦者として登場した第58期王将戦。夏の王位戦七番勝負では、深浦王位へのリターンマッチに羽生名人が登場し、4勝3敗で深浦王位が初防衛を果たしたばかりである。それから3ヵ月余。

ここまでの羽生王将(名人)との通算対戦成績が23勝24敗と互角に渡りあっている深浦王位の挑戦者としての登場を羽生王将はどう見ているのだろうか?同じ相手に1年に2回も負けられないと羽生王将が格の違いを見せつけようと、念じているかもしれない。
一方の深浦王位は、羽生を相手に王位タイトルの奪取・防衛を果たし、羽生キラーが健在であることを知らしめたが、王将位も手にして二冠となれるかどうか。二冠となれば、過去に記録した棋士が数える程であり、一気に将棋史に名を残す棋士となる。

第1局の将棋の展開は、後手の羽生王将が、一手損角換わりを選択。途中、羽生優勢で進んでいた展開だったが、最終盤で深浦王位も粘りを見せたが、最後は羽生王将の的確な寄せに投了となった。前期の深浦八段が羽生王位から初タイトルを奪った第48期王位戦七番勝負、タイトルを奪われた羽生王位が捲土重来、挑戦者として再登場した第49期王位戦七番勝負とも4勝3敗で深浦王位が制したが、今回の王将戦七番勝負はどうであろうか。初戦を見る限り、今回も熱戦が期待できそうである。

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2009年1月17日 (土)

将棋第67期A級順位戦7回戦第4局、三浦弘行八段vs佐藤康光棋王戦は佐藤棋王が勝ちプレーオフ進出の可能性残す

前日の丸山忠久九段vs藤井猛九段戦し、二日連続でのA級順位戦。昨日(2009年1月16日)の4回戦は3勝3敗同士の三浦弘行八段vs佐藤康光棋王の対戦。

三浦八段は2001年の第60期にA級に昇級して今期で8期目だが、前々期(65期)までは、昨年までは勝ち越しが2003年の第62期の5勝4敗の1回しかなく、最終局まで降級争いの渦中にいることが多く、なんとかA級の地位を維持しているというイメージが強かったが、前期66期は一転、2回戦で羽生善治三冠に敗れたものの、7回戦まで6勝1敗と勝ち進み、早々に勝ち越し残留を決め、羽生三冠と挑戦権を争った。8回戦で谷川九段に敗れ挑戦権こそ逃したものの7勝2敗の成績で堂々の2位となり、A級での通算成績も30勝33敗大きく改善した。今期はここまで3勝3敗と前期には及ばないものの、今日勝って4勝目をあげれば、残留が確定し、8回戦でトップを走る郷田九段との対戦があり、他力ながらプレーオフ進出の望みもある。
一方の佐藤棋王は、前期、66期のA級順位戦で順位4位に位置し、名人挑戦者候補の一人だったが、なんと出だしから6連敗で単独最下位となった。しかし、そこから降級を争っていた行方八段、久保八段を連破、最終9回戦も木村八段を降し、6連敗後の3連勝で辛くも8位に踏みとどまり、辛くもA級棋士の地位を守った。前期の轍は踏みたくないはず。今期はすでに前期と同じ3勝をすでにあげているが、上位5人、下位5人がきれいに分かれた前期と異なり、今期は全員が3勝以上という大混戦。順位が下から3番目の8位では勝ち越すまで安心はできない。

将棋は、双方が居飛車で後手の佐藤棋王から角交換を行う一手損角換わりの展開に。素人目には、三浦八段のどの手が悪手・緩手とも判断がつかないのだが、佐藤棋王から飛車取りの角を打たれ、1筋に封じ込められた三浦八段の飛車に対し、佐藤棋王の飛車は△8二の定位置から動かなかったものの、 飛車先の歩がどんどんと伸び、▲8八に陣取った三浦玉を遠目で睨んでおり、その働きの差が内容の差になったようにも見えた。
三浦八段は、居玉で△5一の定位置にいた佐藤玉を脅かすような攻め手を繰り出せないまま、自玉が左右から挟撃され、あえなく投了となった。
前日の丸山vs藤井戦に続き、この三浦vs佐藤戦も、勝者側も序盤での構想勝ち、敗者側の作戦負けという感じの内容であった。

佐藤棋王を前期を上回る4勝目を上げ、5勝2敗の郷田九段に続く、4勝3敗の2位グループに森内九段と並び名乗りをあげた。7回戦の残り1局(谷川九段vs木村八段戦)の勝者を含めた3名が4勝3敗で郷田九段を追うことになるが、8回戦で森内九段vs佐藤棋王が対戦する。
7回戦まではバラバラの日程で行われてきたA級順位戦も8回戦(2月4日)と9回戦(3月3日)だけは、個々の対局の勝ち負けが挑戦・降級に大きく影響することから同日にいっせいに行われる。

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2009年1月16日 (金)

将棋第67期A級順位戦7回戦第3局、丸山忠久九段vs藤井猛九段戦は藤井九段が勝って全員3勝以上の大混戦

羽生善治名人への挑戦権を争う将棋の第67期A級順位戦も7回戦まで進行。1月8日に行われた4勝1敗同士対戦、森内俊之九段vs郷田真隆九段戦は、郷田九段が勝ち5勝1敗で単独トップに立った。一方、同日に行われた3勝3敗の深浦康市王位と2勝4敗の鈴木大介八段戦は、負けると降級に限りなく近づく鈴木八段が当面の敵深浦王位を破り、ともに3勝4敗となった。

昨日(2009年1月15日)は、3勝3敗の丸山忠久九段(先手)と2勝4敗の藤井猛九段(後手)の対戦。鈴木八段が勝ったことで、藤井九段以外の9人は7回戦終了時点での3勝以上が確定しており、藤井九段は今日負けて2勝4敗となると、現在の暫定最下位が確定最下位となり降級候補のトップに躍り出ることになる。一方の丸山九段も今期のA級順位戦3連勝後3連敗となっており、ここで踏みとどまって4勝めをあげれば、今期のA級での順位が4位と上位に位置しているので、自分より下位の6人の中で4勝止まりが2人以上は確実に出るのでA級残留も確定し、プレーオフの可能性も残るが、4連敗を喫し黒星先行となると、全員が3勝以上となって降級ラインが上昇し、3勝止まりのままでは降級の可能性も出てくる。
名人戦棋譜速報のコメントでは、2人の通算対戦成績は丸山14勝、藤井13勝と拮抗していて、さらにA級順位戦だけとれば藤井九段の5勝2敗とのこと。どちらがかってもおかしくない。

戦型は、先手丸山九段の居飛車、後手藤井九段の振り飛車(四間)となり、藤井九段側から角交換を行い、飛車を四間から向かい飛車へと2筋に回した。その後、玉の守りも藤井九段が穴熊に潜ったのを見て、丸山九段も矢倉模様から穴熊に組み替え、お互いの玉が▲9九と△9一で向かい合うことになった。
序盤から中盤の駒組みの段階で、藤井九段がポイントを稼ぎ、藤井九段にはいくつか攻め手の選択肢があるのに対し、丸山九段には効果的な指し手が見あたらないという状況になった。藤井九段は、自らの玉頭でもある9筋から戦端を開き、向かい飛車で2筋に回っていた飛車を7筋に呼び戻し、攻撃陣を充実。一方、丸山九段の飛車はを攻めに活用できず、防戦一方。時折、散発的に攻めるが続かない。総じて、藤井ペースで進み、最後には丸裸にされた丸山玉の横から飛車打ちの王手。詰み筋があり、丸山九段の投了となった。

これで、丸山九段、藤井九段とも3勝4敗。7回戦残りの2局はいずれも3勝3敗同士の対戦であり、7回戦終了時には5勝2敗1人、4勝3敗3人、3勝4敗6人という大混戦が続く。

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2009年1月15日 (木)

ネットオークションで初めて西島三重子のCD「Bye-Bye」を落札

インターネットを始めて間もない頃には、プリンターやコンパクトフラッシュなどパソコンの周辺機器類をいくつかネットオークションで購入したことがあったが、ここ数年はまったく利用したことがなかった。

最近、よく見ていたのが廃盤になったCD。最近ライブを2回ほど聴きに行った西島三重子のCDで現在も発売されているのは、ベスト盤だけで、かつてのアルバムは全て廃盤。また、4年ほど前の札幌での単身赴任の頃から聴くようになったHi-Fi Setもすでにグループとしては解散しているので、ベスト盤しか手に入らないため、よくヤフーのネットオークションの出品を眺めている。

西島三重子のCDについては、過去も何回か手に入りにくいアルバムに入札していたが、最後には私の入札額より高値の札が入り、5000円を上回るような価格になってしまっていた。
今回入札したのは西島三重子が、デビュー当時のレコード会社であるワーナー・パイオニアからテイチクに移籍した直後に出した「Bye-Bye」というアルバムをCD化したもの。テイチクに移籍直後には、よくTVにも出ていて、深夜の音楽番組で彼女が歌うのを聴いたのがファンになるきっかけで、この「Bye-Bye」は西島作品の中で最初に買ったLPだった。
あとは、落札金額と送料を振り込んで、CDが無事届いてくれるのを待つだけである。

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2009年1月14日 (水)

公認不正検査士(CFE)の資格認定メール届く

今日(2009年1月14日)、家に帰ってパソコンを開きメールを見ると、日本公認不正検査士協会からメールが届いていた。

このたび、○○様が申請されました「CFE資格認定申請」に対し、ACFE本部 Certification Committee におきまして厳正なる審査の結果、○○様のCFE資格が2009年1月13日付けで認定されましたことをここにご通知申し上げます。

という内容だった。昨年10月18・19日に受験した公認不正検査士試験は、1ヵ月後の11月19日に合格通知が届いたが、公認不正検査士と名乗るには、米国ある不正検査士協会の本部に認定申請をしなければならない。
認定には不正検査関連業務の実務経験が2年以上必要であり、自ら2年の実務経験について説明する文書を書かなくてはいけないし、さらに、申請者の仕事ぶり・人柄などをよく知っている上司・同僚などの推薦状3通が必要であるなど、なかなか、合格のあとも大変である。
ようやく申請に必要な書類を日本の不正検査士協会に提出し終わったのが、12月の上旬。提出した書類は、日本の協会で英訳された上で、米国の協会本部に送られ、Certification Committee での審査をパスして始めて、めでたく認定という一連のプロセスがようやく終わったということらしい。

しかし、米国本部から認定証が届くのは、さらに1ヵ月ほど後になるということで、とりあえず認定の通知メールが送られたということのようである。

試験に合格し、相応の実務経験もあるので、認定されないといことは考えてはいなかったが、それでも認定通知は一つの区切りになる。いよいよ、社会保険労務士の勉強を本格的にはじめなくては‥・。

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2009年1月13日 (火)

社会保険労務士の2回めの通信教育教材が届いて、思うこと

昨年11月に、今年の目標として社会保険労務士の受験を決め、通信教育に申し込んだことは書いたが、2度目の教材が先週金曜日に職場に届いた。
残りのテキストの大部分と、通信課題が4回のうちの2回分。

年末年始の母親の腰痛騒動以来、実家への帰省、実家の大掃除、我が家に連れてきて、我が家で受け入れるための我が家の大掃除、通院とこの1ヵ月弱、ほとんど社会保険労務士の勉強はもちろん、興味のある本を読むことも出来ていないし、ブログの更新も遅れがち。
そろそろ、自分のペースを取り戻して、いろいろな事を再開したいと考えている。

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2009年1月12日 (月)

車を車検に出し、日本経済の不振を実感する

今日(2009年1月12日)、車を車検に出した。我が家の車の車検が1月になったのは、1月に車を買ったからなのだが、それにはちょっとした事情がある。
忘れもしない9年前の2000年1月、当時、我が家は北陸・富山県に住んでいた。新年初出勤の1月4日の午後4時すぎだったろうか、職場に妻から電話がかかってきて、車に乗っていて事故を起こしたという。当時住んでいた社宅からほど近いところらしいので、慌てて現場に向かった。運転中に考え事をしていて、止まっている対向車に気がつかず、慌ててハンドルを切ったところ対向車のフロントをかすり、、道路沿いのアパートに止めてあった別に車と電信柱に間に突っ込んだようだった。我が家の車のフロント部分は大きくへこみ、止めてあった軽自動車に後部もへこんだ。
妻がぶつけた2台に車の所有者にはお詫びに行き、後の処理は保険会社に任せる。5年ローンが残り半年となっていた我が家に自家用車は、使用不能。自動車保険で、ローンの残金は返せたが、車はなくなってしまった。
戦争中空襲にあった富山市は、逆に戦後道路が整備され、車社会になっており、車は日常生活に不可欠なので、事故のお詫びが一段落したところで、事故で廃車になったカペラワゴンの整備などを頼んでいたマツダのディーラーに行き、これから3人の子どもがどんどん大きくなることも考え、10年乗るつもりで、当時発売されて間もない2代目「MPV」を買った。

昨年末に「車検はどうされますか?」と、現在車の整備などしてもらっている近くのマツダのディーラーから電話があり、2009年1月が車検の時期だったことを思い出した。もう1年先のような気がしていたが、まったくの思い違いだった。人の記憶などあてにならないものである。

車検の相談でディーラーに相談に行った際、妻が冷やかし半分、「車検に10万円以上払うなら、この際新車に買い換えたら?」と言う。私が、「これからまだ、子どもの進学にもお金がかかるし、まだ3万キロしか走っていないので、少なくともあと2年は乗る」と言ったが、ディーラーのセールスマンは「普通は旦那さんが新車に買い換えたいと言って、奥さんが反対するのに、うらやましい話ですね」などと冷やかしながらも、いいカモだと思われたようで、見積もりまで作ってくれた。結局は断ったけれど、そのあと聞いた話では、年明けから1週間ほどで売れた車は5台で、そのうち4台が軽自動車とのこと。トヨタが赤字になるくらいだから、どこの自動車もほとんど売れていないようだ。思わぬところで、知った日本の経済の低迷ぶり。ソニーも14年ぶりの営業赤字というし、しばらくは米国を中心とした消費低迷で過剰となった在庫を処分するため、自動車や家電の値引き幅は大きくなるのだろう。

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2009年1月11日 (日)

地上波デジタル対応の液晶テレビを買って思うこと

私がパソコンの自作を趣味にしていることもあって、我が家にはパソコン6台(デスクトップ4台、ノート2台、うちデスクトップ1台は現在稼働休止中)あり、家族1人1台の割合でパソコンを持っているが、一方でテレビは貧弱である。以前、フラットパネルになる直前の20インチぐらいのブラウン管のテレビを使ってが、奥行きがかなりあり、リビングの中で邪魔になり妻に捨てられてしまった。代わりに、私が札幌単身赴任中に買った14インチのVHSビデオ内蔵のテレビが、我が家のリビングに置かれることになった。
地上波のアナログからデジタル移行の際には、どうせ新しいTVを買うことになるので、それまでの繋ぎを、14インチテレビが果たすことになった。
それからすでに3年が過ぎ、地上波のデジタル放送も始まり、3年前には高価だった薄型液晶テレビもお手頃価格に下がってきたので、昨年の夏ぐらいからそろそろ買ってもいかなと思っていた。

私はホームシアターにするような大画面には特に関心はない(それに、我が家には大きなものは置く場所がない)ので、以前のブラウン管テレビと同じ20インチ、パソコンのディスプレイも兼ねられる機種という条件でシャープ、パナソニックなどの製品を、見たり調べたりしていた。
インターネット通販では、家電量販店より安い値が提示されているが、テレビは値下がりしたとはいえ、高価であり、あまり安値では液晶のドット抜けなどのリスクもあること、万が一故障した場合の修理の持ち込みを考えて、地元の家電量販店で探していた。
この3連休ある家電店が現金購入者には、レジ後に1割返金というキャンペーンをしていた。そこで、ソニーの20インチが、2ヵ月ほど店頭の宣伝用ビデオのモニター用に使った現品処分につき値引きという品があった。自然な色合いに見えたこともあって、結局その機種を購入した。



さっそく、持って帰り、14インチブラウン管テレビと置き換えた。従来のハードディスク内蔵の財布と相談してDVDビデオレコーダーとつなぎ、ゲーム機Wiiとつなぎ、さらにパソコンとつないだ。取扱説明書を読んでいると、このテレビ単体でもインターネット接続が可能ということだった。

最初は、地上波のアナログしか見えなかったが、よく説明を読んで設定を行ったら、地上波デジタルも映るようになった。確かにアナログ放送に比べ、きめが細かくその差は歴然としている。しかし、映像が美しくなると、余計に現在の地上波の放送内容の貧弱さを感じる。スポンサー付の無料放送の限界なのだろう、特にNHK以外の民間放送にはあまりみたいと思わせる番組がない。
お笑い系のバラエティとお笑い絡みのクイズ番組、必ずジャニーズの誰かが出演してるドラマ、民法の夜7時から11時までの4時間を見ると、70~80%の確率で上の3つのカテゴリーのどれかに入るだろう。どこを見ても代わり映えしないのだ。

新しいテレビを買ったら、BS放送が見たくなった。中長期的には、テレビとインターネットの垣根はどんどんなくなっていくのであろう。少なくとも、ハード面では、上述の通りすでにそれは可能になっている。TV視聴者の多くも、TVよりもネットに時間を費やしているかもしれない。
TVの機器を作るメーカーはTV局に義理立てしていても製品が売れるわけではないので、売れるための品揃えとして、ネット接続も必須の条件であろう。
これから、さらにハードが変わり、それを追いかける形でTV上で流されるソフトである映像の作られ方、見られ方も大きく変わって行くのであろう。これから10年、地上波デジタル時代に、TVを巡るハードとソフトがどのようにかわっていくか、同時代の出来事としてこの目で確かめていきたい。

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2009年1月10日 (土)

将棋第67期順位戦B級1組11回戦、久保利明八段、井上慶太八段が敗れ、昇級レースは混沌

昨日(2009年1月9日)、将棋の順位戦のB級1組の11回戦が行われた。結果は、以下の通りとなった。(左が先手、右が後手)
(東京・将棋会館)
堀口一史座七段(3勝7敗)●-○渡辺 明竜王(5勝5敗)
畠山 鎮七段(5勝5敗)●-○高橋道雄九段(6勝4敗)
屋敷伸之九段(5勝5敗)●-○行方尚史八段(5勝5敗)
北浜健介七段(3勝7敗)●-○杉本昌隆七段(7勝3敗)
(大阪・将棋会館))
井上慶太八段(7勝4敗)●-○森下 卓九段(4勝6敗)
久保利明八段(6勝4敗)●-○山崎隆之七段(5勝6敗)

その結果、11回戦を終わった時点での成績は、
7勝3敗:杉本七段(11)
7勝4敗:井上八段(9)
6勝4敗:久保八段(1)、高橋九段(3)
5勝5敗:行方八段(2)、渡辺竜王(4)、阿部八段(5)、畠山鎮七段(6)、屋敷九段(13)
5勝6敗:山崎七段(12)
4勝6敗:森下九段(10)
3勝7敗:堀口一七段(7)、北浜七段(8)

B級1組は13人の総当たりリーグ戦なので、各棋士の対局は全部で12局。7敗が2人(堀口、北浜)となったことで、11回戦までで6勝以上をあげている4人(杉本、井上、久保、高橋)と5勝で2敗の2人より順位が上位の、4人(行方、渡辺、阿部、畠山)の計8人のB級1組残留が確定した。降級争いは、7敗の2人とその2人より順位が下でまだ6勝に達していない3人(屋敷、山崎、森下)をあわせた5人に絞られた。

昇級争いは混沌としている。トップに立った杉本七段は残り2局を2連勝すれば自力昇級だが、杉本七段、井上八段がそれぞれ11位、9位と順位が低いので、2人がそれぞれ残りの2局、1局を敗れた場合、7勝5敗となるので、2人より順位が上位の5敗者にもわずかながらまだ昇級の可能性が残されている。
昇級争いでは、次回12回戦の久保八段(順位1位、6勝4敗)と井上八段(順位9位、7勝4敗)との直接対決が大勝負となる。

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2009年1月 9日 (金)

第67期A級順位戦7回戦の頂上対決は郷田真隆九段に軍配

昨日、途中まで書いた第67期のA級順位戦7回戦の2局、4勝2敗でトップを並走する森内俊之九段vs郷田真隆九段戦は、急戦矢倉の展開で、午後11時くらいまで駒組みが続いたが、後手の郷田九段が細かくポイントを稼ぐ展開に。しかし、本格的な開戦前の時点では、素人には一手指す毎に、指した方が有利に見える展開だった。
仕事から帰って棋譜中継を見始めたが、本格開戦前の駒組でのつばぜり合いのさなか、先手森内九段が69手め▲1六歩と端歩を突き、郷田九段に手を渡した。後手番の郷田九段は、70手め5六にいた歩を△5五歩と盤の中央に進めた。郷田陣の駒の連携をよりよくするこの手を見て、これは郷田九段優位ではないかと直感した。
9筋に飛車を回し、歩・香・飛車の雀刺しで、突破を狙う森内九段と、9筋の突破を極力遅らせつつ、橋頭保を築いた5筋からの中央突破を狙う郷田九段。
その後も、郷田九段は手持ちとなった4枚の歩を縦横無尽に使い、細かいポイントを稼ぎながら、徐々に差を開き、「郷田一刀流」のネーミングにふさわしい踏み込みを見せ、飛車まで切って、寄せ切るという姿勢を明確にした。その後は、郷田九段の攻めが続き、入入玉寸前まで森内玉も逃げ続けたが、最後は郷田九段が仕留めた。
勝った郷田九段は5勝2敗となり、挑戦者レースの単独トップに躍り出た。

同時に行われた鈴木大介八段(2勝4敗)vs深浦康市王位(3勝3敗)戦は、鈴木八段が勝ち、2人とも3勝4敗となり、残留争いはいっそう混沌としてきた。

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2009年1月 8日 (木)

将棋第67期A級順位戦7回戦、森内俊之九段vs郷田真隆九段戦、深浦康市王位vs鈴木大介八段戦始まる

新年最初の将棋の順位戦は、年頭を飾るに相応しいA級順位戦のトップ対決となった。6回戦まで4勝2敗で名人挑戦者レースのトップを並走する森内俊之九段と郷田真隆九段の対戦である。
もう一組は、今期ともにB級1組からA級に復帰し、なんとかA級に残留したい深浦康市王位(3勝3敗)と鈴木大介八段(2勝4敗)の対戦である。A級での今期の順位が上位の森内九段(1位)、郷田九段(3位)の2人は4勝したことで、すでに残留が確定しているが、下位2名の鈴木八段(9位)と深浦王位(10位)は、従来にも増して混戦の今期は5勝して勝ち越すまで安泰とは言えない。特に、すでに4敗している鈴木八段は残留での当面のライバルとなる深浦王位との直接対決に敗れ5敗となると自力残留は難しくなる。

私は郷田九段を応援しているので、今日の棋譜中継は森内-郷田戦をメインに棋譜中継を見ている。森内-郷田戦は、森内九段が第18世名人の資格を得た第65期名人戦と同じ顔合わせ。名人戦では4勝3敗で防衛を果たしたが、第6局は森内名人必勝の将棋を郷田九段が大逆転し、名人位の行方を最終局に持ち越す印象的な内容だった。その名人戦での成績も含め、これまでの2人の対戦成績は森内21勝、郷田16勝。やや森内の方がまさっているが、今年度の2人の成績は森内九段19勝16敗、郷田九段21勝16敗と郷田の方が若干成績がいい。

将棋の内容は長い駒組みが続き、なかなか戦端が開かれない。そうこうしているうちに、時計は午前0時を回った。1月8日の記事はここまでにして、続きを1月9日に書くことにしたい。

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2009年1月 7日 (水)

第34期棋王戦挑戦者決定二番勝負は、敗者復活組の久保利明八段が木村一基八段に2連勝し、佐藤康光棋王への挑戦が決定

ベスト4以上は敗者復活戦が組み込まれて2敗失格制の棋王戦の挑戦者決定トーナメント。本戦準決勝の組み合わせは、木村一基八段vs阿部隆八段、久保利明八段vs橋本崇載七段という顔ぶれ(2008年11月18日)。タイトルホルダーも九段の棋士もいないという組み合わせになった。
木村八段、久保八段が勝ち進み、本戦決勝に進出。敗れた阿部八段と橋本七段は敗者復活戦準決勝で対戦することになった。
2008年11月28日に行われた敗者復活戦準決勝では阿部八段が勝利。おなじく本戦決勝では木村八段が勝ち、挑戦者決定戦への進出を決めた。
阿部八段と久保八段による敗者復活戦決勝戦(2008年12月16日)は、久保八段が勝ち、挑戦者決定二番勝負で再び木村八段とまみえることになった。

棋王戦の挑戦者決定二番勝負は、本戦決勝の勝者は無敗で勝ち上がり、敗者復活戦決勝の勝者はすでに本戦で1敗しているので、敗者復活組が挑戦権を得るためには挑戦者決定戦では2連勝が必要となる。一方の本戦決勝の勝者は、二回の対戦のどちらかで1勝すればよい。

2008年12月26日の二番勝負1回戦、今日(2009年1月7日)の二番勝負2回戦とも敗者復活戦から勝ち上がった久保利明八段が、本戦勝ち残り組の木村一基八段を破り2連勝で挑戦権をもぎ取った。

久保八段のタイトル挑戦は5回目。過去4回は、2001年の第26期棋王戦(羽生棋王に挑戦、1勝3敗)、2001年の第49期王座戦(羽生王座に挑戦、1勝3敗)、2007年の第55期王座戦(羽生王座に挑戦、0勝3敗)、2008年の第57期王将戦(羽生王将に挑戦、1勝4敗)といずれも羽生善治現名人の持つタイトルに挑戦し敗れている。今回、5回目にして初めて羽生現名人以外のタイトルホルダーに挑戦することになった。
今回、対戦する佐藤康光棋王との対戦成績は、2001年度以降は20戦で久保八段の8勝12敗と分が悪いが、2003年から2004年にかけて5連勝したこともあり、対羽生戦に比べれば、タイトル獲得のチャンスはあると言えるだろう。
過去に、タイトル挑戦を続けながら、タイトルを取れないままの終わっているのは、森下卓九段の6回挑戦という記録があるが、久保八段の4回は故花村九段と並んでそれに次ぐ記録になっている。
5回目の今回、タイトルホルダーの仲間入りができるのか、久保八段にとっては、正念場の第34期棋王戦五番勝負は、2月8日に富山県小矢部市で開幕する。

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年末年始の買い物、新しいサブカメラ(CANON PowerShot A590IS)

年末年始の休みがほとんど家の掃除で終わってしまい、ストレス貯まる一方の一家の主としては、ささやかながらでも自分のストレス発散もしたいということで、自分のための買い物として新しいデジタルカメラを買った。

日常の散歩などの際に持ち歩きスナップ写真を撮るためのサブ・カメラとしてネットで注文した。これまで使っていたコニカミノルタの「Dimage Xg」が300万画素なので、700~800万画素クラスのコンパクトなデジタルカメラというターゲットにし、『デジカメに1000万画素はいらない』を参考して、レンズの明るさがF2.8以上のものという大まかな条件を決め、価格も2万円以内で探し、結局「CANON PowerShot A590IS」を購入した。決め手は、上記の条件に加え、ファイダー付、電源に乾電池の利用が可能という2点である。
3000005018_00001 最近のコンパクトデジカメは、ファインダーをなくして、背面の液晶画面を目一杯大型化しているものが多い。フィルムカメラの時代から写真を撮っているので、ファインダーのないカメラはどうも落ち着かない。デジカメ初期の時代は、背面の液晶画面をONにしておくと電池の消耗が激しいので、液晶画面をOFFにしてファインダーを覗いて撮影していたので、それが自分の撮影スタイルになっており、その方が落ち着いて写真ガ取れる。
電源が乾電池のものを選んだのは、デジカメ各社がコンパクト化のために採用しているリチウム専用電池は、各カメラ専用に作られ、各メーカーの独自仕様で互換性がなく、カメラ本体の製造が終われば、数年して電池も製造されなくなる。専用電池メーカーが価格の安い代替品を作っているが、「Dimage Xg」では代替品は純正品がまだ十分使えている時期に、中央部が膨らみ始めたので使用を取りやめた。専用電池を使うデジカメは電池がなくなってしまえば、ただの「がらくた」に成り下がってしまう。
乾電池であれば、充電式の乾電池が作られているし、技術革新で電池の長寿命化も進んでいる。乾電池式にすれば、本体が壊れない限り、未来永劫使用が可能である。

まだ、外でスナップを撮る機会はないが、サブカメラとしてなるべく長く使って行きたいと思っている。

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2009年1月 6日 (火)

2009年職場復帰初日

今日(2009年1月5日)から、職場復帰。年明け初めての出勤なので、同僚に会うといつもの「おはようございます」ではなく、「明けましておめでとうございます」と挨拶。幸い、ロッカーで今の職場の長と一緒になったので、そこで新年の挨拶をすませる。
自席につき、直属の上司にも新年の挨拶をする。同じチームの同僚のうち2人は今日まで正月休みなので、新年の挨拶はこれで終わり。

これまでの長い会社生活の中で、どうしてもなじめないのが、職場をくまなく周り、全員に新年の挨拶をするという慣習である。血液型がB型でマイペースな天の邪鬼なのかもしれないが、同じ職場でいつも顔を合わせているのだから、新年だからと言って、そこまでしなくてもいいじゃないかとつい思ってしまう。

これで、1年の中で、最も居心地の悪い朝をクリアしたので、明日からは平常心で仕事に臨もう。

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2009年1月 4日 (日)

年末年始休みもついに終了

2008年12月27日(土)から今日2009年1月4日(日)までの9日間の年末年始の休みもとうとう今日で終わり。

田舎から一時的に呼び寄せた母親への対応に追われた9日間だった。母を受け入れるスペースを確保するためのスペース作りのために、家から歩いて5分ほどのところに2畳ほどのトランクルームを借り、この数年間家の中にたまり続けた不要品を捨て、本を売り、家族それぞれが使う部屋を替え、歩くのもままならない母を病院に連れて行き、レントゲンとMRIを撮ってもらい診察を受けた。市役所で車イスを借りた。年賀状は1月2日に本格的な準備をし、3日に出した。
幸い、腰痛や足の痛みで歩くのもままならなかった母は、療養の効果があったのか、昨日あたりから回復の兆しをみせ始め、今日は、足腰の痛みはほとんど引いたという。強引に東京に連れてきた甲斐はあった。

我が家の不要品を捨て、各自が使う部屋を替え、年末に大掃除をするというもの、母を呼ぶ前から家族の中では予定していたことではあったが、必要に迫られたことで、より真剣になったと思う。

もう、明日から仕事。年末にやり残した仕事を早々に片付けないといけない。親の介護も中年世代にとっては、必ずどこかで直面する問題であり、このブログの本来のテーマであった「中年クライシス」の一端をなすものかも知れない。

回復が本格化したことは、介護してきた側としては、効果が出たということでよろこぶべきことだが、一人で生活できる程度まで回復した時に、また田舎での一人暮らしに戻るのか、このまま我が家で同居を続けるのか、母本人も迎えた側の私と妻も判断を迫られることになる。簡単に解決する話ではなく、今後、ずっと悩み続けて行かなくではならない問題なのだろう。今年の課題の一つは、「親との同居及び介護」ということなのかもしれない。

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2009年1月 3日 (土)

ようやく2009年の年賀状を書き終わる

混乱が続いていた我が家もようやく少し落ち着きを取り戻し、今日になってようやく2009年の年賀状の本格的準備に入った。
昨日まで2009年の年賀状を送っていただいた方を、年賀状ソフトの名簿でチェックし、昨日までに作っいた年賀状のデザインを裏面に、住所を表面に印刷する。その数約200名。ちょうど、印刷し終わった頃に、今日の年賀状の配達が届いた。今日、いただいた方も名簿でチェックして宛名を印刷し、さらに恩師、かつての上司・先輩で義理を欠くわkwにはいかない方をリストアップして印刷。夫婦合計で300枚を超えたと思う。
午後からは印刷済みの年賀状に、2人で「ひとことコメント」を書き入れる。夕食後も書き続け、ようやく仕上がった。なんとか、1月3日のうちに投函を終えた。先方に届くのは、5日か6日だろう。なんとか松の内に間に合ったかなというところだ。

しかし、気がつけば、12月27日(土)から9日間の正月休みも、残すところあと1日。まだまだ、詰み上がった本の山はなくならない。明日どこまで出来るか、結局、大して休めないまま、正月休みが終わりそうだ。

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2009年1月 2日 (金)

2009年の初おみくじは「大吉」

東京の2008年の年末、2009年の年始はお天気に恵まれた。気象庁のホームページで確認すると昼(6時~18時)の天気概況は12月27日(土)から1月1日(木)までの6日間「快晴」が続き、夜(18時~翌日6時)も、12月29日と1月1日が「晴」で、残りの日は「快晴」だった。最低気温は1度台の日もあり、夜になるとさすがに冷え込むが、最高気温温は10度を上回っており、昼間、ひなたで日差しを浴びると結構暖かい。大掃除をするには、絶好の天候に恵まれたことになる。日本海側は、雪が降ったところも多いので、太平洋側が恵まれたと考えるべきだろう。

昼過ぎ、日差しが暖かい頃を見計らって、まだ足が痛んで外出には車イスを使う母を連れ、歩いて10分ほどの地元の小さな神社で初詣。二礼二拍手一礼でお参りを済ませ、おみくじの自動販売機に100円を入れ、おみくじを引いた。
結果は「八十六番大吉」。ここのおみくじは、漢詩形式になっている。

花発応陽台(はなひらいてようだいにおうず)
車行進宝材(しゃこうほうざいをすすむ)
執文朝帝殿(ぶんをとってていでんにちょうす)
走馬听声雷(うまをはしらしめてこえをきけばらいなり)

花の見事なる花のうでなのけっこうなるとそうおうのするなり
かづかづの宝ものをくるまにつみて進みゆくけしきなり
さいちにより上司にめしいだされかかえられるなり
馬を走らせ出動する威勢の盛んなることは雷のどどろくごとしと

ずいぶんと威勢のよい内容で、本当にこの通りなれば言うことなしだが、やはり神様もたしなめることも忘れてはいなくて

「このみくじにあたる人は、出家、学者、官吏などおおいに仕合せよし、あまりによすぎてくらい負けすべし、物事つつしみ深くして、うちわにすれば立身出世あるべし、神仏にいのり正直にすべし」

よいことがあっても調子に乗るなということだろう。おみくじの内容に負けない1年にしたいものだ。

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2009年1月 1日 (木)

2009年元旦の計と、積まれゆく本と年賀状、収拾つかぬ中年の時間

2009年を迎えた。昨年(2008年)9月15日の米国大手投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻以来、全く世界が変わってしまったと以前にも書いたが、身近なことで、それを実感したのが、ガソリンの値段。車の燃料計の表示がかなり減っていたので、年末にガソリンを入れた。値段は1リットル93円。同じスタンドで、2~3ヵ月前に給油したときには、1リットル160円ぐらい払った記憶があるので、驚くべき値下がりだ。石油の値上がりが取り沙汰される前の水準に戻ったことになる。日本にガソリンの小売価格には、相当程度がガソリン税が含まれているので、ガソリン税を除いたガソリン本来の価格は暴落ともいっていい水準だろう。投機マネーの流入で石油価格が高騰を続けたため、我が世の春を謳歌していた産油国も急に懐がさびしくなったに違いない。オイル・バブルも崩壊したのだ。

世界が激動している中で、我が家も一人暮らしをしていた母を、しばらく面倒をみることになって、家の大掃除と模様替えを迫られ、年末・年始関係ない混乱はまだ続いている。私と妻が使うことになった部屋に、家中の私の蔵書が持ち込まれ、うずたかく積まれていく。自分でも、何冊本があるのかわからない。これを、これから家に残す本、年末に借りたトランクルームに移す本、ブックオフに売りに行く本、捨てる本の4種類に選別しなければならないが、正直途方に暮れている。

歌人の松村由利子さんが『短歌研究』2009年1月号に4回目の30首連載を発表しているが、その中に
「畳の上にどんどん本積まれゆく収拾つかぬ中年の時間」
という一首があり、まるで自分のことを詠まれているようで、思わず苦笑してしまった。

途方に暮れていても何も始まらないので、時間をかけて収拾していくしかないのだが、こちらは1枚も出していないのに、数百枚の年賀状をいただいた。積まれゆく本より先に、この年賀状の返事を書かなければならない。混沌とした本の収拾は、もうしばらく先になりそうである。

そんな中で、家族の宣言した「1年の計」は、社会保険労務士試験の勉強を始めることと、将棋のアマチュア二段を取ること。とりあえずこの公私の2つの目標を軸に、2009年の中年の時間をスタートさせることにしたい。

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