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2009年2月の記事

2009年2月28日 (土)

将棋の第34期棋王戦五番勝負第2局、挑戦者の久保利明八段の「さばき」が炸裂し、佐藤康光棋王に連勝、念願の初タイトルまであと1勝

2月8日の富山県小矢部市で第1局が行われ、挑戦者の久保利明八段の先勝でスタートした第34期の棋王戦、並行して行われている王将戦七番勝負との日程調整の関係か、間が3週間空いての第2局は富山のお隣石川県金沢市で今日(2009年2月28日)9時から始まった。
両者持ち時間4時間の1日指し切り。第1局、中飛車から思い切った2枚の角の連続切りで一気の佐藤陣を崩し、「さばきのアーティスト」の面目躍如、86手で勝利を手にした久保八段。

先手番となった第2局は、三間飛車を選択。今回も、序盤から交換した「角」をお互い盤の中央に打ち合う展開となり、久保八段はさらに15手目で角切りを断行、角桂と金銀の交換から、佐藤陣に攻めかかる。一方の佐藤棋王も角が久保陣に成り込み「馬」となって、お互い、玉も守りが固まる前の戦陣が開かれ、序盤からいきなり終盤の寄せ合いになった。佐藤陣は壁銀で玉の懐が意外に狭い。お互い攻めつつ守り、敵の玉の徐々に追い詰める。最初に本格的に久保玉に迫った佐藤棋王だったが、巧みに逃げる久保玉を詰め切れない。
51手目の再び攻めの手番が回って来た久保八段は、盤上で佐藤玉を下から狙う「竜」と攻防手として打ち上部から佐藤玉を威圧する「角」という2枚の大駒で上下から挟撃する形から、持ち駒の金2枚、桂馬であっという間に佐藤玉を追い詰め57手目に久保八段が王手に放った「金」打ちをみて佐藤棋王の投了となった。
佐藤棋王が詰ませられなかった時点で、久保八段の勝ちは決まったも同然だったのかも知れないが、今日の棋譜中継にはほとんど解説がなかったので、プロの見方はよくわからない。

第1局に引き続き、久保八段の「さばきのアーティスト」ぶりが発揮された1局だった。あえて相手の土俵に乗ったのかも知れない佐藤棋王だが、2局とも久保八段のペースに押されて2連敗。後がなくなった。ここで棋王位も失冠すれば、長らく維持してきた現役タイトルホルダーの地位を失い、ただの九段に戻ることになる。

久保八段にとっては、念願の初タイトルまであと1勝になった。第3局は、3月8日(日)に新潟市で行われる。連勝の勢いに乗って、3連勝で一気呵成にタイトル奪取まで進むことができるのか。
王将戦での深浦王位の二冠達成の行方と久保八段の初タイトル奪取の2つが2009年3月の将棋界のビッグニュースとなるかもしれない。

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2009年2月27日 (金)

2009年2月下旬に東京都心で初めての雪

今日(2009年2月27日)は、朝から冷え込むという天気予報。小雨交じりの天気の中、会社に向かった。

午前中、チームで仕事の打ち合わせ。一息ついて、ふと、窓の外を見ると、雪が降っていた。寒さで、みぞれが雪に変わったという感じの降り方だった。報道などを見る限り、東京都心では、この冬初めての雪ということらしい。一度、わずかに降雪を観測したというニュースも聞いたことがあったような気がするが、いずれにせよ本格的な雪は初めてだろう。

気象庁が発表している1時間ごとの気象データを見ると、東京の気温は午前0時から6時まで4℃~5℃で推移していたが、7時~9時が3℃台、10時以降は2℃になり、お昼時の午後0時44分には1.8℃を記録しており、これが今日の最低気温だったようだ。その後は夜に向けて再び上がり始めている。昼が最も寒く、朝夕の方が気温が高いという奇妙な1日だったようだ。

しかし、本格的な寒さはこれで終わり、あとは暖かくなっていくのだろう。都立高校の合格発表も終わった。我が家では、中学2年生を終えようとする長男の受験シーズンが始まる。

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2009年2月26日 (木)

ブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」3周年と「因果倶時」へのアクセス

今日2009年2月26日で、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」も丸3年が過ぎ、4年目に入った。3年前に書き始めた頃を思い出すと、やはり自分自身、40代半ばで一つの転機だったように思う。何か、書かずにおれないものがあったように思う。

いろいろな本を読み、おもしろかったものの中には夢中になって紹介したものもあった。将棋に、再び目を向けるようになったのも、ブログのネタ探しということがきっかけだった。最近は、2007年1月1日から続けて来た毎日更新は、昨年12月に途切れてしまい、最近は、2~3日に一度の更新というペースになってしまったが、いずれはまた毎日更新を復活させたいと思っている。

今日は、3周年の記念日というわけでもないだろうが、朝からいつもよりアクセスが多く、昼の時点で500アクセスを超え、午後7時過ぎには1000アクセスを超えた。1000アクセスを超えたのは、昨年(2008年)12月20日以来。その時は、将棋の第21期竜王戦七番勝負で渡辺明竜王が羽生名人の挑戦を3連敗後4連勝で退けた直後で、竜王戦の記事にアクセスが集中1700アクセスを超えた。その前にも3回ほど2000アクセスを超えたことがあるが、いずれも羽生名人絡みの将棋の記事が中心だった。

今日は、将棋の記事といっても、王将戦第5局で挑戦者の深浦王位が勝ったという内容で、これで1000アクセスを超えるだけの力はない。何か特別な理由があるに違いないと思って見てみると、理由は日本経済新聞の「私の履歴書」にあった。今月(2009年2月)の「私の履歴書」の執筆者は、ドトールコーヒーの鳥羽博道名誉会長である。
私は、昨年の9月23日に鳥羽会長の書いた『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』を読んで「ドトールコーヒー創業者の座右の銘「因果倶時(いんがぐじ)」、鳥羽博道著『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』(日経ビジネス人文庫)より」
というブログの記事を書いていた。

ちょうど、「私の履歴書」の今日の回で「座右の銘」タイトルに、“「因果倶時」身を引き締め”という見出しで、鳥羽会長が感動した言葉のいくつかが紹介されていた。グーグルで「因果倶時」を検索すると、なんとその9月23日の私のブログの記事がトップで登場する。今日の「私の履歴書」を読んだ何人かの人が、「因果倶時」という聞き慣れない四文字熟語の興味を持ち、ネットで検索をして、私の記事を読んでくれたのだろう。この記事へのアクセスだけで、1日のアクセスの半分を占めている。「因果倶時」についての引用部分を再録しておく。

「私が座右の銘にしている言葉に、「因果倶時」というものがある。「原因と結果というものは必ず一致するものだ」と釈迦が説いた言葉だ。現在の「果」を知らんと欲すれば、つまり、現在の自分がどういう位置にあるかを知りたいと思うなら、過去の原因を見てごらんなさいということだ。原因を積み重ねてきた結果として今日がある。原因と結果は一致している。そして、未来の「果」を知らんと欲すれば、つまり、将来自分はどうなるだろうかと知りたいのであれば、今日一日積んでいる原因を見れば分かる。自分自身が毎日、未来の結果の原因を積んでいるということだ。
人生の真理をこれほど厳しく、鋭く突いている言葉はないと思う。この言葉の意味を初めて知った時、一日、一時間どころか、一分、一秒すらおろそかにはできないと、息の詰まるような思いがしたものだ。」(『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』日経ビジネス人文庫220~221ページ)

ブログ3周年の日に5ヵ月前に書いた「因果倶時」の記事に助けられ、久しぶりに1000アクセスを超えるというもの何と不思議な巡りあわせだろうか。今日の数字は、5ヵ月の記事を書いていたからこそあったもの。よりよい未来のためには、一日一日の積み重ねをおろそかにしないこと。今日の自分の行いの結果は、半年先、一年先に現れると言うことだろう。
最近、いろいろな雑事あったせいで、あらゆる事が、疎かに、中途半端に、なっていたように思う。今日から、心機一転で、ブログ4年目の日々に向かいたいと思う。

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2009年2月25日 (水)

将棋第58期王将戦七番勝負第5局、挑戦者深浦康市王位が羽生善治王将に勝って二冠に王手

王位戦に続いて今シーズン(2008年度)2回目の羽生vs深浦対決となった王将戦も2勝2敗の戦績で、残すところあと3局。第5局は勝った方が、王将タイトルに王手をかける重要な一戦となった。

第5局は昨日・今日の2日間(2009年2月24日・25日)で行われた。先手番の深浦王位は、珍しく中飛車に構え中央突破を目指す。羽生王将も深浦陣に飛車を成り込んで、混戦かと思われたが、深浦王位が中央らか飛車を後ろ盾に攻め込む一方、端攻めも織り交ぜ、挟撃で羽生玉の懐を狭め、一気に攻め崩した。羽生王将は、これといった見せ場のないまま、投了となった。

深浦王位は、これで3勝2敗となり、王将タイトル奪取まであと1勝となった。一方の羽生王将は、今年度の期初は、王座・王将に二冠でスタートしたものの、奨励会同期のライバル森内俊之名人と佐藤康光棋聖・棋王から、名人と棋聖のタイトルを続けざまに奪取、四冠に復帰し、再び七冠制覇かと騒がれたが、夏の王位戦では深浦王位からのタイトル奪還に失敗した後は、秋の竜王戦でも渡辺竜王相手に3連勝と追い込んだあと4連敗とうっちゃられ、王将戦でも深浦王位の挑戦に苦しい戦いを強いられている。

深浦二冠の誕生がかかる第6局は、2週間後の3月11日・12日。その間、3月3日には、深浦王位はA級残留を賭けた順位戦最終局に臨む。三浦八段の敗戦が条件という他力本願ではあるものの、自らが勝てば残留の可能性がある。
A級残留を決め、その勢いで王将位奪取も決め、A級棋士と王位・王将の二冠をいっきに手にするのか、はたまた三度目のA級でも1期で陥落が決まり、失意の中で第6局を迎えるのか、A級順位戦の結果が、王将タイトルの行方にも大きな影響を与えるような気がする。
一度でもタイトルを獲得した経験を持つだけでも、プロ棋士としては一流の証明と言えるが、一度の複数タイトルを保持した棋士は、数えるほどしかおらず、それは「超一流」棋士の証(あかし)と言えるだろう。超一流棋士に駆け上がるチャンスを深浦王位がつかみ取ることができるか。遅くとも、王将戦第7局の2日目となるほぼ1ヵ月後の3月26日には、全ての結果が出ていることになる。深浦王位にとっては、一生の中でも忘れられない1ヵ月になるのではないだろうか。このドラマを深浦王位がどう演じるのか、しばらく注目してみたい。

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2009年2月24日 (火)

将棋の第80期棋聖戦挑戦者決定トーナメントの組合せ決まる、郷田真隆九段は久保利明八段との対戦

先日、第80期棋聖戦の最終予選で、郷田真隆九段が深浦康市王位との1勝1敗対決に勝って挑戦者決定トーナメントへの進出を決めたことは書いたが、その後、最終予選の1勝1敗対決が全て終了し、挑戦者決定トーナメント進出の8名が決まった。

1勝1敗者対決の結果は次の通りとなった。(日程順、左側が先手)

2月14日:深浦康市王位vs郷田真隆九段→郷田九段勝ち
2月17日:島朗九段vs藤井猛九段→藤井九段勝ち
2月19日:佐藤康光棋王vs谷川浩司九段→谷川九段勝ち
2月23日:鈴木大介八段vs 森内俊之九段→森内九段勝ち

トーナメントの組合せは以下の通りで、1回戦は最終予選の各組を2連勝で1位通過した4名と1勝1敗対決を勝ち抜いて4名の組合せとなっている。
トーナメントの山の左から順に以下の通りとなった。

丸山忠久九段(A組1位)vs谷川浩司九段
稲葉陽四段(C組1位)vs 藤井猛九段
久保利明八段(B組1位)vs 郷田真隆九段
木村一基八段(D組1位)vs 森内俊之九段

郷田九段は、1回戦は、現在第34期棋王戦五番勝負で佐藤康光棋王に挑戦している久保利明八段との対戦。勝てば、木村vs森内戦の勝者と戦い、さらに勝ち抜けば、挑戦者決定戦で丸山、谷川、稲葉、藤井の4名を勝ち抜いた棋士との羽生棋聖への挑戦権を争うことなる。
いずれも難敵ばかりだが、郷田一刀流の真価を発揮して、挑戦者に名乗りをあげてほしいものだ。

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2009年2月20日 (金)

第58期王将戦七番勝負第4局は羽生善治王将が挑戦者の深浦王位に勝ち2勝2敗に

第58期王将戦七番勝負第4局は、2009年2月18日・19日に大分県別府市で行われた。両者の通算50局目だった第3局では深浦王位が勝ち、七番勝負を2勝1敗でリード、通算でも25勝25敗の五分に戻した。

将棋の内容は、後手深浦王位の一手損角換わりに対して、先手番の羽生王将が、常に主導権をもって果敢に攻めかけ、深浦王位に反撃の糸口を与えず、攻め勝った。これで、双方、先手番と後手番で1勝ずつを上げ、2勝2敗の五分。あらためて第5局からの3番勝負ということになった。次の第5局は勝った方が、王将位にリーチをかけることになるので、両者とも勝ちたいところだろう。

第4局を羽生王将が勝ったことで、深浦王位にとって3度目の挑戦となるA級残留がかかる3月3日のA級順位戦の9回戦に深浦王位が王将位も含めた二冠で臨む可能性はなくなった。

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2009年2月17日 (火)

松村由利子著『与謝野晶子』を読み終わる

以前、このブログでも紹介した歌人の松村由利子さんが書いた『与謝野晶子』が2009年2月10日に中央公論新社から発刊された。

明治11年に生まれ、大正、戦前の昭和を生き、昭和17年にその生涯を終えた与謝野晶子を、松村さんはどう読み解いたのか。
与謝野晶子は、歌人として最も有名で、松村さん自身も2冊の歌集をまとめ、2冊の短歌エッセイを出版しているので、歌人としての与謝野晶子の紹介が中心なのかと思って読むと、そうではない。もちろん、与謝野晶子が折々に詠んだ膨大な短歌の読みと理解は背景にあるのだが、この著作の中では、短歌とその分析・解説は、それを詠んだ時々の与謝野晶子の心情に迫るものとして効果的に配されるにとどまっている。

たまたま『与謝野晶子』の次に読んでいるちくま新書の2009年2月の新刊『越境の古代史』(田中史生著)の中に

「ほとんどの学問に言えることであろうが、無限に拡がる事実の中から何を選び出し分析するかは、分析対象そのものの重要性というよりも、そのものを重要と認識して分析を行おうとする研究者の“目”の問題である」(『越境の古代史』18ページ)

という一文がああった。

松村さんの書いた「まえがき」の中に、松村さんがどのような“目”で与謝野晶子という存在を捉えたかのヒントがある。

「与謝野晶子は美しいものが大好きだった。詩歌や童話、男女の愛、自立した生き方―そのどれもが大切だった。だから歌を詠み、童話をつくり、社会評論を書いた。
晶子の残した仕事は驚くほど多い。出版された歌集が合著を含め二十四冊、評論やエッセイをまとめた本は十五冊に上る。童話は百篇、詩や童謡は六百篇を超え、小説や歌論集も著した。また「源氏物語」をはじめとする古典の現代語訳にも取り組んだ。これほどさまざまな分野で活躍した晶子の全体像に迫るのはなかなか難しい。(中略)
私は長い間、ワーキングマザーとしての晶子にひかれてきた。たくさんの子どもを育てながら、晶子は常に新しいテーマ、新しい分野にチャレンジし続けた。(中略)晶子はずっと、男女が同じように家事や育児にかかわる大切さ、女性が働いて自立する誇らしさについて書き続けた。その文章は、つい昨日書かれたもののように瑞々しく、自由な発想に満ちている。(中略)
優れた詩人は未来を見晴るかす力をもつ。与謝野晶子もその一人だ。(中略)先の見えない時代、私たちは閉塞した思いにとらわれがちだ。しかし、晶子の言葉を読むとき、胸の中を風が気持ちよく通ってゆく。明るく力強い晶子の言葉の数々を、多くの人と分かち合いたい。」(『与謝野晶子』1~3ページ)

目次から本書の章立てを紹介すると、
Ⅰ 科学へのまなざし
Ⅱ 里子に出された娘たち
Ⅲ 「母性保護論争」の勝者は誰か
Ⅳ 童話作家として
Ⅴ 聖書への親しみ
となっている。

この中で、松村さんが最も読者に知らしめたかったのは「Ⅲ「母性保護論争」の勝者は誰か」の章だと思う。
「母性保護論争」とは大正7年から8年にかけて女性解放を訴えた平塚らいてう、山川菊栄らと与謝野晶子の間で繰り広げられた、女性の働き方を巡る論争である.。この必ずしも論点がかみ合わなかった論争のでの、晶子の主張の中に、松村さんが「まえがき」で書いた「男女が同じように家事や育児にかかわる大切さ女性が働いて自立する誇らしさ」が説かれている。松村さんの文書を読む限り、平塚らいてう、山川菊栄の議論は戦前の日本という時代の枠組みという制約にとらわれた議論であり、晶子の語るものは、時代にかかわらず女性が働いて自立することの誇らしさ・素晴らしさの普遍的な意義を語っているように思える。
また、それは、男女が等しく同じようにということを信条にしていた与謝野晶子にとっては、男女がお互い依存するのではなく、人として働いて自立し、信頼しあって生きることの誇らしさ・素晴らしさを語っていることと同義でもあったろう。

300ページ近い、本書が企画され、本として世に出るまでには1年以上の時間がかけられたはずである。昨年9月以降、本格化した世界金融危機、その後の世界同時不況の中で、これまでにくらべ働くこと自体が難しくなった時代に、本書が世に出ることになったのも何かの巡りあわせではないかと思う。

先に紹介した『越境の古代史』では先ほどの一文に続いて、

「また、社会がある研究を重要なものとして受けとめるとき、その評価は単にその研究の分析力が高いことだけが理由ではない。そこにある視座が、研究者の一身体を超えて広く学会、さらには学を超えたある一定範囲の社会に共有されうるものだからである。」(『越境の古代史』18ページ)

と書かれている。

本書で松村さんが紹介している与謝野晶子が語る、女性が働いて自立することの意義や、それを実現することによって到来するであろう社会のイメージは、まさに一定範囲の社会で共有されうる可能性を持つものであろう。
本書を通じて、少しでも多くの人が、晶子の考え方に触れ、自らの働き方や社会や家庭でのあり方を考える機会になればと思う。

<参考>

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2009年2月16日 (月)

将棋第80期棋聖戦最終予選、郷田真隆九段は深浦康市王位との1勝1敗対決に勝って、2年連続の挑戦者決定トーナメント進出を決める

第80期棋聖戦五番勝負での羽生善治棋聖への挑戦者を決める棋聖戦の予選も、1次予選、2次予選が既に終わり、8人で争う挑戦者決定トーナメント進出者を決める最終予選が大詰めを迎えている。

2次予選勝ち抜き者8名と前期挑戦者決定トーナメントベスト4、タイトルホルダー等のシート棋士8名の16名での最終予選は、16名を4組に分け、各組の第1局の勝者同士、敗者同士を第2局で対戦させる。各組で2連勝した棋士は各組1位で最終予選通過が決まり、2連敗した棋士は予選敗退となる。第3局は、1勝1敗の8名が再度抽選で組み合わされ、1勝1敗対決4組が組まれる。第3局の勝者は最終予選通過、敗者は敗退となる。

各組で2勝(予選通過者)及び1勝1敗者の顔ぶれは以下の通りだ。

A組:丸山忠久九段(2勝)、佐藤康光棋王(1勝1敗)、藤井猛九段(1勝1敗)
B組:久保利明八段(2勝)、森内俊之九段(1勝1敗)、島朗九段(1勝1敗)
C組:稲葉陽四段(2勝)、谷川浩司九段(1勝1敗)、郷田真隆九段(1勝1敗)
D組:木村一基八段(2勝)、深浦康市王位(1勝1敗)、鈴木大介八段(1勝1敗)

1勝1敗者に組合せは抽選で次の通り決まった
佐藤康光棋王vs谷川浩司九段
深浦康市王位vs郷田真隆九段
森内俊之九段vs鈴木大介八段
島朗九段vs藤井猛九段

先週土曜日(2009年2月14日)、この1勝1敗対決のうちの深浦王位vs郷田九段戦が、東京・千駄ヶ谷の将棋会館で行われ、郷田九段が深浦王位を破り、挑戦者決定トーナメント入りを決めた。
昨年の79期最終予選では中原誠16世名人と丸山忠久九段を破って早々に挑戦者決定トーナメントに名乗りを上げた郷田九段、挑戦者決定トーナメントでは初戦渡辺明竜王を破りベスト4まで駒を進めたが、準決勝で羽生二冠と対戦、惜しくも敗れている。勝った羽生二冠は挑戦者決定戦で久保利明八段に勝ち、挑戦者となって佐藤康光棋聖から棋聖位を奪還した。
今期は、最終予選第1局で、プロ棋士になりたての稲葉陽四段との対戦で苦杯をなめたが、その後、第2局で渡辺明竜王、3局めの1勝1敗対決で深浦康市王位と2人のタイトルホルダーを連破して、2年連続での挑戦者決定トーナメント進出を決めた。
過去2回タイトルを奪取している棋聖戦は、郷田九段にとっても相性の良い棋戦であり、そのうち1回は羽生棋聖からのタイトル奪取である。挑戦者となって再び、羽生棋聖からのタイトル奪取を再現してほしいものである。
なお、深浦王位からの勝利で、12月26日の王位戦予選決勝での山崎隆之七段戦の勝利から続いている連勝を7に伸ばした。この勢いで10連勝、20連勝と星を伸ばしていってほしいものだ。

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2009年2月15日 (日)

自分の時間の優先順位、母子同居の現実

最近、このブログ「栄枯盛衰・前途洋洋」も、昨年の年末に3年近く続けていた、毎日更新が途切れて以降、すっかり更新の頻度が落ちてしまった。更新しても、将棋の記事ばかりで、私が書く将棋以外の記事に関心があって読んでいただいている方には申し訳ないと思っている。

年末以降この1ヵ月半の最大の変化は、私の母との同居である。私の母は、昭和一桁生まれで、70歳代後半となりいわゆる「後期高齢者」に属する。それでも、昨年の年末までは、私が育った実家で、1人暮らしをしていた。私の父は昭和の終わりに、50歳代後半で亡くなっており、私の妹と弟が結婚や就職で家を出てからは、母は義母(父の母、私の祖母)と2人暮らしだった。その祖母も数年の入院生活の後、5年ほど前に亡くなり、その後、母は一人暮らしをしていた。

昨年年末、腰が痛くて動けないとの妻あてに連絡があった。たまたま、1月にある介護福祉士の資格試験をまとめてやろうと1週間ほど仕事を休むことにしていた妻は、急遽、私の実家に飛んだ。私も週末には、追っかけ実家に向かい、とりあえず腰痛が治るまでの間、東京の我が家で面倒を見ることにして、東京に連れて来た。
とはいえ、5人家族が暮らす4LDKの我が家は、子ども3人が成長した今となっては、あと1人家族を迎えるには決して広くはない。今まで、子ども1人に1部屋与えていたが、娘2人は1部屋で我慢してもらい、大掃除をして、いらない物を相当捨て、さらに2畳ほどのトランクルームを借りて、捨てきれないものを移し、4LDKの一部屋を母の部屋として確保した。年末の1週間ほどは、大掃除と我が家の大幅レイアウト変更に費やし、なんとか年内にようやく最低限の間取りができた。
年末の書く予定だった年賀状を書く時間はなく、年始にいただいた年賀状に返事を出すだけで精一杯だった。

年明けから本格的に始まった、一時的な私の母と私の家族5人の同居生活。私自身、結婚してから20年、何度か里帰りはしたが、大学卒業とともに会社の独身寮に入って以降、母と一つ屋根の下で、日常生活をともにするのは26年ぶりのことである。気がつけば、私自身が、私が家を出た頃の母と大差ない年齢になっている。

腰痛の方は、何とか1ヵ月ほどで痛みが引いたが、何気なく我が家で計った血圧が上が200前後、下が100前後といつ何が起こっても不思議ではない値を示し、病院通いはやめられず、同じ病院の中で、整形外科から循環器科に移ることになった。

これまでの経緯をざっと書けば、こんなところで、夫婦2人・子ども3人の5人の日常生活は、突然の闖入者である私の母に大きな影響をうけることとなった。腰痛や高血圧という母が抱える問題へ対応、母を迎えたことで、私自身を含む私の家族と母の間に生じる様々な軋轢への対処に時間を割かざるを得なくなった。必然的にブログを書くための時間の確保は難しくなり、ブログの更新が途絶えがちとなり、書けても裏付けの事実の確認が容易な将棋の記事だけというのが、この1ヵ月ほどの私の状況だ。

老いた親の世話をどうするのか、親の介護という避けては通れない問題が、とうとうやって来たということだろう。多分、これは、我々の世代にとって、自分自身の内面の問題である「中年期の危機(中年クライシス)」の次に、否応なく直面しなければならい問題なのだろう。親が老いたということは、自らもとうとう「老い」の入り口に立ったということだろう。
これからも、私自身の現実の問題として、このテーマをブログに書くことになると思う。

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2009年2月13日 (金)

将棋第58期王将戦七番勝負第3局は、挑戦者深浦康市王位が羽生善治王将を破り2勝1敗とリード、通算対戦成績も25勝25敗の五分に

今年度(2008年度)2回目の羽生vs深浦対決のタイトル戦となった王将戦も2009年2月10日・11日に栃木県大田原市で行われた。

第1局羽生王将、第2局深浦王位とそれぞれ後手番で勝利し迎えた第3局。ここからあらためて5番勝負である。先手番の深浦王位に対して、羽生王将は急戦含みの中飛車。しかし、そこ後中盤のつばぜり合いの中で、5筋から2筋に回った羽生王将の飛車を深浦王位がうまく抑え込む形となった。一方の深浦王位は思い切って角を切って、羽生玉を守る美濃囲いの要の金を剥がし、さらに羽生王将の飛車の横効きを遮断する歩を打ち込み、羽生王将の飛車を攻めにも守りにも機能しない遊び駒として封じ込めてしまった。
そこから、一気に羽生玉を寄せにでた深浦王位。飛車を犠牲にして玉の横手に「と金」を作って橋頭堡を確保した上で、詰み筋に入った。ほどなく羽生王将は投了。羽生王将につけいる隙を与えず、深浦王位の完勝といっていい内容だろう。これで、深浦王位は、この七番勝負の成績を2勝1敗とし一歩リード。通算50局めを迎えた両者の対戦成績も25勝25敗で五分となった。

羽生名人・王将との対戦成績を五分とし、「羽生キラー」ぶりを発揮し、王位に次ぐ二冠目も獲得しそうな勢いの深浦王位であるが、深浦王位が最も熱望しているであろう順位戦でのA級残留は黄色信号が灯っている。
6回戦まで3勝3敗と五分の星で今期こそ早々に残留確定かと思われたが、1月の7回戦で当面の敵鈴木大介八段に敗れ、2月4日の8回回戦いっせい対局では、自力挑戦の可能性を残す木村一基八段に敗れ3勝5敗となった。現在の将棋界の第一人者で名人としてA級よりもさらに高い位置にいる羽生王将・名人と互角に渡り合いながら、A級での1年9回の戦いに勝ち越せないということは、深浦王位自身の気負いが影響を及ぼしているのかも知れない。
3月3日の最終9回戦は今期A級の順位4位で8回戦で4勝目をあげたすでに残留を決めている丸山忠久九段との対戦。負ければ即降級確定、勝っても順位2位で現在3勝5敗の三浦弘行八段が最終局で森内俊之九段に勝てば、順位差で降級となる。自ら勝って、三浦八段の敗戦待ちという他力本願の状態で最終局を戦うことになる。

A級順位戦9回戦は3月3日。今後の王将戦のスケジュールをみると、第4局が2月18・19日、第5局が2月24・25日、第6局が3月11・12日となっており、第5局と第6局の間にA級9回戦を迎えることになる。王将でこのまま羽生王将に勝ち続ければ、4勝1敗で第5局で王将位の奪取も可能で、A級9回戦に王位・王将の二冠として臨むこともできるが、どうなっているだろうか。

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2009年2月11日 (水)

将棋第50期王位戦挑戦者決定リーグ戦紅組1回戦郷田真隆九段vs丸山忠久九段戦は、郷田九段の勝利

深浦康市王位への挑戦者を決める第50期王位戦挑戦者決定リーグ戦は先日(2009年2月5日)に紅組1回戦の羽生善治名人vs先崎学八段戦で開幕した。羽生vs先崎戦は、羽生名人が勝利し、深浦王位への再リターンマッチにむけ第一歩を踏み出した。

1回戦の2局目は、私が応援している郷田真隆九段とライバル丸山忠久九段の対戦。今回の紅組1回戦の結果は、先手番だった郷田九段の勝利。久しぶりの王位戦挑戦者リーグ入りで、挑戦権獲得に向けまずは最初の難敵を降した。

同学年で1990(平成2)年に同時にプロ棋士となる四段昇段を果たした二人の因縁は、これまでもこのブログで取り上げてきた。それぞれ、名人2期、棋王1期の丸山九段と王位1期、棋聖2期のタイトル獲得実績を持ち、その点ではほぼ互角に実績の2人だが、通算の対戦成績では意外にも36戦して丸山25勝、郷田12勝とダブルスコア以上の差が付いている。
各棋士の成績をまとめたホームページ「棋士別成績一覧」で、2001年度以降対戦成績を確認すると、2001年度から2005年度までの4年間が11戦で丸山9勝ー郷田2勝と一方的に丸山九段がリードしているが、2006年度以降はここまで、今回の王位戦リーグも含め、11戦して郷田6勝丸山5勝となった。

現在、私が注目しているのは、両棋士の通算成績である。同時期のプロ棋士となった2人だが、2人の総勝ち数はこの過去10年間を見ると、2001年度末に郷田九段が丸山九段の勝ち数を1勝上回ったことがあるが、その後は丸山九段が10勝程度リードする状況が続いてきた。
しかし、最近では、再びその差を縮めてきている。
2006年度末 丸山九段598勝:郷田九段581勝(△17)
2007年度末 丸山九段626勝:郷田九段614勝(△14)
2009年2月10日現在 丸山九段643勝:郷田九段640勝(△3)
王位戦リーグ紅組での郷田九段の勝利でその差はあと3勝となった。

なお、郷田九段はこの勝利で、昨年12月26日の王位戦リーグ入りを賭けた予選6組決勝の山崎隆之七段戦勝利から始まった連勝を6に伸ばした。その相手も、森内俊之九段(1月8日A級順位戦)、先崎学八段(1月22日竜王戦1組)、渡辺明竜王(1月30日棋聖戦最終予選)、三浦弘行八段(2月4日A級順位戦)、そして今回の丸山九段と錚々たる顔ぶれの棋士を破っての6連勝である。
次の対局は14日棋聖戦最終予選3回戦の深浦康市王位戦。勝った方が、挑戦者決定トーナメントに進む。さらに王位戦リーグの紅組の2回戦の相手は羽生善治名人、さらに3月3日には、名人挑戦権を賭けたA級順位戦の最終9回戦の木村一基八段戦も控えている。6連勝の勢いでさらに勝ち進み、名人戦、棋聖戦、王位戦という2009年度の春から夏にかけてのタイトル戦で続けざまに挑戦者となってほしいものである。

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2009年2月 8日 (日)

第34期棋王戦五番勝負第1局、挑戦者の久保利明八段が佐藤康光棋王に先勝し、初タイトルに向け好スタート

第34期の棋王戦5番勝負は、久しぶりに棋王タイトルを防衛を果たし3連覇を狙う佐藤康光棋王に対し、久保利明八段が挑む。2人のタイトル戦での対戦は初めて。久保八段はこれまで第2001年の2月~3月の26期棋王戦、同じく2001年夏の第49期王座戦、2007年夏の第55期王座戦、2008年1~2月の第57期王将戦と4回挑戦者となっているが、その相手はいずれも羽生現名人で羽生名人にはことごとく退けられ、タイトル奪取には至っていない。羽生名人ほどは対戦成績で差が付いていない佐藤棋王への挑戦は久保八段にとって初タイトルへのチャンスかもしれない。

棋王戦は1日指し切りの五番勝負。長丁場の七番勝負に比べれば短期決戦で、第1局の重みは大きい。どちらも、初戦を勝利で飾り勢いつけたいところだろう。

久保八段は、前々日の順位戦での敗戦で、A級への自力昇級に可能性が消えた直後でもあり、どう気持ちを切り替えるかが問われるところ。一方の佐藤棋王は前期順位戦はあわやA級陥落かというギリギリのところまで追い詰められたが、今期は先週の第8局で勝って勝ち越し残留を決め、さらに他力ではあるものの名人挑戦の可能性も残っている。心おきなくこの棋王戦に臨めるだろう。

第1局は2009年2月8日(日)に、北陸富山県で。振り駒の結果、先手は佐藤棋王となった。後手の久保八段は、振り飛車党。中飛車に構え、駒組みが終わるか終わらないうちに飛車・角交換の出て、すぐさま取った角を盤上に放ち、2枚の角を繋ぎ、さらにその2枚の角を立て続けに切って、一気に佐藤陣に迫る。「捌きのアーティスト」の面目躍如の華麗な大駒の捌きで、60手あたりで終盤、久保八段が一気の寄せを狙う。いったんは、大駒を全て相手に渡したものの、すぐさま飛車と取り返し、盤上に放たれた飛車が竜となり佐藤玉に迫る。左右から挟撃された佐藤は、2枚の角を犠牲にして必死に守るが、久保八段は確実に佐藤玉の包囲網を狭める一方、佐藤棋王にはこれといった攻め手はなく、86手で佐藤棋王の投了となった。

久保八段にとって、初タイトルに向け幸先よいスタートとなった。

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2009年2月 7日 (土)

将棋第67期B級1組12回戦、井上慶太八段が久保利明八段との激闘を制し11年ぶりのA級復帰決める

将棋の順位戦は、先日のA級に続き、昨日(2009年2月6日)B級1組もラス前の12回戦を迎えた。ここまでの13人の棋士の成績は以下の通り。(☆印は元A級)

【7勝3敗】杉本昌隆七段(今期の順位11位)
【7勝4敗】井上慶太八段(同9位☆)
【6勝4敗】久保利明八段(同1位☆)、高橋道雄九段(同3位☆)、
【5勝5敗】行方尚史八段(同2位☆)、渡辺明竜王(同4位)、阿部隆八段(同5位☆)、畠山鎮七段(同6位)、屋敷伸之九段(同13位)
【5勝6敗】山崎隆之七段(同12位)
【4勝6敗】森下卓九段(同10位☆)
【3勝7敗】堀口一史座七段(同7位)、北浜健介七段(同8位)

B級1組は、名人挑戦を争う10人のトップ棋士のリーグA級に一度在籍したものの心ならずも陥落し復帰を狙う棋士と、下位のB級2組から駆け上がって来てA級を目指す棋士が戦う場である。毎期、上位2名がA級に復帰し、下位2名がB級2組に降級する。

今期開幕前の下馬評では、A級昇級候補は5期連続でA級に在籍の実績を持ち、タイトル戦にも挑戦者としてたびたび名乗りを上げながら、前期降級の憂き目にあった久保八段と若手のホープ渡辺明竜王というのが衆目の一致ちた見方だった。
しかし、渡辺竜王は前半6戦終了時で3勝3敗と大きく出遅れ、その後も1勝1敗ペースで5勝5敗とほぼ圏外。一方の久保八段は前半終了時で5勝1敗とトップを走っていたものの、その後1勝3敗し6勝4敗。ダークホース的存在だった杉本昌隆七段と井上慶太八段が上位を占めている。

12回戦の組み合わせは以下の通り。今回の成績次第で、昇級者・降級者が決まる可能性がある。(左が先手)

久保利明八段(6勝4敗)-井上慶太八段(7勝4敗)
杉本昌隆七段(7勝3敗)-畠山鎮七段(5勝5敗)
阿部隆八段(5勝5敗)-堀口一史座七段(3勝7敗)
高橋道雄九段(6勝4敗)-北浜健介七段(3勝7敗)
渡辺明竜王(5勝5敗)-屋敷伸之九段(5勝5敗)
森下卓九段(4勝6敗)-行方尚史八段(5勝5敗)
<山崎隆之七段(5勝6敗)は抜け番>

注目は、ともに昇級の可能性を残す井上vs久保戦。棋譜中継で、この勝負を見ていたが、中盤まで井上八段が優位に進め80から90手目あたりでは、井上優勢の観測。しかし、そこから久保八段もA級への執念を見せる粘りでやや盛り返す。盤は双方とも玉が盤の中央にあって、一手間違えれば逆転もという局面となり、久保逆転かとの観測も流れたが、最後は盤面全体を使って井上八段が久保玉を即詰みに追い込み、152手で7日午前1時過ぎに久保八段の投了となった。
他の対局の結果、井上八段は勝てばA級復帰確定、負ければ脱落という状況になっていたが、お互い1分秒読み将の中、確実に勝ちきり、1998年第57期以来11年ぶりのA級復帰を決めた。

今期、井上門下では、稲葉陽四段が四段昇段し、ここまで27勝11敗と好調。棋聖戦では1次予選、2次予選と勝ち抜き、最終予選でもA級棋士の郷田九段、谷川九段を連破り8人で争う挑戦者決定トーナメントに名乗りをあげている。弟子の活躍が1964(昭和39)年生まれで45歳の師匠井上八段に刺激を与えたに違いない。

また12回戦の結果、11回戦までトップの杉本八段、久保八段が敗れ、4番手だった高橋九段が勝ったため、A級昇級2人目の最有力候補は1960(昭和35)年生まれ48歳の高橋道雄九段となった。最終戦に今期順位3位高橋九段が勝てば8勝4敗で自力昇級が決まる。高橋九段が敗れた場合、杉本八段(11位、8勝4敗)久保八段(1位、7勝5敗)行方八段(2位、7勝5敗)の順で勝った場合に昇級の可能性が出てくる。B級1組の最終戦も見逃せない。

一方、降級の1人目は12回戦で敗れ3勝8敗となった北浜健介七段に決まった。残る1枠を4勝7敗の森下卓九段(今期順位10位)、同じく4勝7敗の堀口一史座七段(同7位)、5勝6敗の屋敷伸之九段(同13位)、山崎隆之七段(同12位)で争う事になる。それぞえれ、直接対決はない。森下九段以外は自らが勝てば残留が決まるので、それぞれ最終局に勝つことを考えて指すしかない。

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2009年2月 5日 (木)

将棋第67期A級順位戦8回戦5局同時対局、郷田真隆九段は三浦弘行九段を破り6勝2敗、名人挑戦まであと1勝

10人のA級全員が7回戦を終わって全員3勝以上で確率的にはまだ全員に名人挑戦の可能性が残っているという史上まれに見る大混戦となったA級順位戦は、昨日(2009年2月4日)ラス前に5局同時対局を迎えた。

順位戦の他のクラスが1回戦から東京と大阪の将棋会館で全局同時に対局するのに対し、A級だけは、タイトルホルダーやタイトル戦の挑戦者になる棋士が多いこともあるのだろう7回戦までは、5局の対局全局が同時に戦われることはない。しかし、そのA級もラス前の8回戦と、最終の9回戦は10人の棋士が戦う5局が同時に行われれる。10人総当たりリーグ戦で、各棋士の対戦局数は9局。特に、最終9回戦まで挑戦、降級が決まらずにもつれることも多く、3月初旬の最終局は「将棋界の一番長い日」と呼ばれる。

8回戦の組み合わせは次の通り
郷田真隆九段(5勝2敗)-三浦弘行八段(3勝4敗)
森内俊之九段(4勝3敗)-佐藤康光棋王(4勝3敗)
木村一基八段(4勝3敗)-深浦康市王位(4勝3敗)
丸山忠久九段(3勝4敗)-谷川浩司九段(3勝4敗)
藤井 猛九段(3勝4敗)-鈴木大介八段(3勝4敗)

トップを走る郷田九段が勝って6勝2敗としても、森内九段vs佐藤棋王の4勝3敗どうしの対戦があり、どちらかが5勝となるのは確実のため最終局まで名人挑戦者は決まらない。

私が応援する郷田真隆九段は、三浦弘行八段との対戦で手番は後手番。対戦戦績では郷田九段が10勝5敗でリードしているが、昨年の第66期順位戦では、6回戦まで郷田九段、羽生二冠、木村八段、三浦八段が5勝1敗で並んでいたが7回戦の郷田vs三浦戦で、郷田九段は三浦八段に苦杯をなめ、挑戦者レースから一歩後退した。今期はその借りを返したいという思いも強いに違いない。

勝負は後手の郷田九段が4手目3三角戦法という最近の流行戦法を採用。しかし、三浦八段は動揺することなく淡々と駒組みを進め、ネット中継の「名人戦棋譜速報」の開設でも控え室の評判では60-40で三浦有利とのコメントだった。素人目に見ても、郷田九段は敵陣に打った角を自陣に引き「馬」を作ったものの、銀冠でがっちり玉を守る三浦陣は堅く、郷田九段は有効な攻め手を欠いているように見えた。局後の感想戦でも、郷田九段は作戦負けを自覚、三浦八段は三浦八段は自分が優位と思っていたようだ。
三浦八段の攻めを郷田九段がしのぎつつ、反転攻勢を狙うという展開になったが、三浦八段が郷田陣に打ち込んだ銀と角が厳しく迫る。郷田九段も合間を見て、三浦陣に手がかりを築こうとするがなかなか続かない。
しかし終盤で郷田九段は自玉の玉頭を狙う三浦八段の歩打ちを手抜きをして、三浦陣に飛車金両取りのに銀打ちを放ち、攻め合いに出る。郷田一刀流の面目躍如である。斬り合いの中で、三浦八段も郷田九段の的確な受けに攻めあぐむ。一方、郷田九段はいつの間にか三浦玉の上部からは桂馬、横からは馬と銀で挟撃する体制を作り上げ、最後は一気に寄せ出て三浦八段が投了。130手に及ぶ激闘に幕が下りた。郷田九段の鮮やかな逆転劇であった。

全5局の結果は、次の通り。
郷田真隆九段(6勝2敗)○-●三浦弘行八段(3勝5敗)
森内俊之九段(4勝4敗)●-○佐藤康光棋王(5勝3敗)
木村一基八段(5勝3敗)○-●深浦康市王位(3勝5敗)
丸山忠久九段(4勝4敗)○-●谷川浩司九段(3勝5敗)
藤井 猛九段(4勝4敗)○-●鈴木大介八段(3勝5敗)

今期のA級順位で4位の丸山九段、6位の藤井九段は4勝目をあげ残留が確定、順位8位で勝ち越しの5勝目をあげた佐藤棋王も残留確定である。

8回線終了時の成績順と次回最終局の対戦相手は以下の通り

①郷田九段6勝2敗(今期A級順位3位)-木村八段
②木村八段5勝3敗(同5位)-郷田九段
③佐藤棋王5勝3敗(同8位)-藤井九段
④森内九段4勝4敗(同1位)-三浦八段
⑤丸山九段4勝4敗(同4位)-深浦王位
⑥藤井九段4勝4敗(同6位)-佐藤棋王
⑦三浦八段3勝5敗(同2位)-森内九段
⑧谷川九段3勝5敗(同7位)-鈴木八段
⑨鈴木八段3勝5敗(同9位)-谷川九段
⑩深浦王位3勝5敗(同10位)-丸山九段

郷田九段vs木村八段戦が挑戦者争いの最重要カード。郷田九段が勝てば単独1位で名人挑戦が確定。木村八段が勝てば、プレーオフとなる。

佐藤棋王は、藤井九段に勝ち、郷田九段が敗れた場合、郷田・木村・佐藤に3人のプレーオフとなる。

降級争いでは、谷川九段vs鈴木八段戦の負けた方が3勝6敗で降級。深浦王位は丸山九段に敗れれば3勝6敗で降級、勝った場合は4勝5敗となるが上位の三浦八段が敗れた場合のみ残留となる。三浦八段は森内九段に勝てば残留、負けると3勝6敗となり、深浦王位が勝った場合は今期の順位が2位と高いが、成績順では9位となり降級となる。

結局、9回戦5局のいずれも、挑戦か降級がかかる戦いとなっており、2009年の「将棋界の一番長い日」も目が離せない戦いばかりとなった。

郷田九段には、最終戦の木村九段戦にも勝利して、単独1位で名人挑戦権を決めてほしいものだ。

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2009年2月 3日 (火)

節分に40万アクセスを記録

今日(2009年2月3日)、このブログの40万アクセスを記録した。節分の日に40万アクセスという大台替わりとなったのも、不思議な気がする。
ここのところ、風邪気味で体調不良が続いているので、これを機に体調も回復したいものだ。

これまでの足跡を振り返ると、
2006年2月26日~ブログ開始
2007年7月19日~10万アクセス
2008年3月15日~20万アクセス
2008年9月11日~30万アクセス
2009年2月3日~40万アクセス

これまでアクセスしていただいた方、ありがとうございます。50万アクセスも早く迎えられる書き続けます。

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2009年2月 1日 (日)

公認不正検査士(CFE)認定状届く

先週金曜日(2009年1月31日)に、昨年10月に受験して11月に試験の合格通知をもらった公認不正検査士(Certified Fraud Examiner=CFE)の認定状が届いた。米国の協会本部からの英文の認定状である。いったん、日本の協会に届き、そこから日本の資格認定者に送られたのだろう。消印を見ると1月30日の東京中央郵便局の印。これで昨年の春先から準備を始めた公認不正検査士の受験もしめくくりとなった。

次は、社会保険労務士と気勢を上げたのはいいのだが、昨年末の母親の体調不良以来、すっかり調子が狂ってしまっている。早く、正常なサイクルに戻さないと・・・.。

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