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2009年4月20日 (月)

週刊文春2009年4月9日号、先崎学八段の敗戦の弁

将棋界のエッセイスト先崎学八段は、「週刊文春」に「先ちゃんの浮いたり沈んだり」というタイトルの連載記事を書いており、すでに400回を超えている。この連載をまとめた本もすでに3冊出ている。

先週、母親を病院に連れて行った後、薬をもらいに行った調剤薬局の待合室に、「週刊文春」が何冊か置かれていて、たまたま手に取った号が4月9日号。先崎八段の連載を見ると、「痛恨の敗戦―。だが、物語は来年に続く」とのタイトルで、前期(第67期)順位戦B級2組の最終戦で昇級を逃した直後の心境が綴られていた。

先崎学八段は、羽生善治名人、森内俊之九段と同じ1970年生まれ。羽生善治、森内俊之、佐藤康光、郷田真隆という現在の将棋界を支える「最強世代」が1982年にプロ棋士の養成機関「奨励会」に入会したのに対し、すでに前年の1981年に「奨励会」の門をくぐっている。かつては、天才・先崎と呼ばれたこともある。しかしプロ棋士の四段への昇段は、羽生、佐藤、森内に若干遅れをとることになった。
1988年にプロ入りしてから、最初のクラスC級2組で8年足踏みしたが、その後はC級1組を2年、B級2組、B級1組はそれぞれ1年で通過し、2000年、30歳の時には前期A級から降級した郷田真隆八段と入れ替わる形で念願のA級棋士となり、先んじていた羽生、佐藤、森内らの同世代に追いついた。しかし、A級2年目には2勝7敗に終わり、B級1組に陥落、B級1組の地位は4年間維持したが、2006年の第65期順位戦以降は、B級2組となり、前期が3期めであった。

B級2組では、最初の第65期(2006年度)が6勝4敗。翌年2007年度の第66期も、6勝4敗であった。第66期は、出だし4連敗と不調で、降級の危機かと思わせたが、その後6連勝で、勝ち越した。
この2006年度の4連敗を境に、先崎八段の将棋が変わってきたきたように思う。A級陥落後は、やや投げやりになっているのかなという感じも受けていた。しかし、2008年半ばには、『将棋世界』に毎号連載していた毎月の対局を題材した記事「千駄ヶ谷市場」も突如連載をやめるなど、心境の変化をうかがわせた。
年間成績の推移を見ても、2005年度20勝21敗(勝率0.488)、2006年度19勝18敗(0.514)、2007年度17勝13敗(0.567)、2008年度22勝13敗(0.629)と特に昨年度の活躍はめざましく、竜王戦ではランキング戦1組に復帰、王位戦では久しぶりの挑戦者リーグ入りを決めるなど結果も残している。
しかし、プロ棋士のとって最も気になるのは、名人戦に連なり、150名の棋士の序列を決める順位戦。第67期の順位戦B級2組では、10回戦中8回を終えたところで、7勝1敗と昇級レースのトップを走っていた。2009年2月13日の 9回戦では、6勝2敗の松尾歩七段と対戦。先崎八段にとっては、勝てば昇級決定という大一番。私も棋譜中継でこの将棋を見ていたが、これぞプロの将棋とうならせる双方が知力・体力のすべてを使い果たしのではと思われる大熱戦だったが、松尾七段に敗れた。
3月19日B級2組最終戦の対南九段戦の時点では、先崎八段は昇級候補3番手に後退。上位につける豊川六段、松尾七段のどちらかが負け、自分が勝てば昇級の可能性があった。松尾七段は勝ち、豊川六段は敗れたため、先崎八段は勝てば昇級だったが、南九段に敗れ、B級1組への昇級を逃した。

前置きが長くなったが、文春の記事「痛恨の敗戦―。だが、物語は来年に続く」には次のように綴られている。
「この1年、付合をなるべく減らし、酔っぱらう回数をすくなくし、できるだけ穴倉のようなボクシングジムにへたり込んで過ごして来た。それもこれも、この一局に勝つためだ。派手に意識はしなくても、心の奥底ではそう思っていた。なのに、一手でパアだ。まったく、駒がぶつかっていない局面で、歩をひとつ進めたお陰で、すべておじゃんである。プロの将棋なんてそんなもんだ。二十年やってれば一手の恐さなんて骨の髄までわかっている。」
「(この敗戦を)忘れられるかどうかが、来年一年の鍵となるのだろう。明日は、渡辺竜王との王位戦である。ありがたいことじゃないかと思う。奈落の底に突き落とされた直後であっても、時の第一人者と勝負できるのだ。竜王に指していただいて、お金まで貰えて、しかも相手に一所懸命に指してもらえる―(中略)明日は、本当にそう思って、我が身の幸せを思って指そう。そして花を見よう。桜を見て酒を飲み、ゆっくりとまた歩み出そう。」(先崎八段は、この渡辺竜王との王位戦リーグ紅組2回戦に勝利した)
「思えば、ずっと自分は境目でふらふらするようなところにおり、敗北という風が吹くたびに、あちら側の世界へ落ちそうになることを繰り返し来たように思う。これからは、もっと地に足をつけていこうと考えている。」
(以上、引用は「週刊文春」2009年4月9日号、69ページより)

将棋の勝負では、言い訳や自己正当化はできない。自らの一手の緩み・過ちで、勝利が手から滑り落ちていく。自らの失敗を認め、受け入れて、次に向けて気持ちをどう切り替えていくか。タイトルホルダーやA級に名を連ねるトップ棋士たちは、その切り替えをうまく行っているのだろう。
B級2組最終戦敗戦後の先崎八段の戦績は、対渡辺竜王戦も含め3勝1敗。地に足をつけた天才・先崎の復活劇も今年の将棋界の見所のひとつだろう。

<追記:2011年12月3日>

ここで取り上げた記事は、週刊文春の2007年5月24日号から2011年8月25日号に連載された「「先ちゃんの浮いたり沈んだり」のうち81編を抜粋し再編集し、2011年10月に発刊された『今宵、あの頃のバーで』に再録されている。この年の順位戦については、その前の阿久津六段戦、松尾七段戦の前後の思いについても、原稿が書かれており、通しで読むと、先崎八段がこの年昇級にかけていた思いの強さがうかがえる。

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